CODE:BREAKER -Another-   作:冷目

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絶望っていい言葉ですよね。
私の現在も将来もおそらくその言葉で支配されているはずです。
あと今回書いてて思ったのは「瞬間」って言葉は便利だなってことです。
だから何回も書いてしまってまた絶望……
そんな絶望を皆さまも味わってください(オイ)
今回の話はそういう内容です。
では、どうぞ。





code:22 絶望的な終焉

 昔から悪いことが嫌いだった。だからこそ、こんな力(・・・・)を持つ自分が醜く見えてしょうがなかった。

 他人からは煙たがれ、一種の習慣のように罵られる毎日。誰からもそうだった。同年代はもちろん、周りの大人も同じ。唯一違ったのは彼女(・・)と……家族だけだった。

 彼女(・・)と出会うまで心を支えてくれたのは家族だった。だからこそ、その家族から教えられることはまるでスポンジが水を吸うように吸収した。その中に「悪いことをしてはいけない」というものがあった。

 家族から教えられたことというのもあり、彼は悪いこと……“悪”を嫌った。それは立派な正義感として彼の心に在り続けた。

 しかし、その正義感は徐々に変わる。「悪いことをしてはいけない」……ならば、自分はどうなのだろうか。自分が持つ力は存在しているだけで“悪”なのではないだろうか。そんな考えが彼の頭を支配し、彼の正義感は自らを卑下し続けた。

 そして……全てはあの日(・・・)に変わった。あの日(・・・)を境に、彼の考えは別のものへと変化した。彼にとって“悪”とは嫌うべき対象ではなくなった。嫌うのではない……憎むべき対象へと変わった。そして、彼は卑下していた自分の力を憎らしい“悪”を滅すための手段として受け入れた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 そして彼……夜原 優は今まさに憎むべき“悪”を裁くため力を振るおうとしていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 「シッ!」

 短く息を吐いて優は動いた。大量の出血によりほとんど力が残っていない体にその残った力を込め、敵である風牙との距離を詰める。しかし、出血の影響かそのスピードは異能を使った彼のそれ(・・)ではない。それが限界だった。今の彼に出せるのは、異能を使った全力ではなく普通の状態での全力だった。

 そして、風牙はそれを見逃さなかった。

 「おいおい、『脳』の異能はどうした? オレにやられすぎて使えなくなったか? だとしても……容赦はしないけどな。『向かい風(リターン)』」

 「ッ!」

 その言葉と共に風牙は右手を前に出した。その瞬間、突風が優を真正面から襲う。気を抜けば体を持っていかれそうになるほどの風を受け、優は顔をしかめながら両の足をしっかりと地に着ける。しかし、それは彼の動きが止まることを意味する。

 「……『鎌鼬』」

 そう呟いた風牙は右手を前に出した状態で左手を掲げて指を鳴らした。そして……

 「ぐあ!」

 優の体から新しい血が流れる。流れた血は風牙の風に乗り地と壁に付着し徐々に潤いを無くしていく。新たに傷を負った優は思わず前屈みになる。

 「ただ突っ込んできただけか……。そろそろ、ラクにさせてやるよ」

 風牙が次の攻撃を始めようと再び指を構えその無情な音を鳴らす。

 その時、優が動いた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 「な──!」

 「…………」

 指を鳴らし『鎌鼬』を発動させた風牙。しかし、優の体に新たに傷は刻まれなかった。風牙の目の前には、部屋の明かりを受けて輝く刀を手にした優の姿があった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 優の手に握られたその刀は、桜にとって見覚えがあるものだった。それは研究所に入る前、彼らを襲ったテロリストを一瞬で斃した彼の武器だった。

 「あれは……先輩の『斬空刀』!」

 「お前、オレの『鎌鼬』を……!」

 「オレの刀……『斬空刀』は空気さえも切り裂く。そして風は簡単に言えば勢いを持った空気だ。『鎌鼬』も同じ。それは“鋭い”風でしかないからな」

 驚きに目を見開く風牙を前に優は冷静に答えた。そして、すぐに次の行動に移った。

 「そして風牙。『鎌鼬』を破られたことで隙ができたな。自慢の『風』が止んでるぞ」

 「ッ!」

 優の言葉を聞き風牙は気付いた。『鎌鼬』を斬られたことに驚き、思わず『向かい風(リターン)』を解いていたことに。

 だが、気付いた時にはすでに遅かった。

 「──後ろがガラ空きだ」

 再び『向かい風(リターン)』を発動しようとした風牙だったが、すでに目の前から優はいなくなっていた。そして、彼の声が聞こえたのは背後。そこには、今まさに刀を振り切ろうとしている優の姿があった。

 「あれ、あいつまだあんなに動けたんダ」

 「おそらく最初の動きはフェイクでしょうね。あえて『脳』の異能を使わないことで風牙に『傷のせいで使えない』と思い込ませ、一瞬の隙を突いて『脳』の異能を発動させる。さすが優君ですね」

 圧倒的に不利と思われた状況から背後を取るという有利な状況へと一転させた優を見て、平家が分析しながら賞賛する。一方、疑問を口にした刻はつまらなさそうに煙草をふかしていた。

 「チッ──!」

 平家の分析を聞き流しつつも風牙の判断は早かった。彼は短く舌打ちをすると今まで前に向けていた右手を下に向けた。そして次の瞬間、優の目の前から風牙は消え再び強風が優を襲った。

 「──っと。危ねぇ」

 強風が優を襲った後、風牙は優から少し離れた場所に立った。いや、正確に言うと着地した。風牙は服に付いた埃を払うと、優に向かってニヤリと笑った。

 「残念。せっかくのチャンスだったのにな」

 「……なるほど。地面に強風をぶつけて、その反動で避けたのか」

 「状況判断が早いな。おかげで説明する手間が省けた」

 やれやれといったようなジェスチャーをしておどける風牙に対し、優は真剣な表情を一切崩すことなく風牙を睨みつけていた。そんな二人を大神は相変わらず背中を壁に預けたまま見ていた。そして、静かに呟いた。

 「……まずいですね」

 「え?」

 「ああ、まずいナ」

 「まずいですね」

 「激まずやし」

 「な、何がなのだ?」

 唐突な大神の呟きに桜が疑問符を浮かべていると、刻たちが次々と大神と同じ言葉を繰り返した。それを見て、桜は自分だけがわかっていないという状況に少し慌てながら答えを尋ねた。すると、最初に言いだした大神が静かに答えた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 「このままじゃ優は負けます」

 「え……?」

 それは、あまりにも唐突で残酷で……あまりにも信じられない答えだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 「な、何を言っているのだ、大神! 夜原先輩が負けるなどありえん! そ、それに、負けるということはつまり……先輩が──」

 「そ。死ぬってことだヨ。桜チャン正解~」

 『コード:ブレイカー』と『捜シ者』の一派による戦い。その敗者に訪れるであろう結末を桜は今までの戦いでわかっていた。だが、それは桜にとって最も恐ろしい結末だった。

 「ふ、ふざけないでくれ刻君! そんなことが……!」

 故に彼女はすぐにその事実を否定した。心のどこかではわかっていたのかもしれない。自分では助けることも何もできない。それでも、彼女は目の前で起こるかもしれない最悪の結末を否定した。

 すると、平家が先ほどのように淡々と語り始めた。

 「まず、優君の体力の限界が近いこと。出血によって彼は体力を相当奪われているはずです。その状態で『脳』で身体能力を上げて攻撃したのですからその負担は大きいでしょう。そして……」

 平家の次の言葉まで一瞬の間が生まれた。瞬間、平家はスッと目を細めた。その視線の先には、立っているのもやっとに見える優と対照的にまだまだ余裕を見せる風牙がいた。

 二人の現状を改めて見て、平家は言葉を続けた。

 「先ほどの優君の攻撃は言ってみれば不意打ち。そして、『Re-CODE』である風牙は同じ手が何度も通用する相手ではないでしょう。つまり、もう優君にはどうすることもできません」

 「そ、そんな……」

 淡々と語られる言葉に桜が愕然とした。平家の言葉はあまりにも淡々としており、それがかえって彼の言葉の真実味を増しているように感じた。

 そんな絶望を感じながらも、桜は何とか酷な真実を否定しようと頭を抱えた。そして、一つの希望を見出した。

 「……そうだ。『斬空刀』! 夜原先輩は『斬空刀』を使えば風牙の『鎌鼬』を無効化できる! どうすることもできないのは風牙も同じなのだ!」

 桜が見出した希望……それは先ほどの不意打ちによってわかった唯一の反抗手段。今まで防ぎようがないと思われた風牙の『鎌鼬』を無効化する手段を思い出し、桜は顔を輝かせた。

 しかし、その言葉を耳にした刻は独り言のようにポツリと呟いた。

 「サテサテ……それはどーカナ」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 「しかし、『鎌鼬』を斬るとは思わなかった。良い刀……いや、どちらかといえば良い腕をしているだな」

 「…………」

 「オレの『鎌鼬』は言ってみれば収縮された鋭い風だ。だが、元が形を持たない風だからさっきみたいに高速で刀を振るわれたりしたらあっという間にその威力は無くなる。それをお前は一撃でやってみせやがった。今までの攻撃を見て真正面からくることはわかっていただろうが、ぶっつけ本番で一撃で決めたんだからな。いやはや、良い腕だぜ」

 『鎌鼬』の説明をしながら優を称賛する風牙。その様子からは最初と同じ余裕が感じられた。『鎌鼬』を破られた時こそ驚いていたが、すでに対処した今となっては脅威ではないのだろう。平家の言う通り、やはり同じ手が通じることはなさそうだ。

 「良いのが刀だろうが腕だろうがどうでもいいだろう。それより……次こそ決める」

 風牙からの賞賛を流し、優はゆっくりと刀を構えた。優が再び刀で向かってくると気付いた風牙は、ニヤリと口角を上げた。

 「なめられたもんだな。続けて同じ手で来られるとは。次は上手くやる……ってことか?」

 「ああ」

 「……ハッ」

 間を一切置くことなく言った優の答えを聞き、風牙は眉をしかめて短く息を吐いた。そして……

 「ハハ、ハハハ……。ハハハハハハハハ!」

 右手で顔を覆いながら風牙は声を大にして笑い出した。突然、笑い出した風牙に桜は驚いていたが、彼の前にいる優は構えを一切解くことなく立っていた。

 「ハハハハ! ハハハハハハハハ! …………ハァ」

 そして一通り笑った後、風牙は大きく息を吐いた。その後、風牙の態度は一変した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 「──ふざけんなよ」

 「ッ!」

 風牙の眼は鋭く優を捉え、ヒリヒリとした殺気が部屋を覆った。殺気を真正面から受けた優は改めて気を引き締め、全身に力を入れた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 「『巻き風(ケージ)』」

 スッと前に出された風牙の右手から風が放たれた。しかし、それはさっきまでのような強風ではない。まるでそよ風のような心地よい強さの風だった。それでも優は警戒心を解くことなく構え続けた。

 そして、ある違和感に気付いた。だが、動こうとした時にはすでに遅かった。

 ──ビュオ!

 今まで心地よい強さを保っていた風牙の『風』が突然勢いを増した。そして、そのまま優を中心に渦を巻くように吹き続け……

 「これは……!」

 風の檻となって優をその場に閉じ込めた。風は最初とは比べ物にならないほどの威力となっており、少し離れた場所にいる桜たちも気を抜けば体を持っていかれそうになるほどだった。

 「はにゃー」

 「って、またかヨ!」

 部屋に入った時と同じように飛ばされそうになった遊騎を刻が捕まえる。それ以外の者たちは何とか自力で耐えている。

 「や、夜原先輩は……!?」

 風に耐えながら桜は閉じ込められた優の安否を確認しようと目を開けた。しかし、風の影響ではっきり目を開けられないので確認することができない。

 「──ハッ!」

 その頃、優は風の中で出来る限りの抵抗を行っていた。『脳』で強化した身体能力を駆使して勢いよく刀を振るうが、状況の改善は見られない。唯一の救いと言えばそれほど風の影響が強くないということだった。少しばかり風を感じるが、威力としてはそよ風程度だ。そのため外の桜たちよりは自由に動くことができた。しかし、だからこそ優は警戒心を研ぎ澄ませてなんとか風から抜け出そうとしていた。自分を閉じ込めている風が風牙の仕業である以上、何か仕掛けてくる危険が十分にあった。

 そして、その危険はすぐに現実となった。

 「…………」

 優を捕えた風の檻を前にし、風牙は前に出していた右手を胸元に寄せた。そのまま握り拳を作り親指を立て、親指が下を向くように手の上下を逆転させた。

 そうして、風牙は親指で地面を指差すように右手を下げた。

 「──『鎌鼬(かまいたち)(まい)』」

 その瞬間、優を捕えた風の内側から『鎌鼬』が放たれた。方向は──優の背後。

 「ぐあ! ……くそ!」

 突然、自分を襲った背後からの激痛に優は眉をしかめた。すぐに背後に向かって刀を振るうが、何も手ごたえが無い。それどころか、今度は両腕に新たな傷が刻まれた。

 「ッ──!」

 優は何とか声を抑え痛みに耐える。どこからの攻撃か見極めるために意識を集中させようとするが、そうしている間にもどんどん新たな傷が刻まれていった。

 「……辛そうだな、夜原 優」

 痛みに苦しむ優の耳に風牙の声が届いた。優が声の方向に目を向けると、ぼんやりと人影が見えた。おそらくそれが風牙だろう。優は風越しに睨んだが、風牙は構わず言葉を続けた。

 「お前を閉じ込めたのは『巻き風(ケージ)』……その名の通り檻だ。そして、今お前を攻撃しているのはさっきまでと同じく『鎌鼬』だ。ただ、今回のは『巻き風(ケージ)』で相手を閉じ込めたことで初めて発動できる『鎌鼬』の応用技……『鎌鼬の舞』だがな」

 「応用技……?」

 「普通の『鎌鼬』はオレの手から飛ばすことしかできないが、『鎌鼬の舞』は相手を閉じ込める『巻き風(ケージ)』の風から『鎌鼬』を飛ばすことができる。普通、風っていうのは視認することはできない。お前はさっきオレの手から飛ばした『鎌鼬』を斬ることはできたが、それはどこを斬ればいいのかおおよその判断ができたからだ。考えれば簡単な話だよな。オレの手の延長線上をタイミングよく斬ればいいだけだ。タイミングなんて何度も『鎌鼬』を受けたお前だったらわかってもおかしくないしな」

 ハハハ、と笑う風牙。優は『巻き風(ケージ)』の中で風牙の話を聞いていたが、その間にも容赦なく『鎌鼬』が襲ってくるのでどんどん傷は増えていった。風牙もおそらくそれはわかっているだろう。その上でやっているのかはわからないが、風牙はさらに話を続ける。

 「だがな、この『鎌鼬の舞』は違う。『鎌鼬』を飛ばすのが一か所だけじゃない。周囲一帯360度全てがランダムに飛ばしてくる。さらに数も完全にランダム。防ぐのは……100%不可能だ」

 風牙の話が終わったのとほぼ同時。五つの『鎌鼬』が放たれ優の全身を切り刻んだ。

 「ぐあぁぁぁぁ!」

 「ッ! 夜原先輩!?」

 同時に五つもの『鎌鼬』を受けたことで限界を超えたのか、優の悲痛な叫び声が部屋に響いた。その声は『巻き風(ケージ)』の外側で耐えている桜たちの耳にも聞こえ、桜は優を呼んだ。しかし、それに応える声は返ってこない。代わりに、今まで自分たちが耐えていた風が突然止んだ。今まで風が吹いていたせいで部屋の中にあった塵や埃が舞い上がっており、あまり視界はクリアではなかった。桜は吸い込まぬよう口元を押さえ、薄目を開けて状況を確認しようとした。少しずつ塵や埃が拡散していき、徐々に視界もクリアになっていった。

 そして……見た。

 

 

 

 

 

 

 

 

 「や……夜原先輩!」

 全身に新たな傷を刻まれ、痛々しいほどの血を流しながら刀を支えにして膝を突く……優の姿を。

 

 

 

 

 

 

 

 

 「ななばん!」

 「あ~あ。予想はしてたケド、まさかピッタリその通りとはネ」

 「ど、どういうことなのだ、刻君!」

 桜同様、今まで以上に傷ついた優を見て驚愕の表情を浮かべる遊騎と意味深なことを言う刻。刻の言葉を耳にした桜はすぐに彼を問い詰めようとした。

 刻は慌てることなく、先ほどの風で飛ばされたのか新しい煙草を咥えながら話し始めた。

 「相手は仮にも『Re-CODE』だゼ? そんなやつの攻撃があんな自分の前に見えない攻撃飛ばすダケとは思えねぇ。だからもっと効果的な攻撃があると思っただけだヨ。見た感じだと、あの風の中で全方位から攻撃を受けたみてーダナ」

 「そ、そんな……」

 風牙の攻撃は防げる……桜がそう考えた矢先に起こったそれを全否定する現実。桜の表情には先ほど以上に絶望の色が見えており、もはや希望を見出すことができないようだった。

 そして、その絶望を突きつけた張本人である風牙は優がまだ斃れていないことに気付き、残念そうに息を吐いた。

 「なんだ……。派手な叫び声上げたからもう終わったかと思って解いたんだが……少し早かったか。まあ、いいか」

 心から残念そうに言葉を並べる風牙。すると、再び右手を前に伸ばした。その先にいるのは、もちろん優だ。

 「オレが直接止めを刺せばいいだけだ」

 「や、やめろー!」

 優に止めを刺そうとする風牙を見て、桜は叫びながらその足を前に出した。しかし、ただでさえ距離が離れているため間に合うわけがない。それに間に合ったとしても桜には風牙を止める力などない。止める力があるであろう大神たちはまず動かない。優を救うことはどう考えても不可能だった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 そして、桜が走り出してすぐ。飛び散る紅い鮮血が彼女の視界に映った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 「──な……」

 「──え?」

 桜の視界に映ったのは間違いなく鮮血だった。傷つき肉が露わになった皮膚から、血管が裂けたことにより外界に飛び散った紅い液体。それは間違いなかった。

 だが、その液体の持ち主(・・・)は予想とは大きく違った。

 桜の視界に映っている一人の人物。その人物は俯き、膝を突いていることでひどく小さく見える。その手には支えとして地に突き刺した刀。そして……

 「……油断したな」

 硝煙をゆらゆらと揺らす拳銃を目の前の敵に向けていた。ボソリと呟いた後、その人物……優はゆっくりと顔を上げた。

 「お前──!」

 頬から走る激痛と鼻につくような硝煙の臭い。風牙はそれらを感じながら、突然のことにすっかり体勢を崩していた。前に伸ばしていた右手も下げ、反射的に彼の足はその場から離れようと後ずさりを始めていた。しかし、彼はそうしながらも目の前の状況を理解しようとした。先ほどまで力無く膝を突いていた優。止めを刺そうとしたところ、一瞬のうちにどこからか拳銃を取り出し正確に自分の頬を撃たれていた。どこに拳銃を隠していたのか。どこにそんなことをする力が残っていたのか。風牙の頭の中では様々な疑問が溢れ出ていた。

 (いや……今はそんなことどうでもいい! さっさとこいつに止めを──!)

 しかし、風牙は自分の中で溢れる小さな疑問よりも自分が果たすべきことを優先させようとした。思わず下げた右手を再び前に伸ばし、『鎌鼬』で優に止めを刺そうとした。

 だが、すでに彼の視界に優は映っていなかった。代わりに……

 「……これで、完全に形勢逆転だ」

 「ッ──!」

 目の前にいたはずの優の声が背後から聞こえ、その優によって頭を鷲掴みにされていた。ほんの一瞬のうちに、優と風牙の有利不利は完全に入れ替わっていた。

 「夜原先輩! 無事だったのですね!」

 「勝利を確信した風牙の隙を突いて拳銃で攻撃ですか。続けて不意打ちというのはどうかと思いますが……まあ、いいでしょう」

 桜は優の無事を喜び、平家はまたも淡々と状況把握を行っていた。優の勝利を確信したのか、大神は興味なさげに目を瞑った。近くでは刻がつまらなさそうに煙草をふかし、刻の足元では遊騎が「さすがななばんやし」と呟いた。

 そんな彼らの言葉を耳に受けながら、優は風牙に裁きを下すべく彼の頭を掴む手に力を込めた。

 「目には目を 歯には歯を 悪には──」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 「──遅ぇ」

 

 

 

 

 

 

 

 

 瞬間、突風が部屋を駆け抜け轟音が部屋に響いた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 「ガハ──!」

 「夜原先輩!?」

 何が起こったのかわからなかった。止めを刺されようとした優が一瞬で形勢を逆転した次の瞬間。風牙の背後を取った優はいなくなり、突風が駆け抜け轟音が鼓膜に響いた。

 そして桜の目に映ったのは……

 「遅ぇ……遅ぇんだよ……。オレの後ろを取って余裕か? オレの隙を突いたから余裕か? ……ふざけてんじゃねぇぞ!」

 今までの常に余裕を漂わせていた雰囲気とは違い、まるで荒ぶる獣のように殺気をむき出しにする“豹変”した風牙の姿だった。

 「ぐ……!」

 その風牙の背後にいた優は壁に背中を打ち付けており、顔を歪ませて激痛に耐えていた。風牙はゆっくりと体の向きを優に向け、彼を睨みつけた。

 「悠長に決め台詞言ってんじゃねぇよ。だからお前も隙を突かれて吹っ飛ばされんだよ」

 「『向かい風(リターン)』か……」

 「オレは何も手だけで『風』を操ってんじゃねぇ……全身で操ってんだ! 体中から突風出すくらいなんてことないんだよ!」

 おそらく、優が風牙の頭を砕こうとした時に全身から突風を放ったのだろう。それにより優は吹き飛ばされたというわけだ。

 「しかしムカつくな……。オレをここまでムカつかせたのは久しぶりだ。こうなったら決めたぜ。お前は……徹底的に殺す。腕や足なんてもんじゃねぇ。肉片ひとつも残らねぇくらいバラバラにしてやる!」

 風牙が激高した途端、部屋の中に再び突風が吹き始めた。だが、それは今までの突風とは違う。今までの突風は向かい風だったのに対し、今吹いているのは明らかに引き寄せる追い風(・・・)だった。いや、正確に言えば違う。風牙を中心として大きな風の渦が部屋の中で渦巻いているのだ。

 そして、風牙はゆっくりと右手を広げ掌を上に向けた。その瞬間、風牙の掌の上で渦が形成されていった。それはまるで、よく映像で見る台風(・・)のようだった。

 「『台風の目(ハリケーン・アイ)』……。オレの技の中で最強の技だ。オレを中心とした風の渦を発生させ、そのエネルギーを一点に凝縮することであらゆるものを貫く槍と化す。手始めに……テメェの体にデケェ風穴開けてやるよ!」

 「くっ……!」

 あれを受ければ間違いなく死ぬ。すぐにそれを悟った優は体に力を入れたが思うように動かない。大量の出血、体力の限界が近い状態での『脳』の使用により、彼の体はすでに限界を迎えていたのだ。自分の視線の先でそんな絶望を感じている優を見た風牙は、大きく右手を振りかぶった。

 「死ねぇぇぇぇぇぇぇ!」

 そして──台風の目(ハリケーン・アイ)は風牙の右手から放たれた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 轟音と、凝縮された風が拡散したのか一瞬だけ吹き抜ける突風。それを体で感じながら風牙は静かに俯いていた。荒ぶった呼吸を整え、少しずつ気持ちを落ち着かせていく。ふと、自然のものと思われる冷たい風が風牙の頬をなぞった。その風を受け冷静になった風牙はゆっくりと顔を上げ目の前を見た。

 顔を上げた彼の目が映したのは外界……研究所の外。どうやら『台風の目(ハリケーン・アイ)』で壁も砕けたらしい。そう考えると放った先が偶然とはいえ外側の壁だったというのは幸いだった。もし壁の先に支柱でもあったらこの研究所は崩れていただろう。その景色と己の幸運を認識しながら、彼はゆっくりと右手を伸ばしそれ(・・)を指差し宣言した。

 それ……全身を血で紅く染め上げ体の中心に巨大な風穴が開き呼吸も何も聞こえない無音(・・)と化した存在。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 「『コード:07』夜原 優……THE END(ジ・エンド)

 かつて夜原 優と呼ばれた死体に対し風牙は自分の勝利を宣言した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 「や、や……夜原先ぱぁぁぁぁぁい!!」

 背後から桜が喉が裂けそうなほど悲痛な叫び声を上げる。しかし、その叫び声は風牙の鼓膜にとってただの心地よい振動でしかなかった。

 

 

 

 

 




CODE:NOTE

Page:15 藤原総理

 日本の現内閣総理大臣を務める男。フレンドリーな雰囲気と見事な手腕の持ち主で若い世代からも支持されている。近しい者の話によると家族の前では親父ギャグを言うらしい。家族構成は娘が一人いるが妻は不明。
 しかし、その正体は“エデン”の主要人物であり刻の実の父親でもある。刻が『コード:ブレイカー』であるため世間には「家族は娘だけ」とされているが、彼自身は時間を見つけては刻を食事に誘って家族としての時間を過ごそうとしている。だが、刻からは快く思われていない。また、『コード:ブレイカー』のために行動した人見に冷たい言葉をかけたりと表では見せない冷酷な一面も持っている。“エデン”の関係者の中でも一際謎の多い人物。

※作者の主観による簡略化
 悪者臭半端ネェ……!



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