これからは今までのように投稿できるかまだわからないのですが、少しでも時間を見つけては書いていこうと思います
今回は王子と日和がメインの話となっており、二人の過去などシリアスが多めです
日和の名前に秘められた思いなど、後半にかけてはオリジナル要素が多くなっております
そんなところも見ていただけたら嬉しいです
それでは、どうぞ!
「
「チッ……!」
日和の号例と共に周囲に浮いていた無数のシャボン玉が一斉に王子に向かっていく。王子はすぐに自らの『影』で形成した鎌を手にすると、大きく振りかぶって向かってくるシャボン玉に狙いを定めて振り下ろす。『影』は実体がないが、相手の『影』を截断することで実態を截断することが可能。それは日和の異能であるシャボン玉とて同じであり、『影』を持つものは問題なく攻撃することができる。
しかし……
──スカッ
「くそ……!」
確かにシャボン玉の中心を通ったはずの『影』の鎌。確実に『影』も捉えた攻撃だったが、シャボン玉は截断されることなく王子に向かっていく。そして、王子の間合いに入った瞬間にそれらは一斉に爆発し始めた。
──ドドドド!
「ぐあ!」
無数のシャボン玉が至近距離で爆発したことで、王子の身体には新たな傷が刻まれていく。しかし、日和の攻撃はそれで終わることはなく第二波のシャボン玉が王子を捉えて向かってきた。
「こ……のぉ!」
それに気付いて再び鎌を振り抜く王子だったが、これもまたシャボン玉になんの影響を与えることなく空を切る。そして、先ほどと同じように至近距離で爆発し、着実にダメージを与えていった。
「ムダムダ! 日和の異能『
「光の透過率が100%」……それはつまり「光をそのまま通す」のと同じ。そもそも『影』とは物体が光の進行を遮った結果、作られる黒い領域。そのため、光をそのまま通してしまうということは光の進行を遮らないことになる。だからそこに『影』が作られることはなく、いくら『影』の鎌で攻撃しようとただ通り抜けるだけなのだ。さらに……
「くっ……!」
次々と自分に向かってくる『影』が無いシャボン玉。鎌での攻撃を諦めた王子は自分の周囲に『斜影』を展開する。『斜影』は一帯を覆うことであらゆる攻撃を防ぐ防御の技。『影』の中に『影』が入り込むことは不可能であり、『影』によって生まれる影響は実体にそのまま作用する。つまり、あらゆるものの侵入を防ぐ絶対防御が可能なのだ。だが、それすらも「光の透過率100%」の前ではなんの意味も無かった。
──ドォン!
「ッ……!」
「ムダだって言ってんで
『斜影』は攻撃の『影』が入り込むことを防ぐことであらゆる攻撃を防御する。しかし、『影』を持たない日和のシャボン玉は『斜影』に防がれることなく王子の目の前で爆発する。攻撃して破壊することもできず、防御すらできない。はっきり言って王子の『影』と日和の『泡膜』の相性は……最悪だった。
「王子!」
「ッ! お前ら……!」
日和が繰り出す怒涛の攻撃の前に再び膝を突く王子。すると、背後から彼女を呼ぶ声と足音が響く。見ると、大神たちがこちらに向かって走ってきていた。おそらく遊騎が『音』で王子の居場所を聞き当てたのだろう。遊騎は耳元に添えていた手を離してその場で構えた。
「あの泡……『影』があらへん。あれやと何もできへんわ」
「王子との相性は最悪ってことか……」
構えながらも周囲を見渡して瞬時に状況を理解する遊騎。一瞬でシャボン玉に『影』がないことを見抜いてそれを伝えると、優が相性の悪さを口にしながら構える。
「この……!」
すると、大神が左手の手袋に手をかけながら前に出ようとする。王子の様子を見る限り、相当な傷を負っていることがわかる。ただでさえ相性の悪い相手だというのに、そこまで傷を負わされては勝機は薄くなる一方。そのまま手を貸そうとするが……
「来るな!」
「な!?」
手を貸そうと前に出た大神を王子は大声で制した。追いつめられている中、差し出されようとした助けの手を拒否するという不可解な行動に大神は目を見開く。すると、王子は強い意志を込めた眼で大神のことを見て、力強く言った。
「……手を出すな、零。日和の相手はオレがする。……いや、オレでなければならない。だから、お前たちは早く先に行け」
「王子……」
眼と言葉……その両方から感じられる王子の強い意志。それをひしひしと感じた大神の足は先に向かおうとはせず、静かにその場で止まった。
自分の意志を感じ取ってくれた大神に感謝するかのように王子は軽く微笑むと、すぐに真剣な表情になって日和の方を見る。そして、再び強い意志を込めて言葉を紡いでいく。
「もうやめろ、日和。オレは……お前を傷つけたくないんだ」
「……
自分に闘う意思のないことを王子は日和に伝える。しかし、彼女の言葉はさながら“上”に立つ人間が放つような言葉。意識してのことかはわからないが、“上”からかけられたような王子の言葉に日和はその眉をしかめた。
「偉そうに……。アンタ、今の自分の立場わかってん
「…………」
「……
全部が消えた。
いや、元から誇れるようなものなど無かった。自分の身なりも家にある物も、何もかもがみすぼらしいものばかりだった。他人よりある物といえば、額を聞いただけで億劫になるような借金だけ。家が貧乏で苦しいのはわかっていた。だが、多額の借金があると聞かされたのは直前になってから。
そう、家族と共にこの世から消えることを決める直前に。
「…………」
幸運とは思わなかった。むしろ、何者よりも不幸だと感じた。幼心なりに一家心中を理解し、家族と共に死ぬと決めた。それなのに、自分一人だけ生き残ってしまった。最後の瞬間まで残っていた家族すら、自分は失ってしまったのだ。
家族も何もかも失った年端もいかない少女が一人で暮らしていけるほど世の中は上手くできていない。彼女に今できるのは捨てられている物の中から少しでもマシな残飯を漁り、段ボールやボロボロの布で暖をとりながら路地裏で過ごすことだった。何日も洗っていないため体中が汚れ、髪もボサボサで無造作に伸びている。残飯を漁っていることもあり、体中からは悪臭としか言えない臭いがするが今となってはどうでもいい。
全てを失った少女は、唯一の形見である前髪に着けている髪留めにそっと寒さで震える手を添えた。
「……見つけた」
すると、耳をつんざくようなエンジン音と共に聞き覚えのない声が届いた。起き上がって見てみると、一昔前に流行ったような力強いフォルムの車の前に立つフードを被った褐色肌の男と、小刻みに震えながら唸るような音を出すバイクに跨る左目に瘢痕を刻んだ男。そして、彼らより一歩前に出て自分を見下ろす黒いコートに身を包んで腰まで伸びた蒼色の艶髪をなびかせる右眼の下に泣きボクロがある女。先ほどの声を誰が発したかまでは知らないが、高い声だったためおそらく泣きボクロの女が言ったのだろう。女は少女の顔を見ると、言葉を続けた。
「アンタが逃亡中のちびっこ異能者……だね?」
異能、というのがなんなのか少女はわからなかった。ただ、以前から自分には不思議な力があることには気付いていた。その力のことを言っているのだろうか、と考えていると泣きボクロの女は少しずつ少女に近づいていき、ゆっくりと少女の顔を覗き込んだ。
「どれ、よく顔を見せて──」
「ッ──! きえ、消えろー!!」
──ドン!
少女に向かって女が手を伸ばすと、少女は何かが爆発したかのように大声を上げながら不思議な力で作った泡を飛ばす。泡が女に触れた瞬間、泡が破裂して女から血が流れる。泡が喰うように、目の前のものを……消すように。
──金目のものは何も残っていないってよ
──一緒に死んでくれればよかったのに
──面倒な存在だな、本当に
少女は知っていた。世の中が自分を見る目を。何も残らず、何も持っていない少女を引き取ろうとするような善人は一人としていない。いるのは、自分を邪魔物のように嫌悪する目を持つ者ばかり。全てを失った幼い少女に取って……その目は他の何者よりも恐怖に感じるものだった。
「消えろ! 消えろ! 怖い目! 全部……消えろぉぉぉぉぉ!!」
──ドン! ドン! ドォン!
喉が痛くなるほどの大声を発しながら少女は泡をぶつけ続ける。その度に女の身体から血が噴き出し、傷がつけられていく。女は抵抗しない。それどころか、何も言わない。傷つけられたことに対する怒りの声も、痛みという苦痛に耐える声も。ただ静かに……
「ハァ、ハァ……! 消え──!」
「……頑張ったな。遅くなってしまって、本当にすまない」
ただ静かに……優しく少女の身体を抱きしめた。
「それにしても、噂通りの暴れん坊だな。……もう何も心配するな。アンタのことは私が護る」
「あ、あぁ……」
全身を通して柔らかな温もりを感じる。長らく忘れていた人の温もりを。なぜ、こんなにも温かいのだろう。なぜ、こんなにも身体が震えるのだろう。
なぜ、こんなにも……抱き締めながら頭を撫でる手が優しいのだろう。
「私の名は“八王子 泪”。あんたの……家族になりに来た」
「……なにが、なにが家族だよ。嘘だったじゃん。護るとか偉そうなこと言ったくせに……アンタは
「がはっ!」
かつての思い出である王子との出会いを語った日和。自分を惨めな地獄から救い出してくれた唯一の助け。手を差し伸べてくれた唯一の人間が王子だった。だが、彼女は裏切った。自分たちの元を離れて、あろうことか敵になった。日和は内に秘めた思いのままに、王子に放った泡を無数に爆発させる。
王子は責め立てるような日和の言葉に何も言い返すことなく、ただ彼女の攻撃を受ける。だが、出会った頃とは違う。堪えようもない痛みが全身を貫き、王子の顔は苦痛に歪んでいった。
「……過去を捨てた存在であるはずの『コード:ブレイカー』だが、王子は『Re-CODE』であった頃から『八王子 泪』という一人の人間だったんだな」
「“エデン”にしてみれば戒めだったんだろう。あえて名前を奪わないことで、王子が元敵であるということを忘れさせないために」
日和の過去を聞き、『八王子 泪』という名に刻み付けられた十字架を感じ取る優と大神。だが、そこに感じたのは名前が変わっていないという事実だけではない。『Re-CODE』で会った頃から、王子は今の王子と何ら変わらない。全てを護ろうとする人間だったと二人は感じていた。
「やれやれ、新旧『Re-CODE』でいがみ合いとは……。これだから“悪”は救いようがありません。皆さん、あの二人は放っておいて『捜シ者』を追いますよ」
すると、呆れたように深いため息をついた平家が王子と日和に背を向けて歩き出した。ここまで冷たくいられるのも、王子が元『Re-CODE』……“悪”であることが理由なのだろう。しかし、過去はどうあれ今は『コード:ブレイカー』。こうして『Re-CODE』と逃げることなく対峙していることからも王子がそれを自覚していることは感じられる。
それでも王子をないがしろにする平家の意志がわからず、隣でその様子を見ていた刻はその疑問をぶつけた。
「先輩さ、なんでそんなに王子と『Re-CODE』が嫌いなワケ?」
「“悪”だからに決まっているでしょう?」
「いやいや、とてもそれだけには見えねーって。つか、王子はもう『Re-CODE』じゃねーし」
「……本当にそう思っていますか?」
「ハ?」
一時期は平家以上に王子を毛嫌いしていた刻だったが、夏祭り以降から少しずつ元に戻っていった刻。彼自身、王子が元『Re-CODE』であることをまったく気にしていないわけではないが、今となっては平家ほどではない。
そんな平家の“悪”を嫌う徹底ぶりに少し引きながらも王子をフォローしようとするが、平家は鋭い視線を向けて逆に問いかけてきた。
「八王子 泪は先ほどから日和さん自身に対しては一切攻撃していません。元仲間であるというだけで裁くべき“悪”を裁けない……。その程度の人間、私は
「…………」
平家の言葉に刻は何も言い返そうとはしなかった。平家の言う通り、王子は日和が放つ泡を破壊しようとはするものの、それは日和に対しての攻撃とは言えない。はっきり言って、なんとか間合いを詰めて日和の『影』を截断することも王子ならばできるはず。だが、それをしようとはしない。先ほど日和に言った言葉の通り、王子は日和を傷つけることを躊躇っている。それは刻も感じていたことだった。
「……なあ、ろくばん」
「遊騎……?」
話に入っていかなかったものの平家と刻の話を聞いていた大神たち。すると、今までジッと王子と日和の戦いを見ていた遊騎がポツリと呟くように大神を呼んだ。大神が振り向くと、相変わらず王子と日和のことを見たまま遊騎は問いかけた。
「あの二人……知り合いなんやろ? けど、闘わなアカン。どうすればいいんやろなぁ。『にゃんまる』やったらどうするかなぁ……。こんな時なんて言うんやろ……」
「…………」
異能の相性だけではない。二人の過去を考えても、王子にとって日和は最も闘いにくい相手だった。それでも闘わないといけない現実に、あの桜ならどのように動くのだか。一体、どんな言葉をかけるのか。考える遊騎の横顔を見ながら、大神は黙ってその言葉を聞いていた。
「ほらほら! 少しはやり返してきな
「ぐう!」
大神たちが話している間にも、王子はどんどん追い込まれていく。一際大きい泡の爆発が起こると、今まで遠距離攻撃に徹してきた日和は一気に王子との距離を詰める。そして……
「──
「──ッ!?」
日和は王子に自らの顔を近づけ、反射的に閉じた王子の瞼にキスをした。攻撃とは言い難い日和の行動に混乱する王子。だが、異変はすぐに起きた。
「ぐあぁぁぁ!」
「王子!?」
突然、両手で両目を押さえる王子。何が起きたのかわからない大神たちは警戒すると、ステップを踏みながら王子から離れた日和が愉快そうに口を開いた。
「日和の異能『泡膜』はあらゆる膜を操ることができる
「く、そ……!」
ついに全容が明かされた日和の異能『泡膜』。膜を操って他人に化けたり、光の透過率すら自由自在の泡を作るだけではない。身体の膜に作用すれば動きを制限することすら可能な恐ろしい異能。トリッキーな力だが、真価を発揮すればここまで闘いづらいことはない。
見ると、王子の眼は真っ赤に染まっておりキョロキョロと日和を捜している。本当に視覚を奪われてしまったらしい。攻撃も防御もできず、視界も奪われ、とうとうあと一歩のところまで追い詰められてしまった。
「これでアンタは何もできない……。終わりだ
「ガハ……!」
これで最後と言わんばかりに無数の泡をぶつける日和。視界を奪われた王子がそれに気付けるはずもなく、暗闇の世界で彼女はわが身を貫く衝撃にただただ耐えていた。
(なんで……)
それと同時に胸中を駆け抜ける非情な現実を悔やみながら。
(なんでお前なんだ、日和──!)
「『
王子の胸中を知るはずもない日和は、弓型に形成した『泡膜』から大量の矢の『泡膜』を王子に向かって発射した。
「よう」
「…………」
一家心中の末、たった一人生き残った異能者の幼き少女を保護してから数日後の夜。王子はベッドの上で震える少女のところに足を運んだ。保護してから風呂にも入れて身なりを整えたため、会った時のような汚れや纏わりついた悪臭はもう消えていた。だが、
「眠れないんだって? 家族が死んだ……あの火事のことを思い出してしまうのか?」
「…………」
少女のところに来る前、同志である雪比奈から聞いたことだった。少女が保護した日から一睡もしていない、と。考えてみれば、家族を失ってからまともに寝ていないのだろう。汚れは消えたが、目の下にはよく見ると隈が刻まれている。
事前に入手した情報によると、少女の家族がとった一家心中の方法は焼身自殺。自宅に火を放って自らの身を焼いたのだ。その時の記憶が少女を傷ついた心を支配し、眠らせようとしないのだろう。その証拠に、王子が「火事」という単語を言った瞬間だけ少女の身体は一際大きく震えた。
ベッドの上で布にくるまり、虚空を見たまま震える少女。王子は少女の隣で頬杖をつきながら横になると、さらさらになった少女の髪を優しく撫でながら声をかけた。
「アンタは私が護るって言っただろ? 大丈夫、私はずっとここに……お前の傍にいる。だから安心してお休み」
「…………」
髪を撫でられながら言葉をかけられても、少女は震えるばかりで返事はなかった。それでも王子は何も言わず、ただただ少女の髪を撫で続けた。
「……♪~♪、♪~♪~」
静かに目を閉じ、子守唄のように鼻歌を奏でながら王子は少女の傍にいた。少しでも安心するように、少しでも恐怖が薄れるように。ただ、それだけを願いながら。
「……ん?」
ゆっくりと瞼を上げながら、王子は頭の中を整理する。だが、それよりも先に窓から差し込んでくる
「やっべ……! 寝ちま──って、痛っ!」
少女を寝かしつけるはずが思いっきり寝てしまって王子は慌てた。反射的に起き上がろうとするが、そうすると頭に鋭い痛みが走った。まるで誰かに髪を引っ張られたかのように。何事かと思って王子は姿勢を戻しながら視線を下に向けた。すると……
「すぅ……すぅ……」
安らかな顔で寝息を立てる、あの少女の姿があった。王子の方を向き、その手に王子の髪をしっかりと掴んで。そうして眠る少女の顔は、まるで小春
「……そういえば、名前を決めないとな。あんまり得意じゃないんだが……お前にピッタリな名前を思いついた」
起こしてしまわないよう、静かに少女の髪を撫でながら王子は優しく語りかける。考えていたわけではないが、穏やかに眠る少女の顔を見ていたら自然と思いついた……その名を口にしながら。
「これからよろしくな……日和」
気に入ってくれるだろうか、と王子は考えながら静かに目を閉じた。だから見えなかったが、王子が少女の新たな名前を口にしてすぐ……少女は嬉しそうに微笑んでいたように見えた。
──ドオォォォン!!
「……これで、守護神サンも木端微塵だ
かつて護ると誓った相手の少女が放った矢は爆発の衝撃となり、非情にも自分の名付け親でもある王子を包み込んだ。しかし、日和に心を痛める様子は無く、満足そうに止めをさせたことを確信していた。そして、爆発で舞い上がった粉塵が消え、変わり果てた姿となった王子をその眼に刻もうと──
「あっかんわ……。多すぎて『音』で弾き返しきれへんかった」
「な……!?」
「遊騎!」
しかし、そこにあったのは変わり果てた王子の姿などではなく、その王子を庇うように立つ遊騎の姿だった。日和が放った矢が王子に届くよりも先に遊騎が音速で王子の前に立ち、音波を放って矢を爆発させたのだ。しかし、全て爆発させることはできなかったらしく、王子を庇うように伸ばした右腕には真新しい傷が刻まれていた。
「ごばん、なにちんたらやっとんねん。下手したら死ぬで?」
「その声……遊騎か!? お前がどうして……!」
王子を叱責するような言葉をかける遊騎の声を聞き、自分の目の前にいるのが遊騎だと気付いた王子。最初に手を出すなと釘を刺しておいたというのに飛び込んできたことを疑問に感じるが、遊騎はそれを気にすることなく言葉を続けた。
「何を迷ってんねん、ごばん」
「ッ──!」
「オレはごばんやないから、何を迷ってるかわからへん。アイツと何があったかも知らん。せやけど、一つだけわかる。このままやったらごばん、死ぬだけや。オレ、ごばんが作る飯が食えへんようになるのは嫌やで」
王子に背を向けたまま、それでも心に直接届くような言葉を投げかける遊騎。それはまるで、桜のように「死んではいけない」と訴えかけるような言葉だった。考えてみると、身を挺して誰かを護ろうとするその姿は、かつてリリィを護ろうと飛び出した桜の姿のようだった。桜ならどう動き、どんな言葉を言うのか……それを遊騎なりに考えた答えがこれなのだろう。
──ポタ、ポタ……
「この音……! 遊騎、お前怪我を……!」
結果として遊騎が右腕に受けた傷から、少量の血が音を立てながら重力に従って落ちていく。すると、見えないながらもその音が聞こえたことで王子は遊騎が負傷していることに気付いた。自分を庇って遊騎が傷を負った……その事実に全身を震わせる王子。そして、王子は目の前に手を伸ばし、自分のために傷まで負った遊騎を──
「テメェ! 手ェ出すんじゃねえって言っただろうが!」
「はぐっ!」
「エェェェェ!!?」
普段、叱る時とまったく同じ勢いで、怒号と共に必殺の頭突きを喰らわせた。ご丁寧にも伸ばした手で遊騎の肩を掴み、自分の方に一度振り向かせてから。予想外すぎる王子のその行動に、刻は顔を真っ青にして驚きの声を上げた。
「
「うるせぇ! これ使って治してもらいやがれ、バカ野郎!」
「鬼ダ、鬼がいる……!」
容赦のない王子の頭突きを受けた遊騎は、『にゃんまる』になれなかったことを詫びるかのように倒れていった。そんな遊騎に向かって王子は追撃のように消毒液と包帯を投げつけ、一部始終を見ていた刻たちをその理不尽さで恐怖に震わせた。
そんなことは構わず王子は遊騎たちに背を向け、その手に『影』の鎌を持って立ち上がった。そのまま再び日和に向かっていくのかと誰もが思ったが……違った。
「……すまない、遊騎」
「はにゃ?」
遊騎たちに背を向けたまま、王子は謝罪の言葉と共に深々と俯いた。謝罪し、自らの行いを悔いるかのように。
(オレは、とんだバカ野郎だ……! 日和との闘いを避けることばかり考えて、大事なことを
ギリ、と力のままに王子は歯を食いしばる。今の彼女を支配していたのは……純粋な怒り。だが、それは遊騎に対してでも、日和に対してでもなかった。かつての仲間との闘いを避け、そのせいで今の仲間を傷つけてしまった、自分自身に対する怒りだった。
(思い出せ……!
──ブシャア!
「王子!?」
自身に対する怒りの中、自問自答を繰り返す王子。そうして彼女が最終的に辿り着いたのは……自身の右肩を、自身の異能である『影』の鎌で斬りつけることだった。
「な、なにやってんの
「……これは、遊騎が庇った傷の分だ」
「ハア!?」
突然の自傷行為に混乱する日和だったが、それに対して王子は冷静そのものだった。そして、冷静なまま自分の行動の意味を語った。それでも日和の混乱は続くが、王子の中ではそれが答えだった。
「そして……礼を言うよ、日和」
「れ、礼……?」
「ああ。お前がここまでやってくれたから、ようやく
意味深な言葉を続けながら、王子は血が滲む右肩に左手を添える。掌が赤黒く染まろうとも構わず、むしろ力強く右肩を握りしめることでしっかりと掌を染めていった。
(もう忘れない……。そして、逃げ出さない。この傷はその証明……そして誓いだ。オレは……いや)
そして、彼女は静かに顔を上げる。その眼に決して揺らがないと誓った強固な意志を秘めて。自身で刻んだ傷の痛みと共に、その誓いを言葉として吐き出した。
(私は……もう決して躊躇わない!)
「かかっといで、日和。ここからは遊びじゃなく、本気で相手してあげるよ。お前はこの『コード:ブレイカー』『コード:05』……“八王子 泪”が裁く!」
「王子……」
「ようやく、ですか」
ついに日和と闘う覚悟を決めた王子。その視界は未だ遮られていても、彼女の瞳はしっかりと日和を捉えていた。そして、王子の覚悟の言葉を受け取った大神たちはその覚悟を受け入れるように彼女の背中を見つめていた。唯一、平家だけはやれやれといった様子だったが、それでも王子の覚悟を否定するような様子は無かった。
覚悟を決めた王子を前に、日和は混乱していた頭を一度リセットして再び闘志を燃やす。いくら覚悟を決めようと、優劣で言えば彼女は明らかな優勢。それを再確認して、日和はフッと笑みを浮かべた。
「……言ってくれる
────!
──パァン!
「な──!?」
王子に止めを刺すため、再び透過率が100%の泡を日和は作り出した。しかし、本当に次の瞬間だった。今まさに作ったはずの泡は一つ残らず
何もわからなかった。何をされたのか、どんな力を使ったのかすらわからなかった。ただ一つわかっているのは……これをしたのが視界の中で不気味に動く黒い
「なんだ……!? 今のは一体……!?」
「……始まりましたか」
どうやら何があったのかわからないのは大神たちも同じだったらしく、彼らの表情は驚きに染まっていた。すると、そんな彼らの中で一人だけ平静を保っている平家がポツリと呟き、ゆっくりとその眼を細めて視線の先に王子を捉えた。
「これこそ、『影』を纏う最強の悪魔。最強攻撃と鉄壁防御を兼ね備えた全てを飲み込む貪欲なる姿……『
平家の視線が捉えた王子は、明らかに今までの姿とは違っていた。その全身に黒く蠢く『影』を纏い、まるで彼女自身が蠢く『影』のように錯覚するような姿だった。彼女の身体を憑代にするかのように、彼女の身体と彼女の周囲を蠢く『影』と共に、その艶髪をなびかせながら女帝の如き凛々しさでそこに立つ王子は……『影』の鎌を手にその場に君臨した。
「これが出た以上、八王子の勝利はほぼ確実でしょう……。しかし、この技……使ったからにはとても
「平家さん……?」
王子の真の力が発動したことで勝利を確信する平家。しかし、最後に言い放った一言は彼の隣で傍観する優の眉をかすかにしかめさせた。
CODE:NOTE
Page:40 珍種
あらゆる異能を無効化する特殊な力を持つ者たち。その存在はとても希少で、現時点で確認されているのは桜と会長の二人のみとされている。
その力の仕組みなどはほとんど謎に包まれているが、少なくとも自分に触れた異能を向こうかでき、放たれる力が強ければ周囲一帯にある異能を消し飛ばすこともできる。桜は珍種と自覚していないこともあり無意識に力を使っているが、会長は自在にその力を使っている。また、その力を使いすぎたことによる反動か体質なのかは不明だが、時々身体が小さくなる「ロスト的な何か」になることがある。時間経過では戻らず、戻る際は会長が作った『珍鎮水』を使用する。
※作者の主観による簡略化
異能を矛とした時の盾