特に忙しかったわけでもないのに、なぜこうなってしまったのか……
自堕落な私の性格のせいです、すみません
完全に忙しくなる前に今の章だけでも終わらせたいので次の話は迅速に投稿します! ……多分!
では、どうぞ!
すっかり辺りは暗くなり、静けさが支配している夜の校舎。そこにはもう徘徊する警備員もおらず、人一人いなくなっていた。先ほどまで大神たちがいた体育準備室にも人の影は無い。
だが、彼らは別に帰ったわけではなかった。
「ヒャ~、全部木だゼ。見た感じはキレーだけど中身はボロボロだナ。……崩れたりしねーよナ?」
「ご安心ください。
電灯は無く月明かりのみで照らされた廊下、窓の縁も天井も、全てが木製の輝望高校に存在するもう一つの校舎……旧校舎に大神たちはいた。先ほどの誰もいないという話はあくまで新校舎にというわけだ。
そこを進むのは小さくなった桜を制服の襟部分に潜ませた大神、気怠そうに煙草をふかす刻、好奇心を刺激されたのかキョロキョロ周囲を見回す遊騎、相変わらずの薄ら笑いを浮かべる平家。そして……
「…………」
眉をひそめて頬を膨らますという不機嫌全開の優子だ。
「優子さん、いい加減に機嫌を直してください。これは仕方のないことなんですから」
「つーん」
「……ハア」
大神が呆れながら話しかけるが、優子は効果音を口にしながら顔を逸らした。その態度を見て、大神は本人が目の前にいるにも関わらず大きなため息をついた。
優子が不機嫌になっている理由……それは旧校舎に移動する前に起こったある出来事のせいだった。
「い~や~だ~!」
「我儘を言わないでください! 恥ずかしくないんですか!」
「恥なんて捨てる! なんだったら今すぐ裸になるから見逃して!」
「やめてください!」
新校舎の体育準備室。そこではとある一悶着が起きていた。どういう状況かというと、優子が窓の開いている部分の縁にしがみついて離れようとしないのだ。大神は何とか引き剥がそうと彼女の服を引っ張るが、見事にびくともしない。ちなみに、刻たちはただ黙ってその様子を傍観していた。
なぜこのようなことになっているのか。その原因は、はっきり言って優子の我儘だった。
「いいじゃん! 桜ちゃんだって戻らなくたっていいって言ってるんだから! 私はもっとこの小っちゃい桜ちゃんと遊びたいの!」
「駄目です! 早く桜小路さんを返してください!」
「や~め~て~!」
つまり、優子はまだ小さくなった桜をまだ可愛がりたいのだ。そのため、桜を元に戻すために向かうことになった
「むぐ……く、苦しい……」
そこは言い表すなら女性の中でも一部の者にしか使えないであろう特有の場所。感触としては柔らかい部類のため体が固定されることはなさそうだが、おそらくかなり苦しい二つの山に挟まれた場所。……まあ、つまり胸の谷間である。優子が同年代の他の女子生徒と比べれば豊かなその体を駆使した、大神たちは決して直接桜を奪い取ることができない究極の場所というわけだ。大神が何とか優子を窓から引き剥がそうとしているのはそういうわけだ。
そうしたやり取りが始まってから数分が経ち、とうとうそこに変化が生じた。
「この……! いい加減に、しろ!」
「キャア!」
「ぬお!」
やっとのことで大神が優子を窓から引き剥がし、優子は思いきり背中を打ち付けた。さらに、その反動で桜が優子の胸から解放された。こうして、彼らが起こした騒動は沈静化した。
ちなみに、この後は桜を取られた優子が大神の足にしがみついて桜を返すよう懇願したのだが、もちろん聞き入れてもらえずあえなく諦める結果となった。そして、彼らは改めて旧校舎に向かっていった。
「しかし、なんつーかさっきまでの大神は傍から見ると服を脱がそうとしてる変態だよナ」
「じゃあ手伝え!」
「ったく。黙りこくのはいいですけど隙を見て桜小路さんを奪って逃走、なんていうのはやめてくださいね」
「ふん! ここまで来たんだからもう諦めたよ! 別にいいし! 元に戻った桜ちゃんと遊ぶから!」
「そうですか……」
まるで子供のように叫び散らす優子。大神は呆れながらもしっかりと諦めている優子に安堵感を感じ、肩の荷を下ろすかのように声を漏らした。
「つーか、さっきのやり取りは優だったら考えらんねーナ。なんていうか、優子チャンはちょっとめんどくさい性格してるネ」
今まで傍観に徹していた刻が頭をかきながら言った。似たような言葉を今朝の電車の中で大神たちから言われていたこともあってか、優子は少しムッとしたような表情になって言い返した。
「私なんかより優の方がもっとめんどくさいよ! 助けた敵に嘘をつくような奴なんだからさ!」
「嘘……? 嘘とはどういうことですか?」
優子が口にした「嘘」という単語を聞き、桜は大神の襟から顔を出して尋ねた。すると、優子は桜が優のことに興味を持っているのが面白くないのか、相変わらずムッとした表情で答え始めた。
「あいつはあのリリィって敵に嘘をついたわけ! 『オレには理解してくれる人が一人いた』って! でも、それは嘘! あいつ、ちゃんと家族には異能とかについては理解されてたし!」
それは先日の戦いの中、優がリリィに対して言った言葉だった。異能を持った自分が普通の人間の中で生きていくことで受けた心の傷を癒してくれた人がいたと、だからこそ自分はリリィが今まで必死に生きてきたことを否定しないと。このことは話をした優とリリィしか知らないことだが、記憶を共有しているため優子も内容を知っているのだろう。
「夜原先輩が……リリィにそんなことを……?」
優がリリィと交わしていた話の内容の一端を聞き、桜は少し驚いていた。だが、それは二人がしていた話の内容を知らなかったからであり、決して優の性格について驚いているのではない。それに、その真意は少し考えればわかる。
「というより、それは家族にすら見捨てられたリリィに気を遣ったんでしょう。“悪”に気を遣うなんてオレは理解できませんがね」
「……バレタ」
「……やっぱめんどくさいのは優子チャンだっテ」
見事に大神から真意を指摘された優子は悔しそうに口を尖らせた。それを見て、刻は苦笑を浮かべて優子の肩を叩いた。
すると、桜が小さな手を精一杯に挙げて尋ねた。
「あの……優子さん。夜原先輩がリリィに言った『理解してくれる人』とは一体誰ですか?」
それは、優が家族に理解されていたことを隠していたことについてではなく、言葉の中にあった一人の人物についてだった。優が隠していた家族という集団よりも、優が口にしたというたった一人の人物の方が気になったのだろう。
「……あー、そっち? それはねー、何というか……」
桜からの問いに優子はすぐ答えると思ったが、何やら優子は頬をかきながら口ごもり始めた。言いにくいことなのか、それとも言えない理由があるのか。どちらにせよ、優子のこの態度は桜の「気になる」という感情を増幅させるようなものだった。
「優子さん、その人は夜原先輩とはどのようなご関係なのですか? ご家族とは違うんですよね?」
大神の襟から身を乗り出して質問をぶつける桜。優子は気まずそうに頬をかきながら目を逸らし、どうしようかと悩んでいた。
すると、今まで黙っていた平家が唐突に口を開いた。
「さて、皆さん。見えてきましたよ。あそこが生徒会室です」
平家が手で示す先……そこには取っ手部分の空洞に鉄の板が差し込まれ、さらにそれを南京錠と鎖で固定している巨大な扉があった。さらに天井と扉の間には旧漢字で「室会徒生」と右から書かれた看板があり、改めてこの建物が古くに建てられたのだということを実感した。そんな外観だからか、その部屋からは異様な雰囲気がかもし出されていた。
「……ここに桜小路さんを元に戻す方法が?」
「ええ。正確に言えば、この
平家の「人」という言葉に大神たちは疑問符を浮かべる。そして、平家は凛と人差し指を立てて大神たちを見渡し、その桜を元に戻せるという「人」の正体を明かした。
「我が輝望高校の生徒会長に不可能はありません。彼は『現代の魔法使い』と呼ばれる偉大な御方なのです」
「生徒会長……?」
「そういえば、入学してから一度もお見かけしたことないのだ」
「え? そーなノ? オレのとこは普通に入学式で挨拶したケド。つか、普通そーダロ」
平家が口にした「生徒会長」という人物。それは輝望高校の生徒である大神と桜ですら見たことがない人物だという。刻の言う通り、普通ならば行事などで必ずと言っていいほど挨拶をする人物のはず。そう考えると、なんだか怪しさが増してくる。
「へー、優が好きそうな雰囲気。中はどんな感じなんだろ」
興味が出たのか、先ほどとは打って変わって表情を明るくする優子。すると、大神はため息をついて優子のことを見た。
「別にそんな演技しなくていいですよ。どうせあなたは知っているんでしょう」
「何が?」
「優は生徒会の会計です。つまり生徒会役員。だったらこの部屋の存在は知っているでしょう。記憶を共有しているから、あなたも知っているのは当然です」
そう、大神の言う通り優は生徒会の会計を務めている。生徒会室とは生徒会役員が使うからこそ生徒会室と呼べる。ならば、生徒会役員である優だってこの部屋の存在を知っているのは当然だ。優と記憶を共有している優子もそれは同じというわけだ。
しかし、大神の言葉に優子はきょとんとしていた。そして、意外な事実を口にした。
「いや、私も優もこんな部屋があるなんてこと知らなかったよ?」
「……え?」
「というより、私も優もこの旧校舎に入った記憶すらないし。その生徒会長っていうのにも会った記憶ないしね。優がそのことについて疑問に思った記憶ならあるけど」
「……平家。どういうことですか?」
優子の「知らない」という言葉を聞き、大神はこのことについて何か知っていると思われるであろう平家に声をかけた。そして、平家は数秒ほど黙っていると静かに呟いた。
「……確かに優君は生徒会室の存在を知りません。何かこの部屋に集まる機会があれば、それに合わせて私が優君にバイトをお願いしていましたから」
「なぜそこまでするんですか? ……優がこの部屋に来ると何かまずいことがあるんですか?」
「その理由は……後にお話ししましょう」
そう言うと、平家は大神たちから背を向けた。これで話を打ち切るかのように。
平家の言葉を効く限りだと、明らかに平家は故意に優を生徒会室から遠ざけていた。いや、もしかしたら生徒会長という人物から遠ざけていたのかもしれない。どちらにせよ、この部屋と生徒会長についてさらに不信感が増した。
「なーなー。ここ、入るんやろ? けど鍵かかっとるで」
すると、今まで会話に入ってこなかった遊騎が唐突に口を開いた。見ると、遊騎は扉の前でしゃがみ込んで南京錠をつついている。この扉は構造を見る限り、取っ手部分にある鉄の板を抜けば簡単に開く。だが、鉄の板を抜こうにも南京錠と鎖で固定されているため、まずはそれらを外さなければならない。
となれば、方法は一つだ。
「任せとけヨ。この刻様が『磁力』でぶっ壊してやる」
そう言って刻が意気揚々と扉に近づこうと歩き出した。すると……
「ちょっと待った! 一番乗りは私!」
「どわっ!」
突然、優子が刻を突きとばして扉に向かっていった。鍵を破壊しようとしただけなのだが、どうやら中に入ろうとしていると勘違いしているらしい。よっぽど生徒会室に対して興味があるらしい。そして、優子が扉の取っ手に手をかけようと手を伸ばし──
「え?」
『……え?』
優子が取っ手に手をかける寸前。優子の足には踏むべき
「キャ! ちょ、痛! た、助けて~!」
優子が落ちたのは、生徒会室の扉の前にある穴。穴の近くには穴とほぼ同じサイズの石があるので、普段はそれで隠しているのだろう。中を覗いてみると階段のようになっている。どうやら優子は落ちた勢いのまま転がり落ちていったようだ。
「おやおや、優子さん。よく入り口がわかりましたね」
「おー」
「感心してる場合かヨ! つか、なんでこんなとこに入り口があんだよ!」
こうして、優子の犠牲(?)によって生徒会室の入口を見つけた一行は謎の場所である生徒会室へと足を踏み入れた。
生徒会室という部屋にはある程度のイメージというものが存在する。机があり、重要なことを書くためのボードや多くの資料。物が多くあるようでしっかりと整理されている部屋。だが、彼らが足を踏み入れた場所はそんなイメージとはかけ離れていた。
「着ぐるみがいっぱいなのだ。もう文化祭の準備を始めているのだな」
「本が大量にありますね。錬金術、超常現象、それにツチノコ? あとこれは……平家のですね」
「なんで鍋あるんや?」
以上が輝望高校生徒会室の現状だ。着ぐるみが無造作に床に転がり、壁一面を覆い尽くすほどの巨大な本棚にはぎっしりと本が置かれている。さらに、なぜか部屋の隅にはぐつぐつと何かを煮ている鍋があった。
中は思ったより広く、普通の教室よりも天井が高い。おそらく一階と二階を繋げているのだろう。二階部分には人が通るスペースの他には一階同様に本が大量に置かれている。
「この絵は……」
と、ふいに立ち止まった刻の目に入ったのは床に描かれた虫の絵だった。蝶や蜻蛉など、様々な虫の姿が描かれていた。すると、平家が刻の横に立ち静かに呟いた。
「寧々音さんの絵です。彼女は今でも地球の本が好きでよく読んでいますよ。……
「……聞いてねーシ」
同じ生徒会役員である寧々音のことを弟である刻に話す……それだけのことなのだが、二人の間には何かそれ以上のものを感じるようだった。あの頃という意味深な言葉がそれを如実に語っていた。
「あーあ。しっかし散らかってんナ。足の踏み場が少ねーゼ。……つーか」
煙草をふかしながら生徒会室を見渡す刻。そして、刻はある場所に目をやった。生徒会室の一角……何やら薄暗い雰囲気が溢れる場所に。
そして、そこにはその薄暗い雰囲気を溢れさせている原因がいた。
「テメーはいつまでそこで引き籠ってんだヨ……」
「…………」
優子……ではなく、優である。中に入ると同時に戻ったらしい。彼は体育座りの状態で一角を陣取り、薄暗い雰囲気を溢れさせていた。一応持ってきていたのか、優子が着ていた女子用の制服から男子用の制服に着替えている。まあ、彼がこうなっている原因は一つしかない。
「もう終わりだ……学校に来ることがもうできない……。ここは学校じゃない、地獄でしかない……。あと忌まわしき
「ダメだ、こりゃ」
念仏のように同じ言葉を繰り返す優を見て、刻はやれやれと呆れていた。すると、遊騎が何やら着ぐるみを持って優の近くに向かっていった。
「ななばん、元気出すんや。ほら、『にゃんまる』持ってきたで」
「ロストなんかしない、絶対しない、してたまるか……」
見ると、それは輝望高校の男子用の制服を羽織った『にゃんまる』だった。おそらく文化祭で使うのだろう。だが、優は特に『にゃんまる』が好きというわけでもないので状況は変わらずだった。すると……
「痛ッ!?」
突然、優が大声を出した。大神たちが視線を向けると、優は頭を押さえて悶えていた。どうやら頭を殴られたらしい。もしや遊騎がキレたのではと不安に思う一行だったが、次の瞬間にそれは間違いと知る。
「いかにも、いかにも。思わず喝を入れてしまったよ」
生徒会室に声が響いた。大神たちが知らない声が。
声など出るはずのない物から。
「そんな情けない姿は生徒会役員として許さないよ? この生徒会長である私はね」
そう言って、『
「か、会長!?」
「いかにも、私が生徒会長だよ」
「ハア!?」
意味不明だった。突然、『にゃんまる』の着ぐるみが動き出し、生徒会長だと名乗った。生徒会長は今まで姿を見せなかったというのだから、ある程度おかしい人物かもしれないという予想はあったかもしれない。だが、これは完全に予想外だ。誰が着ぐるみが生徒会長だと思うだろうか。
「いかにも、これは着ぐるみじゃないよ。私はまさに裸一貫! これが生まれたままの姿だからね!」
「誰と話してるんですか……?」
「メタ発言というやつだから気にしないでほしいんだな。ぽむぽむ」
「さすがです、会長」
意味不明な発言を繰り返す会長になぜか彼を称賛する平家。大神たちの理解はどんどん追いつかなくなっていた。しかし、こんな時でも平常心を保っているのが一人。
「背中にチャックついとるで。『にせまる』や」
「ち、違うよ! いかにも、これは
「汚れたシャツ出とったし」
「それも
平常心を保っている遊騎と会長のやり取り。とりあえずこれで会長の裸一貫発言は覆された。
こんな状況の中、大神たちは何とか本題に入ることを決めた。
「ふんふん。1年B組の桜小路さんが小っちゃくなっちゃったと。うん。私もよく小っちゃくなるから人間の小型化は直せるよ」
「嘘こけ!」
本題を話した途端、会長はあっさりと解決できると言い、刻は思いっきり反論した。人間が小型化するという話自体あり得ないのに自分もよく小さくなると言うのだ。はっきり言ってこんな話を信じているのは桜だけだった。
「一体何なんだヨ、こいつは……。おい、大神。こんな奴に任せてもいいのかよ」
「だが、他に頼れる方法も無い。不安は感じるが……」
「平家さんが言うんだから安心できるとは思うんだがな」
「ヘッ。お前としては戻らねー方が嬉しいんじゃねーノ?」
「殺すぞ」
会長から離れ、ひそひそと疑いの言葉を交わす大神たち。一応、優もいつもの調子に戻ったらしくそれに参加している。まあ、それもそうだろう。はっきり言って今の状況は不安だらけだ。意味がわからない人物に桜の意味がわからない現象の解決を任せようとしているのだから。
すると、彼らを
「みなさん疑っていますねぇ。では、ここで面白いものをお見せしましょう」
「は?」
平家はそう言うと、その手に『光』のムチを握りしめた。そして、体の向きを遊騎と桜に鍋を振る舞おうとする会長の方に向けた。
そして、平家は容赦することなく『光』のムチで会長を縛り上げた。
「な、何をやって──!」
刻が思わず目を見開く。しかし、平家は構わず会長をさらに縛り上げようとする。
すると──
「ッ!?」
突然、会長から思わず目を瞑ってしまうほど眩しい光が放たれた。
そして次の瞬間、驚きの光景がそこにはあった。
「これはもつ鍋だよ。さあ、みんなで食べようか」
そこには、平然と鍋を小皿に取り分けている傷一つ無い会長の姿があった。
「い、異能が消し飛んだ!?」
「オイオイ……! これって桜チャンの──!」
「そうです。会長も桜小路さんと同じ……珍種という存在です。やはり珍種のことならば同じ珍種に聞くのが一番ですからね」
「な!?」
平家から語られた事実に、大神たちはこの上ないほど驚愕の表情を浮かべていた。今まで桜だけと思われていた珍種が他にもいたということと、会長がその珍種の一人ということに。大神たちがそんな予想外の事実に驚く中、平家はそのまま言葉を続けた。
「実は優君を今まで生徒会室と会長から遠ざけていたのはこれが理由です。優君を信頼していないわけではないのですが、珍種である会長の存在を多くの人間に知られるわけにはいかないのです。知る時が来るとすれば、今回のように大神君たちと一緒にと考えていました」
「……そうですか。わかりました。となると、会長が小さくなるという話も本当のようですね。ですが平家さん」
「何ですか?」
会長が珍種という事実を隠すために優を遠ざけていたという平家の言葉を、優は素直に受け入れた。しかし、彼はこれまでの話からふと浮かんだ疑問を平家に投げかけた。
「珍種という存在はそんなにも多くいるものなんですか? 会長や桜小路の他にも……」
今まで桜一人だと思われていた珍種は他にも会長という存在がいた。ならば、その他に存在してもおかしくないと考えたのだろう。
優のこの問いに対して、平家はスッと人差し指を立てながら答えた。
「それはまだトップ・シークレットです。ただ、これだけは言っておきます。会長は私が見つけた最初の珍種。今までに確認されている珍種は会長と桜小路さんの二人だけです。そして……会長は我々『コード:ブレイカー』の存在を知る立場にある方です」
「何者だヨ、あの着ぐるみ……」
「……なんでもいい。今は桜小路さんだ」
平家の言葉に会長に対する疑問が増す大神たちだったが、大神はそれを後回しにして桜のことを解決させようと動いた。
「会長。本当に桜小路さんを元に戻していただけるんですか?」
「ん? いかにも、いかにも」
大神は小皿に分けられた鍋を食べる会長の近くに座り、改めて桜を元に戻せるのか確認した。すると、会長は返事をしながら懐から液体が入った瓶を取り出した。
「私に不可能はないからね。桜小路さん、目を瞑って」
「む?」
そして、瓶の蓋を開けて中の液体を一滴だけ桜にかけた。その瞬間、眩い光が広がり、それから変化が起きるまでそれほど長い時間はかからなかった。
「お、おお? なんだか少し大きくなってきたぞ?」
「な……!?」
一日経っても戻らなかった桜の体。しかし、会長が出した液体を一滴浴びた途端、桜の体は少しではあるが大きくなっていた。その証拠に、小さくなった桜が今まで着ていた服が少しきつそうだった。
「これは『
「『にせまる』すげー」
「いかにも。生徒会長だからね」
会長……つまり珍種の血を基にして作られたという『珍鎮水』。どうやら珍種特有の問題を解決するために珍種である会長を尋ねたという平家の目論見は大成功らしい。しかし、まだ桜は完全に元に戻っていない。最初と比べると少し大きくなった程度だ。
「では会長。早く桜小路さんを元の大きさに戻してください。もう少し量を増やせば戻りますよね? お願いします」
「うーん、そうしたいのは山々なんだけどねぇ……」
大神が早く桜を元に戻すよう頭を下げるが、肝心の会長は困ったように頭をかき始めた。そして、少し申し訳なさそうに続けた。
「この『珍鎮水』を作るのはすごく大変なんだよ。まさに血と涙の結晶だからね。だから……使うにはそれ相応の対価ってものが欲しいんだよ」
「対価……?」
会長の言葉に首を傾げる大神に対し、会長は「そう」と言うと着ぐるみの山の中からある物を取り出して高々と掲げ、対価を口にした。
「大神君がこの羊の着ぐるみを着てお願いしてくれたらこの『珍鎮水』をあげちゃうよ?」
「な……!?」
会長の手には顔を出せるタイプの羊の着ぐるみがあり、大神はそれを見て驚きの表情を浮かべた。
「ハア!? いくらなんでもそんなハズいことできるワケねーダロ!」
「ましてや大神だからな……」
「ですがこの上ない好条件ですよ。さすが会長、太っ腹です」
確かに、着ぐるみを着てお願いするだけなど普通に考えれば簡単なことかもしれないが、これはあまりにも恥ずかしい。しかもやるのは
「うんうん。大神君、桜小路さんを本当に元に戻したいのならできるよねぇ?」
「ッ……!」
しかし、会長は構わずに大神に詰め寄る。そんな会長に対し、大神は苦悶の表情を浮かべる。
「バ、バカバカしい……」
そう、確かに桜を元に戻してはやりたい。だが、彼にはそこまでするほどの義理は無い。
「そうですよ……あり得ません」
なぜなら、大神にとって桜とはただの観察対象でしかない。今まで助けたのだって、彼女が観察対象であるからだ。
「いくらなんでもそんなバカげたことできるわけが──!」
だが、彼の頭の中には体育準備室で聞いた桜の言葉が響いた。自分たち『存在しない者』の気持ちが少しはわかってよかった、という桜の言葉が。他社に存在を感じてもらえないことに何とも言えない寂しさを感じた彼女の言葉が。
「お、お願いしま……」
数分後、生徒会室には顔を真っ赤にしながら羊の着ぐるみを身に纏う大神の姿があった。
「ギャハハハハ! これ傑作! 写メろうぜ!」
「ろくばん、めっちゃ似合ってるわー」
「……南無」
「おやおや」
大神の痴態とも言える姿に刻は大笑いし、遊騎は尻尾などを引っ張って遊び、優は「ご愁傷様」とでも言いたげに手を合わせ、平家は顎に手を当てて笑みを浮かべていた。ちなみに桜は……
「ありがとう、大神! 私のためにそこまでしてくれるとは感激なのだ! お前の勇姿は決して忘れないからな! 心に刻みつけて生涯決して忘れない!」
「いえ、すぐに忘れてください……」
「ぬ?」
自分を元に戻すために体を張る大神の姿に感動の涙を流していたが、大神としては感動されても困惑するだけだった。そして、大神は約束通り会長から『珍鎮水』を受け取ろうと……
「あの、大神君? 盛り上がってるところ悪いんだけど、実はさっきの一滴で桜小路さんは元に戻っちゃってるんだよね。少しずつ戻るんだ、コレ」
「…………え?」
見てみると、会長の隣にはすっかり元のサイズに戻って布を体に纏っている桜の姿があった。
「いや、まさか本当にやるとは思わなくてさ。すぐ戻るってこと言ったら盛り上がりに欠けると思ったんだよ。早い話……着ぐるみのことは冗談だったんだよ、冗談。てへ☆」
……空気が、止まった。
「……そうですか。それはよかった」
静けさが支配した生徒会室で大神が穏やかな声を上げる。身に纏っていた羊の着ぐるみを脱ぎながら。
「でしたら、この着ぐるみはもう必要ありませんね」
そう言いながら羊の着ぐるみを完全に脱いだ大神。そして……
「テメェもろとも燃えるゴミにしてやるよ……!」
憤怒に塗れた表情で左手の手袋を外した。
「燃え散れ!!」
「いかにも~!」
生徒会室に巨大な『青い炎』が出現し、会長の悲鳴に似た声が旧校舎全体に響いた。
CODE:NOTE
Page:21 『捜シ者』
大神が殺意を抱く謎の人物。その外見は大神に酷似しており、違うところはと言えば髪や服の色が大神と違って白いこと。彼を護る『Re-CODE』の一人である雪比奈の言葉から大神の兄とされている。
親を亡くした大神に様々なことを教えた人物であり、左腕の手袋も彼が人を傷付けないためのお守りとして渡した。しかし、今では大神から殺意を抱かれているがその理由の詳細は不明だが、大神の言葉から彼が大神を裏切ったことが原因とされている。以前から『コード:ブレイカー』とは敵対しており、戦いを繰り広げたこともある。その度に『Re-CODE』と共に『コード:ブレイカー』に大きな痛手を与えてきた。今は人見が桜に託されたとされている
※作者の主観による簡略化
雰囲気は大人になった大神。