いよいよ人見篇も終盤です。
それでも彼の生き様は不滅だぁぁ!(暴走)
では、どうぞ!
『藤原総理の公開処刑まで、あと二十八分……』
「こ、これは……!?」
先ほどまで人見に操られた死体がうごめいていた部屋に無機質な声が響く。それと同時に、部屋の壁に映し出された映像に映るタイマーの数字がそれぞれ減っていく。
「マイ・マスター! 大変です!」
声がした方を見ると、遅れてやってきた神田がいた。その顔はひどく慌てている。
「街中に藤原総理の公開処刑のカウントダウンが! 他のエージェントたちからの情報によると、国中が同様の状況だそうです!」
「……電波ジャックして、国民の前で藤原総理の公開処刑。これが人見のしたかったことですか。しかし、一体何のために……」
神田の報告で人見の狙いがわかった一同。それでも人見の真意が見えないことに悩んでいると、平家が口を開いた。
「ふむ……。どうやらそれだけではないようですよ。よく見てください」
「あ?」
刻が煙草をふかしながら、平家の言葉通りにモニターをよく見る。そして、ある事に気付いた。
「……総理の姿が映っている場所と数字だけの場所があるナ。しかも数字だけの場所、残り時間が少なくネ?」
「なにか仕掛けがあるのか……?」
優が考えていると、突然誰かの足音が部屋に響いた。音がした方を見るとスーツを着た若い男がいた。
「『コード:ブレイカー』の皆さんですね。人見様がお待ちです。こちらへどうぞ」
「…………」
どうやら人見に操られた人間らしい。大神たちは警戒しながらも男の案内に従った。
「『コード:ブレイカー』なんて所詮は“エデン”の飼い犬。使い捨ての道具さ。どんな特権を与えられてもね。決して報われないし、人と関われぬ孤独の中で人知れず死んでいく。誰一人例外なく。だからもうこんなこと終わらせるべきなんだ。……そうは思わないかい? 大神君」
「大神……! みんな!」
男に案内された部屋には、人見とロープで拘束されて宙づりになっている桜がいた。ちなみに『子犬』は大神の足元で泣いている。
その部屋にはテレビがいくつかあり、止まった時計が壁一面に飾られていた。
「時計嫌いのクセに思い出集めとは歳を取りましたね。人見」
「思い出集め、か。だが、彼らのことを思えば当然のことだと思うけどね」
彼らというのは過去の『コード:ブレイカー』のこと。大神たちが部屋に入る少し前、人見は桜に壁の時計の意味を話していた。その意味とは、『存在しない者』である『コード:ブレイカー』は墓標を立てることさえ許されない。だから人見は、彼らが死んだ時間に止まった時計を墓標代わりとしていたのだ。大神の言葉からして、大神たちも人見がこの話をしていたのが聞こえたのだろう。
「それにしても年寄り扱いされるのはなんだか複雑だなあ。まあ、いいけどね。それじゃあ、そんな年寄りの話にもう少し付き合っておくれよ」
「な、何を言って……」
人見の言葉に桜が疑問符を浮かべた。そして……
「「!」」
平家と優が何かに気付いた。そして、二人は動いた。
「グッ!?」
「チッ!」
平家は大神を蹴り飛ばし、優は驚異的な脚力でその場から離れた。
「平家……!? 何を……」
その瞬間、先ほどまで大神と優が、今も平家と刻がいる場所を囲むように箱が落ちてきた。
「くそ! ふざけやがっ……」
「無駄ですよ。これは耐火強化プラスチックの鏡面立方体。プラスチックに『磁力』は作用しませんし、『光』は反射して切断できません。耐火強化ですから大神君でも燃え散らせない。優君が外から破壊するしかありませんね」
平家が冷静に状況を説明する。平家の説明を聞いた刻は、一度舌打ちをしてから大声を出した。
「チッ! おい、優! さっさとこの箱ぶっ壊せ! テメーの異能使えば簡単だろうガ!」
「言われなくても……!」
箱から逃げた優は、空中に浮いた状態で刻の言葉を聞いた。そして、床に異物がないことを確認して着地しようとした。
(『束脳・反転』で腕力を強化すればこの程度……)
次の行動を考えながら優は着地した。その瞬間、人見が独り言のようにつぶやいた。
「予想通りだ」
「なに……?」
人見の言葉の意味がわからない優。そして次の瞬間、優の足元から電撃が放出された。
「ぐわああああああ!!」
「夜原先輩!?」
突然のことに対処しきれず、優は大量の電撃を浴びた。肌の数か所が黒く焦げ、優は力なくその場に倒れた。
「君たち『コード:ブレイカー』とはかつて共に戦った仲だ。君たちの異能の特性もちゃんと理解している。だから、大神君、刻、平家の異能が通じない罠を用意した」
「ッ……! だが、それだと優への罠にはならない。現に優は避けた」
大神が人見を睨みつける。人見は笑顔のまま言葉を続けた。
「昔から優は、バイト中は常にリミッターを外す。だからこの箱が落ちてくるのに気づいて避けるということはわかっていた。そして、さっきも言ったが共に戦った仲だ。異能を使った彼がどれほどの身体能力になるかはわかる。だから、避けた優が着地するおおよその地点を予想するのはそう難しいことじゃないんだよ」
「そ、そこに……、『電力』を、帯電させていたのか……」
「正解。しかし運がいいね。君が着地したのは帯電地点から少し離れた場所だった。予想地点に着地したら間違いなく黒焦げだったよ。でも、君を戦闘不能にするという最低限の目的は果たせた。そこで見ているといいよ」
「ふざ、けるな……!」
優は倒れた状態から右手を前に出した。そして、その右手を支点にして前に進んだ。這って移動しているため、そのスピードはかなり遅い。さらに、体中に力を入れているせいで進む度に傷口から血が飛び出す。
「へえ……。まだ動く力が残っていたか」
「夜原先輩! 動いてはダメです!」
人見が余裕の表情で優を見下す。対照的に、桜は必死で優を止めようとする。本当なら力づくで止めたいが、未だ宙づり状態のためそれができない。
大神が軽く舌打ちをしてから神田を見た。神田は、傷だらけになりながら人見に向かっていく優を驚愕の表情で見ていた。
「神田! 優を止めろ!」
「は、はい! マイ・マスター!」
大神の言葉で我に返った神田は優の元に走って行った。
神田は優の傍に着くと、優の隣にしゃがんで優の両肩を掴んだ。
「優さん! その体では無理です! やめてください!」
「邪魔を……するな!」
「きゃあ!」
優は前を向いたまま神田を突き飛ばした。異能によってリミッターを外しているため神田は壁に背中を打ち付けた。
「オレは……人見を、斃す……!絶対に……!」
「そんな……。なぜ、なぜそこまで……」
桜はわからなかった。優が人見によって傷だらけになり、仲間である神田の制止を振り払い、それでも人見を斃そうとする理由が。
そうしている間に、優は人見の近くまで辿り着いた。
「人見……、お前は、ここで……!」
「変わらないね、優。君は昔から何があってもあきらめようとしなかった。君のその覚悟。そして君の力。本当なら君は『コード:07』なんてものに縛られるような存在じゃない」
「だま、れ……!」
優が人見の足に向かって手を伸ばした。しかし、その手が人見の足を掴むことはなかった。
「だけど、今の君は邪魔なだけだ。大人しく寝ていなよ」
「がはっ!」
人見が優の顎を蹴り上げた。優はそのまま人見からどんどん離れていった。
「夜原先輩!」
「優さん!」
桜と神田が叫んだ。神田は再び優の傍に急いだ。優は力なく仰向けに倒れている。しかし、優はすぐに肘でバランスを取りながら上半身を起こした。その眼には、未だに強い意志が感じられた。
「ま、まだだ……!」
「優さん! それ以上動いては駄目です! 本当に死んでしまいます!」
神田が涙を流しながら説得する。しかし、優は止まらない。
「絶対に、斃す……! オレ……が…………」
それ以上、優の言葉は続かなかった。優の上半身は、さっきのように床と背中を合わせている。強い意志を宿していた眼も、力なく閉じられている。
「優さん! しっかりしてください! 優さん!」
神田が優の体を揺さぶる。しかし、優が目覚める気配はない。
「そんな……。夜原先輩……? 嘘、ですよね……? 夜原先輩!」
桜が信じられないという顔で叫んだ。その目からは大粒の涙が流れていた。
「落ち着け! 神田!」
「ッ……! はい! マイ・マスター!」
大神の言葉で冷静さを取り戻した神田が優の呼吸や心音を確認する。
「……よかった。気を失っているだけのようです……」
「……そうか」
「よ、よかった……。本当に……!」
神田の言葉で大神も安堵の表情を浮かべていた。桜も同様だ。
「なーんダ。やっと死んだと思ったのニ」
「フフフ……。素直じゃないですねぇ、刻君。素直に生きててくれて嬉しい、と言ったらどうですか?」
「ハア!? なんでオレがそんなこと言わなきゃいけねーんだヨ!」
「しかし、状況の悪さは変わりません。私たちはここから出られませんし、優君も戦闘不能。大神君一人でどうするつもりなんでしょうねぇ。ゾクゾクしてしまいます」
「なに楽しんでやがんだ! この変態!」
箱の中では刻と平家がもめていた。箱の外の状況は見えないが、聞こえてくる音や声で状況を把握することはできるのだろう。
「私の攻撃を受けて気を失う程度で済むとはね。さすがは優といったところか。でも、これで邪魔者はいなくなったことだし、私と少し話をしようじゃないか。大神君」
「……なら、はぐらかすのはやめていい加減本当のことを言ったらどうですか?」
大神が人見と対峙し、神田も桜の救出に向かった。その時、優の意識は闇へと沈んでいた。
(オレは……どうなったんだ……?)
優がいた場所は闇だった。自分以外誰も存在しない、闇以外の色もない孤独な世界にいた。優は、そこで仰向けに倒れていた。
(そうだ……。人見の攻撃を受けて、それでも向かっていったらまた攻撃されたんだ。くそ……思いきり人の顎蹴りやがって……)
徐々に思い出して、自分の状況を把握した優。すると、どこからか声が聞こえてきた。だが、それは鮮明なものではなくどこか聞き取りづらかった。
(なんだ……? 聞いたことがある声だ……)
声がした方を見ると、そこには二人の人物がいた。その二人の周りだけ、闇以外の色があった。その顔と周りの色は、優がよく知るものだった。
(あれは、昔のオレ……。そして、人見……いや。この時はまだ……人見さんだった)
そこにいたのは優と人見だった。服装は違うが、顔はほとんど今と同じだ。これは、優の記憶だった。
(懐かしい……。あの頃、よく人見さんの昼寝に付き合ったっけ……)
優が彼らの声に耳を傾けた。すると、その声は徐々に鮮明なものとなっていった。
「いつもすまないねぇ、優。私の昼寝に付き合ってもらって」
「構いませんよ。オレも昼寝は嫌いではないですし」
川原の近くにある草むらで横になる二人の男。一人は長い髪を後ろで団子のように束ねていて優男という印象を受ける顔立ちをしている。もう一人はそこまで髪は長くない黒髪で優男と比べるとまだ幼さが残る顔立ちだった。
「嫌いじゃないってことは好きってことだろう? 素直にそう言ったらどうだい? 優」
「意味が変わらなければどっちでもいいでしょう。ていうか、ちょっといいですか?」
「ん? なんだい?」
優と呼ばれる男が上半身を起こした。そして、優男の方を見る。
「なんで呼び捨てなんですか? 大神は君付けなのに。ナンバーはオレの方が下なんですから大神が君付けならオレも君付けになるんじゃないんですか」
大神というのは彼らの仕事仲間だ。優男は仕事仲間の中で彼だけは君付けで呼ぶ。その理由を問われた優男は、寝転んだまま答えた。
「彼がまだ私を超えてないから、だよ。それに、君の場合はナンバーの上下なんてそんなに関係ないだろう?」
「それはそうですけど……」
ナンバーというのは彼らの仕事で大きな意味を持つものだ。それは簡単に言うならちょっとした上下関係を表すものだが、優の場合は少し特殊なのだ。
「だとしても、オレは自分が大神より上だなんて思わないですよ。本気で戦ったらオレは負けます」
「……『あの力』を使ってもかい?」
「ッ……!」
『あの力』。その言葉を聞いた瞬間、優は優男から目をそらした。優にとって、それは触れられたくないものだった。しかし、優男はそのまま話を続ける。
「君が『あの力』を使えば、私を斃すこともできるだろう?」
「……過大評価しすぎですよ。それはありえません」
「うん。私もそうだと思うよ」
「ハァ……。あなたって人は……」
ため息をつくと、優は再び横になった。少しの間、二人の間に沈黙が流れた。すると、優男が優の方に顔を向けた。
「そういえば、優。『彼女』は元気かい?」
「『彼女』? ……ああ。あいつのことですか」
優男が言う『彼女』が誰だか理解した優は、急に眉をひそめて目を閉じた。
「……知りませんよ。最近は連絡してないですし」
「嘘はいけないな、優。二日前、君は誰に電話してたのかな」
「な!? 聞いていたんですか!?」
「さあ、どうかな?」
再び優が上半身を起こして優男を見た。目を見開き驚愕の表情を浮かべている。対して優男は笑顔を浮かべている。
「まったく……。あなたにはやっぱり敵いません」
「改めて言わなくてもわかってるくせに。なんてね」
「……元気ですよ、あいつは。相変わらずうるさいですけど」
優男の軽口に付き合ってられなくなったのか、優は前を向いて簡潔にさっきの質問の答えを述べた。
「君は本当に優しいね。毎月『彼女』に電話しているんだから」
「それは……別にオレがあいつを気にしてるとかじゃなくてですね……」
「まあ、深くは聞かないよ。それに関しては君たちの問題だ」
そう言うと、優男は優同様に上半身を起こした。そして、真剣な表情になり優を見た。
「だけどね、優。その優しさが仇になる時が来たら、君はどうする?」
「……なんですか、急に」
「例えばだ。もし私が敵の異能者の手に堕ちて君たちの敵になったとしたら、君は私を殺せるかい?」
そんなことはあり得ない。優はそう言おうとしたが、優男の真剣な眼を見てやめた。これは真剣な問いかけだと理解して、優も真剣な表情になって答えた。
「……殺しますよ。容赦なく。たとえ『あの力』を使ってでも」
「…………」
「…………」
二人の男の間に再び沈黙が流れた。それを打ち破ったのは、また優男だった。
「よろしい。それが正解だよ。やはり君はもう一人前だよ」
「ありがとうございます。まあ、そういう訳ですから悪に堕ちるときは遠慮なく堕ちてください」
「私が悪になるの前提はやめてくれないかなぁ。悲しくなってくるよ」
「冗談ですよ、人見さん」
その後、優と優男……人見は再び横になって眠った。
そして、この日から数日後。人見は『悪』となった。自らの意志で……彼は堕ちていった。
「う……」
少しずつ視界が大きくなっていった。最初はぼやけていたが、徐々にはっきり見えてきた。そこに映ったのは二つのよく知る顔だった。
「優さん! 目が覚めたんですね!」
「夜原先輩! 大丈夫ですか!?」
「ッ! 近い! 離れろ!」
優は慌てて顔をそらした。それも、女性と目を合わせ続けると倒れるという彼の特性のせいだ。
「あ、すみません……」
「すっかり忘れていました。すみません」
声をかけた二つの顔。神田と桜が謝罪した。すると、遠くから別の声がした。
「おはよう、優。ちょうどいい時に目を覚ましたね」
「この声……そうだ! 人見!」
優は思い出した。自分は大神たちと共に人見のアジトに乗り込み、人見と戦っていたということを。優は急いで上半身を起こした。
「優さん! 無理をしては……」
「心配ない。……『束脳・反転』」
優が起き上がりながら異能を発動させた。すると、優の体にあったかすり傷などが少しずつ消えていった。
「ッ……! 自己回復能力の強化、ですか……」
神田が驚愕の表情を浮かべる。しかし、次の瞬間には優がその表情を浮かべていた。
「大神!」
上半身を起こした優が見たのは、人見の前で倒れた大神だった。その体は小刻みに震えている。
「ついさっき大神君がロストしたところだよ。刻と平家もまだ箱の中だ」
「な……!?」
人見の口から語られたのは最悪としか言えない状況だった。さらに、人見の言葉が終わるのとほぼ同時に優の耳にある音が響いた。
「この音は……爆発!?」
「ああ、君は気を失ってたから聞いていなかったか。この爆発は、私が全国に仕掛けた爆弾だよ」
「何!?」
「私は君たち『コード:ブレイカー』を使い捨てのコマのように扱って来た藤原総理を処刑する。それと同時に、5万人の一般人にも死んでもらうことにしたんだ」
人見が語った驚愕の真実。その事実を聞いた優は、人見を睨みつけて大声を出した。
「ふざけるな! なんでそんなことをする!」
「……恐怖だよ。恐怖は人の記憶に最も強く残る。だから私は彼らに恐怖を刻みつけ、求めさせる。悪を裁く存在を……君たち『コード:ブレイカー』を! 私は『コード:ブレイカー』を『存在しない者』ではなく、『存在する者』にする! もう誰も! 孤独に死なせないために!」
「な……!? そのために悪に堕ちたって言うのか……!」
まさかの答えに優は目を見開いた。だが、人見の答えはあまりにも彼らしかった。彼の裏切りは、彼の優しさ故だったのだ。
「ふざ、けるな……!」
「大神……!」
突然、大神が口を開いた。震える体を何とか立たせようとしている。
「優……! オレたちは、『コード:ブレイカー』だ……! オレたちは自ら望んで、『存在しない者』となった……! そんなオレたちに……そんな救いは必要ない!」
「大神……」
大神の言葉に優は何も言えなかった。大神の言葉に間違いはない。それは優も理解できていた。それでも、優の心は揺れていた。人見の言葉と大神の言葉の間で優は揺れていた。
「大神君……。君は本当に真っ直ぐだね。本当に真っ直ぐな眼をしている。……正直イライラするんだよ。君のその眼は。君だって本当は気付いているんだろう? 『コード:ブレイカー』がいくら悪を裁いたところで意味はないって。……その未だにギラギラし続ける眼。そろそろ消しズミとなってもらおう!」
「ッ! 大神!」
「マイ・マスター!」
人見の手が『電力』をまとい大神に向かっていった。優は迷っていたことで反応が遅れ、ただ大神の名を叫ぶことしかできなかった。
人見の『電力』が大神に迫る────!
「……なに?」
しかし、次の瞬間には人見の手から『電力』は消えていた。
「…………」
原因は桜だった。桜がいつの間にか人見の後ろまで移動し、人見に後ろからハグしているのだ。珍種に触れられたため、異能である『電力』が消えたのだろう。
すると、桜は人見の背中の匂いを嗅ぎ始めた。
「人見先輩殿は原っぱの匂いがするぞ!」
桜が叫んだ。その顔は真っ直ぐと人見に向けられ、その目も真剣な眼差しで人見を見ていた。
「神田先生はマシュマロみたいに柔らかくて、甘くていい匂いがするぞ! 刻君は指先はいつも冷たいけど首筋とほっぺはぽかぽかしていて生まれたてのヒナ鳥みたいなんだぞ! 夜原先輩はいつも硬い感じだけどプニプニの肌をしていてすごくあったかいんだぞ!」
「え……!?」
「ヒナ……」
「プニプニって……」
神田、刻、優の三人はあ然とした。構わず桜の言葉は続く。
「大神は……あいつは、口は悪いし冷たい……。いつも能面みたいな笑顔をしている。……けど! あいつの体は……心はいつも熱くて、太陽みたいにギラギラ輝いているんだぞ!」
「…………」
大神が驚いたような顔で桜を見る。彼女の言葉が、あまりにも意外すぎたのだろう。桜は人見の服をギュッと掴んで続けた。
「本当の名前とか何をしてきたとか、そんなこと私は知らん! でも! 私はみんなの熱さや匂いを知っている! それなのに存在していないなんて、悲しいことを言うのだ……! 私はみんなのことを忘れないぞ! 絶対に忘れてやるもんかー!!」
桜がハグしている両腕に力を込めた。人見は何も言わない。ただ、背中越しに感じる桜の心臓の音を感じていた。
「人見先輩殿も大神に負けないくらい熱いぞ! それは総理も町の人々も同じです! だからもうこんなことは……」
「だから何だ…………」
桜の体が宙に浮かんだ。人見に首を絞められながら持ち上げられたのだ。
「ッ……!」
空中のため、桜は何の抵抗もできずに人見に首を絞められていた。人見は異能もかなりのものだが体術もかなりのレベルだ。その人見に首を絞められ、桜の表情は苦しみによって支配されていた。
「桜小路さん!」
「くそ……!」
神田が叫んだ。そして、優が人見に向かって走った。まだ完全に回復しきっていなかったが、そんなことはまったく気にしていなかった。
「君も死んで忘れ去られるがいい……!」
──その時。人見の手で苦しむ桜を目の前で見た『彼』の中にある声が響き、目に映る光景が変化した。
『滅せ!!』
声が響いた。
『滅せ……』
耳に聞こえたのではない。
『悪を滅せ……』
頭の中に直接響いている。
『その手ですべて……』
ほとんど無意識だった。
『燃やし尽くせ!!』
『彼』の左手から、その枷が外された。
「ッ!」
優の目の前に、今まで見えなかった色が広がった。さっきまでなかった『青』が人見の足元から現れた。
「なっ……!」
突然のことに人見も驚愕の表情を浮かべた。すぐに桜を放し、その場から離れた。さっきまで桜の首を絞めていた手の指からは、チリチリと火傷による痛みが感じられた。
「Ey
『彼』……大神は静かに立ち上がり、その声を響かせた。
CODE:NOTE
Page:3 “エデン”
『コード:ブレイカー』に指令を与える謎の組織。実態のほとんどは謎だが、一般的に知られていない政府の組織であるらしい。『コード:ブレイカー』に裁きの指示を与え、彼らが裁きを行った後は政府の組織としての絶大な権力やあらゆる方法を使って情報操作を行い真実を隠す。『コード:ブレイカー』の中には“エデン”を快く思っていない者も多い。しかし、彼らが人々に知られることなく裁きを行えるのは“エデン”の力あってのこと。
※作者の主観による簡略化
自分たちは陰に隠れて傍観するという悪徳代官みたいな人たち。