今回は色々と自分で勝手に加えたオリジナルな補足要素が点々としているため、少し長めとなっております。
また、こんな調子じゃいつまで経っても終わらないな、と思ったので次回からは大事な場面とオリキャラが関わる場面をメインにしていこうと思います。まあ、少しカットする場面が多くなる程度に思ってください。
カットした場面はダイジェスト的にまとめようとは思っています。
どんな感じかは次回をお楽しみに。
それでは、どうぞ!
『捜シ者』と『Re-CODE』との対決と『捜シ者』による桜の誘拐、そして
季節は……もう梅雨に入っていた。
「うむ、今日もたくさん雨が降って良いことだ。お米や作物も嬉しいだろう」
「……とても現代の女子高生の言葉とは思えませんね」
「そうか? 昔から父上と母上とは雨が降るとこういった話をするのだが」
梅雨というだけあって、ここ数日は雨が続いていた。そんな中、大神と桜は傘を差し、雑談を交わしながら下校していた。話の内容としては雑談に変わりないのだが、大神が言うように桜の発言ははっきり言って女子高生がするような話とは思えない。まあ、これも彼女の実家が『鬼桜組』という仁義に熱き任侠組織だからかもしれない。一般的なものとは違うものがあってもおかしくはない。
そんな桜に普通の人は違和感を覚えるだろうが、彼女からしてみれば最近の大神に強い違和感を感じていた。それは、彼が会長に弟子入りして『渋谷荘』に住むという話を聞いてからだった。
「ところで大神、今日もずっと居眠りしておったな。休み時間の時も授業中も……ちゃんと夜、寝ているのか?」
「……寝ていますよ。言ったでしょう? あれからずっと、バイトは休みをもらっているんです。バイトが無ければ夜は寝るだけですよ」
「それはわかっているのだが……」
「大丈夫ですよ。ちゃんと時間を見つけて予習と復習もしてますから、勉強の方は問題ありません」
もはや勉強だけに限った問題ではない……と桜は言おうと思ったがやめた。どうせ言っても上手いこと言ってかわされるだけだと思ったのだ。現に、今もなぜ居眠りをしてしまうのかについては一切触れていない。
大神が会長に弟子入りしたことで、特にこれといって大きな変化は無かった。あると言っても、今の話にもあったように大神がずっと居眠りをするようになったことだ。あおばたちクラスメイトも、急に居眠りが多くなった大神を気にかけているのを桜は知っていた。だが、どんなに言ってもはぐらかされてしまう。そして、彼女にはもう一つ気になることがあった。
「それじゃあ、さようなら。また明日」
「う、うむ。いつもすまんな」
「いえ、これも観察ですから」
着いたのは桜の自宅。二人が別れるのは必ずここだ。まあ、その理由は大神が言うように「観察」のためだ。その逆に、登校の際には必ずここで合流する。と言っても、桜が出ると大神がすでにいるのだが。だが、それは大神と知り合ってからずっと続いていることであるため不思議ではない。気になるのは、三週間前から別れる際に必ず言ってくるこの言葉だった。
「桜小路さん、絶対に『渋谷荘』には来ないでくださいね。では、失礼します」
「…………」
これだ。いつもの優等生スマイルで「絶対に『渋谷荘』に来るな」と言って彼は帰っていく。彼が会長に弟子入りしてから、これが毎日続いている。彼にしてみれば本当に来てほしくないため、念を押しているのだろうが……桜の性格上、それは逆効果と言ってもいいものだった。
「ええい! 毎日、ああも言われると嫌でも気になってしまうではないか! 『子犬』! 今日こそ大神が『渋谷荘』で何をしているか突き止めるぞ!」
「ワン!」
大神の姿が見えなくなったのを確認すると、桜は拳を握りしめて覚悟を決めた。その覚悟に応じるかのように、『子犬』も大きく鳴く。その後、彼女は合羽を着てこっそりと『渋谷荘』へと向かった。
『渋谷荘』への道はなんとか覚えていたため、桜は特に苦労せずに辿り着くことができた。周囲に人の気配は無いが、桜は細心の注意を払いながら徐々に『渋谷荘』へと近づいていった。
「よし、なんとか表札のところまでは来れたな。しかし、改めて見てみてもボロボロだな……。雨漏りしていてもおかしくなさそうだ……」
表札が飾ってある塀の陰に隠れて『渋谷荘』を見る桜。見たままならどっしりと建っているが、細部を見ると壁の木材がひび割れていたり、天井部分の瓦がずれていたりとかなりボロボロだとわかる。だが、今はそんなことを気にしている場合ではなかった。桜はどうしてもこの『渋谷荘』で確かめたいことがあった。大神のことはもちろんだが、何よりも……
「……本当にここに
そう、彼女が気になっているのは
「……いかにも、
これではわかるはずもない。上手いことかわされたということだ。ちなみに、
だが、先ほども言ったがこの三週間、平家とは一回も会ってない。そのため、桜は無事に
「む……いかん、いかん。
つい
「よし、この『渋谷荘』がなんなのか……それを何としても突き止──」
「…………」
「め、る……」
改めて覚悟を決めた桜が前を見た瞬間、目の前に見知った顔があった。突然、あるとも思っていない顔が目の前にある。その顔とは……
「ヤ、桜チャン」
「刻君!?」
まさかの刻だった。雨の中、傘を差して煙草をふかしており、何食わぬ顔で片手を挙げて挨拶をする。桜は思わず彼の名を叫んだが、すぐに刻から人差し指で自身の口元を押さえて「静かに」とジェスチャーで伝えられ、桜はハッとして口を押さえる。刻はそれを確認すると、小声で話を始めた。
「どうせ考えてることは一緒ダロ? 大神の奴が何やってんのか、
「──! ──!」
刻の言葉に、桜は口を押さえたまま勢いよく頷いた。偶然にも同じ時に忍び込もうとした二人は、ゆっくりと『渋谷荘』の玄関を開いた。
「た、たのもー……。誰かおりませぬか……?」
「シー……。忍び込んでんだからそーゆーのいいっつノ」
『渋谷荘』に無事、忍び込んだ桜と刻。桜は心のどこかで罪悪感を感じたのか、小声ながら最低限の礼儀を通す。一方、刻はそういったものを気にする様子は無く、ずかずかと靴を脱いで上がっていった。その後、桜も中に上がり、二人は一階の捜索を始めた。
「……どこもかしこもボロボロだし、とても暗いな。台風でも来たら壊れてしまいそうだ」
「大神の奴、よくこんなトコに住んでられるゼ。オレだったらゼッテー無理だワ」
どんなに力を抜いて歩いてもきしむ床、閉まっているはずなのに水が滴る蛇口、点いているわけでもなく丸出しで吊られている電球。外装も中々のものだったが、内装はそれ以上の状態だった。はっきり言って、少し力を込めて暴れれば普通の大人でも壊せそうな状態に近い。
そんな『渋谷荘』の一階部分を一通り見てみた二人だが、特にこれと言って重要そうなものは見つからなかった。そこで、二人は二階に続く階段を見つけて二階へと足を踏み入れていった。
「うわ……二階はもっと暗いナ……。やっぱ、こんなボロ家じゃタダでも住みたくないゼ」
「そういえば、会長の話ではここは戦前に建てられたらしい。そう考えると、当然かもしれんな」
構造上の関係か、刻の言うように二階は一階よりも暗く、歩くだけでも一苦労だった。そんな中、桜はいつの間にか会長から聞いていたらしく、『渋谷荘』が建てられた時代について口にする。よく戦争中に壊れなかったものだ、と内心で感心しながら。
そして、二人が二階を慎重に回っていると、様々な物を発見することができた。水道と思われる場所には複数の歯ブラシ、廊下のところどころには洗濯物と、人が住んでいるという証拠が確認できた。
「今思うと、玄関には靴もいくつかあったな。ということは、大神の他にも住んでいる者がいるということか……」
そんな中、桜がふと気付く。歯ブラシを含めた生活用品が複数あった。それはつまり、住んでいる者が数人いるということ。まあ、ここはアパートだ。ここ二階部分をよく見てみると、「○號室」と番号順に書かれた扉がいくつもある。おそらく、二階は居住スペースなのだろう。
「む……?」
すると、桜と刻はふと違和感を感じる。自分たちがいる地点より少し前……そこに何かがいるという気配を感じたのだ。
「だ、誰かおるのか?」
──カッ!
桜はおそるおそる気配に尋ねた。その瞬間、外では雨雲に紛れた雷雲から大きな雷が落ち、閃光と轟音が『渋谷荘』に響いた。
そして……その閃光は桜たちの前にいた気配の姿を照らし出した。
「────」
「────」
「バ、バ……化け猫だァァァァァ!」
そこにいたのは、猫のような顔をしていながら二足歩行で立つ、ぼんやりとした二つの奇妙な存在。その存在を目にした瞬間、刻の叫びが『渋谷荘』中に響き渡った。
──カチッ
「おお、点いたね。いかにも、ブレーカーが落ちただけだったんだな」
「か、会長!?」
「はや、早く逃げ──! ……え?」
刻が一目散に逃げようとした時、スイッチを押すような音がしたと思ったら一気に『渋谷荘』内が明るくなった。見ると、刻が化け猫だと思った存在は会長だった。『にゃんまる』の着ぐるみのため、そう見えただけだったのだろう。桜は安心するが、ふと気付く。そこには……もう一人の『にゃんまる』がいるということに。
「会長……その『にゃんまる』は誰なのですか?」
「──!」
「あ、待て!」
桜がもう一人の『にゃんまる』を指差して会長に尋ねると、もう一人の『にゃんまる』は急に桜たちに背を向けて逃げ出そうとした。しかし、そのスピードはかなり遅く、瞬時に反応した桜から逃げられるはずもなかった。もう一人の『にゃんまる』はあっけなく桜に押し倒された。
「どうした! なぜ逃げる必要が……って、あれ?」
もう一人の『にゃんまる』に馬乗りになって逃げようとした理由を言及しようとする桜。すると、彼女はあることに気付く。見た目こそ『にゃんまる』だが、そこからかすかに感じるあるもの……それは、彼女が良く知るものだった。桜はその感覚を信じ、『にゃんまる』の正体を口にした。
「この匂い……お前、大神か!」
「──!!」
「いかにも、その中身は大神君だよ~」
桜の言葉を聞き、『にゃんまる』は大きく体を反応させる。それだけでもわかるものだが、会長の口から堂々と正解を宣言される。どうやら本当に正解だったらしい。桜が着ぐるみ越しに嗅ぎ取った大神の匂い……彼女が持つ異常なまでの嗅覚への執着がもたらした結果だった。以前はそれで救われたこともあるが、今ばかりは大神にとって迷惑なものに感じているだろう。
「ギャハハハハ! そーゆーことかヨ! そりゃ見られたくねーよな! どんだけ遊ばれてんだヨ、テメーヨー! おい、顔見せろヨ! 写メ撮ってやっからさ!」
「──!」
『にゃんまる』の中身が大神だとわかった瞬間、さっきまで化け猫だと騒ぎ立てていた刻は大笑いを始めた。相変わらず調子の良い性格で、笑いながら大神が被っている『にゃんまる』の頭を外そうとする姿は先ほどまで怯えていたとは思えない。一方、大神はそれを拒否し、頭を押さえながら刻から離れようとするが、やはり遅いので離れられない。
「──!?」
「うわ! お前、急になに──ぐはっ!」
すると、大神の足元に少し出っ張った木材があり、刻から逃げるのに夢中だった大神はそれに足を取られて……刻を押しつぶすように倒れた。だが、あくまで細身の高校生と着ぐるみ。衝撃こそあれど大した重さは無い……はずだった。
「お、重……! 死ぬ……!」
ミシミシと刻の体中から不吉な音が鳴る。見ると、二人が倒れ込んだ部分の床はクレーターのようにへこんでいる。刻は大神を上からどかそうとするが、ピクリともしない。結果、二人を心配した桜が自慢の怪力で大神を起こしたため、大事には至らなかった。
「……これでよし。大丈夫か? 刻君」
「アガガ……。ク、クソネコ……なんだよ、このクソ重い着ぐるみは……」
「いかにも、ただの着ぐるみじゃないよ。生命力を上げる基礎力アップ用パワースーツさ。スーツの中には珍種である私の血がたっぷりと塗り込まれているから、このスーツを着ている間は異能は絶対に使えない。『渋谷荘』内では昼夜問わずスーツは着たまま、異能が使えない状態で異常なほどの重さに耐えることで気力と体力を向上させる。これは長い間、異能の研究をした私が導き出した最良の方法なんだよ」
つまり、会長の話を簡略化するならば一種の拘束具ということだ。異能が使えないということはある意味、不正などが行えない状態。生身の状態で苦しみに耐えねばならない。確かに、こんなことを続けていれば気力も体力も嫌でも向上するだろう。『にゃんまる』型なのは……おそらく会長の悪戯心だろう。
「そうか……。だから唯一スーツを着ていない学校では疲れて眠ってしまうのだな」
意外なところで大神の居眠りの謎が解けた桜。会長の話から、おそらく大神は『渋谷荘』で寝る時もスーツを着たままのはず。こんなスーツを着ていては安眠などできるはずもなく、その分の睡眠を体が楽な状態になる学校で補っていたのだろう。
「さて、大神君。次は屋根の修理お願いね。雨漏りひどいから」
「──! ──!」
「……やっぱアイツ、いいようにこき使われてるだけジャネ?」
桜たちが納得したところで、会長は大神に次の仕事を言いつけた。大神は動きにくいスーツの状態で、必死に一歩ずつ進んでいった。その後ろ姿は、刻の言うようにただ遊ばれている哀れさを感じた。
二人がいなくなった二階の廊下。すると、刻は呆れた様子で深いため息をついた。
「ったく、こんなトコに籠ってどんなスゴイ修業してんかと思ったらふざけたスーツ着せられての体力強化……。こんなん遊んでるのと同じじゃねーカ。なんか拍子抜け。桜チャン、オレ先に帰るワ」
「刻君……」
どうやら大神が行っている修業の内容に呆れ果て、調べる気も失せたらしい。彼は会長たちが言った方向に背を向け、そのまま帰ろうとする。桜は止めようとするが、どうにも言葉が見当たらない。彼を止められずにいた。すると……
──ガチャリ
「ア?」
ふと、扉が開く音が二人の耳に届く。刻は不審に思い、振り返ってみる。そこにいたのは……
『…………』
「またかヨォォォォ! つか、今度は三匹ィィィィ!」
部屋の中から出てきたのは、『にゃんまる』の頭を被った三つの人影。なぜか周囲の電機は消えているため、不気味さは倍増されている。刻は恐怖のあまり後ずさる。すると、背中に違和感を覚えた。
──ドン!
何かにぶつかった。まるでホラー映画さながらの展開に、刻はまさか、と思いつつも振り返ってしまった。そして……見た。
「…………」
「ギャアァァァァァァ!」
そこにいたのは、前の三人と同じように『にゃんまる』の頭を被った謎の人影だった。恐怖の連続に、刻はその場に倒れた。
だから、彼らの正体をすぐに知ったのは桜だけとなった。
「……さて、皆さん。『にゃんまる』ごっこはそろそろ終わりますよ」
「えー、つまらんわ」
「寧々音、もっとやりたいのー」
「平家先輩! 遊騎君に寧々音先輩まで! じゃあ、こっちは……」
「……まさか、ここまで驚くとはな」
「夜原先輩!」
次々と『にゃんまる』の頭を脱いでいくのは平家を始めとする知り合いの面々。その後、刻が起きるまで桜たちは彼らがここに来た経緯を聞いていったのだった。
「ナルホド……遊騎はこの前の戦いで家が壊れたから、ここの『
「オレにだけ棘があるな」
「うるせー! 紛らわしい登場しやがって! 一生恨んでやっからな!」
刻が目覚めると、桜は刻に平家たちがなぜ『渋谷荘』に来たのかを説明した。まあ、彼にしてみれば一番気になるのは寧々音のため、彼女以外がいる理由への関心は少ないだろうが。一方、当の寧々音は遊騎とまだ『にゃんまる』ごっこをしている。
それを横目で確認すると、刻は平家に対してある疑問をぶつけ始めた。
「オイ、平家。お前だったら何か知ってんダロ? このアパートってなんなんだよ。クソネコの家だっつーし、遊騎と大神……『コード:ブレイカー』を二人も住まわせるなんてどう考えても普通じゃねー」
「それは当然です。なぜなら、この『渋谷荘』と我々『コード:ブレイカー』は切っても切れない関係なんですから」
「……どういうことだヨ」
刻の疑問に対し、平家は意味深な言葉を最初に返す。刻はその言い回しにイラつきを覚えるが、平家は構わずに言葉を続けた。
「ここは……かつて『コード:ブレイカー』を育成するために建てられた養成所だったんです」
「養成、所……?」
「ええ。ですが、『ある事件』をきっかけに封鎖されました。以降、会長はここをアパートにし、会長の許可が出た者しか出入りができない『渋谷荘』となったのです」
「……マジかよ」
平家の話を聞いて、刻はそれしか言葉にできなかった。桜曰く戦前に建てられたというここが養成所だった、そんな場所を管理している会長は“エデン”とどんな関係があるのか……浮かぶのは疑問ばかりだが、それを全部ぶつけても答えは返ってこないと感じたのだろう。刻は驚きを表す言葉を口にするので精一杯だった。
しかし、平家の話を考えれば寧々音がここにいるのも不思議ではない。彼女自身、忘れているが彼女は元『コード:ブレイカー』。もしかしたら、彼女も現役だった頃には『渋谷荘』と関係があったのかもしれない。一方、その寧々音はというと……
「あー、大神君だー」
窓にへばりつき、外にいる大神(『にゃんまる』スーツ)を眺めていた。刻は一瞬、彼女の傍に行こうとしたが、やはり気持ちの整理がつかないらしく足が止まる。それを見た桜は、静かに寧々音の傍に移動する。自分が代わりに話を引き出そうとするかのように。
「寧々音先輩、大神が気になるのですか?」
「あ、桜ちゃん。あのね、寧々音は知ってるのー。大神君、最初はあれ着てる時ね、よちよち歩きしかできなかったの。でも、今は暗くなってくると一人で外に走りに行ってるの。じゃんぷもね、ちょっとはできるようになったんだよ。……大神君、きっと強くなりたいの。すっごく、すっごく強くなりたいの。だから寧々音は応援してるのー」
そう言うと、寧々音は再び窓の外を見て「頑張れ、頑張れ」と大神を応援し始めた。その姿を見たからか、それとも耳に自然と入ってきた寧々音の話を聞いたからか。刻はいつの間にか窓の傍に立ち、寧々音と同じように外にいる大神を眺めていた。
雨が強く降りしきる中、工具を手に持った状態で外を走る大神。すると、泥に足を取られて勢いよく転ぶ。スーツは汚れ、工具も散乱する。しかし、それでも大神はすぐに起き上って工具を集める。そして、再び走り出していった。刻は見たことが無かった。ここまでする大神の姿を。彼が今まで見てきたのは……いや、見せられてきたのは、今とは真逆の姿だったから。
「皆さん、彼が新しい『コード:06』です」
「…………」
「……イラつくな」
彼が入った当初の偽名なんて覚えていない。なぜなら、どうしようもなく気に入らなかったから。何も映っていないかのような眼、他人に無関心な態度、何をされても眉一つ動かさない表情……その全てが。だから、特に深い理由もなく彼に洗礼を浴びせた。
「オレはな、テメーみたいに生気のねー野郎が一番キライなんだヨ……」
「…………」
どんなに傷つけても、その表情は変わらなかった。変わらず、死んだ眼をしていた。彼のその眼が……どうしようもなく自分の心をかき乱した。
今の彼は……その頃とは比べようもない変化をしようとしているように見えた。
「気になりますか? 彼は入った当初、死んだ魚のような眼をしてましたからね。それが今ではここまで一生懸命に強くなろうとしている。……彼はこれから、どんな眼をするようになるのでしょうね」
「…………」
回想に浸っていた刻の後ろから、平家が腕を組みながら話しかけてくる。刻は彼の言葉に応えようとはせず、ただ窓の外を眺めていた。しかし、それは急に終わりを迎えた。
「……ハッ、関係ねーよ。それに、あいつはまだ『コード:06』……下っ端だ。少しはやる気になって強くなってもらわねーとつまらねー。それに……」
そう言うと、刻は窓の傍から離れて歩き出した。平家の横を通り過ぎ、そして数歩進んだところで止まった。すると、刻はそのままの状態で、しかし強い意志を込めて言い放った。
「アイツがどんな眼に変わろうと、どんなに強くなろうと、何度
彼はどうしようもなく気に入らない。だからこそ負けられない。彼が強くなると言うならば、自分はさらなる高みを目指す。『コード:04』として……絶対に。
「さて、それでは三週間も頑張った大神君の修業の成果を確かめてみようか」
「頑張れー、ろくばん」
「頑張るのだ、大神! スーツ脱げてよかったな!」
「大神君、頑張るのー」
「…………」
その後、大神が屋根の修理から戻ると、会長はスーツを脱ぐように言った。修業の成果を確かめるためだ。しかし、当の大神は燃え尽きたボクサーのように俯いて座り込んでいる。無理もない。自分が『にゃんまる』スーツで修業していたことも知られ、それを脱ぐところもバッチリ見られたのだから。恥ずかしさは生徒会室であった羊事件以上かもしれない。
(ププ……! アイツ、今死ぬほど恥ずかしいんだろうナ……!)
「くっくっく……」
(……あとで何か奢ってやるか)
それを察してか、刻と平家は思いきりクスクス笑っていた。その様子を横で見ていた優は、さすがに大神が気の毒になったのか、彼に対する優しさが自然と浮かんでいた。
そんな中、会長は懐からメモリが書かれた計りのような物を取り出した。なぜか先端が『にゃんまる』の形をしているが、これで大神の修業の成果を確かめるのだろう。
「じゃーん、異能メーター。この目盛りが上がれば上がるほど、私の血が濃く塗ってある代物だよ。つまり、異能のパワーが強いほど、上の方に印を残せるということさ。ハイ、大神君」
「面白そージャン。それ、オレにもやらせろヨ」
「オレもやるし」
「では私も」
会長は取り出した異能メーターの説明を済ますと、大神に渡した。すると、刻たちもそれに参加し始めた。面白がっているようだが、彼らもこの機会に自らの異能のパワーを知っておこうと思ったのだろう。……ただ一人を除いて。
「あれ? 優君はやらないの? メーターはたくさんあるから、やっても構わないよ?」
「……いえ、オレはやったところで弱いのは目に見えているので」
「トーゼンだな。『コード:07』のテメーなんてオレ様の足元に及ばねーだろうゼ。やるだけ無駄ってコト」
「……悪かったな」
ただ一人、不参加だった優に会長も声をかけるが、優は珍しくネガティブな発言で参加を断った。刻が嫌味を言いながら優の肩を組むが、優はそれを振り払って彼らから離れていった。
「じゃ、優君は藤原さんの目隠し係で。一瞬とはいえ異能を使うから一応ね」
「テメー、変なことしたらタダじゃおかねーからナ」
「するわけないだろ……。副会長、失礼します」
「んー、ゆー君の手で何も見えないのー」
唯一、不参加の優は寧々音に異能の存在を知らせないための目隠し係となった。彼女が元『コード:ブレイカー』とはいえ、今はただの女子高生。異能の存在を知らせる必要はないというわけだ。
「さて、と。それじゃ準備もできたし始めようか。メーターを握ったら、握ってる手に異能を集中させてね。それじゃ……スタート!」
「……!」
会長がスタートの合図をしてすぐ、四人は一斉に異能を出す。メーターには会長の血が塗られているため、異能を受けても損傷はなく、きちんと量られていた。終わったのを確認すると優は寧々音の顔から手を離し、結果が見れるようにした。その結果は……
「……お、大神が一番下!?」
結果を見た桜が思わず呟く。メーターを見てみると、大神は「15」、刻は「24」、遊騎は「30」、平家は「36」と『コード:ナンバー』順に並んでいた。この結果を見て、刻はまた笑い始めた。
「ハハハ! やっぱ『コード:06』は下っ端だナ! これじゃ修業の意味も無しってか!」
「……いや、意味はあるよ」
「ハハ……ハ?」
大神が一番下という結果に、刻は修業の意味すら否定する。だが、確かに三週間という期間、死に物狂いで修業を行っても、異能のパワーはどう見ても一番下。これでは修業は失敗したと思っても不思議ではない。だが、会長は大神のメーターを見て、その言葉を否定した。その証拠に彼はある物を取り出した。
「これは三週間前に大神君が使ったメーター。こっちの目盛りは『14』。でも今回は『15』……ちゃんと『1』上がってるんだよ。つまり、修業の成果はあったということさ」
「う、嘘ダロ……!? あんな体力強化ごときで……!?」
「いかにも、私の研究に間違いはないのだよ」
三週間前に計ったという大神のメーター。見ると、確かにそれは「14」となっていた。つまり、会長の言うようにこの三週間の修業によって大神の異能のパワーは「1」上がったということになる。刻は信じられないという顔をしていたが、会長は「どうだ」と言わんばかりに胸を張っていた。
だが、それでも大喜びできるほどのことでもないように感じる。それは平家も感じていたらしく、それを疑問として口にした。
「しかし会長、『1』ですよ? パワーアップとは言えないのでは?」
そう、「1」なのだ。いくら上がったといってもたったの「1」。とてもじゃないが、平家の言う通りパワーアップというには程遠く感じる。だが、会長は動じることなく言葉を返してきた。
「平家君、君もまだまだだね。たかが『1』……されど『1』なんだよ。この『1』こそが、大きな大きな異能パワーアップへの小さき一歩なんだよ」
「…………」
会長の言葉を聞きながら、大神は左手にグッと力を込めて握りしめる。そこから確かに感じる自分の成長を確かめるかのように、自らが歩み始めた強くなるための道を確信したように。
「さて、大神君。これで基礎は終了だよ。そろそろ次の段階を始めよう。……私も、本気を出させてもらうよ。先に言っておくけど、手加減はしない」
「……望むところだ」
「良い覚悟だね。なら、さっそくいこう……」
基礎を終え、ようやく本格的な修業を始められる段階に入った大神。会長は自らも本気を出すということを伝えるが、大神も臆することなくそれに答える。基礎が終わったばかりでも関係ない。時間は限られている。会長は休む間もなく、その本気を見せてきた──!
「はい! 今日は石狩鍋だよ! 手加減無しの本格派だから美味しいよ!」
「飯かよ……!」
修業に入るかと思いきや、いつの間にか用意していた鍋を披露する会長。鍋の登場に一部の者は盛り上がるが、すっかり修業する気だった大神は苛立ちを露わにしながら会長を睨みつけた。盛り上がる者たちと文句を口にする者……それぞれ違えど、『渋谷荘』では盛り上がった食事会が開こうとしていた。
「…………」
だから、彼らは気付いていなかった。『渋谷荘』の外……塀の外側に彼がいることを。敵……『Re-CODE』が一人である雪比奈がいることに。
雨は……まだ上がる気配は無い。
CODE:NOTE
Page:29 風牙
『Re-CODE:07』として大神たちの前に立ちはだかった『風』を操る異能者。普段は冷静な性格だが、気に入らないことがあるとすぐに熱くなり冷静さを欠いてしまう。戦う際は、強風で相手を吹き飛ばす『
元は外国で「魔法で人を襲う化け物」と恐れらた存在であり、そんな自分を狙ってきた実力者を暇つぶしとして異能で葬ってきた。そんな中、『捜シ者』と『Re-CODE』の面々と対面し、瘢痕の『Re-CODE:03』の圧倒的な力の前に敗北。さらなる力を求めて『捜シ者』の傘下に加わり、優を斃す存在として『Re-CODE:07』の称号を獲得する。研究所の戦いにて優と対峙するが『壊脳』を受けて戦闘不能になり、そのまま敗北する。その後、自らの負けを認めない様を愚かとした瘢痕の男に止めを刺される。(一部は番外篇に記載)
※作者の主観による簡略化
テーマは「強いけど、どこか残念な人」です。