また、今回の話でようやくあのフリーダムな方が登場します。
あとは、夜原さんの隠れた性癖(?)が明らかに!
「急にいなくなったと思えば、こんな所でゴミと戯れて何やってるんですか? 桜小路さん。珍種であるあなたの観察をしている僕の身にもなってくださいよ」
「お……大神!」
とあるビルの屋上で、『子犬』を抱えながら大神は言った。その手に、破壊された小型の発火装置を持って。
大神の歓迎会から数日が経った。現在、輝望高校周辺の地域一帯で連続放火事件が話題になっていた。自動発火装置による無差別な放火で何人もの命が失われたというものだ。大神と桜のクラスメイトがその事件に恐怖する中、過去に大神が在籍していた中学校の同級生である
だが、それも当然のことだ。歓迎会の日に優が言ったように、『コード:ブレイカー』は『存在しない者』。過去なんて無いも同然なのだ。それに、学校に通うこと自体、バイトを円滑に進めるためにしていることなので大神にとって深い意味はない。
そして帰宅時。桜はに大神に言った。存在も過去も消してまで悪を滅し『捜シ者』を見つけたいのか、と。それに対して大神は、前回のように感情を爆発させることはなく、普段通りに答えた。
「詮索するな、と言ったでしょう。それと、オレは悪を許さない。バイトであろうとなかろうと悪を見つけたら滅します。オレの意志で」
桜はそれを許すはずがなかった。大神に悪人を殺させないために行動を始めた。どんなに小さい“悪”でも見逃さずに注意していき、“悪”の根源を断つことを決めた。その過程で桜は、例の連続放火魔に捕まった。さらに、驚きなのは放火魔の正体だ。放火魔の正体は大神の同級生だった野口総介。彼は桜に小型の発火装置を付けて束縛し、あろうことか『子犬』にまで小型の発火装置を付けたのだ。『子犬』を助けようとした桜だったが、無情にも『子犬』に付けられた発火装置のタイマーが「0」となった。そして、『子犬』がいた場所から大量の火の粉が上がった。
しかし、『子犬』は無事だった。大神によって助けられていた。『子犬』の無事を確認し、桜は涙を流した。
「『子犬』……! よく無事で……!」
「来やがったな」
そんな桜に対して、犯人である野口は強気な態度で大神を見た。そこには、学校で見せた人懐っこい笑顔はなく、大神がよく見る“悪”の表情が浮かんでいた。
「お前も殺してやるよ、大神! どうせオレのことを忘れた奴だ。それに、あの人にお前を殺すように頼まれたこともあることだし、一番派手な方法で殺してやる!」
その瞬間、大神が立っている場所の左右から爆発とも呼べるような巨大な焔が発生した。どうやら、野口が事前に仕掛けていた発火装置が起動したらしい。大神と『子犬』は、一瞬で炎に飲まれていった。
「大神! 『子犬』ー!!」
「ハハハハ! 我ながらタイミングが神だぜ! 神!」
叫ぶ桜と笑う野口。しかし、次の瞬間にはその笑いは消えることになる。
「……ゴミが。こんな炎じゃチリ一つ燃やせやしない」
焔が消えた。消火したのではない。大神の『青い炎』によって燃え散らされたのだ。焔すら燃え散らす『青い炎』の威力に、桜はただ驚愕していた。そして、それは野口も同様だった。
「な!? 左手から炎が!? あ、ありえない! 来るな! 化け物!!」
どうやら異能の存在は知らなかったらしく、野口は震えながら後ずさっていく。
「ま、町中に発火装置が仕掛けてある! 俺に何かしたら町中火の海……」
とことん往生際の悪さを見せる野口。すると、彼の足元に何かが投げつけられた。
「ヒッ!?」
野口は思わずその場で尻餅をついた。見てみると、グチャグチャに捻じ曲げられ丸型に固められた複数の発火装置だった。完全に壊れているようで、タイマーが作動しているものは一つもない。だが、妙だった。発火装置は、まるで人の手で捻じ曲げられたかのように丸形にされていて、よほどの力で投げつけられたのか床に完全に埋まっていた。さらに、床には数本のヒビが入っている。こんなことをやってのける人間を、大神は一人しか知らなかった。そして、その人物は大神の後ろから現れた。
「発火装置はすべて破壊した。残念だったな」
「夜原先輩!」
やはり優だった。おそらく、『脳』の異能で筋力を強化して発火装置を捻じ曲げ、野口の足元に投げつけたのだろう。
「余計なことを……」
大神が不快そうに優を睨む。すると優は、ポケットから携帯電話を出して大神に見せた。
「お前のエージェントから連絡があったんだ。手伝ってほしいとな」
「ふん。まあいい」
そう言うと、大神は野口に向かって歩き始めた。一歩ずつ、静かに距離を詰める大神。対して野口は、大神が一歩近づくごとに体の震えを大きくさせている。すると、何を思ったのか野口は急に左手を差し出した。
「ま、待てよ! と、友達じゃねぇか、大神! さあ、仲直りの握手だ!!」
「お前……!」
優が苛立ち気に眉をひそめた。どうやら、今回のことをケンカ程度に感じているらしい。先ほどは殺してやると言った相手に友達と言って許しを請う。都合のいいものだった。あっさり切り捨てる。大神ならそうすると優は確信していた。しかし……
「…………」
「お、大神……!」
大神は応じた。彼の握手に。しっかりと左手と左手を掴み合い、哀しみを込めた眼をして。
「……お互い変わったな。だが、もうあの頃には戻れない。……せめて俺の手で送ってやる。左手の握手は別れの握手だ」
大神の左手に『青い炎』が灯る。そして、野口の左手に燃え移った。『青い炎』はあっという間に野口の全身に燃え広がった。
「ヒアアアアア!! 友達を燃やすなんて……! この悪魔……!! この親殺し!!」
燃え散りながら大神に罵声を飛ばす野口。すでに皮膚は焼け焦げ、ただの黒い影のような見た目をしていた。
「お前なんて、今に殺される……。お前の『捜シ者』に……な…………」
「……!」
『捜シ者』の名を聞き、大神の目に殺意が宿る。野口がその名を知っているということは、今回の件には『捜シ者』が絡んでいるということだろう。そして、野口を悪に堕としたのもおそらく……。
「……さて、今日のバイトは終わりだ。オレは帰る」
「夜原先輩! ちょっと待ってください!」
帰ろうとする優を、大神に拘束を解いてもらった桜が止めようと近づく。すると、優はその顔に明らかな嫌悪の表情を浮かべた。
「黙れ、動くな、オレに触れるな」
ストレートな言葉を連続で述べると、優は下に向かって飛び降りた。『脳』の異能を持つ彼なら屋上から飛び降りようと問題はないだろう。問題があるのは、どちらかというと桜の方だ。
「うう……。やはり近づこうとすると冷たいのだ……」
まあ、原因は田畑邸で桜の自業自得な気もするが、優の露骨な態度を見るとどっちが悪いとも言えなくなってくる。
「……いや、明日だ。明日こそ頑張るのだ。……大神」
桜は優との仲を改善するという誓いを改めて立てると、大神の方を見た。大神は、野口が遺したゲーム機を『青い炎』で燃え散らしていた。野口という「人」は死んだが、ゲーム機という「物」は遺った。歓迎会の日に言った通り、彼にとってこれは気持ちのいいことではないのだろう。
「この事件は、お前の『捜シ者』が絡んでいるのか?野口君を悪に堕としたのは『捜シ者』なんだろう?」
「…………」
桜は大神の顔を覗き込んだ。しかし、大神は答えなかった。言葉で答えようとしなかった。そのかわり……
「ッ……!」
「お、大神……?」
突然、大神が桜に覆いかぶさった。それはまさに、外国人が挨拶したりする時などに用いるハグというものだった。
「そうか! お前もやっとハグする気になったか! うむ、言葉はいらん! いらんぞ! ……ん?」
バンバンと大神の背中を叩く桜。実は、このハグというのは桜にとっては驚くことでも何でもない。むしろ、こうなることを待っていたのだ。以前から大神に人殺しをやめさせるために、桜はハグすることで命の大切さや人の温かさを伝えようとしていた。まあ、大神はその度にスルーしているのだが。
そんな大神が突然、自分からハグしてきたのだが桜は不審がらずにそれを受け止めた。しかし、すぐにある異変に気付いた。
「大神! お前、体が異様に冷たいぞ! どうしたんだ!?」
相手の体温が直に伝わるハグ。だからこそ気づけた異変。それは、大神の体温が異常に低いことだ。見てみると、大神自身も震えていて冷や汗らしきものもかいていた。あまりにも突然のことに桜は混乱していた。すると、その場に電子音が鳴り響いた。
「……む? 携帯が鳴っている?」
音がする方を見ると、携帯電話が落ちていた。それは、大神がいつも使用している最新式の携帯電話だった。
「お、大神のか……? まさか、いつものバイトの電話?」
大神は今まで、バイトに関する話を全て電話でしていた。それはつまり、“エデン”という謎の組織からの電話だということだ。桜の耳に電子音がこだまする。ゴクリと喉を鳴らすと、桜はゆっくりと携帯を手に取り、通話ボタンを押した。
「は、はい……!」
『……やっぱり倒れたのね。だから忠告したのに』
聞こえてきたのは女性の声。凛とした美しい声だった。しかし、桜はどこかで聞いたことがあるように感じていた。
『「まったく世話のかかるマスターです」』
すると、電話の向こうから聞こえる声と同じ声が、桜の背後から聞こえた。振り向いてみると、そこに立っていたのは意外な人物だった。
「か、神田先生……!?」
「……すみません。遅刻しました」
翌日、野口が家の都合で転校したという話題で持ち切りになった1-Bに、大神が遅刻して教室に入ってきた。昨日同様、具合が悪そうだ。
「こら大神君! 遅刻厳禁よ! 体調悪いの?」
そんな大神を担任である神田先生が叱った。傍から見れば普通の光景かもしれないが、桜はただならぬ雰囲気で見ていた。
昨日、体に異常を起こした大神の下にやってきた神田。彼女は桜に「明日は遅刻厳禁」と先生らしいことを言うと、大神を連れてどこかへ行ってしまった。神田は大神と……『コード:ブレイカー』と関係があるのだろうか。そんな疑問が桜の中に浮かんだ。大神に来るバイトの電話は神田からのものだったということはわかり、疑問の答えはほとんど出ているようなものかもしれないが。だが、桜は真実を知るために、神田がいるであろう体育準備室へと向かった……と思ったら思わぬ障害物(?)が現れた。
「…………」
廊下には本来ないはずの丸テーブル。その上にはティーセットが置かれていて、制服を着た一人の男子生徒が椅子に座り紅茶を飲んでいた。桜はズンズンと近づき、その男子生徒に話しかけた。
「
彼の名は
「ああ……これは失礼しました。お詫びに一杯どうですか?」
「む……? おお、それはお気遣いどうも」
謝罪した平家に促された桜は、周囲の目を気にすることなく平家の向かい側の椅子に座った。そして、何食わぬ顔でお茶を飲み始めた。
「うむ。美味い」
「ここは日当たりが最高でしょう?」
平家も桜を歓迎しているようで談笑を始めた。しかし、桜が自分の目的を思い出したことでそれは中断された。
「おお、いかん! 先輩、私には行かなければならない所が」
「そうですか。……あなた気を付けてください。
桜が平家の横を通り過ぎる際、平家がポツリと呟いた。その顔に、どこか妖しさを感じさせる笑みを浮かべて。
「……そうですか。気を付けます」
桜は礼を言うと、体育準備室に向かって再び歩き出した。
「神田先生、あなたは一体……」
授業がない時に神田がいつも在室している体育準備室に、異様な緊張感が漂っていた。それは、普通の高校ではまず感じることの無い程のものだった。それもそのはずだ。桜が体育準備室に入った瞬間、桜は神田にハサミやカッターという武器を向けられた。もちろん、相手が桜だとわかると神田はすぐに下げたが。その時、向けられた殺気は明らかに本物だった。大神ほど強くはなかったが、背筋が冷えるような鋭い殺気だった。
殺気を抑えた神田は桜の問いを聞くと、髪を縛っていたゴムを取り髪を自由にさせ、いつもとは違う雰囲気を見せつつ問いに答えた。
「私は“エデン”のエージェントの一人、神田。『コード:ブレイカー』である我が主人(マイ・マスター)をお護りするのが私の仕事です」
微笑を浮かべる神田。その微笑も話し方も何もかも、今まで桜がクラスで見てきた神田のものとは違っていた。すると、奥の方から声がした。
「まあ、いずれわかることだろうとは思っていたがな」
「夜原先輩!?」
部屋の奥を見ると、優が胡坐をかいてお茶を飲んでいた。さらに、ふと視線を動かすとベッドに誰かが寝ていたのが見えた。それは、桜が体育準備室に向かおうとした時、いつの間にか消えていた人物。
「大神!」
そう、大神だ。苦しそうに顔を歪め、冷や汗をかいている。その隣では、桜についてきていた『子犬』が必死に大神の顔を舐めていた。
「未だ体温は低く、体調もすぐれぬまま。このような時は私がお護りします」
「……誰も手を貸せとは言ってない」
「私が勝手にしているだけですのでお気になさらず」
片膝をついて大神に頭を下げる神田。その動作一つ一つに凛々しさがあり、桜はますます普段との違いを感じていた。そう、まるで学校とバイトの時とで顔を使い分ける大神のような感じを。
「先生……。先生は全て知っていたのですか? 『コード:ブレイカー』のことも……。今までの先生の姿は嘘だったのですか!? 野口君のことだって、今朝のは演技で……」
「……野口君? 野口君……。…………うっ」
野口の名を桜が出した途端、神田の表情がどんどん曇っていった。そして……
「野口く~ん! こんなのあんまりよ~! もう会えないなんて~!」
ボロボロと泣き出してしまった。その姿は先ほどまでとは違い、凛々しさの欠片もなかった。
「……フランダースの猫」
「バトラッシュ~!」
「アルプスの少女ハイジン」
「立てた~!! うわああ~ん!!」
「……フッ。愉快だな」
神田が泣きだしたと思ったら、優が感動モノの名作アニメのタイトルを次々に言い出した。神田はそれにいちいち反応して号泣し、優はそれを見て心から愉快そうな笑みを浮かべていた。
「う~……。ティッシュ、ティッシュ……ウギャ!」
泣きすぎたため、ティッシュを取ろうとする神田。すると、涙でよく見えないためか足を挫いて思いっきり転んだ。涙もろく、足を挫いて転ぶその姿は、桜がいつも教室で見る神田の姿そのものだった。そんな神田の姿を見て、桜はただただ戸惑っていた。
「こ、これは一体……」
「……何を考えているが知らないが、神田は実力は確かだが自分自身を偽れるような奴じゃない」
大神の言葉が意味すること。それは、神田が教室で見せていた姿は偽りのものではなく、神田の本当の姿であるということ。先ほど見せていた凛々しい姿も、教室で見せるドジな姿も、その両方が神田の本当の姿なのだ。
「叔母を訪ねて三千里」
「うわああ~ん!!」
ただ、当の神田はまだ優のおもちゃとなっていた。意外と優も意地の悪い性格である。
「次は……」
「呑気だねえ。そんな呑気なことやってるヒマないんじゃないノ?」
「刻君!」
体育準備室の窓の向こう。そこにいたのは刻だった。その手には、相変わらず煙草があった。
「ヤッホー、桜チャン。大神が倒れたって聞いて見学に来たヨ」
刻は窓を開けると軽やかに中に入ってきた。今まで外にいたのでもちろん土足なのだが……まあ、気にしてもしょうがないだろう。
「大神~、外は暑いヨ~。お前は冷え冷えでいいネ。ん~、冷たくて気持ちイイ~」
「……どけ!」
「おっと」
「ぐ……!」
煙草を咥えて、大神にくっ付いて頬をすり寄せる刻。大神は手で振り払おうとしたが、刻はそれをいとも簡単に避ける。すると、体調が悪い状態で急に動いたためか、大神の体がグラリと傾いた。
「マイ・マスター! 無理は禁物です!」
大神の体を神田が支えた。それを見て、刻はニヤリとした。
「へっ。悔しかったら『青い炎』で攻撃してこいヨ。ホラホラ。……って無理だよネ~。『青い炎』を使いすぎると体温が急激に下がって『青い炎』は二十四時間使えなくなるんだもんナ~」
「なに!? 大神が『青い炎』を使えない!?」
刻の口から語られた衝撃の事実。それを補足するように優が口を開く。
「ロスト。異能者が異能を使いすぎると起こる現象だ」
今まで無敵と思っていた異能者の思わぬ弱点。思わぬ形でそれを知った桜。そして、勝ち誇ったかのような笑みを浮かべえて大神に話かけた。
「そうか! それはおめでとう、大神! これでもう人殺しはできんな! 参ったか!」
「なっ……!?」
満面の笑顔で大神の肩を叩く桜。対して大神は、桜の表情に明らかに怒りや苛立ちを感じていた。
「『コード:ブレイカー』などやめて部活に入れ。柔道部なんかどうだ? お前は軟弱だからな。どれ、私が案内してやろう」
「おい、桜小路。聞き逃しているようだからもう一度言う。ロストは二十四時間の間だけ異能が使えなくなるだけだ。昨日の夜にロストしたから今日の夜には戻るぞ」
「なんと!?」
大袈裟なポーズで驚きを表現する桜。どうやら本当に聞き逃したらしい。
「ううむ……! ならば、早急に対策を考えねば。まあ、まずは部活だな。ロストしている間だけでも部活動に励むのだ。さあ、行くぞ大神」
今日の夜には元に戻ることに頭を抱えていた桜だったがすぐに気を取り直したようで、体育準備室の扉を指差した。すると、神田が大神を支えながら桜のことを見た。
「申し訳ありませんがそういう訳にはいかないのです。桜小路さんの行動は制限させていただきます。我々が行う今度の仕事は、あなたの少々特殊な家庭事情が関係していますので」
「え?」
「桜小路さん。あなたの命が狙われているのです」
「……え?」
大神のロストって何気に一番キツそうですよね。
私は寒がりだから耐えられません。地獄です。
今回はちょっと「夜原さんのターン」を入れてみました。
最近、彼は弄られることが多かったので。まあ、地味なやり方ですが。
それと書いてて思ったのですが、神田さんは担任として理想です。
あの方が担任だったら学校とか面白すぎます。
あとは平家先輩ですね。私は彼が一番好きです。
彼が学校にいたら間違いなくティータイムに混ぜてもらいます(笑)