CODE:BREAKER -Another-   作:冷目

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お久しぶりです。
今回で研究所での戦いは終わりです。
やりたいことを詰め込んだ……そんな感じです。
そのため長めの仕様となっております。
そして、最後にはあの人がついにあれに!
では、どうぞ。





code:25 本物

 「私の可愛い弟はどうしてる?」

 夜の国会議事堂。本来なら人などいるはずのないそこには椅子に腰掛ける二つの人影と地に伏せるいくつもの死体があった。そんな状況の中、人影のうちの一つである『捜シ者』が微笑みを浮かべながらもう一つの人影である藤原総理に尋ねる。彼と同じ容姿をした弟……大神のことについて。

 「……元気にしているよ。それより、今回は何を捜しているのか教えてくれないかい? 『捜シ者』」

 肘掛けに肘を当て胸の前で指を組む藤原総理。咥えた煙草から出る煙が濛々と国会議事堂に漂う血の臭いの中に消えていく。彼は『捜シ者』からの問いに最低限の答えを返すと、すぐに尋ねる立場に回った。

 すると、『捜シ者』は伸ばしていた膝を折り椅子に深く腰掛けた。体育座りを連想させる座り方をしたかと思うと、彼は自分の真上を見上げた。そうした彼の目に映ったのは外の月光を国会議事堂内に迎える天窓。だが今日は月だけではない。数えるのも億劫になるほど数のある星の光も天窓は迎え入れて下にいる彼らを照らしていた。

 「……星。星が綺麗だ。まるで宇宙(そら)の中にいるみたいだ」

 「フゥ……。この国会議事堂の天窓は──」

 眩しそうに眼前に手をかざす『捜シ者』。問いに答えず星の感想を言っている彼を見た藤原総理は自分の問いに対する答えを聞くのを諦め、彼が興味を持っている天窓の説明を始める。

 「(キー)が欲しいんだ。あの(キー)……どこにあるか知っているんだろう? 藤原総理」

 しかし、唐突に目前に立った『捜シ者』の言葉がそれを途切れさせた。今まで膝を折って座っていたはずの彼は藤原総理の前に立ち、座っている総理を見下ろしている。

 「……(キー)? はて、なんのことかな。それに、たとえ知っていたとしても私が君に教えると思っているのかい?」

 『捜シ者』が急に移動したことに最初は驚いていた総理だったが、すぐに微笑みを浮かべた顔で強気な眼を『捜シ者』に向けた。二人の間にしばしの沈黙が流れた。それにより、彼らの周りに散らばる死体から滴る血の音が国会議事堂に響き渡っていった。一滴……また一滴と響く血の音を聞きながら総理は目の前の『捜シ者』を見続けた。瞬きすら忘れ、視線も意識も彼に集中させる。

 そして、総理の耳がもう何回目になるかわからない血の音を聞き次の音が来るであろうと思った時、彼の耳には指を弾く乾いた音が聞こえた。

 「──ッ!」

 思わず総理は瞬きを繰り返した。消えた。目の前にいたはずの『捜シ者』が。視線を上げてみると、彼はいた。総理が座っている椅子がある場所より高い位置にある机の上に座っていた。いつ移動したのか、何が起こったのか。様々な疑問が浮かぶが総理はそれら疑問を声には出さず心の中に仕舞った。

 すると、『捜シ者』は再び膝を折って背もたれなど無い机の上で大きく反り返り、眼前に手をかざした状態で天窓を見上げた。

 「……そうか。元『コード:01』の人見が奪い、今はあの()が持っているのか。桜小路 桜という娘が」

 まるで知っていて当然のことのように『捜シ者』は呟いた。それは、その場にいる者の中では総理しか知らないはずのこと。もちろん、『捜シ者』だって同じだ。何より、彼は先ほどそのことを聞いてきたのだ。しかし、今の(・・)彼はそれを知っている。

 「……どうやって人の心の中を覗き見たんだい?」

 目の前で起こっているあり得ないことに総理は目を見開いたが、先ほどのように笑みを浮かべて何をしたのか『捜シ者』に尋ねる。しかし、彼の笑みは先ほどと全てが同じではなく、その中には明らかに警戒心が混ざっていた。

 だが、『捜シ者』はそんな総理の言葉など耳に入っていないのか相も変わらず天窓越しに夜空を見上げている。そして、まるで夜空にある星を掴もうとしているかのようにかざしていた手を天窓に向かって伸ばした。

 「本当に星が綺麗だ……あの天窓が無ければもっと……。いっそ天井ごと無くしてしまおうか……」

 「なっ! 待──!」

 静かに呟いた『捜シ者』の言葉に総理は思わず立ち上がったが遅かった。次の瞬間、天窓は次々とひび割れていき目を瞑りたくなるほど眩い爆発が起こった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 「さ、『捜シ者』が大神の兄上──!?」

 自分たちが追った『捜シ者』は偽物だった、という衝撃の事実の後に敵である雪比奈から語られた二つ目の衝撃の事実を桜は思わず繰り返す。大神の家で、大神が『捜シ者』に育てられたということは聞いていた。そんな相手を殺したいほど憎む大神のことがわからなかった桜だったが、今はますますわからない。大神にとって『捜シ者』はただの育ててくれた人ではない。彼の肉親だというのだから。

 「ふーん……中々面白い話ジャン?」

 「大神……」

 「ろくばん……」

 興味、驚愕、心配……。大神以外の『コード:ブレイカー』たちはそれぞれ抱いた感情は違えど、桜と同じように雪比奈から語られた事実に意識を向けていた。

 そして、当の大神は──

 「……オレに兄などいない!」

 はっきりと断言し、雪比奈に殺気をぶつける。しかし、雪比奈は表情一つ変えずその場に立っていた。そして、何事も無かったかのように話し始めた。

 「どうやら本気で恩を仇で返すらしいな。お前は『捜シ者』の行動の真意を理解していると思っていたが違っていたらしい。今のお前は『捜シ者』にとって障害でしかない……始末させてもらう」

 「……ハッ」

 静かながら殺気を感じる雪比奈の言葉を受け、反応を示したのは大神ではなく刻だった。それも、どこか小馬鹿にしたような反応だったため、その場にいる全員が刻に意識を向けた。

 「偉そうなこと言ってんじゃねぇヨ。テメーらの真の目的が何かは知らねぇが、今のテメーらが結構ヤバい状況にあるってわかってんノ?」

 「……どういう意味だ」

 挑発染みた刻の言葉に雪比奈は表情こそ変えないものの反応した。すると、刻は新しい煙草を出し咥えて火を点けた。そして、ニヤリと笑いながら話し始めた。

 「ここにいたテロリスト連中は全員斃して、異能者の部下も一人は“エデン”に連行されて一人は斃された。しかも、末端だったとはいえテメーら『Re-CODE』の一人を斃したオレたちが相手なんだ。わかるか? オレたちとテメーらの力はそんなに差はねぇってことがヨ」

 「末端……風牙のことか」

 刻の言葉で新たに同じ称号を得た者のことが浮かんだ雪比奈は、続けて彼の使命を思い出したのか優のことを見た。優は体中が傷つき一目で重傷だとわかる。雪比奈の視線に気付いた優が警戒するが、雪比奈はすぐに視線を外し刻へと戻した。そして、静かに呟いた。

 「まさかお前たち……『Re-CODE』の実力が風牙と同じだと思っているのか?」

 「全員がああだとは思ってねぇヨ。ケド、その気になればすぐに追いつけられんダロ」

 雪比奈の言葉を聞いても強気な姿勢を崩さない刻。しかし、その表情は次の雪比奈の言葉ですぐに崩れ去った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 「……だとしたら愚かでしかないな。奴は本来なら異能も信念も何もかも……我々『Re-CODE』には遠く及ばない存在だからな」

 

 

 

 

 

 

 

 

 「……ハ?」

 自分の耳に届いた言葉を刻は疑った。先ほど自分たちの前に現れ、『Re-CODE』と名乗って優と戦った風牙が本来なら『Re-CODE』に及ばない存在という雪比奈の言葉を脳は処理することができなかった。

 「て、てことは何か? あいつが言っていたことは全部嘘ってことかヨ? 『Re-CODE:07』っていうのも、優を斃すために選ばれたってのも……」

 「言ったはずだ、『コード:04』。本来なら(・・・・)とな。奴が『Re-CODE:07』だったことは否定しない。奴は特例だったというだけだ」

 「特例……?」

 雪比奈の口から出た「特例」という言葉に刻は引っ掛かった。何か特別な力があるのか、何か特別な理由があるのか。予想がいくつも浮かぶ刻だったが、真実はまるで違っていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 「風牙を『Re-CODE:07』としたのは『捜シ者』にしてみればただの遊び……。お前たち『コード:ブレイカー』のナンバーに合わせただけの数合わせに過ぎない。『コード:07』を斃すという使命もそのための方便にすぎない。『捜シ者』にしてみれば、『コード:07』もお前たちと同じただの(・・・)異能者。何の脅威にもなりはしない。……全て、余興というわけだ」

 

 

 

 

 

 

 

 

 「な……なんや、それ! ふざけてんのかい!」

 先ほどの戦い全てを否定するかのような真実に遊騎が叫んだ。対照的に雪比奈は冷静な態度を崩さず、遊騎の叫びも静かに受け流しているようだった。しかし、遊騎は構わずに言葉をぶつけた。

 「ななばんとあいつの勝負が余興やと!? ななばんは必死こいて勝ったんや! その勝負バカにする言うんか!?」

 「そ、そうだ! それに風牙だって『捜シ者』から任された使命を果たそうとしていたのだ! お前たちはその風牙の気持ちすら弄んだというのか!」

 「……あいつの実力はリリィたちと比べれば確かに上。だが、我々真の(・・)『Re-CODE』には及ばないというだけ。その風牙相手に手こずったというなら、『コード:07』の実力がその程度だったというだけだろう。それに……結局のところ気付かない奴が悪い」

 遊騎と桜の言葉を平然と受け流す雪比奈。そして、彼の言葉が終わるのと同時にそれ(・・)は突然起こった。

 (あれは……!)

 それ(・・)にいち早く気付いたのは大神だった。雪比奈の周囲に、突然煙のようなものが現れ始めた。そして、その煙が出たところに氷が生成されていき……一斉に大神たちに襲い掛かった。

 「な!? これ……氷や!」

 「遊騎! オレの腕の中にいろ──()ッ!」

 「桜小路さんは下がってください! 優君!」

 「は、はい!」

 「オレは大丈夫です!」

 「チッ!」

 雪比奈の周囲から放たれた氷から守るため刻は遊騎を抱える。平家は桜を守り、優は一人で耐えようと構える。大神は軽く舌打ちをしてから左手に『青い炎』を灯して自分に向かって飛んでくる氷を何とか溶かしていく。しかし、第一波を燃え散らしたと思ったらすぐに第二波が来て大神を傷つける。

 「無駄だ。触れたものしか燃え散らせないお前の『青い炎』ではオレの攻撃を防ぐことはできない。全員……雪のように、静かに消え()け」

 瞬間、今まで雪比奈の周囲から放たれていた氷が部屋の至る場所から放たれた。前、横、背後、上空……それこそ全方位からだ。

 (くそ……! まるで全員、氷の渦の中に捕らわれたみてぇだ……! これが真の『Re-CODE』雪比奈……! 確かに風牙とは比べ物にならねぇくらい強ぇ……!)

 手も足も出ない……今の彼らの状況はまさにそうだった。攻撃することも、近づくこともできない。さらに、こうしている間にもどんどん体は傷つけられていき寒さで体力も奪われていく。まさに風牙とは別格の強さだった。

 「ッ! まずいです、大神君が!」

 雪比奈の攻撃から桜を守る平家がハッとしたように叫んだ。見ると、大神の足元に氷が張っており大神の足にも氷を伸ばしていた。大神も周囲から飛んでくる氷を相殺するのに気を取られていたのか、平家の言葉でようやく気付いた。

 「しま──!」

 そして、氷はそのまま大神の体を凍らせようと──

 「大丈夫か、大神!」

 「な……!? 何しているんですか!」

 「ここは一旦引くのだ! 死んでは元も子もない! 待っていろ! 今すぐこの氷を砕くのだ!」

 突然、桜が立札らしき物を持って大神の傍まで来た。そして、手に持ったそれを使って大神の足の氷を砕こうとした。平家のおかげで氷による傷は無い桜だったが、寒さが力を奪っているらしく思うように砕くことができていない。さらに、持っている物の持っている部分が円ではなく平たい長方形のため、力を入れれば入れるほど指の皮膚に食い込み桜の手を傷つけていた。

 そして、それを見た大神は歯を食いしばり怒鳴った。

 「いい加減にしろ!」

 「ッ!」

 「ろくばんが怒鳴った……」

 突然、怒鳴った大神に桜は驚き、他の『コード:ブレイカー』たちは信じられないという顔をした。大神は『捜シ者』の話題を聞くと殺気を振り撒くことはあったが、怒鳴るということはほとんどしない。しかし、今の大神は思いきり桜を怒鳴りつけている。それは長い間彼と共に『コード:ブレイカー』をやっている刻たちにとっても珍しい光景だったのだ。

 「リリィの時といい、今といい……どうしてあなたはオレたち“(クズ)”同士の戦いに首を突っ込もうとする! 関係ないあんたが命を懸ける必要なんてないだろ!」

 「嫌なのだ!」

 「なっ!?」

 戦いの最中で高揚しているのか、頭の中に今まであった疑問をぶつけるかのように言葉をぶつけ続ける大神。すると、桜はその大神に負けないほどの大声で自分の思いをぶつけ始めた。

 「私は誰かが……大神が死ぬなど! 私の前からいなくなるのが嫌なのだ!」

 「ッ──!」

 大神にとって、桜の言葉はまるで予想していない言葉だった。衝撃のあまり目を見開き、脳内の全ての思考が停止したようだった。その間にも桜は大神を助けようと氷を砕こうとする。しかし、一瞬とはいえ思考が停止したおかげで冷静になった大神の言葉がそれを止める。

 「……ふざけるな。オレほどの“(クズ)”がそう簡単に死ぬわけがない。あんたはそんなオレに命の大切さとやらを教え……悪人殺しをやめさせるために生きなきゃいけないんじゃなかったのか?」

 まだ諦めていない……そう聞こえるようにほくそ笑む大神からかけられた言葉。その言葉を聞いた桜は驚きながらも、強い意志を秘めた眼を大神に向け自分の指を大神の指と組ませた。家族と絆の証として行うという指組みだ。

 「では、約束しろ。私がお前の悪人殺しを止めさせるまでお前は絶対に死なぬと。それまで私も絶対に死なぬことを私も約束する」

 氷が飛び交い気温が下がった部屋の中……指が組まれた二人の手からは心地の良い温かさを感じた。

 「……へえ。あの死にたがりの大神君から出たとは思えない随分と前向きな言葉だネ」

 飛び交う氷の中、刻は大神の口から出た言葉に関心を抱いていた。大神は人見の時のように、突っ込んでいき無理をすることが多々ある。そのため、刻にしてみれば大神は“死にたがり”なのだ。その大神が「自分は簡単に死なない」と言ったのだ。関心も向くだろう。

 その時、大神自身も不思議に感じていた。自分の言葉にではない。桜の死に対する思いの強さにだ。明らかに普通の者とは違う執着心。気付けば、大神はその疑問を口にしていた。

 「……なぜ、あんたはそこまで──」

 なぜそこまでする……大神がそう言おうとした時、静かな呟きが“死”を告げた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 「……永久(エタニティ)凍結(ゼロ)

 瞬間、部屋全体が凍り、吹雪が大神たちを襲った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 「やっべ……!」

 「このまま我々を建物ごと凍らせるつもりですか……」

 吹雪がどんどん刻たちの体に纏わりついていく。刻の腕の中の遊騎も、いつの間にか平家が掴んでいた『子犬』も。そして、大神も。

 「お、大神!」

 「く……! 雪比奈、どこまで面倒な技を……!」

 全てが支配されていく。吹雪の“白”に支配されていく。人も、空気も……何もかも。

 

 

 

 

 

 

 

 

 そんな中、“白”の中で抗う“黒”が存在した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 「ッ……!」

 「……油断したな」

 “黒”の、決死の一太刀が雪比奈に命中した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 「よ、弱まった……!?」

 突然、大神たちを襲った吹雪が弱まった。そのおかげで少しは動けるようになった彼らは体の雪を落としていく。

 「あ~、さっむ……! 凍え死ぬかと思ったゼ……!」

 「一体何があったんや……?」

 「おそらく雪比奈さんに何かが──」

 平家が何があったのか把握しようと雪比奈を見た時、彼の目には意外な光景が映った。それは、本来ならそう(・・)することなど不可能な者による光景……

 

 

 

 

 

 

 

 

 「夜原……優……!」

 「…………」

 そこに立つのは、頬に小さな傷を負った雪比奈と……彼の前で刀を振り抜いている優の姿だった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 「お前……なぜ動ける。あの吹雪の中で……」

 「悪いが……敵に教える気は無い!」

 そう言うと、優は片足を軸にして体を回転させた。そうして勢いをつけ、今度は確実に雪比奈の胴を捉えた一太刀を繰り出した。

 「チッ……!」

 しかし、雪比奈はそれに反応してみせた。すぐに刀が来る方向に手を出して巨大な氷を生成し、優の刀を防いだ。だが、優はその反動を利用して後ろに跳び距離を取った。

 「優! 邪魔するな! こいつはオレが斃す! お前はもう戦うなと言われただろう!」

 「……ああ、そうだな。罰は受けるさ。でもな、黙ってやられるのは嫌なんだ。お前が動けないなら……オレが行く」

 そう言うと、優は再び雪比奈に向かっていき刀を振るう。雪比奈はそれを避け、時には氷で防御しながら受けていた。

 「夜原先輩、もう体は大丈夫なのか……?」

 「……確かに優は『脳』で人間の自己回復能力を強化して傷を早く治療することはできるが、こんな短時間であそこまで回復するはずはない。……あいつはかなり無茶をしているはずだ」

 「そ、そんな!」

 「だが、それ以上に不思議なのはこの吹雪の中であそこまでの動きができるということ……。まるで寒さなんて感じていないみたいだ……」

 そう。威力が弱まったとはいえ今は雪比奈によって吹雪が部屋を支配している。何より、吹雪の威力が弱まったのが優が攻撃をしたおかげだとしたら、先ほどの吹雪の中で彼はどうやって雪比奈に近づいたのか。それは大神たちにもわからなかった。

 「ハァ!」

 吹雪の音に乗って金属で硬い物を打った時のような音が響く。見ると、優の刀が防御のために生成した雪比奈の氷にめり込んでいた。どうやら力づくで氷ごと雪比奈を斬ろうとしているらしい。しかし、雪比奈も守ってばかりではない。

 「消え逝け」

 「ッ──!」

 優の周囲に先ほどの氷が現れて優に標準を合わせ、間髪入れずに優に向かって放たれた。優は後ろに跳んでそれを避け、すぐに刀を構えた。吹雪が彼の体に纏わりつくも、彼の体は何事もないかのように立ち続ける。その証拠に、彼の体には雪がまるで付いていなかった(・・・・・・・・・・・・・)

 「……なるほど。そういうことか」

 すると、雪比奈が何かに気付いたように呟いた。それと同時に優が雪比奈に向かって跳ぶ。しかし、雪比奈は変わらず回避と防御に専念した。

 「怖気づいたか!」

 「慣れない挑発などするな。その様子を見る限りだと……もう時間切れのようだな」

 「お前──!」

 優が何か言おうとした……その瞬間、それ(・・)は起こった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 「ぐっ!」

 優の中で彼の心臓がドクンと跳ね(・・)、優は胸を押さえてその場から離れた。

 その表情は……この上ないほど苦痛に歪んでいた。

 

 

 

 

 

 

 

 「ぐ、く……! ぐああああ!」

 「夜原先輩!?」

 突然、胸を押さえて苦しみだす優。あまりの痛みに立っていられないのか、優はその場に倒れ込んだ。すると、雪比奈が静かに告げた。

 「正直驚いた。まさかお前がこのような無茶をするとはな」

 「優が何をしたのか知っているのか!」

 「正確には戦いの最中で悟ったのだがな……。まあいい。本人が話せる状態ではないからオレが話してやろう」

 大神の言葉を受け、雪比奈はそのまま静かに答え始めた。優が冒した無茶を。

 「奴は『脳』の異能を使い、自分の体の中で熱エネルギーを大量に生成した。そうすることで自分の体温を人間にとって危険なレベルの一歩手前……つまり、体温を限界までに高くした(・・・・・・・・・・・・)。だがその反面、奴の中では体温を下げる発汗作用の機能が弱くなり、体温を下げられなくなった(・・・・・・・・・・・・)。そんな状態が長く続けば人間の体は必ず壊れる……奴は自らの熱でオーバーヒートしたというわけだ」

 「そ、そんな……!」

 まさに命懸けの方法だった。先ほどの自分の戦いを穢されたからか、身を挺して皆を救おうとしたのかはわからない。どちらにしろ、彼は自分の命を挺して雪比奈を斃そうとした。

 「だが、これでもう邪魔できまい。あとは……そのまま消え逝け」

 「ぐっ!」

 再び部屋の中を強力な吹雪が支配し始めた。刻も、遊騎も、平家も、『子犬』も、今まで戦っていた優も……そして大神も。全てが再び凍り始めていた。

 

 

 

 

 

 

 ──大神の体温が、どんどん下がっていく

 

 

 

 

 

 

 ──前にも、こんなことがあったような気がする

 

 

 

 

 

 

 ──ダメだ。

 

 

 

 

 

 

 ──もう誰も(・・)あの時(・・・)のように死んではダメなんだ

 

 

 

 

 

 

 絶対にダメなのだ──!!

 

 

 

 

 

 

 

 

 瞬間、眩い光が部屋の中を支配した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 「な……!?」

 「……アレ!?」

 消えた。今まで部屋を支配していた吹雪が、大神たちを冷たくしていった雪も、何もかもが。信じられない現象に、雪比奈は思わず口を開け驚きに顔を染めた。

 (オレの異能が消し飛んだ……!? あの少女の異能……いや、これはもっと異質な──)

 その瞬間、彼の体に異常が起こった。

 「ぐっ!」

 体の中に何か冷たいものを感じた。まるで体の奥から冷えていくような感覚。彼はこの感覚が意味することを知っていた。

 (ロストが近い……。『コード:ブレイカー』相手に異能を使いすぎたか……)

 自らのロストが近いことを感じ、雪比奈は自分の体を氷のように小さく拡散させ始めた。それは、誰が見ても明らかに“逃走”だった。

 「待て! 雪比奈──え?」

 大神はまだ寒さが残る体を動かし、雪比奈を追おうとする。しかし、足に何かが引っ掛かり思わず足を止めて視線を下に向ける。そこには大神にとってあまり見慣れないもの……女性特有の下着があった。

 「うーむ。なぜ雪比奈殿を撃退できたかはわからんが、何はともあれ助かったな」

 そして、どこか違和感を感じる聞き慣れた声。なんだか声がいつもより高く……聞こえる位置が低かった(・・・・)。大神は声がした方向を目で追った。その過程で、彼は様々な物を見た。

 ローファー、長い靴下、スカート……女子の制服……そして…………

 

 

 

 

 

 

 

 

 「ところで皆はなぜ大きいのだ? さては新たな異能か?」

 制服の首部分にすっぽり収まるほど小さい……裸の桜小路 桜の姿だった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 「な、ななななななな!?」

 「『にゃんまる』めっちゃめんこいわー」

 突然起こった意味不明の現象にこの世の終わりのような顔をする刻とこんな時でもマイペースな遊騎。そして、大神は慌てながらもこの現象に思い当たることを考えていた。自分たちが能力を使いすぎると体に起こる化学や常識を逸脱した現象……そう──

 「ま、まさか……ロスト!?」

 「いえ、ロストは異能者に起こる現象です。彼女の場合は……珍種特有の何か(・・)でしょう」

 「ん?」

 慌てふためく大神たちと違い年長者らしい振る舞いを見せる平家と自分に何が起こったのか理解していない桜。戦いは終わったが、新たな問題が彼らに降りかかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 「とりあえず、小さくなった桜小路さんは大神君に預けました。すでにお家の方には連絡しているようなので心配はないでしょう。刻君と遊騎君も心配はいりません。……それより心配なのはあなたですよ、優君」

 「…………」

 敵も味方もいなくなった、雪比奈と激闘を繰り広げた部屋。そこにいるのは平家と優の二人だけだった。平家はいつものように立ち、優は顔を俯かせて座っていた。その雰囲気は……明らかに険悪。

 「私は戦闘をしないように言いましたよね? それに、まだ風牙との戦いで負った傷も完全に回復していないでしょう。その状態であのような無茶をするなど……死にに行くのと同じですよ」

 「……はい」

 風牙との戦いの後とは違い、弱々しい返事をする優。見ると、その体は小刻みに震えている。おそらく先ほどのオーバーヒートの後遺症だろう。

 そんな彼に上位の者として厳しい言葉をかける平家だったが、彼は尻目に優の姿を見ると仕方なさそうに長いため息をついた。

 「まあ、あなたのおかげで少しは活路が見出せたというのも確かです。桜小路さんのアレ(・・)は本人も意識してやったことではないので偶然としか言えませんし。我々も帰りましょう」

 そう言いながら部屋の入口へと向かう平家。しかし、一向に優からの返事は聞こえてこない。弱っているとはいえ、二人の距離を考えると声が聞こえないということないはずだった。

 「……優君?」

 平家が振り向くのとほぼ同時……優は力無くその場に倒れた。

 「優君!」

 優が倒れ彼に駆け寄る平家。起き上らせようと体に触れると、体が異常に熱いことに気が付いた。さらに呼吸もひどく荒い。おそらく、先ほど体温を上げたせいで熱を出したのだろう。一人で帰るのは無理だと思った平家は優を送っていくことを決めた。すると、平家はあることに気が付いた。熱を出した優が……頭を抱えるようにうずくまろうとしていることに。まるで、頭でも痛いかのように。

 「──ッ!」

 それを見て平家は気が付いた。優の体に起こっている異常は熱だけではない。これはある現象の前兆。その現象は……

 「ロスト……ですか」

 平家の呟きに返す言葉なく、ただ荒くなった呼吸が聞こえるだけだった。

 

 

 




CODE:NOTE

Page:18 春人

 ほぼ確実に仕事をこなす隻腕の始末屋。その成功率は100%と言われていたが、たった一度『コード:ブレイカー』である大神によって失敗したことがある。その際、『青い炎』で燃え散ったと思われたが、燃え散っている左腕を切り落として無事だった。その後も片手ながら仕事を成功させてきた。ヤクザに恨みを持つ依頼人からの依頼でヤクザの子供を始末する仕事をしている時、標的の一人である桜を襲いに行き大神と再び会う。今度こそ燃え散ると思っていたが、桜が止めに入ることで再び九死に一生を得た。その後、ヤクザの子供は一人も殺すことなく姿を眩ませている。
 異能を持たず、小刀やクナイなど様々な武器の扱いに長けており、大神に斃されてからは新たに瞳術(どうじゅつ)を新たに習得し目で相手を操れるようになっていた。それらを駆使してロストしていた大神を追いつめた。

※作者の主観による簡略化
 夜中に顔を見たら気絶するくらい怖い人



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