CODE:BREAKER -Another-   作:冷目

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大変長らくお待たせして……申し訳ありません!
中々細かい所がまとまらなくて……といういいわけでした、すみません。
番外篇の一発目は人見と王子の過去についてです。
こうした原作にない場面を想像して書くのはとても楽しいのですが……どうにもまとめる能力が弱いので、スッキリとまとめられない(笑)
そのため、とてもぐだぐだとしております。最後も「それはまとめか?」と思えるようなものですね、ハイ。
こんな稚拙で未熟な私が書いたもので申し訳ない……!
それでは、どうぞ!





番外篇
code:extra 11 在りし日の記憶~八王子 泪~


 それは、彼らが新たな同志となって間もない頃の話──

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 「今ここに、正義(“エデン”)の名の下にこの者を『コード:05』とする」

 無機質な声が場に響く。感情など無く、ただの通過儀礼であるかのように簡単に終わった。自らを神々しいものとでもしたいのか、彼らは後方から発せられる強い光でその顔は見えない。それが余計に無機質な感じを誇張させた。

 「……ありがとうございます」

 一方、そんな彼らに跪くように頭を下げる一人の女性。短い蒼色の艶髪に、革ジャンとジーパンを着る一見すると端麗な顔立ちをした男性にも見える風貌だった。彼女もまた、無機質な声で形だけの感謝の言葉を述べると、ゆっくりと顔を上げてその場を後にした。

 

 

 

 

 

 

 

 

 その後、彼女は八王子 泪という一人の『コード:ブレイカー』となった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 本来、『コード:ブレイカー』は『コード:06』から始まる。しかし、王子も含めた最近『コード:ブレイカー』となったメンバーはそれらを一切無視している。『コード:03』である天宝院 遊騎に『コード:04』の刻。彼らは『コード:ブレイカー』となった時からそのナンバーを所有している。もちろん王子も然りだ。おかしな話にも聞こえるが、それには正当な理由があった。

 「圧倒的な人手不足」──

 わかりやすく言うならばこれである。『コード:ブレイカー』にはとにかく人手が不足していた。遊騎が『コード:03』となるまで、『コード:ブレイカー』は『コード:01』と『コード:02』の二人のみだったという。もちろん、それ以外のメンバーもいたはずだった。だが、彼らはいなくなった。消えたといった方が適切かもしれない。その理由は──

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 「あなたたちのせいですよ……八王子 泪」

 「…………」

 人など一人も歩いていない深夜の路地裏。そこで一組の男女がどこか殺気だった雰囲気で向かい合っていた。一人は『コード:05』である王子。もう一人は……『コード:02』の平家 将臣だった。彼は隠すことなく王子を殺気のままに睨みつけていた。

 「わかっているのでしょう、あなたも。ここまで『コード:ブレイカー』が痛手を受けたのはあなたたちのせいであると。自分たちで半壊状態にした『コード:ブレイカー』に自ら志願するなど……虫唾が走りますね」

 平家の言葉には明らかな殺気が込められており、一つひとつがナイフのように鋭さを持っているようだった。本来、平家はジャッジとして『コード:ブレイカー』たちを見守る者。だが、今の彼からはそんな雰囲気は微塵も感じられない。言うならば、裁くべき“悪”に対峙した時のようだった。なぜ彼がここまで王子を目の敵にするのか……その理由は王子の過去にあった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 「黙ってないでなんとか言ったらどうですか? 元“悪”……元『Re-CODE』の八王子 泪」

 「…………」

 

 

 

 

 

 

 

 

 『Re-CODE』。それは、『コード:ブレイカー』に敵対している異能者である『捜シ者』を守護する存在の異能者たちのこと。その力は強力で、たとえ普通の異能者が百人揃っていても傷一つつけることすらできないと思われるほどである。そして、王子はかつて『Re-CODE』にて『守護神』とまで称された存在だった。その強力な力を駆使し、他の『Re-CODE』とともに『コード:ブレイカー』の前に立ちはだかったこともある。

 そして、平家が言う「『コード:ブレイカー』がここまで人数が減った原因」というのは……この『Re-CODE』との闘いにあった。

 「数か月前に起こった『Re-CODE』との闘い……そこで生き残ったのは私と『コード:01』のみです。……つまり、他の者たちはあなた方に殺されたんですよ」

 そう、遊騎たち新参者が『コード06』ではなく上位のナンバーから始まった理由はこれだった。数カ月前、『捜シ者』と『Re-CODE』を迎え撃つために闘った『コード:ブレイカー』たち。だが、その中で当時の『コード:03』から『コード:06』は死亡、もしくは戦闘不能の状態となっていた。そのため、今の『コード:ブレイカー』にはこの穴を埋める必要があった。その原因である王子を迎え入れてでも。

 「なぜあなたが『コード:ブレイカー』に志願したかは知りません。知りたくもない。ですが、もし不審な動きがあれば私は容赦することなくあなたを殺します。それを覚えておいてください」

 そう言うと、平家は王子に背を向けて歩き出した。終始、嫌悪感を纏っていた彼だったが無理もない。彼の目の前にいたのは、自分が開けた穴を後になって自分から埋めようとやってきた元敵である。もちろん王子はその時、『Re-CODE』をやめた、と言った。その後、“エデン”の調査からもそれが立証されたため『コード:ブレイカー』となることができた。

 だが、その胸の内は誰にもわからない。たとえやめたとしても、その気になれば戻ることができる。下手をすれば内通者の恐れもある。だが、そんな危険よりも“エデン”は彼女の実力と『コード:ブレイカー』の存続を選んだ。

 平家もそれは理解している。だが、実際に『Re-CODE』と闘って同志を奪われた彼の心中は決して穏やかではない。そして、それを誰よりもわかっているのは……王子自身である。

 「……わかっているさ。恨んでくれて構わない。何をしようと……オレが元“悪”だった過去は消せはしないのだから」

 視界から平家の姿が消え、一人残された王子が呟く。彼女は覚悟していた。孤独も、叱責も、憎悪すら向けられることを。だが、それでも彼女は選んだ。『コード:ブレイカー』としての道を。その胸の内に秘めた目的のために。

 彼女は静かに歩きだし、夜の闇の中に消えていった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 「目には目を 歯には歯を 悪には報いの遺影を」

 自らの異能である『影』を駆使し、目の前の“悪”を裁く王子。バイトが終わったことを確認し、“エデン”への報告のために携帯の電源を入れた。

 「仕事は終了した。後は頼む」

 『そんなことはお前に言われるまでもない。元“悪”の分際で偉そうな口を利くな』

 「……失礼する」

 ただの報告でも、このような言葉を聞くのは王子にとっては「いつものこと」といえた。動揺もせず、言い返そうという素振りも見せずに静かに電話を切る。その後、軽く息を吐くとその場を後にしようと歩きだした。すると、一つの人影が彼女に向かってきた。その人影は親しげな様子で右手を挙げ、王子に言葉をかけた。

 「やあ、お疲れ。さすが、見事な腕前だね」

 「……人見」

 その人影は『コード:01』の称号を持つ『コード:ブレイカー』のエース……人見だった。声をかけられたことで彼の存在に気付いた王子は、歩みを止めて視線を向けた。その様子は、先ほどの電話の影響なのか、ひどく冷ややかなものだった。だが、無視する気は無いらしく、王子は視線を向けたまま軽く頭を下げた。

 「別に褒められるほどのものじゃない。バイトも終わったからオレは帰る」

 そう言って、王子は人見に背を向けて再び歩き出した。本音を言えば、なぜ彼がここにいるのか、なぜ声をかけてきたのかなど疑問はあった。だが、はっきり言って王子は人見と関わろうという気にはなれなかった。

 なぜなら彼も平家と同じく、かつて『Re-CODE』として闘った相手の一人だからだ。彼は当時から『コード:01』の名を有しており、その実力に自分も含めた同志たちがひどく手こずったことを覚えていた。だが、それが理由ではない。重要なのは、敵対していた頃の自分を知っているということだ。

 あの闘いの後に『コード:ブレイカー』となった遊騎と刻は、王子がかつて『Re-CODE』だったことを知らない。しかし、人見と平家は違う。彼らは自分たちを裁くべき“悪”として迎え撃ち、自分たちは彼らを敵としてぶつかっていった。そして、平家が言うように多くの『コード:ブレイカー』の命を奪った。平家の同志は人見にとっても同志だ。つまり、彼から見ても自分は憎むべき“悪”である。侮蔑の言葉が恐ろしいわけではない。ただ、進んで話そうとは思わないだけだ。そういった理由から、王子は呼ばれでもしない限り人見も含めた他の『コード:ブレイカー』たちとは距離をとっていた。自分には馴れ合う必要も、資格すらないのだと言い聞かせて。

 それは今回も同じだと考え、王子は振り返ることもせずその場を後に──

 「ああ、ちょっと待ってくれよ。悪いんだけど、少し付き合ってくれないかな?」

 「…………」

 人見の言葉に歩みを止める王子。再び人見に視線を向け、無言でその場に立ち続けた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 「──で、そうしたら遊騎がその場で寝始めちゃってね。起こすのが大変だったよ」

 「そうか、大変だったな」

 あれから人見は、何気ない話をしながらどこかに向かっていた。王子は人見の話に対し、目も合わせることなく空返事ばかりだった。「付き合ってほしい」と言われて付いてきたものの、特に行き先も告げられずに歩く現状に、王子は少しずつ苛立ちを覚えていた。何が目的なのか、何をしたいのか……王子には人見の思惑が何一つわからなかった。

 「そして、今度は刻なんだけど……」

 一方、人見は相変わらず何気ない話を続ける。その表情からは悪意の類はまるで感じられない。ただ純粋に、「話したいから話している」という感じだ。しかし、それが王子にしてみればかえって不気味だった。彼にとって、自分はそう思えるような相手ではない。かつての同志を奪った仇であり、憎むべき対象である。

 自分の過去を知りながらも友好的にする者はここにはいない。敵から仲間になった者をすぐに信じられるはずもない。もし、自分が『Re-CODE』の時に元『コード:ブレイカー』だという人間が『Re-CODE』に加わったらどうだ。少なくとも、警戒心がなくなるにはかなりの時間がかかる。たとえ『捜シ者』が認めたのだとしても。

 目の前で話す人見に関してもそうだ。いくら“エデン”が認めたとはいえ、元敵が同志となることを良く思ってるわけがない。ならば、なぜこんな無駄な時間を過ごさせるのか……いい加減はっきりさせようと思った王子はピタリと立ち止まり、人見に向かって鋭い視線を飛ばした。

 「……いい加減にしろ。いったい何が目的だ? 何か言いたいことがあるのならはっきり言えばいい。オレは何を言われようとかまわない。もちろん、傷だって受け入れる。だから、さっさと用件を言え」

 「…………」

 たとえどんな暴言や仕打ちを受けようとも構わない……王子は真っ直ぐと人見を睨みながら言った。その姿は震えなど一切見せず、堂々と立っていた。傷つくことに恐怖はない、全ては覚悟していたことだと彼女の眼は語っていた。そして、その王子の刺さるような視線と思いを、人見は一瞬も逸らすことなく真正面から受け入れる。そうして数秒の沈黙があったかと思うと、人見が静かにその眼を閉じた。

 「……そうだね。何も言わずに付き合わせて悪かったよ」

 人見はそう言うと、少しずつ王子との距離を詰めていった。これから起こるであろうことを予想し、王子は静かに目を閉じた。まるで、何をされても抵抗しないという意思表示のように。

 暗闇に染まった王子の視界。王子の頭に響くのは人見の足音のみ。見えなくてもわかった。近づいている。一歩、また一歩と距離を詰めている。だが、王子は逃げない。その場から離れようとは一切しない。それだけ彼女の意志と覚悟は強かった。

 そして数秒……人見の足音が止まった。足音が止み、かすかに吹く風の音だけが聞こえる。人見と王子は互いに動かない。だが、決してその時間は長くない。目を瞑り、堂々と立つ王子の姿を視界に捉える人見。彼が──動いた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 「……すまない、王子」

 「……え?」

 予想していなかった人見からの言葉に、思わず目を開いた王子。すると、そこに映っていたのは深々と頭を下げた人見の姿だった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 意味がわからない、というのが本心だった。なぜ、目の前のこの男は自分に頭を下げているのだろう。仮にも『コード:01』の称号を持ち、エースと称される男が。なぜ元敵である自分に対して謝罪をする必要があるのだろう。

 「なんで……オレに……」

 次々と湧いてくる疑問の波に呑まれ、それが精一杯の返答だった王子。すると、人見が頭を下げたままの状態でその理由を話し始めた。

 「君が平家や一部の“エデン”から不当な扱いを受けていた時……私は君を守ることができなかった。……気付くことができなかった。私は『コード:01』失格だ……」

 「ッ……!」

 その言葉に、王子は思わず目を見開く。人見は、王子に向けられていた周囲の厳しい言葉や扱いから守れなかったことを悔い、そのことを謝罪している。強い後悔の念が今の彼を支配しているのか、その手は強く握られて小刻みに震えている。

 そんな人見の姿に驚きの表情を見せた王子だったが、少しずつ冷静さが戻ってくる。そして、落ち着いた様子で頭を下げたままの人見に声をかける。

 「……それはあんたが頭を下げることじゃない。それに、オレは最初から覚悟していた。オレは元々、お前たちの敵……『Re-CODE』だったんだからな」

 「けど、今は私たちの仲間であり同志だ」

 「ッ……」

 自分は元々、敵だから気にすることはない。そう言った王子だったが、人見の言葉に再び驚きを隠せない。自分に頭を下げ、間髪入れずに「同志」と言う目の前の男に……王子はどうしようもなく心を乱された。

 すると、人見はゆっくりと頭を上げて、後悔の念が込められた眼を王子に向けた。

 「……そもそも『コード:ブレイカー』は過去を全て捨てて『存在しない者』となった者たち。過去は問うべきじゃない。……それに、過去は過去で今は今だ。少なくとも、私は君のことを頼りにしてるよ。一人の『コード:ブレイカー』(同志)としてね」

 「…………」

 人見の言葉に、王子は思わず言葉を失う。目の前に立つこの男は、かつて自分が敵だったことをただの“過去”とし、“今”は違うと言った。今まで受けた侮蔑の言葉という経験からも信じられなかったが、なにより信じられなかったのは、それを言ったのがエースである「コード:01」ということだった。

 ……だが、この一回の言葉で崩れるほど彼女の意志は弱くなかった。

 「……それでも、オレがお前たちから見て“悪”だったことは変わらない。過去は変えられないんだからな」

 「強情だね……。まあ、そういうところも頼もしいけどね。……さ、着いたよ」

 「……?」

 あくまで自分の意志を崩そうとはしない王子の姿に、人見は小さく息を吐いて少し困ったような笑みを見せた。すると、彼は急に立ち止まって、紹介するように前方に手を差し出した。どうやら目的地に着いたらしい。王子が数歩前に出ると、その視界に映ったのは意外なものだった。

 「……川原?」

 そこは、人見がよく昼寝をしている川原だった。すでに深夜のため、普段から少ない人通りは皆無になっており、ただ空からの月光を流れる川の水面が反射していた。そのせいか、周囲と比べると少しだけ明るく見えた。

 「そう。ここは私が昼寝をする時によく来るんだ。こうやってね」

 そう言うと、人見は草が生い茂った土手にゴロンと寝転がってみせた。その姿は隙だらけで、今まさに敵が現れたら対処が遅れるだろうことは明白だった。

 それは、無言の信頼だった。自分にとって王子という人間はここまで隙だらけの姿を見せても構わない人間だということを、彼は平然と寝転がることで伝えていた。さらに、彼はそれを言葉でも伝える。

 「もし君のことを少しでも“悪”だと思っているなら……こんな隙だらけの姿は見せないだろ? これで少しは信じてもらえて──」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 瞬間、夜の闇よりもはるかに深い“黒”が人見の視界に映る。“黒”は鎌の形状をとり、その刃は人見の首元にそっと当てられていた。その“黒”の正体は「影」。寝転んだ人見を静かに見下ろす彼の同志……王子の異能。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 「…………」

 「…………」

 二人の間に静寂の時間が生まれる。「影」は相手の影を斬ることで実体も斬ることができる防御不能の異能。人見は寝転がっている状態で月光を受けているため、その影は自身の位置とほぼ同じ位置にある。つまり、今の状態で王子が手を動かせば人見の首はいとも簡単に截断される。人見の命は文字通り、王子の手にかかっているということだ。

 「……もし他の奴らなら、すぐに抵抗なり敵意を見せている。それこそ、『やっぱり裏切ったか』とでも言ってな。……あんたは、なぜ抵抗しない」

 自分でもらしくないことだとすぐに感じた。だが、遅かった。気づいた時には体が勝手に動いていた。それだけ彼の言葉は王子の心を乱していた。もちろん、この行動に敵意や殺意はない。その手を動かそうなどとは微塵も考えていなかった。ただ、信じられなかった。心のどこかで「彼もほかの連中と同じ」という考えが存在していた。

 しかし、眼下にいる人見は動かなかった(・・・・・・)。優しく微笑みながら、真っ直ぐと王子のことを見ている。そして、彼はそのままの体勢で答えた。

 「言っただろう? 今の君は私の同志なんだ。君はその手を決して振り下ろさないと……信じている」

 人見の声には恐怖などまるで感じられなかった。本当に何事も無いかのように。その様子は、彼の王子に対する信頼と、彼の言葉が本心からのものであると物語っていた。

 「…………」

 「…………」

 その後、二人の間には再び沈黙が流れる。一人は異能を振り下ろそうと構え、もう一人はその者を同志として信頼している。だが、その緊迫した体勢が変わることはなく、少しずつ時間が過ぎていった。

 そして……

 「──プッ、ハハハハ! 甘い奴だな! とても『コード:ブレイカー』のエース、『コード:01』とは思えない!」

 王子が耐えきれなくなったように吹き出した。そのまま笑い始めた王子からは、先ほどまで感じていた緊迫感は完全に消えていた。突然、吹き出したことに人見は驚いていたが、自分の言葉が届いたことを感じてすぐに笑顔に戻った。

 そして、王子は『影』を消すとそのまま人見の隣まで移動し、改めて座り直した。人見から見た王子の横顔はどこか清々しさを感じ、風が優しく彼女の髪をなびかせていた。王子は前を見て、月がかすかに映った川を見ながら言葉を続けた。

 「完敗だよ。あんたの意志の強さは尋常じゃない。……いや、頑固さって言った方がいいか?」

 「ハハハ。そこは意思の強さと言ってもらった方が格好いいかな」

 軽口を交えて笑い合う二人。とてもじゃないが、先ほどまで命を奪いかねないやり取りをしていたとは思えない。すると、王子は大きく息を吐いて落ち着くと、静かに今までの自分を思い返し始めた。

 「……思えば、本当のところは自分から壁を作ってたのかもな。オレは元々、敵だった存在。馴れ合う必要はないし、できないと思っていた。……突っ張っていじけてただけだな」

 今まで受け入れられなかった王子だったが、それ以前に自分が周囲に壁を作っていたと知った。今までは、彼女は過去を知る平家ならまだしも、過去を知らない遊騎と刻とも関わろうとはしなかった。それは他でもない、彼女自身が周囲に対して壁を作っていただけに過ぎなかった。

 すると、人見は大きく口を開けて呑気にあくびをしながら言葉を返した。

 「ふわぁぁ……。私からするとおかしなことだったけどね」

 「?」

 

 

 

 

 

 

 

 

 「いじけてる暇があったら寝ればいいのに、って思うだけさ」

 「……ハハハ! アンタらしいな、人見さん(・・・・)!」」

 冗談交じりのように笑う人見を見て、王子は再び吹き出した。互いに笑い合う二人の間には、すでに王子の心に作られていた壁は存在していなかった。だからだろう。王子の人見に対する呼び名も、いつの間にか敬意が籠ったものへと変わっていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 「オ? 珍しい組み合わせジャン」

 「いちばんとごばんもバイト終わったんか?」

 「…………」

 「やあ、三人とも。お疲れ様」

 すると、奇遇にも刻、遊騎、平家の三人が通りかかった。ここまで見事に巡り合うなど奇妙に感じてしまうが、今の状況を考えると幸運だった。これを機会に王子と他のメンバーとの距離を縮めていければいい、と考えた人見は、起き上って三人に向かって手を挙げた。

 「アーア、今日も正義の味方らしく“(クズ)”を対峙したはいいケド、疲れちまうゼ」

 「よんばん、もうちょい体力つけた方がえーで」

 「バーカ。冗談に決まってんダロ。これくらい刻様は余裕だっての」

 「……ふっ、頼もしいな」

 「なんだヨ、王子。今さら刻様の実力を思い知ったみてーダナ」

 「ごばんの笑ったとこ初めて見たわー」

 人見と王子の姿を見つけた刻と遊騎は、そのまま二人の近くに座って談笑をし始めた。二人の談笑に、王子も自分から入っていき、三人の間には穏やかな空気が流れ始めた。

 「…………」

 しかし、そんな三人の様子を平家だけは気に入らない様子で見ていた。彼だけは座ることはなく、腕を組んで立っていた。どうやら、彼と王子が上手くやるには相当の時間が必要なようだ。

 「平家、君の意志や信念は私も理解している。けど、王子だって今は私たちの仲間だ。だから少しずつでもいい。彼女への接し方を考えてみてくれないか?」

 「……いくらあなたからの言葉とはいえ、私はまだ彼女を認める気はありません」

 人見は平家の隣に立ち、彼の肩に手を置きながら王子への接し方について話す。普段の彼ならば人見に対しては他の者には見せない柔らかさを見せる。彼らの信頼関係があるからこそだろうが、今回ばかりはそうもいかなかった。平家は厳しい視線と言葉を返すと、「失礼します」とだけ言って歩き出した。どうやら、彼が内側に持つ“悪”に対する厳しさもかなり強固なもののようで、人見はやれやれとため息をついた。

 「アレ? 人見さん、平家のヤローは先に帰ったワケ?」

 「ああ。彼はジャッジだから色々と忙しいらしくてね」

 平家がいないことに気付いた刻が人見に声をかけると、人見は再び笑顔を見せて三人のところに戻っていった。平家のことはこれからも考えていくべきだが、少なくとも遊騎と刻に関しては問題はない。それだけでも大きな進歩である。

 「ジャッジって言っても、オレらのバイトを上から眺めて“エデン”にチクるだけダロ? そんで、低かったらあのヤロー、『おしおきです』とか言って縛ってくるから嫌になるゼ……」

 「オレはそんなこと言われへんけどなぁ。それって、よんばんだけやないか?」

 「う、うっせー!」

 平家からのおしおきについて思い出した刻は、その恐ろしさに顔を真っ青にしていたが、遊騎は小首を傾げていた。そのように呑気にしている遊騎を見て、刻は意地になって大声を張り上げた。しかし、この後……彼が不用意に放った一言で、平家のおしおきにも引けを取らないほどの恐ろしい事態に巻き込まれることとなった。

 刻はその一言を、軽くため息をつきながら言ってしまった。

 「ハァ……。どうせおしおきされるんだったら、王子くらい美人(・・)にしてもらった方が気持ち的にも楽だってノ。あんな気色悪い変態よりナ」

 「……は? 今、なんて……?」

 刻の言葉に、王子の動きがピタリと止まる。パチパチと瞬きを繰り返し、思わず刻に何と言ったか聞き返す。すると、刻は聞かれたままに同じ言葉を繰り返した。

 「え? だから、どうせおしおきされるんだったら、王子くらいの美人(・・)にしてもらいたいって……」

 ──美人。今度はしっかりとその言葉を聞いた王子。その瞬間、王子の様子に大きな変化があった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 「……ば、バカヤロ…………。び、びびび、美人とか、オレが、んなワケ……!」

 「お、王子……?」

 急激に顔が紅潮していって湯気まで出てきた王子。耳まで真っ赤になっていき、言葉も途切れ途切れになっていく。この時、彼らはまだ知らなかった。そして、初めて学習した。

 「う、うがぁぁぁ!!」

 「ガッ!?」

 「ッ!?」

 「うわ!?」

 王子を褒めてはいけない……その事実に。

 

 

 

 

 

 

 

 

 「い、痛ってぇぇぇぇ!!」

 「……星が目の前、回っとるわ」

 「ど、どうしたんだい? 王子……」

 突然、王子から頭突きを喰らった三人はその痛みに耐えられず、その場に倒れる。一方、王子は三人に頭突きをしたおかげで少しずつ落ち着き始めていた。その様子を見て人見が声をかけると、王子はハッとして再び顔を赤く染めて慌て始めた。

 「わ、わわ悪い! その、あまり人から褒められることに慣れてなくてな……。きゅ、急に褒められるとわけわかんなくなって、辺りの物とかをぶっ壊しちまうんだ……」

 「……ごばんは照れ屋なんやな」

 「いや、もう照れ屋ってレベル越してるっつの……」

 「は、はは……」

 平謝りの王子に対し、三人は痛みに耐えながら言葉を返す。そんな中、思わず苦笑いを浮かべる人見だったが、彼は嬉しさを感じていた。こうして素の部分を出せるほど、彼女の中にあった周囲への壁は無くなっていったのだと。この痛みがその代償ならば、と考えると、自然と人見の心には清々しさがあった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 彼女は、もう『捜シ者』を護る存在ではない。

 今の彼女は、闇から多くの人々を護る大きな『影』。全てを護る……『コード:05』である。

 

 

 

 

 

 

 

 




いかがだったでしょうか。
とりあえず、ここで書きたかったのは王子が人見に『影』を出すところですね。たとえ裏切りに見える行為でも動じることなく王子を信じる人見を書きたかったので。
あとは人見の「寝ればいいのに」という台詞。これはアニメで王子が人見に言われた言葉を少し変えました。(アニメを見た方はご存知でしょうが)
それにしても、平家がただの悪者みたいで心が痛む……。もっとグッドでセクシーな平家を出していきたい……!
そして、王子が『コード:ブレイカー』になってすぐなので、当然のことながら優はいないという(笑)
彼の出番は次からもあるのか?(笑)
それでは、失礼します。



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