最近ますます寒くなってきましたね。
体調管理に気を付ける毎日です。また忙しくなってきたので。
そんな中で投稿する今回の話なのですが、一言で表すなら長い!
今まで投稿した中でもしかしたら一番かもしれません!
そのため同じ表現が何度も出てくるという最悪なパターン!
では、どうぞ!
追伸
活動報告にも書きましたが夜原 優の名前でTwitterやってるので興味ありましたらぜひご覧ください。単行本にある大神零の観察日記の夜原さんverって感じです。
──無い
──あって当然のものが
──そこには無かった
そこには音が無かった。そこにあるもの、起こったことを考えればそこは音があるはずだった。だが、それは決して自然的な音ではない。そこにあるべきなのは、“悲鳴”という名の人工的な音だ。
そんな環境の中、少年はそこにいた。
少年はただ見つめていた。目の前の光景を。……惨状という名の光景を。
少年はただ感じていた。今、自分がいる空間の全てを。……むせ返るような血の匂いの中で。
「…………」
今の彼から見れば、
なぜ女性は力無く横になっているのか。なぜ目の前に見える彼の掌は血に染まり、その体の至る所に返り血を浴びているのか。
なぜ……女性の首に少年の手と同じほどの大きさの血の手形が残っているのか。
「……心配はいらない。大丈夫さ」
何も言わず血に染まった自分の掌と女性を見る少年の肩にもう一人の人間が優しく手を置く。彼を包み込むかのように優しく、ただ優しく。
思えばそれで少しは救われたのかもしれない。救いを感じたのかもしれない。その人は少年にとってそれだけ温かい存在だったから。それを感じ取ってか、もう一人は優しく言葉をかけ続けた。
「お前にはオレがついてる……」
少年の方に置かれたもう一人の手。その甲に刻まれていたのは十字架のようなタトゥーだった。
そこで少年……現在の大神 零の意識は現実へと引き戻された。
「大神! 聞いているのか、大神!」
「……え?」
今の自分が置かれている状況の影響なのか、過去の記憶が頭の中で繰り広げられていた大神を現実に呼び戻したのは彼を呼ぶ桜の声だった。それに気付いた大神は頭の中で繰り広げられた過去の記憶を振り払い、声がした方を向いた。そこで彼が見たのは、何とも奇妙な光景だった。
「頼む! ちょっと助けてほしいのだ!」
大神の目に映ったのは、手足だけでなく体の至る所を包帯でぐるぐる巻きにされ身動きが取れず、平家に運ばれている桜の姿だった。よく見ると、胸元にはさながらラッピングのようなリボン結びがされていた。一体誰がこんなことを……などという質問は野暮というものだ。こんなことをするのは一人しかいなかった。桜は、今度はその人物に対して口を開いた。
「平家先輩! 私はもう痛いところはありません! どうか包帯を解いてください!」
「いえいえ、まだまだ安静が必要ですよ。それにこうでもしないと、あなたは真っ先に刻君を止めに行ってしまうでしょう?」
「ぬう……!」
桜を縛った張本人……平家は桜の言葉を完全に論破した。平家の言う通り、まだ包帯を取るのは実際の所早いのだ。
そもそも、桜が包帯をした理由は先ほどの仙堂による攻撃のせいだ。リリィを助けようと仙堂とリリィの間に飛び込んだ桜。その時は優によって無傷で済んだ。ただその後、彼女は仙堂の攻撃によって吹っ飛ばされた。吹っ飛ばされた衝撃と肌を擦る硬い床。それらが原因となり、桜は少しとは言え怪我を負ったのだ。その包帯はそのためだ。まあ、怪我をしたのは実際のところ細部の切り傷や擦傷程度なので桜の包帯のほとんどは治療ではなく個人の趣味で縛られたと思っていいだろう。縛った本人にしてみれば桜の勝手な行動を制限することができるので一石二鳥だろうが。
これだけでも十分なくらい奇妙な光景だったが、それ以外にも奇妙に見える理由は他にあった。
「と、ところで先輩。そろそろ解いて
──ガン!
「我儘ですね、桜小路さん。あなたの包帯はまだ解きませんよ」
──ゴン!
「いえ、私のではなくてですね……」
──ガッ!
会話の所々に入る何かが体にぶつかるような音。それこそが大神の目の前に映る光景を奇妙に感じさせるもう一つの理由だった。桜を運ぶためにそっと彼女の体を支える平家の手。その二つある手の内、一つからはある物が伸びていた。それは彼の肩を通し、彼の背後へと繋がっている。その正体は……光り輝く『光』のムチであった。背後まで伸びるムチの先……そこには桜以外の人物が縛られていた。その人物とは……
「先ほどから平家先輩が引きずったりしていろんな物にぶつかってしまっている夜原先輩の方を……」
──ゴチン!
今の状況を簡潔に説明するとこうだ。刻と遊騎を下に置いて上へと向かったのは大神、桜、『子犬』、平家、優の四人と一匹だ。大神は一人で黙って歩いており、『子犬』はその大神の後についてきていた。問題はここからだった。怪我をしており、刻を止めに行く心配があった桜を治療に乗じて趣味が混じった束縛をして丁寧に運ぶのは平家。残った一人である優は、その平家によって『光』のムチで運ばれていた。きちんと抱きかかえられた桜と違い、優は直接床に体をつけ引きずられている。そのため、平家が歩く度にその体には汚れがつくし、何かと物にぶつかる。さらに、今彼らがいるのは上へと登る階段。平家が登る度に優は何段か下の段にその体をぶつける羽目になっていた。先ほどから続く音はその時の音だ。
「優君なら大丈夫ですよ。なにせ『コード:ブレイカー』ですから」
優を心配する桜に対して答えになってないような答えを返す平家。その間にも平家は階段を上り、その度に優はその体をぶつけていた。
「それに、優君がこうなったのは自業自得と言える部分があります。言ってみればこれはそれに対するおしおきなんですよ」
「……私は、そう思いません」
何かと慕ってきた優を無下に扱い、さらに冷たくあしらうような平家の言葉に桜は目を伏せた。それと同時に、彼女の頭の中にはある出来事が再生された。今から数分前……まだ刻が仙堂と戦っていた刻の事である。
そして、その時に起こったある出来事が優をこのような状態にさせた。
「あぁ、そうだナ。だって……もうアンタ死んじゃってんだもんネ、仙堂サン」
対峙する仙堂の死を告げる刻。この後、彼は仙堂の『熱化』させた『表皮』の影響で気体と化し、仙堂が気付かぬ内に吸い込んだことで内側への侵入を許した『汞』によって彼への止めを刺す。これはその少し前の話だ。
「刻君……大丈夫だろうか」
「もう彼の勝利は決まったようなものですよ、桜小路さん。だから心配することはありません。……それよりも、今はこっちの方が大事ですから」
刻の心配をする桜に対し、平家は冷静な態度ですべきことを進めていた。今、彼らは刻と仙堂が戦っている場所から少し離れた彼らから見て陰になっている場所にいた。そこにいたのは戦っている刻とそれを見守る遊騎を除いた大神たち。そして、厳重な防護服を着た二人と彼らによって手錠をかけられるリリィがいた。
刻と仙堂の戦いの途中、平家は“エデン”に連絡をしてリリィを連行する準備を進めていた。本来なら仙堂によって殺されていたであろう彼女だが、桜と優によってその命は救われた。だが、それで終わりかというとそうではない。生きている以上、彼女には罰を与えなくてはならない。彼女は『コード:ブレイカー』が裁くべき“悪”の一人なのだ。さらに『捜シ者』の一味の一人ともなれば内部情報を聞き出すことも可能かもしれない。そのためにも、彼女は“エデン”に連行する必要があったのだ。
そうして平家が連絡して数分後、リリィの異能を警戒したのか防護服を着た“エデン”のエージェントが到着した。つまり、今はリリィを連行する真っ最中というわけだ。
「…………」
手錠をかけられたリリィは沈んだ表情をしていた。無理もない。これから自分の身に起こるのか。それを考えるだけで恐ろしいだろう。
「では、お願いします」
手錠をかけたことを確認した平家がエージェント二人に話しかける。するとエージェント二人は黙って頭を下げ、リリィを外に連行しようとした。すると……
「ま、待っとくれよ!」
突然、リリィが大声を上げた。その声に彼女を連行しようとしたエージェント二人は止まり、大神たちもリリィに視線を向けた。リリィは誰とも視線を合わせることなく黙っており、顔を少し赤らめていた。そして、唐突に口を開いた。
「逃げようなんて思っていない……。でもその前に……夜原 優と話をさせておくれよ」
「…………」
あまりにも唐突なリリィの提案。その提案にほとんどの人物が目を丸くしていた。名を呼ばれた優も同様だ。だが、そんなことが許されるはずが無かった。普通の犯罪者ならまだしも、彼女は異能を用いる危険な人物だ。そんな彼女を手錠付きとはいえ自由にさせることなどできるわけがない。
しかし、思わぬ人物が彼女を支援し始めた。
「うむ! 思う存分話すがいい!」
「桜小路さん!」
桜だった。何の決定権も無い彼女が、真っ先にリリィの提案を受け入れていた。だが、彼女らしいと言えば彼女らしい。そのためか、彼女を止める大神の言葉もかなり早かった。
「なに勝手に許可してるんですか。あなたにはそんな権利なんてありません。無視して早く連行するべきなんですよ」
「馬鹿者!」
「ッ!?」
彼女を止めようと言葉を並べる大神。そんな大神の言葉は、桜の一際大きい声によって一瞬で力を無くした。その迫力に、大神たちも思わず怯んでいた。
少しの静寂の後、桜はポツリと呟くように口を開いた。
「リリィは……夜原先輩にお礼を言おうとしているのだ。『助けてくれてありがとう』、とな。リリィは変わろうとしているのだ。他人に優しい自分に。そのリリィを止める権利は誰にもないはずだぞ」
「…………」
真っ直ぐすぎる桜の言葉に、大神は何も言えなかった。彼女は信じていた。自分の言葉を聞いた彼女が早くもその通りに変わろうと努力しているのだと。そんな保証はどこにもないはずなのに、彼女はリリィを少しも疑っていなかった。
「ハア……。なんであなたはそう簡単に人を信じられるんだか……」
そんな桜に内心呆れながら、大神は大きくため息をついた。そして、面倒事を押し付けるかのように平家に尋ねた。
「どうしますか、平家」
「……桜小路さんの熱意に免じて、一分だけ許しましょう」
「ありがとうございます! 平家先輩! ほら、リリィ! 早く夜原先輩のところに行くのだ!」
リリィの提案を受け入れた平家に、桜はリリィ以上に感謝を示していた。そして、リリィを優のところに行くよう催促した。
「ふん……!」
そんな桜に対し、リリィは鼻を鳴らしながらさっさと歩いていった。以外にも後押しされたことが照れ臭かったのか、その顔を赤く染めながら。
「…………」
「…………」
大神たちから少し離れた場所。そこで優とリリィは互いに無言を貫き通していた。優としてはすでに言いたいことは言い終えたため特に話すことはないから仕方ないとも言える。だが、それに対してリリィはどう言おうか迷っている様子だった。だが、一分という制限時間があるためそう長く考えることはできない。それを改めて感じたのか。リリィはゆっくりと優を見上げ、彼にしか聞こえないような声で呟いた。
「驚いたかい? 最後に話があるなんて言われてさ」
「……オレたちは急いでいるんだ。言いたいことがあるなら早く済ませろ」
「フフッ……。会った時から思ってたけど、随分とぶっきらぼうな男だよ」
少し前に優からかけられた言葉のおかげか柔らかい態度で話すリリィと相変わらずぶっきらぼうな優。そんな対照的な二人の会話は、そこで一時中断した。話が続かないのだろう。片方は話がしたい者でもう片方は話などしたくなさそうな者だ。そううまく続くわけがない。しかし、その間にも刻々と制限時間は終了に迫っている。
「……耳」
「なに?」
「耳……貸してほしいんだよ。他の奴らには、ちょっと聞かれたくないからさ……」
そう言うとリリィは目を逸らし、頬を赤らめた。彼女の言葉を聞いた優は、眉をしかめて小さく息を吐いた。断られる……。そう思った瞬間だった。
「……早くしろ」
ぶっきらぼうな態度を崩さず、優はリリィの要求に応じた。顔は真横を向き、片耳だけをリリィに向けていた。彼女が言いやすいよう、わざわざ腰まで屈めている。
「……フフ。あんたって、不器用な男だね」
「生まれつきだ」
否定的な様子を見せながらも優しさを見せる優。そんな優を見て、リリィは思わず小さな笑みを浮かべていた。それに対し、優は不機嫌そうに目を閉じていた。まあ、彼の場合は目を合わせないためでもあるだろうが。
「面倒な要求を聞いたんだ。話はこれで終わりに──」
瞬間、柔らかいものが優の頬に当たり、彼の言葉はそこで途切れた。
「──でも、そういうところは嫌いじゃないよ」
優の頬……そこに当てられたリリィの唇はそっと離れ、彼の耳元でそう囁いた。
「い、言っとくけど勘違いするんじゃないよ! これはあくまでさっき助けてくれたことへの礼みたいなもんなんだ! 別に個人的な感情なんてないからね!」
囁いたと思ったら顔を赤くしながらリリィはそそくさと離れていった。一方の優はというと、後ずさるように腰を伸ばし、目を見開いた状態で先ほどまでリリィの唇が触れていた頬を押さえていた。彼はまるで固まっているようで、その視線は目の前にいるリリィに向けられていた。それに対し、リリィは照れているのか視線を合わせようとはしなかった。
「……でも」
すると、リリィはその状態でポツリと呟いた。優は相変わらず固まっていた。それでも構わないのか気付いていないのかわからないが、リリィはそのまま続けた。
「リ、リリィが自分からこういうことしたのは……あんたが初めてだけどさ」
「『捜シ者』の時は向こうからしてくれた」とリリィは続けたが優の耳には届いていなかった。いや、もしかしたら最初の言葉も届いていなかったかもしれない。
その証拠に、優に
「お、おま……今、キ、キ、キキキキキキキキキ…………!」
キス、と言いたいのだろうが今の優には難しかった。呂律が回らず、その間にも彼の顔は真っ赤になっていく。そう、これは以前に田畑邸であったことと同じ。それを周囲が理解する前に……
「ゆ、優!?」
「夜原先輩!?」
優はまるで電池が切れた玩具のようにそのままの体勢で後ろに倒れた。もちろん受け身など取っているわけもない。目の前にいたリリィと遠くで見ていた桜が駆け寄ったが、優は完全に気絶していた。
そこで桜の回想は終了し、意識は現実へと戻る。桜にしてみればリリィと優の会話は聞き取れなかったため二人に何があったのかはわからない。当の本人であるリリィは連行され、優は未だに気絶している。何があったか聞こうにも聞ける相手がいないのだ。そのため、桜は自分が知る限りの状況から何があったか予想するしかなかった。
そして、彼女の頭に浮かんだ予想というのは……
「信じたくないが、リリィは最初から夜原先輩を斃すつもりだったのかもな……。だから二人だけの状況を作って何らかの方法で先輩に毒を……!」
「…………」
俯き、悔しそうに拳に力を入れる桜。ちなみに、彼女が回想している間に平家が包帯による拘束を解いたので今は自分で歩けている。包帯も必要部分にしか巻かれてない。自由になった体全体で自分の感情を表現する桜を、大神は呆れた目で見ていた。実を言うと、彼にはわかっていた。いや、正確には彼と平家にはわかっていた。優が気絶した本当の理由を。
(真っ赤に赤面した顔にあの倒れ方……。間違いなくあれだな)
(何かの拍子に目を合わせたのか、それとも別の何かか……。本当のことを聞くのが楽しみですね)
少しとはいえ優との付き合いがある彼らにしてみれば当然のことと思える。二人は何があったかまではわからずとも、優が気絶した理由は彼の女性に対する苦手意識のせいだとしっかりわかっていた。だが、それを桜に言おうとはしない。その理由は以下のとおりだ。
(まあ、面倒だしいいか)
(面白いのでいいでしょう)
と、何とも彼ららしい答えだった。そんな二人の心中を察することも無く、桜は架空の真実に対して悔しさを示していた。
すると、桜はハッとしたように目を見開き、唐突に平家の方を向き尋ねた。
「先輩! やはりリリィの罪は重くなるのですか!? まさか死刑なんてことは……!」
「桜小路さん、落ち着いてください。リリィの罪に関しては“エデン”に委ねましたので私にはわかりません。……ただ、研究員たちの体から毒を抜けば多少は罪が軽くなるかもしれませんが」
「そうですか……」
落ち着いた平家の回答を聞き、桜は俯いた。わからないという不安が残る回答にショックを感じたのだろう。……そう思った瞬間だった。
「でも、きっと……きっとリリィは毒を抜いてくれるのだ。研究員殿たちからも、夜原先輩からも」
「…………」
優に毒を仕込んだ(と桜は思っている)リリィを信頼しているような言葉を口にする桜。まだ彼女は信じていた。そんな彼女を見て、大神は小さくため息をついた。なぜそこまで信じられるのか……そう思いながら。
「ここで行き止まりだな……」
その後、大神たちは階段を上り上を目指した。そして、扉が設置された踊り場に到着した。さらに上へと続く階段はないため、そこが今の時点で最も上の場所だと言える。ちなみに、優は未だに平家に引きずられたままだ。どうやら本当にこれが彼に対してのおしおきらしい。桜は何度も止めようとしたが、その度に平家に論破されて現在に至っていた。
「やはり、この先にも『捜シ者』の手先がいるのだろうな」
「関係ありませんよ。誰が来ようとオレが燃え散らします」
大神はそう言うと、一歩前に出て扉のドアノブに手をかけた。そして、そのまま一気にドアノブを回して中に入って──
「ぐっ!?」
「ぬう!」
大神が扉を開けた瞬間、突然の突風が彼らを襲った。あまりにも突然のことに大神たちは一方的に守りの姿勢に入った。
数秒ほど続いただろうか。突風は徐々に勢いを弱らせ、何事も無かったかのように止んだ。そして、風が止んだのとほぼ同時。若い男の声が大神たちの耳に届いた。
「待ってたぜ……『コード:ブレイカー』」
そこで大神たちの視界に映ったのは、部屋の中央に立つ見知らぬ男。真っ白なシャツに真っ黒な上着を羽織り、ベルトの所々にチェーンが付けられたジーパンを着ていた。男にしては長いサイドから覗く耳にはピアスを付け、首には黒いチョーカーを付けている。
『捜シ者』が占拠した研究室の一室にいる見知らぬ男。今の状況を考えれば、少なくとも彼が味方ではないことは安易に予想できた。現に……
「…………」
大神は無言で部屋に入り、左手にしていた手袋を外した。それは彼にとって戦闘態勢に入った証拠。その大神の後を追って桜と平家(に引きずられる優)も部屋に入る。
中に入ると、桜は警戒心を表に出し目の前の男に意識を集中させ、平家は優を縛っていたムチを解き手元にたぐい寄せた。ただ……
──ゴキ!
「や、夜原先輩!」
突然、解放された優は体のバランスを崩し頭から床に体を崩し危険を感じさせる音を立てた。心配した桜が彼に寄り添ったが、彼女以外は目の前の男に集中していた。
そんな彼らに対し、男はキョロキョロと視線を動かして大神たちを見ていた。そして、唐突に片手を出し人差し指を彼らに向け、その口を開いた。
「ひー、ふー、みー……四人か。確か乗り込んできたのは女一人と『コード:ブレイカー』五人だったはずだが……あと二人はもうやられたか?」
「残念ですが、あとの二人はしっかりと生きていますよ。むしろ、彼らを撃退しようとしたあなたの仲間二人の内、一人は“エデン”へ連行し、もう一人はすでに息絶えているでしょう。つまり、戦力を二人失ったのはあなたたちの方というわけですよ」
挑発染みた男の言葉に、微笑を浮かべた平家がさらに挑発染みた言葉で応戦する。平家の言葉を聞いた男は、驚いたように目を見開き、バツが悪そうに視線を泳がせて頭をかき始めた。
「二人……というとリリィと仙堂か。そうか……。あいつらはやられたか」
大きく息を吐く男。やはり異能者である彼らを失ったのは痛手なのだろう。それに、今は男の前に三人の『コード:ブレイカー』がおり、今はいない二人も生きているということはいずれ合流する。そうなると一対五だ。『コード:ブレイカー』には傷ついた者もいるが、逆に全く傷を負っていない平家もいる。戦力差は圧倒的なものだろう。『コード:ブレイカー』は基本的に一対一で戦うが、たとえそうだとしても男にしてみれば連戦となる。どちらにしろ男が不利なのは一目瞭然だった。
「……ハァ」
それを感じ取ったのか、男は俯いてもう一度息を吐いた。そして、気怠そうに次の言葉を吐いた。
「やっぱ……ゴミはゴミか」
「な……!?」
突然、男の口から出たリリィたちを罵倒するかのような言葉に、桜は目を見開いた。そんな桜に構うことなく、男は言葉を続ける。
「まあ、あいつらには最初から期待していなかったけどな……。大した
次々と男の口から吐かれる罵倒の言葉。それは、彼らの戦いの現場に居合わせた桜にとって衝撃的な言葉だった。それと同時に、決して許せない言葉だった。リリィを救おうとした……桜にとっては。
リリィは多くの者を殺してきた。桜が知る限りでも、昼のファミレスに来ていた何の関係もない一般人たち。そしてこの研究所に勤める研究員たちを毒でドールにした挙句、殺そうとした。それ以外にも、彼女には多くの罪があるだろう。それでも、彼女が『捜シ者』を慕う気持ちは本物だった。今まで他人に否定され続けてきた自分の存在を初めて認めてくれた存在……それが『捜シ者』だった。彼の存在により、リリィがどんなに救われたのか桜にはわからない。だが、彼女にとって『捜シ者』は生きる希望とも言える存在だったに違いない。方法は間違っていたとしても、その思いだけは本物だとわかる。
そんなリリィの思いと上の存在を目指した仙堂をあざ笑うかのような男の言葉に、桜の中では沸々と怒りが沸き上がってきた。
「き、貴様……! 今すぐ取り消せ! リリィはゴミなんかじゃない!」
「……はあ?」
桜の言葉に、男は全くわからないというように眉をしかめた。そして、そのままフッと鼻で笑い、やれやれといったように両手を広げて続けた。
「ゴミをゴミと言って何が悪い。考えてもみろ。あいつは一人で舞い上がってただけだ。『捜シ者』にとっては戦力の一つでしかないくせに、まるで自分は『捜シ者』にとって特別な存在だと勝手に思ってたんだ。勘違いも甚だしいだろ。そのくせ、今回に至っては何一つ成果がない。まさにゴミだ」
「黙れ! それ以上言うならば許さん!」
「ハッ! お前みたいな女に何ができる。何もできなくせに偉そうなことを言うな。いいか? 何度でも言ってやる」
桜の言葉を無視して罵倒を続ける男。怒りが沸点を超えた桜は思わず一歩前に出て一際大きい声で反論したが、男はその桜の言葉すら一蹴する。そして、さらなる罵倒を続けようとした。
──しかし
「あいつは任された仕事もこなせなければ……」
男は気付かなかった
「誰からも必要とされていない……」
何気なく続けたその言葉が
「この世の害悪でしかないゴミ……いや」
男のその言葉が
「ゴミ“クズ”でしかな──」
──ある男の怒りも呼び起こしたことを
「ッ!?」
突然のことに、桜は目を見開くことしかできなかった。一瞬、何が起こったのかわからなかった。自分のすぐ隣を突風と風を切るような音が通り過ぎたと思った次の瞬間。目の前に立つ男の顔の横を
「…………」
それだけではない。
そして、男はニヤリと笑った。
「……やるな。ちゃんと頭を狙われていたら間違いなく頭が割れていた。だが、不意打ちとは感心しないな。お前だって少し後悔してるんじゃないか? なぁ……」
そう言うと、男は視線を血が付着した指から離し、ゆっくりと前を見る。その視界に映るのは、自分に傷を刻んだ張本人。男は不敵な笑みを浮かべながらその者の名を呼んだ。
「『コード:ブレイカー』・『コード:07』……夜原 優」
「…………」
その者……優は片手を前に出した状態で座り、黙ってその場で俯いていた。
「や、夜原先輩! 気が付かれたのですね!」
優が目覚めたことに歓喜した桜が彼に寄り添う。彼の肩に触れながら、怪我は無いか全身を見た。
「どこか怪我はしていませんか? 何かおかしなところは……先輩?」
心配の言葉を並べる桜だったが、ふと気付く。自分の目の前にいる優からは今まで感じたことの無いような雰囲気を感じることを。よく見ると、『子犬』は震えて部屋の隅で丸くなっている。本能が優れている分、そういったものに敏感なのだろう。なら、果たして何がそこまでの雰囲気を感じさせるのか。桜がそれを理解する前に、優はゆっくりと立ち上がり歩き出した。
「先輩! 先輩は安静にされたほうが……!」
「そうですよ。病み上がりみたいなものなんですから邪魔なだけです。だからさっさと──」
「──黙れ」
「ッ──!」
たった一言。それだけで彼はこの空間を支配した。彼が言葉を発した瞬間、言い表せぬほどの緊迫感が部屋中に蔓延した。桜は心臓を掴まれたような感覚に襲われ、幾多の戦いを潜り抜けてきた大神も思わず冷や汗を流す。
「こいつは……オレが斃す」
静かにそう告げ、優は目の前の男を睨みつけた。その姿を見て、桜は気付いた。今の彼を支配しているものを。
それは……怒りだ。リリィとの戦いで遊騎から感じたものよりもはるかに強い怒気。それが今の優を支配し、この空間を包み込んでいた。桜はそれをひしひしと感じていた。
そんな桜に対し、優の目の前に立つ男は頬に刻まれた傷を擦り手に付いた血を舐め、余裕の態度を見せつけていた。そして、それはすぐに言葉となって放たれた。
「何をそんなに怒ってるんだよ。お前にとっては敵の内輪揉めだろう。なのに……こんなデカいレンガを投げつけるなんてな。何か気に障ったか?」
「…………」
言葉を放ちながら、後ろの壁の近くまで移動し辺りに散らばった破片を拾う男。よく見てみると、
「無視か……。まあ、いいさ。その方がオレもやりやすい。しかし、随分と上手くいったもんだ。はっきり言って、この状況は願ったり叶ったりだ」
「……なに?」
「聞こえなかったか? オレにとってこの状況はちょうどいいって言ったんだよ。なぜなら、オレのターゲットは最初からお前だからな。『コード:07』……夜原 優」
「…………」
男の言葉に優は再び黙り込んだ。警戒心とかではなく、ただ理解できなかった。すると、男はお構いなしに続けた。
「オレの一番の任務はお前を斃すこと……いや、任務というより運命と言った方がいいな。なぜなら、
一方的に続く男の言葉。また理解できない言葉を言ったかと思うと、男はゆっくりと右手を挙げた。そして、優に向かって人差し指を突き出し、衝撃の言葉を口にした。
「『コード:07』夜原 優……。お前はこのオレ……『Re-CODE:
「リ、『Re-CODE:07』!?」
風牙と名乗った男の口から出た『Re-CODE』という言葉に桜は驚きを隠せなかった。それは、つい先ほど耳にしたばかりの単語だった。仙堂が言っていた『捜シ者』直属の親衛隊。その一人を名乗る男が目の前に現れたのだ。
「覚悟しな、夜原 優。お前の命は……ここで
瞬間、優の体から鮮血が流れた。
それは始まり。絶望から始まる新たな戦いの幕開けだった。
CODE:NOTE
Page:13 神田
『コード:06』である大神のエージェントであるメガをかけた女性。普段は大神と桜のクラス担任として明るく振る舞い「神田ちゃん」の愛称で生徒から好かれているが、エージェントとして活動する時は冷静かつ迅速に任務を遂行する。ただ、学校で担任として振る舞う時はドジでよく転ぶ姿がよく見られ、とても涙もろい。さらに、これは学校でのキャラなどではなく彼女の性格そのものでエージェントとして振る舞う時も思わず泣いてしまったりする時がたまにある。大神のエージェントを務める前は人見の傍で経験を積んできた。
※作者の主観による簡略化
担任になってほしい人ナンバー1なドジっ娘。……あ。娘と言うほど若くn(ry