前回からかなり空いてからの投稿で申し訳ないです。
時間かかったわりには薄っぺらい内容なのでご了承ください(笑)
今回は優子の一日ということで時期としては原作1話の少し前をイメージしています。
一日だけ自由が許される優子はどのように過ごすのか……ご期待ください。
注意書きとしては最後辺りが少し暴走気味です。
ちなみに優も最後にちょっと出ます。
では、どうぞ。
これは、大神たちが桜と出会う少し前の物語──
「ん……」
小さく、喉を鳴らしたような声が自然に出る。それをきっかけに、少しずつ黒に染まっていた視界が晴れていく。はっきりとは見えない。まだぼやけている。だが、少しずつはっきりした景色へと変わっていった。そうして見えた景色は、とても見慣れた天井だった。
「…………」
意識はまだ覚醒していないのか、天井を見つめたまま呆ける。放っておいたら再び目を閉じてしまうのではないかと思われたが、外から聞こえてくる鳥のさえずりと窓から差し込んでくる日光の眩しさのおかげでそうならずにいた。さらに、それらは意識を徐々に覚醒へと導いていき、どんどん頭がクリアになっていった。
「……?」
意識が覚醒してきたことで自分の状況がわかってきたのか、スッと自分の手を視界に入るように動かした。視界に映ったのは、しわなど一つも無いきめ細やかな肌、意識に従ってしなやかに動く細い指、そして日光を反射しているように輝く爪だった。
「……!」
すると、ハッとしたようにその手を自分の胸まで移動させる。そして、確かめるようにそこにある
彼──いや、
「ぃ……やったー! 久しぶりのロストだー!」
思わず歓喜の声を上げる。それも当然だった。なぜなら彼女にとっては数か月ぶりの世界。たった一日だけ許された自由な世界なのだから。
こうして彼女……夜原 優子の貴重な一日が始まっていく。
自分が表に出てきた喜びに浸っていた優子だったが、自身から発せられた空腹を告げる音を聞き台所へと向かった。ここは便宜上、優の部屋であるため全ての部屋を普段使っているのは優だ。それはこの台所も例外ではない。男が使う台所、というとごちゃごちゃしているイメージが浮かぶ人が多いだろう。しかし、優子の目の前にある台所は綺麗に片付いており、優の主“夫”度の高さが表れている。
「うんうん、綺麗に使ってある。さすが、この優子さんの半身(?)というだけあるね。さってと、やっぱ朝は美味しい朝ごはんから始まらないとね~。んじゃ、久々の料理といきますか」
近くにあった迷彩柄のエプロンと三角巾を華麗に身に纏う優子。やる気十分らしく、生き生きとした表情で両方の袖をまくる。
「それじゃあ、夜原 優子! 作りまーす!」
数分後、夜原 優の部屋から小さな爆発音と真っ黒な煙が出たという。(証言者:近隣の人)
「ゲホ……。ひ、酷い目に遭った……」
完全防音という壁の機能を上回るほどの爆音と火事を思わせる真っ黒な煙を出した張本人と思われる優子は、所々が炭に触れたかのように黒くなっており、その髪の毛もボサボサとなっていた。
「う~ん、おかしいな……。なんで普通に料理していた爆発が起きたのか。まさか優が台所にトラップを仕掛けたとか? いや、だったら私も覚えてるはずだしな~」
自問自答を続ける優子。しかし、「自分の料理スキル」については触れる様子は無く、最終的には「優が台所の整備をサボった」という自分勝手な結論を出した。
「美味しー!」
さらに数分後の夜原宅では、風呂で汚れを綺麗に流した優子が朝食を食べていた。だが、それは彼女が作った物ではなく、優が作り置きしておいたものだった。実は優子、優と記憶を共有しておきながらこのことをすっかり忘れており、風呂上がりに何か飲もうと冷蔵庫を見た時に偶然見つけたのだ。
「いや~、さすが優。男なのにこんな美味しいご飯が作れるとは。主“夫”の鏡だよ、鏡。女としては自信無くすけどさ」
そう言いつつ、優が作った食事に箸を伸ばす優子。先ほどは自分勝手な結論で優を悪く言っていたが、今となってはまさに正反対で食事の合間に彼を褒め続けていた。
「う~ん、今日も外は快晴だ~」
朝食を食べ終わり、食器を片付けた(流しにぐちゃぐちゃに置いただけ)優子は外に出て日光を体全体で浴びた。ちなみに、服は以前ロストした時に買っておいた服があるのでそれを着ている。ピンクのワンピースという明らかに女性ものの服だが、女性嫌いの優にとって家にこのような服があるというのはかなり辛いことだろう。
余談だが、優は一度だけ優子が買った服を全て捨てたことがある。もちろん、その環境が耐えられなかったからだ。だが、そうして迎えた次のロストの時、優子は優の部屋に女性アイドルのポスターを貼りまくり、部屋中にブロマイドをばら撒くという優にとっては地獄のような環境にしたことがある。ロストから戻った優はもちろん悶絶した。それ以降、優はあまり優子に逆らえなくなった。また、その部屋の処理は“エデン”のエージェントが行った。
「今日は休日だから……学校は無理か。じゃあ、適当に街を歩くかな~」
体をほぐしながらこれからの予定を口にする優子。優としては大人しく家にいてほしいだろうが、届かぬ願いだ。仮に届いたとしても、優子の性格を考えると届く確率はほとんどゼロだろう。
「……おや」
すると、そんな優子に一人の人物が近づいていった。休日だというのに制服を身に纏う、優が尊敬してやまない人物が。
「おはようございます、優子さん」
「ん? あ、平家か」
そこには、お気に入りの官能小説を手にして笑顔を振りまく平家の姿があった。挨拶をしながらこちらに来る平家を見て、優子はふと首を傾げた。
「珍しいね? 平家がここら辺を通るなんて」
「そうですか? まあ、そうかもしれませんね」
独特の言い回しをして答えをはぐらかす平家。その様子に優子はますます首を傾げた。こういう時の平家はとにかく徹底的に答えをはぐらかす。どんなに追及してものらりくらりとかわしてしまう。それは優子も優の記憶を通して知っていた。だから諦めるべきかと考えていると──
「……まあ、答えは簡単です。あなたに会うためですよ、
「……え?」
優子は思わず瞬きを繰り返す。平家が素直に答えたことと、その答えの内容に。そして、それはほとんど無意識に言葉として出ていた。
「……平家って素直だったんだ」
「たまにはそういう日もありますよ」
皮肉とも受け取れる優子の言葉だったが、平家は笑顔で対応した。優子は平家の対応に「そっか」と返すと、今度は先ほどの答えの内容についての質問をした。
「それで? なんで優じゃなくて私に会いに来たの? っていうか、優がロストするのわかってたの?」
「もちろんです。私は『コード:02』ですからね」
よく意味がわからないが、要約すると「上司(?)としてメンバーの状態を把握している」ということなのだろう。当の優子はこの意味が伝わらず疑問符を浮かべていたが、疲れたのか「まあ、いいや」と考えるのをやめた。そして、再び質問を繰り返す。
「もう一回聞くけど、なんで私に会いに来たの?」
「個人的に心配になっただけですよ。あなたは優君と違って何をしでかすかわかりませんからね。今はあなたのものとはいえ、
「むう……」
正論の言葉を並べる平家を前に、優子は何も言えずただ頬を膨らませた。
いや、正確に言えば彼女が何も言えないのは正論だからではない。わかっているからだ。優がどのような立場にあり、自分が危険を冒せばどのような結果になるかを。
だが──
「……わかってるよ。でも、そんなの優が勝手に決めたことじゃん。私は確かに優の中にあるもう一つの人格で、優と同じだってことはわかってる。……でもさ、『夜原 優子』っていう一人の人間の人格であることには変わりないでしょ? 私の意見を聞くこともしないで、優が勝手に決めたことに私が従わなきゃいけないなんておかしいじゃん……」
「…………」
目を伏せながら胸の内にある思いをぶつける優子。平家は一切言葉を返そうとはせず、ただ黙って優子の言葉を聞いていた。哀しみを込めた眼をしながら。ただ、優子の言葉を受け止めていた。
優子の言葉が終わると、二人の間には数秒の沈黙があった。すると、平家は目を閉じて小さく息を吐いた。そして、少し優しげな声で口を開いた。
「確かに、あなたの意見も正しいです。あなたにしてみれば、今の状況はただ押し付けられただけに過ぎないのですからね。ですが、あなたもわかっているでしょう? 優君がそこまでして『コード:ブレイカー』となったのは──」
と、なんとか優子を説得しようと思った平家が目を開ける。しかし──
「What?」
思わず目を見開く平家。それもそのはず、今まで目の前にいたはずの優子だったが、その姿がきれいさっぱり消えていた。すると、彼のはるか背後から声が聞こえてきた。
「なーんちゃってねー! 平家に指図はされないよ! 私は一日だけの自由を楽しむの! それじゃーねー!」
見ると、優子が手をぶんぶん振りながら笑顔を浮かべていた。そしてすぐ、彼女は走りだしてその場を後にした。平家は一瞬だけ手を伸ばしたが、無駄だと考えすぐに手を引いた。そして、軽くため息をつくと歩き出した。すると──
「アレ? 先輩ジャン。こんなところで何やってるワケ?」
タイミングよく刻が通りかかった。休日のため制服ではなく、Tシャツにジーンズというラフな格好をしていた。
刻は平家がここにいる理由が気になるのか、平家をジロジロと見る。対して平家は特に態度を崩すことも無く、平然としていた。そして、当然のように呟いた。
「何でもありませんよ。ただ、女性と会っていただけです」
「お、女ァ!?」
その後、詳しく話を聞こうとした刻はいつものように平家に縛られ、彼の絶叫が響いた。
「ねえ、君。ファッション雑誌の取材なんだけど、ちょっと写真撮らせてくれないかな?」
「私?」
カメラを持った若い男が笑顔で優子に話しかける。優子は突然のことにキョトンとしていた。
平家と別れた後、優子は人通りの多い駅前に向かった。何をするでもなく、ただ歩いているだけの優子だったが、道行く全ての人が優子のことを見ていた。多くの人物がただ見ているだけだったが、中には話しかけてくる者もいた。今、優子と話している男のように「雑誌の取材」というのがほとんどだった。
「……はい、オーケー! この写真は来月号の特集に載せるから!」
「ありがとうございます。絶対、買いますね」
満足そうな男に、優子は笑顔で一礼をした。そして、軽やかな足取りでその場を後にする。彼女にとって、このようなことはすでに慣れたものなのだろう。だから、必要以上に居座ることもせず、すぐにその場を後にできる。そうして、優子は再び道行く人の中に消えていった。
ちなみに優子が取材を受けている間、間接的に助かった人物が一人いた。
「ふむ。今日は一回も雑誌の取材を受けなかったのだ。ここを通ると、いつも話しかけられるからな。今日はラッキーかもしれないのだ」
「ありがとうございましたー」
「こちらこそ~」
大量のメロンパンを抱えて優子はコンビニを出る。すでに時間は正午を過ぎているので、昼食として買ったのだ。もちろん、優が『コード:ブレイカー』として稼いだ金で。余談だが、優は必要最低限以外の物は買わない。だが、貯蓄はそんなに多くはない。原因は当然のことながら優子だ。彼女が今回のように思い切った金の使い方をするので、優がどんなに貯めようとしてもロストした途端にすべては水の泡となるのだ。もしかしたら、優はこういったことも踏まえてロストを嫌がっているのかもしれない。
「ん~、美味! やっぱメロンパンは最高だね! もう三食ずっとメロンパンでいいな~。で、おやつはショートケーキ。……ま、和風マニアで主食が米の優には理解できないだろうけどさ」
小さいことだが、こういったところも優と優子は正反対だった。優は和風の物が好きということもあり米や和食などを好んで食べるが、優子はどちらかというとパンやケーキなどの洋食を好む。女性なので当然とも思えるが、優子の場合は優を意識してのことかもしれない。
「……ん?」
メロンパンを口にしていた優子の目に、不思議なものが映る。いや、不思議な
「……ZZZ」
説明が難しいが、その不思議な人はベンチの背もたれにもたれかかっており、ベンチの後ろにある植え込みに顔を突っ込んでいる。かすかに寝息が聞こえるので、おそらく寝ているのだろう。体つきからしておそらく少年。その異様ぶりは相当なものであり、周囲を歩く人々もかなりの距離を取って不思議そうな目で見ていた。
「…………」
優子はメロンパンを口にしながら、黙ってその少年を見ていた。なぜなら、彼女はその少年を知っていた。だが、
「……これでよし。じゃあね」
ポン、と少年の背中を優子は軽く叩く。そして、そのまま少年に背を向けて歩き出した。
それからしばらくして、優子の姿がその場から見えなくなった頃──
「……なんや?」
少年はゆっくりと植え込みから顔を上げ、キョロキョロと辺りを見渡す。どうやら優子に背中を叩かれたことで目覚め始めたらしい。だが、すでに優子の姿はなく、あるのは遠巻きに自分を見る人々だけだった。気のせいか、と思った少年は改めてベンチに座ろうと体の向きを変える。すると、自分の周辺に変化が起きていることに気付いた。
「これ……メロンパン?」
先ほどまで何もなかったベンチ。だが今は、袋に入った大量のメロンパンが置かれていた。さすがに不思議に思ったらしく、少年はさらに袋の中をかき回す。すると、一枚の紙切れが入っていることに気付いた。少年はその紙切れを出し、紙切れに目を通す。見ると、紙切れには手書きの文字が書かれていた。少年はその文字を読むと、フッと口角を上げた。
「……ありがとな」
ポツリと呟くと、少年はメロンパンを一つ手に取り一口で食べた。さらに一つ、さらに一つとメロンパンを次々に一口で平らげていく少年。そうしていくうちに、大量にあったメロンパンはあっという間に無くなった。少年は袖で口元を拭うと、空を見上げた。そして、改めて礼を口にした。紙切れに書かれていた人物に向けて。優しげな笑みを浮かべながら。
「ありがとな……『ななばん』」
「ななばん」と書かれた紙切れ。ふと吹いた風に乗り、少年の気持ちを届けるかのように空に舞った。
時間は進み、午後3時頃となった。休日だからか、見回してみればカップルが喫茶店などで仲良さげに談笑をしている。それ自体はおかしなことではないが、一組だけカップルとは思えない組み合わせの二人がいた。
「はい、あ~ん」
「あ~ん」
その二人はカップルと言うより、どちらかというと友達のように見えた。なぜなら──
「う~ん、美味し~! アキちゃんが食べさせてくれるからかな~!」
「もう、優子さんったら~!」
女性
「だけど最初に優子さんから声をかけられた時はビックリしました。急に『彼女、お茶しない?』でしたから」
「ナンパの常套句ってそれでしょ?」
「女が女にナンパするとは普通考えないじゃないですか~」
彼女たちの会話からわかるように、二人の関係は「ナンパした者とされた者」だ。もちろん優子が「した者」でもう一人が「された者」である。
少年にメロンパンをあげた後、優子は適当に歩いていた。そうしているうちに退屈になり、同性である女性に対するナンパを始めた。相手にされないかと思うかもしれないが、ほとんどの女性が笑って応じているのだ。おそらく同性であるため、警戒されていないのだろう。
「んふふ……でも女同士も中々いいものだよ? アキちゃんがOKだったら今すぐにでも──」
「ダ~メ、です。もうすぐ彼氏も来ると思うので、そろそろ行きますね。ありがとうございます。待ってる間、話し相手になってくれて」
「本意はそこじゃないんだけどね。まあ、いいけど。じゃあね~」
とまあ、大体このような形で別れて次の女性を探す。もはやその辺にいるチャラチャラした男と変わらない思考をしているようにしか思えない。優だったら考えられないだろうし、何を言ってもやらないだろう。というより、まず不可能だろう。
そうして優子は同性に対するナンパを繰り返し、自由に楽しく過ごした。
「……へへ。イイ女、見っけ」
自分がターゲットにされているとも知らずに。
「ん~、今日は楽しかった!」
優子がナンパをやめて帰り始めたのは深夜だった。といっても、これは珍しいことではない。優子はロストの度に深夜に家に帰る。その理由は簡単なもので、文字通り一日を満喫したいから、だ。今までの経験から優がロストするのは彼が家にいる夜中なので、それに合わせて家に着くようにしているというわけだ。
「今日の収穫としてはミカちゃんの連絡先をゲットしたことかな。次にロストした時はすぐに連絡してそのまま……えへへ」
想像していくうちにどんどん顔がだらしなくなってくる優子。もはや完全に気が緩んでいた。だから、気付けなかった。
自分に迫っている危機に。
「そこの
「えへへへ──え?」
背後から声をかけられ、優子は振り向く。見ると、そこには下品な笑みを浮かべた若い男が三人いた。男たちはそれぞれ品定めでもしているかのような視線で優子の全身を見ていた。その視線に不快感を感じた優子は、眉をしかめて男たちから一歩距離を取った。
「……道だったら交番のお巡りさんの方が詳しいと思いますよ?」
「いやいや、お巡りさんよりも姉ちゃんの方が詳しいだろ? 特に自分の家とかさ。まあ、それが嫌だったらオレたちが穴場スポットとかホテルに連れてってやるけどな」
一層下品な笑みを浮かべる男たち。見た瞬間に男たちの目的はいくつか予想したが、よりにもよって最悪な予想が当たってしまった。まさか先ほどまでナンパをしてた側だった自分がナンパされる側になろうとは、と優子は自らの運勢を悔やんだ。
「しっかし、見れば見るほどキレーでナイスバデーな姉ちゃんだぜ。そんな体してんだったら女同士より男相手にした方が楽しめるってのによ」
「私の楽しみ覗いてたの? 除き趣味とか救えないわね。それに、楽しいかどうかなんて私が決めることなんだからあなたに関係ないでしょ」
男に負けじと強い口調で優子は対抗した。しかし、数の違いからか男たちにまったく怯まない。それどころか、どんどん距離を詰めてきた。
「その強気な口もいつまで聞けるかな。安心しな。こっちは三人だから退屈しねーだろうし、それなりにテクには自信あるんだぜ? だから大人しく……オレたちの相手しやがれ!」
「ったく! 楽しい一日の最後を邪魔しないでよね!」
男たちが一気に距離を詰めてきたのを見て、優子はすぐに走り出した。やはり異能が使えないことと女性の体であるがために力ずくで追い払うということは難しい。となれば、今できるのは逃げることだけだった。
「へへへ! 待てよ、姉ちゃん! それとも姉ちゃんのオススメスポットに案内してくれんのか~!?」
「ホント下品ね……! 同じ変態でも物腰柔らかい分、平家の方がまだマシ……!」
ぶつぶつと文句を言いながら男たちから逃げる優子。なんとか男たちとの距離は開き始めているが、逃げ切れたとは言えない。
「くっ……!」
優子は逃げ切ろうと、曲がり角を曲がりまくった。最初はそのまま自宅まで逃げようと考えたが、下品な男たちに家を知られるのが不快に感じたこともありやめた。そこで考えたのが、適当に逃げること、だった。男たちから逃げきることさえできれば、後はどうとでもなる。そう思い実行した作戦だったが──
思わぬ形でそれが仇となった。
「い、行き止まり!?」
何十回と曲がった曲がり角。しかし、とうとう曲がった先が行き止まりという最悪の結果となってしまった。急いで引き返そうと踵を返す優子。しかし──
「残念! 行き止まりで~す!」
「く……!」
男たちが唯一の退路を塞ぐ。三人が横に広がるように塞いでいるので、逃げることはまず不可能となっていた。そして、男たちはじりじりと優子に近づき、優子は後ずさりをする。
「へへ……もう逃げられねえぜ?」
「もう最悪……! これだったら平家の言う通りにした方がよかったかも……」
今更ながら優子に重くのしかかる平家の言葉。彼の言う通り、大人しくしていればこうなることはなかっただろう。だが、すでに後の祭りである。
そうこうしているうちに男たちはさらに近づき、優子はさらに後ずさる。同時に、優子と道を塞ぐ壁との距離も近くなる。徐々に、そして確実に優子の退路は無くなっていった。すると──
「──ッ!?」
優子の体にある異変が起き始めた。
「ま、マズ……今はマズイって……! ッ、ああ……!」
「あ?」
突然、優子は自らの体を押さえ始めた。顔は赤面し、小刻みに震えている。まるで内側からくる何かを押し止めるかのように。突然、様子が変わった優子を前にして、男たちは思わず呆然とした。しかし、その間にも優子の異変は止まらない。
「あ……体、熱い……! 頭、おかしくなる……!」
「おいおい! この女、興奮してんじゃねーの!?」
「マジかよ、おい! 本当は待ってました、ってか!?」
「そ、そんなこと……な、い……!」
優子の様子を見て下品な笑みが止まらない男たちと必死に反論する優子。だが、声の様子も何もかも弱々しいため効果など皆無だった。先ほどと比べると、息も荒くなり、舌もだらしなく出てしまい唾液を垂れ流している。そんな恍惚とした表情を浮かべながら、優子はとうとう背中を壁に預けた。完全に逃げ場を失い、止まらない体の異変。そしてついに──
「あ、ああ……! ダメ、頭……イッ…………! あ、あ、あああぁぁぁぁぁぁぁ!!」
我慢できない、と伝えているかのように優子は大声を出し、優子は座り込んで蹲った。そして、それが男たちに残っていた最後の理性を外させた。
「も、もう我慢できねえ! 最初はオレから行くからな!」
「あ! テメェ!」
他の二人を出し抜く形で一人の男が優子に近づく。その顔は限りなく下品で、だらしなくなっていた。まさに、獲物を目の前にした獣同然に。
「へ、へへ……。こんな女を目の前にして我慢できるかっての。じっくり堪能させてもらうぜ!」
そして、男は優子の胸に手をかけ、その感触を楽しもうとした。
何とも言えない……
「……へ? 硬い? あれ? まな板、さん?」
男は手を動かして何度も確認する。しかし、
「……おい。お前……なに人の体、触ってんだ……?」
「あ、あれ……? も、もしかして君、お、おと──」
「オレは
優子……ではなく、優の怒りの叫びが響き渡り、『脳』によって強化された腕力から繰り出される怒りの拳が男たちに制裁を与えた。
「……くそ、戻って早々最悪だ」
ぶつぶつと文句を言いながら、優は汚れを落とすように手を叩く。ちなみに、男たちはすでに逃げている。本当なら警察に突き出してやりたかったが、色々と面倒なのでやめた。
「ったく、今回も好き勝手やりやがって。爆発起こすわ、平家さんを無視するわ、女のくせに女をナンパするわ……挙句の果てが男に襲われるとかトラブルメーカーにも程がある」
ロストしている間のことを思い出し、優は苛立ちを募らせていった。自分では考えられない行動や正反対のことをやってのけるので、その苛立ちは相当なものだろう。それを表に出すかのように、自分の頭をぐしゃぐしゃと乱暴に掻く。しかし──
「……まあ」
ふと、優は手を止めて空を見上げる。偶然にも満月だったらしく、白い月光が程よく夜の世界を照らしていた。直視しているのに、目が眩むこともない優しい光。その光景を目に焼き付けながら、優の口元は優しく弧を描くように口角が上がる。
(一日くらいは……我慢しないとな。あいつはオレと同じだけど……オレじゃあないからな)
フッ、と思わず息が漏れる。仕方なさげに、でも優しげに。優子のことを思って吐いた息はすぐに空気の中に溶けていった。
そして、また優としての日々に戻ろうと歩き出す。それを後押しするかのように、優しい風が後ろから優の背中を──
「……スースーする」
下半身に感じる違和感が、優の歩みを止める。そして思い出す。今の自分の格好は……優子の格好と同じということを。
「が、我慢……がま、ん…………できるかぁぁぁぁぁぁ!!」
こうして夜原 優子の一日がまた終わり、夜原 優の日々がまた始まる。
以上、優子の一日でした。
最後に言っていた「頭……イッ…………!」はもちろん「頭痛い」って言いかけたんですよ?
カタカナ表記にしたことに深い意味はありません……ということにしておいてください。
次回なのですが、投稿までかなりの期間が空くと思います。
早く書ければ今月中に投稿したいのですが、色々あるもので難しいと思います。
だけど、まずは頑張りたいと思います。
それでは失礼します。