CODE:BREAKER -Another-   作:冷目

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最近、異様に書きたくなってきまして……
夜中になっても夢中で書いております(笑)
さて、いつになっても変わらず拙い文章でお送りさせていただきますこの作品……ついに王子と日和の闘いに決着が!
さらにあのアイテムに秘められた衝撃の過去が!?(オリジナル要素)
今回も勝手な妄想全開で進めております
では、どうぞ!





code:52 リスクという名のパラドックス

 「いくよ、日和。これが私の本気……『女帝の矛と盾(エンプレス・パラドックス)』さ」

 「く……!」

 『影』による攻撃を無意味にしてしまう日和の『泡膜』。その相性の悪さだけでなく、かつての同志という過去が合わさって王子は完全な劣勢に立たされた。しかし、危険を承知で王子を護った遊騎の行動と言葉で覚悟を決め、王子は『女帝の矛と盾(エンプレス・パラドックス)』を発動させた。不気味に蠢く『影』を身に纏いながら、王子は日和と改めて対峙した。

 平家曰く、大きなリスク(・・・・・・)があるらしいが、そんな不安要素を消すかのように王子は大神たちの方に振り向いて言葉をかけた。

 「心配かけてすまなかった。だが、私はもう大丈夫だ。おそらく日和はただの時間稼ぎ……あとは私に任せて、お前たちは先に進め。……絶対に『捜シ者』にパンドラの箱(ボックス)を渡すな」

 「……ヘッ、言われるまでもネェ」

 「まかしとき」

 「ふん、あなたに言われる筋合いはありません」

 先に進むよう諭す王子の言葉を受けて、刻、遊騎、平家の三人は短く言葉を返すと背中を向けて走っていった。しかし、彼らのようにすぐには動けなかった者たちもいた。

 「王子……」

 「…………」

 優と大神だった。彼らは決して王子が敗れることを心配しているのではない。リスクのある技を発動させて、一人で闘おうとする王子が心配だったのだ。二人ともそれを言葉にはしないが、その眼は真摯にその思いを訴えていた。

 すると、それを察してか。王子はフッと微笑みながら、改めて二人に声をかけた。

 「……心配すんな。何があろうと私は絶対に死なない。もし私が死んだら、次に優子と変わった時に大変なことになるだろうしな。それに……私たちは全てを終わらせたら、キャンプ場に桜小路を迎えに行かなきゃならない。明日にでも、全員でな。お前らがいると邪魔なだけ、さっさと行ってこい」

 「……そうだな。優子の一番の被害者が言うんだから、その未来は確実だな。それが現実にならないように、さっさと片付けて追いついてこいよな!」

 「どうせ迎えに行くんだったら、そのまま本当にキャンプでもして機嫌を取った方がいい。その時、王子の飯が無かったら味気ないからな。追いつくまでに何を作るか考えておけよ!」

 力強い意志が込められた王子の言葉を受け、ようやく決心がついた二人。王子への信頼を言葉にして、二人は先に行った三人に追いつこうと走り出した。

 「王子! これ(・・)を!」

 「零……? これ(・・)は……」

 「終わったら、すぐに知らせろ(・・・・)よ!」

 「……そういうことかよ。──ああ! 任せておけ!」

 去り際、一瞬だけ振り返って大神は王子にある物(・・・)を投げつけた。受け取った王子は何かわからず首を傾げるが、大神の「知らせろ」という言葉で理解したらしく、それ(・・)をポケットに閉まった。

 そうして大神たちが去ったところで再び日和の方を見る王子。すると、今までの時間を使って用意したのだろう。彼女の周囲には新たに大量の泡が浮いていた。泡は日和の意志で王子の周囲に向かって動いていき、王子を取り囲んだ。さらに、日和は再び『泡膜弓矢(バルーンアロー)』を放とうと、その手に弓矢型の『泡膜』を構えていた。

 「HA()! 長々と話して余裕のつもり!? 甘く見ないでYO()! そんな『影』を纏ったところで……『影』を持たない日和の『泡膜』の前じゃ無力なんだから! いけ! 『泡膜弓矢(バルーンアロー)』と全方位から向かってくる泡の同時攻撃! 『泡膜監獄(バルーンプリズン)』!」

 敵である自分の前で悠長に仲間と言葉を交わす王子を見て、プライドが傷つけられた日和は間髪入れずに総攻撃へと移った。『泡膜弓矢(バルーンアロー)』を放つのと同時に、王子の周囲に展開させた泡を一斉に王子に向かわせた。高速で向かう泡と泡の間はどんどん狭くなり、逃げ場を完全に無くしてから王子を飲み込もうとした。

 だが、そこから先の光景は日和が思い描いていたものとは正反対のものだった。

 ──パァン!

 「『泡膜』が消えた──!?」

 王子を飲み込もうと向かっていった泡の大群は、王子の身体に触れたその瞬間に形を保てなくなり次々と破裂していった。『泡膜弓矢(バルーンアロー)』も同じで、先端が触れたと同時に破裂してしまった。

 王子の『影』を無意味とするため、日和がこの闘いで使った『泡膜』は全て『影』ができない作りにしていた。それは今の攻撃で使った『泡膜』も同じであるはずなのに、それがまったく通じなくなってしまった。あり得ない事実に警戒心を強める日和だが、そこで一つの現実に気付いた。

 遅かった──という現実に。

 

 

 

 

 

 

 

 

 ──ズオォォォォ……!

 「な、なによ……アレ……!」

 目の前の光景が信じられず、日和は目を見開いた。その目に映っていたのは……王子を中心に、自分を飲み込もうと広がっていく真っ黒な『影』だった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 「この……! 気持ち悪いんだYO()!」

 少しずつ近づいてくる『影』を打ち消そうと、再び泡を展開する日和。だが、それは無駄な足掻きに等しい行為だった。

 ──パァン!

 「ッ……!」

 展開と同時に『影』が泡を貫き、音を立てて破壊した。『影』による攻撃も防御も、何もかもを無意味にするはずの『泡膜』。しかし、現実はどうだ。まったく逆である。どれだけ泡を展開させてもまるで無意味──

 ──ブシャア!

 「──え」

 違った。最初から、何もかも。あの時、飲み込もうとしたのは『泡膜』ではない。『泡膜』は『影』に飲み込まれた(・・・・・・)側だったのだ。

 ──グジャ! ズチャ!

 「なに、これ……」

 考えてみれば、『泡膜』が消えたのは王子に触れたからではない。彼女が纏っている『影』に触れたから消えたのだ。いや、今ならばわかる。飲み込むとか消えるとか……そんな生易しい表現ではない。

 ──グジャ、グジャジャ!

 「い、嫌……! 嫌……!」

 彼女の『影』は……全てを喰って(・・・)いた。

 ──グジャジャジャジャジャジャジャ!!

 「嫌ァァァァァ!!」

 日和の心を純粋な恐怖が支配していく。王子から広がり、自分に向かってくる『影』。その『影』は纏っている服だろうと、その先にある皮膚だろうと関係ない。触れたもの全てを、気味の悪い音を立てて喰い尽くそうとしていた。自分が『影』に喰われていく感覚を全身で感じながら、日和は遠くで静かに語りかけてくる王子の声を聞いた。

 「……覚悟するんだね、日和。悪いけど、コイツ(・・・)は私自身でも上手く操れない。こうやって……」

 ──ヒュン!

 「引き戻すだけでも精一杯なのさ」

 王子が手を前に出してすぐ、日和を喰らおうとしていた『影』は動きを止めて王子の元へと戻っていった。『影』が離れた瞬間に力が抜け、日和は膝を突いた。自分が喰われるという恐怖から抜け出せたということもあるが、一番の理由は全身に負った傷だった。『影』によって喰われた箇所は多く、その全てから突き抜けるような痛みと出血があった。ほんの数秒の間だったというのに、日和の体力は限界近くまで削られてしまった。

 「く、う……!」

 全身から感じる痛みに耐えながら、日和は前に立つ王子を見る。すると、ある変化に気付いた。今まで視界を奪われた影響で赤く染まっていたはずの王子の眼が元に戻っていた。時間の経過か、ダメージを受けすぎて効力が弱まったのか……それとも『影』が角膜に作用させた異能すら喰ってしまったのか。どんな理由にせよ、王子の視界は完璧に光を取り戻していた。

 ──ズシャ、グシャ……

 眼に光を取り戻した王子はしっかりと日和を見据えて、凛とした姿で一歩ずつその距離を詰めていく。その度に、彼女の周囲で蠢く『影』が床や壁の一部を喰っていった。その美しくも恐ろしい光景に、日和はまったく動けずにその力の大きさを痛感していた。

 (これが、かつて『Re-CODE』で『麗艶の守護神』と呼ばれた八王子 泪の本当の力……! 『女帝の矛と盾(エンプレス・パラドックス)……まるで、全てを喰らい尽す『影』の魔獣──!)

 「美しい薔薇には棘がある」とはよく言ったもので、目の前に立つ黒い薔薇(八王子 泪)も禍々しい黒い棘(『影』)をその身に纏っている。かつてその背に背負った『麗艶の守護神』という“護り”のイメージが強い二つ名とは裏腹に、今の彼女から感じられるのは圧倒的な“力”。何をしようと無に還され、その全てを喰らわれる……そんなイメージが嫌でも流れ込んできた。

 「ぐ……! ま、まだ……!」

 しかし、彼女は『捜シ者』という唯一の者を守護する『Re-CODE』の一人。年若いとはいえ、その心に秘められた覚悟は常人とは比べ物にならないくらい強い。すでに服はボロボロになり、身体中から血が溢れて肌も服も赤黒く染めていく。追い打ちをかけるように全身を貫いているであろう痛みに耐えながら、日和は強い意志で王子を見上げた。

 ──ヒュン!

 しかし、その意志すら喰らおうと『影』が日和に向かって伸びる。まるで野生の肉食獣のように狙いをつけ、一直線に向かっていく。そうして狙いを定めたのは……日和のツインテールを結んでいるリボン。奇跡的にまだ無傷だったが、『影』は無情にも伸びてそのままリボンを喰らおうと──

 

 

 

 

 

 

 

 

 「やめろ」

 『影』がリボンを喰らう直前、黒い手が『影』を掴んで動きを止めた。触れたもの全てを喰らってしまう『影』に触れても無事な者……そんな者はこの場に一人しかいなかった。

 「これ(・・)を喰うことは、私が許さない」

 その『影』の使い手である八王子 泪。彼女は『影』を止めながら静かに告げた。視線を横に流し、日和のリボンを……端に「HIYO」と縫われた唯一のリボンを視界に入れる。

 無意識に溢れ出ようとする、過去の思い出に包まれながら。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 「その髪、そろそろ邪魔にならないか? 切ってやるからこっち来いよ」

 「……嫌だ」

 「ハァ……」

 少女を路頭から救い出し、新たに日和という名前を授けてから数日が過ぎた。王子は頬杖をついた状態で椅子に座りながら、床に座ったままボーっとしている日和に散髪の提案をした。しかし、日和はぶんぶんと首を横に振り、その提案を拒否した。ため息をつく王子だが、実はこうしたやり取りはすでに何回か行われていた。

 路頭にいた時からかなり長めだった日和の髪。しかし、見た限りの印象では「伸ばしている」のではなく「伸ばすしかない」ように感じられた。何かで結んでいたり留めているわけでもなく、ただ無造作に伸びているだけだったからだ。後ろ髪は肩まで伸び、前髪は明らかに視界を遮っていた。それに気付いた王子が切ることを提案し続けていたのだが、結果はいつも同じ。日和の拒否で終わっていた。

 だが、そう何度も拒否されるとその理由が気になってくる。王子は頬杖をついた状態を保ったまま日和に声をかけた。

 「なぁ、どうしてそんなに髪を切りたくないんだ? 思い入れでもあるのか?」

 「…………」

 王子の質問に対し、日和はすぐに答えなかった。いや、答える余裕がないようだった。何かに耐えるように俯き、ギュッと両の手で握り拳をつくった。そうしてしばらくすると、日和はボソボソと何か呟き始めた。

 「……とう……が、…………った」

 「あ?」

 「お父さんが……長い方が、似合ってるって……言った」

 蚊の鳴くような声に王子が首を傾げると、日和は意を決したように声を張って答えた。どうやら、かつて父親に長い髪を褒められたことが髪を切りたがらない理由らしい。答えるのに時間がかかったのは、父親のことを思い出したことで家族を思い出してしまったのだろう。よく見ると、その目尻にはかすかに涙が溜まっているように見えた。

 「……そうか」

 まだ幼いながらも、家族を失った悲しみに耐える日和。だが現実は難しいもので、どんな小さなきっかけでもその悲しみをぶり返させてしまう。そもそも、彼女の年齢を考えればそれが当然だ。むしろ「耐えろ」と言うような人間の神経を疑う。

 その当然に抗おうとする少女の顔を見ながら、王子は静かに相槌を打った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 「……よし、こんなもんか。おーい、日和」

 「……?」

 次の日、王子は朝から裁縫セットを持ち出してある作業を行っていた。作業を続けて数時間、昼過ぎになったところでその作業は終了。一通りチェックを済ませると、昨日のようにボーっとしている日和に声をかける。突然呼ばれたことに疑問を感じる日和だったが、王子は微笑みながらそれ(・・)を日和に見せた。

 「これ、お前のリボンだ。その証拠に、端の方に『HIYO』って縫っといた」

 そう言って、王子が差し出したのは黒いリボンだった。さらに、王子は言葉を続けながらリボンの端の方を指差す。つられて見てみると、確かにそこには「HIYO」と縫われていた。

 縫われた文字も含め、リボン全体をまじまじと見る日和。少なくとも嫌がっている様子は無い日和を見て、王子はそのまま鏡の前まで移動した。そして、ちょうどいい高さの椅子を鏡の前に用意して日和を手招きした。最初は戸惑った日和だったが、すぐに手招きに応じて鏡の前に座った。

 「……うん。やっぱり前髪は揃えた方がいいか。日和、前髪だけ切ってもいいか?」

 「……嫌」

 「心配すんな。前髪のちょっと伸びてるところを切るだけだ。ほんのちょっとだから……な?」

 「…………」

 鏡に映る日和の顔を見ながら、王子は手で日和の髪を整える。そして、前髪だけ切ることを提案するがやはり日和は拒否。だが、今回ばかりは引くつもりがないらしい。日和の両肩を掴むと、自らも鏡に映りながら王子は説得を続けた。そして、ようやくその努力が実を結んだ。

 「じゃあ、日和。ここを少しだけ……ってことで、いいな?」

 「……ん」

 こくり、と小さく日和は頷いた。了承されると、王子は優しく日和の頭を撫で、散髪の用意を始めた。といっても前髪を少し切るだけのため、大したものじゃないが。

 そうして前髪を揃えた後、王子はリボンで日和の髪を結んでいく。左側、右側と順に結んでいくと、二人の前にある鏡にはツインテールの少女の姿が映った。

 「これ……」

 「ツインテールだ。これならどんどん伸びても可愛いだろ。それに……うん、やっぱりな」

 「?」

 「見立て通り、すごく似合ってるぜ」

 自分の顔の横で揺れる髪に触れながら、日和は不思議そうな顔をする。そんな日和を見て、王子は髪型の解説をしていく。すると、王子は改めて今の日和を見ながらうんうんと頷く。意味がわからず首を傾げる日和だったが、王子はその頭の上に優しく手を置き、静かに微笑んでみせた。

 「…………」

 自分に似合ってるかどうかまで日和はわからなかったが、特に悪い気はしなかった。髪型もそうだが、何よりその髪を保っている「HIYO」と縫われたリボンが気になっていた。悪い意味ではなく、良い意味で。すると、それに気付いた王子が再び口を開いた。

 「そのリボンな、名前を縫った方は私が昔使ってたんだ」

 「……泪、が?」

 「ああ、ちょうどお前くらいの時だ。その時は後ろで一つに結んでいたんだが、私はもうそんな髪型をする歳じゃないしな。お下がりで悪いが、もう一個の方は同じのを見つけてわざわざ買ってきたんだ。それで勘弁してくれ」

 「泪の……リボン」

 名前を縫った方のリボンについて王子は話し始めた。そのリボンが王子のお下がりで、昔は自分も今の日和のように髪を結んでいたと。かつて王子が使っていたリボンに今、自分の名前が縫われて自分の髪を結んでいる。そう考えると、日和はなんだかむずがゆくなった。なぜそうなったのかわからないが、それは決して不快ではなかった。

 「……日和?」

 小さく呟いた後、鏡に映った姿を黙って見続ける日和。その様子に王子は首を傾げ、声をかける。すると、日和はその顔にある変化(・・・・)を見せてゆっくりと呟いた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 「泪のリボン……可愛い」

 「……バーカ。可愛いのはリボンじゃなくて、お前だよ」

 今まで起きている時は何があっても変わらなかった日和の顔。だが、今は違う。その心に感じる感情が溢れたかのように、その顔には笑顔が浮かんでいた。今まで表情を変えなかったため、どこかぎこちない笑顔だったが、それが日和にとっての精一杯の笑顔のように見えた。

 王子はその笑顔に応えようと、優しく微笑みながら日和の横にその顔を並べた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 「……日和」

 内側からさらに溢れて出てこようとする日和との思い出。それは止めようと思って止められるものではなく、その数はとてもじゃないが数え切れない。

 しかし、忘れてはならない。今の二人は敵同士であり、互いに斃すべき存在。片や“悪”として、片や“裏切り者”として。そしてなにより、王子は自ら刻んだ傷に誓った。決して躊躇わない、と。

 「ごめんな」

 シャキン、と音を立てて『影』の鎌を日和の背後に当てる。このまま引いてしまえば『影』は日和を截断し、勝負はつく。

 心が痛まないといえば嘘になる。だが、決して躊躇わないと誓った言葉も嘘ではない。全ては覚悟していた。『Re-CODE』(彼ら)のところから去った時から、こうなることを。

 「お前も思っているだろう。『捜シ者』はきっと誰よりも正しい、と。それは私も同じだ。……だが、だからこそ私の手で止めてみせる」

 ふと、『捜シ者』を信じていると思わせる言葉が王子からこぼれる。意識してのことか、それとも無意識になのか。それは本人にしかわからない。しかし、それはおそらく彼女の本音。嘘偽りのない言葉なのだろう。そのまま撤回することなく、改めて覚悟が込められた言葉を王子は口にする。

 「そう、たとえ……『Re-CODE』(お前たち)を殺すことになっても」

 「──ッ!」

 冷たく、しかし確かな覚悟が込められた眼が日和を射抜く。かつての同志と完全に袂を分かつことを宣言する言葉と共に。その言葉を受け、日和の眼に今まで見せなかった涙が溜まる。悔しさ、悲しさ、やり切れなさ……様々な感情が込められているであろう彼女の涙は、流れる前に押し止められた。耐えるように閉じられた瞼によって。

 「そんなこと、日和がさせない! そんなことは絶対に──!」

 ギュッと目を閉じ、日和は口の前に両手を合わせて作った丸を持っていく。そして、そこから再び泡を放ち始める。たとえ王子が纏う『影』に喰われようと、次の瞬間には鎌が引かれて截断されようと構わなかった。最期まで闘う意思を見せる日和。そして──

 

 

 

 

 

 

 

 

 ──ポンッ

 次の瞬間、日和が放った泡は全て消え、日和の身体が消えた(・・・)。そして、代わりに頭にリボンをつけた小さな亀が現れた。この突然の現象……もはや言うまでもない。

 「ロ、ロスト!? なんでこんな時に──って、あう!」

 突然のロストに動揺する日和。だが、動揺して激しく動いたせいでその身体は後転し、日和は甲羅を背にして倒れてしまった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 「ちっくしょー! アンタは日和が絶対に殺すのNI()ー! 待ってなさいYO()! 起き上ったらすぐに殺して……って、起き上がれないー! これだからロストはー!!」

 ちたぱたと手足を暴れさせながら日和は起き上がろうとする。しかし、もちろん甲羅が重いせいで起き上がることはできない。強気な発言を続けるが、それを言っている時の姿があまりにも弱々しい。なんというか、あまりにも滑稽である。

 「…………」

 そんな日和を前にして、王子は鎌を消したかと思うと背を向けて歩き出した。ロストして異能が使えなくなり、さらに動きまで制限されている好機としか言えないこの状況。敵ならば利用しない手はない状況だが、王子は背を向けたまま静かに告げた。

 「私はロストした者には手は出さない。そもそも、それが異能者同士で闘う時の礼儀というものだ」

 共にロストというどうしようもない弱点を抱えている異能者たち。しかし、だからこそ異能者同士で闘う時は守るべき礼儀がある。王子の行動はその礼儀を順守したゆえだった。

 そうした礼儀を説くと、王子は背を向けたまま視線を動かして日和を見た。そして、はるか上から見下ろしながら最後の言葉をかけた。

 「だが、次はその前に決着をつける。一度闘った以上、お前は必ず私が裁く。それが嫌なら、私を斃すんだな。“悪”に身を堕としたお前には……それ以外の道はないのだから」

 「くぅ……!」

 悔しそうに声を漏らしながら、王子の言葉を噛みしめる日和。彼女に「逃げる」などという選択肢は存在しない。いや、存在してはならない。逃れたいならば、立ち向かうしかない。立ち向かって闘い、敵を斃すしか道はない。それが、“悪”に堕ちるということなのだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 「亀や! めっちゃ亀やし!」

 「ダ~カ~ラ~! 亀じゃなくて王子が今どうなってるか知りたいんだってノ!」

 「だから亀やし!」

 「あー! メンドクせー!」

 一方、『捜シ者』たちに追いつくために先を急ぐ大神たちはというと、遊騎の突然の「亀」発言にすっかり参っていた。なぜわざわざ遊騎に聞いているのかというと、もちろん彼が『音』の異能を持っているからである。『捜シ者』の足音を聞きつつ、王子の状況を聞いていたのだ。『脳』を使う優も聴力を強化することができるが、それでも遊騎には敵わない。だから彼に頼るしかないのだが、ご覧の有り様だ。刻は頭を勢いよくかいてイライラを表現していた。

 「ふふふ、本当に亀がいたりしてねぇ……。しかし、亀ですか。亀……亀甲……。実に素晴らしい響きです」

 「そ、そうですかね……?」

 移動しながらも、平家は「亀」というキーワードについて妖しい反応を見せる。さすがの優もそれには付き合えず、苦笑いを浮かべながら言葉を濁らせた。

 すると、今まで黙って先頭に立っていた大神が振り返って驚きの言葉を口にした。

 「平家の予想は当たりですね。どうやら、日和がロストして亀になったみたいです」

 「ハァ!? お前、なんでわかるんだヨ!?」

 遊騎の言葉を補足するように、詳しい状況を大神が伝えた。なぜそんなことを彼が知っているのか。刻は真っ先にその疑問を大神自身にぶつけた。すると、大神はため息をつきながら自分の耳を指差した。

 「……これ(・・)だ」

 「これ(・・)って…………ハ?」

 どこか嫌そうに見える大神が指差した耳……ではなく、耳に着けているもの。それは……どこからどう見ても『にゃんまる』だった。

 「ギャハハハハ! アッレ~!? それってオシャレですカ、兄弟子様~!? 恥っずかし~!」

 「テメェ、絶対いつか殺す……!」

 「落ち着け、お前ら……。それで? 大神、それはなんだ?」

 耳に『にゃんまる』を着けている大神の姿を見て、刻は腹を抱えて大爆笑を始めた。その姿に大神は殺気を溢れさせるが、間に優が入ったことで落ち着きを取り戻す。そして、内ポケットから同じ物を取り出すと、全員が見れるようにしてから説明を始めた。

 「……これは俗に言う通信機ってやつです。見た目はこんなですが、わかってるだけでも無線とGPS機能付き。人数分あるので、仮に散り散りになっても連絡を取れるかと思いまして。ちなみに、王子には別れる直前に渡しておきました。説明していなくても、あの人ならわかるでしょう」

 「へぇ……かなり年季が入ってるな。こんなの一体どうしたんだ?」

 「以前、クソネコが隠れて処分しようとしているのを見つけまして。隙を見つけていただいておきました」

 「闘いで使うって正直に言えばいいものを……まぁ、いいか」

 実は大神が最後に王子に渡した物がこれだった。見た目はただの『にゃんまる』だが、性能は優秀な耳にかけるタイプの通信機である。見ると『にゃんまる』の右手の先にはマイクがあり、耳にかけるとちょうど口の近くにくるようになっている。

 そして、「年季が入っている」という優の言葉通り、全体的に細かい傷があった。おそらく以前、何かの機会に使っていたのだろう。すると、通信機を見た平家が微笑みながら小さく呟いた。

 「ほぅ、これはこれは……。また懐かしい物ですね……」

 「……平家?」

 懐かしそうに呟きながら、平家は大神が見せた通信機を手に取って自分の耳に着ける。その仕草はとても手馴れていて、まるで以前にも使ったことがあるようだった。大神は詳しく聞こうとすると、その前に邪魔が入った。

 「ろくばん! オレも! オレも『にゃんまる』着けるし!」

 「わ、わかりましたよ! そんなに言わなくても渡しますから! ほら、優も着けてください!」

 「悪いな」

 「オイ、大神。この刻様にも寄越せヨ」

 「……ハッ、出来の悪い弟弟子にはメスで十分だ」

 「アァ!? 上等だ、下っ端野郎!」

 遊騎に迫られたことで、平家に詳しいことを聞くのを大神は諦めた。そのまま遊騎、優、刻に渡していくが、刻にだけは頭にリボンをつけたメスタイプのものを渡して揉めていた。おそらくさっきの腹いせだろう。

 すると、今まで静かだった通信機から何者かの声が聞こえ始めた。

 『う……!』

 「この声……王子か? オイ、どうか──」

 『あ、ぐ……! ぐあぁぁぁぁ!!』

 「王子!?」

 突然、聞こえてきた王子の苦しそうな声。勝ったはずの彼女に何が起こっているのか。音でしか判断できない大神たちには何もわからなかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 「ぐあぁぁぁぁ!!」

 王子が苦しそうに声を上げた瞬間、彼女が纏っていた『影』が突然動きだした。そして、そのままあろうことか王子自身を喰らい始めたのだ。自ら纏う『影』に喰われ、あらゆるところから血が噴き出す。苦しさに顔を歪めながら、王子はそれに耐えていた。

 「がはっ! く、くそ……! 消えろ!!」

 ──シュンッ!

 「くっ……!」

 なんとか苦痛に耐えながら、王子は『影』に消えるよう命令する。すると、纏っていた『影』は音を立てて消え、王子を襲った苦痛は止まった。しかし、負ったダメージはとても大きく、王子はそのまま膝を突いた。

 『王子! どうした!? 無事か!?』

 『ったく、なんなんだヨ! オイ、返事しろッテ!』

 膝を突いた拍子に床に落とした通信機から、王子を心配する大神と刻の声が響く。本当ならすぐにでも返事をしたいが、痛みがひどく思うようにいかなかった。すると、通信機の向こうで平家が口を開いた。

 『……どうやらリスクが始まったようですね、八王子 泪。不甲斐ないあなたに変わって、私が説明しておきましょう』

 こんな状況だというのに、どこまでも当たりが強い平家。王子が反応を返せずにいると、平家はそのまま説明を始めた。

 『最強攻撃と鉄壁防御を誇る『女帝の矛と盾(エンプレス・パラドックス)』ですが、その強大な力ゆえ自らの肉体すら喰われてしまう恐れがある。大きな力の代償……これこそがまさに大いなるリスク。いいえ、大いなる矛盾(パラドックス)なのです』

 通信機越しに説明される自身が持つ大きすぎる力(『女帝の矛と盾』)のリスク。当然のことながらそれを承知で使ったわけだが、かなりの痛手あることには違いなかった。なんとか日和に勝つことができたとはいえ、受けたダメージを考えるとほとんど相打ちのようなものだ。

 『初戦でここまで痛手を受けるとはな……。王子、アンタはそこで休んでいろ』

 『ヘッ、それだけ敵サンもやるってこった。そんな奴らと闘うのに傷持ちは邪魔だゼ。休憩してマシになってから来いよナ』

 『異能の相性が最悪やったからしゃーないし。ごばん、後はオレたちに任せときや』

 『その通りだな。余計なことは考えず、今は回復に専念しろ』

 平家から『女帝の矛と盾(エンプレス・パラドックス)』のリスクについて聞いて王子が今、どんな状態か把握した大神たち。王子を気遣い、少しでも身体を休めるよう口々に言い放った。中には乱暴な言葉もあったが、それくらい強く言わないと王子は素直に聞かないだろう。

 「バ、バカ野郎……。すぐに追いつく……だから、一丁前にオレの心配なんざすんじゃねぇ……」

 しかし、それでも効果は薄いようで、王子は力が入っていない声で強気な言葉を口にした。仮にも彼らがいるのは戦場で闘いの最中だ。本来なら休む暇など存在しない。だから王子の判断は正しいことのようにも聞こえる。だが、彼らはこの闘いでは勝つ以外にもある目的があった。

 『……キャンプ場に桜小路さんを迎えに行くんだろう? 全員、生きて……な』

 「ッ……!」

 大神の言葉に、王子は思わずハッとする。そう、彼らはただ勝つだけではダメだった。一人も死ぬことなく、生きて(・・・)勝つ必要があるのだ。今なおキャンプ場で彼らの到着を待っているであろう……桜のためにも。

 『まぁ、時間も大分経ったのでもう気付いているから顔を合わせた瞬間に怒鳴られそうだがな。けど、アンタもわかっているだろ? あの人は……どんなに怒っていようと、心の底ではオレたちのことを心配している。そんなお人好しだって』

 「…………」

 ふと、王子の頭の中で桜と過ごした日々の記憶が流れる。自分よりも他人のことを気にかけて、時には当事者以上に心を痛めることもある。祭りに全員揃って行くことにこだわっていたのも、自分たちの中を心配して少しでも良くなるようにと考えてのこと。彼女……桜小路 桜はそういう人間だと、王子の中にある記憶全てが語っていた。

 だからこそ、わかった。今、桜は……大神の言う通り、怒りながらも自分たちの身を案じている、と。

 

 

 

 

 

 

 

 

 「…………」

 すると、大神たちの中で唯一何も言っていない平家が顎に手を当てて何か考え込んでいた。実は彼の中には、ある疑問が浮かんでいた。王子と日和の闘いが終わり、ひとまず状況が落ち着いたため彼は頭の中に浮かんだ疑問について、思考を巡らせた。

 (なぜ『Re-CODE』は裏切り者である八王子のみを拉致したのか……。確かに彼らも『影』の厄介さは知っているから可能なら処理はしておきたいでしょうが、なぜわざわざ……)

 彼が考えていたのは、『Re-CODE』が王子一人を狙った理由だった。『影』の異能は本来なら半端な攻撃や物理的な防御すら無意味とする異能。厄介なのは理解できるが、わざわざ大神たちの前に罠を張って拉致までしたのだ。そこには、何かしらの意図があるはずだった。

 そう、王子を狙う特別な理由(・・・・・)が……

 

 

 

 

 

 

 

 

 (──まさか……!)

 その時、平家は一つの答えに辿り着いた。しかし、同時に彼は敵の術中にはまった時のような気分に似た嫌な気分を全身に感じた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 「……そう、だな。お前の言う通りだ、零……。……悪いが、オレは少し休んでから──」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ──キィ……ィィン

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 「がは……!」

 突然、王子の背中に走る痛み。何かが背中の肉をかき分け、深々と突き刺さった。全身に焼けるような痛みが走る中、身体の芯から凍えてしまうような冷気が身体中に走った。一見、矛盾するような感覚だが、その理由は簡単だった。

 なぜなら、彼女の背に突き刺さったのは……氷。鋭利な先端と、触れただけで震えてしまいそうになるほどの冷たさを持つ自然の産物。だが、それは当然のことながら自然に生まれたものではない。彼女のはるか後ろに立つ……()の手から放たれたものだった。

 「雪……比、奈」

 「…………」

 氷を放ち者……『Re-CODE』が一人、雪比奈は眉一つ動かさない冷たい表情のまま、かつての同志を討った。

 

 

 




CODE:NOTE

Page:41 『磁力』

 『コード:04』刻が操る異能。身体から『磁力』を発生させ、金属などを磁化させて操ることができる。そのため、環境によってはあらゆる方向からの攻撃が可能。また、撃たれた銃弾を止めてそのまま返すことなども可能で、使い方次第で様々な戦略が立てられる。
 攻撃手段として周囲の金属を使うが、それ以外にも『汞』と呼ばれる自前の液体(水銀)を使っても可能。『磁力』の度合いを調節することで形も硬度も自由自在に操ることができる。また、それ以外にも超威力の技があるが、多大な負荷がかかること以外の詳細は不明。

※作者の主観による簡略化
 原作者様の頭の良さがすごい……!



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