CODE:BREAKER -Another-   作:冷目

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あけましておめでとうございます!
皆様、今年もよろしくお願いします!
って、新年になってから数日経っての遅い挨拶でした、すみません……
今回はまたも色々と謎が明らかになる回となっております。
タイトルの通り、あのキャラの記憶についても明らかに。
ちなみに、タイトルの意味は「蘇る記憶」です。
某アプリの英語通訳を使ったので合っている……はずです(笑)
それでは新年一発目、どうぞ!





code:47 Memory to revive

 「境界を越えた者は全て排除します」

 無機質な言葉で何度も繰り返した言葉を発する『ゐの壱』。どう見ても生身の人間にしか見えないが、会長曰く彼女はカラクリ人形であるという。そう考えると、彼女が腕を取り替えたり頭が取れたりするのも納得である。そんな彼女がガーディアンを務める『渋谷荘』最下層に存在する謎の部屋。人見が桜に託したカードキーでのみ開けられ、『捜シ者』が求める物があるというその場所にいったい何があるというのか。大神たちの疑問は膨らむばかりであった。

 「かくなる上は……行け、大神!」

 「会長、申し訳ありません……!」

 「止めるし」

 「さ、三人がかりはずるいよ~!」

 「君は許可」

 「それじゃあ、失礼します」

 なんとか部屋の秘密を暴こうと、刻、桜、遊騎の三人は部屋に入れまいとしている会長を止める。そして、唯一『ゐの壱』に境界を超えることを許されている大神に全てを託した。障害が無くなった部屋に、大神はそのまま入ろうと──

 「いかにも、大神君。もう修業はいいのかな?」

 「…………」

 「私たちの師弟関係はこんなことで壊れたりしないよね? あんなに頑張ってきたんだから」

 「…………」

 「わかってるよね? 大神君」

 「ッ──!」

 連続して大神に突き刺さっていく会長の言葉。大神の身体はまるで見えない何かに止められているように動かなくなり、そして……

 「こ、これからもよろしくお願いいたします……!」

 「いかにも」

 「バカヤロー! 上手く丸め込まれてんじゃネー!」

 会長の前まで戻って、震える身体と声で深々と頭を下げた。その様子に会長は満足気に胸に手を置き、刻は怒りを露わにしていた。どうやら、今はどうやっても部屋の中には入れないようだ。

 「しかし、本当にこの部屋はなんなのだ……。カードキーに『ゐの壱』殿……こんなに厳重にして、何を護っているのだ……?」

 桜が思わず疑問を口にする。確かに、色々と複雑な経緯を辿って“エデン”に保管されていたカードキーや、容赦ないカラクリ人形『ゐの壱』の存在などを見る限り、部屋の中にある物は生半可な物だとは思えない。いったい何が隠されているのか、想像もつかない桜だったが、その秘密は意外な人物から唐突に明かされた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 「……箱さ」

 「え?」

 「パンドラの箱(ボックス)だよ。この中にあるのは」

 厳重な警備によって隠されていた部屋の秘密。その秘密は明かしたのは、今まで傍観していた『渋谷荘』の真の主……王子だった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 「は、八王子君! 秘密だって言ったでしょ!」

 「ここまできたら隠し通せるものじゃねぇだろうが。大体、零たちにだって知る権利ぐらいはある」

 会長にしてみれば、それは裏切りに近い行為だっただろう。だが、王子は客観的に状況を見て話そうとしたらしく、見事に会長を論破してみせた。

 そして、大神たちに説明を始めた。

 「『捜シ者』はこの中にあるパンドラの箱(ボックス)を捜している。何が入っているのかはオレも知らねぇが、開いた者は遺伝子コードの先にある最強の異能者になれると言われている」

 「それじゃあ、『捜シ者』の目的はそのパンドラの箱(ボックス)を使って最強の異能者になることなのか……?」

 「最強になって何をしようってんダヨ……!」

 「やはり知っていましたか。さすが元『Re-CODE』、そういった機密情報についてはよく御存知のようで」

 王子から語られたパンドラの箱(ボックス)なる謎の物体。開けば最強の異能者になれる、という王子の言葉に、『捜シ者』の真の目的はそこにあると感じる優と刻。一方、平家は王子がそれを知っていることが気に入らないのか、嫌味が混じったような言葉をかける。

 「パンドラの箱(ボックス)……。それが『捜シ者』が求める物……」

 一度、大神と共に『捜シ者』に対峙したことがある桜。圧倒的な力で大神を斃し、自分をさらっていった男。そして、幼き頃にカードキーを託した男。リリィや『Re-CODE』など、様々な異能者を使って闘いを起こしてまで彼が求めていた物が『箱』であるという事実に、桜は少し拍子抜けしていた。しかし、それは同時にその『箱』がそれだけ危険な物であるということを意味している。拍子抜けと同時に、桜は言い知れぬ不安を感じていた。

 この部屋の中にそんな物が隠されている。そう考えると、部屋の見方も先ほどまでとは変わってくる。桜は真剣な表情になり、改めて部屋を視界に捉え──

 「はい! もうおしまい!」

 『あー!』

 ──ようとしたその時、会長が俊敏に動いて扉を閉めてしまった。オートロック式らしく、閉めた瞬間に「ガチャン」と鍵が閉まる音がした。突然のことに桜は口を開けたまま呆然としてしまったが、他の者たちは一斉に会長に詰め寄った。

 「テメェ、クソネコ!」

 「この野郎! その(キー)よこしやがれ!」

 明らかな怒りをぶつけながら、会長を追いつめていく大神、刻、遊騎。もう一度、扉を開けようと会長から(キー)を奪おうとするが、会長は意外な方法でそれを回避した。

 「いかにもっ」

 「うお!?」

 なんと、会長は自ら着ぐるみの頭をわずかに浮かせて、その中にカードキーを放り込んだ。こうなってしまうと、会長を戦闘不能にして着ぐるみの中からカードキーを取り出すしかない。だが、それがどれだけ難しいことか大神と刻はわかっていた。彼の強さは底知れない。彼が本気を出してしまえば、それこそ一瞬で終わってしまうだろう。つまり、今は諦めるしかないということだ。

 「ち、ちくしょおぉぉぉ……!」

 「ふう、よかった。これで全部、元通りに……」

 「…………」

 「……あ」

 しっかりと扉を閉め、カードキーの安全も確保して元通りになったと胸をなで下ろした会長。だが、その目の前に立つのは……本来なら部屋の中にいるはずのガーディアン『ゐの壱』。彼女が戻る前に扉を閉めてしまったため、全てが元通りとはならなかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 「境界を越えた者は『ゐの壱』が全て排除します」

 そう言って、『ゐの壱』は境界の傍に直立不動の姿勢で立っていた。どうやら、部屋に戻れなくなったとしても特に問題ないようだった。その様子を見て安心したのか、会長はさっさと上へと戻っていってしまった。こうなると、もう部屋に入る方法は無いため大神たちも諦めがついたのか、自分たちも上に戻ろうとした。

 だが、こうなると『ゐの壱』をただ一人だけ置いていくというのは少し気が引けたのだろう。一緒に上に行こうと『ゐの壱』に大神が声をかけた。

 「『ゐの壱』さん、そこで一人でいるよりは上に行きませんか?」

 「…………」

 しかし、見事に反応が無い。彼女は境界を越えた者を排除することが仕事のカラクリ人形のため、おそらくこの場所からはテコでも動かないだろう。それを察し、大神たちは諦めて上に戻っていった。

 「むう……『ゐの壱』殿! そこで一人は寂しいのだ! 一緒に上に行こう!」

 「桜小路……どうせ無駄だ。明日、早いんだろ? さっさと行こうぜ」

 しかし、桜はどうしても『ゐの壱』が気になるらしく、再び『ゐの壱』に声をかける。先ほどの反応からしても無駄だとわかっていた王子は、早く来るよう桜に声をかける。だが、テコでも動かないほど意固地なのは桜も同じ。これは放っておいたら、二人の意地合戦になると誰もが予想していた。しかし……

 「はい、了解しました。最優先事項です」

 「……え?」

 なんと、すんなりと桜の言葉を受け入れて移動してきた『ゐの壱』。話しかけても反応すら返ってこなかった大神は、意味がわからず呆然とする。そんな大神を見て、「これが人徳というやつだな、大神」と桜は勝ち誇った様子でニヤニヤしていた。そのまま、『ゐの壱』を連れた桜たちは上へと戻っていった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 とりあえず上へと戻ってきた一同は、一息つくためにお茶を飲んでいた。カラクリ人形のため飲めるかどうかはわからないが、一応『ゐの壱』の分も用意された。

 「お茶:葉を加工したもの、またはその飲み物。カップ&ソーサー:飲み物を入れる物、そしてその受け皿」

 「よー知っとるなー」

 「まるで歩く辞書だな」

 用意されたお茶を見ると、『ゐの壱』はすらすらとそれらの説明を始めた。その博識ぶりに遊騎と優はいたく感心していた。しかし、彼らの隣にいる刻からは何やら変な汗が出ていた。

 「……いや、確かにそうなんだけどサ。そうやって大人しくしてれば可愛いもんなんだヨ……」

 どこか歯切れの悪い刻の言葉。そんな刻の視線はゆっくりと『ゐの壱』から……文字通りその目前(・・・・)にいる者に向けられた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 「ただ……そうやって桜チャンをずっと膝の上に乗っけてるのはおかしいダロ!」

 「お、おお……」

 『ゐの壱』の膝の上……そこには、自分でもどうしたらいいのかわからずに目を丸くしている桜の姿があった。一方、『ゐの壱』はというと……

 「お茶の温度、確認。……87℃のため火傷の危険あり。消去します」

 ──ガチャン!

 刻の言葉など気にせず、お茶に指を突っ込んで温度を確認したかと思ったら即座にカップを壁に投げつけた。もちろん、カップは木端微塵になり、中身のお茶も壁にしっかりと付着していた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 「い、『ゐの壱』殿……私もお茶が飲みたいのだ。そろそろ失礼しても……」

 「最優先事項です」

 桜が降りたい意志を示しても、『ゐの壱』は「最優先事項」と繰り返して降ろそうとしない。人を膝の上に乗せたままお茶を飲もうとし、あげくそのお茶を壁に投げつけるなど、お世辞にも行儀がいいとは言えない『ゐの壱』の行動に、『渋谷荘』の主がとうとう動いた。

 「オラ! 本人が言ってんだからさっさと桜小路を降ろしな! 大体、さっきから行儀が悪いんだよ!」

 ずかずかと『ゐの壱』に詰め寄り、力ずくで桜を『ゐの壱』の膝から降ろした王子。そして、そのままの勢いで『ゐの壱』に必殺の頭突きを喰らわせた。普通の人間ならば、その痛みに悶絶するだろう。しかし、相手は普通の人間ではない。カラクリ人形である。

 「あら」

 「きゃあ!!」

 王子の頭突きを受けた『ゐの壱』の頭はポロリと外れ、ゴロゴロと転がっていった。知っていたこととはいえ、目の前で頭が取れたことに動揺した王子は甲高い声で悲鳴を上げた。一方、外れた『ゐの壱』の頭は頭突きの勢いのまま転がっていき、優の足元まで移動した。優は自分の足に当たる前に、その頭をキャッチしてみせた。

 「よっと。結構、簡単に外れるもんなんだな。いや、王子の頭突きだから仕方ないのか?」

 「う、うるせぇ……!」

 キャッチした『ゐの壱』の頭を見ながら、改めて王子の頭突きの威力に関心する優。強気な言葉を返す王子だったが、驚いてそれどころではないのだろう。言葉に力はなく、落ち着かせようと胸に手を当てていた。すると、『ゐの壱』の頭を持った優を見て、遊騎が小首を傾げながら言った。

 「そーいえば、ななばんって女の顔が見れんけど、それやったらどーなん? 人形やからいけるんやないか?」

 「……と、言われてもな」

 それ、と言って『ゐの壱』の頭を指差す遊騎。一応、『ゐの壱』も女性の格好をしたカラクリ人形だ。しかし、元を辿ればカラクリ人形。人間ではない。遊騎の言うようにもしかしたら大丈夫かもしれない。すると、自分でも気になったのか、優が『ゐの壱』の頭を動かして顔の部分を自分と向かい合わせた。そして、そのままジッと目を合わせてみた。

 (これは人形、これは人形、これは人形、これは人形、これは人形、これは人形……)

 『ゐの壱』と目を合わせながら、ただひたすらに同じことを頭の中で繰り返す優。すると、意外にも何事も無く数秒が過ぎようとしていた。

 「……オ? 意外にもイケる感じジャネ? これを機に優の女嫌いもマシに──」

 「…………無理、だ……!」

 「優ー!」

 「ありがとうございます」

 しかし、やはり『ゐの壱』が精巧すぎたせいか、顔を真っ赤にして湯気を放ちながら倒れていった。倒れる際に思わず放り投げてしまった『ゐの壱』の頭は、上手いこと本体の方に向かっていき、そのまま本体にキャッチされ『ゐの壱』は戻してくれたことに対して礼を言った。

 「博識で礼儀正しい。さらに人間と変わりないほど精巧な出来栄え。まさに完璧ですね」

 「私は完璧なガーディアン」

 「……頭、前後が逆になっていますが」

 優曰く歩く辞書とも言えるほど博識で、どんな時でも崩れることが無い礼儀正しい口調。そして、優の女性嫌いが生じるほど精巧な出来栄え。平家は官能小説(愛読書)を読みながら『ゐの壱』に感心していた。『ゐの壱』本人も、同意するように自身を完璧と口にしていた。……顔の部分が背後にくるように頭を取りつけながら。見事に頭の前後が逆になっており、思わず大神がツッコんでいた。

 「……あ、もうこんな時間か。明日は早いから私はそろそろ寝よう。王子殿、少し汗をかいてしまったのでお風呂借ります」

 「ああ、好きにしな」

 そんな中、桜がふと時計を確認して立ち上がる。大神も言っていたが、彼女は明日、日直のため早く登校する必要がある。そのために早く休ませたというのに、結果として遅くなってしまった。まあ、全ては本人が会長と共に動いた結果なのだが。

 「さて、では失礼します」

 「失礼します」

 「……ん?」

 部屋を出る際、軽く一礼した桜。すると、いつの間にか『ゐの壱』がその隣に立っていた。なぜ同じタイミングで出るのか、と少し疑問に感じた桜だったが、偶然だろうと考えてそのまま部屋を出た。だが、それは偶然ではない、とすぐに知ることになった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 ──廊下

 「最優先事項です」

 「んん……?」

 ──部屋

 「最優先事項です」

 「お、おお……?」

 ──トイレ

 「最優先事項です」

 「こ、ここはちょっと!」

 ──風呂

 「最優先事項です」

 「ええ!?」

 桜が行くところ全て……というより、完全に『ゐの壱』は桜についていっていた。ここまで来ると、さすがの桜でも気付いていた。『ゐの壱』は故意に桜の傍にいる、と。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 「最優先事項です」

 入浴も済ませ、ようやく布団に入った桜だったが、なぜかその桜を見下ろすように『ゐの壱』が枕元に座っていた。目を閉じれば見えないとはいえ、こうも近くにいては気になって眠れない。それは桜も同じらしく、とうとう『ゐの壱』に声をかけた。

 「い、『ゐの壱』殿……もう夜も遅い。そろそろ寝所に帰られたらどうだろう……?」

 「疑問、なぜ帰る? あなたの側が最優先事項」

 (い、意味がわからぬ……!)

 やんわりと帰ることを促した桜だったが、『ゐの壱』にしてみれば帰ることこそおかしいことらしい。その場から動こうとしない。しかし、桜にしてみれば『ゐの壱』がそこにいることがおかしいことなのですっかり困惑してしまった。

 そして、そのまま時間は過ぎていき……

 「お、大神ぃぃ……」

 「……随分とお疲れのようですね」

 桜と大神の部屋の間にある壁……そこに開けられた穴から桜は顔を覗かせた。実はこの穴、少し前に桜が寝ぼけて暴れた結果、開いてしまったものである。大まかな部分は直してあるが、下のちょっとしたスペースだけ桜の意向で開けられたままなのである。理由は、大神に何かあってもすぐに気付けて便利だから、だそうだ。

 そういった経緯で開けられた穴だが、明らかに今は桜が助けを求めていた。また、その隣には『ゐの壱』の頭もあった。おそらく、自分で頭を外して覗いているのだろう。どこまでも桜と同じことをするカラクリ人形だった。

 「あなたにつきまとわれているオレの気持ちが少しはわかりましたか?」

 「ぬ……! それとこれとは別だろう……!」

 珍しく困っている桜を見て、意地悪な言葉をかける大神。痛いところを突かれたからか、桜は少し顔を赤らめながら抗議したが言葉に力はなかった。そんな桜を見て、大神は「フフフ」と笑みを浮かべた。

 「というより、オレには無理ですよ。オレが言ったところで『ゐの壱』は聞かないでしょうし」

 「これが最優先────移動します」

 「……い、『ゐの壱』殿?」

 大神もお手上げの状態だったが、『ゐの壱』が急に頭を元に戻して立ち上がってそのまま桜の部屋を出ていった。離れてくれたのはありがたいが、あまりにも突然なことに桜は一種の違和感を感じた。それは大神も同じだったらしく、二人は『ゐの壱』のあとを追うことにした。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 「排除します」

 「ほっ」

 ──ドガァ!

 『渋谷荘』の地下拾伍階……パンドラの箱(ボックス)がある部屋の前では、侵入者(遊騎)ガーディアン(『ゐの壱』)が対峙していた。『ゐの壱』が桜の側から離れたのはこのためである。彼女はこの部屋を守るガーディアン。異常があれば戻るのは当然である。

 「邪魔せんといてや。この扉、オレの『音』でも壊れへんけど中身メッチャ気になんねん」

 どうやら、遊騎は『音』の衝撃波を使って扉を壊そうとしたが失敗に終わったらしい。『ゐの壱』が感じた異常とは扉が攻撃を受けていることだったのだろう。扉を壊そうとした遊騎は、『ゐの壱』にとって紛れもない敵である。

 「おい、遊騎! お前、いないと思ったらここにいたのかヨ!」

 「相変わらず自由奔放ですねぇ」

 すると、『ゐの壱』を追ってきた大神と桜から事情を聞いて合流した刻たちも到着した。来て早々、遊騎と『ゐの壱』が対峙していることに驚いた彼らだったが、遊騎の性格と現状からおおよそのことはすぐに理解した。

 「せやかて、(キー)ないんやからしゃーないやん。オレは……諦めへんで!」

 瞬間、遊騎は『音』の衝撃波を『ゐの壱』に向けて放った。しかし、『ゐの壱』を壊す気は無いらしく狙いは彼女の一歩手前で、その動きを牽制するためだった。すると、『ゐの壱』も動き出した。

 「異能確認、処理します」

 遊騎が『音』の衝撃波を放ったのを確認すると、『ゐの壱』はすぐさま動き出した。身体を横に移動させ、そのまま遊騎との距離を詰めていく。そのスピードはかなりのもので、遊騎は衝撃波を放った際の隙を完全に突かれた。そのまま遊騎の背後を取り、そして……

 「喰う」

 「ッ!?」

 「ハ、ハァ!?」

 『ゐの壱』は何の躊躇もなく遊騎の首に思いきり噛みついた。突然のことに、遊騎だけでなく見ていた刻たちも驚きを隠せない。だが、驚きはそれだけでは終わらなかった。

 「な、なんや……!? あかん、力が抜け──!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 ──ポンッ

 「ロ、ロストー!?」

 なんと、遊騎はそのままロストしてしまった。理解が追い付かないことの連続に、一同はすっかり困惑してしまった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 「ゆ、遊騎……。あなた、いったい何をされたんですか……?」

 「なんか異能喰われたわ」

 「く、喰われたぁ!? 何言ってんだヨ!」

 何があったのか把握しようと、事の当人である遊騎に何があったか大神が尋ねると、遊騎は平然と「異能を喰われた」と証言した。しかし、それでも納得できないらしく、刻は声を張り上げる。

 「いかにも、驚いたかな? 実は『ゐの壱』はただのカラクリ人形じゃないんだな」

 「見りゃわかるっつーの!」

 会長のあっけらかんとした言葉に、刻はまたも声を張り上げる。そして、会長はそのまま『ゐの壱』の正体について説明を始めた。

 「『ゐの壱』はある異能(・・・・)によって造られた対異能者用のカラクリ人形なんだ。そのパワーもスピードも見事なものだけど、一番の特徴は……ズバリ! 異能を食べちゃうんだな!」

 対異能者用に造られたという『ゐの壱』。だが、考えてみれば異能者に力を与えるパンドラの箱(ボックス)を守る存在なのだ。異能者に対抗できる力がなければ務まらない。そう考えると、この上なく適任なガーディアンである。

 「喰うって、マジなのかヨ……」

 「カラクリ人形を造る異能、ってことか……?」

 「確かに、これならどんな異能が相手でも問題ないな」

 『ゐの壱』の力に驚きを隠せない刻と、感心する優。一方、大神はそんな『ゐの壱』を造った異能について関心が向いていた。少なくとも、彼の周囲にはそんなことができる者はいない。どうやら、まだ『ゐの壱』には多くの謎がありそうだ。

 ちなみに、その『ゐの壱』はというと……

 「最優先事項です」

 「ま、またなのか……」

 遊騎の異能を喰ったことで仕事を終えたのだろう。再び桜の側に立って「最優先事項」と繰り返した。桜は試しにと階段の途中まで歩いてみたが、やはりついてくる。このまま戻っても、『ゐの壱』は再び部屋までついてくるだろう。

 「『ゐの壱』殿……一緒にいてくれるのは嬉しいのだが、少し休む時間をくれないか? たくさんくっつかれたから、疲れてしまったのだ……。また明日、一緒に遊ぼう」

 そう言って、桜は再び歩き出した。ここの階段は平面な通路もあり、ギャラリーとしての役割もある。桜はその通路を一人で歩いていき、部屋に戻ろうとした──その瞬間。

 ──ガゴォ!

 「なっ!?」

 「さ、桜小路さん!!」

 突然、桜が歩いていた通路が音を立てて崩れ始めた。どうやら、支えていた金具が限界を迎えたのか外れたらしい。思わぬところで『渋谷荘』の老朽化が害となり、一同は戸惑いを隠せない。

 「このオンボロアパートが! オレの『磁力』で止めて──!」

 ──ガク、ン……

 「と、止まった……?」

 階段も通路も鉄でできていたため、上とは違って刻の『磁力』が作用する。刻は今まさに桜を巻き込んで崩れようとしている通路を止めようと構える。瞬間、崩れようとしていた通路はなんとか止まり、桜も手すりに掴まって耐えていた。誰もが刻の『磁力』が作用したためだと思っていた。

 しかし、それは間違いだった。いくら修行によって異能量が上がったとはいえ、対象が大きければ大きいほど『磁力』が作用するには時間がかかる。ましてや、階段として設置された通路だ。その質量はかなりのものだ。すぐに作用するわけがない。ならば、なぜ止まっているのか。なんとか目を開けた桜は、その理由を目にした。

 

 

 

 

 

 

 

 

 「い、『ゐの壱』!?」

 なんと、崩れようとした通路を止めたのは『ゐの壱』だった。崩壊に巻き込まれなかった部分の手すりに掴まった状態で通路の手すりを掴んで止めているのだ。普通ならあり得ないことだが、ガーディアンとしての力のおかげでそれを可能としてみせた。しかし、いくら力が強くてもその身体はカラクリ人形。その両腕は……今にも引き千切れそうなほどボロボロだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 「手を……手を離すのだ! このままでは……!」

 「…………」

 『ゐの壱』の身を案じ、手を離すよう桜は大声を出す。しかし、『ゐの壱』は聞こうとはせず、手を離さない。そうしている間にも、彼女の腕はブチブチと音を立てて千切れようとしている。

 「『ゐの壱』!! やめろ!!」

 そんな彼女の姿を見ていられず、思わずらしくもない乱暴な言葉をぶつける桜。すると、『ゐの壱』は表情一つ崩すことなく、真っ直ぐと桜をその視界に捉えて言った。

 「あなたを護ること、最優先事項。そのための『ゐの壱』」

 「え……?」

 その言葉を聞いた瞬間、桜の頭の中で小さな爆発が起こった。遠い昔、今の言葉と同じ言葉を……同じ人物(・・・・)から聞いた時の記憶が呼び起こされ、桜の意識は一瞬だけその過去に飛んだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 「あなたを護ること、最優先事項。そのための『ゐの壱』。あなたのために造られたカラクリ人形。いつまでもあなたの側に──」

 幼い桜を庇うように座り込む『ゐの壱』。だが、その顔は半分ほど消し飛び、腕もほとんど千切れてしまっている。その他にも、数えきれないほどの損傷があった。それでも、彼女は残った眼で桜を見て、残った身体を全て使って桜を護ろうとしていた。

 そして、それを引き金にして別の記憶も蘇る。幼い桜を膝の上に乗せて座る『ゐの壱』、布団に入った幼い桜を見守るように枕元に座る『ゐの壱』。その時の桜が感じていた感情は他でもない……“安心”だった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 「い、『ゐの壱』……いつ、どこでかはわからぬが、私は……遠い昔にお前と会って……」

 次々と蘇る『ゐの壱』との記憶。突然のことに戸惑いながらも、確かにそれはあったのだと本能的に察した桜は、それを受け入れていた。そして、『ゐの壱』も……

 「動いている限り、あなたを護る。いつまでも、ずっと」

 そう、彼女はずっと護ろうとしただけだった。どんな時も側に立ち、あらゆる敵から護り、“安心”をもたらす存在。膝の上に乗せたのも、枕元に座っていたのも過去に行っていたこと。それが“安心”につながると知っていたから。目の前の少女……桜小路 桜のために。

 ──キィィン

 「おし、止めた! 優!」

 「任せろ!」

 刻の『磁力』が崩れかけた通路に作用して崩壊を止めると、すぐに優が『脳』で身体能力を強化して桜のところに跳んだ。優は桜を抱えると、すぐに『ゐの壱』のところに移動して彼女も抱えた。二人を助けたことを確認すると、刻はゆっくりと通路を床に移動させた。ズン、という重低音が響き、若干の揺れがあったが気になるほどではない。そして、優は再び跳んで大神たちのところまで二人を運んだ。

 「怪我は無いか?」

 「わ、私は大丈夫です……。ただ、『ゐの壱』が……」

 優が桜の無事を確認するが、桜の意識は自分よりも『ゐの壱』に向けられていた。自分を護るために、その身を犠牲にした少女。桜は『ゐの壱』の方に視線を向けた。その姿は酷いもので、片方の腕は取れ、もう片方の腕は力無くぶら下がっているだけで使い物にならない。カラクリ人形のため痛みを感じないのか、その表情は無表情のままだったが、その姿はとても痛々しかった。

 「すまない、『ゐの壱』……。お前がずっと側にいたのは、あの時のように私を護るため……。すまない、『ゐの壱』……! 本当に……!」

 「疑問、なぜ『ゐの壱』に謝る? あなたを護ること、最優先事項」

 「グス……そう、だな。こういう時は、謝るんじゃないな」

 『ゐの壱』の思いに気付けなかった自分を戒めるように、『ゐの壱』のボロボロになった手を握りながら謝罪の言葉を口にする桜。その眼からは、かすかに涙が流れていた。しかし、当の『ゐの壱』は桜が誤っているのが理解できず、自分はやるべきことをやっただけと言いたげに首を傾げていた。そんな『ゐの壱』を見て、桜は涙を拭いながら『ゐの壱』の手をより強く握った。

 「ありがとう……『ゐの壱』」

 「最優先事項です」

 真っ直ぐと『ゐの壱』を見てお礼を言う桜。同じ言葉を繰り返す『ゐの壱』だったが、桜にはそれが彼女なりの「どういたしまして」だと感じ、心がじんわりと温かくなった。

 「……桜小路君の記憶が戻り始めているね」

 「記憶が……?」

 そんな桜と『ゐの壱』の様子を見て、会長がポツリと呟いた。その呟きは、たまたま隣にいた大神に聞こえていたが、会長は承知の上だったのか言葉を続ける。

 「扉が開いた今、『捜シ者』はじきにやってくる。もう……運命の歯車は止められない」

 ジッと桜のことを見る会長。その視線には言い知れない悲しみが込められているようで、その思いは会長の言葉にも強く込められていた。そのせいか、会長の言葉一つひとつが大神には強く残った。

 「彼女もそう、普通の女子高生に戻ることはもうできない……」

 その言葉には、悲しみだけではない。まるで後悔や自責の念が込められているように大神は感じ、その思いの大きさに、言葉の真意を問いただすことはできなかった。一つだけ言えることがあるのならば、もう自分たちは逃げられない運命の中にいる。桜も含めて、ここにいる全員が例外ではない……大神はそう感じていた。

 

 

 




CODE:NOTE

Page:37 虹次

 瘢痕の『Re-CODE:03』の称号を持つ男。左目の周囲に瘢痕が刻まれており、その眼光は鋭く強者としての威厳がある。常に冷静な態度を崩さず、武士のような話し方で落ち着いている。かつての闘いで、当時の『コード:ブレイカー』であった藤原 寧々音を殺した男とされている。
 異能は『空』。その詳細は不明だが、触れることなく敵を切り刻んだり、自分の周囲に見えないバリアを張ることができる。風牙の『風』と似ているが、雪比奈曰くその質は別次元の領域で、風牙の『風』は『空』の劣化版とも言えるらしい。

※作者の主観による簡略化
 現代に生きる侍



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