色々面倒臭く、鍋物ばかり作っては食べる毎日です
「……覚悟、ですか。そんなもの、とうにできていますよ……王子」
「……そうか」
刻と遊騎の追撃から逃れようとした大神たちの前に現れた王子と、真正面から睨み合う大神。桜にとっては信じたくないだろうが、王子もれっきとした『コード:ブレイカー』である以上……今の立場は刻たちと同じだった。
「なら、零。その覚悟……無駄にはしない!」
それを証明するかのように、王子は『影』によって生成した鎌を容赦なく大神に振るう。自らの『影』が截断されれば致命傷になりかねない王子の攻撃を避け、大神はその左手に『青い炎』を灯す。
「それは……こっちの台詞だ!」
「無駄だ!」
『エンペラー』が復活した影響か、これまでより巨大になった『青い炎』はまっすぐ王子に向かっていく。しかし、王子はすぐさま『影』の鎌を地面に突き立てることで『遮影』を展開する。
──パァァン!!
青と黒……『青い炎』と『影』がぶつかり合い、その衝撃で川の水が弾けるように音を立てて辺りに広がっていく。普通なら『青い炎』によって燃え散るところだが、『影』はかつて王子が言ったように実体がない。実体がなければいくら『青い炎』でも燃え散らせることはできないのだろう。
そして、二人はそのまま次の攻防にうつろうと真正面から睨み合い──
「──フッ」
しかし、次に王子がとった行動は攻撃でも防御でもなく……『影』を消してその顔に笑みを浮かべることだった。
「ハッハッハ! たいした肝の据わり様だな! 『渋谷荘』が全壊にされようが、『コード:ブレイカー』のオレが相手だろうと関係なしか! さすがだな、零!」
「お、王子殿……?」
大神に向かって攻撃したかと思えばすぐに攻撃をやめ、けらけらと笑う王子の姿に、桜はわけがわからないといった様子だった。王子からの敵意が感じられなくなったのか、大神も『青い炎』を消して王子を注意深く見ていた。
「……悪いな。ちょっと試させてもらった。オレはお前を狙いに来たんじゃない。……
自分は大神を斃すためではなく、
「お、大神を
「……全ては、『捜シ者』の遺志だ」
簡潔に、そう告げる王子。そんな彼女の頭の中では、『捜シ者』とのやり取りの記憶が蘇っていた。
まだ、王子が『Re-CODE』としてロスト中である『捜シ者』の傍にいた頃……『捜シ者』は唐突に彼女に別れを告げた。
「泪……私の『麗艶の守護神』。これからは私ではなく、零を
「そんな……なぜなのです? 私は、これからもあなたを……」
「もう、私を守護する必要はない」
跪いて『捜シ者』の言葉を聞く王子は、納得できないといったような表情で抗議しようとする。だが、『捜シ者』は彼女の前に膝を突いてその手を優しく握った。
「零は『まだ見ぬ脅威』として、いずれ必ず“エデン”に狙われる。だが、零は絶対に屈することはない。そして、いずれ辿り着くだろう。私には捜しえなかった永遠不変の心理に。だから、泪……零を頼む」
その後、彼女は『コード:ブレイカー』となる。
「『捜シ者』が……」
「ああ、あの人は全てわかっていたんだ。こうなるってことがな」
大神の左腕が『コード:エンペラー』の腕であることは、『捜シ者』も知っていた。だからこそ、彼は大神が今のような状況にいずれ陥ることを予測していたのだろう。そして、その時に大神の味方となる者として……王子は選ばれたのだ。
「けどな、たとえ『捜シ者』のその言葉がなくともオレは『コード:ブレイカー』だ。この手で裁くのは悪のみ。……お前を裁くつもりなど毛頭ない」
「王子殿!」
王子の言葉に、桜は笑顔を浮かべる。しかし、当の大神はというと腕を組んで怪訝そうな表情を浮かべる。
「……知りませんよ? 結構ハードな闘いになる。あなたについてこれるんですか?」
「ああ!? お前、誰に向かって口聞いてんだ!? 本当にブッ殺してやろーか、オラ!」
王子の実力を疑うような大神の言葉に、王子はすぐさま得意の頭突きを大神に繰り出す。だが、そのいつもと変わらぬ威力の頭突きこそ、大神に対する「問題ない」という返答に他ならなかった。
そして、それは大神もわかっていた。
「……フッ、その元気があるなら問題なさそうだな」
「当たり前だろ。お前に心配されるほどヤワじゃねーのさ」
「誰も心配なんてしては──」
「王子殿! やっぱり王子殿は王子殿なのだ!」
「ワフッ!」
「どわっ! さ、桜小路!」
そこでようやく笑みを浮かべる大神。そして、桜は嬉し涙を流しながら『子犬』と共に王子にハグをした。なんとか彼女たちを支える王子のその姿は、かつて共に過ごした時と変わらないものであった。
「どんな理由であれ、“エデン”の命令をあっさり無視しやがるとは……さすがオレ様の歌姫だぜ、『
「いかにも、いかにも」
また、『コード:エンペラー』も王子の行動に感銘を受け、ボロボロと涙を流していた。彼としても、一ファンとして
「ところで王子殿、どうして私たちがここにいるとわかったのですか?」
「他の連中は知らないと思うが、ここは『渋谷荘』から一番近い渓流だ。釣りの穴場だからオレはよく来てたがな。そして、零ならまずは得意なサバイバルフィールドに身を置くと思ったってわけだ」
「おお! 『渋谷荘』が釣り上げられたのだ!」
「ぶん投げて悪かったな。でも、釣り糸は引っかけたままだからいつでも釣り上げられたってわけだ」
王子が味方として加わったことに安堵しつつも、そもそもなぜこの場所がわかったのか尋ねる桜。大神のことをよく理解した王子ならではの推理に納得する桜は、王子が釣り上げた『渋谷荘』を再び貰い受ける。
しかし、探知系の能力があるわけでもない王子がこうして大神の元に来れた以上、他の『コード:ブレイカー』たちがここに来ないとは言いきれなくなったことでもある。
「だが、ここもいつまでも安全ってわけじゃない。早く移動した方がいい」
「……で、ですが『コード:ブレイカー』の皆と“エデン”相手ではすぐに見つかってしまいそうなのだ……」
そして、それは王子も予想することであったようで移動を提案する。しかし、桜の言うように『磁力』に『音』といった捜索に有利な異能を持つ刻たちから隠れられる場所などそう簡単には見つかりそうはなかった。
しかし、王子はそんな桜の言葉に対してすぐに首を振った。
「いや……一つだけ安全地帯と呼べる場所がある」
「……え?」
「お前たちの通っている輝望高校だ。今や安全地帯はあそこしかない」
「き、輝望高校が安全地帯!?」
「ギギギ、ギクゥ!」
まさかの言葉に、桜は仰天する。安全地帯と言いきれる場所があることにも驚いたが、何よりその場所が自分たちが通う高校であるとは予想だにしなかった。
……なぜか会長は焦っている様子だったが。
「ああ、なぜならあそこは──」
「お前を見張っていて正解……正解だったようだな、八王子泪。他の者の眼は欺けてもオレには通じない……通じないよ」
「だ、誰だ!?」
突然の聞き慣れない声に、声の方向を振り向く桜。そこには、先ほど刻たちの前に姿を現した時雨と同じ『コード:ネーム』……冴親が肩にインコを乗せて立っていた。
「オレは『
「……さっそく『コード:ネーム』のお出ましか」
「あの制服は、刻君と同じ閉成学院高校の……。しかし、なんとも華のように美しい人なのだ……」
『コード:ネーム』の登場に身構える大神と王子に対し、桜は冴親が纏う華やかな雰囲気に思わず警戒心が少し緩んだ。彼を慕うかのように、冴親の肩や手には小鳥がとまっていた。そんな姿から、桜は彼から敵意を感じなかったのだろう。
「大神零、お前は『まだ見ぬ脅威』と呼ぶにはあまりに気高く……気高く美しい。……だが」
──バギュ!
しかし、その認識は一瞬で崩れ去る。撫でるかのように、そっと小鳥を包む冴親の手。その手は次の瞬間には、その小鳥を一切の躊躇なく握り殺した。
「生きている限り、いつか悪に堕ち醜く穢れる」
「な、なんということを……!」
ボタボタと、冴親の手から小鳥の血が滴り落ちる。その向こうで笑みを浮かべる冴親からは……何とも言えぬ不気味さが感じられた。
「だが、その前に……その左腕だ。その左腕もろとも裁く……裁くべきだ」
次の瞬間、冴親の足元や近くの木の影から真っ黒な狼のような物が生まれ、大神に向かってきた。おそらく冴親の異能であるそれらを防ごうと大神は身構えるが、その前に王子が割って入る。
──ガガッ!
「王子!」
「零! ここはオレに任せてお前は移動しろ!」
『遮影』を展開して冴親の異能を防ぐ王子。かつて守護神と呼ばれた彼女の『影』の防御を破るのは用意ではない。その間にこの場を離れるよう、王子は大神に諭す。
「だが……!」
「心配すんな! オレの『遮影』がこんな程度の攻撃で破られるわけ──」
破られるわけがない……そう言おうとした瞬間だった。
──ズォ!
「なっ!? 『遮影』が……喰われた!?」
冴親が放った狼が王子の『遮影』を喰い破ったかのように突破してきた。そうして王子に近づいた狼は王子の周りを高速で移動し、その胴体を
──ガシャアン!!
「王子!」
狼だった物はまるで鳥籠のような檻と鎖に姿を変えて王子を捕える。そちらに目を奪われる大神だったが、彼の後ろからは新たに生まれた狼が大神の元へと向かってきていた。
──ガッ!
「ぐっ!! この……燃え散りな!!」
狼はそのまま大神の首や身体に容赦なく噛みつく。対する大神は『青い炎』と化した左腕を勢いよく振るい、周囲一帯を狼もろとも燃え散らす。
「まだ……まだだ」
しかし狼は完全に燃え散ることなく、残った部分から新たに狼の首が生えて大神への攻撃を続ける。
「うぐ! な、なんだこの異能は……!?」
大神は困惑する。確かに『青い炎』と化した左腕は狼に触れた。一度触れれば細胞まで燃え散らす『青い炎』である以上、燃え散らせないなんてことはあり得ない。そう、それこそ……
「これは、まるで
王子の『影』のように、実体を持たない物でもない限り──
「ぐああああ!!」
「大神! 待ってろ、今助けに──!」
次から次へと数を増やす狼に、大神は全身のいたるところを噛みつかれていく。王子も捕まっている以上、今の大神を助けられる者はいない。
ならば自分が、と大神の元に駆け寄ろうとする桜だったが……
──ビュオ!
狼と同じように、冴親の足元から伸びた黒い筋のようなものが巨大な大岩を軽々と持ち上げ、それを桜に目がけて放り投げた。それに桜が気付いて振り向いた時にはもう……大岩は桜の目の前に迫っていた。
──ドゴォ!
「か、会長!」
しかし、寸でのところで会長が桜を抱えながら移動することで大岩は桜には当たらず勢いよく地面にめり込んだ。それでも黒い筋は狼のように次々に増えていき、その一つひとつが会長と桜目がけて大岩を投げつけてくる。
「す、すまない大神君! こっちは桜小路君を護るので手一杯……!」
そのあまりの数と桜を抱えていることもあり、会長も避けるので精一杯といった様子だった。そうしている間にも、大神の傷はどんどん増えていった。
「おいおい、零! いくらオレ様でも今はこれが精一杯だぜ!? さっさとなんとかしろ!」
「だったら……そこで大人しくしてろ……!」
絶望的とも言える状況に、『コード:エンペラー』も冷や汗を流しながら大神に檄を飛ばす。対して大神は「黙っていろ」とでも言いたげに強気な態度を崩さずにいた。
「うざってぇな……! まとめて燃え散りな!」
そして、大神は左腕を地面に思いきり突き立てると同時に今出せる最大の大きさの『青い炎』を自身を中心にして展開する。瞬間、少なくとも大神に噛みついていた狼はその大部分が消え、大神への攻撃も止んだ。しかし、狼の破片は再び再生を始めようとしていた。
「言われなくとも……振りかかる火の粉は、一片残らず燃やし尽くす!」
だが、大神はその一瞬の隙を見逃さない。その一瞬で冴親へと向かっていき、『青い炎』と化した左腕を冴親の身体へと伸ばし────
──スッ
冴親が右手を小さく動かして指先を大神の方へと向けた瞬間……大神の身体に無数の
「今、何を……」
「…………」
何が起きたのか、何をされたのか……大神は一つとして理解することはできず、ただ視線の先で柔和な笑みを浮かべる冴親を視界に映したまま膝を突くことしかできなかった。
「大神ィ!」
謎の攻撃に膝を突いた大神の姿に、桜は悲痛な叫びを上げる。しかし、今の彼女は会長に抱えられて身動きが取れず、その会長も冴親から伸びる黒い筋から放たれる大岩を避けるのに手一杯でとてもじゃないが大神の救援には向かえない。
「零! くそ! こんな檻……!」
そんな中、捕えられた王子はなんとか自分を捕える檻を破壊しようと『影』の鎌を出す。しかし、彼女の両手は後ろ手に縛られているためいつものように鎌を振るうことはできない。ならばと身体全体を動かすことで鎌を檻へと何度もぶつける。だが、檻は一向に壊れる気配を見せない。
「こ……のぉ!!」
それでも王子は諦めず、渾身の力で鎌を檻へとぶつける。しかし、その瞬間……
──ズズゥ
「な……!?」
王子の鎌が檻から外に出た。だが、それは檻を破壊できたからではない。まるで元から同じ物質であるかのように檻と鎌が
(オレの異能が同化した!? ……ま、まさか)
それを見て、王子はある答えへと辿り着く。決して、あり得るはずがない答えに。
「……『影』!? この異能は……『影』か!? バカな! オレと同じ異能を操る人間なんて──!」
あり得ないはずのその答えだが、それを正解だとすれば冴親の謎の攻撃には全て説明ができた。最初に放たれた黒い狼は木の『影』、そして冴親の足元から現れた。人間の足元には、当然のことながら『影』ができている。そこから現れ、そして大神の『青い炎』でも燃え散らなかった。王子の『影』と同じように。
そして、大神が膝を突くことになった謎の攻撃……冴親の手からは何も放たれてはいないが、王子の鎌のように『影』による大神の『影』への攻撃だとしたら、見えなかったとしても不思議ではない。
(……
しかし、これまで多くの異能者と対峙してきた王子たちだが、まったく同じ異能を使う者とは一度も会ったことが無い。かつて風牙との闘いにおいて優が放った言葉……異能者には特有の異能を使うための細胞があるという言葉の通りならば、それこそ
「ま、まさか……」
「やっと……やっと捕まえたオレのカナリア。さあ、歌え。悪を裁くオレに愛の賛歌を」
ふと、頭に浮かんだ一つの答え。自分と同じ異能を持つ可能性がある存在はもういない……そのはずだった。しかし、以前『エンペラー』から明かされた衝撃の言葉……それが目の前に立ちはだかる存在の正体と静かに繋がる。
「……ねぇ。
お歌を歌ってよ…………
まるで気付いてほしいと言わんばかりに冴親の口調が幼さを感じるものへと変わる。
さらに、突如として吹いた風が冴親の髪をかき上げ、右眼の下……王子とまったく同じ位置にある泣きボクロが露わになる。
それは、かつて王子が何度も見た顔と何度も聞いた言葉。それはもう……王子にとって疑いようがなかった。
「ッ……!?」
(こ、こいつが……生き別れた王子殿の弟なのか──!?)
彼……冴親が
最近というか前からですが、皆さんからいただいた感想を読み直すことが心の活力になってます
もう、なんというか楽しいです(語彙力……)
次回もよろしくお願いいたします