CODE:BREAKER -Another-   作:冷目

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おそらく、これが年内最後の投稿となるでしょう……
今回は例のカードキーの謎など色々と明らかになります
そして最初に言っておくと、最近は優が暴れすぎたので今回は少し自重しております(笑)
しかし、また今回も長い……
それでは、どうぞ!





code:46 開かれし扉

 気分転換のはずが結果的に色々と事件が起こった祭り、闘いに向けて本格的に始まった修行、そして会長の小型化。騒動続きの『渋谷荘』の夜は、一人の男の謝罪によって始まる。

 「王子……いつものことながら、本当に迷惑をかけた……。申し訳ない……」

 「……わかったから、もう気にすんな。一日だけ我慢すればいいことだからな」

 深々と頭を下げる優に対し、少し困り気味な様子で対応する王子。先ほどまでロストしていた優……もとい優子は王子にくっ付いて離れなかった。昨日、ロストしてから一日中そんな状態だったことや、くっ付いた状態のまま元に戻ったこともあり、優は必死に謝っているというわけだ。

 だが、当の王子は本当に気にしていないらしく、励ますように優の肩を叩いた。

 「昨日の話も、優子のことももう終わりだ。今は他にやるべきことがあるからな」

 「……そう言ってもらえると助かる」

 どうやら、昨日の祭りで話した勘違いの件も王子は吹っ切った様子だった。王子からの優しい言葉に、優もようやく顔を上げた。だが、ここで少し余計な言葉が彼の口から出てしまった。

 「優子の行動に関してはオレはどうしようもないし……昨日の話についても結局、あそこまで王子を怒らせた理由もわからない(・・・・・)ままだったからな。そうやって許してもらえると本当に助かる」

 「テメェ……やっぱマジで死んどくか……!?」

 「すまない。ちゃんと反省する」

 しっかりと罰を受けたはずの優だったが、なぜ自分が王子を怒らせてしまったのか……その理由まではしっかり理解していないようだった。それを耳にした王子はあの時と同様の殺気を醸し出し、優はほぼ反射的に再び頭を下げた。

 「ったく、何コントやってんだヨ。さっさと会長(クソネコ)捜さねーと修業できねーんだから真面目にやれよナ」

 二人の間に何があったかまでは知らないが、明らかに今やるべきこと以外のことをやっている二人に対して刻が不機嫌そうに声をかける。そう、今彼らが行っているのは小さくなってしまった会長捜し。『珍鎮水』を落としてしまうという会長の自業自得な失態の後、ぱったりと姿を消してしまった会長。彼がいないと刻たちの修業もできない。そのため、こうして夜になっても捜しているというわけだ。

 「しかし、もう一通り捜したと思うんですけどね」

 「確かに隠れられそうなところは全部捜したナ……。じゃあ、遊騎。お前の『音』で会長の声とか何かを聞いて居場所を──」

 「ZZZ」

 「目を開けたまま寝ているようですね。では、代わりに私が隠れ場所すら照らし出す『光』で……」

 「脱ぐナー!!」

 ほぼ昼間からずっと捜している大神たちは、もう『渋谷荘』中のあらゆる場所を捜し終えていた。それでも見つからなかったため、刻は遊騎に『音』で捜させようと声をかけるが目を開けたまま見事なまでの寝息を立てていた。すると、平家が制服を脱ぎ始めて『光』を放とうとしたため刻は必死に止めた。その様子を見て、大神と王子は「もはや平家はただ脱ぎたいだけじゃないのか」と思っていた。

 そのように呆れながらも、大神は気になったことがあった。それを解決しようと、平家に声をかけた。ちなみに、刻に止められたため制服はちゃんと着ている。

 「ところで平家、オレはもうあなたは『渋谷荘』(ここ)には来ないと思っていました。それがこんな夜中まで付き合うなんて……何かあるんですか?」

 大神がこのように感じている理由は王子である。元『Re-CODE』であった王子を快く思っていない平家は、王子の過去が暴かれたあの日から『渋谷荘』にはほとんど姿を見せていない。だが、今は会長捜しという面倒なことにも付き合っている。何か狙いがあると思っても不思議ではない。

 すると、平家は特に後ろめたいような様子も無く、いつも通りの微笑みを浮かべながら答えた。

 「帰れないのは当然ですよ、大神君。あの会長が小さくなって、『珍鎮水』も落としてしまったんですよ? 会長がどうやって元に戻るのか……大神君はわかりますか?」

 「それは……わかりませんけど」

 「ふふ……きっと今夜は、最高に素敵なもの見られると思いますよ。私が『渋谷荘』(ここ)にいるのもそのためです」

 そう言って、大神に背を向ける平家。どうやら話はひとまずここで終わりらしいが、結局のところ詳しい理由は語られていない。ただ、何かが起こるだろうと平家は感じているようだった。一方、大神も平家の性格を知っているため、それ以上は何も聞かなかった。

 「そういえば、大神。桜小路はどうした?」

 すると、キョロキョロと辺りを見渡した優から疑問の声が上がった。確かに、どこにも桜の姿が無い。彼女の性格を考えると、会長を心配して一緒に捜していそうなものだが。

 「あの人、明日は日直で早めに出なきゃいけないので先に寝てもらいました」

 「そりゃナイスだわ。あのバカ珍、こういうことに首突っ込んだら絶対に何かトンデモねぇこと(・・・・・・・・)やらかs──」

 ──ズル…………

 「……ハ?」

 「んあ……?」

 刻の言葉が終わろうとした瞬間、何かを引きずるような不気味な音が彼らの耳に届いた。突然、響いた音に、眠っていた遊騎も目覚めてしまった。そして、その音は少しずつ大きくなっていく。つまり、近づいてきていた。少しずつ、少しずつ……大神たちがいる部屋に近づいていた。

 そして、ちょうど開いてある扉部分から見える廊下にトンデモないもの(・・・・・・・・)が現れた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 ──ズル、ズルル…………

 『…………』

 彼らの眼に映ったのは、明らかに不自然な動きで移動する段ボールたち(・・)だった。一つは人一人がギリギリ隠れられそうなサイズで、もう一つはその上に乗っかっており動物の尻尾のようなものが出ていた。

 それは、確実に何かトンデモないこと(・・・・・・・・)をやっている最中だと彼らは一瞬で悟った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 「会長、なんとか皆に見つからずに地下に来れました!」

 「いかにも、ありがとう! 皆に気付かれる前にさっさと済ませてしまおうか」

 段ボールで姿を隠して移動していた人物たち……桜と会長、そして『子犬』は『渋谷荘』の地下へと降りていく階段……修業場がある階層も過ぎ、今まで立ち入ったことが無い地下の『拾伍階層』へと降りるところまで来ていた。桜は自分の肩に乗り、会長に報告しながら、邪魔にならないように段ボールを畳み始めた。ちなみに、会長は両手でカードキーを抱え、背中には桜の血が入った小瓶を背負っていた。元に戻るのに必要だという二つのアイテムを、桜は特に疑いもせずに渡したようだ。

 すると、ちょうど段ボールを畳み終わった彼女は会長にある疑問を投げかけた。

 「ところで会長……なぜ大神たちには内緒にするのですか? 皆も心配しているのに……」

 会長に協力して、大神たちに見つからぬように手を貸した桜だったが、その真意まではまだ知らされていなかった。効率や大神たちの心配している様子を考えると、堂々と協力してもらった方がいいと桜は感じているのだろう。客観的に見てもそうだ。(大神たちが本当に会長を心配しているかはさておき)

 すると、会長はカードキーを強く握りしめながら静かに呟いた。

 「……これから向かう部屋のことは異能者たちに知られるわけにはいかないんだ。特に……大神君にはね」

 「大神には……? それはいったい──」

 何やら意味深な発言をする会長。その言葉に、桜はますます疑問が膨らむばかりだった。詳しく話を聞こうとした桜だったが、急に会長が桜の肩から飛び降りた。

 「いかにも、着いたようだね。ここが目的地だよ」

 そう言われて、桜はハッと視線を上げた。すると、そこには異様な光景が広がっていた。

 階層一面が工場のように金属で構築されており、中央には巨大な鉄製の扉があった。扉の横にはカードキーを認証するものと思われる部分があり、扉の周囲には立ち入りを制するように黄色と黒の縞模様のラインがあった。また、扉の上部には「い」と書かれており、とてもじゃないが普通の扉とは違っていた。それを桜も感じたらしく、しばらく言葉が出てこなかった。

 「あのカードキーはここの(キー)だったのですか……」

 「そう、ここを開けられるのはこのカードキーだけ。そして、『珍鎮水』を精製できるのはこの部屋の中だけだから、こうしてカードキーが必要だったというわけさ」

 (桜小路君……私と同じ珍種である君の血もね)

 まだ自分が珍種であるということを自覚していない桜のことを考え、最後の言葉は自分の胸の内で発する会長。一方、桜は今まで捜し求めてきた(キー)の謎がいよいよ解かれようとしている現実に、いささか緊張しているようだった。

 (ここに、『捜シ者』が求める“エデン”のトップシークレットがある……。おそらく、人見先輩殿は私が私自身の眼でそれを見るように、と考えて私に(キー)を託したのだろう)

 『捜シ者』が求める何か……それを手に入れるために必要なカードキーによって開かれる扉。それはつまり、その何かがここにあるという意味に他ならない。また、桜は覚えていないようだが人見が桜に(キー)を託した時に口にした言葉……『12月32日(・・・・・・)』に関する何かがある。今まで桜の中に渦巻いていた疑問の数々の答えがこの先にある。その答えから目を逸らすまい……そう強く決心した桜は会長と共に扉を開けようと前へ──

 「じゃ、ここから先は『子犬』君と二人で行くから。桜小路君は留守番ね」

 「ワンッ!」

 「なぬ!?」

 いつの間にか『子犬』の背に乗った会長からの思わぬ言葉に、桜は思わず大声を上げる。ここまで協力して、自分が求めてきた答えも得られる絶好の機会だというのに、その直前で切り離されたことにショックを隠せない桜は、会長に向けて震える手を伸ばしながら理由を尋ねようとする。

 「か、会長……! ここまで来て、私だけ留守番なんて……! 私にもお供をさせて──」

 「絶対に駄目だ」

 「え……?」

 

 

 

 

 

 

 

 

 「君をこの部屋に入れるわけにはいかない。……もう一度言うよ。絶対に、駄目だ」

 「か、会長……?」

 その時の会長は、今まで見たことも無いほど真剣で……思わず言葉が詰まってしまう雰囲気に包まれていた。何が彼にそこまでさせるのか……桜はそう感じざるを得なかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 「さ、よろしく『子犬』君」

 「ワン!」

 すると、会長は『子犬』の背中から頭に移動し、『子犬』を頭をポンポンと叩く。それが合図だったのか、『子犬』は勢いよく首を上に振った。その瞬間、会長はその振りに合わせてジャンプし、カードキーを扉横の部分にかざした。すると、そこにあった小さなモニターに「認証」の二文字が浮かぶ。どうやら内蔵されたセンサーがカードキーが本物だと認証したらしい。

 ──ガシャァ!

 瞬間、勢いよく扉が横にスライドしていった。さらに驚くべきことに、扉の中にはさらに同じような扉があり、それが延々と続いていった。よく見ると、扉上部にある文字が「い」「ろ」「は」「に」と続いているため、何重と連続している仕組みなのだろう。その果てしなく、どこまで奥に続いていく景色に圧倒されていると、会長と『子犬』がピッと片手を挙げて歩きだした。

 「それじゃあ行ってくるよ。桜小路君は大人しくここで待っててね」

 「あ……か、会長!」

 目の前の光景に気を取られ、反応が遅れた桜が叫んだが、すでに『子犬』は会長を乗せて走っていってしまった。その姿が見えなくなるのに時間はかからず、二人の姿はすぐに見えなくなった。桜一人だけが残った空間を静寂が包む。桜が中に入るのを止めた時の会長の真剣な姿……それが桜に「無視して進む」という選択肢を選ばせようとしなかった。

 だが、このまま素直に待つ桜ではなかった。

 (……会長、申し訳ありません! ですが、私はここに何があるのか見届けなければならないのです!)

 心の中で会長に向かって頭を下げる桜。強い罪悪感を感じながらも、桜は意を決して部屋の中を見届けようと、その足を前に伸ばして──

 「ちょっと待った、桜チャン。行くんだったら、オレたちも一緒に行かせてもらうヨ」

 「と、刻君!? それに皆も!?」

 部屋の中に足を踏み入れようとした桜だったが、背後から聞こえた声に振り向いた。そこには、声の主である刻だけでなく、『コード:ブレイカー』全員が揃っていた。わかっていたことだが、桜の隠密行動は失敗に終わった。

 「い、いつからそこに……」

 「着いたのは今ダヨ。ま、話の内容は遊騎が最初から全部聞いてたからわかってるケド」

 「あの(キー)、ここで使うやつやったんやなー」

 どうやら、遊騎の『音』のおかげで桜たちがどこに向かっているのか、その話の内容も全てお見通しだったようだ。今までそんな素振りなど見せていなかったが、おそらく遊騎自身も(キー)の使い道が気になっていたのだろう。その視線はずっと開かれた扉に向けられている。

 「…………」

 すると、大神が無言でその一歩を踏み出した。行き先はもちろん、あの部屋だ。そんな大神を見て、会長の言葉を思い出した桜は思わず止めようとした。

 「お、大神! 勝手に入っては──!」

 「知らねぇな」

 「な……!」

 だが、そんな桜の言葉を大神は冷たい一言で切り捨てる。さらに、その視線は桜のことを欠片も見ておらず、真っ直ぐと部屋の中に向けられていた。どうやら、今の大神には言葉による制止は無駄なようだった。何が彼にそこまでさせるのか……それは考えてみれば簡単なことでもあった。

 「『捜シ者』(ヤツ)の目的……この眼で確かめさせてもらう」

 『捜シ者』が目的である何か、それを確かめる。今の大神を動かしているのはその気持ちだけだった。そして、大神はその気持ちのままに扉の前に引かれたラインを超えた。

 ──ビー! ビー!

 その瞬間、大音量の警報が大神たちの鼓膜を震わせた。だが、ここまで厳重な場所だったのだ。大神たちもある程度、予想していたのだろう。大神はラインを超えた足を戻し、周囲を警戒していく。

 「サテ、ただの脅しか、何かが出てくるのカ……。ま、何か出てきたとしても会長(アイツ)が出してくるのなんて『にゃんまる』ぐら──」

 ──カツーン、ガラガラ……

 「ア?」

 ──カツーン、ガラガラ……

 警報が鳴り止んだ直後、どこからか足音とキャスター付きの何かが動く音が一定のリズムで彼らのもとに届き始めた。一定のリズムで響き、音の出所もわからないため、ひどく不気味に感じる。大神たちはそれぞれ警戒を高めると……大神があることに気付いた。

 「……部屋の中から何か来るぞ」

 ──カツーン、ガラガラ……

 大神の言葉を聞くと、刻たちも部屋の中に眼を向ける。すると、少しずつであるが何かが動いているということがわかった。暗闇の中から一定のリズムで移動し、ようやく見えてきたそれは……明らかに人の形をしていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 「境界を超えたのは誰?」

 現れたのは、薄い緑の短髪に整った端正な顔立ち、黒を基調としながら首元の短いネクタイやスカートなど所々にチェック柄のある服装、左手には年代物と思われるシックな感じのキャスター付きのキャリーケースを持つ少女だった。

 少女は一定のリズムで歩いていき、ラインの一歩手前で止まった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 「ひ、人……? あなたは一体……」

 「私は境界のガーディアン、『()(いち)』」

 突然、現れた『ゐの壱』と名乗る少女は自らをガーディアン……守護者と言った。境界、というのは扉の前に引かれたラインのことだろう。すると、その『ゐの壱』を見て平家がポツリと呟いた。

 「ほう……これがガーディアンですか。なるほど……」

 「…………」

 まるでガーディアンの存在を知っていたかのような平家の言葉。それを言わなかったということは気になるが、彼の性格を考えると「いつものこと」と納得してしまう。そう感じたのだろう、大神と王子は平家の言葉を特に追及しようとはしなかった。

 「へぇ、君って超カワイイね。オレは刻。『ゐの壱』なんて変わった名前だネ~。いつもはなんて呼ばれてんの?」

 すると、刻はあろうことか『ゐの壱』をナンパし始めた。彼女が部屋の中から出てきたことやガーディアンと名乗ったことより、気に入った女性に声をかけることの方が彼の中では重要なのだろう。

 「『ゐの壱』だから……『()っちゃん』とかカナ? オレにはなんて呼んでほしい?」

 言葉をかけながら『ゐの壱』との距離を詰めていく刻。その足はいつの間にか、ライン……境界を完全に超えていた。

 「境界を越えた者、確認」

 「エ?」

 突然、ポツリと呟いた『ゐの壱』の言葉を刻が完全に理解するより早く、『ゐの壱』が動いた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 「排除します」

 ──ドゴォ!

 素早く、そして容赦なく刻の腹部に拳が叩きこまれた。それをやったのは他でもない……『ゐの壱』だった。その威力に、刻は数歩後ずさって境界の外に出た。

 

 

 

 

 

 

 

 

 「は、はが……!」

 「と、刻君? 大丈夫か……?」

 突然のことに理解が追い付かず、悶えるように腹部を押さえる刻。桜も同様らしく、意味がわからないという顔をしながら刻を心配していた。すると、その様子を見ていた遊騎が刻の隣に座り、ゆっくりと手を伸ばしていき……境界に触れた。

 「排除」

 「ゆ、遊騎君!?」

 刻に続いて遊騎にも拳をお見舞いする『ゐの壱』。桜は殴られたことで吹っ飛んだ遊騎を追いかける。すると、『ゐの壱』は拳を構えながら無表情のまま言葉を続けた。

 「私は境界のガーディアン。この境界を越えた者は誰であろうと完璧に排除します」

 (こ、怖……!)

 どう見てもただの華奢な少女だというのに、『コード:ブレイカー』二人を撃沈させるほどの威力を持つ拳を放つ姿に、刻たちは『ゐの壱』に対する警戒を最大にした。だが、彼女の言葉が本当だとすると、もう一人だけ排除しなければならない人間がいる。殴られた腹いせだろう。刻がその人物を差しだした。

 「待て待て! そもそも最初に境界を超えたのはコイツ! 殴るんだったらコイツを殴れ!」

 「お、おい!」

 最初に境界を越えた者……大神を『ゐの壱』の前に差し出す刻。今まで流れから、大神も『ゐの壱』によって排除されるのは当然の流れ。それを感じた大神は軽く抵抗しようとしたが、『ゐの壱』は容赦なく拳を構える。

 「そうか、最初に超えたのは君か。ならば、君も排除──」

 排除する対象を見据えようと、大神のことを見る『ゐの壱』。だが、その瞬間、『ゐの壱』の動きが一瞬だけ止まり、目の前の大神にしか聞こえないほど小さい声で呟いた。

 「……パンドラ」

 「え……?」

 以前、雪比奈も口にしていた「パンドラ」という言葉。なぜ自分のことを見て、その言葉が出てきたのか。大神がそれを理解する前に、『ゐの壱』はくるりと大神に背を向けた。

 「君は許可」

 「何ぃ!?」

 意外なことに『ゐの壱』は大神には何もせず、あろうことか通行を許可した。自分は少し超えただけで容赦なく殴られたというのに、と刻は納得できないように叫んだ。

 「それじゃあ、皆さん。お先に失礼します」

 「フッザけんな! なんで下っ端のテメーだけ! オレも──!」

 「君は排除」

 「はぐぅ!」

 完全に勝ち誇っている笑顔を刻たちに向け、大神は悠々と境界を超えて進んでいった。納得できない刻は追いかけようとするが、再び『ゐの壱』に止められる。一方、大神は知らん顔で奥へと進んでいく。そして、中にある何かをその眼で確かめようとした──その時。

 ──ぽむっ

 「これ以上、奥に入っちゃダメだよ? 大神君」

 「会長(クソネコ)!」

 何か柔らかい物に当たり、大神の歩が止まった。一体、何にぶつかったのかを大神が確認するよりも先に、ぶつかった物……会長が大神に声をかけた。その姿は、学ランこそ着ていないが完全に元のサイズに戻っていた。ちなみに、片手にはなぜか放心状態の『子犬』を抱えていた。会長の思わぬ登場に、大神は思わず乱暴な呼び方が出てしまっていた。

 「おお、会長! 元に戻ることができたのですね!」

 「いかにも、桜小路君の協力のおかげだよ」

 「本当にここで『珍鎮水』が作られているんですね。フフフ、興味深い……」

 それに対し、桜は純粋に会長が元に戻ったことを喜んでいた。その隣では平家が何やら怪しい笑みを浮かべていたが、純粋な興味によるものだろう。

 「だから、もう心配しなくていいから! 早く出てって、出てって!」

 「テメーの心配なんか最初からしてねーよ! さっさと中に入れろ!」

 「大神の言う通りダ! 遊騎、オレたちも加勢するゾ!」

 「おー」

 心配いらない、と言って大神を境界の外まで押し出した会長。しかし、大神がそんなことで引くわけはなく、真正面から突破しようと会長に突撃した。さらに、刻と遊騎も大神に加勢してきたため、会長は戻って早々に三対一という理不尽な状況に置かれてしまった。

 「入れろ」「ダメ」のワンパターンな言い合いと争いを続ける大神たち。その様子を、平家はいつものように傍観し、王子と優は呆れた様子でため息をつき、桜はどうすればいいのかわからず目を点にしていた。

 「(いさか)い」

 すると、急に『ゐの壱』が反応を示した。だが、会長が必死に防いでいるため、誰かが境界を超えたことによる反応ではないだろう。それがどのような意味なのか、誰かが理解するよりも先に『ゐの壱』は動き出した。

 「全て排除」

 ──ドゴォォォォォ!!

 「ドワァァァ!」

 『ゐの壱』は大神たちと会長の間に割って入り、その拳を思いきり床に放った。瞬間、拳を受けた地点を中心にして巨大な亀裂が生まれていく。今までの行動から考えて、普通ではないことはなんとなく感じられたが、ここまでくるとほぼ確定である。

 「皆さん……」

 ゆらり、と拳を放った状態から立ち上がろうとする『ゐの壱』。また殴り始めるのではないか、と誰もが感じていた。そして、そんな『ゐの壱』が次に発した言葉は……

 

 

 

 

 

 

 

 

 「『隣の家に塀で囲いができたってね』。『(へー)囲い(カッコいい)(笑)』」

 「……ハ?」

 『ゐの壱』が発した言葉……それは聞き間違いではない。彼女が口にした言葉は……ダジャレだった。だが、それを周りが理解するよりも先に、理解が追い付かないことによる間が発生した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 「……おかしい、笑いが起きない。諍いは怒り、怒りを笑いに、笑いは楽しい。そうなる予定だった。しかし、皆さんに笑いはなし」

 「……い、今のナニ?」

 「知るわけないでしょう……」

 笑いが起きるはずだったのに、誰も笑わない。目の前の現実を見て、疑問を口にする『ゐの壱』だったが、対する刻たちはまるで意味がわからないといった様子だった。そのまま数秒の間、沈黙が流れると、『ゐの壱』は何かを理解したのか大神たちに背を向けた。

 「私は『ゐの壱』。全てが完璧なガーディアン……」

 「……なんか、落ち込んでねぇ?」

 大神たちに背を向けた『ゐの壱』は少し俯き気味に呟いた。その様子や声のトーンから、刻はなんとなくだったが彼女が笑いが起きなかったことに対して落ち込んでいるのでは、と察した。すると、そのことをようやく理解した桜が『ゐの壱』の隣に移動して声をかけた。

 「そうか……。『ゐの壱』殿は皆に諍いをやめて、一緒に笑い合おうとしたのだな。『ゐの壱』殿はとても優しくて偉い人なのだ」

 若干、桜の性善説染みた主観が入っているようだが、これでとりあえず場が収まるだろうと思い、誰も何も言わなかった。すると、桜から褒められているはずの『ゐの壱』は何やら不思議そうな顔を桜に向けていた。

 「『偉い』……人を褒める言葉。疑問、なぜ『ゐの壱』を褒める?」

 「なぜって、それは…………ああ!」

 なぜ自分が褒められているのかが理解できないのか、『ゐの壱』は疑問の言葉を桜に投げかけた。桜は理由を答えようとするが、突然、驚きの声を上げた。その視線の先にあるのは……ぐしゃぐしゃに折れ曲がった『ゐの壱』の片腕だった。

 「た、大変だ! さっきので骨折したのではないか!? 早く手当しないと!」

 『ゐの壱』のことを心配して慌てふためく桜。しかし、それに対して怪我をしている当人である『ゐの壱』は痛がる様子も無く、ただただ平然としていた。痛みに耐えるように顔をしかめるわけでもなく、痛みに耐えるように涙を流すわけでもない。ただ立っているだけだ。

 「心配不必要」

 すると、『ゐの壱』はなんの躊躇もせずに折れ曲がった腕を掴んだ。そして……

 「替え(・・)はいくらでもある」

 ──ぱかっ

 折れ曲がった腕を……取り外した(・・・・・)

 「────!?!?!?!?」

 目の前の異様な光景に、桜は声にならない悲鳴を上げる。謎の部屋から現れたガーディアンを名乗る少女。境界を越えた者に鉄槌を下し、諍いをやめさせようと拳を振るう彼女。その腕が骨折したように折れ曲がったかと思うと、いとも簡単にそれを取り外したのだ。どう考えても人間業ではない。

 「替え(・・)はこの中にある」

 だが、当の本人は当然のことのように、替え(・・)があるというキャリーケースを開いた。だが次の瞬間、さらに信じられない光景が桜たちを襲うことになる。

 「たしかここに…………あ」

 替え(・・)を取り出そうとしゃがんだ『ゐの壱』。キャリーケースの中を捜そうとした、まさにその瞬間──

 

 

 

 

 

 

 

 

 ──ポロ

 「あら」

 『ゐの壱』の()が……身体から離れて、落ちていった。信じられないであろうが、わかりやすく言えば……取れた(・・・)。頭が取れてしまった。

 「い、いやぁぁぁぁぁぁぁ!!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 「く、首……! 生首に、なった……!」

 「失礼」

 ──かぽっ

 「戻ったぁぁぁぁぁ!!」

 明らかに人間離れした光景に、最大級の悲鳴を上げた刻。すると、『ゐの壱』は何事も無かったかのように取れた頭を戻した(・・・)。よく見ると、先ほどまで折れ曲がっていた腕も元に戻っていた。だが、治ったというわけではない。その足元には、未だ折れ曲がっている彼女の片腕があった。

 「こ、これは一体……!? あれじゃあ、まるで人形……!」

 「え? いかにも、『ゐの壱』君はカラクリ人形だけど?」

 「当然のコトみてーに言ってんじゃネーヨ! わかるわけねーダローガ!」

 今までの『ゐの壱』の行動や今の様子をまとめ、「人形」という言葉を発した桜。すると、会長がしれっと真実を明かした。彼女……『ゐの壱』がカラクリ人形である、という。あまりに適当な会長に、刻は半泣きの状態ながら抗議を始めた。

 「ふふふ……実に面白いですね」

 「……平家、あなた知っていましたね? あの部屋のことも、『ゐの壱』のことも。一体、この奥に何があるっていうんですか……?」

 桜たちのやり取りを見て、愉快そうな笑みを浮かべる平家を見て、大神は彼が最初から全てを知っていたという結論にたどり着いた。そう考えると、確かに最初から平家の反応には驚きよりも感心の色が強く出ていた。知識はあるが実物を見るのは初めて……そういった感じである。

 「さて、何でしょうねぇ」

 「ここまで来て、まだ隠すんですか?」

 「ふふふ……ただ、確実なことが一つ」

 大神からの指摘を受けても怪しい笑みが絶えることの無い平家。その姿は、明らかにまだ何かを隠しているようだった。それが何なのか知るよりも先に……平家の眼がゆっくりと開かれていった。

 「扉は開かれました……。つまり、賽は投げられたということです」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 「……開いた」

 都内にある超高層ビル。その最上階に近い一室にて、一人の白き青年が呟いた。窓辺に座り、視線を窓の外に向けて、その手を窓に添えながら。白き青年……『捜シ者』の突然の呟きに、周囲の『Re-CODE』たちは反応する。

 「開いた、って何がですKA()?」

 「扉が開いた」

 『捜シ者』の言葉が何を意味するのか、理解できなかった日和が率直な問いを述べる。すると、『捜シ者』は端的に言葉を返した。だが、彼らに伝えるにはそれだけで十分だったらしい。『捜シ者』の言葉に『Re-CODE』たちの間にピリッとした緊張感が広がる。

 「あの扉(・・・)が……ですか?」

 「……時が満ちた、ということか」

 「…………」

 それぞれの言葉と反応を見せる雪比奈、虹次、時雨。すると、『捜シ者』は窓辺から離れ、その歩を進めていった。その後ろに『Re-CODE』(彼の同胞)を引き連れ、妖しい微笑みを浮かべながら。

 「さぁ……闘いの準備を始めよう」

 

 

 




CODE:NOTE

Page:36 『渋谷荘』

 会長が管理するアパート。戦前に建てられたため、かなりボロボロな木造住宅となっている。二階建てだが、実は地下十五階まである。また、会長が管理すると言ったが、主としているのは『コード:05』こと八王子 泪である。
 かつては『コード:ブレイカー』を育てるための養成所として使われていたが、『ある事件』をきっかけに閉鎖されて会長がアパートにした。そのため、今は会長が許可した者しか入居も出入りもできない。

※作者の主観による簡略化
 住んでみたい……けど怖い(色々な意味で)



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