CODE:BREAKER -Another-   作:冷目

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気合いがあれば何でもできる! これって本当ですね。勢いで仕上げました。
なぜこっちは早くできてあっちはあんなに遅いのか。いえ、こちらの話です。
今回はリリィとバトルです。また、夜原先輩の過去が少しだけ明かされる……?
それでは、どうぞ!





code:17 遊騎の本気

 研究所という場所に似つかない像……リリィによって作られたドールに囲まれた部屋で今、二人の男女が互いを見合っていた。しかし、それは決して甘く平和的なものではない。二人の間で交わされているのは……もっと刺激的なものだ。

 「…………」

 「あら、ガキのくせに結構いい顔するのね。シール遊びなんかよりリリィともっと楽しい遊びしましょうよ」

 黙ったままリリィを睨みつける遊騎を茶化すリリィ。微笑を浮かべながら遊騎によって貼られたシールを剥がす。その様子からは何やら余裕が感じられた。

 「あかん。お前、せっかんや」

 瞬間、遊騎がその場にいる者の視界から消え、辺りに「パァン!」という破裂音染みた音が響く。遊騎が『音』を使って音速移動をしている証拠だ。だが、それがわかっていたところで音速で動く人間の攻撃は止めることは難しい。そして、遊騎は昼の時のようにリリィの後ろを取ろうと──

 「──ッ!」

 瞬間、遊騎に異常が起きた。全身から力が抜け、酷い目眩に襲われた。それにより移動する先が定まらず、遊騎はリリィの横を通り過ぎてそのまま後ろの壁に激突した。

 「遊騎!?」

 「……ん? なんや、コレ」

 遊騎が起こした異常な行動に優は目を見開いた。一方の遊騎は頭から音速で壁にぶつかったため頭から血を流し、フラフラと体を揺らしながら起き上った。

 「遊騎の攻撃が外れた……? いくらなんでもこの距離でそれは……」

 他の『コード:ブレイカー』と比べればまだまだ遊騎と共に過ごした時間は少ない方の優。それでも、遊騎の実力はちゃんとわかっている。だからこそ、目の前の現実が信じられなかった。彼が知っている遊騎はこんなミスを犯すような者ではないのだ。いくら普段ふざけていても“悪”を裁く時の態度は真剣そのもの。だから、これは決して自分でやったのではない。優は何があったのか考え始めた。

 それと同時に、遊騎の体には間違いなく異常が起こっていた。遊騎の視界に映るもの……そのすべてがかき混ぜた液体のようにグニャリと曲がっているのだ。目の前にいるリリィも、とても人とは思えないほど体が曲がっているように見える。

 「……なんや、あいつ体やらかい……な!」

 リリィに向かって口から音波を放つ遊騎。しかし、不安定な視界のせいか音波は思わぬ方向に向かっていった。

 「な……!? くそ!」

 音波が向かった先にいたのは……味方である優。遊騎に起きた異常について考えてながらも戦いを見ていた優は瞬時に反応し、それを回避しようと──

 「ッ──!?」

 回避しようと足を一歩踏み出した瞬間、優にも遊騎と同じ異常が起きた。視界がドロドロに溶け始め、全身から力が抜ける。それにより、優の回避は間に合わなかった。

 「ぐあ!」

 「ななばん!?」

 遊騎の音波を真正面から浴びて吹っ飛ぶ優。そのまま後ろの壁に打ち付けられ、全身に激痛が走る。遊騎は頼りにならない視界の代わりに耳から聞こえた優の声で彼に何かあったことを悟った。すると、今までずっとただ立ち尽くしたままだったリリィがクスクス笑いながら口を開いた。

 「あらあら、どうしたの? 上手く歩けないようね。……フフ、それもそうよね」

 「お前の、異能か……」

 余裕染みたリリィの態度。彼女の言葉を聞き、優は自分たちに起きた異常がリリィの異能『分泌』によるものだと把握した。すると、リリィは優の方を見て話を続けた。

 「正解よ。この密室にはすでにリリィの神経毒で満たされている。リリィの『分泌』は液体だけじゃない。気体もイケるのよ? ボーヤの異能『音』も、そこの優の異能の『脳』も素晴らしい異能だわ。けど、こうなったら意味ないわね」

 「どうして、オレの異能を……」

 「『捜シ者』から聞いたわ。ボーヤの『音』同様、厄介な異能よね。だけど、コントロールを奪ってしまえば能無しの無能玉と同じ」

 「誰が……無能玉や!」

 「遊騎! やめろ!」

 リリィの言葉に怒りを感じた遊騎は再び音速で移動しようとする。しかし、やはりコントロールできないらしく優が打ち付けられた壁に突っ込んでいった。幸いにも優には当たらなかったが、遊騎にかかるダメージは確実に蓄積される。

 「まだや!」

 諦めずにリリィへの攻撃を続ける遊騎。しかしその攻撃は全て外れ、そのほとんどが遊騎へのダメージとなった。すでに遊騎は全身が傷つき、体の至る所から血を流している。

 「アハハ! 思った通りに動けないってイライラするわよね! リリィに恥をかかせたバツよ! じわじわとなぶり殺してあげる!」

 「──ッ!」

 「遊騎!」

 余裕の笑みを浮かべ、リリィは遊騎を蹴り上げた。そして、そのまま隙ができた遊騎に抱きついた。瞬間、遊騎は焼けつくような痛みを感じ、どんどん血が流れていった。おそらくリリィは全身から毒を『分泌』させているのだろう。その痛みは想像を超えるもののはずだ。

 絶望的な状況。遊騎はリリィの攻撃で確実に傷つき、優は未だ動けずにいる。そんな中、ある変化が起きた。突然、「ドンドン!」という音が聞こえてきた。

 「……?」

それを聞き取った優は音がした方向に視線を向けて意識を集中させた。見ると、そこには意外な人物がいた。

 「遊騎君! 夜原先輩!」

 「……桜小路か。無理言ってこっちに来たのか」

 優の視線の先……優たちがいる部屋をちょうど見下ろせる部屋の中には桜と『子犬』がいた。優の予想通り、桜は大神たちに無理を言って遊騎と優に合流してきたのだ。その理由は遊騎の気持ちを思ったからだ。ここに来る前、桜は大神にこう言った。「バイトはしないと言っていた遊騎が大神の前に現れ、この研究所にまでやってきたのか考えたことがあるか」……と。

 (どうやらあそこには強化ガラスがある。桜小路に毒がいく心配はないだろう。……いや。珍種だから関係ないか。しかし、どうするか……)

 桜の思いなど現時点では知る由もない優は冷静に状況を把握した。桜の力でも割れない透明な壁……それが強化ガラスだと考え、とりあえず桜の安全を確認した。その上でこの状況をどうするか考えようとしたその時。リリィが遊騎を優とは反対側の壁に思いきり蹴り飛ばした。

 「遊騎!」

 「フフ……。とりあえずボーヤは一旦お預け。それじゃ、次はあなたの番よ? 夜原 優」

 「…………」

 相変わらずドロドロに溶けたような視界でリリィを睨みつける優。正常ではない視界では彼の女性が苦手という弱点も関係ないようだ。そう考えると優にとっては好都合とも言える。

 「あなた、大神ほどではないけど結構いい男だったから気に入ってるのよ。だから、一番のドールにしてあげる」

 微笑を浮かべ、両腕を広げながらリリィはゆっくりと優に近づく。一歩、また一歩と二人の距離が縮まっていき、どんどん逃げることが絶望的になってくる。しかし、負けじと優は強気な言葉を口にする。

 「……フン。女のドールなんてお断りだ」

 「あらあら、強がっちゃって。怖いの? フフ、大丈夫よ。すぐに気持ちよくなって──」

 「お前、なんでこんなひどいことすんねん」

 リリィの言葉を遮って聞こえてきた言葉。それは向こうの壁で上下逆転している状態で倒れている遊騎によるものだった。すると、今まで優の方を向いていたリリィがゆっくりと遊騎の方を向いた。まるで彼の言葉が何かのスイッチになったかのように。

 「……酷い? こんなクズども、どうなったっていいじゃない。それに、酷いっていうのはこういうことを言うんだよ」

 そう言うと、リリィは身に着けていたチャイナ服風の服を脱ぎ捨て肌の露出を多くした。そこで彼らの目に飛び込んできたのは、リリィの全身に刻まれた様々な傷。昼に見た時は無かったはずの傷が、しっかりと彼女の全身を支配していた。

 「今までリリィを化けもの扱いしてきたクズどもにつけられた傷さ。普段は皮膚を保護する分泌液で隠しているけど全身にあるよ。……子供の頃からずっとさ。ずっと痛めつけられてきた。親にさえね!」

 「……!」

 リリィの言葉を聞き、優は目を見開いた。そして、それと同時に彼の過去の記憶が逆流したかのように鮮明にフラッシュバックされた。彼にとって忘れたい、捨て去りたい過去の記憶が。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ──この化け物!

 ──お前なんかあっち行け!

 ──信じられない。この子は人間じゃない。正真正銘の化け物よ。

 ──息子に近づくな! この悪魔め!

 同じ年頃の子供からも、周囲の大人からも、誰からも認められず遠ざけられる。決して望んで得たわけではないこの異能という力。そのせいで、彼は何年も苦しみ続けてきた。そんな吐き気のする記憶が次々と頭に浮かび、優はすぐさま自らの顔を押さえた。全身を震わせ、過去の記憶に耐えていた。

 ──お前なんかゴミだ! 早く死んじゃえよ!

 ──気味が悪い! 早く私の視界から消えろ!

 ──私は…………と思うよ。

 「……?」

 ──私は格好いいと思うよ。人よりちょっと強いだけだもん。大丈夫、私が傍にいるから。

 「ッ!」

 忌々しい記憶の中にふと浮かんだ一筋の光。それは、彼が何度も救われた言葉。彼にとって唯一の存在である……『彼女』の言葉──

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 「そ、そのようなことが……。しかし、だからってこのようなことをしていいわけでは……」

 優がフラッシュバックから解き放たれたのとほぼ同時、桜が驚きの表情を浮かべていた。リリィによって語られた彼女の苦痛な過去。桜の性格を考えると、彼女は純粋に悲しく感じただろう。いくら異能があるからといって、そのようなことをしていいはずがない。しかし、だからといってリリィの行動が正当化されるわけではない。桜はそんな葛藤を感じていた。すると、リリィは先ほどまでと違いポツリポツリと言葉を続けた。溢れてくるものから耐えるかのように天井を見上げて。

 「『毒グモ』、『ヘビ女』、『トリカブト』……。全部リリィのあだ名だよ。『消毒だ』って言われて頭から漂白剤をかけられたこともある」

 「……え?」

 明らかに先ほどまでとトーンが違うリリィの言葉。そして、彼女はゆっくりと桜の方を向き、絞り出すように言葉を続けた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 「言葉一つ、行動一つがどれだけ人を傷つけるか。そんなこともわからないクズどもが“悪”じゃないっていうなら何が“悪”なのさ。この世の人間なんて全員死んじまえばいいのさ……」

 その時のリリィの眼は、この上なく哀しい眼をしていた。ひどく、深く……哀しみに溺れた眼を。

 

 

 

 

 

 

 

 

 「…………」

 「…………」

 遊騎と優は黙ってリリィの言葉を聞いていた。何を思うでもなく、ただ無表情のまま。すると、リリィは打って変わって心底嬉しそうな表情をした。そして、彼女の前に現れた“救い”について話し出した。

 「でも『捜シ者』は違う! リリィの毒を恐れないだけじゃない! 『素晴らしい』ってキスしてくれたんだ! この唇に! だから『捜シ者』の邪魔をする奴はリリィが全員毒漬けにしてやるのさ! こいつらも! あんたたちも! 気が変わったよ! ボーヤから始末してやる! ドールになんてしない! グチャグチャに溶かしてやるよ!」

 リリィの右手からドロリとした液体が『分泌』される。彼女は走り、遊騎との距離をどんどん縮める。そして、自分を見る遊騎の顔を溶かそうと右手を顔に──

 「ッ……!」

 「なっ!?」

 リリィの右手は遊騎の顔を溶かすことは無かった。だが、それは避けたからではない。止められた。遊騎によって、彼の両手によって。リリィの右手が遊騎の顔に触れる直前、遊騎は自らの両手でリリィの右手を止めた。しかし、それは一種の自殺行為だった。その証拠に、リリィの右手に振れている両手の皮膚は溶け、ボタボタと血が流れている。すると、遊騎はまるで何事もないかのように口を開いた。

 「『怪物』、『生ゴミ』、『親無しミトコンドリア』。それがオレのガキの頃のあだ名や。まだまだあるで。せやから……」

 遊騎から語られる彼の過去。彼もリリィ同様、異能のせいで辛い目に遭ってきたのだ。その過去を思い出してか、リリィに怒りを感じてか。彼女の右手を掴む両手に力がこもる。それと同時に出血も多くなるが彼は離そうとしない。そして、彼は強い意志を込めた眼でリリィを睨みつけた。

 「めっちゃ痛い思いした分、オレはめっちゃ優しくなったで」

 「遊騎君……」

 「う……うるさい! 離しなさいよ! あんたにリリィの何がわかるって──!」

 遊騎の言葉を否定し彼の顔を踏みつぶそうとするリリィ。しかし、彼女が踏んだのはただの床。標的である遊騎はいなかった。だが、彼はいた。リリィの後ろに。彼ら・()となって。

 (お、音速移動で残像が……)

 リリィの後ろ……そこには速さのあまり残像を残す遊騎の姿があった。どこを見ても遊騎しかいない。最早、どれが残像でどれが本物かなどわかるはずがない。

 「かましたる。」

 「バ、バカな! こんなことが────ああっ!」

 そう言うと、遊騎たち(・・)は一斉に殴る蹴るなどの攻撃をした。数はすでに十、二十を超えていた。そして、その中の一つが見事にリリィの顔に命中した。リリィはその一撃で倒れ、遊騎は静かに着地した。

 「これだけかましたらどれかは当たんねん」

 その瞬間、彼の身に纏っていた服の一部が切り刻まれたかのようにボロボロになった。それを見て、桜は心配の声を上げる。

 「遊騎君!」

 「あー、やっぱりや。これかますと衝撃でこうなるから嫌やねん。……けど」

 気怠そうに言う遊騎。しかし、彼はすぐに笑みを浮かべた。何かをやり遂げたような清々しい笑みを。

 「ま、えーか」

 

 

 

 

 

 

 

 

 「う……く……!」

 「リリィ、気が付いたのだな」

 「あ、あんたは……」

 遊騎の一撃で気を失っていたリリィ。彼女が目覚めると、目の前には先ほどまで強化ガラスの向こうにいたはずの桜がいた。遊騎とリリィの戦いが終わった後、桜はすぐ近くに遊騎たちのいる部屋へと通じる階段があることに気付いて降りてきたのだ。またその時、『子犬』が何やらショックを受けていたのは余談である。

 「おはようや、『コロまる』」

 「こ、『コロまる』……?」

 「お前の新しいあだ名、だそうだ」

 目覚めたリリィを呼ぶ遊騎。しかし、今まで呼ばれたことの無い名前で呼ばれたためリリィは困惑していた。そんなリリィを見て、優は簡単に説明した。

 「あんたはコロコロ笑うから『コロまる』がええと思うし」

 「その通りだ。リリィの良いところは異能以外にもたくさんある。これからは『コロまる』をあだ名にしたほうがよいと思うぞ」

 「さすが『にゃんまる』や。わかってるなー」

 「おう!」

 「にゃんち!」と意気投合する桜と遊騎。ちなみに、「にゃんち!」というのは「にゃんまる」の挨拶のようなものらしい(遊騎曰く)。

 「…………」

 そんな二人を黙って見ているリリィ。信じられないというように目を見開き、ただ呆然としている。彼女にとって初めてだったのだろう。こんな優しいあだ名は。

 すると、遊騎と談笑していた桜がくるりとリリィの方を向いた。気合十分というように勢いよく手を叩きながら。

 「さて! では、リリィ。研究員殿たちを元に戻してほしいのだ。お願いできるか?」

 「……そうね。そうする……わ!」

 そう言ってリリィは近くにあったレバーを動かした。その瞬間、最悪の結果が目の前に映った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 「け……研究員殿たちが!」

 リリィによって固められた研究員たちがいた床が突然開き、身動きの取れない研究員たちは一人残らず落ちていった。底も見えず、落下音も聞こえないほど深い穴に。

 

 

 

 

 

 

 

 

 「アーッハハハハ! やめるわけないだろ! そこは20mほど掘り下げてあるゴミ箱! 研究員なんてペチャンコさ! リリィは『捜シ者』さえ喜んでくれればいいんだ! 人なんてどうでもいいんだよ!」

 「リ……リリィ! お前は!」

 愉快そうに笑うリリィ。それを見た桜は怒りに身を任せて彼女に殴りかかった。しかし、ある人物によってそれは阻止された。いや……阻まれた。

 

 

 

 

 

 

 「この……“(クズ)”が」

 

 

 

 

 

 

 「マズイ!」

 「え……?」

 桜が完全に状況を理解する前、目にも止まらぬ速さで遊騎がリリィの目の前まで移動した。そして──

 「カハッ!」

 まるで万力のような力でリリィの首を絞め、その体をゆっくりと宙に浮かせた。

 「…………」

 「あ、が……!」

 あまりの力にリリィは目を見開き、苦しみに顔を歪ませる。しかし、遊騎が手に込める力は弱まるどころかどんどん強くなっていく。

 「“(クズ)”が……! 目には目を」

 しかし、それだけではない。遊騎の体にはある変化が起きていた。体中の血管が浮き出て、どんどん体が赫く染まっていくのだ。まるで彼の怒りを体現するかのように。

 「歯には歯を」

 遊騎に掴まれているリリィの首がどんどん蒼く変色していく。もう呻き声も上げられない。こうなると後はこのまま呼吸が止まるのを待つか、遊騎に首をへし折られるかだ。どちらを狙ってかは不明だが、これで終わりとでも言うかのように遊騎は力を強め、高々とリリィを持ち上げる。

 「悪には──」

 「だ、ダメだ!」

 今まで驚きで固まっていた桜が動いた。遊騎の腕を振り払い、リリィを苦しみから解放させる。その瞬間、リリィが酸素を取り込もうと何度も咳き込む。どうやらあと一歩のところで助かったらしい。だが、まだ問題は残っている。目の前にいる……遊騎だ。

 (一体、なんなのだ……。遊騎君の体が赫く……いや、それだけではない。近づくものすべてを手にかけてしまいそうなほどの怒気……。これが、本当に遊騎君なのか……?)

 「…………」

 ただ無言で桜に背を向ける遊騎。だが、ゆっくりとその顔を桜の方に向ける。おそらく、まだリリィを狙っているはずだ。それを感じ取り、桜も拳を構える。

 「…………」

 そして、怒気に塗れた遊騎の眼が彼女たちを捉え──

 「あかん」

 「……え?」

 何が起こったのかわからなかった。ただわかっていることが一つ。体が赫く染まり、怒気に塗れた遊騎はどこにもおらず、代わりに現れたのは──

 「ロストしてもーた」

 「猫ー!?」

 

 

 

 

 

 

 

 

 「どうやらここに放射性物質はないようですね」

 「大神!」

 「研究員たちの無事も確認できました。もう大丈夫です」

 「平家先輩……よかったです」

 「まったく、とんだ寄り道だナ」

 「刻君、なんてことを言うのだ」

 「へーんだ」

 遊騎がロストして猫になった後、先に行ったはずの大神たちと合流した。平家により研究員たちも全員無事となり、リリィも殺されなかった。桜にとってはこの上ないほど満足のいく結果となった。

 「大丈夫ですか、優」

 「……まだ、毒は抜けきってないがな。なんとか動ける」

 大神の言葉を受け、優はふらふらとした足取りで立ち上がる。すると、ロストした遊騎が猫特有の脚力で優の方に乗った。そして、肉球のある手で優の頭をポンと叩いた。

 「心配すんなや、ななばん。オレがななばん助けたるし」

 「……それはありがたいな」

 遊騎の言葉に優は微笑み、軽く遊騎の頭を撫でた。遊騎はそれを払うことなく受け入れている。

 「ロストしているくせに何言っているんですか」

 「ええやんか」

 冷静な大神のツッコミに対して適当な答えを返す遊騎。やはりロストしても遊騎は遊騎らしい。それを見て、大神はため息をつきながら後ろにいる平家に声をかける。

 「ハア……平家。このあたりに放射性物質の存在は?」

 「感じませんねぇ」

 「なんで光るんだヨ!」

 なぜか光を発しながら答える平家。おそらく辺りを照らすことで放射性物質があるか確認しているんだろうが、はっきり言って不気味である。

 「どこにも何の痕跡がないとは……。『捜シ者』はなぜここを占拠したんでしょうか? まさかここは──」

 大神がある考えを口にしようとした瞬間、上から何かが崩れるような音が響いた。見ると、鉄骨や鉄パイプなど建物を構築しているであろう物が上空から落ちてきたのだ。

 「あ、危ない!」

 それを口にしたところで落下は止まらない。それどころか落下によってどんどん速くなる。不規則に並び、部屋全体に降り注ぐそれらを避けることなど不可能だと距離が縮むたびに鮮明な絶望となっていく。

 「ッ──!」

 これから自分を襲うであろう痛みに耐えようと目を瞑る桜。それと同時に大神は左手から『青い炎』を出し、平家は『光』のムチを構える。そして、徐々に加速していく金属から発せられる音が大きくなることを感じ、それらは地面に落下した──

 「…………?」

 しかし、桜の体には一向に衝撃が訪れない。落下音も聞こえないし、体にも異常はない。恐怖を感じながらも、桜はそっと目を開けた。そこには、自分を見下ろすオッドアイの輝きが見えた。

 「正義のヒーローはここ一番のピンチで活躍しないとネ」

 「刻君!」

 そこに立っていたのはロストから戻った刻。『磁力』で落下してきた鉄骨の類を操り、何もない場所にまとめて移動させた。すると、刻はポケットから煙草の箱を取り出し一本取りだした。

 「やっと戻れたヨ。ま、ちょうどよかったかな。……そこの奴にはちょっとした因縁があってネ。そいつはオレが斃す」

 そう言って刻は取り出した煙草を咥えた。その刻のはるか上……部分部分が欠損した鉄骨の上に立ち刻たちを見下ろす一人の男。その男に対し、刻は敵意を露わにする。

 安心するのも束の間、新たな戦いの幕が開こうとしていた。

 

 

 




CODE:NOTE

Page:10 平家 将臣

 現『コード:ブレイカー』の『コード:02』を務める謎の多い男。大神と桜が通う輝望高校の先輩で生徒会役員でもある。役職は書記。どんなところでもテーブルとティーセットを用意してティータイムを楽しむ変人として知られており、愛読書は束縛系の官能小説。よくティータイムをしながら官能小説を音読するためよく教師陣に注意されている。彼曰く、官能小説は「エロではなく官能という名の芸術」なので決していやしい気持ちは無いという。しかしその反面、『コード:ブレイカー』としては古株らしくかなりの実力を持つ。総理からの信頼も厚く、『コード:ブレイカー』のジャッジを任されている。そのため、『コード:ブレイカー』の仕事の規則には厳しく、“エデン”に対する思いは人一倍強い。言うことを聞かない『コード:ブレイカー』に対しては容赦なくお仕置きを行う(主な被害者は刻)。
 異能は『光』。光で生成されたムチで拘束したり切り裂くことができる。また、回線さえあれば光通信を行い情報収集も可能。それ以外にも自らの体を光らせることもでき、よく刻から不気味がられている。
 モットーは……いずれ本編で。人見篇では死者に対して「目には目を 歯には歯を 死者には永久の眠りを」と言っている。ぶっちゃけこんな感じです。

※作者の主観による簡略化
 神(断言)←だって一番好きなキャラですから!

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