CODE:BREAKER -Another-   作:冷目

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これから忙しくなると思うので、その前にこれだけは終わらせようと思って一気に仕上げさせていただきました!
今回で『捜シ者』篇・中も終わりになります!
番外篇を挟んだのに、『捜シ者』篇・終を書いていきたいと思います!
「番外篇いらねーよ」などとは言わずに、私の自己満足に付き合ってください、お願いします! 正直、シリアスばかりだと疲れるので……(笑)
それでは、どうぞ!





code:49 迎えし時間

 「……ほら、終わったぞ」

 「いつもすまない、王子」

 会長との本格的な修業が始まってから数日が過ぎ、大神たち弟子たちは生傷が耐えない生活を続けていた。その中でも、優が抱える傷は他の二人とは比べ物にならないものだった。最初はどんな修業を行っているのかと周囲を心配させたが、秘密の修業とのことで明かされることは無かった。わかっているのは、こうして王子に手当されるのがいつものこと、ということだ。

 「前と比べてだいぶ怪我の数も減ってきたが、無理は禁物だ。せめて学校では大人しくしてろよ」

 「言われなくてもそうしてるさ。だが、クラスメイトから心配された時だけはどうしようもない。言い訳を考えるのに精一杯だ」

 今の時間は早朝。まだ日が昇って間もない頃だ。理由は説明されていないが、優と会長のマンツーマンでの修業は夜中に修業場を完全に封鎖して行われる。気になった大神と刻がなんとか覗こうとしたが、無数のカラクリ珍種に押し出されて無理だったという話だ。唯一わかるのは、朝になるとボロボロになった優の姿がリビングにあるということだけだ。

 「つうか、お前クラスメイトにはなんて言ってんだ? そんな格好してたんじゃ、下手な嘘は通らないだろ」

 今の優の格好……それは、普段なら素肌として晒している部分のほとんどが包帯で隠れており、顔も湿布や絆創膏が大量に貼られている。これはどう見ても、高校生が日常生活で負うような怪我ではない。それを見たクラスメイトにしてみれば、怪我の理由を知りたがるのも当然のことである。そして、彼らにも常識はある。ある程度の嘘は確実に見破られる。王子は、優がどんな嘘で通しているのかふと気になっていた。

 「ああ、それは……」

 王子からの質問に、優は数日前のことを思い出しながら答える。それは、会長とマンツーマンの修業が始まった日の翌日のことだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 「おはよう」

 「あ、夜原君。おはよ──って、その怪我どうしたの!?」

 「うわ! 優、お前ボロボロじゃねーか! 一体なにがあったんだよ!」

 優がクラスに入った瞬間、包帯だらけのその姿を見て先に来ていたクラスメイトたちが一斉に集まってくる。ある程度、予想していたこととはいえ実際に体験すると圧倒されるものである。「誰にやられた」だの「虐待」だの様々な言葉が飛び交うが、優はなんとか彼らを落ち着かせると理由を口にした。

 「今、修業してるんだ」

 

 

 

 

 

 

 

 

 「馬鹿か、お前! 何、正直に白状してんだよ!」

 「待て! 落ち着け、王子! 傷に響く!」

 まさかの「修業」という答えに、王子は怪我など構わず優の胸倉を掴んで揺さぶる。優は揺さぶられる度に全身に広がる痛みに耐えながらも王子を落ち着かせる。しばらくして、王子が落ち着いたところで続きを話し始める。

 「もちろん、何もかも本当のことを言ったわけじゃない。最近、武道を習い始めて、コーチをお願いした人が怪我なんてお構いなしの超スパルタ人間なだけと言ってある。事故に遭っただの、不良に絡まれたよりは、修業の方が怪我が耐えなくても不思議じゃないだろ?」

 「それはそうだが…………ハァ。まあ、いい。お前のことだから上手いことやってんだろ」

 とりあえず説得力はある優の言葉に、王子は大きくため息をつきながらも納得した。彼の性格や、特に問題も無さそうなところを見て、上手くやっていると判断したのだろう。

 その後、怪我の治療が終わった朝の準備に入る二人。今日もまた、『渋谷荘』の一日が始まろうとしていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 「ごきげんよう、桜小路さん」

 「平家先輩! 遊びに来てくれたのですね!」

 数時間が過ぎ、学校も終わって大神たち学生組が戻ってしばらくすると、平家が『渋谷荘』を訪れてきた。以前、会長が小型化した時に訪れてから実に数日ぶりの来訪に、桜は満面の笑みで出迎えていた。それに応えようと、平家も爽やかな笑みを浮かべる。

 「フフフ……遊びに来たかどうかはさておき、『ゐの壱』とは上手くやっているそうですね、桜小路さん」

 「ええ。『ゐの壱』は言えばわかってくれますから。な? 『ゐの壱』」

 「待機中です」

 「おー」

 『ゐの壱』のことを気にかけた平家の言葉に、桜は『ゐの壱』のことを見ながら答えた。一方、『ゐの壱』は返答しながら首を180度回し、遊騎は興味津々な表情でそれを見ていた。すると、遊騎は突然ハッとしたようにどこからかホワイトボードを用意し、一心不乱に何かを書き始めた。しばらくすると、そこには今の『ゐの壱』のように首が180度回っている、頭が栗、身体がランドセルを背負った子どものキャラクターが描かれていた。

 「とことん後ろ向きなカラクリ人形『空栗(からくり)くん』。決め台詞は『もう前を向いて歩いていけない』や」

 『さすがです、社長!』

 すると、いつの間にか天宝院グループの社員とモニター通信が繋がっていたらしく、画面の向こうから賞賛の声が届く。おそらく、以前の『鳥布(とりゅふ)さん』のように社員総出でオモチャ部門の新企画として動いていくのだろう。ちなみに余談だが、『鳥布(とりゅふ)さん』の企画は大成功であり、今ではぬいぐるみ、キーホルダーなど商品化も順調とか。また、『鳥布(とりゅふ)さんキノコ』というキノコも全国的に有名になっているらしい。

 「どうやら他の皆さんとも問題はないみたいですね」

 「そうですね。すっかり皆と仲良しさんなのだ」

 桜以外の住人とも問題なく過ごせている『ゐの壱』を見て、とりあえず『ゐの壱』については安心したのだろう。平家は「ところで」と話題を変えた。

 「大神君たちはもう修業中ですか? さっき帰ったばかりだと思うのですが」

 「あ、はい。帰ってすぐ修業に行きました。大神と刻君は生傷が耐えないし、夜原先輩も酷い怪我をしているから心配なのですが……修業中は立ち入り禁止になってしまったので何もできず……」

 何もできず、ただ三人の傷が増えていくのを黙って見ているだけの自分の無力さを感じて思わず目を伏せる桜。そんな桜を見て、平家はいつもよりも優しい声で声をかける。

 「……桜小路さんが気に病むことはないでしょう。大神君たちが自分たちで決めたことです。それに、彼らは大丈夫ですよ。きっと、ね」

 「平家先輩……。ありがとうございます」

 平家の言葉に少なからず救われたのか、少し明るさが戻った桜は、ふと窓の外に視線を向けた。その視線は上を向いており、空に浮かぶ雲よりもはるか上に向けられているようだった。まるで、神に願いを届けるかのように。それが、今の自分にできる精一杯のことだと感じながら。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 「おらぁ!」

 一方、その頃の修業場では刻と会長の一対一での修業が行われていた。だが、修業の内容は以前から行っている『にゃんまるコケシ』を取るもの。たまたま、刻が一人の時に申し込んだというわけだ。

 刻は『磁力』で操った鉄材を会長に向かって一斉に飛ばす。これまでの修業の成果か、そのスピードもかなりのものとなっている。

 「ほいほいっ」

 「チッ……! なら、コイツだ!」

 だが、会長にしてみれば無力なもので、片足で全て弾き飛ばしてしまった。刻は防御の体勢をとるが、すぐに次の攻撃へと移った。一度、手を広げて『磁力』を作用させてからギュッと拳をつくる。それと同時に、『磁力』が作用された会長のちょうど真下にある修業場の鉄製の床板が音を立ててめくれ上がっていった。床板は会長の周囲を完全に囲み、逃げ場をなくした……かに思えた。

 「頭を使いすぎだって、刻君。はいっ」

 「ぐっ!」

 またも片足だけで周囲の床板を弾き飛ばした会長。自分のアドバイスが全く生かされていないことにため息をつくと、そのままおかきを口にする。

 「やれやれ……これだけやって何も見出せないようじゃ、いつまで経っても強くなれないよ」

 「……そうかヨ」

 厳しい会長の言葉に、刻は力無く言葉を返す。これで終わってしまうのか、と思われたが……違う。彼はまだ諦めていない。まだ手があるのか、その表情には確かに笑みが浮かんでいた。

 「じゃあ……これ(・・)ならどうヨ!!」

 「──ッ!」

 瞬間、修業場中に爆音と砂埃が広がった。爆音が修業場の壁に反響して響いていき、少しずつ小さくなっていく。同時に、広がった砂埃も少しずつ治まっていく。すると、そこには刻と……先ほどまでいた場所から移動している会長の姿があった。

 「おお……これ(・・)は驚いた。やるね、刻君。あと少し動くのが遅かったら……こんな傷じゃ済まなかったよ」

 よく見ると、会長の頭頂部分には今の刻の攻撃によるものだと思われる傷があった。傷の程度としてはこすれた程度だが、会長を移動させただけでなく少しでも当てることができたという確かな事実がそこにはあった。だが……

 「……連発はできねーケドな。一発でこのザマだ」

 刻と比べればそんな傷は無いも同然だった。彼の右腕は、先ほどの攻撃の影響で大怪我をしていた。血が噴き出す無数の傷痕、服の袖までボロボロで、今の攻撃の反動の強さを表している。しかし、今の攻撃にはその反動があるだけの効果があった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 「でも、ま……一応カタチにはできたみてーだナ」

 刻が向いている方向の先……つまり、攻撃を放った先の壁。そこには天井にも届きそうなほど巨大な穴が開けられていた。この修業場は異能を用いての修業を行うことを考えて、普通よりも頑丈な造りとなっている。だが、刻の攻撃はその頑丈さをはるかに超えた攻撃であったというのがわかる。

 

 

 

 

 

 

 

 

 「いかにも、良い工夫だよ。『磁力』の性質をよく理解している。これ(・・)を修得するためにどれだけの時間考えて、一人で練習してきたんだい?」

 「練習? 知-らねっ。だってオレ、超天才だからサ。コケシもゲットだゼ」

 刻が隠れて行ってきたであろう一人での努力の時間について尋ねる会長だったが、刻は「天才だから最初からできた」とでも言いたげに余裕たっぷりな表情を見せた。その手に、会長が移動した際に転がってきた『にゃんまるコケシ』をしっかり握りながら。これで、刻の修業も終わりを迎えた。

 「うおっしゃー! 優には後れをとったが、少なくともこれでオレが大神よりも上だってことは証明されたナ! もう兄弟子ヅラはさせねーゼ!」

 『にゃんまるコケシ』が取って修業を終えられたことを喜び、ガッツポーズを見せる刻。優には目の前で先に修業を終えられたが、少なくとも大神よりも先に終えることができて嬉しいようだ。普段から兄弟子として偉そうにされたため、ここで彼のプライドはようやく守られた……はずだった。

 「え? 大神君ならもうコケシ取っちゃったよ? それ、『にゃんまるコケシ』3(ごう)だし」

 「なにー!?」

 刻の中で保てたはずのプライドが、会長が語った真実によって音を立てて崩れていった。まさかと思って『にゃんまるコケシ』の底を見ると、確かに「3號」と書かれていた。どうやら、刻が知らぬ間に大神も修業を負えていたようだった。先ほどまで喜んでいたこともあり、刻の心には虚しい風が吹いた。

 「おい、クソネコ! 大神の奴、どこだヨ! 一発、文句を言わねーと気が済まねー!」

 「大神君ならそっちの部屋で修業してるはずだよ。あっちはこだわりの部屋でね、なんと道場みたいな内装に仕上がってるんだ」

 「そんなことドーデモイイんだヨ!」

 ぬか喜びだったことが恥ずかしかったのか、大神に理不尽な怒りをぶつけようとする刻。会長が指差した修業場に隣接している部屋の扉に向かってズカズカと大股で歩いていった。そして、ノックもすることなく勢いよく扉を開けた。

 「テメー、大神! いつの間にコケシ取ってやが──!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 ──ガキィィィン!

 「──なっ!?」

 刻の視線の先で弾ける火花。その正体は、刀身と刀身がぶつかり合うことで生まれるものだった。思わず息を呑むほどの激しいぶつかり合いに、刻は思わず目を細めた。そして、刀を用いてそこまで激しいぶつかり合いをしている者たちを見て、刻はその名を叫ぶ。

 「大神! それに……優!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 そこは、道場のような内装になっていると言うだけあり、床は木製の床板で、壁も昔ながらの装飾に仕上がっていた。だが、今はそんなことよりも部屋の中心で刀をぶつけ合っている二人に意識が向く。一人はいつの間にか修業を終えていた大神。そして、もう一人は最初に修業を終わらせた優だった。なぜ、この二人が刀を使って戦っているのか。その答えを知るよりも先に、二人の動きが変わった。

 「おおっ!」

 「ぐ……! はあっ!」

 『脳』で身体能力を上げているのだろう、優が一歩踏み込んで大神を圧倒する。大神は自分の刀にかかってくる大きな力に耐え、身体を横に移動させながら刀を下方に動かして攻撃を流した。攻撃を流されたことで優は大神に背後を見せるが、すぐに反応して大神の方に向き直った。そこで再び刀を構えるが、それよりも先に大神が刀を構えて距離を詰めた。

 ──キィン! キィン!

 大神の連続攻撃に、優は防御に徹するしかなかった。刀がぶつかる度、激しい金属音が部屋中に響いて鼓膜を震わせる。

 ──ギィィン!

 一際、激しい金属音が響いたかと思うと、大神が振り下ろした刀を優が刀を横に構えて防御している。上からの攻撃という重力も加わった攻撃に、下からの防御という重力に逆らう形の圧倒的に不利な姿勢に優の額に冷や汗が流れる。

 「──まだだ!」

 しかし、『脳』で上げられた優の身体能力は半端ではない。不利な姿勢にもかかわらず、力ずくで大神を押し返した。その力に大神は後方に飛ばされるが、しゃがんだ体勢で膝と片手を使ってその勢いを止めていく。そうして大神が止まったのと同時に、優が大神に斬りかかろうと距離を詰めていく。そして、次の瞬間──!

 

 

 

 

 

 

 

 

 ──カチ……ン

 一瞬、全ての音が止み、静寂が空間を包む。そのすぐ後、刀が床に落ちたことで生まれた金属音によって静寂が破られた。そこには、しゃがんだ体勢で大きく刀を振り抜いた大神と……刀を振り下ろした体勢の優の姿。刀が握られていないのは……優。

 

 

 

 

 

 

 

 

 「……参った。どうやら完成したらしいな、大神」

 「付き合わせてすみませんね、優。……で、何か用ですか? 刻」

 大神の一撃で刀を吹き飛ばされたことで負けを認めた優。潔く両手を挙げると、大神は礼を言って刀を鞘に納めた。そして、部屋に入ってきた刻を見て大神が声をかけると、刻はハッとして自分がここに来た目的を思い出し、二人に近づいていく。

 「な、何が『何か用ですか?』だ! 大神! お前、いつの間にコケシ取ってんだヨ! しかもオレより先に!」

 「ハッ、ようやく取れたのか。なら、わかってんな? お前はとことん出来の悪い弟弟子ってわけだ」

 「テメェ!」

 気が立っている刻に対し、乱暴な言葉遣いと見下ろした黒い笑みを向ける大神。それが刻の神経を逆撫でし、二人の睨み合いが始まった。そんな二人を見て、優は吹き飛ばされた刀を鞘に納めながらため息をついた。止めに入ろうとしたが、先に会長が二人の間に入っていった。

 「はいはい、ケンカしない。どうやら大神君の剣術も完成したみたいだし、刻君も新たな力を手にすることができた。優君の修業も仕上がってるし……ひとまず三人とも大丈夫みたいだね」

 うんうん、と満足気に頷く会長。すると、会長の言葉を聞いた刻が思い出したように口を開いた。

 「そーいや、優の刀は前に使ってたからご自慢の『斬空刀』だってすぐわかったケド、大神はなんの刀を使ってたんだヨ」

 刀を持っていないはずの大神がなんの刀を使っていたのか、それが気になった刻は視線を動かして大神が持つ刀を見る。すると、大神の手には会長が使っていた、柄が『にゃんまる』の顔の形をした刀が握られていた。

 「ブー! お前、なんで会長の恥ずかしー刀なんて使ってんだヨ! ギャハハハ! お似合いですよ、兄弟子様~!」

 「殺す……!」

 あんな激しい戦いを繰り広げた刀が、『にゃんまる』型の柄という真剣でありながら一見するとオモチャのような刀だったと知り、大爆笑する刻。大神はもちろん怒りを感じ、殺気を放ちながら刀に手をかけた。だが、すぐに会長の言葉がそれを止めた。

 「悪いけど、そんな風に遊んでいる暇はもう無いんだ。君たちにも伝えておかねばならないことがあるんだ」

 「……?」

 会長の真剣な言葉に、大神たちは笑いも殺気も忘れて会長の言葉に耳を傾けた。そして、彼らは動き始めた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 「え? 四人でキャンプに?」

 数分後、リビングに戻った大神たちから桜が聞いたのは、大神、刻、優、会長の四人で山に行くという話だった。

 「違いますよ、キャンプではなく山に籠って修業です」

 「いかにも、修業の仕上げというわけだよ」

 「まあ、修業といえば昔から山に籠るものだからな」

 「アー……山ってキモイ虫とかイッパイいそうでホント気が滅入るわ……」

 あくまで修業が目的の四人。今はそれぞれ山に行くための準備をしている。大神はランタンや鍋など必要最低限な道具一式、優は大神と分担して大きめの道具を、刻は虫よけスプレーや蚊取り線香などありとあらゆる防虫グッズをリュックに詰めていた。

 「キャンプ……」

 修業が目的、と聞かされても桜の中では「山に行く=キャンプ」という方程式が成り立っていた。そして、彼女の頭の中に広がるのはキャンプで繰り広げられるであろう楽しげな光景。全員で協力して食材を獲って食事の準備をし、夜は一つの炎を囲んで過ごし、満天の星空の下で全員揃って寝袋で眠る。今の季節は夏。さらに、幸運なことに明日は休みである。絶好のキャンプ日和というわけだ。

 「……わ、私も行こうかな。人数が多い方が楽しいし、手伝えることもあるだろう。今は季節も良いことだし……他の皆も一緒に行けたらとても良い思い出に……」

 ギュッとスカートを握りながらチラチラと後ろでくつろぐ他の『コード:ブレイカー』たちを見る桜。これはもしかしなくても「一緒に行こう」と誘っているのだ。以前、祭りに行ったことから全員でどこかに行くことに希望を見出したのだろう。少なくとも、以前の祭りでは真っ先に断った大神と刻はいくことが決定しているため、以前より希望はある。すると、以前は真っ先に断ったグループの最後の一人がポツリと呟いた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 「久々に渓流釣りもいいかもな」

 「オレは山びこしたいし」

 「山頂から見る朝日と光の素晴らしきコラボレーションも良いでしょう」

 王子、遊騎、平家……それぞれの言葉は違ったとはいえ、そこに込められた意思は同じ。それは他でもない……「OK」のサインだった。

 「や……やったー! 皆でキャンプなのだー!!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 「お、大神……。明日が楽しみで眠れないのだ……」

 「何やってるんですか、あなたは……。というか、また『ゐの壱』も一緒ですか」

 「最優先事項です」

 「ワフ……」

 「『子犬』もですか……。変なところが桜小路さんに似てきましたね」

 その夜、それぞれ寝室に戻った大神たちだったが、桜は気持ちが高ぶって寝付けずにいた。まるで遠足前の小学生というベタな比喩表現がそっくりそのまま当てはまっているというわけだ。桜は気を紛らわせようと、壁の穴から顔を覗かせて隣の大神に話しかけた。以前のように、『ゐの壱』も頭を取って覗かせている。ちなみに、大神は部屋の電気を消してデスクライトの灯りのみで読書をしていた。

 「えとな、大神。明日の天気はどこのテレビ局でも晴れだと言っていたのだ。修業も晴れの方が気持ちいいから嬉しいだろう」

 「……そうですね」

 桜の言葉に、大神は本から視線を外すことなく答える。いつもの桜なら文句を言いそうなものだが、今はとても気分がいいのだろう。そのまま笑顔で言葉を続ける。

 「それにしても、皆でキャンプかぁ……ふふふ。楽しみだな、大神。また皆で写真を撮ろうな。前に撮った時は優子さんと撮ったから、今度は夜原先輩とも写真を撮ろう。大神も──」

 「桜小路さん」

 「ん?」

 嬉しそうにキャンプについて話す桜。すると、大神が急に彼女のことを呼び、その言葉を中断させた。桜は急なことに小首を傾げるが、大神は呼んだっきりで何も言わない。聞き間違いだったかと桜が思っていると、大神はゆっくりと顔を上げてその顔を桜の方に向けた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 「……いえ、何でもありません。明日は早いので、もう寝た方がいいですよ」

 「あ、ああ! そうだな!」

 デスクライトの灯りでほんのりと照らされる大神の笑顔(・・)。その表情を見て、桜は大神も自分と同じく楽しみなのだと感じ、満面の笑みで応える。そして、桜は大神に向かって手を振り、自分の布団へと戻っていった。

 「また明日! おやすみ、大神!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 「快晴なのだ!」

 「いかにも、いかにも」

 「天気:晴れ、気温・湿度共に良好。外出に最適と判断」

 「ワン!」

 翌日、桜、会長、『ゐの壱』、『子犬』の三人と一匹は一足先に目的地である山に到着していた。桜としては最初から全員揃って行きたかったが、準備に時間がかかるとのことで仕方なく先に行ったのだ。行く過程を全員で楽しめなかったのは残念だが、桜は気を取り直して山の中にあるキャンプ場へと向かっていった。その途中に見る多くの物が、桜をより楽しませていった。

 ──空に浮かぶ雲

 「あの雲、『にゃんまる』にそっくりなのだ。遊騎君が気に入りそうだなぁ」

 ──木に生える毒々しい色のキノコ

 「大神はこのキノコでも気にせず食べてしまいそうだ」

 ──カサカサと動く虫たち

 「刻君が顔を真っ青にして嫌がりそうなのだ」

 ──道に沿って設置されている小さなお地蔵様

 「夜原先輩が思わず祈っていそうなのだ。……天気が崩れないようにお願いしておこう」

 ──底が見えるほど澄んだ川

 「この機会に王子殿から釣りを教わってみたいなぁ」

 ──人のような形をした木に絡まるツル

 「縛るのが得意な平家先輩の感想を聞きたいのだ」

 そうして様々な物を見ながら移動する桜たち。その途中、小腹が空いたので道に腰かけて昼食として持ってきたおにぎりを食べることにした。このおにぎり、桜が早起きして作ったのだがあまりに張り切りすぎた結果、リュックが自分の倍以上の幅になるほどの量となってしまった。まあ、人よりかなり食べる桜にとっては問題ないだろうが。

 「それにしても皆、遅いなぁ。この調子だと日が暮れてしまうのではないか? ……よし、ならば先に夕食を作っておいて皆が来た時にびっくりさせて──」

 「ごめんよ、桜小路君」

 いつまで経っても追いついてくる気配の無い大神たちを心配する桜。ならばと手荷物の中からお玉を取り出して夕食を作る意気込みを見せる。そんな桜を見て、耐えられないかのように会長は何を思ってか……謝罪の言葉を口にした。そして……

 「皆は……ここには来ないよ」

 「……え?」

 会長の言葉に、お玉を振る桜の手がピタリと止まる。会長の言葉の意味がわからず、しばらくその場で止まる。すると、何かに気付いてハッと会長の方を見る。

 「ま、まさか修業のボイコットですか! なんと往生際の悪いことを──」

 「違うよ。……そもそも、これは修業なんかじゃあない」

 修業が目的であるキャンプに来ない、ということからボイコットだと理解した桜。大神たちの往生際の悪さに眉間にしわを寄せる桜だったが、その言葉すら会長は否定する。さらに、これは修業が目的ではないと言う。そして、会長は驚きの言葉を口にする。

 

 

 

 

 

 

 

 

 「今日、大神君たちは彼ら(・・)との闘いがある。迎え撃つためにまだ『渋谷荘』に残っているんだよ。……桜小路君、君を闘いに巻き込みたくないからなんだ。少しでも『渋谷荘』から遠ざけるため、キャンプだなんて嘘をついたんだ」

 会長の口から語られた真実。それは、桜の予想などはるかに超えたものだった。いったい会長は何を言っているのか、どこまでが嘘でどこからが真実なのか……桜はわからなくなっていた。

 「……う、そだ」

 

 

 

 

 

 

 

 

 桜の全身が「ひやり」と冷たくなる。その瞬間、冷静になった頭が昨日の記憶を呼び起こし、一つひとつの記憶を分析し始める。

 (今、思えば……皆、妙に積極的で……)

 嫌がる兆し一つすら見せない『コード:ブレイカー』たち。昨日は声を大にして喜んだが、今思えばおかしい。なぜ、急に仲良く出かけることを了承したのか。今までそんなことは無かったのに。

 (大神も、あんなに笑顔で……)

 夜に見た大神の笑顔。あの時は、彼も自分と同じく楽しみなのだと理解した。だが、桜は今になってようやく気付いた。呼び起こされた記憶の中の大神の笑顔。その笑顔は……

 (あの笑顔は……能面(ウソ)の笑顔だった──!)

 その瞬間、全てを理解した。だが、もう遅い。今いる場所は『渋谷荘』からはるかに離れた山の中。思えば、その全てを見抜けるはずだった。しかし、見抜けなかった。これから始まるであろう良き思い出作りに気を取られ、何一つ見抜けなかった。

 しかし、その後悔すらすでに遅かった──

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 「ひとまず成功……ってところか」

 「ええ。とても楽しそうでしたからね」

 「……これでいいんだな? 零」

 「あのバカ珍のことだからナ。ずっと待ってるゼ? オレらのこと」

 「……構わない」

 一人ひとりからかけられる言葉。会長から今日のことを聞いた時、自分が彼らに頼んだ大きな嘘。彼らは嫌な顔一つせずに協力してくれた。だからこそ後悔はない。彼は……左手の手袋を深く着ける。

 「もう巻き込まないと……最初から決めていた」

 「……せやな、ここにいるんはオレらだけでええ。じゃあ……行こうや」

 ゆっくりと開く、『渋谷荘』の扉。外の光が中に差し込み、彼らは歩き出す。

 

 

 

 

 

 

 

 

 そして……彼らはついに対峙する。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 「…………」

 揺るがぬ意志を持ち、限界の身体で闘う『コード:07』……夜原 優。

 

 

 

 「お前たち……」

 かつての同志と対峙する、孤高の守護神『コード:05』……八王子 泪。

 

 

 

 「HAN(ハン)

 無邪気な笑顔で人を殺める、若き『Re-CODE』……日和。

 

 

 

 「時雨……」

 かつての友を思い、過去と対峙する『コード:03』……天宝院 遊騎。

 

 

 

 「…………」

 鋭き眼で友を殺めた敵を射抜く、寡黙の『Re-CODE』……時雨。

 

 

 

 「……来ましたか」

 若き者たちを静かに見守る、妖しき実力者『コード:02』……平家 将臣。

 

 

 

 「ふん……」

 氷のように冷たく敵を消す、冷血の『Re-CODE』……雪比奈。

 

 

 

 「虹次……!」

 かつての姉の仇を討つため、その全てを懸ける『コード:04』……刻。

 

 

 

 「ふっ……」

 全てを見据えて全てを破壊する破壊神、瘢痕の『Re-CODE』……虹次。

 

 

 

 「…………」

 今度こそ誓いを果たすため、斃すべき敵の前に立つ漆黒の『コード:06』……大神 零。

 

 

 

 「もらいにきたよ。私の……パンドラの箱(ボックス)を」

 その胸中の目的を果たすため、不敵に微笑む白き者……『捜シ者』。

 

 

 

 

 

 

 

 

 『コード:ブレイカー』、そして『捜シ者』と彼が率いる『Re-CODE』……今ここに集いし十一人の異能者たち。それぞれの思いを胸に、パンドラの箱(ボックス)を巡る闘いの火蓋が切られようとしていた。

 

 

 




さてさて、いかがだったでしょうか。
最後の一人ひとりを書いた部分は実はお気に入りのところです。
迷ったのは雪比奈のところで何度、氷とか冷がつく単語を調べたことか……!
あとは虹次ですね。
虹次だけ『Re-CODE:03』ってナンバーがわかってるのでナンバーを入れるかどうか迷ったのですが、他の『Re-CODE』と統一させるためにあえて入れませんでした。
さて、これで『捜シ者』篇・中は終わり、次回から番外篇です。予定している内容としては人見との過去シリーズの王子篇、夏祭りでの皆の過ごし方、『Re-CODE』の方々の日本での過ごし方、『渋谷荘』でのドタバタな一日などを予定しております。……ギャグメインですね(笑)
それが終われば次は『捜シ者』篇・終!
いよいよ始まる『捜シ者』たちとの闘いです!
優がどういった形で闘いに入っていくのか……ご期待ください!

では、長々と失礼しました!
また次回、よろしくお願いします!



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