CODE:BREAKER -Another-   作:冷目

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長らくお待たせしました!
番外篇第二弾! そしてギャグ話第一弾となります!(笑)
今回はcode:44の夏祭りでスポットが当てられなかった人たちを描きました
王子が暴走し始めて散り散りになった彼らはどのような夏祭りを過ごしたのか……お楽しみいただけたら幸いです(大神と桜はまんま原作なのですが……)
あと、本編でメインだった優と王子も少しだけ出てきます。修羅場ですが(笑)
さらに、優の過去も少しだけ明らかに!
それでは、どうぞ!





code:extra 12 それぞれの夏の夜

 『捜シ者』たちとの闘いに備え、己を高めようと修行に励む大神たち。そんな中、会長の提案から行くことになった夏祭り。元々、大神など一部の者は行く気はなかったが、桜がそれぞれの弱点を的確についた言葉をかけたことで見事に全員参加となった。その場にいなかった平家も、『渋谷荘』からの出店という出店を任されており、現地で合流することとなった。

 さらに、寧々音とも合流した一行だったが、寧々音の純粋な感謝を向けられた王子がいつものように暴走しようとした。巻き込まれるのを恐れた一同は近くにいる者と離れていき、それぞれの夏の夜を過ごしていった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 「ゼェ、ゼェ……! こ、ここまで来れば大丈夫、ダロ……!」

 「お~」

 暴走した王子による頭突きを回避しようと、寧々音を抱えて全力疾走した刻。修業で体力は以前より上がっている上に抱えている寧々音が小柄でとても軽いとはいえ、やはり人一人を抱えての全力疾走は辛いものがある。見事に肩で息をしていた。そんな刻に抱えられたまま、現状をあまり理解していないであろう寧々音は刻に向かって拍手を送っていた。

 すると、刻が懐に入れていた携帯が急に鳴り出した。確認するために、刻は寧々音を近くにあったベンチに座らせ、自分もその隣に座る。

 「こんな時に誰だっての……。……ア? 優からメール?」

 携帯を見ると、優からメールが来ていた。しかも、刻、大神、桜の三人に向けた一斉送信のメールだった。『コード:ブレイカー』同士でメールなど珍しいことだったため少し驚いた刻だったが、とりあえずその内容を確認することにした。

 見ると、そこには端的な言葉の羅列が数行だけ並んでいた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 王子、鎮静

 被害状況……自他ともに0

 以上

 

 

 

 

 

 

 

 

 「なんの業務連絡だっつの……」

 事実だけを述べたその内容に、頭をかきながら呆れる刻。もちろん彼も、優が「みんな大丈夫~? こっちはなんとか大丈夫だよ(‘◇’)ゞ」みたいなメールを送るとは思っていない。そう考えると彼らしい内容だったが、ここまで端的なのもどうかと思う。

 とりあえず、返信の必要はないと考えた刻はそのまま携帯を閉じた。そして隣に座る寧々音に視線を向けた……が、隣にいるはずの寧々音の姿は無く、ベンチに座っていたのは刻だけだった。

 「ね、寧々音(ねーちゃん)!?」

 突然のことに大声を出して立ち上がる刻。思い返せば、最初にこの夏祭りで寧々音を見つけた時も、優から「勝手にどこかに行かないように」と言われていたにも関わらず一人で型抜き屋にいたのだ。少し目を離した間に何かに気を取られてどこかに行ってしまうのも理解できる。

 だが、それでも刻にとっては一大事なのだ。年齢はれっきとした高校生とはいえ、その自由奔放さからわかる通り、その精神年齢はかなり幼い。つまり、ほとんど子どもと変わらない。そして、この夏祭りのようなイベントにはどこに魔の手が潜んでいるかわからない。それを考えただけで、刻の身体からは嫌な汗が止まらなくなる。

 「寧々音(ねーちゃん)! どこに行ったんだヨ!」

 何度も周囲を見渡し、大声で叫ぶ刻。しかし、視界に映るのは名前も知らない赤の他人ばかりで、肝心の寧々音の姿はどこにも無い。それを感じる度に焦りが募っていく刻は、とりあえず寧々音が興味を持ちそうな出店がないか探すことにした。目を離していたのはメールを確認した数秒だったため、そう遠くに行っていないのは明らかだったため、まずは近くにある出店を確認しようと──

 「マグネス、何かお探し物なの?」

 「ね──藤原サン!」

 突然、背後から聞こえた聞き慣れた声……というより聞きたかった声。勢いよく振り返ると、そこには両手にかき氷を持って首を傾げる寧々音の姿があった。その姿を見たことで冷静さを少し取り戻した刻は彼女に対する呼び方を他人行儀に戻す。今の自分と彼女はあくまで他人。それは自分が『コード:ブレイカー』として過去を捨てた時から承知していた。と言っても、さっきのような緊急事態だとそんなことに構っていられないのだが。

 「ぶ、無事でよかった……! もう勝手にどこかに行かないでくださいヨ……」

 寧々音の安全を確認したことにより全身の力が抜けたのか、刻はその場にしゃがみ込んだ。王子の時も慌てたが、今回もかなり心臓に悪い。楽しめるはずの夏祭りでここまで気疲れするとは、と刻は自分の不運さを呪った。

 だが、不運の後には幸運がやってくるものだ。そして、それはこの刻も例外ではなかった。

 「はい、マグネス。いっぱい走って暑いと思ったから買ってきたの。一緒に食べるのー」

 「……!」

 目線を合わせるようにしゃがみ、「はい」とかき氷を差しだす寧々音。そう、彼女はなにも興味を引かれたから勝手にいなくなったわけではなかった。自分を抱えて、息を切らして汗まみれになりながら走る刻。そうする理由はわからなくても、彼が自分のためにと考えて行動しているということがわかったのだろう。だから彼女は、そんな刻の労を労おうと思ってかき氷を買ってきたのだ。

 「……ありがとうございます、藤原サン」

 そんな彼女の優しさを、刻は微笑みながら受け入れた。差し出されたかき氷を受け取り、改めて二人揃ってベンチに座る。かき氷は二人とも、黄色──レモンのシロップがかけられている。備え付けのストローを使ってかき氷を口にすると、口中に甘酸っぱさと冷たさが広がる。冷たさは口の中だけにはとどまらず、頭に「キーン」と独特の刺激を与える。いつもなら遠慮したいものだが、今回だけはその刺激すら心地よいものに感じる。

 かき氷の物理的な冷たさか、寧々音の純粋な優しさか。刻の心身ともに心地よさを感じながら、寧々音()と共に夏の夜を過ごしていった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 「お待たせしました。こちらがビューティ・クラッシュになります」

 「うわー! すごい!」

 「食べるのもったいなーい! ありがとうございます!」

 「いえいえ、ありがとうございました。それでは次の方、ご注文をどうぞ」

 精巧に形作られた女性のモチーフの飴に、リボンによる丁寧なラッピングという名の束縛を行う。完成したそれを手渡すと、客である若い女性の二人組は目を輝かせて絶賛する。自分の店の商品を買っていった客に頭を下げると、次の客の対応へと移る。その後ろには、延々と並ぶ長蛇の列ができていた。

 『渋谷荘』出店である「平家のビューティフル☆セクシー☆キャンディー☆ショップ」は、今回の夏祭りで一、二を争うほどの売り上げを見せていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 「……ふう。ようやく落ち着きましたか」

 数十分後、長蛇の列を構成していた最後の一人への対応を終えた平家は軽く息を吐いた。飴細工ということで、作業自体に体力はそこまで使わないが労働力が少なすぎた。材料の準備は優が全てやってもらったが、それ以外の作業は全て自分一人で行っている。たった一人で何十人という客を対応してきたのだ。疲れが溜まるのも当然のことと言える。

 休憩の意味も込めて、平家は店先に「ただいま準備中」の看板を立てかけた。と言っても、もう材料も残り少ないので再開してもすぐに終了になるだろう。だが、そんなことは気にせずに平家は店頭に置く飴の準備に入った。すると、そんな彼に話しかける声が屋台の真横から聞こえた。

 「なんや忙しそうやなぁ、にばん」

 「私が作った飴細工ですから当然ですよ、遊騎君」

 話しかけてきたのは遊騎だった。『にゃんまる』のお面を顔が見えるようにずらして着け、その手には『にゃんまる』のイラストが描かれたわたあめの袋や『にゃんまる』型の飴など、祭り関連の『にゃんまる』グッズが大量にあった。どうやら、彼は彼なりに夏祭りを楽しめているようだった。

 「それはそうと遊騎君。大神君たちと合流しなくていいんですか?」

 「今はいいわ。みんなバラバラに動いとるし、集まり始めたら行くわ」

 「そうですか。では、私もその時に行くとしましょう」

 それだけ言葉を交わすと、平家は飴細工を再開し始め、遊騎は手に持った『にゃんまる』グッズを眺めながら『にゃんまる』の歌を口座み始めた。数えるのも億劫になるほどの人たちが目の前を横切っていく中、それぞれの時間を過ごす二人。元々、この二人は相性が良いとは言えない。時には仲間を見捨てるような“エデン”の掟や命令を重視する平家に対し、遊騎は仲間のために自ら動くタイプだ。そんな真逆な思考のため、二人はこれまでも幾度となくぶつかってきた。

 しかし、そんな二人にも共通していることはある。それは、二人とも上の『コード:ナンバー』を持つ者として下の『コード:ナンバー』を持つ者たちを思う気持ちである。

 「そういえば、刻君は虹次に勝つために禁煙を始めたそうですね。ちゃんと続けられていますか?」

 「心配ないわ。よんばんは決めたら死んでもやり切る。それは、にばんだってよくわかってるやろ」

 唐突に口を開いた平家が出した話題は、誰から聞いたのか刻についてだった。平家の言う通り、刻は虹次に負けた日から禁煙を宣言している。本人なりの覚悟の証として周囲は受け取り、会長もその真摯な姿を見て彼の弟子入りを決めたのだ。

 だが、平家にしてみれば少し心配だったようで、そのまま言葉を続けた。

 「そうですが……私がいくら言っても止めなかったものを急にやめたのです。心配もしてしまうものですよ」

 「確かに、よく止めろ言っとったもんな。煙草と……あと、ろくばんとのケンカ(・・・)も」

 ろくばん(大神)とのケンカ……それは、かつて『コード:ブレイカー』内で起こっていた問題の一つであった。大神が『コード:06』となった直後、刻と大神は互いの異能を使っての大喧嘩を始めた。喧嘩の原因は単純なもので、刻が一方的に仕掛けたのだ。触れた物しか燃え散らせない『青い炎』では四方八方から向かってくる『磁力』で操られた鉄材をかわせるはずもなく、結果は刻の圧勝で終わった。

 だが、それは一回では終わらなかった。その後、大神と刻はよく組んで仕事をすることがあった。『ナンバー』も年齢も近いから仕方のないことだったが、仕事が終わる度に刻が難癖をつけて大神といがみ合うのだ。ようやく人数が揃ったというのに、繰り返される内輪揉めという問題に平家は頭を悩ませたものだった。(彼自身、人のことは言えないが)

 「……あれは刻君にしてみればただの同族嫌悪。まあ、周囲に当たり散らす分、大神君より始末が悪いですが。それに、そもそも煙草だってその証。本当は好きでもないくせに吸い続けていたのは自暴自棄になっている証拠ですからね」

 「あの頃のろくばんも死んだ目をしとったけど、よんばんも似たようなもんやったしな。いつ死んでも構わへん……そんな感じやったわ」

 一方はジャッジ、もう一方は大企業の社長……周囲を見る眼は確かな二人の意見が同じならば、それはもう真実といっても過言ではない。事実、『コード:ブレイカー』になった頃の大神は何事にも無関心であったし、刻も寧々音のことがあるためか無茶をして突っ込むことが多かった。その頃から考えると、今の二人は当時では考えられない姿に見えるだろう。

 「ほんま変わったわ。ろくばんも……よんばんも」

 「……えぇ、そうですね。ふふふ、珍しく意見が合いましたね? 遊騎君」

 「……せやな」

 いつもは反発し合う二人の意見が珍しく合ったことがおかしかったのか、小さく笑う平家だったが、遊騎も「ふっ」と小さく笑ってからそれに同意した。夏祭りに充満する皆の楽しげで仲良さげな雰囲気が後押ししたのか、二人の間にも穏やかな空気が流れ始める。

 すると、遊騎は急に立ち上がり、浴衣についた土埃を払い始めた。

 「さて、と。そろそろ行かへんか?」

 「おや、もう皆さん集まり始めたのですか? 随分と早いですね」

 「ちゃう」

 移動を提案してきた遊騎に対し、意外にも早く移動することに少し驚く平家。すると、遊騎は短く否定の言葉を述べ、平家に対して『にゃんまる』のお面を差し出した。

 「せっかく祭りに来たんや。にばんも色々見なきゃ損やろ。はよ行こうや」

 「……ありがとうございます、遊騎君。では、すぐに店仕舞いとしましょう」

 遊騎の気遣いに、平家は感謝の言葉を述べると早急に店仕舞いを始めた。数分後、とりあえず簡単に店仕舞いの準備までは終わらせた二人は、改めて夏祭りを楽しむことにした。

 「にばん、作っとった飴はどうすんのや?」

 「捨ててはもったいないので、『渋谷荘』に持って帰ってもらいますよ。あそこは色々なところに置くことができますからねぇ」

 その後、『渋谷荘』ではそこかしこに平家の飴細工(束縛済)が置かれており、住民たちは気が休まらない日々を数日送ったというのはまた別の話。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 刻と寧々音、遊騎と平家。それぞれが平和な時間を過ごす中、この二人……というより、()は平和とは無縁の時間を送っていた。

 「おらぁ!」

 「うお!?」

 完全に自分を狙って振り下ろされた黒い鎌を勢いよく前に跳んで避ける。瞬間、周囲にあった木の数本が「ズズズ」と重低音を立ててずれていき、「バキバキ」と枝と枝がぶつかっては折れながら切り倒されていった。幸い、そこまで大木ではなかったので賑わっている祭りの会場には何も聞こえないだろう。

 だが、狙われた当人にしてみれば今はどうでもよかった。そんなことを考えていては確実に自分が命を落とすからである。現に、さっきの攻撃は完全に避けきれなかったらしく、髪が何本か切れてしまい空中に散った。

 「か、かすった……! 今かすったぞ、王子!」

 「……チッ! かすっただけかよ……!」

 「な、なんで残念そうなんだよ……」

 「決まってんだろ……。今のオレはテメェを殺す気でやってるからだよ、優!!」

 黒い鎌……『斬影』となった『影』を再び振りかざす王子と、『脳』で脚力を強化して後ろに跳ぶ優。他の者たちが平和な時間を過ごしている中、この二人だけは完全に命の取り合いを……というより、王子が一方的に優を殺す気で攻撃するという地獄の時間を送っていた。

 「ちょこまかと……逃げてんじゃねぇ!」

 「逃げるに決まってるだろ!」

 なぜこんなことになったのか……というのが優の正直な思いである。だが、これまでの経緯を知る第三者から見れば、全員がこう言うだろう。「完全に優が悪い」と。

 修業中、優と王子の仲を探ろうとした桜から「王子のことをどう思っているのか」と聞かれた際、優は「女として“特別”な存在」とはっきり答えた。男が女に対して“特別”という単語を使ったのだ。それは「友人として」ではなく「一人の女として」と解釈するのがふつうである。まあ、それを聞いた桜はよほど色恋沙汰に無縁なのか、まったく気付かなかったが。だが、彼女は気付いてしまった。偶然だが優の答えを聞いてしまった……王子本人は。

 その後、王子は優を見るだけで照れてしまい、ほとんど会話にならない状態が続いた。その原因が自分にあるなど気付きもしない優だったが、今回の夏祭りでそれは変わった。寧々音の一言で暴走の兆しを見せた王子を落ち着かせ、二人で話をした。その中で、王子が桜と話していたことを聞いていたということを知った。だが、そこで優が語った真実がいけなかった。彼が言う“特別”というのは、確かに「一人の女として」だった。しかし、それは「弱点が機能しない唯一の女」という意味だった。目を合わせただけで倒れるほど女性が苦手な優だったが、王子ならば大丈夫……だから“特別”なのだ、と彼は王子に向かって悪びれもせずに言ってしまったのだ。

 そして、今に至るというわけだ。王子自身、恋愛沙汰だったとしても断るつもりだった。だが、彼女が真剣に考えてきたのも事実だ。優の言葉はその苦悩の日々を完全に砕いたのと同じだった。その怒りは計り知れない。つまり何が言いたいかというと……

 「死ね、コラァァァァァ!!」

 「なんで祭りでこんな目に……! や、厄日だぁぁぁぁぁぁぁぁ!!」

 今の状況は厄日でもなんでもなく、ただの自業自得、ということである。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 「ん?」

 「どうしたんですか、桜小路さん」

 「いや、どこかで木が倒れた音がしたような……。大神は聞こえなかったか?」

 「何か作業でもやっているんでしょう。祭りの日までご苦労なことです」

 「ふむ? なにやら『厄日だ』と嘆く声も聞こえたような……」

 「気のせいですよ」

 一方その頃、大神と桜はどこかから聞こえる謎の音と声に首を傾げながらも祭りを満喫していた。と言っても、大神はただついていっているだけで、本当の意味で満喫しているのは桜であり、そして……

 「キャア! 『にゃんまる』のお祭りバージョンだ!」

 「あの! 写真撮ってもいいですか!?」

 「いかにも、別に構わんよー」

 (クソネコ(アイツ)は本当にどこでも楽しそうだな……)

 会長の二人だった。会長に関しては、このように写真をせがまれるなどして自他共に満喫させているので中々のものだ。だが、大神からすれば普段とまったく変わらなく見えるので興味もなければ感心もしなかった。

 「いや~、今日は一生分の写真を撮られたかもしれないんだな」

 「会長は人気者なのですね」

 「桜小路さん……会長ではなく『にゃんまる』が人気なだけだと思いますが」

 「む?」

 ほくほくと満足気な会長とその人気ぶりに素直に感心する桜。それに対し、大神は客観的な意見を述べており、完全に冷め切っていた。

 すると、そんな大神を見た会長はいつもの悪い癖なのか、大神にしつこく近寄っていった。

 「ねぇねぇ、大神君。そんな仏頂面してないでさ、一緒に遊ぼうよ」

 「オレはいいです。どうぞ、桜小路さんと楽しんでください」

 「そう言わずにさ~」

 「結構です」

 「遊ぼうよ~」

 「……しつこいですよ」

 何度断っても執拗に誘ってくる会長に、大神の我慢も限界が近づいてきたのだろう。大神は足早に物陰に移動して会長と距離をとった。物陰に移動したため、二人の間にある物が障害物になっている。だが、なぜか一点だけぽっかり穴が開いていたため、会長はそこから顔を覗かせて誘い続けた。

 「ねぇ、大神君ったら~」

 「だから、オレはいいって何度も言ってるでしょう……!」

 そろそろ限界なのか、大神の言葉に苛立ちが感じられた。しかし、そんなことで会長が止めるはずもなく、さらに誘い続ける……かと思われた。

 「そんなこと言って、本当は──うわ!」

 「会長!?」

 「ッ!? どうし──!」

 突然、穴から覗いていた会長の姿が消えた。それと同時に、穴の向こうから驚いて会長を呼ぶ桜の声が聞こえ、何かあったのだということを大神に伝える。突然のことに、大神は今まで感じていた苛立ちも忘れて会長が覗いていた穴から向こうの様子を見ようとする。意外と穴は大きく、人の顔がすっぽりと入るくらいだった。そう、まるで……

 

 

 

 

 

 

 

 

 「あ、シャッターチャンス」

 「おお。意外と似合っているぞ、大神」

 「」

 遊園地にある顔出し看板のように……というより、まさにそのものだった。大神が顔を出した部分は羊ガールとでも言うべきか、羊の白い毛を水着にして頭には羊の被り物をしていた女性の顔部分。倒れていた会長はその瞬間を見逃さずに携帯のカメラで撮影し、会長を起き上がらせようと駆け寄る桜もバッチリとそれを見ていた。ハメられた……そう理解した大神は完全に言葉を失った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 「いかにも、本当はやりたかったんでしょ? 大神君」

 「テメェが転んだからだろーが……! ワザと転ぶとかしょーもないマネしやがって……!」

 「いやいや、浴衣着てると足の運びが難しいからね。事故だったんだな」

 「着ぐるみがどうでもいいこと気にしてんじゃねーよ……!」

 再び羊の屈辱が蘇ったのか、怒りを露わにして乱暴な口調で会長に詰め寄る大神。だが、会長は特に悪びれもせず、平然としていた。すると、そんな会長の態度がさらに大神の神経を逆撫でし、彼はついに左手の手袋に手をかけた。

 「テメェ……! こうなったらここで燃え散らして……!」

 「おっと。いかにも、逃げるんだな~」

 「あ! テメェ、待ちやがれ!」

 そのまま怒りに任せて『青い炎』を出すかと思われた大神だったが、会長がそそくさと逃げ出したためそれは避けられた。そして、会長が逃げ出したことで行き場の無くなった大神の怒りだったが、その怒りを逃がすように大神は大きく息を吐いて落ち着いた。

 「……ハァ。くそ、逃げ足だけは早い……」

 「フフフ……」

 「……なに笑ってるんですか、桜小路さん」

 すると、今まで大神と会長のやり取りを見ているだけだった桜が声にしながら笑い始めた。一瞬、先ほどのことを笑われているのかと思った大神だったが、桜の顔を見てそれは違うと判断する。彼女の表情は何かを馬鹿にするような悪意は感じられず、ただ純粋なものに見えた。一体今のどこにそんな笑みを浮かべるところがあるのか……疑問に感じた大神は率直な言葉で桜に尋ねた。すると、桜は純粋な笑みを浮かべたまま答えた。

 「楽しいな! 大神!」

 「は……?」

 思わず瞬きを繰り返す大神。今のどこに楽しめる要素があったのか……大神にはわからなかった。しかし不思議なもので、桜の満足そうなその笑顔を見ていると、本当にそうだと思えてくる。そして、いつの間にか会長に感じていた怒りは完全に消え、大神の表情も柔らかいものへと変わっていった。

 「……まったく、あなたは相変わらずですね」

 「それはお互い様だろう? さあ、大神! まだまだ祭りを楽しむのだ!」

 「楽しむのはあなたに任せますよ」

 「ダメだ! お前も楽しくなければな! 私が祭りの楽しみ方というのを教えてやろう!」

 「……やれやれ」

 どこまでもいっても変わらない桜の性格に苦笑を浮かべながらも、悪い気はしない大神。二人は肩を並べて歩き始め、残った時間を楽しむべく賑わう人の中に向かっていった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 「……こ、ここなら安全か」

 それから数十分後、優はなんとか王子の前から姿を眩ませることに成功して、茂みの中に身を潜ませていた。時間的にはもう祭りも終わりのため、そろそろ大神たちも集まっている頃だと思っていたが、そこに王子もいると考えると安易に合流するわけにはいかなかった。だが、いつまでもここにいるわけにもいかなかった。

 「……覚悟を決めないとか」

 それが逃げ続ける覚悟なのか、命を散らす覚悟なのか……それは本人にしかわからないが、優は意を決して歩きだした。すると……

 ──ドォォォン!

 「……ん?」

 突然、鼓膜をビリビリと震わせる轟音が辺り一帯に響いた。だが、それは初めて聞く音ではなかった。優は音の正体を見るべく、音がした方向へ歩いていった。歩いている間にも轟音は鳴り響き、同時に赤や緑などの光が周囲を一時的に照らす。そして、少し開けた場所に出ると、音の正体が優の眼に映った。

 ──ドォォォン!

 「花火……か」

 すっかり深くなった夜の闇にも負けず、色とりどりの光を放つ夏の風物詩に、優は思わず見とれる。同じ頃、集まっていた『コード:ブレイカー』たちは花火を始めて見たことに感動していたが、この優だけは少し違った。彼にとって、花火は始めて見るものではない。幼い頃……家族や『彼女』と見た覚えがあった。

 「……なんだか、あの頃より小さく見えるな。……ま、成長したんだから当然か」

 幼い頃の自分から見た花火というのは、とてつもなく巨大な物に見えた。それこそ、自分の両手を精一杯伸ばしても足りないくらい。しかし、恐怖は感じなかった。ただ、その美しさに子どもながら感動していた。一筋の光として地上から上がっていき、空中で轟音と共に巨大な光の花を咲かせる。それを見るだけで見る者全てを笑顔にする……まるで魔法だと母親に訴えたのを覚えている。そして──

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 「──ねぇ、──ちゃん」

 「どーしたの? ──くん」

 「僕ね、──ちゃんのこと────」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 「……子どもの頃の話、だな。さて、今なら王子の機嫌も良くなってるかもしれないし、行くか」

 自然と脳内に浮かび上がってきた過去の記憶を振り払うかのように頭を振る優。そして、王子の機嫌が良くなっていることを祈りながら花火に背を向けて歩き出した。だが、その瞬間だった。

 「──ぐっ!?」

 突然、頭の中で「ズキン!」と重い痛みが響いた。彼はこの感覚を知っていた。そして、同時に彼は今までの自分の行いを酷く後悔した。

 「くそ……! 王子から逃げるのに異能を使いすぎたか……!」

 命が危なかったとはいえ、連日の修業で消耗しているのに異能を大胆に使ったのだ。その代償はとても大きい。

 「あ、ぐ……! ああ……!」

 だが、そうしている間にも頭の中から響く痛みは激しさを増す。痛みの間隔もどんどん縮まっていき、身体全体が熱くなる。気持ち悪さを感じても、嫌な汗が次から次へと流れてくる。そして、その時はやってきた。

 「ぐぅ……うああぁぁぁぁぁ!!」

 ──ドォォォォン!!

 優の悲痛な叫びは、ラストを飾る大玉の花火によって完全にかき消された。

 

 

 

 

 

 

 

 

 「……ふう! 今回は結構、早かったなー。やっぱり修業の影響が少なからず出てるみたい。……ま、私には関係ないからいいけど」

 先ほどまで優がいた場所に、優と同じ浴衣を着て座る女性。彼女がいるということは、一つの現象が起こったことの何よりの証拠だった。

 ロスト……今の優が何よりも避けたい異能者の宿命である。優がロストしたことで表に出てくる優子だったが、今の彼女は表に出てこれた喜びよりも先に怒りが飛び出した。

 「それにしても……優のアホが! 私の王子様に向かってあんなこと言うなんて……! 怒って当然でしょーが! ああ、早く王子様のところに行かないと! 優に傷つけられた心を私が癒さないと! 待っててね! 王子様ー!」

 鬼のような顔をして怒りを露わにしたかと思うと、まるで恋する乙女のように恍惚とした表情に変わる優子。そして、『脳』で強化したのではないかと思えるほどのスピードで走り出していった。

 その数分後、彼女はめでたく彼女の「王子様」と感動の再会を果たせたという。めでたし、めでたし。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 「めでたくねーよ!」

 「王子様ー!」

 「近寄るんじゃねぇぇぇぇぇ!!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




いかがでしたか?
個人的に気に入っているのは平家と遊騎のところです。
書いてたら上手い具合に原作番外編の「baby smoker」の内容が入れられたし、ジャッジと社長の大人びた会話が好きです。
それに対して優は情けない(笑)
彼の「厄日だ」はお気づきの方も多いでしょうが、とある作品のK条さんの口癖のパクリですね、はい。……そちらの作品のファンの方には申し訳ないです。
とりあえず今の予定では、優が「厄日だ」と言うのはもう無いのでご安心を……
その優の過去も少し出てきたわけですが、その詳細も全ては後々の本編で語らせていただきます。お楽しみに!
次回もギャグ中心の話を予定しております!
それでは、失礼します!



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