CODE:BREAKER -Another-   作:冷目

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お久しぶりです!
クラスメイトとの放課後話の第二弾は桜と女子たち(+王子)!
王子と直接の絡みはありませんが、一人で色々と反応する王子をお楽しみください!
いまいち女子らしい会話が思いつかなかったので、色々とおかしな点があるかもしれませんがご了承ください!
最後には以前少し出てきたあのキャラとあのキャラのエピソードの全貌が明らかに……!
それでは、どうぞ!





code:extra 15 うら若き乙女の放課後ライフ

 一般的に青春というのは学生生活を指すことが多い。同年代の友人たちに囲まれて、教室という一つの空間で様々なことを学んでいく。そういった勉学だけでなく、時期や季節に合わせた行事という非日常的なイベントを友に楽しめることも学生生活が青春と言われる理由だろう。

 だが、学生生活で経験するイベントとはなにも行事のみではない。むしろ、イベントなど日常的に潜んでいると言える。例を挙げれば、十分程度の休み時間や放課後などがそれだ。限られた時間とはいえ、多くの友人たちと自由に過ごせるのだ。特に放課後などは学校という学び舎を離れて地域の様々な施設に赴くこともできるため、これを楽しみにしている学生も多いことだろう。

 

 

 

 

 

 

 

 

 そして、そんな日常的なイベントを満喫しようと集まる学生たちがここにもいた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 「お待たせしました。フライドポテトとサラダ、枝豆でございます」

 「ありがとうございますなのだ。……ふむ、やはり枝豆は美味しいな」

 「も~、桜ったら。せっかくのファミレスなのに渋いもの頼んじゃって」

 「いーんじゃない? 桜らしいし」

 「それに、ファミレスの枝豆って意外に美味しいよ。当たり外れはあるみたいだけど」

 白を基調としたフリフリの制服を着たウェイトレスがなるべく音を立てないように、綺麗に食べ物が盛られた皿を置いていく。最低限の礼儀としてウェイトレスに向かって頭を下げた桜は、現代の女子高生にしては珍しく真っ先に枝豆に手を伸ばして食べ始めた。そんな様子を見て、同席しているあおば、ツボミ、紅葉の三人は現代の女子高生らしくポテトに軽くつまみながら微笑んでいた。

 彼女たちがいるのは全国的にチェーン店がある大手ファミレス。お手軽な値段で結構なボリュームが食べられるということもあり、彼女たちのような学生にとってありがたい場所の一つでもある。さらに言えば、こうして何人かで集まるには絶好の場所とも言える。現に、彼女たちがここに来た目的はまさにそれだ。

 「それにしても、桜とファミレス来るなんて久し振りって感じ~。最近、学校終わったらすぐに大神君と帰っちゃうもんね」

 「それだけ上手くいってるってことでしょ? いいことじゃん」

 「だけど、今日は大丈夫なの? 大神君と一緒じゃなくて」

 「うむ、大神は男子の皆と親睦を深めに行ったからな。それを邪魔するわけにはいかん」

 そう、彼女たちがこうして集まるのは今となっては珍しいこと。というより、桜がこういった場にいることが珍しいのだ。あおばも言った通り、最近の桜と大神は学校が終わったならばさっさと一緒に帰ってしまう。そのため、放課後に桜と一緒に行動すること自体ができなくなっていた。だが、今日は当の大神が男子たちに誘われ(拉致られ)て不在のため、こうして一緒に放課後をファミレスで過ごすことができたというわけだ。

 「あ~、なんかマエシュンが張り切ってたね。ゴメンね、迷惑かけちゃって」

 「迷惑などということは無いぞ、あおば。むしろ私は感謝しているくらいだ。大神はもっとクラスメイトと仲良くなるべきだからな」

 幼馴染ということもあり、事の主犯である前田の行動について謝罪するあおばだったが、桜は笑顔で感謝すらしていることを伝えた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 しかし世の中、ある者にとっての幸福は別のある者にとっての不幸とも言う。その証拠に、桜と違って感謝どころか迷惑している人物がそこにいた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 「なにが仲良くなるべきだ、っての……。おかげでこっちは急に駆り出されてるっつーのに」

 「しゃーないやん。『にゃんまる』は守らなあかんし」

 桜とあおばたちが座る席から少し離れた席……そこにはサングラスをかけて頬杖をつく王子と、向かい側の椅子の上で丸くなっている遊騎(ロスト)がいた。

 彼女たちがいるのは簡単な理由だ。観察兼護衛の役割を担っている大神が傍におらず、刻、平家、優の三人もとある事情(・・・・・)で動けないため、王子が桜の護衛役として動いたというわけだ。最近は何もないとはいえ、いつ『捜シ者』たちが動きだすかわからない。念には念を、というわけだ。まあ、遊騎に関しては完全に色々と予想外だったが。

 「つーか、遊騎。お前なんでロストしてんだよ」

 「昨日、『ゐの壱』にリベンジしようとしたんや。そしたら、また異能吸われてもうた」

 「夜中にドタバタやってたと思ったらそういうことかよ……」

 いかにも遊騎らしいロストの理由に、王子は呆れた様子でため息をついた。『ゐの壱』は対異能者用のガーディアンで、異能者に噛みついてしまえばそのまま異能を吸い出してロストさせることができる。以前、『渋谷荘』の地下室に関する一件でも『ゐの壱』に異能を吸われてロストした遊騎。それを根に持っていたのだろう。

 「いつ闘いが起こるかもわからねーんだ。リベンジすんのは諦めろ」

 「悔しーなー」

 「とにかく今は桜小路の護衛が最優先だ。付いてきたからには、お前も周囲を警戒しとけよ」

 「わかっとるし」

 簡単に遊騎を説得すると、王子はサングラスを少しずらして桜の方を見た。王子と遊騎がいることに気付いている様子は無く、あおばたちとの会話を楽しんでいる。その微笑ましい様子に口元を緩めながら、王子は遊騎と共に陰ながらの護衛を再開した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 「そーいえば、ごばん。なんでサングラスなんてかけてんのや?」

 「桜小路に気付かれないようにな。せっかくクラスメイトと楽しんでるんだ。邪魔するわけにもいかねーだろ?」

 「はにゃー」

 急な護衛に文句を言いながらもこうした気遣いまでする王子の性格に、遊騎は感心したように鳴き声を漏らした。

 

 

 

 

 

 

 

 

 「……はぁ」

 「どうしたの? 紅葉」

 「ん……。ちょっと最近、皆が羨ましくて」

 「羨ましい?」

 一方、桜たちはというと紅葉が唐突に漏らしたため息から新たな話題に移ろうとしていた。その紅葉から出た「羨ましい」という言葉に対し、桜はきょとんとした様子で首を傾げた。

 「うん。だって桜ちゃんは可愛いし大神君だっているでしょ? あおばちゃんはスタイルよくて男子とも仲良いし、ツボミちゃんはモデル体型でスマートだし……。私、ちんちくりんだから自信なくなっちゃって……」

 「そんなことないよ、紅葉。男って紅葉みたいな小柄な子の方が割と好きなんだから。それに、男子と仲良くてもいい人には恵まれないし。スケベな奴ばっかで嫌になっちゃう」

 「まー、あおばの胸は別格だからな。女の私から見ても……」

 「ちょっと、ツボミ! そんな舐め回すように見ないでよ!」

 周りの友人たちと比べて女としての魅力が無いことをコンプレックスに感じているらしい紅葉の言葉。なんとか元気づけようとあおばはフォローに回るが、ツボミの茶々が入ったことでフォローする流れも途絶えてしまった。

 「つーか、スタイルとかでいったら桜が一番ベストなんじゃない? バランスタイプってゆーか、どこもちょうどいい感じだし」

 「む?」

 しかし、ツボミもただ茶々を入れただけでなく彼女なりにフォローするつもりだったらしい。自然な流れで、少しずつ話題を暗い方向から逸らそうとしていた。まあ、白羽の矢が立った桜は急なことで首を傾げているが。

 「そうなのよね~。桜ってば肌もキレイだし、脚だって細いし……。これで何もしてないって言うんだから神様って残酷~」

 「一応、私も顔を洗う時に洗顔料を使うようにはしているが……他には特にないな。あおばたちは何かやっているのか?」

 「私は寝る前の体操は欠かさないかな。油断するとすぐにお肉ついちゃうからさ」

 「私はどっちかというと食事かな。なるべく野菜は摂るようにしてるよ」

 「やっぱりファッション誌とか読んで勉強したり……かなぁ」

 特に特別なことをせずに今の状態をキープしている桜を羨ましがるあおばの言葉に対し、桜はきょとんとしながらもあおばたちが行っている隠れた努力について尋ねた。聞いてみると、やはり彼女たちも年頃の女性。普段は表に出ない努力を行っていることがわかった。

 そして、それは彼女たちの会話を意識して聞いていた彼女も同じだった。

 (やっぱあの年頃の奴らは気にするよな……。そういうオレも特に何もしてないが……よく銭湯に通うのもそういう努力に入んのかな)

 窓の外を見ながらそんなことを考える王子。考えてみれば、王子は『コード:ブレイカー』であるためバイトがあったからには主に夜に行う。女性にとって寝不足は最大の敵。そんな生活を続けてきたというのに今の状態を保っているのは見事なものである。だが、もし本人にそんなことを言った日には言った者の命が危なくなるので誰も言わないが。

 王子が一人考えていると、友人たちの努力を聞いた桜は優しく微笑みながら紅葉のことをジッと見た。そして、思ったままの言葉をかけた。

 「紅葉、私から見ても紅葉はとても可愛らしいと思うぞ。そうやって勉強しているのだからな。だから自信を持つのだ。さっきのように自分を低く見てしまってはせっかくの魅力も台無しだぞ」

 「桜ちゃん……。えへへ、ありがとう」

 真っ直ぐな目で紅葉の目を見ながら話す桜の言葉は、下手な慰めの言葉よりも効果があったようだ。紅葉はほのかに頬を赤く染めながらも微笑んだ。その様子を見て、あおばとツボミも優しく微笑んだ。

 しかし、紅葉の悩みが解決したことでいつもの調子に戻ったのか、ツボミの微笑みはすぐに優しいものから小悪魔染みたものへと変わって紅葉に向けられた。

 「つーか、紅葉……。急にそんなことを気にしちゃうってことは何かあるでしょ。男か~? 男関係なのか~?」

 「え、えぇ!? そ、そんなことは……!」

 「えー! 誰、誰!? 私たちも知ってる人!?」

 「も、もう! 話を聞いてよ~!」

 ツボミのからかうような言葉に慌てる紅葉の姿を見て、興味を持ったあおばも身を乗り出して会話に入ってきた。二人に迫られたことで逃げ場をなくした紅葉は、パタパタと両手を振りながら初々しい反応を見せていた。

 (コンプレックスの話の次は恋バナ(恋愛話)か……。ホント、まさに今どきの女子高生って感じだな)

 ベタな流れで変わっていく話題を耳にしながら、王子は微笑ましさからかフッと微笑んだ。それを見ていた遊騎は首を傾げたが、その理由をわざわざ聞こうとはしなかった。

 「私は別にそんな人は……。あおばちゃんとツボミちゃんはどうなの? 誰か気になる人とか……いるの?」

 二人に迫られた紅葉は顔を真っ赤にしながらも、あいまいな答えをすることでひとまずかわした。そして、そのまま迫ってきた二人に対して同様の話題をぶつけた。

 「私? う~ん……私は特になー。周りにそこまでイイ男もいないし、他人の恋愛事情聞いてる方がいいわ。まあ、あおばはアレか? やっぱデカ杉? それともまさかの前田とか?」

 「やだ、ツボミったら! あの二人はただの幼馴染だからそういう目で見れないって! 大体、デカ杉ならともかくマエシュンはないない! 惚れる要素が欠片もないもん!」

 「うむ。三人の友情は恋愛感情よりも上ということだな、あおば。素晴らしいぞ」

 しかし、いざ話題をぶつけられた二人の反応は慣れたもので、二人ともさらりとかわしてしまった。というより、話題にするような人物がいないのだろう。桜に関してはあおばの話を聞いて、恋愛にではなく友情に対して感心してしまっていた。

 そして、簡単にかわしてしまったツボミはそのまま紅葉にカウンターを繰り出してきたのだった。

 「ほらほら、私らの話聞いてもつまんないことだしさ。早いとこ吐いちゃいなよ、紅葉。誰が気になってんの?」

 「そうそう! それに紅葉、バレンタインで本命がいるかもみたいな感じだったじゃん!」

 「だ、だから私だってまだそういう人は……」

 再び二人に迫られてしまった紅葉。先ほどのようにかわそうとするが、どうにも方法が見つからない。顔を真っ赤にしてなんとか目を逸らすことしかできなかった。

 すると、そんな紅葉の態度に痺れを切らし……ツボミが衝撃的な一言を発した。

 「つーか、よくよく考えてみればわかるか。アレでしょ?

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 夜原先輩」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 「え、えぇ!?」

 「なぬ!?」

 「ぶはっ!」

 まさかの人物の名前がツボミの口から出た瞬間、ツボミは真っ赤だった顔をさらに赤くさせ、桜は予想していなかった言葉に目を見開き、運悪く聞いてしまっていた王子は思わず吹き出してしまっていた。

 「どないしてん、ごばん」

 「い、いや……!? ゴホン! な、なんでもない……!」

 急な動揺を見せた王子に対し、遊騎はのんびりとした様子で声をかける。すると、王子はひとまず強めの咳払いをして落ち着かせ、そのまま桜たちの会話に意識を向けた。

 一方、そんなことは知らない桜たちはというと、それぞれ思い思いの反応をしてなんとか話が続いていた。

 「そ、そうなのか? 紅葉は夜原先輩のことが……」

 「ちちち、違うよ! ツボミちゃん! なんでそこで夜原先輩の名前が出てくるの!」

 桜は興味津々といった様子で紅葉に視線を向けるが、当の紅葉は顔を真っ赤にして両手と一緒に首を横に振っていた。そして、ほとんど逆ギレといった様子でツボミに向き直るが、ツボミはあっけらかんとした様子で優の名前を出した理由を述べ始めた。

 「えー? だって、たまに廊下で見かけた時とか紅葉は急に大人しくなるし、私たちと話してる時に先輩の名前が出ただけで赤くなってるし」

 「そっかー! じゃあ、夜原先輩に渡したチョコが本命だったんだ! 助けてもらったお礼とか言ってごまかしてたわけだね!」

 「そ、そんなこと……あわ、あわわわ…………」

 ペラペラと普段のふとした様子を理由としてツボミが話すと、あおばもそれに便乗し始めた。紅葉はどうすればいいかわからず、ただただ顔を赤くして慌てるだけだった。本人がそんな様子で止められないため、二人の話はますます大きくなっていく。

 「あとはー、ホワイトデーでお返しが来てた時もめちゃくちゃ顔が緩んでたし、前にたまたま撮った先輩の写真を暇な時に見てはニヤニヤしたり……」

 「ス、ストップ! 最後のは嘘! 私、夜原先輩の写真持ってないし、ニヤニヤもしてない!」

 「ふ~ん。『最後のは』ってことはそれ以外のは認めるんだ」

 「あ、う……! うぅぅ……」

 あることないことを口にするツボミの行き過ぎた発言に紅葉が反論すると、ツボミはニヤニヤしながら見事に揚げ足を取ってみせた。完全に言い逃れできなくなった紅葉はすでに茹蛸のようになってしまった顔を両手で覆い隠し、そのまま俯いてしまった。これはもう確実である。

 桜たちは確信を得たところで一斉に目が輝き始めていた。やはりこういった恋愛関係の話となるとテンションが上がるのだろう。こうして見ると、彼女たちはあくまで一般的な女子高生なのだと強く思う。

 「け、けど……まだ好きとかじゃないの。ちょっと気になるっていうか、そういうので……」

 「やっぱりアレ? 前に言ってた夜原先輩に助けてもらったってやつがきっかけとか?」

 「……う、うん」

 もじもじと指先を指先でつつき合いながら正直な気持ちを白状し始めた紅葉。それを了承と受け取ってか、あおばはより突っ込んだ質問を口にすると、少し言いづらそうにしながらも紅葉は聞かれたことに対して正直にコクリと頷いた。

 「そういえば、バレンタインの時にあおばが言っていたな……。大体のことは聞いたのだが、実際どんな感じだったのだ?」

 「えっとね……」

 思い出したことでより興味が湧いたのか、紅葉が今の気持ちを抱いた経緯(いきさつ)について桜は尋ねた。白状したことで気が楽になったのか、紅葉も少し落ち着いた様子で話し始めた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 「お、重い……」

 運が悪かったというべきか、その日の紅葉は日直だった。先生が生徒に何か頼む時、ほとんどの場合は日直がその対象となる。今回もまさにそれで、職員室で渡された資料を別の教室に運ぶという仕事を任されていた。思えば、ただの資料だと高を括っていたのかもしれない。だが、いざ見てみるとその量は尋常ではなく、はっきり言って一人で持つには辛い量だった。紅葉は女子の中でも特に小柄のため、先生も最初は「誰か手伝いを呼んでもいい」と言っていたが、紅葉はこう返答してしまった。

 「頑張って運んでみます!」

 元々、何事にも一生懸命な生真面目な性格をしている紅葉は、自分ができないからといって他人に何かを頼むことを少し負い目に感じていた。どうしても無理なことは別だが、この程度ならと考えたのだ。

 しかし、現状はこれである。さらに……

 「あっ!」

 資料のせいで足元がよく見えていなかったせいもあり、紅葉は何かに躓いて転んでしまった。資料は見事なまでにばら撒かれてしまい、彼女の周りが一気に白に染まった。足をさすりながら後ろを見ると、ちょうど防火シャッターが設置されていた場所だったらしい。線を引くように出っ張りがあった。幸い足首を挫くなどはしなかったが、今はそれよりも重要なことが目の前にあった。

 「た、大変……!」

 視線を前に戻すと今まで束ねられていた資料はバラバラになって廊下に広がっていた。紅葉は恥ずかしさから顔を赤くしながらも必死に資料を集め始めた。しかし、そんな姿を見ても周りにいる生徒は冷たいものだった。クスクスと笑う声や「やっちゃった」などという言葉はあっても、彼女を手伝おうとする者は誰一人としていなかった。

 「ッ……!」

 そんな現状に心を痛めて目に涙を溜める紅葉だったが、泣いている暇など無い。少しでも早く資料を集めなければ迷惑がかかってしまう。彼女は助けを求めることなく、ただ黙々と資料を一枚一枚拾っていった。

 すると、その()は唐突に差し出された。

 「ほら」

 「え……?」

 声をかけられた方向を見ると、目の前には数十枚で束ねられた資料があった。そのさらに奥に視線を向けると、一人の男子生徒が下を向いてもう片方の手で資料を集めていた。その横顔を、紅葉はよく知っていた。

 「や、夜原先輩!?」

 「ああ」

 視線を合わせることなく、短い返事をするのは生徒会会計である夜原 優。生徒会役員というだけでも有名なものだが、彼女の場合は少し特殊な事情もあって彼のことをよく知っていた。少し前に行われた大神の歓迎会である。その時、クラスメイトの提案で近くにいた優も巻き込んだため、学年は違うが少しだけ親しくなっていたのである。

 だが、そんな人物が急に目の前に現れたため、紅葉はただ慌ててしまっていた。

 「ななな、なんでここに?」

 「別に、歩いていただけだ。……ほら、持ってろ」

 「わ、わわ!」

 慌てる紅葉に対して、優は平然とした様子で資料を拾いながら返答していった。そして、新しく拾った資料を差しだした分の資料と合わせると、少し強引に紅葉に押しつけた。紅葉がそれを受け取ると、優は再び資料を拾い始めた。呆然とその姿を見ていた紅葉だったが、すぐにハッとして自分も資料を拾い始めた。そして数分後、思ったよりも早く資料を拾い終わることができた。

 「すみません! ありがとうございました!」

 「問題はない。しかし結構な量だな。大丈夫か?」

 「は、はい! 大丈夫です! 次は転ばないように気を付けますので!」

 「……どこに運べばいい? 手伝うぞ」

 「え!?」

 拾い終わった資料の一部を大事そうに抱えながら優に頭を下げる紅葉。優は紅葉の倍近い量の資料を持ちながら答えると、このまま渡していいのか悩んでいる様子で大丈夫かどうか尋ねた。紅葉は大丈夫と答えたが、優は少し考えてから手伝いを名乗り出た。意外なその言葉に、紅葉は再び慌て始めた。

 「……科学の授業の資料だな。ということは化学室か。よし、行くぞ」

 「え!? あ、その……は、はい!」

 持っていた資料の内容を見て運び先まで言い当てた優はそのまま歩き始めた。紅葉は相変わらず慌てた様子だったが、すぐにその後を追っていった。

 「あ、あの……夜原先輩。どうして手伝ってくれたんですか?」

 「手伝ったらダメだったか?」

 「そんなことはないんですけど、ちょっと不思議で……」

 二人で資料を運び始めて少し経った頃、紅葉は自分の中にあった疑問を優にぶつけた。少し親しいと言っても二人はほとんど他人のようなものだ。いくら困っているとはいえ、他人を手伝うというのは中々できることではない。だから優の行動が不思議に見えて仕方なかった。少なくとも、自分は声をかけるまではできないと感じていた。

 すると優は前を向いたまま、さも当然のように答えた。

 「困った奴がいたら放っとけないだけだ。それに、他人と言っても同じ学校の人間なんだ。手を貸すのは当然だろ」

 「夜原先輩……」

 「それに、お前たち1-Bには色々としてもらったからな。申し訳なく思ってるんだったら、これはその礼だと考えてくれ」

 「……え!? 私のこと覚えてたんですか!?」

 「昔から覚えるのは得意なんだ。……さて、着いたな」

 困った人がいたら手を貸す。当たり前のようで中々できないことを平然とやってみせる優を見て、紅葉は静かに感心していた。さらに、優のその後の言葉で自分のことを覚えていたことを知ると、彼の能力の高さにさらに感心してしまった。

 そんな風に話していたからか、気付けば目的の化学室まで到着した。二人は化学室に入って資料を置くと、優はそのまますぐに戻ろうと歩きだした。その後ろ姿を見ながら、紅葉はもう一度頭を下げた。

 「夜原先輩……その、ありがとうございました。次からは気を付けます……」

 「…………」

 純粋なお礼のつもりだったが、やはりどこかに迷惑をかけたという認識があったらしい。最後には申し訳なさそうに弱々しい言葉が出てしまった。しかし、撤回する必要は感じなかった。そうして頭を下げた後輩を背に、優はそのまま戻ろうと──

 ──ポンッ

 「う……」

 「気を付けるんじゃなくて、次からは素直に誰かに頼め。お前は一人じゃないんだからな。オレが言いたいのはそれだけだ。じゃあな、紅葉さん(・・・・)

 下げたままの自分の頭の上に感じるかすかな手の感触。その感触に思わず反応すると、その手の主はそのまま言葉をかけた。そして、最後に二、三度だけ軽めに叩くとその手は離れていき、手の主も静かに背を向けて離れていった。

 その後ろ姿を見ながら、今まで手の感触があった部分に自らの手を置く紅葉。その胸の中には、今までは感じることが無かった感情が生まれつつあるように感じた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 「──っていう感じ、かな」

 「天然タラシかよ、先輩」

 「それを素でやっちゃうのがスゴイんじゃない」

 「うむ。やはり夜原先輩は優しい方なのだな」

 (アイツ、学校でもそんな勘違いさせるようなことやってんのかよ……)

 紅葉から事の全容を聞くと、ツボミは優の行動に感心を通り越して呆れてしまい、あおばはそれをなだめ、桜は一人でうんうんと感心していた。ちなみに、王子に関しては優の行動に頭を悩ませていた。

 「まあ、夜原先輩は誰にでもそんな感じだから人気だしね。他の先輩に聞いたら、家では甘えん坊だとか恥ずかしがり屋だとか可愛い部分もあるから余計に」

 「む……? あおば、それは誰が言っていたのだ?」

 「先輩は夜原先輩のお姉さんから聞いたって言ってたよ。少し前に学校に来たんだって」

 ((あぁ、優子さん(優子)の仕業(だな)……))

 あおばが口にした優の情報について疑問を抱いた桜だったが、その答えを聞くと桜は心の中で優を憐れんだ。また、同時に王子もそこについてだけは憐れんでいた。

 「だけど、夜原先輩って彼女とかいないんでしょ? ポイント高すぎて誰も行けないのかな?」

 「いや、結構いるみたいだけど? ただ全部断ってるらしいけど」

 「そ、そうなの……? うぅ……」

 人気はある優だったが、特別な関係である女性は一人としていない。堅物なのか恥ずかしがっているのかなど議論を重ねるあおばたち。確かに優の弱点を考えると、女性と付き合うというのは想像できない。だが、彼女たちの中で唯一全てを知る桜は一人だけ悲しげな表情で考えていた。

 (先輩が告白を受けない理由……。おそらく、自分が『コード:ブレイカー』(『存在しない者』)だからというのもあるのだろうな……)

 自分も一時的にとはいえ味わった『存在しない者』の苦痛と寂しさ。そして、彼ら『コード:ブレイカー』はその苦痛と寂しさの中に自ら身を置く者たち。大神のように自ら余計な関係を断とうとする者もいれば、刻のようにかつての特別な者と他人にしかなれない者もいる。彼らはそんな悲しい存在なのだ。

 しかし、今の自分には何も言えない。その真実を告げることはできないし、真実を隠しながら諦めさせるよう言葉をかけることもできない。彼女にできることと言えば、友人の恋心が散った時にいつまでも傍にいてやることしかない。そんな現実を噛み締めながらも、桜は決心したようにその顔を上げた。

 「よし! 紅葉、食べるのだ! 何をするにも食べて元気にならねばいかんぞ! すぐに注文だ!」

 「えぇ!? 私そんなに食べられないよ~!」

 「アハハ! 桜らしい!」

 「カロリーだけは気を付けろよ~」

 桜の急な提案に戸惑いながらも、心から笑い合う友人たち。そんな友人たちの輪の中にいながら、この平和な時が再び訪れるようにと桜は願っていた。

 「……やっぱ優しいな、桜小路は」

 「『にゃんまる』は『にゃんまる』やし。優しいのは当たり前やん」

 「フッ、そうだな」

 そして、そんな桜の優しさを感じ取った王子は静かにその場で微笑むと、遊騎も伸びをしながらそれに答える。桜たちの楽しげな笑い声を聞きながら、王子はこれから起こるであろう闘いのせいで彼女たちの幸せを壊させまいと強く誓った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ~おまけ~

 王「おい、優」

 優「ん?」

 王「お前、もう人に優しくすんな」

 優「は? 急に何を言ってんだよ……。熱でもあるのか?」

 ~額に手を当てて診断中~

 優「……うん、特に熱は──」

 王「お前それ学校で女相手に絶対やるなよ! 絶対だからな!」

 優「???」

 

 

 




紅葉かわいいよ紅葉……
書いていくうちにどんどん暴走していった結果です、すみません……
数ある女性キャラの中で紅葉が特に好きなわけで今回やっちゃったわけですが、本編で絡みがほとんどないのに番外篇でここまでやっちゃっていいのかと思うばかりです……
いずれ絡むようになってきたら本編でもと思っていますが……今のところメインヒロインではないですね、ハイ(土下座)
優は学校でも人気あるっていうのを証明する意味合いも込めてのポジションなのですが、これからどうなるのか……
次回からはいよいよ『捜シ者』篇も佳境! 『捜シ者』との決戦はどうなるのか! 優はどう関わってくるのか! 『あの力』は出るのか! そもそも優の出番はあるのか!(笑)
ご期待ください!



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