色々とやることがあるので……はい。
出来るのならば今月中にもう少し投稿したいとは思ってはいます。
そして今回の話なんですが、自分の中で一つの区切りだったのでエネルギー注ぎました。
結果、前回の半分となるはずだったのが随分なボリュームになりました。
ギャグメイン、それでも一部シリアスとなっております。
それでは、どうぞ!
桜小路 桜は変わっている。それは彼女を知る者なら一度は思うことだろう。
学校中で噂になるほど美しい容姿でありながら、まるで武士のような口調で話し、人並み以上に正義感が強い。彼女と親しい者が見る姿だと、格闘技の心得があり熱い戦いを格闘系の雑誌で読んでは感動の涙を流す硬派。さらに、昼には自分の握り拳をはるかに超えるボリュームの握り飯を何個も平らげてしまうほどよく食べる。まさに、知れば知るほど驚いてしまうような人間だった。
そんな彼女自身、最近は驚きの連続だった。『コード:ブレイカー』である大神と関わったことから今まで見てこなかった社会の闇に触れ、何度も危険な目に遭った。だが、彼女はその度に類まれなる身体能力と、本人は自覚していない珍種の力でなんとか生き延びてきた。そして、どんな経験をしようとも桜は自ら何度もその危険な世界に向かっていく。大神に人殺しを止めさせる……というたった一つの目的を持って、彼女は挫けることなく進んできた。そんな彼女は今……
「……きゅう」
かつてないほどダウンしていた。
「あれ? 桜ちゃん寝ちゃった? ダメじゃん、大神君。ちゃんと寝かせないと」
「寝てましたよ、しっかりと。はっきり言って原因はあなたです」
「ナンノコト~?」
輝望高校に通う学生を多く乗せた電車の中、比較的人がいない場所に大神たちはいた。大神と優子は座り、平家はご愛読の官能所説を片手に立ち吊革でバランスを取っていた。ちなみに、その近くには窓の外を見つめる遊騎(ロスト)と口を押さえた状態で鞄に入った『子犬』。優子の手の中にはすっかりダウンした桜(ミニ)がいた。こうして見ると、彼らがいる場所には人が
「まったく……電車に乗るや否や桜小路さんを奪い取って、そんな状態になるまで弄り倒したくせによく恍けられますね」
「弄り倒すなんて人聞きが悪いなぁ。ちょっと頬ずりしたりチューしたりしただけでしょ」
(体力が化け物染みている桜小路さんをダウンさせるレベルがちょっと……ですか)
まったく悪びれる気が無い優子を見て、大神はほとんど呆れていた。
そう思うのも当然である。大神の言う通り、優子は電車に乗ったまさにその瞬間に桜を奪い取り、あの手この手で愛で始めた。最初は桜も「くすぐったい」と笑って済ましていたが、時間が経つにつれ激しさは増していった。桜も途中、何度か止めようとしたがすっかり興奮状態になった優子の耳には届かず、現在に至るというわけだ。どれだけ激しかったかというと、彼女たちが乗る車両にいたほとんどの人が別車両か車両の端に移動してしまうほどだ。
女性である桜とそこまでのスキンシップを行い、まるで悪びれない適当な性格。大神は呆れながらも、そんな優子を観察するかのようにジッと見た。
「……? どうしたの、大神君。そんなに見ても桜ちゃんは学校に着くまで返さないよ。……あ。それとも、私の魅力に悩殺されちゃった?」
取られまいと桜を乗せた手を軽く握り桜を隠したかと思うと、小悪魔的な笑みを浮かべて腕を組む形で胸を圧迫し強調しだす優子。同年代の女性と比べると大きめと思われる双山は、圧迫されたことで制服越しにその豊かな形を見せた。
そんな刺激的な光景を目の前にしながらも、大神は大きくため息をついた。そして、呆れた目で優子を見ながら口を開いた。
「……ほんと、まるで違いますね。性別も、性格も、趣向も……何もかも。あの優とは正反対です」
「せやなー。女のななばんも嫌いやないんやけど……やっぱ男のななばんと違うって思うなー」
その時、大神と遊騎の頭の中にはいつもの優の姿を描いていた。男で、真面目で、女性が苦手で、自分の命を犠牲にするかのように戦う……そんな優の姿が。
「……まーね。私は私。優は優だからね。違って当然。別に意識してるわけじゃないんだけどさ。いつの間にか正反対になっちゃったんだよね」
すると、大神の言葉を聞いた優子はどこかしおらしく答えた。桜をそっと席に座らせ、顔を動かして窓の外の景色を見る。朝日を浴びた優子は目を少し細め、日光を遮るように手を顔の横にかざした。
「ロストする度……表の人格が私になる度、私は優の時の記憶を思い出しながらずっと思ってた。『優はもう一人の私で、私はもう一人の優なんだ』って。それってさ、言ってみれば一人で二人分の人生を経験できるってことでしょ? だから、私が表の人格の時は優ができないことをやろう……って、無意識に思っていたのかもしれない。……それに、私が自由になれるのはロストしている一日だけ。だからその一日を精一杯楽しみたい、って思ってるんだ」
「…………」
先ほどまでとは違い、寂しげな表情を浮かべる優子。彼女に許された自由は不定期に訪れる一日だけ。彼女がどんなに強く願っても、それを覆すことはできない。だからこそ、彼女はここまで自分のやりたいようにやるのだろうか……大神がそう思っていると、優子は未だダウンしている桜の頭をそっと撫でながら続けた。
「それに、平気そうに見えるけど桜ちゃんはすごく不安だと思う。その不安を無くすことはできないけど……誰かと関わっていれば少しでも楽になると思うし」
桜を起こさないよう、最低限の動きで彼女を慰めるかのように優子は頭を撫で続けた。その様子を、大神と遊騎は黙って見つめ、平家も読書をやめて見守るかのように見つめていた。
すると、遊騎がポツリと呟いた。
「……やっぱ、女になってもななばんはななばんやし」
「……そうですね」
優と優子は体を共にした別の人間……今までの話からそれを感じていた。しかし、根底にある部分……不器用な優しさは同じなのだと二人は感じていた。それを見ていた平家も、まるで安堵したかのように笑みを浮かべた。
「……と言っても」
「?」
ふと、優子が呟いた。そして、満面の笑みを浮かべて彼女は言った。
「それを大義名分にしてとことん桜ちゃんで遊びたいだけだけどね~。それに私って女好きの気があるし、学校に行くのだって女子高生に囲まれたスクールライフを満喫したいからだし何よりそれを思い出して優がショック受けるのが楽しくて楽しくて……!」
言いながら、優子はどんどん顔がだらしなくなり、頬が赤くなるのと同時に息が荒くなっていった。よほど興奮しているのか、桜を撫でる手にも勢いがついてきた。
その様子を見て、再び遊騎はポツリと呟いた。
「……やっぱ違うわ」
「……そうですね」
「……う、う~ん。頭が熱いのだ~」
あまりの激しさに摩擦が生まれたのか、桜は目をこすりながらダウン状態から復活した。しかし、復活するにはあまりにもタイミングが悪かった。
「あ、マズイ……なんかまた興奮してきた……! 桜ちゃん、おはようのチュー!」
「うわー!」
こうして、学校に着くまでに桜は再びダウンするまで優子のスキンシップを受け続けた。さらに、優子の興奮状態にあやかって平家が読んでいた官能小説を音読し始め、まさにカオスな状態となっていた。そんな彼らがいた車両から人がいなくなったということは言うまでもない。
学校に着くと、大神は優子から桜を引き離した。別れを惜しむ優子を平家に任せ、『子犬』と遊騎を神田がいる体育準備室に預けてから教室に向かった。ダウンから復活した桜を襟部分に潜ませ、念入りに動かないことと喋らないこと……大人しくすることを約束させると、大神は爽やかな笑顔で教室へと入っていった。
「おはようございます」
「おっはよー、大神君。あれ? 桜は一緒じゃないの?」
「今日は風邪で休みだそうです」
教室に入ると、桜の親友であるあおばが挨拶を返した。見ると、ツボミと紅葉が近くにいるので三人で雑談でもしていたのだろう。大神はいつも一緒にいる桜がいないことに疑問を感じたあおばに対し、優子には通じなかった嘘を口にした。
「嘘! 桜が風邪とか初めてじゃん!」
「桜ちゃん、大丈夫かな……」
「心配いりませんよ。放課後になったらリンゴでも買ってお見舞いに行くので」
「うわー好青年。さすが大神君」
元々桜は休むこと自体が無いため、彼女の突然の欠席にあおばたちは驚いていた。まあ、本当のことを言えばそっちの方が驚くだろうが。
大神はそんなあおばたちに対し満面の優等生スマイルを向けて席に着こうとした。しかしその時、大神の後ろには何やら悪い笑みを浮かべるクラスメイトたち(男)の姿があった。
「おい、大神! 昨日は桜小路さんと何してたんだよ!
「洗いざらい吐いてもらうぜ!」
「ちょ……!」
突然、前田に羽交い絞めにされ武田に詰め寄られる。おそらく、彼らは昨日の電話のことを言っているのだろう。あの時は雪比奈に携帯を壊されたことで話が途中で終わったため、彼らの誤解を完全に解けずに終わっていたせいだ。大神はあおばたちとの話に集中していたこともありされるがままだったが、適当に誤解を解いてさっさと席に座ろうと思いどうするか考え始めていた。
しかし、そこで思わぬ事態が起きた。
「あれ? 大神君、襟から何か出てるよ?」
「え──?」
あおばから指摘を受けてすぐ、
(あ……)
『……え?』
大神の襟から出てきた
『さ……桜人形!?』
目の前に出てきた小さな桜を見て静まり返った教室内に、クラスメイトたちの驚きの声が響いた。それもそうだ。いくら付き合っている(勘違い)とはいえ、大神の制服から小さな桜が出てきたのだから。驚かないはずがない。せめてもの救いなのが、
「お、おい! マジかよ! ちょーソックリじゃん! 大神はどんだけ桜小路さん好きなんだよ!」
「何だ、この素材! 肌とか本物みてーに柔らかいぜ! 大神の体温で生温けーし!」
「ちょ!」
机に落ちた桜を、前田たちが面白がって一斉に触りだしたのだ。桜に似ているため罪悪感があるのか、触っているのは腕や顔だけだが桜本人にしたらたまったものではないだろう。ちなみに、その桜本人はというと……
(お、大人しく……)
今の自分の状況に戸惑いながらも、必死に大神との約束を守り大人しくしていた。くすぐったいのか、よく見ると全身が小刻みに震えていた。朝の優子とのスキンシップのおかげで耐性がついたらしく、なんとか反応することを耐えていた。
「いいから返してください!」
「うるせー! もっと遊ばせ……あ」
大神がなんとかして桜を取り返そうと、ちょうど桜を持っていた武田に詰め寄ると、取り替えさせまいと武田は桜を持った手を勢いよく大神とは反対方向に引っ込めた。しかし、勢いをつけすぎたのか手に持っていた桜をすっぽかし、桜は教室の宙を舞った。そんな時でも桜は約束を守って大人しくしており、ただただ重力に身を任せていた。
その光景を見た大神の中に、ある言葉が浮かんだ。それは、学校に着いて桜を優子から取り返してすぐに平家から言われた言葉だった。その内容は……
「今のは例外としますが、桜小路さんの取り扱いには十分に気を付けてください。体が小さくなっている分、受ける衝撃は人の何百倍になるかもしれませんから」
「さ、
「うお!?」
大神は思わず桜を呼び、ヘッドスライディングで飛び込んでいった。そして、地面に着くギリギリのところでなんとか桜をキャッチすることに成功した。瞬時に怪我が無いかチェックし桜が無事だということを確認すると、大神は安堵の息を漏らした。
だが、大神は忘れていた。クラスメイトは
「必死だ」
「人形相手にあんなに必死になるとは……」
「今、『桜小路さん』って呼んでなかった?」
人形をまるで本物のように扱う変人……今の大神はそのように見えているだろう。しかし、さらに最悪なことが起こった。
「危ないではないか! スカートがめくれてしまうと思ったぞ!」
「ちょ……!」
堪忍袋の緒が切れたのか、桜がとうとう声を出してしまったのだ。大神は顔を真っ青にして立ち上がると、すぐにクラスメイトたちのことを見た。そこで彼が見たのは、予想通りの最悪な光景だった。
「……え? 今、喋った?」
「桜小路さんの声……だったよな?」
そんな都合よく桜の声が聞こえなかったということはなく、クラスメイトたちの顔は驚きに染まっていた。彼らの顔を見て、大神はなんとかしようと考えた。そして、思いついたのは苦肉の策だった。
「い、いやだな……。今のは流行りのアレですよ。ほら、ボイスメッセージ機能。聞きたい台詞を録音して何度も聞けるアレです。ほら」
今の精神状態でできる最大限の爽やかな笑顔を浮かべながら、大神は桜を持った手を前に出した。それと同時に、桜にしか聞こえないくらいの小声で「何か喋ってください」と言った。しかし……
「……す、スカートめくられるのは嫌なのだ!」
「な!?」
桜が口にしたのはまさかの言葉だった。大神はすぐに桜を引っ込め、小声で問い詰めた。
(何言ってるんですか! なんでこの状況でその言葉が出るんですか!)
(い、いや……さっき思わずスカートのことを言ったからつい……)
変なところで律儀な桜の性格を思い知り、大神は頭を痛めた。だが、この事件はこれ以上続くことはなかった。クラスメイトたちも桜で遊ぼうとはしなかった。そう……桜の人形を持ち歩き、「スカートめくられるのは嫌だ」という台詞を録音している大神のことを、彼らはこう結論づけた。
「エロ神、超キモ……」
この日、大神のあだ名は晴れて「エロ神」となった。
大神たちのクラスでそんな事件が起こっているとはいざ知らず、優のクラスでもとある事件が起きていた。元々、平家が準備をしていたとはいえ、こうして優子が学校に来るのは初めてのことなのだ。そのため、担任から優のクラスメイトたちに対して説明が行われていた。
「えー、夜原君は具合が悪いらしく今日は休みだ。そこで、彼の姉である優子さんが代わりに授業を受けるそうだ。彼女は大学に通っているのだが、今日は通っている大学が休みらしいので復習も兼ねて……だそうだ。まあ、本来ならこういったことは認められないのだが、校長が認めていてな。戸惑うかもしれんが、一日だけよろしく頼む。じゃ、形だけでも自己紹介を頼む」
「はい! いつも優
「では、あの窓際の一番後ろの席が夜原の席だ。あそこに座ってくれ」
「はい!」
担任の紹介に優子は元気よく、
(可愛い!)
(美人!)
こうして、優子は一瞬にしてクラスメイトたち(主に男子)の心を鷲掴みにした。だが、これはある意味では始まりに過ぎなかった。本当の事件は休み時間に始まるのだった──
「あ、あの……優子さん。ちょっといいですか?」
「ん~? どうしたの?」
休み時間になり、優子のところにはクラスメイトの女子が集まっていた。だが、よく見るとそれは優子の周囲にであり、離れたところからは男子が、教室の出入り口には噂を聞きつけた別のクラスの男子が優子のことを見ていた。だが、優子は男子の視線に気付くことなく女子との会話に花を咲かせていた。しかし、その会話の内容こそが事件であった。それは、以下の通りだ。
「家では夜原君ってどんな感じなんですか?」
「う~ん、基本的に私にベッタリ! 頭とか撫でてあげると喜ぶんだ! 可愛いよ~!」
「仲良いんですね!」
「たまに一緒に寝てるしね!」
「夜原君が好きな食べ物って!?」
「私の手料理! でも、女の子が作った物だったら何でも嬉しいって!」
今、優がいたら間違いなく発狂する……そう思わざるを得ないほど、優子は優の私生活について嘘をかましていた。また見てわかると思うが、優子に罪悪感というものは一切無い。むしろ、彼女が抱いている感情はその真逆だった。
(可愛い女子高生に囲まれて優の本性をでっち上げる……最高!)
思いっきり今の状況を楽しんでいた。そして、この日を境に学校内にある噂が流れるようになった。それは……
「夜原君ってシスコンで、本当はいろんな女の子と話したいんだけどお姉さん以外とは恥ずかしくて上手く話せないんだって!」
「可愛い~!」
という優にとって害にしかならないものだった。
放課後。多くの生徒は部活に励み、それ以外の生徒は帰路に就く。夕陽が風景を赤く染める中、一人の生徒がベンチに座ってぐったりとしていた。その隣には、水に浮くラグビーボールに乗る小さな人影が一つあり、足元には口元を押さえている子犬がいた。
「…………」
「元気が無いぞ、大神。小さい私だって元気なのだから元気を出すのだ」
案の定、ぐったりしているのは大神で小さな人影は桜だ。そして、子犬は『子犬』だ。ちなみに、遊騎はどこかに行ってしまった。大神がくたびれている理由は、朝の一件のせいですっかり人形好きな変人という評価が定着してしまっただけでなく、他にも色々と問題があったからだ。隠れて食事を摂らせ、授業を受けようとする桜のサポート。一番大変だったのはトイレだったが、これについては大神は深く思い出したくないらしく頭の隅に追いやった。そんな苦労におそらく気付いていない桜は、構わず自分の元気の良さをアピールしていた。
「確かに今日はいつもと違ったから大変だったぞ? でも、私はこの通り乗り越えた! だから大神も心配するな! 大神は少し苦労性すぎるのだ」
桜の何気ない一言。大神を元気づけるために言った言葉だった。しかし、それに対する大神の返答は重苦しい雰囲気を纏っていた。
「……オレの苦労なんてどうでもいいんですよ」
「?」
大神の態度に桜が首を傾げた。すると、少し離れたところからあおばたちが来るのに気が付いた。桜はすぐにベンチの下に降り、ベンチの死角に隠れた。
「あ、大神君お疲れ! 桜に風邪治ったら
「……あんま人形遊びばっかすんなよ」
「じゃあね、大神君」
「……ええ、さようなら」
朝負った傷を抉るような言葉があったが、大神は笑顔で彼女たちに手を振った。すると、あおばたちは桜のことについて話し始めた。
「さっき電話してみたんだけど、桜に電話繋がらないんだよね。すごく心配」
「そんなに風邪ひどいのかなぁ?」
「こんなこと初めてだからね。ホントどーしたんだろ」
「…………」
ベンチの死角に隠れながら、桜は自分を心配するあおばたちの言葉を聞いていた。自分を心から心配してくれる親友の言葉を。
そして、桜は居ても立っても居られなくなった。
「……あおば! みんな! 私はここに──」
──スッ
元気な姿を見せたい……その一心であおばたちの前に飛び出した桜。しかし、あおばたちは誰一人として桜に気付かず、その場から去っていった。
「…………」
存在に気付いてもらえなかった……いや、今の状態で気付かれるとまずいのは分かっていた。しかし、それもで桜にとってはショックだった。自分の存在を認識してもらえないことがひどく寂しく、自分の体に穴が開いたかのような虚脱感に襲われた。
「……桜小路さんの携帯、壊れていますからオレの携帯でよければ使いますか? 一応、あの人たちのアドレスも入っているのでメール送れますよ。アップにして顔だけ映せば写メを載せてもおかしくはありませんし」
「……いや、いいのだ。ありがとう、大神」
元気づけようと微笑む大神からの優しい言葉。そこに込められた自分を気遣ってくれているという大神の思いを感じながら、桜は笑顔を大神に向けた。自分は大丈夫、と伝えているかのように──
そして夜になり、誰もいなくなった体育準備室に『コード:ブレイカー』たちが集まっていた。部屋の主とも言える神田は“エデン”の仕事でいない。そのため、そこにいるのは『コード:ブレイカー』五人と小さい桜と『子犬』のみだ。ちなみに、すでに24時間経ったらしく遊騎はロストから戻っていった。
「まあ、どっちでもえーねんけど」
「急になんだヨ……。もしかしてロストのこと言ってんノ? 猫と人間比べるなんて片腹痛いってもんだゼ?」
「片腹痛い? よんばん、腹痛いんか?」
「痛くねーよ!」
「テメー……なに人が心配してんのにふざけてんだよ……!」
「ふ、ふざけてないヨ!? 遊騎君は優しいナー、って思ってただけ!」
相変わらずマイペースな遊騎に対し、刻はツッコんでいた。そうして遊騎がキレると、刻は必死で彼のご機嫌を取ろうとしていた。
「優子さん、学校生活はどうでした?」
「もう最高! 可愛い女子高生に囲まれるし色々できたし!」
「そうですか、よかったです! ……ところで、なぜ私を膝の上に乗せているのですか?」
「桜ちゃんが元に戻った時、ハグするため……なんちゃって!」
「優子さん、もしものことがあるので時間が近くなったら降ろしてください」
「ちぇー」
学校生活について尋ねる桜を膝に乗せ、満面の笑みを浮かべる優子。一見、微笑ましい光景だが彼女が行った
「そろそろです。桜小路さんが小さくなって24時間……」
腕時計を見て平家が呟くと、反射的にその場にいた全員が黙った。「カチ、カチ」と時を刻む時計の音のみが部屋に響く。全員がその音に耳を傾けながら、目は桜に集中させる。
そして、変化の無い時計の音の中、桜に変化が見られた。
「む……!」
桜が急に顔を俯かせた。一同はより一層強く桜に注目した。桜が元に戻るであろう瞬間をその目に納めようと──
「──くちん!」
『…………』
桜がくしゃみをして数秒、再び沈黙が支配する。その後、いくら待っても変化らしい変化は現れなかった。
「ちょ……! 珍種ってのはどーなってんだヨ! これじゃ、一生小さいままってのもあり得るゾ!?」
「『くちん』だって……! 桜ちゃんったらくしゃみも可愛い……!」
「言ってる場合か! 真面目に考えろヨ!」
桜が元に戻らないということに刻は顔を真っ青にして慌てだし、優子は呑気にくしゃみの感想を述べていた。一方、当の桜も元に戻らないことに驚いていた。しばらく呆然としたまま遠くを見ていた。
しかし、急に笑顔を見せて勢いよく両手を挙げてみせた。
「私は構わぬぞ! この小さい姿も中々に便利なのだ! 今の私は言ってみれば特別な存在だからな!」
だから自分は大丈夫──そう言いたげな桜の言葉を聞き、刻は冷や汗を流しながら反論した。
「いや、桜チャンこれはマジでヤバいって! もう少し現実見ないとダメだ! だって、このままじゃ桜チャン一人でまともな生活も送れな──」
「テメー……水差してんじゃねーぞ……?」
「桜ちゃんが良いって言ってんでしょ……?」
「ふ、二人!? いや、僕は心配して言ってるワケでしテ……!」
状況を見れば正論である刻の反論に対し、遊騎と優子の二人は不穏なオーラを放ちながら反対した。刻は二人のあまりの迫力にたじろんでおり、今の自分の身に危険を感じていた。
「……それに」
と、刻が二人に迫られていると、桜がポツリと呟いた。彼女は顔を俯かせ、自分の胸元に手を添えていた。そして、そのまま静かに続けた。
「『
「え……?」
予想していなかった桜の言葉に、刻たちは思わず硬直した。そして、桜の言葉に耳を傾けた。
「……特別になっても、どんなにすごい力を手に入れても……本当の自分を知ってもらえぬのはとても辛い。私は……今まで本当の意味で理解していなかったのかもしれぬ──」
この時、桜の中ではあおばたちとの出来事が流れていた。自分はここにいる……でも、誰もそのことに気付いてくれない。今まで経験したことも無いような感情に襲われたあの時を。彼女はその時に痛感したのだ。自分の身を通して、
「存在しないということはとても……とても悲しいことなのだな」
そう言って桜は顔を上げた。その表情は、溢れ出る感情に耐えているかのような悲しい笑顔だった。
「──すみません」
「……大神?」
突然、大神が謝罪の言葉を口にした。突然のことに桜が戸惑っていると、大神は悔しさを噛み締めているかのように左手で握り拳を作り力を入れていた。
「あなたをそんな姿にしたのはオレのせいだ……。オレがもっと強ければこんなことにはならなかったはずです……。…………オレのせいだ──!」
「大……神……。責任を、感じてたのか……?」
「あなたを『存在しない者』なんかには絶対にしない……! 絶対に……元の姿に戻します……!」
まるで自分に言い聞かせるように呟く大神。桜は大神の思いを感じながら、彼のことを見続けた。そんな二人の様子を、他の『コード:ブレイカー』たちは静かに見ていた。その目に強い意志を秘めながら……大神と同じ思いを刻み付けているかのように。
「……仕方ありませんね。では、参りましょうか」
「え? 平家先輩、一体どこに……?」
すると、平家が突然立ち上がった。どこかに向かおうとする彼の言葉に、桜は首を傾げた。
「現代科学の最先端をいく“エデン”のデータベースにない桜小路さんの身に起こったこの現象……。それを解決するにはノット・サイエンス、バット・ブラックアーツ・イリュージョンです」
そう言うと、平家はこれから向かう場所を口にした。“エデン”も解決できない現象を解決するため、彼らが向かうべき場所は……
「というわけで、この学校の生徒会室に行きましょう」
『は?』
平家の言葉に、彼以外の全ての者が目を点にした。こうして、なぜか彼らは輝望高校生徒会室を目指すことになった。
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Page:20 桜小路 剛徳・桜小路 ユキ
桜の両親であり、任侠組織『鬼桜組』を取り仕切る『関東のあばれ龍』の異名を持つ組長とその妻。しかし、剛徳は病弱な細身の男で、ユキは桜の妹と勘違いするくらい幼いコスプレ好きと肩書きから感じるイメージとは程遠い。だが、何かあれば剛徳は鋭い殺気を放ち『関東のあばれ龍』の名に恥じない覇気を見せる。ちなみにユキは酒乱で酔っぱらうと暴れる。
娘である桜を溺愛しているが、実は二人は本当の両親ではない。そのことは桜もわかっており、本当の親子のように仲が良い。剛徳は昔、「ヤクザをやめることはできないけど人を傷つけることはもうしない」と幼い桜と約束しており、それ以降は仕事でもプライベートでも傷つける行為を一切しない(シューティングゲームのゾンビも撃たない)。春人の件で、自分のせいで桜が危険な目に遭ったと責任を感じ一度は組長を辞めようとしたが、桜の説得を受けて今も続けている。
※作者の主観による簡略化
よくある親が規格外設定。特にユキさんはもう魔術師レベル。剛徳さんはまさに漢!