CODE:BREAKER -Another-   作:冷目

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テンションが続いたのでさっさと書いてきました。
前篇とあるように今回の話は前篇と後篇に分かれています。
最初は一話で終わらせるつもりだったのですが、書いているうちに長くなってきたのでやむなく分けました。
と言っても、時間軸としてはそんなに進んでいませんw
今回はついにあの人がロストします!
では、どうぞ!





code:26 ミニとロスト(前篇)

 とある場所に建つ、どこにでもあるような普通のアパート。外はまだ暗く、月明かりが外装を照らしていた。外から見れば、そこは他と大差の無い普通のアパート。しかし、それは外見上だけであり、実際はある一室だけ部屋の主が普通ではないことから普通から完全に逸脱していた。

 その部屋は、他の部屋には無い完全な防音機能を備えているのだ。そのため、中でどのようなことがあってもそれを外に知らせるような音が漏れることはない。

 だから、その部屋で今何が起こっているのか……外から見ているだけの者にはわかるはずもなかった。

 「ハア……! ハア……!」

 部屋の奥……八畳ほどのスペースがあるリビングに敷かれた布団から、かなり荒い呼吸が漏れる。それを聞けば、今寝ている人物が不調であると誰でもわかるだろう。

 「う……! ぐううう……!」

 その人物は苦しそうに寝返りを打った。体中から大量の汗を流し、布団はその水分を吸ってすっかりシミになっている。さらに、その人物は頭を抱えており明らかに頭痛を訴えていた。

 「ぐ、あ……! ああ……!」

 何度も寝返りを繰り返しているうちに頭を抱えていた手は、押さえているかのように両目を塞いだ。まるで、自分の身にこれから起こるであろう変化(・・)から目を逸らすかのように。

 「あぐ……! ッ──! うあああああああああ!!」

 そして、外には決して届かない叫びが部屋の中で響いた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 朝の駅……そこは時間帯によっては戦場とも化す場所。特に危険なのは朝だ。通学・通勤ラッシュと重なれば無傷で済むことは難しい。だが、今は少し早めなせいか人は少ない。おそらくラッシュの一つ手前なのだろう。

 そんな駅で、何やら不審な動きを見せる学生が一人。

 「……なんでこんな時まで学校に行かなきゃいけないんですか?」

 顔にいくつかの傷痕があり、小言でぼそぼそと呟く学生。周りに人はいないのでそれは明らかに独り言……のはずだが、疑問形であるその言葉は明らかに誰かに向けられた言葉だった。その学生は、周りに人がいないのに誰かと会話しているのだ。

 しかし、それは学生を見ている(・・・・)者たちから見ればだ。実際は、ちゃんと相手が存在していた。ただその相手は……

 「決まっているだろ。私もお前も普通の高校生だからだ!」

 学生……大神が着る制服の襟部分にある人形。いや、正確に言えば人形サイズになった……桜だ。

 「せやなー。めっちゃ普通やし」

 「ワ、ワフ……モゴモゴ」

 さらに、その肩にはロストして猫になった遊騎を乗せ、鞄の中からはなぜか口を押えている『子犬』が顔を覗かせており、今の大神の姿は桜たちが言う普通の高校生(・・・・・・)とは大きく逸脱していた。

 昨日の一件の後、大神は小さくなった桜をとりあえず家に連れて帰った。いくら常識から外れた世界にいる彼女の家族でも今回のことを受け止めることは難しいからだ。家に帰った大神は、エージェントである神田に連絡して桜が着る服を用意させた。と言っても、おもちゃの人形用の服を適当に集めただけだ。ちなみに、今の桜は神田が急遽作成した制服を着用している。

 大神にしてみれば、面倒を避けたいので元に戻るまで大人しくしていたかったのだが、桜が「学校に行く」の一点張りを決め込んだので仕方なく登校しているというわけだ。そして今……

 「ママー、あのお兄ちゃんお人形さんとお話してるよー」

 「しっ! 見ちゃいけません!」

 「なに、あいつ……学校に犬とか猫連れてく気なの?」

 「キモ……」

 「…………」

 物の見事に大神は周囲の人々から非難の目で見られていた。まあ、それもそうだろう。朝の駅に、顔に傷痕がある学生が犬と猫を連れて人形を襟に潜ませ、その人形と話をしているのだ。常識人としては当然の反応だろう。

 すると、そんな大神に二人の学生が近づいていった。それは、彼の事情を知る唯一の存在……刻と平家だった。

 「おーおー。案の定、面白いことになってるジャン?」

 「おはようございます」

 「刻君! 平家先輩! おはようございますなのだ!」

 やって来た刻と平家に対し普通に挨拶を交わす桜。しかし、急に首を傾げて尋ねだした。

 「む……? そういえば刻君の学校はこっちの方面ではないはずでは?」

 「早起きして様子見だヨ、桜チャン。こんな面白いイベントほっとけないシ~」

 わざわざ早起きして、さらに自分の学校とは別方向に来てまで様子を見に来たと言う刻。だが、実際のところは大神をからかいに来たのだろう。現に刻は大神の肩を組んでちょっかいを出している。

 すると、桜が急に意味のわからないことを言い出した。

 「そうか? 平家先輩から聞いたが、人が小型化するのはよくあることなのだろう? 私は初めてだったから最初は驚いたが……今はすっかり慣れて楽しいぞ。『子犬』に乗ることができるんだぞ。参るぞ、『子犬』~!」

 もちろんそれは真っ赤な嘘だ。そんなことがあるわけない。一般人だったら誰も信じないだろう。しかし、桜は自分がそれを経験していることと持ち前の素直さで信じ込んでいた。

 小さくなった今を満喫している桜が『子犬』を呼び、『子犬』は鞄から出た。そして、桜は『子犬』に乗って駅を移動し始めた。その間に、大神と刻は桜に嘘を吹き込んだ張本人のことをジトリと見た。すると、その張本人は悪気など一切無いという顔で話し始めた。

 「悪気はありませんよ。桜小路さんを混乱させないように言ったことですから。ですが、異能者でもない者がロストと同じような状態……。これは“エデン”のデータベースにもない、まさにヴァージン・ロストタイム。さすが珍種ですね」

 「……ま、桜チャンの場合はオレたちと同じ24時間で元に戻れるか……がポイントだろうネ」

 「仮にそうでなかったとしても……あの人は不安がるとかそういうことはなさそうですし」

 大神のその言葉で、彼らはほぼ同時に視線を動かして桜を見た。今の彼女は『子犬』に乗り元気に駆け回っている。確かにその様子からは不安などのマイナス的な感情は一切感じられない。当面の心配は無いことを改めて感じた大神は、桜から視線を外して平家の方を見た。あること(・・・・)を確認するためだ。

 「ところで、平家。神田から聞いたんですが、本物の『捜シ者』が国会を……総理を襲ったというのは本当ですか? 本当だとしたら『捜シ者』(ヤツ)の居場所と総理の安否は?」

 「……総理は『コード:05』が守りました。『捜シ者』は雪比奈同様で居場所は掴めていません。また、『捜シ者』が総理と交わした会話や彼の目的についても不明です」

 そう、これこそが雪比奈が言っていた真の目的。『捜シ者』の偽物と雪比奈が研究所を占拠し大神たち『コード:ブレイカー』を集め、その間に本物の『捜シ者』が国会に乗り込むというものだ。だが、平家の言うように総理は研究所にいなかった唯一の『コード:ブレイカー』である『コード:05』のおかげで無事だった。また、『捜シ者』は逃げる際に国会を大きく破損させたが、それは国会に落ちた落雷のせいと一般的には報道されている。

 総理の無事と『捜シ者』の行方などは一切不明という大神にとっては後者の方が大きい意味を持つ報告を聞き、大神は大きくため息をついた。すると、今度は平家が尋ねてきた。

 「ところで大神君。あなたは昨日、桜小路さんの制服も持ち帰りましたよね?」

 「……ええ。一応」

 「でしたら、桜小路さんのスカートのポケットに何か入っていませんでしたか? ……(キー)とかそういった物が」

 何か……というわりにはかなり的を絞った言葉だった。それもそのはず。なぜなら、その(キー)こそが『捜シ者』が求める物だからだ。『捜シ者』と総理の会話や『捜シ者』の目的を知らないと言った平家だったが、実は総理から全て聞いていた。『捜シ者』は桜が人見から託された(キー)を捜している、ということを。

 「……昨日、桜小路さんに頼まれたので制服やスカートを整えましたけど、そんなものは入っていませんでしたよ?」

 「……そうですか。なら良いのです」

 大神も平家の言葉に疑問を持ったのだろう。少し腑に落ちないような顔をしながら問いに答えた。大神の返答に、平家は特に表情を変えることなく了承した。

 しかし、彼らがその問答をしていたのとほぼ同時……『子犬』にある異変が起こっていた。

 「モゴ、モゴ……」

 「む? どうしたのだ、『子犬』。昨晩からずっと口を押えているが……変なものでも食べたか?」

 実は桜が言うように、『子犬』は昨晩からずっとこの調子だった。ずっと口を押さえ、何かを我慢しているような様子をしていた。

 すると、口を押さえていた手の隙間からある物(・・・)が顔を出した。今しがた話題に出た……例のあれ(・・)が。

 「!? ワ、ワフゥ! モゴモゴ……」

 「?」

 ほんの一瞬だったが、『子犬』の口から出てきた物……それは「渋谷」と書かれたネームプレート付きの(キー)だった。あの時……人見が桜に託した(キー)が。『子犬』はすぐに(キー)を口に入れ直し、再び口を押さえ始めた。一瞬のことだったため、桜はそれが(キー)だとはわからなかった。

 『子犬』の様子に疑問を抱きつつも、桜は大神たちのところへ戻った。そこで、彼女はふと浮かんだある疑問を口にした。

 「そういえば……夜原先輩は来ていらっしゃらないのか?」

 桜の言葉を聞き、大神たちは思い出したかのようにハッとした。本来ならここにいるはずの優の姿がどこにも無い……ということに。

 「確かに来ていませんね」

 「まだ寝てんじゃねーノ? あいつバカみてーにやられてたし」

 「それかロストしたのかもしれませんね。あいつ、昨日はかなり異能を使っていたので」

 「ロスト……」

 大神の口から出た「ロスト」という単語を聞き、桜の中にある疑問が浮かんだ。そして、彼女は特に物怖じせずその疑問を口にした。

 「なあ、夜原先輩はロストするとどうなるのだ?」

 同じ『コード:ブレイカー』なら知っていて当然と思われる質問。一体どんな答えが返ってくるのか桜は心のどこかで楽しみにしていると、意外な答えが返って来た。

 「知りません」

 「オレも」

 「オレも知らん」

 「え、ええ!? 同じ『コード:ブレイカー』なのに知らないのか!?」

 まさかの「知らない」だった。今までのことを思い出してみると、大神、刻、遊騎がロストした時、他の『コード:ブレイカー』はその人物のロストがどのようなものか把握していた。だからこそ、優のロストも知っている……と思っていたが、答えはノーだった。

 「別に興味ありませんしね。それにあいつ、ロストが近くなると姿を見せなくなりますから」

 「そーそー。意地でも見せねーんだヨ。よっぽど恥ずかしーロストなんじゃねーノ?」

 「『脳』やから脳みそ丸出しになるんちゃう?」

 「なにソレ、キモ過ぎ」

 本当に知らないらしく、彼らはそんな談笑を始めた。しかし、なぜか諦めきれない桜はまだ答えを聞いていない人物に聞くことにした。

 「平家先輩、夜原先輩と仲の良い先輩もご存じありませんか?」

 「優君のロストですか? そうですねぇ……そんなに気になりますか?」

 「はい! あと先輩のロストも気になります!」

 「私のロストは置いておきましょう。運が良ければいずれ見れますよ。まあ……」

 いつもの微笑みを浮かべながら話す平家。自分のロストから話を逸らすと、急に桜から視線を外して前を見てポツリと呟いた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 「優君のロストについては……すぐにわかりますよ」

 「え?」

 どういう意味か桜が尋ねようとしたその瞬間、急に背後が騒がしくなった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 その人物の存在は、ある意味では洗脳のようだった。

 一度、視界に入ったかと思うと、どうしても視界から外すことができない。頭ではわかっていても、目が追い続けてしまうのだ。

 しかし、体は近づこうとしない。その人物の歩く先にいた者は視線を向けながらも道を開けていた。おそらく、その人物の雰囲気がそうさせるのだろう。凛とした高貴さを漂わせ、見合う者しか近付けさせないような……そんな雰囲気が。

 その人物が歩を進める先……。そこには、周りから見れば異常に見える学生たちがいた。

 「ッ……!」

 「オォ……!」

 その学生……大神と刻は思わず目を見開き、その人物を視界全体に入れようとした。朝日を浴びて艶めく腰まで伸びた黒髪、モデル顔負けの長身とバランスの良いスタイル、絹のように繊細で白い肌、桜色をした瑞々しい唇、見るものを魅了するかのような瞳……そんな美しい要素を詰め込んだかのような容姿をした、輝望高校の制服を着た女子生徒を。

 「なんと、お美しい方なのだ……」

 その美しさは、同性である桜も思わず見とれてしまうほどだった。一度見れば一生心に残ってもおかしくない……桜はそう感じていた。しかし、同時に疑問を感じた。彼女が着ているのは間違いなく輝望高校の制服。だが、桜は彼女のような人物を見たことが無い。ここまで美しい人物なら自然と噂が流れそうだが、そんな噂は聞いたことが無い。

 すると、その女子生徒は大神たちに気付いたのか、笑顔を浮かべて近づいてきた。近づいてきたことに驚いた桜は思わず『子犬』の陰に隠れた。また、この時『子犬』も見とれていたというのは余談である。

 「おはようございます」

 ニッコリと微笑み朝の挨拶を述べる女子生徒。軽く顔を斜めに動かして肩をすくめるという動作一つ一つが流れるようで、思わず見とれてしまうほどだった。

 「……お、おはようございます」

 「ドーモ……」

 あまり女性を意識するようなことはな大神だったが、今回ばかりは彼も見とれていたらしく少し遅れて挨拶を返す。刻に関しては少しだらしのない顔になっている。すると、女子生徒は周囲を見渡し、小首を傾げながら尋ねた。

 「……桜ちゃんは?」

 「え……?」

 女子生徒の言葉に大神は思わず言葉に詰まる。まるで面識が無い生徒が突然桜のことを聞いてくるなどまるで予想していなかったからだ。

 「その、桜小路さんは……今日は体調が悪いらしいので休みですが」

 大神は少し慌てながらも、教師やクラスメイトに対しての嘘を口にした。まさかこの嘘を最初に言う相手が名も知らない初対面の人物になるとは思っていなかっただろう。

 だが、大神の言葉を聞いた女子生徒はクスリと笑い、笑みを浮かべながら口を開いた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 「嘘はダメだよ。……小さくなった桜ちゃん、連れてきてるんでしょ? 『コード:06』……大神 零君」

 「な……!?」

 女子生徒のその言葉は、一瞬にして大神たちの警戒心を引き出した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 「な、何言ってんノ? 小さくなったとか、『コード』とか……オレたち全然わかんないんだケド?」

 「嘘はダメって言ったでしょ? お姉さんの寧々音ちゃんに怒られちゃっても知らないよ。『コード:04』の刻君」

 「テ、テメー……!」

 彼女が言葉を発する度、大神たちの中で警戒心が強くなっていく。初対面のはずの人物が、桜が小さくなったことや大神たちが『コード:ブレイカー』だということを知っている……それが導き出す答えは……

 「お前、『捜シ者』の部下か……!」

 「…………」

 敵、以外には考えられない。大神と刻はスッと目を細め、殺気を女子生徒にぶつけ──

 「そろそろ本当のことを言ったらどうですか? あまり騒ぎになるようなことはやめてください、優子(ゆうこ)さん」

 「平家……!? お前、こいつが誰だか知っているのか……!?」

 今まで黙っていた平家が突然、親しげに女子生徒に話しかけ始めた。大神と刻が意味がわからず固まっていると、彼女はクスクスと笑い始めた。

 「ふふ……ゴメン、ゴメン。二人は(・・・)初めてだったからちょっと遊んじゃった。けど、いきなり敵になっちゃうとはね。真面目な大神君らしいけど」

 「……平家。こいつは一体……何者なんですか?」

 「おや、まだ気づきませんか? 名前を聞けばわかると思ったのですが」

 「ハア? 名前? 名前でわかるんだったら顔も知ってるっつノ。大体、優子(・・)なんて知り合いオレには…………()?」

 平家のはっきりしない言葉を聞き、先ほど平家が口にした女子生徒の名前を口にする刻。そして、その中に聞き慣れた単語があることに気付いた。ある可能性が浮かんだ刻は信じられないのか、体を震えさせながら女子生徒を指差した。

 「ま、まさか、コイツって……!」

 「……ええ」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 「彼女の名は夜原(やはら) 優子(ゆうこ)。優君が異能をロストしたことで表に出てきた優君のもう一つの人格です」

 「う……嘘ダァァァァァァァァ!!」

 信じられない驚愕の事実。それを知った刻の叫びが、すっかり人が集まり始めた駅のホームに響き渡った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 「ま、まさか……優のロストって『女になる』なんですか……!?」

 「正確に言えば違います。優君の場合、身体が女性のものになるだけでなく、その中身……人格も優子さんという女性のものとなります。ですから優君のロストは……『身体と心が女性になる』が正しいですね」

 「嘘ダァァァァァァァ!」

 愉快そうに説明する平家と驚きに顔を染める大神と刻。目を合わせただけで気を失うほど女性が苦手な優のロストが『身体と心が女性になる』など、微塵も予想していなかったからだ。……刻に関しては個人的な感情も入っているかもしれないが。

 「ななばん、ロストすると女になるんかー。だから今までロストしそうになると隠れてたんやな」

 「うん、正解。まあ、ロストしている間は完全に私が表の人格だから優が隠れたくても無駄なんだけどね。今までだってロストしてからは自由に過ごしてたし」

 大神と刻と違い、そんなに驚いた様子を見せない遊騎の頭を撫でながら優子は笑みを浮かべていた。すると、今の優子の言葉を聞いた大神が尋ねた。

 「表の人格ということは……ロストしている間、優の人格はどうなっているんですか?」

 「うーん……。普段の私と同じと考えると……寝てるんじゃない? 私もさ、優がロストするまではずっと寝てるみたいなものだから。だから、よく漫画で見るような人格同士の会話なんてできないし。私たちができるのは記憶の共有ぐらい」

 「記憶の共有……そうか。だから『コード:ブレイカー』のことや桜小路さんのことを……」

 思わず敵と思い込んだほど自分たちのことを知っている優子。その種明かしを聞かされ、大神は安堵の表情を浮かべた。しかし、大神とは逆に優子はキョロキョロと周囲に視線を動かして落ち着きが無くなっていた。そして、先ほどもした質問を再び投げかけた。

 「ところで桜ちゃんは? 私、桜ちゃんにも直接会いたいの」

 「桜小路さんですか……? でしたら、ついさっきまでこの辺に──」

 と、大神は桜がいると思われる自分の足元に視線を落とそうとした。すると、耳元で威勢の良い声が聞こえてきた。

 「私ならここです! 夜原先輩……いえ、優子さん! お会いできて嬉しいのだ!」

 「ッ──! 桜小路さん、耳元で叫ぶのはやめてください」

 「……すまぬ」

 小さいながらも元気の良い挨拶をする桜だったが、大神の注意を受け照れ臭そうに頭をかいた。だが、すぐに優子の方を向き両手をパタパタさせながら話しかけた。

 「しかし、すごいです! 先輩はロストするとこんなにもお美しい優子さんになるなんて! 同じ女性としても羨ましいです!」

 大神の耳元で優子に会ったことに対する感動を表現する桜。また叫んでいるため大神は少し迷惑そうだが、言っても無駄だと思ったのか何も言わずに耐えていた。

 そしてもう一人、何やら耐えている人物が一人。

 「ッ──! ッッ──!」

 あれだけ桜に会いたいと言っていた優子だったが、今は口元を押さえて驚いているのか目を見開いて桜をただ凝視していた。その口元から優子のものと思われる声が聞こえるが、それはどう聞いても言葉とは受け止められなかった。

 「……? あの、優子さ──」

 それに気付いた桜が声をかけようと短くなった手を伸ばす。しかし、それとほぼ同時に桜は大神の耳元から消えた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 「もう無理! 我慢できない! 小っちゃくなった桜ちゃん可愛すぎる~!」

 「え、ええ!?」

 溜まっていたものが爆発したのか……周囲のことなど気にせず、優子は小さくなった桜を抱きしめ頬ずりを始めた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 「う~ん、お肌スベスベでぷにぷに! この可愛さは反則だよ、桜ちゃん~! ね? ね? チューしていい!? いいよね!? 断られてもやっちゃうけど!」

 「ゆ、優子さん!? く、くすぐったいのだ~!」

 「…………」

 「…………」

 あまりにも激しすぎる優子のスキンシップに桜は戸惑い、大神と刻は呆然としていた。もう一度言っておこう。ロストすると人格が変わるとはいえ、この(・・)優子はあの(・・)優なのだ。

 「ま、マジかよ……これ、優なノ? いくら人格変わったって言っても、アイツは女嫌いで……」

 「……どうやら、ロストしたら女性も大丈夫みたいですね。しかし、先ほど彼女が言った通り本当に記憶が共有されるんだとしたら……」

 「優……死ぬナ」

 「……そうですね」

 ロストが終わった後、こうして桜と戯れる記憶を思い出した優がどんな反応をするか……二人は考えただけで優が可哀想に思えてきた。

 そうこうしていると、平家が優子の手から桜を取り上げた。優子の激しすぎるスキンシップに、桜はすっかり目を回していた。

 「あー! 返してよ、平家! まだ桜ちゃんと遊びたいのにー!」

 「すでに桜小路さんは疲れ切っていますよ。それに、あなたも無理はしないでください。あなたの体は病み上がりも同然なんですから」

 「病み上がり……? 平家、病み上がりとはどういうことですか?」

 軽く暴走しかけている優子を止める平家の言葉。その中にあった「病み上がり」という単語に大神が反応を示した。そのことに対し尋ねた大神に対し、平家は桜を渡してから答えた。

 「昨日の戦い中、優君は自らの体温を上げましたよね? 実はその後遺症で、優君は高い熱を出したのです。風牙との戦いで負った傷もあり、優君は自分で動けないほどでした」

 「そ、そうなのですか!? 優子さん! 体は大丈夫なのですか!?」

 いつの間にか復活した桜が優子を心配する。すると、優子は満面の笑みを浮かべて桜の頭を撫でた。

 「心配しなくても大丈夫。優がロストする直前まで発汗機能を高めてたっぷり汗かいてたし、平家からもらった“エデン”特製の薬も飲んだしね。今はすっかり大丈夫」

 「だとしても無理は禁物です。……ところで、制服を着ているところを見ると授業を受ける気なんですか?」

 平家が念を押し、優子の格好を見ながら尋ねた。それに対し、優子は平然と答えた。

 「もちろん。私にとっては学校の授業も滅多に経験できないことだからね。できるようにはしてくれているんでしょ?」

 「ま、その点に関して抜かりはありません」

 「何をしたんだヨ……」

 「変なことではありませんよ。ただ、優子さんは優君の姉として優君の代わりに授業が受けられるようにしているというだけですよ」

 「十分変だワ!」

 あまりにも無茶苦茶な平家の言葉に刻は思いきり怒鳴った。しかし、平家は特に気にせず怒鳴った刻をスルーしていた。そして、唐突に口を開いた。

 「……おや。どうやら電車が来たみたいです」

 見ると、輝望高校の方向へと向かう電車が来た。電車は徐々にスピードを抑えていき、ゆっくりと停止した。扉が開くと、降りる者と乗る者がそれぞれ扉を過ぎる。

 「……ったく。んじゃ、オレもそろそろ学校行くワ。とりあえず、夜になったらもっかい様子見に行くから」

 「うむ! またな!」

 「ね、電車に乗ってる間は桜ちゃんと遊んでていいでしょ?」

 「……大神君に任せます」

 「オレも知りません」

 そう言うと、刻はひらひらと手を振りながら駅から去っていった。桜も小さい腕をめいっぱい振ってそれに応えた。一方、まだ桜とのスキンシップを続けようとする優子の対応に平家と大神はかなり手を焼いていた。そうしながら、大神たちは輝望高校へ向かうために電車に乗った。

 小さくなった桜とロストした優……いつもとは違う二人の一日が始まろうとしていた。

 

 

 




CODE:NOTE

Page:19 『壱49』

 春人と共に桜小路家を襲った始末屋の一人。子供のような身長だが、表情一つ変えないまま武器を構える生粋の始末屋。武器は自分の身の丈以上はある巨大なスコープ付きの狙撃銃。攻撃が届かない遠方から一方的に攻撃を行う。
 桜小路家から離れたビルの屋上から桜を狙い、弾の軌道を変えていた刻をロストまで追い込んだ。その後、『束脳・反転』で聴力を犠牲に視力を強化した優によって攻撃を無効化され続け、隙ができたところを背後にいた平家によって裁かれた。

※作者の主観による簡略化
 ドSに違いない。そういう顔をしている。



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