CODE:BREAKER -Another-   作:冷目

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お久しぶりです
今回でようやく……ようやくです
ようやくあの方が登場します!
二話分ほどまとめたので長めとなっていますが、ぜひご覧ください!
それでは、どうぞ!





code:38 真の主

 「ええかげんにせえ!」

 『渋谷荘』の中に遊騎の怒号が響く。その視線は目の前にいる一人の人間に向けられていたが、突然の怒号に対象以外の者たちも彼らに視線を向ける。

 「なんで、よんばん助けに行ったらあかんねん……! にばん……お前はどんだけ冷たいんや!」

 「…………」

 視線と怒号を向けられている対象……平家は遊騎の迫力を前にしても、静かに目を伏せていた。事の発端は少し前の出来事だった。

 桜や寧々音など普段は戦うことなど無い二人を除いた、『コード:ブレイカー』と会長は外で何が起こっているのかが気配で感じることができた。つまり、彼らは知っていた。今、この『渋谷荘』の外で刻がどのような状態であるのか。

 だからこそ、遊騎は刻を助けに向かおうとした。だが、平家がそれを断固として止めた。彼らがいがみ合っている原因はそこだ。

 「なんとか言えや! よんばんが死んでもええんか!?」

 我慢できない、と言いたげに遊騎は平家の胸倉を掴んで壁に押し付けた。すると、今まで目を伏せていた平家は視線を上げ、鋭い視線を遊騎に向けた。

 「……あなたもわかっているはずです。刻君も我々も『コード:ブレイカー』。ならば、自分で裁くと決めた“悪”は自分一人で裁くべき。我々が手を出していいことではありません。……それに、もし刻君が死んだとしても、代わりを補充するまで。今までの『コード:ブレイカー』と同じように」

 それは、刻が仙堂と戦った時も、優が風牙と戦った時にも聞いたこと。『コード:ブレイカー』である以上、他者の助けは借りない。ましてや、自らが裁くと宣言した相手ならばなおさら。非情と感じる平家の言葉だが、それこそが『コード:ブレイカー』である者の宿命ということなのだ。

 「にばん……やっぱお前、大嫌いや……!」

 「それは残念ですね」

 そして、それは遊騎とて心のどこかでわかっていることだった。自分たちは、それを承知で『コード:ブレイカー』となる道を選んだ。だから、もし平家の言うように自分が死んで変わりが補充されたとしても文句は言えない。言えるはずもない。それは、彼らの言葉を聞いている大神と優も同じこと。だからこそ、彼らは二人を止めたりしない。

 しかし、その中にいても状況が理解できていない者もいる。

 「ふ、二人とも……さっきから何を物騒なことを……」

 桜である。彼女は今まで結果的に多くの戦いに巻き込まれてきたとはいえ、気配で外の状況を察することができるわけもなく、『コード:ブレイカー』の宿命も完全にわかっているわけでもない。だから、彼女は目の前で起こっている遊騎と平家のやり取りに不安を感じることしかできていなかった。

 「なぜ急に刻君が死ぬなどと……刻君はただ外に行っただけで──」

 ふと、彼女の視線が窓の外に向けられる。そして彼女は……見た。

 「──ッ!?」

 気配で判断することはできない。だが、その眼で見たことならば誰でも判断はできる。外を見たことで彼女も知った。今の刻の状況……状態を。

 「と、刻君!」

 ほとんど反射に近い行動だったのだろう。彼女は瞬間的にその場を離れ、玄関まで向かっていった。そして、彼女が離れたことで他の者たちも動かざるを得なくなる。

 「『にゃんまる』! オレも行くで!」

 「桜小路さん!」

 「……優君」

 「わかっています……!」

 桜に続くように遊騎と大神、優も平家の言葉を受けながら向かっていく。遊騎は純粋に刻を助けようとしたにすぎないだろう。だが、大神と優は少し違う。『渋谷荘』の(キー)を巡るいざこざは一段落したとはいえ、桜が(キー)を持っている以上、桜を護衛するという仕事は行わなければならない。大神は珍種の観察のため、と言うだろうが、少なくとも優はそのために動いていた。

 「──刻君!」

 そして、そんな事情は知らずに単身で外に向かった桜は……残酷な現実を目の前にした。

 

 

 

 

 

 

 

 

 「…………」

 「……ぁ、ぅ…………」

 そこにあったのは、虹次()に首を掴まれ、全身からおびただしいほどの血を流し、声にならない声を出そうとする刻の変わり果てた姿だった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 「う、う……うわぁぁぁぁぁぁ!!」

 勝機など無かった。自分一人でどうこうできるなどとは思ってもいなかった。それでも、身体が勝手に動いていた。心が「行け」と警鐘を鳴らしていた。桜は、拳を握りしめて虹次に向かっていった。

 「……ふん」

 ──ブン!

 「──ッ! 刻君──ぐっ!」

 虹次は横目に桜の姿を確認すると、その桜に向かって刻を放り投げた。桜は反射的に拳を開き、全身で刻を受け止める。勢いと刻の重みで泥の上に尻餅をつき、刻の血が自らの身体にも付いたが彼女はまったく気にしない。すぐに刻の意識を確認し始めた。

 「刻君! しっかりするのだ、刻君! 刻君!」

 「よんばん……」

 「あいつ、こんなになるまで……」

 遅れてやってきた遊騎たちは、気配で感じていたとはいえ実際に見るのとはやはり違う。予想以上にボロボロの刻の姿を見て、思わず立ち尽くしていた。

 「ななばん……異能使ったら傷治すの早くできるんやろ? 早くよんばんに──」

 「……無理だ。あそこまで重症だと、『束脳・反転』レベルの強化をしないと焼け石に水だ。『束脳・反転』レベルの強化はオレ自身ならなんとかなるが、他人に行うのは危険すぎる。最悪の場合、脳細胞が完全に死滅するかもしれない……。これはもう、刻の気力の問題だ……!」

 遊騎は優に刻を助けるよう言うが、優は自らが行える治療を危険と判断してそれを断念していた。自らの無力さを噛み締めるように、その拳を握りながら。桜の護衛のために出てきたとはいえ、彼自身が刻に何の感情も抱いていないわけではない。表に出さなかったとはいえ、やはり彼も刻のことをずっときにしていたのだろう。

 だが、たった一人だけ違っていた。たった一人……大神は刻を見下ろしながら静かに口を開いた。

 「……生命よりも大事な覚悟。そのために死ねるんだとしたら本望だろう」

 生命よりも大事な覚悟……それはかつて、大神が人見に向かって言った言葉を桜の中に甦らせた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 「……オレは、生まれてくる場所は選べないが死に場所は自分で決める。だからオレは『コード:ブレイカー』になった。オレは生きている限り悪を燃え散らす……。最期の一分一秒まで…………」

 

 

 

 

 

 

 

 

 大神にとって、「悪を燃え散らす(裁く)こと」こそ生命よりも大事な覚悟であり、自分が死ぬその瞬間までその覚悟を貫こうとしている。それが、刻にとっての今であった。全てを捨ててでも、寧々音の仇を斃す。その仇と対峙し、圧倒的な力の差の中で傷を刻んだ。刻が……覚悟を貫き通した証である。

 だが、だからといって死んでもいい、などという理論は桜の中には存在しなかった。

 「……違う。死に急ぐことが覚悟ではないだろう!」

 「…………」

 刻を受け止めながら、真っ直ぐな眼で大神を睨む桜。だが、それに対して大神は彼女の眼を見ようとはしない。ただ変わらず……その伏せられた視線は刻に向けられていた。そして……

 「……だがな、刻!」

 「なっ!?」

 突然、大神は刻のネクタイを引っ張り、その体を無理やり起こさせた。全身に力が入っていない刻はネクタイ一本で支えられ、反り返ったような状態になっている。しかし、大神はそんなことに構おうとはせず、そのまま言葉を続けた。

 「オレはテメエにボコられた借りを百倍にして返さなきゃならない……! わかったら、こんなところで死んでないでさっさと起きろ! どうせ死ぬんだったら……オレが借りを返してから死ね」

 「ろくばん……」

 (大神……お前、本当は刻のことを……)

 珍種の観察、桜の護衛……彼が出てきたのはそのためだけだと思っていた。だが、今の言葉を聞いて優は確信した。彼も自分と同じように、表に出さなかっただけで刻に何の感情も抱いていないわけではなかった。やり方や言葉は乱暴だとしても……彼の言葉は刻に「生きろ」と言っているのと同じだった。

 そして、その乱暴な言葉はゆっくりと彼を動かすことになった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 「……う、るせぇぞ、下っ端(『コード:06』)……! また、ボコられてーか……!」

 「と、刻君!」

 傷ついて動かない手を動かして強気に大神を指差し、限界が近いというのに普段と変わらない挑発染みた笑みを浮かべる。刻は、いつもと変わらぬ強気な姿を再び見せた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 「……ふっ。どいつもこいつも身勝手で粗暴……その信条は十人十色ということか」

 すると、今まで黙っていた虹次が静かに口を開く。彼はそのまま大神たち『コード:ブレイカー』を見渡し、その口元に笑みを浮かべる。

 「なるほど、中々に面白い連中だ。お前ら二人……最近の『コード:ブレイカー』も捨てたものではないということか。……だが、まだまだだ。昔の『コード:ブレイカー』はもっと強かった」

 「ふざけんな……! オレはまだ……!」

 「刻君! もうやめるのだ!」

 もう戦う気は無いとでも言いたげに悟ったような言葉を口にする虹次に対し、刻は再び立ち向かおうと闘志を燃やす。だが、桜は彼を押さえてそれを阻止しようとする。その姿を見て、虹次はさらに言葉を続ける。

 「……刻。その娘の言う通り、死に急ぐことが覚悟ではない。いいか、これだけはよく覚えておけ。若き『コード:ブレイカー』たち」

 そう言うと虹次は大神たちを見渡し、まるで彼ら全員に言い聞かせるように言った。

 「覚悟とは生きてこそ貫き通せるもの。……強くなれ、刻。お前はまだまだ青い。その生命、次に会う時まで預けておく」

 「待てや!」

 「オレたちが逃がすとでも──!」

 刻に、『コード:ブレイカー』に言葉をかけた虹次に対し、大神と遊騎は彼を逃がすまいと戦闘態勢に入る。だが……

 「やめろ」

 「ななばん!?」

 「いかにも、君もだよ」

 「会長……!?」

 刻の代わりに戦おうとした二人を、優といつの間にか外に出てきた会長が止める。それを見ると、虹次は彼らに背を向けて歩き出した。それに続きながら、今まで黙っていた雪比奈が静かに呟く。

 「賢明ですね、『渋谷』(着ぐるみ)、そして『コード:07』」

 「今日の散歩はお終いだ。そして、来るべき時が来るまでお前たちにもう手は出さん。……それと、最後に一つだけ教えてやる」

 瞬間、虹次と雪比奈の姿が大神たちの前から消えた。巨大な風が二人を包んだかと思うと、次の瞬間には二人の姿は無かった。代わりに、虹次の声が空間に響いた。

 「オレの異能は『風』ではなく『(くう)』。全てを切り裂き、全てを潰す」

 『空』……それが虹次の異能。だが、それがわかったからといって、肝心の虹次の姿はもう無い。彼の言葉を信じるならば、再び彼と対峙するのは「来るべき時」だけ。つまり……それまで刻は仇を討つ機会は無いということになる。

 「ふざ、ふざけんなテメェ! 戻ってこい……! オレはテメェを──!」

 「マグネス……」

 「ッ……! 藤原、サン……」

 仇を討つ機会を逃した……そのことに激高した刻だったが、救急箱を抱えて外に出てきた寧々音の姿を見て、一気にその勢いは無くなっていく。彼女に今の傷だらけの姿を見られて心配された以上、これ以上の心配をさせるわけにはいかないのだろう。

 そして、刻が落ち着いたところで会長が安心したように息を洩らす。

 「……引いてくれてよかったよ。はっきり言って、ここにいる中では平家君しか『Re-CODE』相手に勝機を見出せないだろうからね」

 「お、大神たちでは勝機を見出せないと……? そこまで強いのですか……?」

 「……強ぇよ」

 無情な現実を告げる会長の言葉に息を呑む桜。すると、その強さを垣間見た刻が噛み締めるようにボソリと呟く。そして、彼が感じた絶対的な壁についても口にした。

 「そして、アイツは本気じゃなかった……。本気なんかじゃ……」

 自分は本気で戦った。だからこそわかった。彼が本気でなかったことが。彼はまだほんの一部の片鱗しか見せていない。そして自分は……それに負けた。その現実に、刻はその場に俯く。

 すると、その隣で寧々音が急に眉をしかめ、叱るように口を開いた。

 「マグネスはもっと自分のこと、大事にしないとダメなの」

 「……ッ!」

 『自分を……大事にして……』

 それは、かつて幼い自分を護った時に言った言葉。今の彼女にあの時の記憶はない。それでも、彼女はあの時と同じ言葉を言った。それは……自分があの時と何も変わっていないということを嫌でも感じさせた。

 「……めん。ごめん、ねーちゃん……。オレ、あの時と同じ……何もできずに、アイツに生かされただけだった……!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 「くそぉぉぉぉぉ!!」

 いつの間にか強くなった雨。その雨音に包まれる中、刻の叫びは周囲の者たちの鼓膜を震わせた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 次の日、刻の姿はいつの間にか消えており、大神の修業(という名の雑用)が始まろうとした。それと同時に、治療を済ませた刻が戻り、そのまま会長に頭を下げて弟子入りを志願した。強くなって虹次を斃すまで煙草をやめる、という覚悟と共に。その姿勢を認めた会長は刻の弟子入りと『肆號室(しごうしつ)』への入居を認め、新たに大神たちの修業生活が始まった。

 また、自分が持つ(キー)の謎を解明するため、ということで桜も前の日に入居していた。これは大神も知らなかったが、なんでも会長と剛徳が知り合いだとかで家族からも許しを得ているらしい。会長の謎が増えたが、桜は皆で同じ時間を過ごせることを嬉しく感じており、その様子を見た大神はもう何も言わなかった。

 このように、住人が増えた『渋谷荘』だったが、実はまだ大神たちが知らない住人がいた。その住人のというのは、『渋谷荘』のあらゆる場所に専用スペースがあり、家主であるはずの会長も怯えてしまうほどの人物。その正体は……今まで一度も姿を見せていない謎の存在。

 その名も……『コード:05』。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 「ルイルイ王子(おうじ)?」

 「ゆ、遊騎はたまに、そう呼んでるゼ……。オレとか大神は普通に王子って呼んでるケド……」

 「王子……よほど凛々しい方なのだな」

 「いや、別に凛々しいから王子って呼んでるワケじゃ……」

 刻の『渋谷荘』入りも済み、改めて修業が始まった。そんな中、刻と桜は『伍號室(ごごうしつ)』の住人である『コード:05』について話していた。会話だけを聞けば、特に何の変哲もない会話。だが、二人を見ている周りの人々に聞けば、二人は異常と映るだろう。その理由と言うのは……

 「……っつか、桜チャン? この食材……買い過ぎじゃね?」

 「人が増えたから仕方ないのだ。それに、今日は王子殿のために美味しい肉じゃがを作ろうと思っていたから、つい張り切ってしまったのだ」

 「いやぁ、それはいいんだけど……オレ、まだ傷だって治ってないし……それに、この『にゃんまる』スーツ着てるせいで、余計に……重……!」

 一人は食材が限界までは行った段ボールを山のように持つ少女、もう一人は『にゃんまる』の着ぐるみを着て同じように食材を運ぶ少年。これこそが二人が異常に見える理由だった。というより、これを見て異常に見えない者こそ異常だろう。

 刻は弟子入りした後、大神と同じように基礎体力をつけるための修業に入った。つまり、『にゃんまる』スーツを着ての日常生活である。そこに桜が買い物に行くということが重なり、スーツを着たまま付き合わされたということだ。桜に関しては……いつものことである。

 「頑張るのだ、刻君。それも修行だ。ガッツなのだ!」

 「ぐぬぬ……! 傷だらけの身体にこれはキツイ…………ん?」

 笑顔で刻にエールを送る桜に対し、刻はふと何かに気付く。それは、一つの音。それなりの速さで、しかも自分たちに近づいてくる音。そして……

 「いただき!」

 「ぬっ!? ひ、ひったくり!?」

 二人の横を一台のスクーターが走り去り、一瞬の隙を突いて財布が入った桜のバッグをひったくっていった。運悪く道路側の手にバッグを持っていたため、絶好の獲物だったのだろう。

 「この野郎! この刻様の前で悪行たぁいい度胸──のわぁ!」

 『コード:ブレイカー』たる自分の前で“悪”は許すわけにはいかない。すぐに追おうとした刻だったが、スーツの重みで盛大に転んでしまった。持っていた食材は全て落とし、食材の一つである卵が割れて中身が散乱した。

 「私に任せるのだ、刻君! 待てー!」

 桜は刻に一声かけると、食材をその場に置いて走り出した。しかし、いくら彼女の身体能力が優れているからといって走ってスクーターに追いつくことなどできるわけがない。両者の距離はどんどん開いていった。

 「く、くそ……! このままじゃ逃げられ──!」

 どんどん小さくなっていくスクーター。桜が思わず諦めかけた……その時だった。

 ──ピシィ……!

 「な……!? う、動けねぇ……!」

 「な、なんだ……!?」

 突然、何かがスクーターに乗っている男を絡め取った。それは目を凝らさなければ見えないほど細く、だがしっかりと男を捉えて離さないほど丈夫だった。それは……釣り糸(テグス)だった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 「今日のエモノは小せぇな……。エサにもなんねー雑魚か」

 釣り糸の出所……すぐ近くの建物の上にいたのは、鮮やかな蒼色の艶髪に右眼下の泣きボクロ、黒の革ジャンにズボン、携帯タイプのボトルを片手に持った人物だった。その人物は、そのまま建物から飛び降りてきた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 「こ、この野郎! ぶっ殺して──!」

 「ふん!」

 「ぐはあ!?」

 「……チッ。酒のサカナにもなんねーな」

 ひったくりの傍に降り立ったその人物は、問答無用でひったくりに頭突きを喰らわせて気絶させた。その後、ひったくられたバッグを奪い取ると、それを桜に投げつけた。

 「ほら、『渋谷荘』に帰るぞ、新入り共」

 「え? え? 『渋谷荘』に、って……?」

 「……やっぱりお前かヨ」

 急すぎる展開についていけない桜に対し、ようやく追いついた刻はそこにいた人物に声をかけた。彼は知っていた。その人物が誰なのか、どのような人物であるかも。

 「王子……! 『伍號室』の住人ってのはヨ! 『コード:05』のくせにオレ様に命令してんじゃねーぞ! この下っp──ぐお!?」

 「うるせぇ……。あと、卵割るんじゃねぇ」

 「王子……? まさか、この方が王子殿……?」

 怪我をしていようと関係ない。卵を割った刻にも頭突きを喰らわせる。そう、この人物こそが噂の『コード:05』……王子である。急な出会いに困惑した桜だったが、とりあえず王子に続いて『渋谷荘』に帰ることにした。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 「『渋谷』ぁぁ! よくもオレの『渋谷荘』を汚しやがったな!」

 「ヒィィィ! お、王子様!?」

 買い物から帰った桜が最初に見たもの……それは汚れきった『渋谷荘』の現状にブチ切れる王子の姿と王子に怯える会長の姿だった。そして……

 「痛いわ……ゲホゲホ」

 「なんで、オレまで……」

 見事に王子の頭突きを喰らった遊騎と大神。二人はほとんど巻き添えという形で頭突きを喰らっていたが、王子にしてみれば『渋谷荘』を汚した罪は住人全員の責任ということなのだろう。

 「言っておくぜ、『渋谷』。もし、また同じことやったらテメェの正体バラすぜ……?」

 「き、肝に銘じておきます~!」

 鋭い視線を会長に向ける王子。内容は明らかな脅しであり、会長は完全に怯えてしまっている。

 (王子殿は会長の正体を知っているのか……? だから会長はあんなに王子殿に怯えて……)

 まさに、王子こそが『渋谷荘』の真の主。会長が持つ家主という権利を完全に暴力で掌握する。まさに最強……というより最恐である。

 「おい、零……。お前もコイツラに染まってんじゃねーぞ。……ったく、少し休む。テメーら、騒いだらぶっ殺す。あと『渋谷』、オレのボトル持ってこい」

 そう言うと、王子は自室に入っていった。すると、スーツを脱いだ刻は顔を真っ赤にしてグチグチ文句を言いながら外に走っていった。おそらく、外で王子に聞こえないように文句を言うつもりだろう。そして、会長はいそいそとボトルを用意し始めた。その様子を見て、桜は残念そうに顔を沈めた。

 「王子殿と皆はあんまり仲良くないのだな……。せっかく会えたというのに……なんと話しかけたらいいのか」

 「……王子が苦手なんですか? 桜小路さんにもそんなことがあるんですね」

 「い、いや! 違うぞ!? ただ私は……!」

 「まあ、王子がどんな奴かは、すぐに……わかりますよ」

 王子との関係に悩む桜に対し、意味深な言葉を口にする大神。その後、王子は自室から出ることは無く日付は変わった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 次の日、目が覚めた桜が見たのは驚くべきものだった。

 「庭いっぱいに干された洗濯物にピカピカの床……リビングにはご飯まで用意されているのだ!」

 昨日まで大量に溜まっていた洗濯物は外に全て干され、床は埃が一切無く、さらにリビングには四人分の食事が用意されていた。

 「ん~、『にゃんまる』おはよ~」

 「おはようございます」

 「……んあ? 美味そーだな、オイ」

 すると、ちょうどよく大神たちも起きてきた。彼らは食事に気付くと、それぞれ席に着いた。席に着いてみると、さらに驚くべきことがあった。

 「これは……! オムライスに『ようこそ SAKURA』とケチャップで書かれているのだ! それに『子犬』には骨まで!」

 「ワン!」

 「オレには禁煙グッズときましたカ。アー、クソッ。してやられたわー」

 「廊下のホコリ無くなったから咳も止まったわ。にしても、いつ気付いたんやろうなー」

 「正直、助かりました。もう替えのシャツが無かったので。しかし、いつも通り完敗ですね」

 それぞれ食事に手を付けながら、感嘆の声を洩らす。この様子を見る限り、これらをやったのは大神たちではない。ましてや桜でもない。ならば、これは誰がやったのか。

 「むう、会長はまだ寝ていらっしゃる時間だし……では、まさかこれは王子殿が?」

 「起きたか、このノロマ共」

 「王子殿!」

 桜が気付いたのと同時に、王子が姿を現した。昨日と変わらずの革ジャンとズボン姿で鋭い眼光を向けている。すると、王子はリビングの壁に巨大な紙を張り出して全員に見せた。見ると、「当番表」と書かれていた。

 「炊事、洗濯、ゴミ捨て、掃除……これをそれぞれ一週間、ローテーションで組んだ。テメーら、今日からこの当番表通りに働けよ。ちなみに、『渋谷』の奴は毎日全部やらせる」

 「ハア!? クソネコの分はいいとして、なんでオレたちがやらねーといけないんだヨ! テメーの言うことなんて聞かね──ぐへっ!」

 「うるせぇ。愚民は黙って言うことを聞け」

 「誰が愚民だ、コノヤロー!」

 「あ、あわわ……。ちょ、ケンカは……」

 王子の急な決定に刻が反発し、二人の間に争いが起こる。と言っても、一方的に刻がやられているが。そして、数回ほど二人の言い合いが続くと……

 「……チッ、しゃーねーな。いい加減、飽きたしキッチリ働いてやるカ……」

 「当番かー。面倒やけどしゃーないなー」

 「まったく……どうせやるしか選択肢は無いんですから、無駄な抵抗しなければいいものを」

 「み、皆……?」

 急に、仕方なさそうではあるが大人しく従い始めた。というより、了承したように見える。突然のことに桜は一人、状況を飲み込めないでいると王子がフッと微笑んだ。

 「……死ぬまでこき使ってやるから覚悟しとけよ、お前ら」

 「ハイハイ……望むところだっつの」

 笑顔で向かい合う王子と三人。そのやり取りからは……彼らなりの信頼関係が感じられた。そして、それを見たことで、桜はようやく理解した。自分はとんだ勘違いをしていたということを。

 「そうか……本当は皆、王子殿のことが大好きで仲良しなのだな! そして王子殿は口下手なだけで、本当はとってもとっても素敵で優しい方なのだ!」

 ようやく知ることができた王子の一面。桜はそれが嬉しく、満面の笑みで王子にそれを伝えた。彼女なりの感謝の意味を込めて。そのおかげで、その場は一気に和やかに…………

 「バカ珍! それ(・・)はダメだ!」

 「しまった……!」

 「え?」

 急に慌てだした大神たち。意味がわからず首を傾げた桜だったが、ふと隣で起きていた違和感に気付いた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 「そ、そそそそ……そんなこと、ね……し。す、素敵、とか……やさ、やさし、とか……そんな……」

 「……え?」

 徐々に赤くなっていく王子の顔。ほんのりと湯気がたつほど高揚し、顔はどんどん真っ赤に染まっていって……

 「そんな、こと……ね……。────ぬがぁぁぁぁぁ!!」

 王子は、周囲のものを頭突きで次々に破壊し始めた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 「ぬお!? これは一体、どういうことなのだ!」

 「すみません……事前に言っておくべきでした。王子のことは……褒めちゃダメなんです。アイツは想像を超えるシャイなんです」

 「悠長に説明している場合じゃ──ギャアァァァァァァ!!」

 その後、王子の頭突きで吹っ飛ばされた刻が戻ってくると、全員で『渋谷荘』の修復作業を行う羽目になった。そんな中、桜は自室に籠ってしまった王子を心配して部屋を訪ねていた。

 「王子殿、お茶を淹れたのだ。皆で一緒に飲みませんか?」

 「桜小路さん、何をやっているんですか? 早く作業を手伝ってください」

 「おお、大神。ちょうどよかった。王子殿の様子を見てきてくれぬか? 私が行くより、同じ男が行った方がいいだろう」

 「……すみません、桜小路さん。もう一つ、言い忘れていました。王子は……」

 「ぬ? 扉が開いた……?」

 扉をノックしていた桜だったが、完全に閉められていなかったのか扉が動いていった。扉が動いていったことで、少しずつ部屋の中が露わになっていき…………見えた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 着替えるために上の服を脱いだ王子の……豊かな双山(・・・・・)を。

 「…………ご、ご、ご婦人なのだぁぁぁぁぁ!」

 「そうです。アイツは八王子(はちおうじ) (るい)という女の『コード:ブレイカー』で……って! なんで開けてるんですか!」

 「零……テメェ、堂々と覗いてんじゃねーぞぉぉぉぉぉぉ!!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 その後、さらに王子が暴れて修復箇所と怪我人が増えたのは余談である。

 

 

 

 

 




CODE:NOTE

Page:30 『渋谷』会長

 輝望高校生徒会長を務める、なぜか『にゃんまる』の着ぐるみを着た人物。生徒会長だが、滅多に生徒たちの前に出てこないため姿を見たことが無い者も多い。また、桜と同じく異能が効かない珍種。「いかにも」が口癖。
 元々『コード:ブレイカー』の養成所であった『渋谷荘』の主であり、今は大神たちの師匠を務める。『コード:ブレイカー』の存在を知る者であり、桜の父親とも知り合いなどと謎が多い人物。『捜シ者』たちとも面識がある。

※作者の主観による簡略化
 この人がいる生徒会なら入りたい。



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