CODE:BREAKER -Another-   作:冷目

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ほとんど勢いに任せればイケるもので、早く書き上げられました
今回はオリジナル話として、優の修業をメインに書いております
結構、戦っているシーンが多いですが、描写がわかりづらかったりしたら申し訳ありません……
というわけで、久し振りの優がメインのお話です(笑)
では、どうぞ!





code:48 『脳』の真髄

 「ただいまなのだ!」

 「ただいま帰りました」

 会長の小型化から始まり、最下層に隠されたパンドラの箱(ボックス)や『ゐの壱』についてなど様々なことが明かされた一連の騒動はひとまず終わりを告げて夜が明けた。桜と大神はいつものように学校から帰ってくると、他の者たちがいるであろうリビングへと向かっていく。

 「おう、帰ったか。ちゃんと手、洗っとけよ」

 「待機中です」

 リビングでは、ほつれた衣類を縫う王子と背筋をピンと伸ばした姿勢で椅子に座る『ゐの壱』の姿があった。一連の騒動の中では、『ゐの壱』はどんな時でも桜の側から離れようとはしなかった。そうなると心配になるのは、学校にもついてくるのではないか、ということだ。しかし今朝、学校に行く前に桜が物は試しに「待っていてほしい」と頼んでみたところ、『ゐの壱』は素直に応じてくれた。まだ詳細は不明だが、『ゐの壱』はかつて桜と共に過ごした彼女を護るためのカラクリ人形。桜を護るという最優先事項もあるが、桜本人の意向も可能な限り受け入れるようにできているのだろう。

 「おお、『ゐの壱』! ちゃんと待っていてくれたのだな、偉いぞ!」

 「疑問、なぜ『ゐの壱』を褒める?」

 「『ゐの壱』が偉いからだ!」

 「???」

 なんとも不思議なリズムで会話を続ける桜と『ゐの壱』。だが、本人たちが良しとしているならそれでいいのだろう。

 「…………」

 桜と『ゐの壱』のやり取りを見ながら、大神は真剣な表情で考え始める。内容はもちろん、これから行われる修業についてだ。昨日から会長を相手にした修業を行っているが、昨日の結果としては惨敗。文字通り、手も足も出ない状況だった。

 (正面から行ったところでアイツには全て避けられる……。だが、修業の目的はコケシを取ることだ。決してアイツを斃すことじゃない……が、斃すつもりで行かないとコケシにはかすりもしない。何か方法は……)

 昨日の修業で会長との力の差を思い知った大神は、学校にいる間もこのように強くなる方法を考え込んでいた。会長から言われた「バカ正直すぎる」という言葉。ただ正面からぶつかるだけでなく、刻のように頭を使った戦い方を知る必要がある、と実感させられた。

 だが、今まではどんな敵も『青い炎』で燃え散らしてきた大神。全てを燃え散らす『青い炎』の威力に頼っていたのは事実だ。だからこそ、ほとんどが正面からぶつかる形となっている。今までとはまるで違う戦い方を考えるというのは思ったよりも難しく、学校が終わった今でも答えは出ない。

 (……仕方ない。答えが出ないなら、動くしかない。修業を繰り返すことで、必ず何か突破口が見えるはずだ)

 改めて覚悟を決めるように大神は左手に力を込める。そして、少しでも強くなるべく彼は歩きだした。こうした前向きな姿勢こそ、強くなるための条件だと信じて……

 

 

 

 

 

 

 

 

 「お前ら、手を洗えっつってんだろ!!」

 「ぐあっ!」

 「あうっ!」

 強くなれる……はず、である。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 「いかにも、今日も修業を始めようか。今日からは優君も参加ね」

 「昨日はロストしてて優子チャンだったから参加できなかったもんナ~」

 「……うるさい」

 しばらくして、刻と優が帰ってきた時点で今日も修業が始まった。優が参加することに対して刻はいつものように軽口を叩くが、彼も大神と同じで修業の突破口について考えたのだろう。その眼はおちゃらけつつも鋭さがあった。

 「優君は昨日いなかったから改めて説明するけど、私が直接相手をしての修業になる。昨日から大神君と刻君には、この『にゃんまるコケシ』を座っている私から取ることを目的とした修業をやってもらっている。まあ、二人とも全然だったんだけどね」

 「最後の方、言う必要ねーダロ!」

 嫌味なのか天然なのか、二人の修業の結果をいびる会長に刻は声を荒げて掴みかかった。そんな刻の手を軽々しく避けると、会長は「いかにも~」と口癖を言いながら逃げ始める。そのまま二人の鬼ごっこが始まってしまい、大神と優は完全に置いていかれた。

 「……まあ、今こそあんな感じだが実際に戦ってみるとわかる。アイツの身のこなしは想像以上だ」

 「実力はかなりのものってことか。後は……実際にやってみないとだな」

 そう言うと、優はその場でストレッチを始めて身体をほぐしていった。そして、一通りストレッチを終えると、優は一歩前に出た。

 「会長、最初はオレからお願いします」

 「うん? いかにも、一日出遅れてるからね。構わないよ」

 「優……一人でやる気か?」

 「ああ」

 優が修業の相手を申し込むと、刻と取っ組み合っていた会長は平然とOKを出した。会長の実力の高さを教えたばかりだというのに一人でやろうとする優を見て、大神は意外そうに声をかけた。

 「さっきも言ったが、あのクソネコの実力はかなりのもの。普段のアイツを相手にする気で行ったら返り討ちに……」

 「イイじゃねーか、大神。やらせてやれヨ。つか、自分で体験しないと納得しねーって。オレたちだってそうだったんだからナ」

 優に忠告をする大神だったが、急に刻が肩を組んで割って入ってきた。確かに、普段の会長の印象がどうしても強いので言葉で「実は強い」と言われても納得はしづらい。刻の言うように実際に体験しないとわからないだろう。

 「……じゃ、先にやらせてもらう」

 軽く二人に手を挙げると、そのまま会長の近くまで向かう優。今の彼の中にあるのは油断か警戒か、わかるのは彼だけである。一方、会長は「よっこいしょ」と言って座ると、昨日のように『にゃんまるコケシ』を膝の上に置き、おかきを食べ始めた。

 「さて、それじゃ私は昨日同様おかきでも食べながら座っているよ。『にゃんまるコケシ』を取るか、私をここから動かしたらクリアだから」

 「あのヤロ……相変わらず舐めやがって」

 完全に余裕たっぷりの会長に、刻は再び怒りが沸き上がっていた。だが、当の優は表情を崩すことなく真っ直ぐ会長を見ている。会長も優のことをしっかりと視界に捉えている。一見、隙だらけに見えるが、おそらくどこから攻撃しても見事に捌かれるだろう。

 「それじゃ、どこからでもかかって──」

 会長が次のおかきを取ろうと袋に手を入れた瞬間──動いた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 「──昨日も食べたんだったら、今日は我慢しませんか? 会長」

 『……ッ!』

 さっきまで何も無かったはずの優の手……そこには、まだ大量のおかきが入ったおかきの袋があった。そして、袋を持っていたはずの会長の手には膝の上にあったはずの『にゃんまるコケシ』があった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 「……いかにも、してやられたね。やはり、君相手に油断は禁物のようだ」

 「大神から散々言われましたからね。最初から本気で行きます」

 油断しきっていたことを反省するように、頭をかく会長。それに対し、優はおかきの袋の口を丁寧に折って床に置いた。あまりの急展開に、大神と刻は目を見開いたまま言葉を失っていた。

 「い、今……何が起こったんだ? これが『脳』の……優の本気ってことかヨ……」

 「……少なくとも、優はあの一瞬でこの修業をクリアする余裕があった。会長から袋を奪い、コケシを移動させるくらいのな」

 自分たちがどんなにやっても届かなかったクリアまで一瞬で届いた優。いくら大神の忠告を素直に聞いていて、相手の会長が油断していたとはいえ、並大抵の実力でできることではない。それだけ『脳』によって身体能力を強化した優の実力が高いということだ。だが、会長もまだ本気というわけじゃない。ここから二人がどう動くのか……大神たちは二人の動きに意識を集中させた。

 「本気となると……私も座りっぱなしじゃ厳しいね。優君、『私をここから動かしたら勝ち』っていう条件は無しにしてもいいかな?」

 「構いませんよ。むしろ、その方がコケシを取ることに集中できますから」

 「ふむ……それじゃあ、私も少し本気を出そう!」

 「ッ!」

 その場から動かない、という制約を解除した瞬間、『にゃんまるコケシ』を頭に乗せてから目にも止まらぬスピードで優との距離を一気に詰める会長。意識を集中していたため、大神と刻もなんとか目で追うことができたがそれで精一杯だった。だが、優は完全にその姿を捉えていて自身も構えた。

 「やっ! はっ!」

 会長は左右の拳を次々に繰り出していった。一発一発がかなりのスピードで、空気を裂くような音から威力も相当なものだとわかる。しかし、優はそれを完全に見切って完璧に避けており、かすりもしていなかった。

 「やあっ!」

 「ふっ!」

 会長の攻撃を避け続けていた優だったが、一瞬の隙を見つけて攻勢に出た。会長が放った一発を片腕で捌き、懐をガラ空きにする。そこに渾身の蹴りを間髪入れずに放った。

 「おっと!」

 だが、会長も優の動きを見切っているらしい。優が蹴りを放つよりも一瞬早く後ろに跳んだ。渾身の蹴りを避けられたため、優には大きな隙が生まれる。その隙を会長が見逃すはずもなく、着地と同時に開いた距離を詰めていく。

 「もらったよ、優君!」

 「そう簡単には!」

 隙を突かれた優だったが、決して慌てることなく放った蹴りの軸足に力を込める。普通なら片足に力を込めたところでたかが知れているが、『脳』によって身体能力が強化されている優にとっては片足だけでも十分だった。彼は片足だけで真上に跳躍し、あっという間に会長を見下ろした。

 「た、高ぇ! 片足だけでクソネコを超えるくらい跳びやがった!」

 「そして、後ろじゃなく真上に跳んだということはそのまま攻撃する気か……!」

 異能を使っているとはいえ、優の身体能力の高さに驚く刻。大神は優の行動から次の攻撃を予想する。その予想は当たっており、優は空中で体勢を整え、会長を眼下に捉えた。そして、そのまま勢いよく踵落としを繰り出した。

 「決める!」

 「ぐぅ!」

 さすがの会長も隙を突いた一撃の後だったため、先ほどのように避けることはできず両腕を目前で交差させて防御の姿勢をとった。だが、優の攻撃は振り下ろした際に重力も加わったことで威力は単純な彼の力以上のものとなった。あまりの威力に会長の表情も一瞬歪むが、押し負けるどころか防御のために交差させた両腕を押し出して優の攻撃を弾いた。優はそのまま空中で回転しながら後ろに跳んでいき、軽々と着地した。

 「次はこちらの番だよ!」

 「そうはいきません!」

 優が着地したのと同時に距離を詰めようと会長は動くが、同時に優も会長と距離を詰めようと動く。真正面から互いに向かっていく二人。その時間は一秒未満と言っても過言ではないほど一瞬で、すぐに二人の距離は詰められ、怒涛のラッシュが始まった。

 「はあああ!」

 「まだまだ!」

 叫びの勢いのままに拳によるラッシュを繰り出す優。だが、会長も負けてはいない。同じ勢いのラッシュを繰り出して完全に相殺している。見ている側も思わず呼吸をするのも忘れるほどのラッシュの打ち合いに、大神と刻は完全に言葉を失っていた。このラッシュで勝敗が分かれる……ただそれだけを感じていた。

 そして、それは唐突に起こった。

 「そこだよっ!」

 「ッ! しまっ──!」

 ラッシュの打ち合いをしながら、その一瞬の隙を突いて会長が動いた。瞬時に体勢を崩し、優に足払いをかけた。突然のことに優は対応できず、足払いを受けて身体が浮く。そして、次の瞬間──!

 

 

 

 

 

 

 

 

 「いかにも、私の勝ちだよ」

 「……そうみたいですね」

 優の目前で拳を止める会長。これは、実戦ならば確実に拳で顔面を捉えられている。完全に優の負けだった。優が負けを認めたのを確認すると、会長はゆっくりと拳を戻し、汗を拭った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 「ふう……ここまで思いっきり身体を動かしたのは久し振りだよ。昨日、大神君と刻君から逃げた時以来かな」

 「それって久し振りって言えなくないですか?」

 「そう?」と優のツッコミを受け流す会長。すると、今まで完全に言葉を失っていた大神と刻からポツリと言葉が漏れた。

 「ス、スゲェ……」

 「オレたちの時は、ほとんど本気じゃなかったのか……」

 目の前で起こっていた戦いにただ圧巻される二人。ここまでくると、優と会長の戦いはまるで別次元のものである。二人は圧巻されながらも、戦いが終わった優と会長のもとに向かっていった。

 「大神、お前の言う通りだった。会長の実力は……半端なものじゃない」

 「イヤ……それと互角にやり合ったお前も半端ネーだろうガ……」

 「まったくだ」

 会長の実力を体験し、「参った」とでも言いたげに両手を挙げる優だったが、互角に戦っていたくせに何を言う、と刻と大神は呆れていた。すると、会長が「ぽむ」と胸を叩いた。

 「いかにも、大人気なく本気を出してしまったよ。修業だってことも途中から忘れちゃってたし」

 「つか、あんな風に戦ってたらコケシどころじゃねーダロ……」

 ポリポリと照れくさそうに頭をかく会長。修業だということを忘れていたと言うが、刻の言うようにあんな戦いをしていたら忘れて当然である。むしろ、あの中で修業の目的を達成しろというのが無理な話である。

 「ホントだよ。壊れてないといいんだけど……」

 激しい戦いの後だったため、『にゃんまる』コケシの無事を案ずる会長は、自分の頭に手を伸ばす。すると……

 

 

 

 

 

 

 

 

 「ああ、コケシだったらもう取らせていただきました」

 『はあ!?』

 「えぇ!? あ! な、無い!」

 平然と言う優の手には、会長の頭にあったはずの『にゃんまるコケシ』がしっかりと握られていた。 あまりの驚きに、大神と刻は開いた口が塞がらなくなり、会長は『にゃんまるコケシ』が無くなっていることに動揺しきっていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 「お、お前いつの間に!? どこにそんな余裕があったんだヨ!」

 「会長が足払いを仕掛けた時にな。まあ、(イタチ)の最後っ屁ってやつだな」

 「抜け目のない奴……」

 ついさっき、「あんな戦いの中じゃ無理」という話をしたばかりだというのに、その無理を実現していた優。どこまでも想像以上の彼の実力に、刻はただ驚き、大神は驚きを通り越して呆れてしまっていた。

 だが、プライドが高いオレ様な二人。すぐにいつもの調子を取り戻し始めた。

 「テメー! 一番、後に入った弟弟子が真っ先にクリアしてんじゃネーヨ!」

 「出遅れのクセにいい度胸だ……!」

 「なんで文句言われなきゃいけないんだ……」

 「まあ、まあ。二人とも落ち着いて」

 理不尽な形で二人に文句を言われる優だったが、会長がなんとかそれをなだめる。二人が落ち着くと、会長はこれからの修業の予定について説明を始めた。

 「とりあえず、優君はコケシを取ったからこの修業は終わり。次からは私とマンツーマンの修業に入るからね。さて、次は大神君と刻君がやろうか。心配しなくても、二人の時は座ってるから安心してね」

 「ウガー! ムカつく!」

 「上等だ、このクソネコ……!」

 会長の言葉に、完全に自分たちは舐められていると悟った二人は完全にキレていた。そして、会長が準備をするよりも早くに会長に挑んでいった。

 「すぐに本気出させてやるヨ!」

 「ブッ斃す!」

 「……切り替えの早いやつら」

 『青い炎』と『磁力』、それぞれの異能を構えながら大神と刻は昨日のリベンジにと会長に向かっていった。その切り替えの早さに、優はすっかり感心していた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 「ア~! 今日もダメかヨ!」

 「完全に優に先を行かれたな……」

 あの後、昨日のように会長に向かっていった大神と刻だったが、ほとんど昨日と同じ結果だった。さらに、会長は事前に言った通りに座ったままで終わった。優と会長の修業を見た後だと、その屈辱感は相当なものである。

 「そうは言っても、今回はたまたま相性が良かっただけだ。オレの『脳』の真骨頂はああいう格闘戦だからな。それに、結果としてはオレも負けだしな」

 「……まあ、確かにそうだな。異能者が相手だとかなり不利だが、ただの格闘戦だったら『脳』ほど適した異能はない」

 そう、今までの優の戦いはほとんどが相性が悪い相手だった。始末屋の『壱49』も弾で弾を撃ち落とすという防御しかできず、実際の裁きは平家が行った。人見、リリィ、風牙など異能を使うものが相手だとその異能によって劣勢に立たされてばかりだった。だが、今回のように小細工のない格闘戦なら『脳』によって強化された身体能力が何よりも生きる。

 今までの相手が不利な異能者が相手だったから目立たなかったが、優の実力は異能者としてはかなり高い位置にいることが今回のことで証明された。

 「苦手なのが多い分、得意なやつの時は半端ネーってことカ……。けど、勝ち誇んなヨ! すぐにあのクソネコからコケシを取ってお前に追いつくからナ!」

 「ハッ、兄弟子のオレが先に決まってるだろ」

 「イーヤ! オレが先だね、『コード:06』(下っ端野郎)!」

 それでも、『コード:04』としてのプライドからか堂々と宣言する刻。さらに、大神もそれに負けじと追いつく意志を見せる。その後はいつも通り、二人の睨み合いに発展してしまったが、優はそんな光景を見て静かにフッと笑った。

 「……まあ、オレのおかげ(・・・・・・)で少し本気の会長が見れたんだ。あの時の動きと比べたら、お前たちの相手をしている時の動きなんて余裕で見切れるだろ。少しは突破口が見えてきたんじゃないか?」

 「テ、テメー! 一番、下っ端の『コード:07』のくせに偉そうにしてんじゃネー!」

 「あまり調子に乗るんじゃねぇぞ……!」

 珍しく勝ち誇ったような言葉をかける優だったが、その言葉のせいで笑みすらも勝ち誇ったものに見えてしまい、二人の怒りを買ってしまった。その後、優を巻き込んでの壮絶な言い合いに発展してしまったが、その時の状況を偶然通りかかった者たちはこう語る。

 「うむ、二人とも夜原先輩ととても仲良くなっているのだ」

 「待機中です」

 「オレの『渋谷荘』でギャーギャー騒いでんじゃねー!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 「ったく……ちょっと先に行ってるからって調子に乗りやがって……」

 数時間後、夜になったことで『渋谷荘』の住人たちもそれぞれの時間を過ごしていた。そんな中、刻と大神、そして遊騎はリビングでくつろいでいた。まあ、実際のところ愚痴の言い合いに近いが。

 「だが、優がオレたちよりも上に行っているのは事実。気に入らないなら……」

 「わーってるっつの。この天才刻様がすぐに追い越してやるヨ」

 大神の言葉に、グッと拳に力を込めて闘志を燃え上がらせる刻。そんな二人を見て、遊騎はパソコンのキーボードを打ちながら口を開いた。

 「なんや、ろくばんとよんばん……さっきからななばんの話ばっかりやな」

 「んあ? そうか?」

 「特に意識はしていませんが……」

 「じゃあ、無意識のうちに意識してんだろ」

 遊騎からの指摘に首を傾げる刻と大神。当の本人たちはわかっていないようだが、リビングに入ってきた王子はハッキリと答えを言い放った。王子は携帯型のボトルに入ったウィスキーを口にすると、そのまま言葉を続けた。

 「優の過去、優の身体が限界に近いこと……そして、優の本当の実力。『渋谷荘』に来てから、一気にアイツの隠された部分を知ったからな。意識しても仕方ない」

 「優の身体のこと……知ってたんですか?」

 「お前らと同じ日に知ったさ。オレだけじゃなく、遊騎も平家もな」

 「上で聞いとったし」

 自分と刻、そして会長だけが知っていると思われた優の過去や彼の身体について知っている口振りの王子の言葉に、大神は疑問を感じるが、平然と答えた遊騎の言葉に納得する。それにしても、上手い具合に『コード:ブレイカー』全員で知ることができたものである。

 そして、四人の話題はそのまま優に関することに移っていく。

 「……子どもの頃から何回も死にかけて、ようやく生きられるようになったんだよナ。なのに、アイツはわざわざ死と隣り合わせの『コード:ブレイカー』に自分から志願した」

 「オレも詳しくは知らないが、“エデン”の連中は最初の頃、まともに話も聞かなかったらしい。それでも認められたのは、人見さんが優を推薦したからだと聞いたことがある」

 「いちばん……よくななばんのこと心配しとったからな。一緒に昼寝もしとったし」

 「…………」

 会話の中に出てきた元『コード:01』人見。その名前を聞いた瞬間、大神は反射的に彼が『コード:ブレイカー』だった頃のことを思い出していた。彼が、優のことを話す時のことを。

 (思えば……人見はすぐに優のことを呼び捨てにしていた。人見は優の実力を知っていた、ということか。だが、あの身体能力の高さだけを見て優のことを認めたのか……?)

 あの人見がそれだけで『コード:ブレイカー』になって間もない人間を認めるのか……大神はそのことが気がかりだった。もしかしたら優には、まだ何か秘密があるのではないか……そんな考えが浮かぶ。

 すると、作業が終わったのかパソコンを閉じた遊騎が、呆然と上を見上げながらポツリと呟いた。

 「ななばん……なんで『コード:ブレイカー』なんかになったんやろ……」

 『…………』

 その疑問に答える声はない。その点については本人しか知る者がいない、というのもあるが、彼ら『コード:ブレイカー』にとって過去の詮索は不要。自分から話しでもしない限り、触れることはない部分である。遊騎もそれはわかっているのだろう。答える声がないことに怒りはせず、そのまま沈黙した。そうして、夜の『渋谷荘』のリビングではしばらく沈黙の時間が流れていった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 「ハァ……ハァ……」

 同時刻の『渋谷荘』地下の修業場。数時間前まで大神たちの修業が行われており、普段なら夜には無人となるこの場所。だが、今日は珍しく人影があった。数は二つ。一つは息を荒げて膝を突き、もう一つは堂々とした姿勢で立っている。

 「……やはり、全力の私には歯が立たないみたいだね。けど、だからといって手加減する気は無いよ。だって、こうでもしないと修業にならないからね」

 修業場に設置されているライトが堂々と立つ方の影を照らす。それは、相変わらず着ぐるみ姿の会長だった。だが、普段のひょうひょうとした様子は一切無く、容赦なく敵を討つピリピリとした重苦しい雰囲気を纏っていた。今まで見せたことないような雰囲気の会長を前に膝を突く人影……点滅を繰り返していたライトがようやく安定し、パッとその人影を照らした。

 「ぐ、う……!」

 そこにあったのは、身体中に傷が刻まれ、おびただしいほどの血を流す優の姿だった。よほど思い攻撃を受け続けたのか、身に纏う服もボロボロで、口の中も切っているのだろう。口元には血が流れた跡がいくつもあった。修業場にいる人影が二つということを考えると、優をここまで追い詰めたのは会長としか考えられない。だが、会長は優の身体があと一度でも身体が壊れれば再起不能ということを知っている。それでも、彼は王子に「壊すつもりで鍛える」と宣言している。何より、優自身がそれを望んでいる。だが、ここまで来るとやり過ぎだとも感じられる。

 「くそ……! まだまだ……!」

 もはや限界に近い身体を気力で動かし、構える優。しかし……

 「遅いよ」

 「ぐはっ!」

 会長の容赦ない一撃が優を襲う。そのスピードは優と戦った時に見せたもの以上で、身体能力を強化しているはずの優でも捉え切れていなかった。会長の一撃を受けた優は、胃からこみ上げてくる大量の血を口から吐き出し、その場に背中から倒れる。そんな優を冷静に見下ろし、会長は静かに声をかける。

 「優君……『捜シ者』との闘いでは、君の『あの力』が必要になるだろう。だから、使いこなしてもらうよ。『あの力』……異能者にとって禁忌とも呼べる力をね」

 「ッ……!」

 会長の言葉を受けて、優の眼に鋭さが戻る。そして、誰も気がつくことがない夜の修業は続いていく。いくら傷つこうと、どんなに辛くても……深い夜に染まっていく『渋谷荘』には何一つ届くことはなかった。

 

 

 




CODE:NOTE

Page:38 夜原 優

 本作におけるオリジナルキャラクターで本来なら存在しない『コード:07』のナンバーを持つ男。輝望高校の三年生で生徒会の会計を務めている。とある理由で自ら『コード:ブレイカー』になろうとしたが、当時はすでにナンバーが埋まっていたため〝エデン”がそれを拒否。それでも諦めず、何度も頼み込むうちに人見と藤原総理に認められ、特別に『コード:07』として迎えられる。しかし、特別枠の末端であり、〝エデン”に必死に頭を下げていたことから彼を『犬』扱いする者も多い。また、彼の人間関係はほとんど不明だが、『彼女』と呼ばれる女性の存在がいることが確認されている。しかし、女性が苦手で目を合わせていると倒れる。
 異能は『脳』。自らの脳にかけられているリミッターを解除して、身体能力を上げることが可能。しかし、身体の耐久力が上がることはないので子どもの頃はその力に耐えられず何度も死にかけた。その他には、身体能力の一つに通常時以上のリミッターをかける代わりにその対となる能力を限界以上に強化する『束脳・反転』、頭を掴んだ相手の脳を操作して眠らせたり幻覚を見せることができる『壊脳』なども使える。また、『あの力』と呼ばれる謎の力もあるらしい。
 モットーは「目には目を 歯には歯を 悪には無慈悲なる裁きを」

※作者の主観による簡略化
 諸刃の剣のようなキャラ



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