CODE:BREAKER -Another-   作:冷目

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またまた遅くなってしまい申し訳ありません。
なんだか、番外篇だけで一年近く使ったと思ってしまうくらい長々とやってしまい本当に申し訳ありません。
今回の話にてこの番外篇も終わり、次回からは本編に戻ります。
本編は番外篇と比べればまだ書きやすい気がするので少しは早くなる……と思います。
とりあえず、今回はタイトルからも分かる通りオリキャラ風牙のお話です。
「オリキャラの話なんて興味が無い」って人は見なくても特に今後の話には影響はありません。(番外篇自体がそうですけど)
それでは、どうぞ!





code:extra 10 風に消えた牙

 『捜シ者』の一味と先代『コード:ブレイカー』との戦いが終わってから数か月の時が経った頃。とある国で妙な噂が立った。

 魔法で強者を襲う化け物がいる──と。

 最初はただの噂だったが、被害者の数が増えていくほどに噂を信じる者が増えていき、少しずつ自ら戦いを申し込もうとする力自慢も現れ始めた。しかし、どんなに強い者が挑んでいっても結果は全て同じ……返り討ちだった。それにより、噂はどんどん広がっていった。

 ちょうどその頃。近い場所でもう一つの噂が立ち始めた。妙な風貌をした謎の集団が現れた、というものだ。そして、これはほんの一部が言った小さな噂。

 その集団は……魔法で人を殺す悪魔──であると。

 

 

 

 

 

 

 

 

 「どうした? お前の強さはこんなものか?」

 「ぐうう……!」

 そこには何もなかった。いや、正確にはある。枯れた木々や巨大な岩……俗に言う荒野という場所だった。そして、そんな荒野にいる二人の男。一人はズボンのポケットに両手を入れて余裕の表情で立っている若い男。対してもう一人の男は、右肩から出血し左手でなんとか止めようとしている風格のある初老の男。かなりの量を出血しているのか、初老の男の顔は少し青ざめていた。

 「まさか噂は本当だとはな……。だが、魔法などという可愛いものではないな……。その力……もはや妖術の類だ……!」

 「……ふん。噂を頼りにわざわざ日本から来て出た言葉がそれか。まあ、なんでもいいさ。ずっとそうやっているのも疲れただろう。そろそろ……終わりだ」

 若い男はそう言うと、初老の男の前に右手を差し出した。その動作に初老の男は目を見開き、なんとか避けようと横に動いた。しかし──

 「『鎌鼬』」

 「ぐわああああ!」

 若い男が呟いた瞬間、初老の男の体から鮮血が流れた。そして初老の男は力無く斃れ、若い男のみが残った。若い男は先ほどまで相対していた初老の男の死体をつまらなさそうに見下ろした。

 「わざわざ日本から来たと言うから期待したが……やはり異能を持たない相手じゃこの程度か」

 死体を見下ろしながら呟くと、男はその場を立ち去ろうとした。用が済んだこの場から。

 初老の男の言葉から察する者もいるだろうが、この男はもちろん只者ではない。噂、魔法……このキーワードを聞けばわかるだろう。この男こそ噂になっている魔法を使って強者を襲う化け物である。自らは異能と呼び、他者からは魔法と呼ぶ力を使って強者を斃す謎の男。それが彼だ。

 おそらく初老の男も噂を頼りに彼を斃しに来た一人なのだろう。しかし、彼の力の前にあえなく敗れてしまったのだ。初老の男にしてみれば、まさかここまでの力の差があるとは思わなかっただろう。

 だが、男にしてみればどれも同じだった。力の差しか感じられない者たち。自分からしてみれば弱者でしかない者たち。誰にしても……同じだった。

 「まったく。やはり戦うとしたら同じく異能を使う奴と戦った方がいいか。……待てよ」

 去りながら呟く男。これからのことについて考えていると、ふと一つの話が浮かんできた。最近、聞くようになった……ある噂を。

 「魔法で人を殺す悪魔の集団……ていうのがいたな。まさかそいつらもオレと同じ……? ……だったら話は早いな」

 ふと立ち止まってただの噂から自分なりの推理を始める男。そして、一つの結論にたどり着いた時、男はニヤリと笑った。

 「ちょうど普通の人間相手にも飽きてきたところだ。そいつらを見つけ出して少しは暇つぶしを──」

 

 

 

 

 

 

 

 

 「その必要はない」

 

 

 

 

 

 

 

 

 「ッ!?」

 突然、後方から聞こえた冷ややかな声。そのあまりの冷やかさに男は思わず振り返りながら距離をとった。そして、再び驚愕した。

 「な……!?」

 そこにいたのは異常な者たち。明らかに一般人ではない姿をしていた。一人はフードを被りダウンベストを身につけた褐色肌の男で、もう一人は真っ黒な布を身に纏っていた。だが、最も異常さを感じさせる存在は別にいた。

 「…………」

 それは二人の一歩奥にいる人物。フードもしていなければ布を身に纏っているわけではないため顔ははっきりと見える。その顔から判断するに、かなり若い男。だが、彼はあまりにも白すぎた。髪も、顔も、服も……何もかも。彼は全てが白かった。

 「……なんだ、お前らは」

 その異常な姿から、男は警戒心をむき出しにして集団に尋ねた。しかし、彼らはすぐに答えようとしない。布を纏った男はもちろん、白い男は薄ら笑いを浮かべている。すると、褐色肌の男が口を開いた。

 「先ほどお前が口にしていただろう。お前が次の標的にしている集団だ」

 「な……!」

 まさかの展開だった。自分が会おうとした噂の集団が、口にした次の瞬間には自分の背後にいた。奇跡……というよりは奇怪だ。だが、男にしてみればまたとないチャンスだった。

 「そうか……。だったらちょうどいい。こんな外国に旅立って力試しをしてきた甲斐があったってもんだ。大方、お前らも異能者なんだろ?」

 「やはりお前も異能者か。だが、なぜ力試しなんてする? それも異能の力を使ってまで」

 男の質問に再び褐色肌の男が答える。その後の質問を聞くと、男は「くく……」と笑った。

 「決まってるだろ。こんな力を持って生まれたんだ。強い奴らを斃して頂点に立とうとしても不思議じゃないだろ。しかしお前らもバカだな。話しかけなければ……こうしてオレにやられることもなかったのになぁ!」

 叫んだ瞬間、男は右手を前に伸ばした。先ほど初老の男を斃したように異能を使おうとしているのだ。すると、異常な集団たちにも動きがあった。

 「…………」

 今まで何も言わなかった布を纏った男が一歩前に出た。その姿に、褐色肌の男は少し意外そうな顔をした。

 「……まさか、あなたがやる気ですか? わざわざ相手をする必要も無いと思いますが」

 「…………」

 褐色肌の男の言葉に、布を纏った男は何も答えない。ただ黙って、自分たちに右手を伸ばす男の方を見た。

 「最初はお前か! 言っておくが手加減なんてすると思うなよ!」

 「……心配は無い」

 そこで、布を纏った男が初めて口を開いた。瞬間、彼らの周囲に突風が巻き起こり、彼が纏っていた布を吹き飛ばし全身が露わになった。そこで男が見たものは……

 

 

 

 

 

 

 

 

 「どうしようと結果は変わらん」

 「ガ、ハ……!」

 顔に、左目の周囲に刻まれた……瘢痕。しかし、それをじっくりと見る前に男は地に倒れた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 「バ、バカな……! まさかお前、オレと同じ(・・)──」

 「否。オレの力とお前の力は似ても似つかぬ。なにより、()が違いすぎる」

 「なに──ぐぅ……!」

 瘢痕の男の言葉に男は向かっていこうとするが、たった今つけられた傷のせいで動けなかった。瘢痕の男はそれ以上の追撃をしようとはせず、ただ静かに佇んでいた。すると、褐色肌の男が近づいてきた。

 「哀れだな。お前は自分が最強だと信じていたらしいが、しょせん井の中の蛙でしかなかった」

 「く……!」

 褐色肌の男の言葉に男は決死に睨みつけることで対抗する。だが、心のどこかでは相手の言葉に納得してしまう自分を感じていた。それほど、あの瘢痕の男の力は圧倒的だった。自分が何をされたのかわからないほどに。

 「殺すなら殺せ……! 憐れみを受ける気は無い……!」

 力の差を感じたこともあってか、男は潔く殺すように言った。今まで自分も遠慮なく手にかけてきた経験から覚悟はしていたのか、その眼に恐怖は感じられなかった。

 しかし、男たちは一向にそうしようとはしなかった。ただ黙って男を見下ろすだけだ。その様子に男が不振に感じていると、今まで奥にいた白い男が近づいてきた。そして、男の前に膝を突いた。

 「殺しはしない。なぜなら私たちは君を殺すためではなく、迎え入れるために来たのだから」

 「なに……?」

 その言葉を聞いた瞬間、男は理解できなかった。目の前の男が何を言っているのか、まったくわからなかった。しかし、白い男は構わず微笑を浮かべたまま手を差し出した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 「私の名は『捜シ者』。私なら君にもっと大きな力を与えることができる。私と一緒に来ないか?」

 それが『捜シ者』と……後に彼から風牙の名をもらうこととなる男の出会いだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 それからかなりの時間が過ぎ、再び『捜シ者』が日本にやって来た。

 彼らは今、『捜シ者』の計画のために動いている。ここには『Re-code』である褐色肌の男……雪比奈が率いる『捜シ者』に心酔するリリィ、仙堂……そして新たに『Re-code:07』となった風牙の四人がいた。彼らは都内から少し外れた場所にある廃工場にいた。これから起こるであろう『コード:ブレイカー』との戦いに備え、それぞれが調子を整えていた。

 「くらいな、風牙! リリィの『分泌』でドロドロに溶けちゃいな!」

 「相変わらず甘いな、リリィ! 『向かい風(リターン)』!」

 「くっ!」

 調子を整えるだけ……のはずだったが、いつの間にか模擬戦になってしまっていた。しかし、模擬戦と言っても異能を使っているため、ほとんど実戦と変わらない。

 現にリリィは右手から『分泌』した毒を風牙に向けて放ち、風牙はそれに対して全身から突風を放出して毒を全て吹き飛ばした。さらに、突風のあまりの威力にリリィは耐えられず毒と一緒に吹き飛んだ。

 「()ッ……! ちょいと、風牙! 今、本気でやっただろ! リリィの肌に傷がついたらどうするんだい!」

 「うるせぇよ。勝負ってのはいつでも本気でやるもんだ。それに、手加減しててもお前じゃオレには勝てねぇよ」

 吹き飛ばされて壁に背中をぶつけ激昂するリリィに対し、風牙は面倒くさそうに頭をかいた。そして、力の差を見せつけるかのようにニヤリと笑いながらリリィを見た。その姿を見て、リリィは悔しそうに目を伏せた。

 「くそ……!」

 「まあ、仕方あるまい。リリィがどんなに毒を出そうと風牙の『風』の前では全て吹き飛ばされる。液体も気体も関係なく。だが、風牙。オレはリリィのようにはいかんぞ?」

 当事者である二人の代わりに、横で見ていた仙堂が二人の力の差を口にする。その時の彼の言葉にリリィは「余計なことを言うな」とでも言いたいのか、ジロリと仙堂を睨んだ。が、仙堂は特に気にせず「今度は自分の番だ」と前に出た。

 それを見たリリィは何も言わず、巻き込まれないように移動した。何も言わずに見物している雪比奈の隣に。

 「はぁ……。やっぱ、新米とはいえあいつも『Re-code』の一人。リリィじゃ敵わなくて当然かもね。なにより、『捜シ者』に実力を認められたんだから」

 「……そうだな」

 「相変わらずクールだねぇ。まあ、いいさ。仙堂ー! リリィの代わりにやっちゃっとくれよ!」

 どこか冷めている雪比奈に「やれやれ」と首を振ると、リリィは仙堂に対して声援を送った。仙堂はそれに軽く手を挙げて応えると、そのまま風牙の前に立った。

 「次は仙堂か。言っておくが、模擬戦で勝ったところで『Re-code』にはなれねぇぜ?」

 「どうだかな。模擬戦とはいえお前を斃せばオレの実力が認められる。つまり、お前を斃せばオレが新たな『Re-code』となる日も近くなるということだ。悪いが風牙……オレの踏み台になってもらおう。──『暗転』」

 二人が向かい合い言葉を交わすと、仙堂の姿がその場から消えた。否、見えなくなった。彼の『暗転』は自分の皮膚を周囲の景色と同化させることで相手の視界から逃れることができる。つまり、今の彼はカメレオンと同じ。周囲に潜み、隙を待つ狩人。しかし……

 「相変わらず、『暗転』を使わなきゃビビって攻撃できないのか? そんなビビり症でよく『Re-code』になるなんて言えたもんだ」

 「──黙れ!」

 「っと」

 「チィ!」

 姿が消えたことで不利になったと思われた風牙だったが、余裕の態度は一向に崩れない。さらにその余裕を証明するかのように、風牙は見えないはずの仙堂の攻撃をいとも簡単に避けてみせた。仙堂は軽く舌打ちをした後、さらに攻撃を続けたが風牙に当たることはなかった。

 その光景を見て、戦っている仙堂……ではなく見物しているリリィの表情は驚きに染まっていた。

 「嘘だろ……。『暗転』で見えないはずの仙堂の攻撃をあんな簡単に……。一体どうやって……」

 驚きのあまり、リリィは無意識に浮かんだ疑問を口にしていた。隣にいる雪比奈は黙ってそれを見ていたが、急にポツリと呟き始めた。

 「……『風』を使っているだけだ。自分の周りにそよ風にも満たないほど僅かな『風』を均一に漂わせる。仙堂が近づけば『風』は乱れるから、姿が見えなくてもどこから攻撃がくるかはわかる」

 「あ、あいつ……いつの間にそんな技術身につけたんだい? ……くそ。これじゃ、ますます差が開いちまうじゃないか……」

 雪比奈の解説を聞き、リリィは風牙の強さに目を見開くと同時に悔しさを感じてか唇を噛んだ。彼女にしてみれば、つい先日まで同等の地位にいた人間が憧れの存在を守護する存在の一員となった。守護する一員(立場)……というより、守護する対象(・・)に人一倍強い憧れを持つ彼女にしてみれば「自分も同じところに」と思っているのだろう。しかし、目の前には自分との差がどんどん開いていくという現実。もどかしいものだ。

 「…………」

 そんなリリィに対し、雪比奈は二人の戦い……特に風牙の戦い方をどこか遠くを見るような目で見ていた。まるで、過去の記憶を呼び起こすかのように。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 「ガハ……!」

 「…………」

 『捜シ者』が日本に攻め込もうとする数日前。風牙はボロボロの状態で膝を突いていた。全身の至る所に切り傷が刻まれ、何度吐血したかもわからない。それに対し、彼の前に立つ相手はまったくの無傷だった。まさに対照的……圧倒的だった。

 「風牙……もうやめろ。今のお前じゃ、この人には勝てん」

 その様子を傍で見ていた雪比奈は容赦なく現実を言葉にして突きつける。優しさなど一切込められていない冷たい言葉。それにより、変えようのない現実であるということがより強く感じられる。

 「……わかっ、てるさ」

 しかし、風牙はその言葉を聞いても立ち上がった。そして、彼にとって一番の技を発動させた。

 「『台風の目(ハリケーン・アイ)』……! くらえぇぇぇぇぇぇ!」

 周囲に強風を発生させるほど風牙の手の中で強く渦巻く『(台風)』。残った力全てを込めたのか風牙の背丈を超えるほど巨大になり、そのサイズが最大になった時。それは一本の巨大な槍となって相手に向かって放たれた。

 しかし──

 「甘い」

 「ぐあぁぁぁ!」

 一振り。相手の右手が一振りされた瞬間に『台風の目(ハリケーン・アイ)』は真っ二つに裂かれ、風牙の体に新たな傷が刻まれた。そして、受けた瞬間に感じた圧力で風牙の体は一気に吹っ飛んだ。

 「……く、くそ」

 吹っ飛ばされ、完全に倒れた風牙。しかし、その目に宿った闘志が消えることはなく、未だ力強く相手に向けられていた。

 「まだ……まだ、オレは──」

 

 

 

 

 

 

 

 

 ──ポンッ

 

 

 

 

 

 

 

 

 瞬間、空気が抜けたような音がしたかと思うと、風牙の体に変化が訪れた。傷だらけだった肌色の皮膚は茶色の毛に覆われ、年相応に成長していた手足は産まれたての赤子のように小さくなり、『風』が一切出なくなった。彼の体に起こった変化……それは、彼の体が童話などによく出てくるようなまんまると太った小さい狸となったというものだった。……ロストである。

 「……勝負あったな」

 「くそ……!」

 雪比奈の無情な言葉を聞き、風牙は悔しそうに地面を叩いた。それと同時に、彼が今まで戦っていた相手はサッと背を向けてどこかに行こうとしていた。

 「ま、待て──!」

 風牙は咄嗟に引き止めようと声をかけた。しかし、それを打ち消すかのように相手……左目周囲に瘢痕が刻まれた男(・・・・・・・・・・・・・)が呟いた。

 「……本当の強者と相反した時、力技だけでは勝てん。常に冷静に場を見る眼を育てろ。そして、自らの異能を器用に使うことだ」

 「ッ……!」

 「いずれ日本に発つことになるだろう。それまで、しっかりと体を休めておけ」

 瞬間、彼は一瞬で消えた(・・・)。風牙は瘢痕の男の言葉を噛み締めているのか、しばらく俯いたままだった。

 雪比奈は傍に近寄り、立ったまま……見下ろしたまま声をかけた。

 「……戻るぞ。ロストのまま単独で動くようなことはしないだろう?」

 「…………」

 雪比奈に話しかけられても風牙は俯いたままだった。傷のせいで動けないのか、はたまた考えすぎて言葉すら聞こえていないのか。どちらにせよ、戻ろうと考えている雪比奈は構わず風牙の首元に向かって手を伸ばした。すると……

 「……初めてだ」

 「なに?」

 ポツリと、風牙が呟いた。よく見ると、その体は小刻みに震えているように見えた。

 「初めて、オレに言葉をくれた。少しずつ……少しずつだが、認められてきている。最初に会った時とは違う……。オレは強くなり始めているんだ!」

 噛み締めるように呟いたかと思うと、声を荒げると同時に顔を上げて雪比奈を見上げた。ロストして狸の顔になっているため確信は持てないが、その顔はどこか満足気に見えた。

 「……そうだな」

 雪比奈は目を瞑って応えると、風牙の首元を掴んでそのまま運んだ。ロストした風牙のサイズは人間でいうと産まれたての赤子とほぼ同じのため、特に苦労はない。

 「雪比奈……。運んでくれるのはありがたいが、その運び方はどうにかならないかポン? 戻った時、バカにされそうで嫌だポン」

 「……ロストした状態で気が抜けると出てくるその妙な口癖をどうにかすればバカにされないんじゃないのか? それに、この運び方が一番楽だ」

 そんな軽口を叩きながら、彼らは戻るべき場所に戻っていった。守護するべき者のいる場所へ。彼らが共に歩く存在……『捜シ者』の元へ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 「はああああ!」

 雪比奈の回想が終わったのとほぼ同時。風牙に動きがあった。身構えたかと思うと、自分に対して『巻き風(ケージ)』を発動させた。わざと自らを『風』の檻に閉じ込めたのだ。

 「なんだ!?」

 突然のことに仙堂も身構える。しかし、そこからの展開は一瞬だった。

 「……『暴風(ストーム)』」

 瞬間、風牙を閉じ込めていた『巻き風(ケージ)』が四散し、全方向に無数の『鎌鼬』となって放たれた。一瞬の出来事に、仙堂は自らを硬化させて防御することもできず──

 「ぐあ!」

 『鎌鼬』が体の所々に傷を刻み、あっという間に仙堂に膝を突かせた。仙堂が膝を突いたことを確認すると、風牙はニヤリと笑って仙堂を指差した。

 「オレの勝ちだ」

 「く……!」

 勝利を確信した風牙の言葉。仙堂もそれに言い返せず、苦虫を噛み潰したような顔で俯いた。その時点で、この模擬戦は風牙の勝利で終わった。

 「……やっぱなり立てでも『Re-code』の一人ってわけかぁ。仙堂、大丈夫かい?」

 勝負がつき改めて風牙の強さを思い知ったリリィは、少しとはいえ怪我をした仙堂の元へ駆け寄った。一方、仙堂は傷口を抑えて立ち上がり、治療して体を休めるために移動を始めた。

 そして、風牙は……

 「どうだ? それなりに成長はしただろ?」

 「…………」

 雪比奈の隣に移動し、自分の成長ぶりを尋ねた。雪比奈はそれに答えようとはせず、黙って視線を前に向けていた。それを見て、風牙は答えを聞くことを諦め移動しようとした。それとほぼ同時……

 「……実戦でも、今回のように冷静な判断ができればマシになった証拠だろうな。実戦だと頭に血が上りやすいのがお前の欠点だからな」

 「……了解。まだまだってことだな」

 雪比奈の言葉に風牙が反応すると、雪比奈はそのまま歩き出した。どこに行くのか、など聞いても応えるとは思えないので誰も聞かない。風牙も黙って見送るだけだ。

 すると、雪比奈はふと立ち止まり、風牙に背を向けたまま言った。

 「だが、お前の言う通り少しは成長した。その調子でやれば……届く(・・)かもしれないな」

 「ッ……!」

 風牙の成長を認める発言。しかし、雪比奈はすぐにまた歩き出し、すぐにその姿は見えなくなった。それでも、風牙は答えた。右手を突き出し、新たに決意の言葉を口にした。

 「……当たり前だ。オレはあの人を斃し、あの日の借りを返すんだからな。待ってろ……。瘢痕の……『Re-code』03」

 それは誓い。一度負けた相手に対するリベンジの誓い。風牙はその思いを噛み締め、戦いに向けて準備を始めていった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 時は流れ、『コード:ブレイカー』と『捜シ者』の戦いが始まった頃。研究所を占拠し、『コード:ブレイカー』を一か所に集めて藤原総理のもとに『捜シ者』が向かうという作戦が決行された。研究所で『コード:ブレイカー』たちを待ち構えた部下……リリィと仙堂はすでに『コード:ブレイカー』たちにより無力化された。そして、彼らは最上階近くで待ち構えていた雪比奈と戦っていた。現状としては、雪比奈以外の戦力は無力化という状態だった。

 そう……『Re-code』07である風牙も含めて。

 「くそ……! 夜原 優の野郎……! ふざけた真似を……!」

 彼は今、研究所の外……研究所脇の地面で倒れていた。強気な口調とは裏腹に、その姿はあまりにも無力だった。彼が戦った優により真っ二つに切断された体、さらに落下した衝撃でよりダメージを負っており全身がボロボロだった。それでも意識を保っているのは、彼の信念が強い証拠なのかもしれない。

 「待ってろ……! この忌々しい幻が終われば、すぐにお前を殺しに行ってやる……! 必ず……!」

 風牙は、優が最後に使った相手の脳を操り様々なマイナス効果を与えるという『壊脳』による幻が未だ続いていると錯覚していた。今の自分の状態を幻だと思おうとしたのだ。しかし、それは幻ではなく間違いなく現実。もはや彼は優を負うことはできない。

 「必ず……オレが──」

 上半身だけとなった自分の体を、這うことで動かす風牙。すると、その前に一つの人影が立ちふさがった。風牙は顔を見上げ、人影の顔を確認した。そして、人影の顔を確認した瞬間、彼の中で何かが完全に切れた。

 「あ、の野郎……。こんな幻まで見せやがって……! ふざけんなぁ! 幻のこいつ(・・・)にすら負けるほどオレは落ちぶれちゃいねぇ! 消してやる! こんな幻! 跡形も無く消してやる! うらぁぁぁぁぁぁぁ!」

 激高した風牙は左手から『風』を発生させて地面にぶつけ、その反動を利用して風牙の体は人影に向かっていった。そして、右手にも『風』を纏い、人影に向かって伸ばされた。

 「消えろォォォォ!」

 ──瞬間

 

 

 

 

 

 

 

 

 「無用」

 

 

 

 

 

 

 

 

 風牙の首と体が完全に分離した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 「う、そだ……。オレが、幻ごときに……。オレは、『Re-code』07の……風牙、だ……」

 その言葉を最後に、風牙は完全に最期を迎えた。彼に止めを刺した人影は、最期まで自ら全てを幻と思い込もうとした風牙を見下ろすと何事も無かったかのようにその場から歩き出した。彼に対する、叱責の言葉とともに。

 「現実と幻の区別を放棄するなど愚か。……そのような弱き者の牙などオレには届かん」

 人影を月明かりが照らされ、左目周囲に刻まれた瘢痕が一瞬だけ見えた。その後、一筋の風が吹きその姿は消えた。その場には、最期まで己の強さを疑わなかった哀れな“牙”の無残な姿しか残らなかった。

 

 

 

 




以上、風牙の過去話+ちょっとした後日(?)談でした。
ロストに関しては完全にその場のノリで考えました。
一応、説明すると風牙のロストは『狸になる』です。しかも気を抜いていると語尾に「ポン」がつくというわけの分からないものです。遊び心です。許してください。
さて、今回で『捜シ者』篇 序の番外篇は終了し、次回からは『捜シ者』篇 中となります。
なるべく、四月までに一、二話仕上げられたらいいなと思っております。
それでは次回の投稿まで失礼します!
ありがとうございました!



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