そして、また夜原先輩が痛い目に遭います。
少しずつネタキャラの素養を見せてきてる気がします。
収賄を行った政治家の田畑茂が焼身自殺をした、という作り上げられたニュースが世に流れて五日経った。政治家の隠れた悪行と突然の死に、流れた当時は多くの人が驚愕した。しかし、五日も経てばニュースにもならず、人々の記憶からも消え始めている。事件も、田畑茂という人間のことも。
この件の真相を知る者の一人である桜は、そのことに何とも言えないやるせなさを感じていた。だが、たとえ人々が忘れても、ちさにつけられた傷は消えても、大神だけは忘れない。そんなことを思った朝のことだった。
「オハヨー! 桜! 大神君!」
「……ッス」
「今日も仲が良いようで!」
学校の玄関前で登校途中の桜と大神に元気よく挨拶してきたのは桜の親友であるあおば。そして、高校生とは思えないほど身長が高く寡黙な
仕事では冷たいが、学校では感じの良い優等生キャラの大神は三人に爽やかに挨拶を返した。
「おはようございます。高井さん、横田君、大杉君」
「大神君……高津、前田、上杉ッス」
しかし、思いっきり名前を間違えてる大神。上杉に指摘されたが爽やかな笑顔を崩さずに、大神は訂正した。
「あ、すみません。そうでしたね、高杉君」
「……上杉ッス」
指摘されたばかりだというのに間違える大神。もはや、素で間違ったのかキャラとして間違えたのかわからない。
「あはは! 大神君、もしかして寝ぼけてる?」
「いえ、そんなことはありませんよ」
「そう? じゃあ、いいけどね。ねえ桜、ちょっと来て。大神君、桜借りるね」
「む?」
大神と話すあおばだったが、急に桜の手を取って校舎の中に入っていった。それに続く上杉と前田。一人残された大神は、気にせずに校舎まで歩いて行った。
「というわけだから。桜、よろしく!」
「それじゃ、お先に失礼するぜ」
「……ッス」
大神が校舎に入ると、ちょうど話は終わったようであおばたちと別れる桜がいた。桜は無言でおあばたちに手を振っていたが、大神に気づくとズンズン近づいてきた。
「おい、大神。いい加減クラスメイトの名前を覚えろ。失礼だぞ。そんなんじゃ、友達なんて一人もできないぞ」
「……フッ。友達、ですか」
桜の言葉を鼻で笑う大神。それを見て、桜はムッとする。
「何がおかしいのだ!」
「いいこと教えてあげますよ、桜小路さん。僕がこの学校にいるのは仕事……いえ、バイトを円滑に進めるため。それと、珍種であるあなたの観察をするためです。関係の無い人間と交流する必要なんてないんです。まあ、適当にやりますよ。当たり障りなくね。クラスメイトなんて言っても、卒業したらすぐに忘れますよ。……どんな事件でもすぐに忘れてしまうように」
大神の言葉に反論できない桜。どんな事件でも忘れてしまう、というのは実感し始めているからだ。だが、桜は言葉に詰まりながらも反論しようとした。
「そ、そんなこと……」
「桜、オハヨ~」
「オハヨー、桜ちゃん」
しかし、登校してきたツボミと紅葉の挨拶で言葉が途切れた。まあ、当の大神も桜の言葉など聞かずに下駄箱を開いていた。すると、大神が一瞬だけ止まった。
「……?」
下駄箱の中に靴以外の物が入っていたのだ。見てみると、封筒に入った手紙だった。大神は黙って封筒から手紙を出して、内容を確認した。そこには、「大神君が転校してきてから大神のことばかり気になります。一度、二人だけで会えないでしょうか」というような内容が書かれていた。俗に言うラブレターというやつだろう。横から手紙を覗き込んだツボミが茶化すように話しかける。
「うわ! 大神君、またラブレターもらってんじゃん! 君もモテるねぇ!」
また、というのは言葉の通りで、大神が転校してきて数日経った日のことだった。今回のように登校してきた大神の下駄箱の中に、電話番号が書かれた紙とバスケットが入っていたのだ。それは明らかにラブレターとプレゼント。しかし、実際は違った。それを入れたのは大神のバイト上の関係者。おそらく“エデン”のメンバー。紙に書かれた電話番号は“エデン”の関係者につながる番号。そして、バスケットの中に入っていたのは『子犬』だった。『子犬』は、こうして大神と桜の下にやってきたのだ。
だが、今回の手紙は明らかに本物。仕掛けでも何でもない、純粋な恋心をつづった恋文だ。ツボミの言葉に、大神は笑顔で答えた。
「戸惑いますね。ですが、好意を持ってくれるなんて嬉しいです」
「君も男の子だね~! ちゃんと会ってあげなよ!」
「ツボミちゃん、早く行こ」
「はいはーい」
紅葉に急かされて歩き出すツボミ。大神も手紙を持ったまま歩き出した。
そして立ち止まった。彼の脇には、「燃えるゴミ」と書かれたゴミ箱。そして……
大神は何の躊躇もなく、その手紙を捨てた。
「大神! お前、何てことを!」
即座に桜が大神の胸倉を掴んで壁に押し付ける。純粋な好意による手紙。それを捨てた大神が許せなかったのだろう。しかし、対する大神は平然としていた。そして、平然と言った。
「言ったでしょう? 交流する必要なんてないって。ましてや、ガキの恋愛ごっこに付き合うほど僕は暇じゃないんですよ」
「な……!」
人の気持ちなんてまるで考えてないような言葉。桜自身、恋はしたことないが好きな相手に手紙を出すことがどれだけ勇気がいることかはわかっていた。だが、大神はその勇気も恋心も切り捨てた。桜は確信した。大神はやはり冷たい人間だ、と。
「そんなこと言ってるといつか痛い目見るんだからな! ざまーみろだぞ!」
「大神! お前が教室に入ることは、この桜小路桜が絶対にさせぬ!」
「……何やってるんですか、あなたは」
全ての授業が終わって放課後になった時間。1-Bの扉の前で、桜は胴着姿で教室に入ろうとする大神を通せんぼしていた。桜の足元では、『子犬』が呆れた顔をしていた。
「僕は鞄を取りに行きたいんです。通してくれませんか?」
「いかん!」
「なぜ?」
「う……うるさい! とにかくここは通さないのだ!」
やる気十分な桜と意味がわからない大神。二人のやり取りが平行線のまま続く。しかし、それが曲線となる出来事が起きた。
「ひーたんとみーたん、見つけたの~」
「ひゃ! ふ、藤原先輩!」
「副会長、飛びつくのは相手を驚かせるのでやめてください」
「夜原先輩まで!」
突然、寧々音が桜に後ろから飛びつき桜の胴着を脱がした(中にTシャツは着ている)。そして、それを優が呆れ顔で注意した。二人の登場で大神と桜の話は完全に途切れた。
「桜ちゃんの胴着(コスプレ)姿が寧々音を呼んだの~」
「胴着はコスプレではありませんよ、副会長」
自由奔放な寧々音。優は呆れ顔になりながらも寧々音の言葉に反応していた。すると、寧々音が何かに気づいた。その視線の先にいたのは『子犬』。一人と一匹の視線が交差した。その瞬間、彼女たちは戦闘態勢となった。
「しゃー!」
「ワン!」
「ちょ! 藤原先輩!?」
「どっちが上か決めたいようですね」
桜が寧々音を止め、大神が『子犬』を掴んで止めつつ争いの原因を読み取った。犬同士ならば納得するかもしれないが、相手は人間である寧々音。まったく意味がわからない。
「そ、そういえば藤原先輩。先日、御姉弟にお会いしました。優秀な御姉弟で……」
『子犬』との張り合いをやめて、桜の胸に顔をうずめる寧々音。桜はそれに耐えながら、弟である刻に会ったことを報告した。
すると、寧々音は桜の顔を見上げた。そして、いつものゆっくりとした口調で言った。
「おかしな桜ちゃん。ひーたんにはみーたんがいるけど、寧々音には姉弟なんていないの~」
「え!?」
「……」
寧々音の言葉に驚きを隠せない桜とそれを黙って見ている優。桜は詳しく聞こうと寧々音を問い詰めようとした。
「ど、どういうことですか? たしか、刻君がそうだって……」
「Z~」
しかし、当の寧々音は桜の胸に顔を埋めたまま寝ていた。これでは話は聞けまい。だが、その眠りはわりとすぐに覚めた。
「虫! 虫いた!」
寧々音は地面を這って移動する虫を見つけ、それを這って追いかけていった。寧々音の奇想天外さに振り回され、桜は聞きたいことを聞くことができなかった。
「姉弟がいないって……。どういうことですか、夜原先輩!」
桜は、寧々音を追いかけずにその場に残った優に話を聞くことにした。優は相変わらず桜と目を合わせることはなく、ぶっきらぼうに答えた。
「オレたちは『コード:ブレイカー』、『存在しない者』だ。『存在しない者』には名前も戸籍も存在しない。全ては“エデン”から与えられた偽りのものとなる。もっとも、家族とは完全に縁を切ることになるがな。個人を特定できるものは全て抹消され、家族から完全に孤立する。彼女が刻のことを知らないのはそれが理由だ」
「そ、そんな……」
自分の存在を表すものを全て抹消され、愛する家族からも孤立する。『コード:ブレイカー』がそのような過去を持っていることを桜は知らなかった。だがそれは、彼ら『コード:ブレイカー』の目的が、家族から孤立することになっても成し遂げたいものであるということを意味している。そこまでの覚悟を抱えて、彼らは悪を裁いているのだ。
「まあ、刻もこうなることは覚悟して『コード:ブレイカー』になったんだ。気にするほどのことじゃない。それより、あれはいいのか?」
「え?」
優が指差した先。そこにあったのは、1-Bの扉を開こうとする大神の姿だった。桜は慌てて大神を止めた。
「駄目だ、大神! 開けてはならん!」
「……桜小路さん。もしかしてあなた、何かオレに隠してませんか?」
「そ、そんなことは……」
言葉に詰まる桜。それはつまり、隠していることを認めたということと同義だった。
「あなたがオレを教室に入れたくない理由……。それは彼らにオレのことを話したからですか? だとしたら、余計なことをしましたね。だったらオレは、片っ端から全員……」
大神の左手から手袋が外される。それは、これから異能を使うという合図。彼がクラスメイトたちを本気で殺そうとしているということだ。
「や、やめ……」
桜の制止も空しく、大神は扉を開いた。
次の瞬間、聞こえてきたのは巨大な叫びだった。
『大神君、ようこそ! 1年B組へ!』
「……え?」
マイクによって叫びのようになった前田の声。それに呼応するかのように鳴るクラッカー。パーティー会場のような飾り付けがなされた教室内。そこは、大神が想像していた状況とはまったく違っていた。
「歓迎会、遅くなってゴメンね~! 本当はカラオケでやりたかったんだけど、大神君のバイトの都合もあるからさ! 色気ないけど教室でやることにしたんだ! ほら! 主役はこれ被って!」
クラッカーを持ったあおばが大神に話しかけ、大神に手作り感が漂う円錐型の帽子を被せた。すると、クラスメイトが一斉に大神に話しかけに来た。その内容は、大神に対する質問だった。以前はどこに住んでいたのか、部活は決めたのか。そんな質問ばかりだった。さらに、紐によってまとめられた紙の束を渡された。
「これは?」
「名簿だよ! お前がオレたちの名前を間違わないようにな!」
中を見てみると、クラスメイト一人一人の名前と写真、そして大神に対するメッセージが一言書かれていた。
「……なんでこんなことを?」
素で理解できないらしく、ポカンとした顔で大神が訪ねた。すると、クラスメイトたちは笑顔のまま返した。
「決まってんだろ! オレたちは一年間同じクラスなんだ! 楽しくやった方が得だろ!?」
「それに、大神君っていつも笑ってるけど桜以外とは話しにくそうだったし……。もしかしたら、無理して笑ってるんじゃないかって心配してたんだよね」
「よろしくな! 大神!」
「よろしく!」
クラスメイトたちに囲まれる大神。その様子を、桜と優は廊下から見ていた。
「……なるほど。だから、お前は大神を止めていたわけだ」
「私も今朝になって知ったのです。あおば……親友から、準備をする間だけ大神を教室に入れないようにしてほしい、と。これで大神もクラスの皆と仲良くするでしょう」
そう。今朝、あおばが桜に言ったのはこのことだった。だから、桜は大神を止めていた。まあ、それが露骨すぎたため大神に変な疑惑を持たせてしまっていたが。
優は桜の言葉を聞くと、微笑を浮かべた。桜はそれを見て疑問符を浮かべる。
「何がおかしいのですか?」
「こんなことで大神がクラスメイトと仲良くなるとは思えないがな。だがまあ、少しは接し方が変わるんじゃないか? 保証はないがな。……それじゃ、オレは部外者だから行く。せいぜい楽しめ」
そう言って、優は1-B前から立ち去ろうとした。しかし、それは思わぬ形で止められた。
「あ! 夜原先輩じゃないですか!」
突然、背後から声をかけられた優。声をかけたのはあおば。おそらく桜を呼びに来て、立ち去ろうとした優を見つけたのだろう。声をかけられたことで、優は立ち止まって振り返った。もちろん、あおばと目は合わせていない。
「ちょうどよかった! 夜原先輩も入ってくださいよ! 大神君の歓迎会と一緒に夜原先輩のおかえり会もやりましょう!」
「え? いや、オレは……」
慌てて断ろうとする優。しかし、あおばはその隙を与えなかった。
「ツボミ! 紅葉! 夜原先輩の分の帽子用意して! 皆ー! 夜原先輩のおかえり会も一緒にやろー!」
「お! いいじゃねーか! よし! 盛り上がっていこうぜ!」
トントン拍子で話が進んでいった。ただ、当の優は必至で断ろうとしていた。
「待て、オレは別に……」
「ほら、夜原先輩。一年生とも交流しましょうよ」
「海外留学のお話、たくさん聞かせてくださいね」
「ちょ……! 引っ張るな、おい!」
「夜原先輩! 入りま~す!」
「人の話を聞けぇぇぇぇぇぇ!!」
その後、1-Bの教室では大神の歓迎会と優のおかえり会が盛大に行われた。
「…………」
「夜原先輩、女子にたくさん話しかけられたからってそんなにぐったりしなくても」
「黙れ……」
まったく力の入ってない言葉。その顔も、どこか青ざめていた。夕日が照らす屋上で、優はぐったりと座り込んでいた。
大神の歓迎会と優のおかえり会はかなり盛り上がった。ただ、優にとっては苦痛なことが起きた。先輩で生徒会役員。さらには海外留学を経験してきたということになっている優は、女子生徒からの人気がすごかった。それだけなら一応、男子生徒もいたので問題はないが、とある問題が発生した。女子生徒たちと目を合わせないために顔をそむけていたのだが、その行動が女子生徒たちから「可愛い」と評判で余計に女子生徒に話しかけれる回数が増えていった。まあ、自分で自分の首を絞めたようなものだが。
「よかったではないですか。うちのクラスの女子と仲良くなれて。なあ、大神」
桜が大神の方を向いた。しかし、大神は渡された名簿を何か言いながら見ていた。つまり、無視されたのだ。それでも、桜はめげずに話しかけ続けた。
「大神。たしかに卒業したら人は忘れてしまうかもしれない。それでも、同じクラスにいる間は仲良くしてもいいではないか。卒業なんてまだ先のことだ。だからお前ももう少し……」
「必要ない」
その瞬間、名簿が青く輝いた。大神の左手から発せられた『青い炎』によって。
「お前! 何をする! せっかく皆が……!」
桜は血相を変えて大神から名簿を奪い取った。そして、手で叩くことで『青い炎』を消した。燃え始めで炎が小さかったからなのか、桜が異能を打ち消す珍種という存在だからなのか。まあ、それはどちらでもよいだろう。
必死な桜に対して、大神は動揺も何も見せずに夕日を眺めていた。そして、ポツリと言った。
「物は嫌いです。人が死んでも物は残るから。だから、先に片付けておきたいんですよ」
それは、どこかいつもの大神とは違った様子だった。冷たいようにも聞こえるが、それだけではないような。そんなことが感じられる言葉だった。すると、大神はまたポツリと続けた。
「ですが、心配はいりません。載っていたデータは全部覚えました。あいつら、忘れると面倒そうですから」
「……え?」
大神の言葉を聞いて、大神の目の前にいた桜はポカンとした。
そう、大神は覚えた。クラスメイトの名前と顔を。だから名簿は必要なかった。クラスメイトの名前は“記憶”として残した。だから“物”である名簿は必要ないということだ。
「……フ」
優が静かに笑った。それを聞いて、大神は少しだけ眉間にしわを寄せた。
「なんだ」
「いや、めんどくさい奴だと思ってな」
「まったくその通りです。必要ないとか言っておきながら、しっかり覚えているではないか」
桜も微笑を浮かべながら優に同意した。そして、大神の肩をポンポンと叩いた。
「まあ、実によいことだ。その調子でクラスメイトの皆とも仲良くしていくのだぞ」
「……覚えただけでいいでしょう。かかわる気はありません」
「なんだと!」
肩に置かれた桜の手を払い、相変わらずな態度の大神。しかし、桜は感じていた。大神のこの態度は、ひょっとしたら不器用の裏返しだと。本当は、自分たちを照らすこの夕日のように暖かな心を持った男なのではないか、と。
というわけで、今回は歓迎会と物は嫌いシーンでした。
夜原さんは実はモテるんです。
でも、女性が苦手というそんな性格をしているんです。
これから先もこんなシーンがちょくちょく出てきます。
どうぞ、ご希望のいじり方があったらメッセージ等へ。なるべく入れるよう努力します。