CODE:BREAKER -Another-   作:冷目

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タイトル通りの内容で人見篇最終回です。
序章篇の最終回同様、詰め込みましたので長いです。初めて一万文字超えました。
ラストはおかしくならないように自分なりに頑張りました。
また、活動報告で番外編のネタについての募集を始めました。ご要望のネタ等があれば「番外編 企画募集」というタイトルの活動報告にコメントしてください。
では、人見篇最終回をどうぞ。





code:11 人見の最期

 「お、大神……?」

 優は目の前に立つ仲間の名前を確認するかのように呼んだ。それほど、目の前に立つ彼の姿は異常だった。

 「…………」

 無言で佇み、左手から静かに『青い炎』を出す大神。そんな彼から発せられる雰囲気は穏やかながらかなり危険なものだった。普段の大神とは明らかに違う。そして、注意深く大神を見ていた優はあることに気が付いた。

 「左手の指輪がない……?」

 大神が『青い炎』を発する左手。その親指にはいつも指輪があったが今は見当たらなかった。

 「いやあ、驚いたよ。大神君」

 人見が『青い炎』を受けた手をプラプラと振りながら言った。驚いた、と言っているが、彼は未だに笑顔を浮かべていた。

 「だけど、なんでロストしたはずの君が『青い炎』を使えるんだい? それに、君の『青い炎』は触れた物体しか燃え散らせないはず……。だが、さっき君は離れた場所にいた私に『青い炎』で攻撃した。……一体、君は何者だい?」

 人見の言葉に大神は何も答えない。ただ静かに佇んでいるだけだ。

 「まあ、どうでもいいけどね。どっちにしろ……」

 瞬間、人見が大神の背後を取り大神の肩を掴んだ。洗練された無駄のない動きで、あたかも一瞬で移動したかのようだった。

 「元エースの私は斃せない!」

 「大神!」

 「マイ・マスター!」

 肩を掴んだ人見の手から『電力』が放出された。大神の体を『電力』が流れる。普通の人間なら感電死する威力だ。

 大神の体が痺れ、そのまま斃れる……はずだった。

 「ッ!?」

 突然、人見が大神の肩から手を放した。しかし、それは人見の意志で行ったのではない。外部からの衝撃でそうなったのだ。その衝撃を与えたのは他ならぬ、大神だった。

 「……“空中放電(フラッシュ・オーバー)”」

 大神の体を大量の『電力』が襲った。それは今までの比ではなく、雷のように巨大な『電力』となっていた。

 「な……!? まだこんな力が……!」

 「優。君が気を失ってる間にこの部屋一帯に帯電網を張りつめたんだ。もちろん、それは触れたものしか燃え散らせない大神君を近づけさせないため。それともう一つ。雷並みの“空中放電(フラッシュ・オーバー)”を起こすためさ」

 「くそ! 大神!」

 幾重にも仕掛けられた人見の罠と策略。今まさにその術中にいる者の名を優は叫んだ。しかし、大神はただ人見の攻撃を受け続けていた。

 しばらくすると、彼は動いた。

 ゆっくりと自分の背後にいる人見の方を向き、『青い炎』をまとった左手で……払った。

 「なに!?」

 先ほどまで大神の体を攻撃していた人見の『電力』は跡形もなく消えていた。人見の意志ではない。掻き消されたのだ。

 「なぜだ!? 私の電力が掻き消されるなんて……!」

 「…………」

 それをやったと思われる大神は静かに笑みを浮かべた。邪気もなく柔らかな物腰だったが、相変わらず危険な雰囲気が漂っている。

 「ならば、これでどうだ! 鉄をも溶かす“高熱電流(アーク・テンション)”で消し去ってやる!」

 人見が両手を自らの胸の前に出し力を溜め始めた。『電力』を一点に集中させることで高熱を発生させており、人見から離れた場所にいる優と神田でもまるで砂漠の真ん中にいるような熱さを感じていた。

 「まだだ……! まだなんだ! 私が、私が為さねばならない! 誰も! 私を止めることはできない! うおおおおお!!」

 人見が走った。その手に高熱を発する『電力』を携えて。大神に向かって、ただ一直線に走った。しかし、大神は動かない。

 「マイ・マスター!」

 「大神! 逃げろ!」

 神田と優の言葉など聞こえてないかのように、大神は左手を前に出した。

 次の瞬間、大神の左手から『青い炎』が消えた。それとほぼ同時に、人見の目の前に『青い炎』が浮かんだ。

 「な……!」

 人見が身を引いた。しかし、『青い炎』は人見を逃がそうとはせず、人見を追っていった。

 (炎が……! 『青い炎』が私に纏わりついて離れない!?)

 人見は何度も『青い炎』を避けた。しかし、『青い炎』の追撃は止まず人見の体に纏わり続ける。

 「…………」

 大神が人見に背中を見せた。そして、あたかも「地獄に堕ちろ」と言っているかのように右手を握りこぶしの状態から親指を立て、親指で地面を指差した。

 

 

 

 

 

 「Flame aw(燃え散れ。)ay.」

 その瞬間、人見に纏わりついていた『青い炎』が輝き業火と化した。

 

 

 

 

 

 「ああああああ!!」

 人見の体が燃え散らされていく。服は焦げ、肉は焼け、痛みを伴いながら人見の体を炎が包んでいく。

 「Destroy E(悪を滅せ)vil…………」

 「マイ・マスター!?」

 突然、大神の姿勢が崩れた。その体を神田が支える。それと同時に、人見を燃え散らしていた『青い炎』が消えた。

 「や、夜原先輩……。今のは一体、何だったのですか……?」

 「……オレにもわからないな。だが、大神のあの指輪……」

 桜の問いを受け、優はチラリと視線だけを動かして大神を見た。彼の目に映ったのは、力なく倒れている大神。そして、大神の体を支える神田。神田は大神の左手の親指にあの指輪をはめていた。どうやら神田はあの指輪が大神にとってどんなものか知っているようだ。

 「何か意味があるようだな。まあ、別にどうでもいいが」

 「…………」

 仲間である大神のことなのにどうでもいいと言う。それは、やはり彼が『コード:ブレイカー』だからなのだろう。そんな優に複雑な感情を抱き、桜はそれ以上話そうとはしなかった。

 「……どうやら大神君の『青い炎』は特別なようだね」

 「……人見」

 優が声がした方を見ると、人見が床に転がっているテレビを背もたれにして座っていた。どうやら立つ体力も残っていないらしい。それを裏付けるかのように、その呼吸もひどく荒かった。

 「私を上回る異能を操るとは……。正直、驚いたよ。でも、残念だったね」

 その言葉を聞いて、その場にいた全員がハッとした。まだ終わっていなかった。国中に仕掛けられた爆弾。そして囚われている藤原総理。優はすぐに部屋のテレビに映るカウントダウンを確認したが、その残り時間はあと十秒もない。

 「残りのタイマーが総理の処刑と共に爆発する! 5万人の死が! 恐怖が! 『コード:ブレイカー』の力による裁きを請い求め、『コード:ブレイカー』が報われる公平な世界が訪れる! 私の勝ちだ!!」

 そして、タイマーがゼロとなった。

 止めることは……できなかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 「……平家さん。治療、終わりました」

 「ありがとうございます、優君」

 人見のアジトの一室。大量のテレビが置かれ、先ほどまで大神たちと元エースである人見が激闘を繰り広げた場所。そこで、優は平家の手に包帯を巻いていた。

 「だけど無茶しすぎですよ。いくら抜け出すためとはいえ」

 「まんまと人見の罠にはまった優君のせいですよ」

 「……すみません」

 「まあ、私も同じ身分ですから強くは言いませんが。それに、そんな暗い顔はやめましょう。無事に終わったのですから」

 そう。すべては無事だった。爆弾も爆発せず、藤原総理も救出された。そうなったのは、箱の中にいたはずの平家と刻。そして、『コード:03』のおかげだった。

 まず、平家が箱の壁一面に色付きの液体を塗ることで反射を防ぎ『光』のムチで箱を縛り斬る。そして、刻の『磁力』から微弱ながら電波を発生させることで、外にいる『コード:03』に状況を伝え爆弾を処理させたのだ。ちなみに、平家が壁一面に塗った色付きの液体とは平家の血だった。優が平家の手に包帯を巻いていたのはそのためである。

 「ところで、優君の方は大丈夫なんですか? 聞こえた限りでは随分ひどそうでしたが」

 「大丈夫です。だいぶ回復しました。ただ、結構な量の異能を使ったのでロストが心配ですが」

 「ふむ。なら、もう異能を使うのはやめた方がいいでしょう。仕事も終わったのですから構わないでしょう?」

 「……そうですね」

 平家に言われて優は目を瞑った。そして、短く息を吐き出した。異能を完全に解除したらしい。わかりやすく言えば、『凡人』になった。

 「…………」

 優はチラリと人見の方を見た。人見は桜と何やら話しているようだった。異能を使っていたら聞こえていたかもしれないが、異能を解いた彼には会話の内容は聞こえていない。

 

 

 

 

 

 「……桜ちゃん。君には知っておいてもらおうかな。私が『コード:ブレイカー』を辞めたワケを」

 「人見先輩殿が『コード:ブレイカー』を辞めたワケ……」

 自分が斃されただけでなく、爆発も止められ、総理の処刑すら行えなかった。現役『コード:ブレイカー』によって自分の計画が失敗に終わった人見は、テレビを背もたれにした状態のまま桜に話しかけた。その顔は微笑を浮かべてはいるが、その呼吸は荒いままだった。

 「知りたいかい?」

 「……はい」

 人見の問いかけに、桜は真剣な眼差しで答えた。彼女としても知りたいのだ。人見がここまでのことをした根本にあるもの……彼が『コード:ブレイカー』を辞めたワケを。

 「じゃあ、おいで。もう首を絞めたりしないからさ」

 「む……。では、失礼して」

 桜を手招きする人見。桜にとって先ほど首を絞められた相手なので少なからず警戒心はあったが、人見の言葉を信じて彼のすぐ傍まで近寄った。こういうところを見ると、彼女は非常に勇気があると感じてしまう。大神たちにしてみれば「素直なバカ」なのかもしれないが。

 そして、人見は傍まで近寄った桜の耳元でそっと囁いた。

 「……君は、自分の闇と闘う強さがあるかい?」

 「ぬ?」

 すると、人見の手が静かに動いた。そして、桜のスカートのポケットに向かった。

 その手にあったのは──タグに「渋谷」と書かれた一本の(キー)だった。

 

 

 

 

 

 

 「────12月32日だよ」

 

 

 

 

 

 

 「……え?」

 桜にしか聞こえないように人見は呟いた。当の桜はその言葉の意味がわからないようだが、人見は微笑みを浮かべていた。

 「……で、なんで『コード:ブレイカー』やめたワケ? あんたに正義のヒーローは似合ってたと思うケド?」

 人見が桜から離れると、刻が煙草が入った箱を差し出しながら言った。見てみると、ちゃっかり自分も吸っている。人見は箱から煙草を一本取り出し、そのまま口に咥えた。刻がライターを用意し、慣れた手つきで煙草に火を点ける。

 「……刻。君がまだ知らないこともあるんだよ」

 「え?」

 「……ぐっ!」

 次の瞬間、人見の体に『電力』が纏わりついた。それは人見の意志で出しているものではないようで、その顔は苦痛の色を示している。

 「な……ロスト!?」

 「……違いますよ」

 刻が慌てて人見から離れた。すると、平家がゆっくりと口を開いた。

 「これは『コード:エンド』。異能の終わりです」

 

 

 

 

 

 

 

 

 『コード:エンド』。それは異能を使い続けた者の末路。異能者の終着点。異能を使い続けると、異能が異能者自身を死ぬまで喰う現象のことだ。そして、人見が『悪』になった原因の一つでもあった。

 『コード:ブレイカー』は異能を使って『悪』を裁く。たとえ裁くべき『悪』に殺されようとも、異能を使い続けることで『コード:エンド』を迎えて死んでも、『存在しない者』である彼らの存在は闇から闇へと葬り去られる。だから“エデン”にしてみれば『コード:ブレイカー』というのは使い捨てができる都合のいい存在。人見はそれが許せなかった。

 法で裁けぬ悪を裁くという大義名分の元、多くの『コード:ブレイカー』たちが死んでいった。誰にも知られることなく。誰の記憶にも残ることなく。ただ一人で孤独に死んでいった。それを知っていた人見は、自らに『コード:エンド』の予兆が見え始めたことに恐怖した。孤独に死ぬことが怖かった。そして思った。「もう誰にもこんな思いはさせたくない」、と。そのための裏切り。そのための行動。そのための罪。彼は『コード:ブレイカー』だけではない。異能を持つ全ての者のために一人で戦っていた。もしかしたら他に方法があったかもしれない。しかし、彼には時間がなかった。時間がない彼にできたのが、今回の事件だったというわけだ。

 

 

 

 

 

 

 「……これが、私が今回の事件を起こした理由の全てだよ」

 「…………」

 「『コード:ブレイカー』が……大神たちが使い捨てなんて……」

 『コード:エンド』の事実と『コード:ブレイカー』の存在について。そして、人見が今回の事件を起こした理由が彼の口から語られた。

 人見の言葉に大神は黙り込み、桜は驚きを隠せないようだった。だが、桜の中にはある疑問が残っていた。

 「しかし、なぜ総理を? 話を聞く限り、総理は関係ないのでは?」

 「それは大きな間違いだよ、桜ちゃん。“エデン”のトップに立ち、『コード:ブレイカー』たちを使い捨てにしてきた男……。それが藤原総理なんだから」

 「え!?」

 「…………」

 再び人見の口から語られた驚愕の事実。日本の代表として政界をまとめている総理が、“エデン”のトップとして『コード:ブレイカー』を使い捨てにしてきたというのだ。

 桜は驚いて目を見開き、藤原総理は慌てる様子も見せず壁に寄りかかっていた。そして、人見は藤原総理を睨みつけた。

 「藤原……。今まで『コード:ブレイカー』が何を思って死んでいったか貴様にわかるか? ……愛する者に思いを伝えることもできず、墓標を立てることさえも許されない……! そんな彼らの思いを……! 私は……貴様を許さない! 」

 すでに限界に近い体で必死に叫ぶ人見。彼は大神の攻撃でボロボロとなった体で、ふらつきながらもゆっくりと立ち上がった。

 「貴様だけでも……! 貴様だけは道連れに───!」

 

 

 

 

 

 

 その瞬間、大神が人見を殴り飛ばした。

 

 

 

 

 

 

 「……ふざけるな!」

 人見を殴り飛ばした大神が叫んだ。殴り飛ばされたことで人見の体は倒れ、大神は怒りの表情を浮かべて人見を睨みつけた。

 「そのために何の罪もない人々を殺したのか!? それがオレたちのためだというのか! 何の罪もない人間が死ぬっていうのは、あんたが一番嫌っていたことだろうが!」

 「……だから君はガキなんだよ。……大神君!」

 人見は倒れた状態から立ち上がり、大神を殴り返した。大神は倒れることなくその拳を受けた。

 「人の記憶に残らない……人との繋がりを持たないなんていうのは生きているとは言わない! 家族や友人と共に穏やかに過ごす! そんな当たり前が『コード:ブレイカー』にも必要なんだ! 私はその当たり前を何一つ手に入れることができなかった! このままだと君たちも同じ目に遭うことになる! それを止めようとする私の気持ちがなぜわからない! 大神君!」

 攻撃と共に繰り出されていく人見の思い。大神は人見の拳を避けようともせず、ただ黙って拳を受け続けた。だが、その目には強固な意志が感じられた。

 「私にはもう時間がないんだよ! だから、何としてでも止めなくてはならない! 私はもう……! 誰にもこんな思いはさせたくないんだ!」

 その時、大神の脳裏にある光景が浮かんだ。かつて、共に『コード:ブレイカー』として過ごしてきた頃の記憶が。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 とある川原の近くにある草むら。そこに二人の男が座っていた。いや、二人のうち一人は草むらに寝転んで微笑を浮かべていた。それはまだ『コード:ブレイカー』であった頃の人見。隣で座っているのは大神だ。

 「すまないね、大神君。私の昼寝に付き合ってもらって。昨日は優に付き合ってもらって、今日も付き合ってもらおうと思ったんだけど彼はバイトでね。代わりと言ったら聞こえが悪いけど、たまには時間も気にせずのんびりするのもいいだろう? 大神君」

 横になったままやんわりと話す人見。対する大神は無表情のまま黙って前を見ていた。しかし、人見の「大神君」という単語を聞くとかすかに眉がピクリと動いた。

 「……君付け、いい加減やめてください」

 「私に君が一人前だと認めさせることができたらやめてあげるよ、大神君」

 「……半人前で悪かったですね」

 人見の言葉にかすかに苛立ちを見せる大神。しかし、人見は相変わらず横になったまま微笑を浮かべていた。彼は近くにあった草を摘み取り、指を使ってくるくると回した。

 「ねえ、大神君。もし明日死ぬことがわかっていたら……君ならどうする?」

 微笑を浮かべながらも物騒な問いかけをする人見。それを受けた大神は、こちらも相変わらず前を向いたまま無愛想に答えた。

 「僕は……僕は最期の一分一秒まで悪を燃え散らします」

 「最期の一分一秒まで……か。でも、本当に最期までその覚悟を貫き通せるかな?」

 「…………」

 まるで大神を試すかのような口ぶり。こうして、のらりくらりとした様子で話すのは人見の特徴でもある。大神はその態度が気に入らないのか、再び黙り込んでしまった。

 「そう機嫌を損ねないでくれよ、大神君。……ふわぁぁ」

 ゆっくりとあくびをする人見。すると、静かに彼の両目が開いた。その目は大神のように前を向いていた。ただ彼の場合は、やんわりな雰囲気を纏いながらも強い意志が感じられた。

 「大神君。私はね、最期の一分一秒まで『コード:ブレイカー』でありたいと思うんだ。どんなにこの手が血に染まっても、私に救える命があるのなら最期の最期までその命を救いたい。そして、『存在しない者』として人知れず消えていく。……そんな死に様でいい。これまでの全ての『コード:ブレイカー』たちがそうだったように」

 「……そこまでして人のために生きたいと?」

 「そんな大それたもんじゃないよ」

 そう言うと、人見はゆっくりと起き上った。そして、大神の方を見て照れくさそうに笑った。

 「そういう性分なだけさ」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 「あんな……あんな御託並べていたのに…………勝手に決めつけんなよ!」

 大神の拳に一際力が入り、人見を再び殴り飛ばした。人見は再び倒れ、大神も限界が近いのか肩で息をして前のめりになっていた。

 「惨めだとか報われないとか……そんなことはどうでもいい。……オレは、生まれてくる場所は選べないが死に場所は自分で決める。だからオレは『コード:ブレイカー』になった。オレは生きている限り悪を燃え散らす……。最期の一分一秒まで…………それだけだ!」

 「大神……君」

 倒れた状態で、人見は大神を見た。そして、彼の脳裏にもまた『コード:ブレイカー』として共に過ごした日々の記憶が蘇り、大神の覚悟が何一つ変わらず決して揺るがないものだと実感した。

 「相変わらずギラギラして……イライラさせてくれる。……ぐっ!」

 まるで安心したかのように微笑む人見。しかし、彼の体は『コード:エンド』によって確実に終わりを迎えようとしていた。彼の体に纏わりつく『電力』が次第に大きくなっていく。

 人見はゆっくりと立ち上がり、大神の横を歩いていった。そして、そっと呟いた。

 「……“エデン”に気を付けろ。それと……桜小路さんを奴らに渡すな。……絶対に」

 そして、微笑みを浮かべながら大神を通り過ぎた。

 「押し通してみせろ、その覚悟。君の生き様、地獄から見ているよ……」

 

 

 

 

 

 

 ────大神。

 

 

 

 

 

 

 かすかに、だが確実に。人見は大神に向けて最期の言葉をかけた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 「無駄ですよ。……もう」

 自分より大きい人見の体を、大神は一人で支えていた。その体からは、もう彼の温かさは感じられなかった。

 裏切りの元『コード:01』、人見は……死んだ。

 「う、うう……」

 神田が泣き崩れる。人見と彼女には、他人とは違う深い関わりがあった。それ故に、感じる悲しみも大きいのだろう。

 人見が大神を認めた直後。彼は残った全ての『電力』を放出し、藤原総理を道連れにしようとした。しかし、大神たち『コード:ブレイカー』がそれを阻止した。『電力』の放出により崩れた天井の破片を刻が『磁力』で止め、総理に向かっていく人見の体を平家が『光』のムチで止め、『脳』でリミッターを外した優が総理の前に移動し人見の頭を掴み、大神がロストして『青い炎』が出ない左手で総理に向かって伸ばされた人見の手を止めた。あなたのことを絶対に忘れない……。そう静かに告げて。それを聞いた人見は、安らかな顔で逝った。

 「最期の最期までのらりくらりと……。そんなあなたが本当に大嫌いでしたよ……」

 人見の遺体を支えながら、大神は呟いた。そして、ゆっくりと床に寝かした。そんな大神の後ろに立った人物は心から呆れた顔で言った。

 「まったく……人間とは愚かな生き物だねえ」

 藤原総理だった。人見に捕まり拘束されていたため着ていたスーツは乱れ、人見の最期の一撃に畏怖の表情を浮かべていた彼だったが、今は何事もなかったかのように言葉を続ける。

 「エースにまで昇りつめた人間でさえ“悪”に堕ちる時は早いものだ。まったく驚いたなあ。だが、その“悪”も滅せられた。これでめでたしめでたしというわけだ」

 「……ッ! てめえ!」

 「待て」

 総理の非情な言葉に刻が殴りかかった。しかし、優が後ろから羽交い絞めすることで止めた。

 「邪魔すんな、優! こいつだけは……! こいつだけは一発殴らねーと気が済まねえ!」

 「オレたちの仕事は藤原総理の護衛だ。そのお前が藤原総理に怪我を負わせてどうする」

 『脳』で身体能力が強化されたままの優に止められていても、刻は藤原総理を殴ろうと暴れた。そんな刻を落ち着かせるためなのか、優は冷静な態度で刻を止め続けた。

 「てめえは悔しくねえのかよ! 人見が……人見サンが! ここまでやったっつーのニ! こいつは何事もなかったみてーに事を片付けやがった!」

 「……どんな理由があろうと、人見は罪を犯して“悪”になった。当然の報いだ」

 「てめえはこんな時までこいつの味方しやがるのかよ! そんなに拾われたのが嬉しいか!? そこまでしてこいつの犬になっていてーのかよ! 今まで人見サンに散々世話になったくせに……! このクズヤローが!」

 「ッ……!」

 刻の言葉に優の表情が歪んだ。すると次の瞬間。優は刻の襟元を掴んで壁に向かって投げつけた。背中から激痛が走り、刻の顔が苦痛に歪む。そして、すぐに優に対する怒りの表情に変わる。

 「痛ッ……! 何すんだ!」

 「……そうだ。オレは犬だ。だがな、それはお前だって同じだ。犬が飼い主に噛みついたところで何も変わらない。むしろ様々なものが悪化するだけだ。……総理を殴ったところで無駄だっていうのは、お前だって本当はわかってるだろ」

 「ぐ……!」

 優の言葉に刻は反論することができなかった。すると、今まで二人のやり取りを見ていた総理が呆れ顔で口を開いた。その隣には平家が神妙な顔で立っていた。

 「……気が済んだかい?」

 「刻君。優君の言う通り、護衛対象に手出しは厳禁ですよ。……未遂ですし、時間としてもバイト終了後とみなして減点はしないでおきます。……さて。参りましょう、総理」

 平家は総理と一緒に部屋から出した。おそらく国会まで護衛として付き添うのだろう。

 「……忘れんなよ。オレはねーちゃんのためにやってるんだ。ねーちゃんのことが無ければ、オレはいつでもてめえを殺せるってことを忘れんな」

 「……楽しみにしてるよ」

 総理と平家が部屋を出る直前。刻が総理を睨みつけながら言った。彼の言葉を聞いた総理は静かに微笑み、平家と共に部屋を出ていった。しばらくすると、外から車の発信音が聞こえた。どうやら車が用意されていたようだ。

 沈黙が支配する部屋の中、桜は一人で壁の近くに立つ優の方を見た。

 「夜原先輩……。夜原先輩が刻君に言ったことは確かに正しいかもしれません。しかし、夜原先輩は悔しくないのですか……? 人見先輩殿が命を賭けてまで行ったことをあっさりと否定されて……」

 「……悔しくないのか、だと?

 

 

 

 

 

 

────ふざけるな」

 

 

 

 

 

 

 その瞬間、優の目の前にあった壁がなくなり轟音が響いた。よく見てみると、優の右手が前に出されており、その手は血で紅く染まっていた。どうやら、彼が殴ることで壁を粉砕したようだ。

 「悔しいに決まってるだろ……。オレが今こうして『コード:ブレイカー』でいられるのはあの人のおかげだ。オレはあの人を……『コード:ブレイカー』としてだけじゃない。一人の人間のとしても尊敬していた。その人の思いをあんな言葉で済まされたんだ……。悔しくないわけないだろ……! だが、しょうがないんだ……。オレたちは……犬でしかないんだから」

 「夜原先輩……」

 ギュッと拳を握りしめる優。その力の強さに、指の間から新たに血が流れた。

 優によって外の空気と繋がった場所から静かな風が流れ込んだ。その風は、静かに横たわった人見の髪を揺らした。

 「まだ、原っぱの匂いがするぞ……」

 桜が遺体となった人見の胸に顔を埋める。しばらくすると、ゆっくりと顔を離した。

 「大神……。結局、何が一番悪かったのだ? 私には人見先輩殿だけが悪かったとはとても……」

 「善悪の基準なんて人それぞれですよ。そして皆、自分こそが正しいと思っている。でなければ争いなんて起こらない。でも、あなたは知っているはずです。人が決して犯してはならない罪を」

 「…………」

 桜の頭に浮かんだのは部屋にあったテレビに映された爆発に巻き込まれる人々。桜はグッと手を握りしめた。

 「罪なき者を殺める……。その一線を越えた罪人には死という罰が相応しい……」

 「…………」

 桜の目は、ただ哀しみに暮れていた。

 「…………」

 すると、優が人見の遺体を挟んで桜の向かい側に立ち、ゆっくりとしゃがんだ。そして、人見の顔を見てポツリと呟いた。

 「まったく……。オレが殺すって言ったのに、こんなにあっさりと……」

 「夜原先輩……なぜですか? なぜ、そこまで人見先輩殿を……?」

 桜が尋ねると優は数秒黙ってから、ゆっくりと口を開いた。

 「昔……約束したんだ。人見さんが“悪”に堕ちたらオレが殺す、ってな……。人見にしてみれば冗談だったかもしれない。だが、約束は約束だ。オレは……それを果たせなかった。人見さんとした……最後の約束を」

 「夜原先輩……」

 優は人見の額に手を置いた。そして、向かいにいる桜にも聞こえないほど小さな声で呟いた。

 「あなたが遺したもの……、大事にします。…………人見さん」

 優は立ち上がり部屋を出た。人見が遺したものを、その胸で確かに感じながら。




CODE:NOTE

Page:4 ロスト

 異能者が異能を使い続けると起こる現象。二十四時間異能が使えなくなるだけでなく、その体も変化する。二十四時間異能が使えなくなるのはどんな異能者も共通だが、体に起こる変化は異能者によって違い多種多様。現時点で判明しているケースとして、大神の「体温が急激に下がる」、刻の「体が小学生ほどまで縮む」の二つがある。『コード:ブレイカー』にとって、ロストしている時が最も危険とされている。

※作者の主観による簡略化
 せめてもの弱点。またはネタ要素。



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