今回は王子の初バトルに初異能、さらに優の弟子入りのその後が明らかになります!
そして、優に深く関係しているあの人物が久しぶりに出てきます!
それでは、どうぞ!
「……クソッ!」
足元にあった缶を蹴り飛ばすが、気持ちなんて晴れるはずもない。異能さえ使えれば、視界から消えるほどの威力で吹っ飛ばしたいほど、今の刻は苛立っていた。
(オレは……あんな奴にいいようにされてたのかよ。アイツを……虹次を同志なんて呼ぶ奴のことを。自分に腹が立つ……!)
周りの繁華街のきらびやかな様子など目に入らないほど、刻の苛立ちは大きかった。外に出てから、彼の中にあるのは元『Re-CODE』であり姉の仇を同志と呼ぶ王子への嫌悪、その王子と馴れ合っていた自分への怒りだった。
どこにも向けようがない感情。彼の中で決めていたのは、大神と王子の顔を見ないために『渋谷荘』に帰らないということだった。だが、そうなるとどこに行けばいいのか。いっそのこと、子どもの姿を利用して適当な女性の家に泊まらせてもらうか……そんな考えがよぎった時。
「刻くーん!」
もはや聞き慣れた声が刻の耳に届いた。振り向くと、私服に着替えた桜が『子犬』を連れてこちらに向かってきていた。彼女の性格を知っている時は、すぐに彼女が自分を心配して追ってきたのだと察した。
「うわー、桜チャンったら心配して来てくれたの? オレ、嬉しーなー。桜チャンが添い寝とかしてくれたらオレ、すぐに元気になっちゃうなー」
「ワンワン!」
「なんかうっせーけど、桜チャンがいてくれたら気になんないなー」
コロッと態度を変えて桜に擦り寄る刻。桜自身はそれを拒もうとはしないが、珍しく強気な『子犬』が思いきり反抗していた。だが、刻はまったく気にしていなかった。
すると、彼らの傍にその様子を気だるげに見守る一人の人影があった。
「あ、大神」
「アア? 大g──グエ!」
刻が振り向こうとした瞬間、大神は容赦なく刻の頭を踏みつけた。それを見た桜は「外出のお仕置きはそれくらいにしておけ」と珍しくやんわりと止めていた。
その後、刻は起き上がると再び苛立ちを表に出して大神にぶつけ始めた。
「オイ、二度とツラ見せんなって言ったロ!」
「テメーのツラ見に来たんじゃねぇよ、自意識過剰が……」
「コラ、もうケンカはやめるのだ」
再び睨み合う二人だったが、今度は桜が仲裁に入って止めようとする。彼女の性格をよく知る二人は彼女を目の前にして言い争う気は無いらしく、お互いに顔をそむけた。そして、大神の方はそのまま桜に小言を言い始めた。
「ところで桜小路さん。こんな夜に外出なんてしないでください。ロスト中は歩くのもままならないんですから……。珍種の観察をしなければならないオレの身にもなってください……」
「す、すまん……」
大神の小言に言い返せず、素直に頭を下げる桜。彼女は頭を下げながら、ここからどうしようか考えていた。刻を置いていくわけにはいかない。だが、今のままでは連れて帰るのは難しい。何かいい方法は無いか……そう考えた瞬間だった。
──チリッ
「え──?」
──ゴォ!
「うわ! きゅ、急に火が!」
桜たちの周囲が小さく光ったかと思うと、光った場所が急に火に包まれた。突然のことに周囲の一般人たちはパニックを起こし始める。
「大変だ! なんとかしなくては!」
「ほっとけよ。どーせボヤだろ? オレは関係ないからこのまま行かせて──」
刻が歩きだした瞬間……近くの飲食店の傍にあったガスボンベの口の辺りが光り……
「刻君! 危ない!」
──ドォォォォン!!
突然、現れた火はガスの効果で巨大な爆発となって刻たちを包んだ。ロストしていなければ、いくらでも対処の仕方はあった。だが、今の彼らにその手段は無い。彼らはなんの抵抗もできずに爆風に飲まれていった。
「……うぅ、助かった……のか?」
自分たちのすぐそばで爆発が起こり、その時の衝撃のせいだろう。桜は少しだけ気を失っていた。そして、気が付いた彼女が周囲を見渡すと……信じられず目を見開いた。
「こ、これは……この黒い空間にだけなんともないぞ!?」
気が付いた桜が見たものは……自分たちの周囲の空間が黒くなっており、その空間より外はすっかり爆発による炎に包まれているが、空間の中は爆風も炎も無かった。ふと後ろを見てみると、巻き込まれた一般人たちが気を失っていた。彼らもこの空間に護られている。
目の前で起こっている不可思議なことだが、桜はこれを説明できる唯一の言葉を知っている。
「まさか……異能か? この私たちを護っている黒い空間は……」
「……それだけじゃありません。ボヤも爆発も、全ては異能の仕業です」
「ボ、ボヤも爆発も!?」
そう言われてみると、ボヤも爆発もあまりに出来過ぎていた。同時に二か所でボヤが起こったり、ガスボンベの傍で発火するなど自然現象ではあり得ない。それを考えれば、全ては異能によるものだということにも納得できる。
「だが、誰がなんのために……。『Re-CODE』は手を出してこないのでは……」
「おそらく、そんなことを知る由も無いほど末端の異能者でしょう。命令も何もなく、勝手な判断でオレたちを襲ってきた。……お前だってわかってんだろ、刻。狙われているのはお前だ」
「と、刻君が!?」
「……チッ!」
『捜シ者』側の異能者が襲ってきて、その狙いは刻である……大神の予想に桜は驚愕する。だが、少し考えれば予想できることでもある。最初のボヤは大神たちの傍だったから全員を狙っているとも考えられるが、爆発は違う。明らかに刻の近くにあるガスボンベを狙っていた。
自分が狙われている……その事実を認識した刻は火の手が少ない空間に向かって走り出した。
「……くそ、しくじったか。まさか誰一人死んでねぇとはな……」
ちょうど爆発があった場所を見下ろせるビルの屋上。そこで一人の男がぶつぶつと言葉を洩らしながら人々を見下ろしていた。
「それに、なによりも刻が死んでねぇ。ロストしているとはいえ、
高々と宣言する男。彼の言葉を解釈するなら、彼は研究所で刻が斃した『表皮』を使う仙堂の弟で、彼こそが刻を狙っていた張本人である、ということだ。兄の敵討ち……とも取れる行為だが、彼にしてみれば最後に言った「『Re-CODE』になる」ということこそ本音なのだろう。
「しかし、刻はどこに隠れやがった……? 面倒だな、手当たり次第にボンベを爆発させて──」
堂々と宣言した後、竜二は改めて刻を探そうと下を見るが、やはり見当たらない。刻を斃すためなら何を犠牲にしても構わない、彼の発言は明らかにそう言っていた。
そのように刻に執着していたからこそ、彼は気付かなかった。いや、気付けなかった。
「……なんだ、仙堂とやら。お前は『Re-CODE』になりたいのか」
自らの背後に佇む……王子の気配に。
「い、いつの間に!? 何者だ!」
「お前が狙う刻と同じ……『コード:ブレイカー』だよ。お前を裁きに来た。……だが、その前に一つだけ聞かせてもらおうか。なぜ刻を斃したら『Re-CODE』になれると考えた?」
王子の声を聞いたことで、ようやく存在に気付いた竜二は振り向いて王子と対峙する。王子は近くの壁に寄りかかり、携帯型のボトルで酒を飲みながら竜二に言葉をかけた。
すると、竜二はニヤリと笑い、大声で王子からの問いに答え始めた。
「ハハハ! 同じ『コード:ブレイカー』なのに知らないのか! あの瘢痕の『Re-CODE』……虹次が刻を
「無理だな」
聞いていられない、と言いたげな表情で竜二の言葉に割って入る王子。ボトルの口を閉め、竜二の方に視線を向ける。
「『Re-CODE』はその所業に確固たる覚悟を持っている。お前如きには荷が重すぎる……諦めるんだな」
元『Re-CODE』だからこそ、彼女は知っている。その所業と覚悟を。だからハッキリと言える。目の前の男にとって……それらはあまりにも重すぎると、と。これは、彼女なりの忠告だったのかもしれない。
だが、そのような言葉で諦めるほど竜二は大人しくなかった。むしろ、にじみ出ていた野心をむき出しにし始めた。
「知った風な口を! こうなったらキサマも殺してやる! 『
「ッ──!」
──ドォォン!
竜二が手をかざした瞬間、王子の革ジャンやボトルが光り、そのまま爆発した。轟音と爆風が周囲に広がっていき、王子の姿は爆炎の中に消えた。
「ハハハハ! オレ様の『引火』はあらゆる場所を燃やし爆発させる! ガスの近くで『引火』してガス爆発を起こすことも、零距離で爆発を喰らわせることも可能! 終わりだ! 『コード:ブレイカー』!」
大笑いと共に自らの異能の正体を話す竜二。死人に口なし……斃した相手になら何を聞かれても構わないということなのだろう。爆炎が揺らめき、その威力を表現する。王子は確かにほとんど零距離で竜二の『引火』を受けていた。普通に考えれば、そのまま焼死体になっていてもおかしくない。
だが……
「やめておけ。この程度の異能しか使えないお前に……私は斃せない」
爆炎の中……王子は自らを中心とした黒い空間の中に凛然と立っていた。
「な!? オレ様の『引火』が遮られた……!? キサマの異能か……!? なんだ、その異能は!」
「知りたければ……教えてやるさ」
瞬間、王子を包んでいた黒い空間は彼女の足元へと消えた。さらに、その足元から細長く黒い物体が伸びてきたかと思うと、王子はそれを手に取った。すると、その先端が鎌のように形を変えていった。
「私の異能は『
「か、『影』だと……!? まさかキサマ、かつて鉄壁の護りを誇っていたという守護神……
麗艶の『Re-CODE』……それこそが、かつての王子の名だった。刻たちを爆発から護った黒い空間も、零距離の爆発を防いだのも全ては『影』の力。あらゆる攻撃から全てを護る……まさに守護神と呼ぶに相応しいものだった。
だが、竜二の言葉に王子はフッと懐かしむような笑みを浮かべた。
「……そんな風に呼ばれていた頃もあった。だが、私の護るべきものはもう
「ぐっ……!」
まるで何かを思うように呟く王子。そして、彼女はその思いを振り切るかのように……『影』の鎌を振り抜いた。
「…………ん? な、なんともない……?」
王子の攻撃を防ごうと構えていた竜二だったが、まったく痛みを感じなかった。確かに斬られたはずだった。だが、何も感じない。ふと、王子の武器を見る。それは確かに鎌の形をしている……黒き『影』。竜二はあることに気付き、ニヤリと口角を上げる。
「ハ……ハハハハ! 驚かせやがって! 『影』は所詮、実体を持たない! そんなもので斬ったところで痛くも痒くもないな!」
竜二の言葉は何も間違いではなかった。そもそも、『影』とは実体を持つものより生まれる実体を持たないもの。ただ見えるだけの存在に過ぎない。
「終わりだ、裏切り者! こうなればキサマの首を『捜シ者』に差し出し、オレ様は『Re-CODE』に──!」
王子が元『Re-CODE』……裏切り者であると知った竜二は、今度は彼女を斃すことで『Re-CODE』になろうと考えていた。王子の忠告など無視し、その野心のままに行動しようと王子に向かって手を伸ばし──
──ズズズ…………
「は……? オレ様の『影』が斬れ──?」
瞬間、竜二の腕から先は音を立てて地面に落ちた。
「な、なんだこれはぁぁぁぁ!?」
腕から感じる痛みと理解できない現実に、竜二は声を荒げて慌てだす。だが、無理もない。王子に向かっていった瞬間、自らの『影』の腕が鈍い音を立てて斬れていった。すると、それに呼応するかのように実体である自らの腕も同じように斬れてしまった。混乱している竜二に対し、王子は静かに背を向けて言葉をかけた。
「『影』と『実体』……この二つは常に表裏一体。つまり、『影』を截断すれば『実体』も截断される。私の『影』を防げるものはない」
『実体』が動けば当然のことながら『影』も動く。彼女の攻撃は……まさにその逆。『影』を動かして『実体』を動かすのと同様だった。現実には『影』が動くことなどあり得ないが、彼女の異能はそれを可能にする異能。鉄壁の護り、防御不可の攻撃……これこそが彼女の『影』だ。
「ま、待て……。じゃあ、オレは……この、『影』みたいに──!」
王子の言葉を聞いた途端、震えだす竜二。無理もない。彼の『影』は……さらに音を立てて、バラバラに崩れようとしていた。
「目には目を」
身体に痛みが走る
「歯には歯を」
身体のあらゆる位置がずれていく
「悪には報いの遺影を」
そして、『実体』は『影』と共に崩れ去る
「私は、自分の所業を無かったことにしようなどとは思わない。私もお前と同じ“悪”……いつか必ず報いを受ける。だからこそ、せめて
その言葉が、自分に言い聞かせた言葉なのか、誰かに向けての言葉なのか……それは王子にしかわからない。だが……
「…………」
たとえ誰に向けられた言葉だとしても、その言葉こそが王子の覚悟であると……全てを見ていた刻たちは静かに感じていた。
夜は……もうすぐ明けようとしていた。
「オレも……会長のもとで修業させてください」
王子と竜二の決着がつくより前の『渋谷荘』……その管理人室では優が会長に向かって深々と頭を下げていた。平家と共に『渋谷荘』にやってきた優だったが決してただついていったのではなく、彼は「会長への弟子入り」という自らの目的を持って足を運んでいた。
その優の言葉と姿勢を目の前にし、会長は一息つくようにお茶を一口飲んだ。そして……
「まあ、そんなことだろうとは思っていたよ。君からは、大神君たち以上に強さを求める雰囲気を感じられたからね」
「……全てお見通し、でしたか」
「いかにも、生徒会長だからね」
お決まりの台詞を堂々と言うと、会長はそのまま立ち上がり窓の傍まで移動した。そして、視線を窓の外に向けたまま、優への言葉を続けた。
「だからこそ、私は君の弟子入りを拒むつもりは無いよ。君は大神君たちと違って礼儀とかもバッチリだからね。ただ……一つだけ確認させてもらっていいかな?」
「確認……?」
意外と前向きな答えが返ってきたことに、優は少し驚きながらも会長が口にした「確認」という言葉が気になった。すると、会長は身体の向きを変えて優の眼を真っ直ぐと見据えた。
「君が強くなりたいのは君自身のためかい? それとも……『彼女』のためかい?」
「ッ……!」
『彼女』……その言葉に、優は大きく目を見開いた。
「……会長も、御存知だったんですか?」
「いや、会ったことも話したことも無いよ。ただ平家君とかから聞いたことがあるだけなんだな。……それで、どうなんだい? その答えによって……君の弟子入りを認めよう」
「……!」
会長の言葉に優の全身が強張っていく。これは面接と同じで……試されている。ここで答えを間違えれば、おそらく二度と弟子入りの機会は無い。だが、そんな都合よく正しい答えが浮かぶはずもない。なにより、ここで聞くとは思ってもいなかった『彼女』という言葉が優の中でぐるぐると渦巻き、冷静な思考を奪っていく。しかし、だからといって黙っていては話にならない。
優は……呼吸を整えるとゆっくりと口を開き始めた。
「オレは……ある目的のために『コード:ブレイカー』になりました。その目的は、強くなくちゃ成し遂げることはできません。ですから……オレが強くなるのはオレ自身のため、というのは間違いありません」
ゆっくり、言葉を選びながら紡いでいく優。その眼は真剣そのものであり、会長を見据えて離さない。だが、ここまでの言葉では「自分のためだけに強くなる」と言っているようなものだ。わざわざ『彼女』の名を出した以上、それを無視した回答が正しいとは思えない。
すると、優はさらに言葉と続けた。
「……ですが、オレに『コード:ブレイカー』の道を示してくれたのは他でもない……
話しながら、優の顔はどんどん俯いていく。『彼女』の覚悟を……思いを話すことで、様々な感情が渦巻いているのだろう。だが、それでも止まるわけにはいかなかった。優は……最後の言葉を会長に伝えるため、頭を上げて今まで以上に真剣な顔つきを会長に向けた。
「だからこそ、オレは目的を成し遂げなくてはならないんです。オレ自身のためだけじゃない……全てを覚悟してくれた
「…………」
自分のためでもあり、『彼女』のためでもある……それこそが優が強くなる理由だった。心のまま、全てを伝えた優は会長から目を逸らそうとはしない。会長もそれに応えるように真っ直ぐ優を見据える。
そして、彼はゆっくりと歩きだし……
「そんなことは……自分勝手な解釈でしかないよ」
「──!」
優の横を……通り過ぎた。
「自分が目的を達成することが『彼女』のため? 本当にそう思っているのかい? 君に道を示してくれた『彼女』に報いるためというのは立派だと思うけど、だからといって強くなる理由に『彼女』が含まれているとは思えない。だって、強くなった君が成し遂げようとしているのはあくまで君自身の目的なんだからね」
「…………」
会長の言葉に、優は何も言えなかった。会長の言う通り、彼の言葉は単純に解釈すれば「強くなるのは自分の目的を達成するため」と受け取れる。『彼女』も無関係ではないと言ったが、会長にしてみれば薄い関係であると感じたのかもしれない。
「……返す言葉も、ありません。オレは結局、
自分を責めるように、拳を握りしめながら言葉を絞り出す優。背後にいる会長が聞いているとは限らないし、もう何を言っても無駄かもしれない。だが、それでも諦めることはできなかった。
優は全てをぶつけようと、声を荒げて振り向きながら立ち上がった。
「でも……それでもオレは! 強くならなきゃいけないんです! だからオレは『コード:ブレイカー』に──!」
「いかにも、君の弟子入りを認めよう」
「──え?」
振り向いた優が見たもの……それは、自分に向かって鍵を差し出す会長の姿だった。
「こ、この鍵は……? いや、それより本当に弟子入りを……?」
「いかにも、いかにも。最初に言ったはずだよ、私は君の弟子入りを拒むつもりは無い、と。ただ私はどうしても確かめたかったんだよ。君が……『彼女』の覚悟を理解しているかどうか」
「
再び歩き出して最初の位置に戻る会長の言葉に、優は呆然とする。会長が何を言いたいのか理解しようとしているが、上手く頭が回らないのだろう。会長は再び口を開いた。
「君は言ったよね? 『彼女』は君が全てを捨てることも覚悟していた、と。自分の大事な人にそんな手段を伝えるなんていうのは生半可な覚悟じゃできない。……その全ての中に、自分自身が含まれているならなおさらね」
「…………」
まるで全てを察していたかのように話し出す会長。そして、その言葉一つひとつが優にとって身に染みる言葉だった。彼自身も、それを察していたから。
「君はその全てを理解していた。だったら、十分だよ。夜原 優君……君を三人目の弟子として、『渋谷荘』に迎えよう。かつて人見が使っていた……『
「ひ、人見さんが……!?」
全てを踏まえて優の弟子入りを正式に認めた会長は、改めて鍵を優に渡す。それも、『壱號室』という人見がかつて使っていた部屋の鍵を。突然のことに、優は再び慌てだす。
「ま、待ってください! なぜ人見さんの部屋にオレを……!? オレは──!」
「それが、人見の願いだからさ」
「え……?」
人見の願い……その言葉に、優は思わず固まる。そして、会長は静かに語り始めた。
「実は、君が『コード:ブレイカー』となってから数日後……一度だけ人見が私のもとに尋ねてきたんだ。そして、その時……」
「もし、あなたが『コード:07』を……優を認めて『渋谷荘』に迎える時が来たら、彼に僕の部屋を与えてください。彼ならいつか……その意味がわかるはずですから」
「人見さんが……オレのために?」
予想していなかった真実に、優は目を見開いたまま固まる。会長は「うむ」と頷くと、言葉を続ける。
「彼がそこまでする理由は私にはわからない。けど、彼は君を信じて自らの部屋を君に託した。そこにどんな意味が込められているのか……ゆっくり探してみるといい」
「…………」
人見が何らかの意味を込めて、自らが使っていた部屋を優に託した。そこにどんな意味があるのか、今はわかるはずもない。なにより、あの人見のことだ。すぐに見つけられたり、理解できるようなことではないだろう。だが、それでも託されたからには意味がある。優はそれを託された者として……見つけなくてはならない。彼の思いを受け止めて。
「まあ、人見が使っていた部屋といっても、彼が『渋谷荘』を出た時に整理したから何も残っていないと思うけどね。だから特に気負いする必要はないよ」
そう言って、会長はゆっくりと優に近づいていく。優は『壱號室』の鍵をじっと見つめていたが、近づいてきた会長に肩を叩かれて思わず顔を上げ、両者の目が合った。そして……
「『彼女』の覚悟に人見の思い……どちらもしっかり受け止めるんだよ」
「……はい!」
こうして、『渋谷荘』にまた新たな住人が増えることになった。
同時に……夜は明けようとしていた。
CODE:NOTE
Page:31 仙堂 竜一
『捜シ者』の部下である異能者の一人。高身長にがっしりした体型と山のような人物。普段は落ち着いた雰囲気だが、自分が優位に立ったり追いつめられたりすると、冷静さを失ってしまう。『Re-CODE』になろうと野心を燃やしたが刻に斃される。また、弟がおり共に『捜シ者』の傘下に入った。(本話参照)
異能は『表皮』。皮膚の色を背景と同化させる『暗転』の他に、皮膚を金属のように『硬化』させたり、『熱化』させることも可能。ちなみに『硬化』した際の硬度は銃弾を指でつまめるほど。
※作者の主観による簡略化
刻の引き立て役