後半にかけて大きく変更しています!
一応、気に入らなかった桜の動き方を変えてみましたが、その分を別のキャラが動いているので今度はそのキャラがらしくなかったり……したらすみません!
とりあえず自分の中では妥当なところをいっていると自己完結しています(笑)
では、どうぞ!
「王子殿! おはようございます!」
「おう、桜小路。いつも早いな」
優が新たに会長の弟子となり、衝撃の過去が語られた日の翌日。『渋谷荘』のリビングには王子の手によって綺麗に配膳された朝食が用意されていた。そこに一番乗りでやってきた桜は、満面の笑みで王子と挨拶を交わした。
「おお! 今日の朝食は和食なのだ!」
用意された朝食を見ると、なんとも体に良さそうな和食の数々が並んでいた。作ったのが料理上手の王子ということもあり、桜は思わず顔がゆるんだ。そんな桜を見て、王子は調理用具の片づけをしながら声をかける。
「今日のオススメは味噌汁だな。優からダシの取り方を聞いて、それを参考にして作った。だから、いつもより少しは美味いはずだぜ」
「それは楽しみです! では、さっそく……!」
「朝から元気な奴だな、お前は」
作った張本人である王子の口から出たオススメの言葉に、桜は意気揚々と席に着いた。いざ食べようとした、まさにその時……呆れが入った声が桜の耳に届き、桜の動きはピタリと止まった。そして、反射的に声の方向を向き、その者の名を呼んだ。
「夜原先輩! おはようございます!」
「ああ、おはよう……。ホントに元気な奴だな……」
桜は王子の時と同じように挨拶をすると、優は相も変わらず目を合わせようとはせず、桜の元気さに圧倒された様子で挨拶を返してきた。
すると、王子は片づけを中断して優のところへ歩いてきて、優の分の味噌汁を指差した。
「優、ちょうどよかった。今日の味噌汁、昨日聞いたダシの取り方を参考にしてみたんだ。お前の意見を聞きたい」
「わかった」
王子の頼みに優は簡潔に返事を返すと、味噌汁を少し口の中に注ぎ込む。集中しているのか、口に含んでいる時は目を瞑ってよく味わっている。だが、その時間は大して長くはなく、優は飲み込むと王子の方に向き直ってから意見を口にした。
「十分、美味い……が、少し薄めに感じるな。材料の量を調整してみたらどうだ?」
「やっぱり少し薄いか……。オレも味見した時はそう思ったんだ。少し味噌を多めにしてみるか……」
味噌汁一つに対して、真剣な雰囲気で話し合いを始める二人。桜は二人を横目に朝食を食べ始め、王子の料理を堪能していた。その出来栄えは素晴らしく、味噌汁も二人が言うように薄いなどとは特に感じなかった。
(お二人とも、料理に関しては強いこだわりがあるのだな……)
自分では感じられない些細な違いについて議論する二人の姿はまさに真剣そのものであり、その姿を見るだけで桜は二人が料理に持つ「こだわり」を強く感じた。
と、そんなことを思いながらも桜の中には、昨日も感じた一つの疑問が浮かんできた。
(やはりだ……。夜原先輩、王子殿と普通に目を合わせて話しておられる)
目の前で話す優と王子。二人の視線は互いの眼を正面から捉えていた。先ほど自分が挨拶した時には一瞬たりとも眼を合わせることは無かったというのに、と桜はついさっきの出来事を思い出しながら疑問を膨らませていく。
そして、疑問をこのままにしておけないという彼女の生真面目さが、彼女に一つの決断をさせた。
(この二人の関係……調べてみる必要があるのだ!)
だが、桜は気付いていなかった。その決意が……とんでもない結果を引き出してしまうということに。
「はあああ!」
「まだまだぁ!」
地下の修業場では今日も大神たちの修業が行われていた。無数のカラクリ珍種を相手に、大神は『青い炎』で全て燃え散らせ、刻は『磁力』で粉々に粉砕していった。そして、彼らと同じく……
「はあっ!」
目にも止まらぬ速さの蹴りで周囲のカラクリ珍種を次々と破壊していく優。その勢いは大神と刻にも引けを取らない。ほとんど同等だ。
「……ったく、本当に限りなく出てくるな」
「なんだよ、優。もうへばったのかヨ。じゃあ、邪魔にならねーように引っ込んでナ!」
「そうですね。なんだったらロストして早めに切り上げてもいいですよ」
「舐めるなよ、お前ら……。まだまだ余裕に決まってるだろ!」
いきなり自分たちと同じ修業に入ることを大神と刻は最初こそ納得していなかったが、優の過去を知ったこともあり二人はすでに了承していた。しかし、だからといって優しくするつもりなど無く、あくまで対等の存在として互いに切磋琢磨していた。
「なんだか、夜原先輩が修業に参加してから大神も刻君も張り切っていますね」
「うん、その通りなんだな。競い合う相手が増えるということは、それだけでやる気の向上につながるからね。それに、みんな負けず嫌いだから効果はさらに上々だし」
大神たちがいる修業場を見下ろせるギャラリーで修業の様子を見守る桜と会長。非難などせず互いに互いを意識しながら自分を高めていこうとしている三人の姿を見て桜は思わず安堵の息を洩らし、会長も安心した様子で三人を見守っていた。
「……ところで会長、一つだけ聞いていよろしいですか?」
だが、桜の中には一つの謎があった。どれだけ自分で考えても解決できそうにない大きな謎が。それを解明すべく、隣にいる会長に向かって神妙な顔を向けた。
「いかにも、なにかな? 私に答えられることなら答えてあげるよ」
「ありがとうございます……。実は、夜原先輩のことなのですが……」
「……ふむ」
優のことについて聞きたい、という桜の言葉に会長は少し考え込む。だが、すぐに顔を上げて再び桜の顔を真っ直ぐと見る。
「いかにも、構わないよ。言ってみるといい」
「は、はい……」
緊張のせいか、桜の頬を汗が流れる。だが、桜はそれを拭おうともせず、自分の中にある謎を会長にぶつけた。
「夜原先輩が頭に着けている
『
「ああ、
ぽむ、と自信満々に腹を叩く会長。心なしか、その表情も明るく見える。(注:着ぐるみ)
「おお、なるほど。『にゃんまる』ヘルメットですか。しかし、夜原先輩のためとはどういうことですか?」
優が着けている物の正体がわかった桜だったが、今度はその理由について尋ねる。遊騎ならまだしも優が何の意味も無くあんなものを着けるはずはない……桜はそう感じていたからだ。
「実はね、このカラクリ珍種を壊す修業を普通にやっても優君にはあまり効果が無いんだ。『脳』はあくまで優君の『脳』に作用して身体能力を上げるだけで、カラクリ珍種も物理攻撃に対する耐久は強くはない。だから少し異能を使うだけでも優君は簡単にカラクリ珍種を壊せちゃうんだ。でも、この修業の目的はあくまでロストを繰り返すことで起こる超回復。だから、優君には異能を
「う、ううむ……。要するに、夜原先輩の『脳』は特別だから大神たちとは違ったことをする必要がある、ということですか……?」
「いかにも、それがわかっていれば問題ないよ」
今にも知恵熱を起こしそうなほど考え込んだ桜。完全に理解はできていないようだが、大まかなことは理解できていたのだろう。会長はそのまま話を続けた。
「そして、その異能を出しにくくする方法として私が考えたのが、あの『にゃんまる』ヘルメット。あの中には私の珍種血清が塗り込まれている。それを頭に被ることで、優君の『脳』に異能が伝わりにくくしているんだよ。今の優君は普段の倍近い異能を使わないと普段通りの力は発揮できないはずさ」
「倍……」
異能が作用する『脳』がある頭に珍種血清が中に塗りこまれているヘルメットを被り、異能を伝わりにくくして結果的に異能の消費を大きくする。つまり、今の優はとんでもなく燃費が悪い。会長の言うように、普段の倍近い異能を出してやっと普段と同じ力を出せるのだ。異能の消費量や疲労感は普段の比ではないだろう。
だが、こうすることで大神たちと同じ条件で修業することができ、強くなる道を歩くことができると言える。見た目はともかくとして、強くなることを目指す優にとってはありがたいことだろう。現に、優は『にゃんまる』ヘルメットを被って修行をしている。
こうして、大神たち三人の修業は順調に進んでいった。
「しかし、会長。なぜまた『にゃんまる』型なのですか?」
「いかにも、優君が喜ぶと思ったからだよ」
(できれば別のデザインが良かった……)
優の心の声は、会長には届きそうにも無かった。
「ふう……」
「夜原先輩、お疲れ様です。よければ、こちらを」
「ああ、悪いな」
ひとまず修業が終わると、桜は優にタオルと水を差し出した。優は目こそ合わせないものの拒否することなく素直に受け取った。ちなみに、修業が終わると同時に『にゃんまる』ヘルメットは外している。
「しかし、夜原先輩はやはりすごいです。大神たちだって修業を始めた頃は何度もロストしていたのに夜原先輩はまったくロストする気配がないのですから」
そう、この修行は異能をとんでもなく消費する。まあ、異能の超回復が目的のため異能を消費してロストすることこそが望ましいことなのだろう。だが、今の優からはロストする気配は微塵も感じない。普段の倍近い異能を使っているということを考えると、桜のように感心するのもわかる。
「……まあ、そう何度も
タオルで顔を拭いながら答える優。最初に話してくるあたりを考えると、本当に優子とは変わりたくないようだ。そう考えると、異能量に自信があるというのも優子に変わらないために努力した結果なのかもしれない。
「だが、今はそれだけが理由じゃないがな」
「え?」
ボソリと呟いた優の言葉を桜は聞き逃さなかった。優子に変わりたくない、異能量に自信がある。この二つの他にもロストしない理由があるという。しかも、今だからこそある理由。桜はそれについて聞こうとしたが、それより前に優が自ら口にした。
「はっきり言って……
「お、王子殿が理由なのですか!?」
フッと笑みを浮かべながら呟く優。その中に出てきた人物の名を聞いて、桜は驚きを隠せなかった。
ずっと傍で護ってきた。なんのことはない、ただ彼のために。しかし、傍にいたからこそ知っている。彼の途方もない強さを。自分を含め、普通の異能者がどう足掻こうと埋められるはずもない力の差を。それを知る彼女にとって、
彼──『捜シ者』には誰であろうと勝てない。かつて守護神であった自分ですらも。それが彼女──八王子 泪の持つ答えである。
「…………」
『渋谷荘』地下の修業場まで続く階段を、王子は一人で下っていた。行き先はおそらく修業場だろう。以前、そこで行っている大神たちの修業を「茶番」と言ったが、決して無関心というわけではない。隠れてではあるが、時々こうして様子を見に来ているのだ。
だが、今日に関しては少し違っていた。修業の様子を見に来たのに変わりはないが、今回は特に見ておきたい人物がいる。そうまで思うことは今までなかったが、今回は違った。
そうなったいきさつを、王子は歩を進めながら脳内で再生し始めた。
それは、まさに昨日の夜のことである。優の身体の秘密について語られ、王子はそのことについて管理人室で会長と話をしていた。
「しかし、意外だったな。まさか優もお前に弟子入りするとは」
「いかにも、世の中は意外なことでいっぱいなんだな」
壁に寄りかかって立つ王子と対照的に、会長は座りながらいそいそと例の『にゃんまる』ヘルメットの製作に取りかかっていた。王子は会長の製作物については気にせず、そのまま話を続けた。
「だが、どうする気だ? 優の身体のことについてはオレと遊騎、平家も含めて『コード:ブレイカー』全員が知った。だからといって何をするということはないが、修業の内容については考えた方がいいんじゃないか?」
「ん? どうしてだい?」
「……無茶をして『捜シ者』との闘いの前に身体をぶっ壊したら元も子もねぇだろうが。それに、そんなことになったら優は『コード:ブレイカー』でいられなくなる。そしたら──」
「いかにも、私は修業でとことんやるつもりだよ。それこそ、彼の身体が壊れるまでね」
「な──!」
優の修行に関する王子の提案を、会長は製作を続けながら一蹴した。王子の提案は妥当なものだ。これからに控えている『捜シ者』、『Re-CODE』との闘い。彼らの修業はそれに向けてのものである。それなのに、その前の修業の段階で身体が壊れてしまえば何の意味も無い。
だが、会長はいつも通りの様子で言った。「とことんやる」と。その言葉に王子は思わず言葉を失ったが、会長は言葉を続けた。
「それが優君自身の願いでもある。彼は『身体を気遣っての加減は必要ない、この身体を壊す勢いで鍛えてほしい』と言っていた。なら、私は彼の願い通り、とことんまでやるよ。そうしないと失礼というものだしね」
会長が語った優の本心。それは、強さを求める彼らしい言葉だった。そして、もし修業で彼の身体が壊れてしまったとしても、彼は「自分の力量不足」とでも言って潔く受け入れる……そんな思いも感じられる言葉でもあった。
しかし、それでも納得するかどうかは別である。
「……だが、それでも──!」
「王子」
顔をしかめる王子の言葉を、会長は強めの言葉で制した。同時に、製作していた手も止め、ゆっくりと王子の方に向き直った。そして、互いに視線が合った状態で会長は真剣な様子で言った。
「君と同じ……優君にも全てを捨てるだけの覚悟があるということだよ」
「ッ──!」
会長のその言葉を最後に、その日の二人の話は終了した。いや、終了せざるを得なかった。会長の言葉に、王子は完全に言葉を失った。「全てを捨てる覚悟」……どんな言葉も、その言葉の前では何の意味も持たないことを王子は知っている。
だが、悔しさか情けなさか、王子は強く拳を握った。
(優……)
そう、特定の人物とは優のことだった。会長との話から、彼の覚悟を改めて知った王子。彼の覚悟を知った以上、今の王子に彼の修行についてとやかく言う気は無かった。だが、それでも気にはなるようで、こうして様子を見に来たというわけだ。
そして、気付くとちょうど修行場についていた。王子はギャラリーに足を踏み入れるが、どうにも修業をしているような音がしない。下を見てみると、どうやら休憩中のようだった。王子は自分のタイミングの悪さを呪いながら、ギャラリーを出て再び階段を下った。
(しょうがねぇ……。一発、気合いだけでも入れてやるか)
そんなことを考えながら、王子は階段を下っていき、修業場への入り口が見えた。そのまま中に入ろうとした……まさにその時。
「お、王子殿が理由なのですか!?」
「は?」
突然、桜の叫び声が聞こえた。桜が修業場にいることについては、単純に様子を見に来ているだけだと納得できる。だが、自分の名前を口にしながら叫んでいることについては納得できるはずもない。王子は話の内容を知ろうと、入るのをやめて聞き耳を立てた。
すると、桜の話し相手が応じ始めた。
「……お前、少しは声のボリュームを下げろ」
(優……?)
話し相手の声を聞き、それが優であると悟った王子。だが、ますますわからない。なぜ、桜と優が話すことで自分の名前が出るのか。そして、自分が何の理由なのか。王子は聞き耳を立て続けた。
「す、すみません……。驚いてしまって、つい……。ですが、なぜ王子殿が理由なのですか?」
「話す気は無い」
「そ、そうですか……」
一方、桜と優は
(ううむ……どうすれば知ることができるのだ……。答えじゃなくても、せめてヒントだけでも……)
優が「話す気は無い」と言ったからには、まず話さないというは桜も学習している。しかし、ダメだから諦める、という考えは桜の中には残念ながらほとんどない。現に、彼女は大神の人殺しをやめさせようと奮闘しているし、
思い立ったら行動。この精神で彼女は突き進んできた。そして、まさに今も。
「夜原先輩!」
「なんだ」
「夜原先輩は王子殿のことをどう思っているのですか!?」
「は?」
(はあぁぁぁ!?)
桜の直球な質問に、優は小首を傾げ、王子は顔を真っ赤に染め始めた。一方、桜は真っ直ぐと真剣な視線を優に向けていた。優は目こそ合わせないが、その真剣さは感じ取ったのだろう。頭をかきながら一つだけ尋ねた。
「なんで、そんなことを聞く?」
「気になるからです!」
清々しいくらいシンプルな返答だった。そして、優は悟っていた。こうなった桜は手ごわい。いくら話さないと言っても食いついてきて、最終的には周りを巻き込んでくる。つまり、話さざるを得なくなる状況を作り出してくる。そうなった際の精神的ダメージはかなり大きい。
また、優は桜が王子とのことをここまで聞いてくることに対しては自業自得であるとも感じていた。
(さっき、バカ正直に王子を出したから……気になるのもしょうがないか)
今の手ごわさ、そして自業自得ということもあり、優は深くため息をついてから呟いた。
「……今回だけだからな」
「は、はい!」
優の言葉に桜は表情を明るくする。すると、優は言葉をまとめようと腕を組んで考え始めたが、そんな優を珍しがる人物が一人。
(……桜小路の質問には驚いたが、こっちにも驚いたな。あの優が素直にあんな質問に答えるなんて。だが、あいつのことだ。答えなんてたかが知れてる。オレと同じ、ただの
と、冷静な様子で答えを予想する王子。しかし、その冷静さも長くは続かなかった。次の瞬間に発せられた……優の答えによって。
「女としては“特別”な存在……とでも言えばいいのかもな」
(ほらな、女としては“特別”な…………え?)
優の答えに、王子は状況が理解できずにニ、三度瞬きを繰り返した。
「女性としては“特別”な存在……ですか?」
「ああ。王子本人に言ったら『女扱いすんな』とでも言われそうだから言うなよ。じゃあ、オレは修業に戻るからな」
「は、はい! お気をつけて!」
実は聞いていた……などとは知る由もなく、優は修業に戻るべく『にゃんまる』ヘルメットを取りに行った。見てみると、大神と刻も改めてウォーミングアップを始めている。桜は素直に言うことを聞き、入り口から戻ろうとした。
すると、意外な人物を発見した。
「お、王子殿!?」
「…………」
入り口の傍で静かに立つ王子の姿を発見した桜は、思わず声を上げた。しかし、王子からは何の反応も見られない。優の答えの意外さに思考がショートしているようだった。それを知らず、桜は恐る恐るといった様子で王子に近づいていく。
「お、王子殿ー……?」
「…………」
王子の目の前で手を振ってみるが、やはり反応はない。どうしたものかと桜は考え始めた。それと同時に、ショートしていた王子の思考が徐々に動き始める。
(お、女として“特別”……? それって、つまり……つまり…………)
この時、王子の脳内では以前テレビで見たドラマの記憶が蘇った。ドラマ自体はベタな恋愛ドラマで、探せばどこにでもあるようなものである。そして、その最終回で放送されたあるワンシーンが脳内で再放送された。
「僕にとって君という存在は“特別”……! そう、“好き”という“特別”な感情を抱くことができる唯一の人なんだ!」
「“好き”」……この単語が王子の脳内で何度も反響され…………爆発した。
「あ、が…………○※★◇#$!!?」
「お、王子殿!」
突然、王子の顔がタコのように真っ赤になり、湯が沸いたやかんのように勢いよく湯気が出てきた。桜は照れた王子を見たことがあるが、これはどう見てもその比ではない。大丈夫かと声をかけようとした桜だったが、それよりも早くに王子が動いた。
「うがあぁぁぁぁぁ!」
「ぬおっ!?」
遊騎の音速並ではないかと思える動きで王子は桜に頭突きをお見舞いする。さらに、それだけでは止まらず、王子は頭突きで周囲を破壊しながら故障した機関車のように暴走し始めた。
「んん? なんだか入り口が騒がしいね」
「桜小路さんが何かやってるんでしょう。気にする必要はないと思いますが」
「いや、桜チャンにしては妙ジャネ? 何かをぶっ壊してるヨーナ……」
修業を始めようとした大神たちだったが、破壊音を耳にして違和感を覚える。それぞれが音の出所である入り口を凝視する。そして……地獄を目にした。
──ドガァァァァ!
「キャアァァァァァ!」
「お、王子!?」
「なんで急に暴走してんだヨ!?」
「桜小路の奴が何か言ったのか……!?」
原因はあなたです……など言えるはずもなく、王子は勢いのままに突進していき……
「いかにもっ!?」
「ぐあっ!」
「イデェ!」
会長、大神、刻の三人にも頭突きを喰らわせた。そして、暴走して見境がなくなった王子は残った一人である優を視界に捉え……
──ドゴォ!
またも頭突きを喰らわせた……はずだった。
「い……ってぇぇぇぇぇ!」
優に頭突きをした瞬間、額を押さえて悶絶し始める王子。一方、優は額に少し跡が残っているもののダメージは少しだけのようで平然と立っていた。
「あー……王子、大丈夫か? オレは身体がかなり頑丈だから、オレにだけは頭突きしない方がいいぞ……って今さらか」
申し訳なさそうに頬をかく優。しかし、当の王子は痛みに悶絶してそれどころではない。しかし、いくら『脳』の影響で数えきれないほどの超回復を繰り返してきたとはいえ、あの王子の頭突きをものともしないとは恐ろしいものである。
「あ、頭が……!」
「……ほら、立てるか?」
「あ、ああ……。すまな──」
悶絶する王子を見ていられなくなり、優は王子に手を貸そうとする。同時に、痛みのおかげで王子の暴走も少しずつ収まってきていた。そして、王子は痛みに耐えながらも差し出された手を取ろうと、身体を向き直しながら手を伸ばした。すると……
「……?」
「あ、な……ゆ、優…………?」
どうやら、痛みのせいで手を差し出しているのが優だと気付いていなかったらしく、優の顔をバッチリと真正面から見てしまった。瞬間、やっと静まってきた感情が再び蘇り……
「う、うるせぇ! 嬉しくねーぞ、バカヤロー!」
「は?」
優が理解するより早く、王子はダッシュで修業場を後にした。この日、死屍累々と化した修業場ではこれ以上、修業が行われることがなかったという。
CODE:NOTE
Page:33 カラクリ珍種
大神たちの修行のために会長が用意した『にゃんまる』型のカラクリ人形。表面に薄く会長の珍種血清が塗ってあるため、フルパワーの異能でないと破壊できない仕掛けになっている。常に異能をフルパワーで使い続けることでロストを繰り返し、異能の超回復をすることで異能量のアップをすることが目的の修業で用いられる。
サイズは小型、大型と様々で、小型はぬいぐるみほどのサイズだが大型は大神たちの倍近い大きさとなる。
※作者の主観による簡略化
小型欲しい。