CODE:BREAKER -Another-   作:冷目

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お久しぶりです。
祭り篇の後半です。
原作では一話の話をこうして二話に分けたのですが……長い。
後半の今回は今までにないくらい長くなっております。
詰め込みたいものを全て詰め込んだ結果、このようなことになってしまいました……
今回のメインは王子と優!
二人の間のあれこれがついに解決です!
それでは、どうぞ!





code:44 揺れる心と大火の花

 異能力を上げるための異能の成果も現れ、着実に大神たちが力をつけてきた今日この頃。彼らは会長の提案によって地元の夏祭りへと向かっていた。自ら行こうとする者、仕方なく行く者と思うところは違うが、とりあえず全員揃って行くことはできていた。

 ……そのはずだった。

 「なぜ夜原先輩がいなくなっているのだ!」

 「知りませんよ……。オレに聞かないでください……」

 祭囃子も聞こえてきて、いよいよ開催場所に近づいてきた桜たち。テンションが上がってきた桜だったが、そこで一つの違和感を感じた。明らかに数が足りなかった。そして、優がいつの間にかいなくなっていることに気がついた。彼は最初から祭りに行くことには賛成派だったため安心していたが、見事に隙を突かれた。

 桜にとって、この祭りはただの娯楽ではない。この数日の間、様々なことがあり彼らの人間関係ははっきり言って最悪な状態となっていた。それを何とかするためにも、この祭りをきっかけに親睦を深められればと彼女は考えていた。つまり、「祭りに参加する」ことではなく「揃って一つのことに参加する」ことが大事なのだ。

 だが、優がいなくなったことで、桜の考えは一瞬で水の泡となった。桜は悔しさなのか怒りなのか、わなわなと拳を震わせる。

 「ぬうう……! 初めから行く気であったと言っていたから、すっかり油断していたのだ……! これでは夜原先輩だけ皆と親睦を深めることができないではないか……!」

 「いなくなった人間に文句を言っても無駄ですよ。それに、優はここにいないだけで祭りには参加する気なんでしょう? だったら、あなたも祭りに参加して優を探せばいいじゃないですか」

 「おお! その通りだ! よし、そうと決まれば善は急げなのだ!」

 拳を震わせていた桜だったが、大神の言葉を聞いた瞬間、目を輝かせて祭りへと向かっていった。残った大神たちはため息をつきながらも、桜の後を追って賑やかな祭りへと向かっていった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 「すごいぞ! とっても賑やかなのだ!」

 祭りの開催場所は『渋谷荘』から少し歩いた場所にある広場だった。広さもかなりのものであり、通り道に沿って様々な出店が並び、所々に設置された照明のおかげもあり昼間以上の賑わいを見せていた。

 「かき氷、たこ焼き、大判焼きに焼きそば……美味しそうな食べ物もたくさんなのだ! おお! あっちには射的やくじ引きもあるのだ!」

 「射的とか……二丁銃使いのオレにしてみればお遊びダナ」

 「あのくじ引き……『にゃんまる』グッズがたくさんやし! オレ、全部とってきたる!」

 「……とりあえず、あのくじ引き屋は全部を遊騎に持ってかれるな」

 「天宝院グループの現社長ですからね。まず金が足りないということになりませんし」

 周囲に漂う祭りの雰囲気の影響か、普段見るものより数段は食欲をそそられる数々の食べ物に、遊び心をくすぐる出店の数々。そのうちの一つであるくじ引き屋に遊騎は真っ先に飛び込み、子どもに混じってくじ引きをやり始めた。こうして見ると微笑ましい光景だが、これでもし他の子どもが『にゃんまる』グッズを当ててしまったら恐ろしいことになるだろう。以前、ファミレスでもあったが、遊騎はキレると子どもだろうと容赦なく敵意を向ける。そうならないためにも、彼らはひとまずこの辺りで楽しむことにした。

 すると、数ある出店の中でも一際目を引くものが桜の眼に映った。思わず、大神たちにも見せようと声をかけた。

 「おお! 皆、見てくれ! とても綺麗な飴細工なのだ!」

 「いくら綺麗でも結局は飴でしょう? 口にいれればただの塊……に…………」

 桜に呼ばれて向かった大神は、それ(・・)を見て完全に言葉を失った。それ(・・)は確かに飴細工だった。桜の言う通り、とても綺麗に形作られており、技術の高さを表している。だが、そのデザインは明らかに問題だと察した。

 それ(・・)は……明らかに女性の身体をモチーフにした飴だった。さらに、まるで身体を縛るかのようにリボンが巻かれていた。これだけでも相当な驚きだが、彼らはさらに驚くことになる。彼らに話しかけてきた……出店の主によって。

 

 

 

 

 

 

 

 

 「これは、これは。皆さん、お揃いですね。平家のビューティフル☆セクシー☆キャンディー☆ショップにようこそ」

 「へ、平家!?」

 そこにいたのは、何食わぬ笑顔を振りまく平家だった。その姿は、制服の上に着物を着るというなんとも独特な姿だった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 「なんでアンタが店を出してんだヨ! つか、絶対アウトだろ、コレ!」

 「実は会長から『渋谷荘』からも出店するようにと言われましてね。そこで、私が最近マイブームの飴細工を披露しているというわけです」

 予想していなかった平家との遭遇に、刻は反射的にツッコミを行う。それに対し、平家は一切動じることなく平然と説明しだした。肝心の飴のデザインに対してのツッコミはスルーしたが。

 「なるほど、『渋谷荘』からですか……。でしたら、私たちも手伝わなければ。先輩、なにかお手伝いできることはありませんか?」

 「ふふ……お気持ちはありがたいですが、もう手伝いの手は十分ですよ。一人、優秀な『渋谷荘』の住人に手伝ってもらっているので」

 「それってヨォ……」

 『渋谷荘』からの出店ということで、住人である自分たちも手伝うべきだと考えた桜は平家の手伝いをしようとするが、平家はそれを優しく止める。「すでに一人、住人が手伝っているから」と。その住人に覚えがあるらしく、刻は呆れたような表情を浮かべる。

 すると、タイミングよく手伝っている住人がやってきた。飴細工の原料やら道具が入った段ボールを大量に抱えながら。

 「……よっと。平家さん、これで全部です」

 「ありがとうございます、優君」

 「やっぱテメーかよ! だったら最初から『手伝うから先に行く』とか言えばいいダローが!」

 「夜原先輩! なるほど、先輩はお手伝いのために先に行っていたのですね!」

 予想通り、いつの間にかいなくなっていた優だった。どうやら、平家を手伝うために抜け出していたらしい。見た限り、手伝いと言っても荷物運びくらいのようだが。そして、その荷物も今運んできた分で最後のようで、平家が優に声をかける。

 「さて、後は私がやるので、優君は桜小路さんたちと一緒に回ってきたらどうですか? ついでに、遊騎君が他の方に迷惑をかけないか私が見ておきましょう」

 「……ありがとうございます」

 「ありがとうございます、平家先輩!」

 平家に言われ、優は改めて桜たちと行動することになった。平家の提案に、桜は当の本人である優以上に感謝を示した。すると、その感謝を形にしようと思ったのか、「せっかくだから」と言葉を続けた。

 「平家先輩の飴細工をください! 王子殿の分も!」

 「は? いや、オレは別に……」

 「では、桜小路さんにはコレ。……八王子にはコレを」

 なぜか王子の分まで頼んだ桜。王子は断ろうとしたが、仕事が早い平家はあっという間に飴細工を仕上げた。桜に渡されたのは他の商品同様、リボンによって縛られた飴。しかし、王子に渡されたのはデザインこそ他と同じだが、有刺鉄線が巻かれていた。とてもじゃないが、食べられる状態ではない。明らかに桜と王子とで扱いが違っていた。しかし……

 「へぇ……すげぇ綺麗だ。中々やるじゃねぇか、平家」

 王子は有刺鉄線など気にせず、平家の飴細工の技術の高さを素直に賞賛した。それは決して冗談などではなく、本心から言っているのだろう。彼女の眼はとても真っ直ぐだった。

 「……褒められたところで、私はあなたを『コード:ブレイカー』だとは認めません。フフフ……」

 「なんだか先輩、嬉しそうではないか?」

 「桜チャン、放っといてさっさと行こうゼ……」

 それを平家自身も感じたのか、言葉こそ厳しいが心なしか嬉しそうな様子で次の飴細工を作り始めた。だが、そろそろ耐えられなくなった刻に連れられ、桜たちは祭りを回り始めた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 優も合流したことで、改めて祭りを楽しもうとした『渋谷荘』組。しかし、何やら優がキョロキョロと辺りを見渡し始めた。何かを探しているような行動に、桜は小首を傾げて尋ねた。

 「夜原先輩? 何かお探しなのですか?」

 「……さっきまで副会長がこの辺りにいたはずなんだがな」

 どうやら探しているのは寧々音のようだった。桜が刻を祭りに行かせるために「寧々音も来る」と言っていたので、いるのは何らおかしいことではない。だが、普段の行動からもわかる通り、彼女は遊騎に負けず劣らずの自由奔放な性格をしている。いつの間にかいなくなっていたのだろう。

 すると、咄嗟に刻が必死な形相で優に詰め寄った。

 「ハア!? テメェ、なに見失ってんだヨ! ねーちゃんに何かあったら許さねーゾ!」

 「わかってる……。つい、さっき見かけたからそう遠くへは……あ、いたな」

 刻の糾弾を受けながらも、寧々音を探す優。そして、ある出店に目が止まった彼はようやく寧々音を見つけることに成功した。その出店は……型抜き屋。

 「また失敗しちゃったの~」

 「副会長……勝手にどこかに行かないでください、と言ったでしょう」

 「あー、ゆーくん。あと、桜ちゃんに大神君にマグネスもいるのー。あと……おねーさん、誰なの?」

 「……八王子 泪だ」

 「じゃあ泪々(るいるい)なのー」

 「……好きに呼んでくれ。……ん?」

 優が声をかけたことで存在に気付いたらしく、寧々音は桜たちにも声をかけていく。その手元をよく見ると、『にゃんまる』型の型抜きが真っ二つに割れていた。さらに、その近くには同じように割れている型抜きがニ、三個あった。どうやら結構な回数の失敗をしているようだった。

 「ったく、乱暴な娘だな。おい、貸してみな」

 「な!? テメェ……!」

 失敗した型抜きの惨状を見て、王子は仕方なさそうに寧々音の隣に座る。急に寧々音(自分の姉)を乱暴な娘扱いされ、刻は眉をひそめる。しかし、王子はそれを気にせず、寧々音に新しい型抜きを渡してアドバイスを始めた。

 「いいか? あまり力を入れ過ぎないで、ここを押さえるんだ。そして、急がずゆっくりと……」

 「……こう?」

 「そう。そしたら次は……」

 最初の言葉こそ乱暴だったが、一つひとつ優しくアドバイスする王子。寧々音も王子のアドバイスに従い、少しずつ手を進めていく。そして……

 「わあ! 初めてできたのー!」

 「……よし、上手いじゃないか」

 見事、初めて型抜きを成功することができた寧々音。『にゃんまる』型に抜かれた型抜きを持って嬉しそうに飛び跳ねた。その様子を見て、王子も笑顔を浮かべていた。

 「……チッ」

 寧々音が嬉しそうにしていてる。しかし、それが王子のおかげということが気に入らないらしく、刻は舌打ちをすると二人から視線を外し、そのまま歩き始めた。

 しかし、その足はすぐに戻ってくることになる。なぜなら……

 

 

 

 

 

 

 

 

 「泪々、とっても優しいの。寧々音、泪々のこと大好きなのー」

 「あ」

 寧々音の素直な感謝の言葉に、思わず桜は目を点にして反応する。そして、その後の展開はもはや見慣れた、いつも通りの展開となった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 「バ、バカヤロ……! こ、こここ……こんなこと、くら、くらいで……!」

 「ねーちゃん、逃げろー!」

 「わー」

 「巻き添えを喰らったらたまりません。行きましょう、桜小路さん」

 「ええ!? だが、放っておいたらもっと危な──お、おい! 離せ、大神ー!」

 どんどん顔が赤面していく王子を見て、危険と察した刻はすぐに戻り寧々音を抱えて走り出した。さらに、大神も巻き込まれまいと桜を連れて離れていった。そうしている間にも王子の顔はどんどん真っ赤になっていき、ついに──

 「ほら」

 「冷たっ!?」

 いよいよ暴れ出すかと思った王子だったが、急に額に冷たいものが当たり、こみ上げてきた照れが一瞬で引っ込んだ。一体、何事かと思った王子が顔を上げると、冷えている証拠にまだ水滴がついている缶ジュースがあった。そして、それを差しだす者の姿も。

 「優……」

 「ああ。とりあえず、これ飲んで落ち着いてくれ」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 「……悪い。迷惑をかけた」

 「いや、気にしなくていい」

 それぞれ別れた『渋谷荘』組。その原因である王子の暴走は優のおかげですっかり落ち着き、今は二人でベンチに座って祭りを眺めていた。優は特に何事も無かったように平然としているが、王子はというとそうでもなかった。

 (な、情けねぇ……! つか、なんで優なんだよ……! こ、この前のアレ(・・)があるから、まともに話なんてできねぇぞ!?)

 アレ(・・)とは、まさに王子が優との距離感を滅茶苦茶にしている原因……以前、修行場で優が口にした「王子は女としては“特別”」という発言のことだ。あれ以来、王子は優と顔を合わせる度に照れが込み上げてきて、まともに話せていない。現に、今も優から渡された缶ジュースを常に額に当ててなんとか暴れるのを堪えている。だが、長い時間当てていたせいか、それとも王子が熱いのか、すっかり缶ジュースもぬるくなってきた……その時だった。

 「うわぁぁぁぁん!」

 突然、幼い子どもの鳴き声が響いた。見ると、『にゃんまる』のお面に『にゃんまる』の風船を持った浴衣姿の男の子が一人で大泣きしていた。ここが祭りの会場で、子どもが一人でいるということを考えると、おそらく迷子だろう。しかし、周囲の大人は冷たいもので声をかけようとする者はいない。その様子に苛立ちを覚えた王子は子どもに声をかけようとベンチから腰を上げた。すると……

 「どうした、僕。お母さんとはぐれちゃったか?」

 「優……?」

 見ると、いつの間にか優が男の子の傍にしゃがみ込んで声をかけていた。その姿は、王子も今まで見たことがないくらい優しく、安心感があるものだった。それを子どもも感じたのか、涙を流しながらも少しずつ話し始めた。

 「お、お母さんと、歩いてたら、お金、落として……。拾ったら、お母さん……いなくて」

 「……そっか。お金は大切だからな。でも、急にお母さんがいなくなったら悲しいよな」

 「ぐす……うん」

 くしゃくしゃ、と男の子の頭を優しく撫でる優。はぐれた原因、男の子の悲しいという感情も全て受け入れると、優は「そうだ」と男の子に提案した。

 「ここには迷子センターみたいなところがある。困ったらここに来てください、っていうところが。お兄ちゃんと一緒にそこに行こうか。そこなら、お母さんを探してくれる」

 優が言っているのはおそらく祭りを取り仕切る本部のことだろう。祭りという不特定多数の人が集まるイベントでは、トラブルへの対処のために設置されている場所だ。

 だが、男の子はどこか不安そうな顔で優を見続け、ポツリと呟いた。

 「……お、お母さんが知らない人についていっちゃダメ、って」

 本音を言えば、今すぐにでもすがりつきたいだろう。しかし、男の子の中にはそれ以上に「お母さんとの約束」が強く残っていた。これでは男の子を連れていきたくても連れていけない。これには優も頭を抱えるかと見ていた王子は思った。しかし……

 「……偉いな。お母さんとはぐれても、ちゃんとお母さんとの約束を守れるんだな。それは、中々できることじゃないぞ。 ……お兄ちゃんは夜原 優って名前だ。君は?」

 「……幸一」

 「幸一君だな。はい、これでお兄ちゃんと幸一君は知らない人じゃなくなった。……大丈夫。お母さんが見つかるまでオレが一緒にいるよ。約束する」

 「……うん!」

 男の子……幸一の言葉を否定して説得するのではなく、受け入れた上で彼を安心させるべく言葉をかける優。そして、ついに信頼を得た優は幸一を肩車すると本部まで向かっていった。

 「…………」

 そんな優の後ろ姿を、王子は黙って目で追っていった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 「本当にありがとうございました!」

 「優お兄ちゃん、ありがとう!」

 「どういたしまして」

 本部についた優と幸一だったが、幸運にも本部には幸一の捜索を申し出る母親の姿があった。無事、幸一を母親のもとに送り届けた優は二人からお礼を受けながら、見えなくなるまで手を振り続けた。二人が少しずつ離れて見えなくなると、優は振り続けた手を下ろして満足気に息を吐いた。すると、後ろから聞き慣れた声をかけられた。

 「見事なもんだな」

 「……王子か。そうでもないさ」

 「謙遜すんなよ。オレだったら、たぶん途中でどうしようか悩んでた」

 賞賛する王子の言葉に、優は歯痒そうに肩をすくめた。そして照れ隠しからか、近くにあった人家の無い林に向かって優は歩きだした。王子もそれに続くと、優がボソリと呟いた。

 「まあ、子どもは嫌いじゃないからな」

 「嫌いじゃない、ってことは好きってことだろ?」

 「……人見さんと同じことを言わないでくれよ」

 「降参」とでも言いたげに両手を挙げる優。その姿を見て、王子は思わず口元を緩める。優の過去の部分については初めて知ったが、今回のことで確信した。彼……優はその名の通り、とても優しい男だと。そして、同時に覚悟した。その優しい男とのわだかまりは、早々に決着をつけるべきだと。

 「……なあ、優。一つだけ、いいか?」

 「そんな改まってどうした?」

 王子に声をかけられ、立ち止まる優。先ほどまでいた祭りの会場とは違い、林の中は照明など無く、月光の身で照らされていたため薄暗かった。しかし、人もおらず、月光のみの薄暗い雰囲気は、二人の間に静けさと心地いいひんやりとした空気を運んできた。

 「その、前に……お前が言っていたことなんだが……」

 「前に言ったこと……? 何か言っていたか?」

 「いや……オレに直接ってことじゃなくてだな、たまたま桜小路と話しているのを聞いてしまったというか、そんなことになってしまったというか……」

 歯切れが悪くなってきた王子の言葉はどんどん小さくなっていき、優は首を傾げる。だが、こうも歯切れが悪いのは姉御肌である王子の性に合わない。覚悟を決めた王子は、声を大にして真正面から言葉をぶつけた。

 「お、お前がオレのことを『女として“特別”』って言ったことについてだよ!」

 「な!? き、聞いてたのか!? まさか、女扱いしたこと怒ってたのか……?」

 「話を聞いたのはたまたまだ! あと、女扱いしたことなんざどうでもいい! 聞きたいのは、その……“特別”ってことについてだ!」

 言葉をぶつけながら、王子は自分の顔がどんどん熱くなっているのを感じていた。普段なら、とっくに暴走してもおかしくない。だが、今だけは理性を失うわけにはいかなかった。ここまで来たら最後まで解決しなければならない……王子は強くそう感じていた。

 「……参ったな」

 そんな王子に対し、優は聞かれているとは思わなかったらしく困ったように頭をかいていた。すると、王子はいったん呼吸を整え、今度は静かに尋ねた。

 「……生真面目なお前のことだ。本当のこと……なんだろ? ……いや、冗談だったらそれでいいんだ。早とちりしたオレが悪かったってことだからな……」

 「……いや、お察しの通りだ。少なくとも、冗談じゃない」

 「ッ──!」

 冗談じゃない……その言葉に、王子は思わずビクリと身体を震わせた。つまり、優の言葉は嘘偽りない本心ということ。彼が真に思っていることだということだ。すると、今度は優が呼吸を整え始め、覚悟を決めたように呟いた。

 「まあ、こうして本人に聞かれたんだ。本当のことを言うよ」

 「……ッ!」

 話す覚悟を決めた優の言葉に、王子は思わず唇を噛む。なぜなら、彼女の中では一つだけ確かなことがあった。もし、優の言葉が本心からのものだった場合……それは受け入れらないことだということ。その理由こそ本人のみぞ知るだが、彼らは存在しない者である『コード:ブレイカー』。さらに、『捜シ者』との闘いも控えている。いつ命を落とすかわからない存在。下手な私情の入れ込みは死へと繋がりやすくなる。もしかしたら、そういった理由からなのかもしれない。

 ならば、謝らねばならない。それが礼儀というものだ、と王子は改めて覚悟を決め、全身から感じる熱さに耐えながら言葉を絞り出した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 「……優! 悪いがその気持ちには応えられn──!」

 「王子! すまない!」

 「──え?」

 自身の謝罪よりも大きな声で響いたのは、他ならぬ優からの謝罪だった。まさかの事態に、王子はまばたきを繰り返す。

 

 

 

 

 

 

 

 

 「実は、情けない話だから王子にはずっと隠していたんだが、オレは女が苦手なんだ。それこそ、少しでも長く目を合わせれば倒れちまうくらいな」

 「え? え? そうなのか?」

 大神たちと桜は知っていた優の女が苦手という事実。しかし、どうやら王子は知らなかったらしく、状況が理解できていない王子は驚きと困惑で訳がわからなくなっていた。しかし、ここで一つの事実にハッとする。他でもない……八王子 泪という自分はその“女”である、と。

 「ちょ、ちょっと待て……。オレ……普通に優と話してるよな?」

 「……そうだ。王子だけは平気なんだ。他は桜小路だろうと神田だろうと無理だ」

 そして、優はついに口にした。「女として“特別”」……その言葉に込められた真実を。

 「実は……女に見えないんだ」

 「は?」

 優の言葉に一瞬、周囲の空気が固まったような気がした。

 「いや、王子が女だってことはわかっている。けど、あまりにも王子が男っぽいからか、女というより同じ『コード:ブレイカー』だっていう意識が強いのか……どっちかはわからないが、どうしても王子を女として意識することができないんだ」

 「……てことは、お前がオレのことを『女として“特別”』って言ったのは──」

 「ああ。女なのに女って意識することができない、唯一の存在ってことだ」

 その言葉が届いた瞬間、王子の中で落雷が落ち、彼女の中で何かが切れた。

 「でも正直、助かってるんだ。同じ『コード:ブレイカー』として、顔もロクに合わせられないんじゃ仕事にならないからな。本当、王子が男っぽくてよかった」

 「……ああ、そうだな。仕事にならないもんな。そりゃ、“特別”とも言いたくなるよなぁ……!」

 「そう、だから助k──って、王子? なんで『影』なんか出して……」

 まるで王子の中に渦巻く感情のように湧き出てくる『影』。俯く王子を取り囲むように動く『影』は、どんどん湧き出てくる。そして……

 「紛らわしい言い方してんじゃねぇぞ! クソ野郎! テメェはいっぺん地獄に堕ちろや、ゴラァ!」

 「どわ! ちょっと待て、王子! 何をそんなに怒って──! うわぁぁぁぁぁ!!」

 その後、林の中からこの世のものとは思えない破壊音と叫び声が聞こえ、「祭りに来た悪魔」として噂が流れることになった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 「皆、最初はそうでもなかったが、楽しんでいるようだな」

 そう呟く視線の先……そこには『コード:ブレイカー』たちが集まって談笑していた。なぜか優の姿は無いし、王子から心なしか殺気のようなものを感じるが、桜はそれよりも彼らが楽しんでいるということが嬉しいらしく、笑みをこぼした。そんな桜を見て、大神は興味なさげに呟く。

 「……物珍しいんでしょう。皆、祭りになんて来たことないでしょうから」

 「……え?」

 大神の口から聞こえた事実。確かに、そう何度もあるようなものではないが、日本人ならば一度は行く機会はあるであろう祭りに『コード:ブレイカー』の面々は一度も着たことが無いという。その言葉に、桜は思わず瞬きを繰り返し、大神の方を改めて見た。

 「必要ないでしょう? 『存在しない者(コード:ブレイカー)』に祭りなんて」

 ──ドォン!

 瞬間、打ち上げ花火が上がり、夜空に大輪の花を咲かせる。それを見て、『コード:ブレイカー』たちは各々の感想を述べる。

 「なんやあれ。派手な照明弾やな」

 「あれは花火っつーらしいぜ。実物はデケェな」

 「花火……音と光の組み合わせですよ」

 「音デケーよ!」

 その感想は、まるで花火を始めて見たかのような言葉。だが、大神の言葉から考えてもそれは間違っていない。彼らは祭りにも、花火にも無縁の生活を送ってきた。そんな光り輝く表世界とは逆の裏世界に、『コード:ブレイカー』として足を踏み入れた時から。

 だが、それでも……

 

 

 

 

 

 

 

 

 「きれいやな……」

 夜空を彩る大輪の花を、美しいと感じる心は桜たち表世界の人間と変わらない。思わず呟いた遊騎の言葉と同じことを、『コード:ブレイカー』たちはそれぞれ心の中で感じていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 「……オレ、先に帰ります。桜小路さんは皆と一緒に──」

 「…………」

 花火を見て、何か思うところがあったのか、大神は先に一人で帰ろうとした。すると、桜からの返事がない。気になって見てみると、彼女は今まで見たことないような表情で完全に固まっていた。

 「……どうしたんですか?」

 「き、嫌いなのだ……あの音。そ、それに、あのでっかい丸が大きな目みたいで怖いのだ……」

 ──ドォン!

 「ううっ! む、むうぅ……」

 銃を使う敵だけでなく、異能を使う敵にすら立ち向かっていく桜。しかし、今の彼女はどうだろう。その時の強気な感じは一切感じられず、涙を浮かべながらびくびくと身体を震わせていた。まるで、巨大な敵に怯える小動物のように。すると、そんな桜の眼にあるもの(・・・・)が映った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 「……ハハッ! あなたにも苦手なものがあったのか。意外だな」

 「……え?」

 そこには、教室で見せる能面のような笑顔ではなく、心の底から出てくるような……そんな大神の笑顔だった。

 「祭りも……悪くないかもしれませんね。桜小路さん」

 「……う、うむ! そうなのだ!」

 もしかしたら、一瞬の幻だったかもしれない。だが、ハッキリと見ることができた大神の心からの笑顔。それが見れただけでも、大神の温かな部分を見ることができただけでも、桜は強い満足感を得ていた。その証拠に、大神の言葉に応じた彼女の顔は、花火に負けないくらい輝いていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 「夜原先ぱーい! どこにいらっしゃるのですかー!?」

 花火が終わった後、会長からの提案で皆で写真を撮ることになった。だが、未だに優の姿がなかったので、まずは優を探すことになった。

 「王子殿、たしか夜原先輩と一緒にいたのですよね? 先輩がどこに行ったか──」

 「……知らねぇ」

 まるで関わりたくないかのようにそっぽを向く王子。彼女と優の間に何があったのかを知らない桜は小首を傾げるが、そのことについて聞くよりも今は優を探す方が先である。再び探し始めると……

 ──ガサ!

 突然、近くにあった茂みが大きく揺れた。突然のことに桜は驚くが、「もしかしたら優なのでは」と考えた桜は恐る恐るその茂みに近づいていく。そして……見た。

 「王子様ー!」

 「ぐはっ!」

 一瞬、もしかしたら遊騎の音速並みの速さで飛び出す何かがいた。それは、一直線に王子に飛びかかっていき、王子は勢いに耐えられずに倒れた。何事かと思った桜が王子に近寄ると、飛びかかった何かの正体が判明した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 「ゆ、優子さん!?」

 「ヤッホー、桜ちゃん。小っちゃくなった時ぶりだね」

 それは、探していた対象であって対象でない者……夜原 優子もといロストした優だった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 「優子さんがいるということは……夜原先輩はロストしてしまったのか?」

 「う~ん、どうやら別行動している間にかなりの異能を使ったようだね。修業で消耗した分もあったから仕方ないね」

 優子がいることから、優のロストを察した桜。さらに、会長はその原因を平然と予想し、「仕方ない」と切り捨てた。会長が言う「かなりの異能を使った」というのは、おそらく王子から逃げた時にだろう。『影』を使った王子から逃げるには、『脳』を全力で使わないと危険すぎる。一方、その王子はというと……

 「お、おい! 優子、テメェ離れろ!」

 飛びかかってきたのが優子だと判明すると、王子はなんとか離れさせようと優子の頭を鷲掴みにする。しかし、優子はそれをものともせずに王子に擦り寄ってきた。

 「王子様ったら、久し振りの再会なのに素っ気ないのね……。大丈夫! 優のバカはあんなこと言ってたけど、私にとっての“特別”は“愛”だから! “LOVE”だから安心してね!」

 あんなこと……おそらく先ほど優から話された“特別”発言の真相のことだろう。記憶を共有しているため、話の内容も知っているということだ。

 「ほら、受け取って王子様! 再会と、“愛”の証拠のチュー!」

 「や、やめろぉぉぉぉぉぉ!」

 王子に飛びかかったまま、王子の唇を奪おうとする優子。王子はそれを止めようと尽力するが、軽く暴走している優子の力はとても強く、王子は叫び声を上げた。

 「こ、これは一体……。もしかして、これが夜原先輩が王子殿の前でロストしたくない理由?」

 「グレートアンサーですよ、桜小路さん。見ての通り、優子さんは八王子 泪をいたく気に入っておりまして。ロストした時に八王子に会う度、ご覧のようにくっ付いて離れないのです。フフフ……私としては八王子が困る姿を見ることができるのでいいのですが、記憶を共有している優君としては辛いものがあるようなので、なるべくロストしないようにしているのです」

 心から愉快そうな笑みを浮かべながら説明をする平家。その説明を聞いた桜は、優が王子の前でロストしたくない、と言った時の心情を理解できたような気がした。しかし、ロストの件といい、“特別”発言の件といい、優と王子の間には色々と紛らわしいことがあったが、どうやらこの祭りでそれも全て解決したようだった。まあ、ほとんど優の言い回しなどが原因だが。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 今回の祭りで、一気に『コード:ブレイカー』たちの間のわだかまりがなくなるということは無いだろう。だが、それでも少しずつ、たとえゆっくりでも。いつか全員が心から笑える日が来る。桜は、最後に皆で撮った写真を眺めながら確かにそう感じていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 「いかにも、お疲れ様。優子君を振りほどくのは大変だったでしょ」

 「……わかってるなら聞くな」

 祭りから戻ってきた大神たちは、それぞれの時間を過ごし始めていた。その中で、なんとか優子を振りほどいた王子は、会長と共に管理人室にいた。今日の祭りの中で、彼女の中に渦巻いていた問題は解決した。それによりクリアになった頭の中では、これからの状況について冷静に考えることができた。王子が管理人室にいるのは、その話をするためである。

 「ところで『渋谷』……もうすぐ、そして確実に『捜シ者』と『Re-CODE』との闘いが始まる。そうしたら、桜小路の記憶が戻るのだって時間の問題だろう……。その時、お前はどうする気だ?」

 「……いかにも、遅かれ早かれ記憶は戻るだろうね。でも、大丈夫だよ。桜小路君には大神君含め皆がいるじゃないか」

 桜の記憶が戻ることと『捜シ者』たちとの闘い。王子の言葉は、その二つが密接に関係しているということを示していた。そして、その言葉を受けた会長もそれがわかっているらしく、動じることなく言葉を返す。大神たちへの信頼を現す言葉とともに。

 しかし、それでも王子の中から不安は取り除けないらしく、何か思うところがあるように続ける。

 「だが、『渋谷』……そしたらお前は……」

 「ふむ……いかにも、このままというわけにはいかないね」

 そう言うと、会長は両手を自らの顔に添えた。そして、そのままゆっくりと……持ち上げた。

 「……相変わらずムカつくツラしてやがんな」

 「いかにも、桜小路君の記憶が戻ったら私もやるべきことをやるだけだよ」

 着ぐるみの下……『渋谷』の素顔は微笑みながらも、覚悟が込められた言葉を発した。その姿に、王子はそれ以上、何も言わなかった。

 

 

 




さて、いかがだったでしょうか?
実際のところ、〝特別”発言の真相を書き終わったあたりでエネルギーがほとんど尽きてしまったので、はっきり言ってその後の部分はガス欠状態で書いているので、色々と雑にまとめてしまった気が……(特に大神のレア笑顔の部分……)
とりあえず、王子は優をバッチリkill(笑)したので、次回からはちゃんといつも通りとなっております(笑)
また、今回はちょっと描けなかった刻と寧々音、大神と桜、遊騎と平家など他のメンバーの祭りでの話は番外篇で形にしたいと思います。
次回は全部をエネルギー全開で書けるように努力します!
それでは、また次回!



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