CODE:BREAKER -Another-   作:冷目

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違う作品ですが、ヒロアカついに終章開始でテンション上がるような寂しいような……
とりあえず今週話最後のデク君がカッコよかったです





code:X-4 無~Invisible~〈2〉

 「んじゃ、先攻後攻決めっか。何で決める?」

 「烏丸さんにお任せします」

 「りょーかい。じゃ、コイントスで決めるとするぜ」

 「じゃあ、裏に賭けます」

 司会によるルール説明も終わり、いよいよ試合開始となった。先攻後攻を決める話し合いを始めると、烏丸は「コイントスで決めよう」と言いながら500円玉を器用に右手の親指で上空へと弾き、そのまま右手甲へと落ちると同時に左手で隠した。流れるような手つきから、手馴れたものであることが伺える。

 「えーっと……裏だな。アンタが先行だ」

 烏丸が左手をどけると、500円玉に掘られた「500」の文字が上を向いており、優の先攻が決定した。

 『どうやら先手は夜原に決まったようです! それでは制限をお選びください!』

 「『痛み』」

 『了解しました! それでは中央の台座へと移動してください!』

 迎えた最初のラウンドは『痛み』を選んだ優。司会に言われた通り、中央の台座へと向かっていくとスタッフと思われる黒服の男が現れ、優の右手に黒いリストバンドを装着した。おそらく、不正が無いよう目隠し等は彼らがプレイヤーに装着させるのだろう。

 『さあ、それでは試合開始です! 先手の夜原、『痛み』に耐え高得点を狙えるか!』

 ──ビリッ!!

 (……なんだ、こんなもの(・・・・・)か)

 『痛み』によって流れる電流は身体に害がない程度とはいえ、常人ならば普段通りにダーツを投げることは難しくなるレベルだった。だが、優は『コード:ブレイカー』であり、これとは比べ物にならないほどの痛みをその身に受けることもある。結果として、彼にしてみればこの制限は完全にノーリスクと呼べるほどだった。

 ──カッ、カッ、カッ!

 『おっと、夜原! まるで『痛み』に惑わされる様子も無く180! 倍率は2倍のため、360点を取得しました!』

 「随分と痛みに強ぇーみたいだな。ここの胴元にゃ敵わねーだろうけどな」

 「……講談組の若頭と張り合う気はありませんよ」

 「そりゃそうだ。んじゃ、オレは『目』を選ぶぜ」

 続いて後攻の烏丸は『目』を選び、先ほどの優と同じように台座に立つと黒服の男が烏丸に目隠しをつけた。ダーツ台は真正面にあるとはいえ、視界を遮られた状態でダーツなど普通ならば不可能だが……

 ──カッ、カッ、カッ!

 『なんと烏丸! 目隠しをしていたというのに難なく180! 同じく360点を取得です!』

 そんな常識は彼には通用しないようで、一切迷ったりすることなく3投を終え、最高得点を当然かのように叩き出した。これには観客たちからも一気に湧き上がり、拍手と声援を送る。まあ、目に見えない電流と比べて目隠しというわかりやすい制限のため、観客たちも凄さがわかるのだろう。

 『さて、第1ラウンドは互いに360点! 同点にて第2ラウンドへと移ります!』

 「……『目』」

 第2ラウンドへと移ったが、優は第1ラウンドと同じように制限一つのみを選んだ。目隠しをかけられたことで視界は暗闇に包まれるが、彼は普段から夜に仕事(・・)をすることが多い。つまり暗闇には慣れており、気配で相手の位置を把握する。それは無機物に対しても有効であり、どの位置に何があるかは視界を遮られていようとわかる。

 『180! 烏丸と同じく、目隠しをした状態でもまったく迷いがありません!』

 「やるじゃねぇか。オレは『痛み』だ」

 総得点720点となった優だが、欠片も油断はしていなかった。子どもの頃とはいえ、烏丸の実力は近くで何度も見てきた。それに、その時の実力が彼の全力だという確証もない。油断など、間違ってもしてはいけない相手なのだ。

 「いでででで!? お、おい! これって身体に絶対、悪影響だろ!? このまま片腕麻痺とかになったら笑えねーぞ!!」

 「人体に影響はない程度には抑えてありますので」

 「嘘だろ!?」

 ……多分。

 黒服に対して電流の強さについて文句を言う烏丸を見ながら、優はなんとか気を引き締めようとした。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 『180! 夜原、3ラウンド目でも勢いは止まりません! かけていた制限は『目』なので、総得点は1080点となりました!』

 (……そろそろ、『回転』や二つ選びを始めないとか)

 今の戦況としてはまったくの同点。第2ラウンド、電流の強さについて騒いでいた烏丸だったが結局は180……360点を取ってみせた。(まだ痛みが残っているのか、煙草を吸いながら時々手に息を吹きかけているが)

 そして迎えた第3ラウンド、優は再び『目』を選んだ。一瞬、『痛み』か『縮小』も選ぼうかとは思ったが、まだ堅実にいこうと考え、結局は『目』一つとなった。

 「烏丸さん、終わりましたよ」

 「あ、ああ。ちっとだけ待ってくれ。フー、フー……」

 (……そんなに強い電流だっただろうか?)

 痛みに関しては一般人なため、烏丸の反応は普通なのだ。逆に言えば、優の痛みに対する耐性が一般人のはるか上をいっているというわけだ。

 「あー……やっと普通になってきた。こりゃ、『痛み』に関しちゃ後半に残したくねーな」

 「じゃあ、また『痛み』ですか」

 「……そうだな、

 

 

 

 

 

 

 

 

 『痛み』と『縮小』だ」

 

 

 

 

 

 

 

 

 「ッ!」

 やはり……という言葉が真っ先に浮かんだ。やはり、この男を相手に油断などもってのほかだ。先ほどまで残った痛みに悶えていた姿とは打って変わり、その姿からは圧倒的な自身が溢れていた。

 『なんと! ここで烏丸、初の制限二つ! 『痛み』と『縮小』を選びました! 電流が流れる状態で、半分ほどの大きさとなったボードを狙ってもらいます!』

 黒服が二人現れ、片方は烏丸に目隠しを、もう一人はダーツ台のボードを取り外して明らかにサイズが小さいボードへと取り替えた。大きさが半分ということは、シングル、ダブル、トリプルの範囲も狭くなっているというわけだ。こうなると、トリプルには3投を投げ切ることも難しくなる。

 「ちっくしょ、痛ぇーな……。んで、小っさ過ぎて目も痛くなってくるぜ……」

 リストバンドから流れる電流の痛みに耐えながら、目を細めて狙いを定める烏丸。会場の誰もが「さすがにこれは……」と思ってしまうような状況。

 しかし、“迷路の悪魔”にとっては容易いことであった。

 ──ヒュ!

 『──180!! これは素晴らしい! 烏丸、見事にパーフェクト! 総得点は……1880点となりました!』

 「あんな小さいところに……さすがですね」

 「へっ、あんま褒めるんじゃねーよ。似たようなことならやったことある(・・・・・・・・・・・・・・・・)ってだけだ」

 「……似たようなこと?」

 「道に迷った挙句に入ったダーツバーでイカサマ勝負ふっかけてきたバカがいてな。ソフトダーツだったんだが、ボードの穴を塞いで矢が穴に入らねーようにしたんだ。だからオレはすでに矢が入った穴に矢の先端を折って詰め物にして、その閉じなくなった穴に狙って入れるようにしたってわけだ」

 「……今でも迷子になってるんですか?」

 「気にするとこ、そこかよ……。そこはスルーしとけ」

 「けど……納得しました。ソフトダーツの穴なんて小さいところも狙えるなら、ほとんどハンデになりませんね」

 ダーツにはハードダーツとソフトダーツとある。ハードダーツは今回の勝負でも使われている、矢の先端の針を突き刺すタイプで、ソフトダーツは烏丸が言ったように無数に空いている穴にダーツの先端を通すというものだ。

 ダーツの先端という細い部分にぴったりフィットするため、ソフトダーツの穴も当然ながらとても小さい。だが、烏丸はその穴単位で狙って投げることが可能だというのだ。ならば、サイズが小さくなったダーツ台などなんの問題にもならない。

 「さ、ようやく点差がついたな。お前も二つ選んどくか?」

 「…………」

 今、二人の点差は800点。何の制限を、いつ、いくつ選ぶかによっては逆転は可能な点差だが、今は4セット目でようやく折り返し地点というところだ。ここで慌てて点差を埋めにいっては、いざ終盤になった時に追いこまれたなら完全に打つ手がなくなってしまう。

 「……『縮小』。それ一つだけで」

 「……へぇ」

 優が選んだのは3倍の倍率である『縮小』一つ。これではたとえ180を取ったところで二人の間にある点差を完全に埋めることはできない。

 (だが、今は(・・)まだそれでいい)

 今はまだその時ではない、と考えつつ、優は構える。『縮小』専用のボードのサイズは先ほどの烏丸のプレイで目の当たりにしているとはいえ、いざ自分がそれでプレイするとなると話は変わる。瞬きの一瞬ですら狙いがずれそうになる小ささに鋭い視線を送る優。

 だが、忘れてはいけない。彼はその気になれば、飛んできた銃弾を銃弾で狙い撃つことすら可能だということを。

 

 

 

 

 

 

 

 

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 ──

 

 

 

 

 

 

 

 

 『烏丸、180! 選んだ代償は『目』のため総得点は2240となります! 夜原は『縮小』を選んで180を取得しましたが、二人の点差は2240と1620! その点差はいまだ開いております!』

 「はっ……つっても徐々に縮まっているがな」

 「オレが負けていることには変わりありませんよ」

 「そりゃあな。じゃあ、ここらで逆転の一手でもやる気か?」

 「……そうですね」

 第4ラウンドは結局、優は『縮小』、烏丸は『目』を選びどちらも180を取ってみせた。だが、司会の言う通り二人の点差は開いている。終盤に逆転の芽を残しておくのも肝心だが、あまりに点差が開きすぎてしまうとそれすらも絶望的になるため、そうなるとこの辺りからお互いの選ぶ代償は重要になってくる。

 そんな局面である第5ラウンド……優はついに選択した。

 「『回転』。とりあえずは逆転を目指します」

 『おおっと! ここで夜原、ついに『回転』を選びました! 高速で回るボードを相手に、果たして高得点を狙えるか!』

 司会が喋り終えると、ボードが少しずつ回り始めその勢いは強くなっていく。そして……

 ──ゴオオオオ!!

 最終的にはもはやボードの端に書かれている得点の数字などさっぱり読めなくなるほどのスピードで回っていた。ルール説明の時に披露された『移動』と比べるとインパクトは負けるかもしれないが、この高速回転には観客たちもざわつき始める。

 「おいおい、なんだアレ……。あんなの、高得点どころか刺さるかどうかも怪しいんじゃ……」

 「こっから見てても目が回ってくるぜ……」

 そんな観客たちの動揺をよそに、優は静かに構える。その眼力は今まで以上に鋭く、なんとか目の前で回り続けるボードを見極めようとする。

 「…………」

 その集中は会場全体にも伝わっており、観客たちも固唾を飲んでそれを見守る。よって、会場には回転するボードの音のみが響き渡る。

 そして、優が構えに入ってから数十秒が経ったその瞬間……動いた。

 ──シュ!

 ようやく優の手から一投目が放たれ、真っ直ぐ放たれたダーツは回転するボードに命中する。その後も慎重に時間を置いてから残りを投げる優。全て投げ終えたところで、ボードは徐々に失速を始めどこに命中したかが明らかになる。

 

 

 

 

 

 

 

 

 だが……

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 「……ッ!?」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ボードに刺さったダーツの3本の内、1本だけが他2本とは離れた位置にあった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 「こ、これは! 夜原、ここでパーフェクトならず! ですがこれは驚くべき結果! 20のトリプルに2本! 14のトリプルに1本! あの高速回転するボードながら、全てトリプルに命中させ、162点を獲得! さらには『回転』の倍率でその点数は5倍! 810点が追加され、2430点となりました!」

 ──ウオオオオオオ!!

 難関と思われた『回転』から、パーフェクトとはならなくとも全てトリプルという結果に観客たちは今まで以上の盛り上がりを見せる。だが、そんな盛り上がりとは正反対に、優は苦虫を噛み潰したような表情で戻っていった。

 「……ま、よくやった方じゃねーか? これで逆転はできたわけだしな」

 「またすぐ追い越される範囲です。逆転とは言えません」

 「そーかよ」

 『さて、ここで逆転を許した烏丸! 代償は何を選ぶのか!』

 「……あー」

 煙草を口から離し、煙を吐きだす烏丸。そして、その煙草を灰皿に押しつけながら……彼は宣言した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 「オレも『回転』だ」

 「ッ!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 『なんと! ここで烏丸も『回転』を選択!』

 ──オオオオオ!!

 まるで優に対抗するように、同じく『回転』を選んだ烏丸。その姿に、観客たちも大歓声を上げる。だが、彼の対戦相手である優にとってみればかなりのプレッシャーだった。

 烏丸が準備を終えると、再び高速回転を始めるボード。その速さは優の時と変わりはない。しかし、それを目標に構える烏丸は今までと何ら変わりない。むしろ、どこか余裕を感じさせるようだった。

 「……なぁ」

 「……?」

 構えながら、ふと口を開く烏丸に優は思わず怪訝そうに眉をひそめる。すると、彼からは信じられない言葉が紡がれた。

 「悪いが、オレはこれよりもタチが悪いヤツを経験してる(・・・・・・・・・・・・・・・・・・)

 そう言って、烏丸は放った。その時、彼の眼はどこか寂しげなように見えた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 『…………』

 ──シーン

 『……ひゃ』

 ──ざわ、ざわざわ

 『ひゃ、180ゥゥゥゥ!!』

──ワアアアアアアアアアアアアアア!!

 「ッ……!」

 なんと、烏丸はあのボードから180を取ってみせた。まさに神業とでも呼ぶべきその腕前に、思わず司会も点数を読み上げるのを戸惑ってしまった。しかし、我に帰った司会が点数を読み上げたことで、会場はとんでもない盛り上がりを見せた。

 『これで烏丸、3140! さすが常勝不敗の帝王! 帝王としての貫禄を見せつけ、再び夜原と点差を大きく開いて見せた!!』

 一度は逆転を許したが、再び先ほどまでとほぼ同等の点差をつけられ、優は思わず拳を握る。過去の経験から、烏丸の実力が人並み外れて高いことはわかっていた。

 だが、これに関しては完全に優の予想を上回っていた。もはや、この烏丸という男の実力の底などさっぱり見えなかった。

 「……チッ」

 しかし、当の烏丸はというと戻って早々に舌打ちをすると新たな煙草を取り出して火を点ける。あんな神業染みたことをやった後だというのに、まるで普通に打って戻ってきたかのように。

 「……さっきの」

 「あ?」

 「投げる直前に言っていた、これよりタチの悪いヤツを経験している……というのは?」

 そんな男を前に、優は先ほど烏丸が言った言葉について尋ねる。本来なら、烏丸に追いつくために戦術を練らなければならないが、優の意識はそちらには一切向いていなかった。

 「……少し前だがな」

 そして、烏丸は煙を吐きだしながら尋ねられたことに対して答え始める。どこか遠くを見るように、上を見上げながら。

 「あんなマトモなボードじゃなく、ぐにゃぐにゃにひん曲がった上に回転するボードでやったことがある。それと比べりゃ、マトモな形してる分こっちのが簡単だったわけだ」

 「……なるほど」

 優は、それ以上は聞かなかった。烏丸の様子からして、その記憶には何か(・・)あると直感的に感じた。決して、興味本位で踏み込んではいけない領域であると……察した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 その後の第6ラウンドでも、優は烏丸に追いつくことはできなかった。むしろ、先ほどの『回転』で180を取れなかったことと烏丸の予想以上の実力の高さに驚いてか、より高得点を狙える『移動』などを選ぶことを躊躇してしまい、『痛み』を選んで360点を得るのみで終わった。

 「……なんだ、もう諦めたのか」

 「…………」

 烏丸のその言葉に、優は返す言葉がなかった。任された仕事のためにも、あっさりと負けを認めるわけにはいかない。だが、こうなると試合は諦めて別の方法でターゲットに近づく術を考えた方がいいのでは……とも考え始めていた。

 「……ハァ」

 だが、そんな優を見て烏丸は心底つまらなそうにため息をついた。自身の番のため、投げる舞台である中央に向かい、優とすれ違う……その瞬間。

 「オレたちがいるこの世界じゃ、ダーツの腕自体はそこまで重要じゃない」

 「……え?」

 「なにせ、普通にダーツをやりゃまず外すことなんかねぇ。今回みたいに変なルールがなければな。だから、オレたちが試されるのはダーツの腕じゃない」

 「……じゃあ、何を」

 「…………意思の強さ。ハッキリ言って、ガキだった頃のお前の方がまだ強かったぜ」

 「──ッ!!」

 その言葉を聞き、浮かんだのは烏丸と初めて会った時のこと。家族の死をきっかけに、何に対しても関心を示さなかった優が、なぜダーツに引かれたのか。

 いや、なぜ烏丸のダーツ(・・・・・・)に引かれたのか。

 (……そうだ)

 それは、決してダーツを投げる様が家族の仇に一矢報いるための足がかりになると感じたのが全てじゃない。

 (オレは、あの時……)

 子どもながらに感じた、ダーツを投げる瞬間の烏丸から感じた……

 (この人の……意思の強さに引かれたんだ)

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 『見事180! 烏丸、『縮小』を選んだため3680点となります!』

 「……ん?」

 「…………」

 自分の番を順調に終えて戻る烏丸だったが、その視線の先にいる優は先ほどとはまるで別人だった。今の彼からは、並々ならぬ意志が感じられた。

 「まだ諦めていない」……たとえ言葉にせずとも、優が放つ雰囲気がそう物語っていた。

 「……ようやく目が覚めたか?」

 「ええ、ありがとうございます」

 「対戦相手に礼を言うとはな。だが、どうすんだ? こっから逆転するには……」

 「わかってます」

 そう言って、優は烏丸の横を通って中央へと向かった。そして、中央に立った彼は何度か深呼吸を繰り返し……堂々と宣言した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 「『縮小』。そして……『移動』」

 

 

 

 

 

 

 

 

 ──ざわ!

 『な、なんと夜原、ここでついに二つの『対価』! しかも最高の倍率である『移動』を選択! さらに『縮小』……これはかなりのリスクがあります!』

 そう、『移動』はボードが動くだけでなく優が今立っている中央の台座も回る。さらにボード自体が小さいものに変わる『縮小』も同時となっては、その難易度は倍以上に跳ね上がる。

 そんな優の選択を聞いて、烏丸も思わず口角が上がる。

 「……ハッ、大きく出たな。大丈夫か? 『回転』でも180取れなかったお前が、『移動』と『縮小』の二つ同時なんて」

 「……どうでしょうね」

 「おいおい……」

 確信はない。烏丸の言う通り、『回転』で180を取れなかった優にとってそれより倍率が高い……つまり難易度が高い『移動』を選ぶこと自体、不安要素の方が多い。現に、観客席から聞こえる声に耳を傾ければ「ヤケになったか」などとの言葉もちらほらと聞こえていた。

 だが、今の優は決してヤケになったわけでも、勝負を諦めたわけでもない。

 「ただ……今は外す気が無い。それだけです」

 その言葉と共に構えた優、同時に『縮小』用のボードへの交換が終わり『移動』のギミックが動き始める。台座が回転することで少なからず身体に感じる空気抵抗での姿勢のズレ、そして回転する景色の中に現れては景色から消える動くボード。

 しかし、優は視線や構えた腕を崩すことは無い。ただ静かに……自分が投げるべきそのタイミングを見計らっていた。

 そして…………

 

 

 

 

 

 

 

 

 ──ヒュ

 

 

 

 

 

 

 

 

 運命の一投が、放たれた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 『……え?』

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 司会の口から思わず漏れた声。それは、目の前で起きたその光景が信じられないためだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 投げ終えたことで、徐々に減速を始めて所定の位置に戻るボード。そのボード自体が小さいため、観客たちも目を凝らさないとその結果は見えない。

 

 

 

 

 

 

 

 

 だが、観客たちがその結果を目にするよりも早く、司会からの言葉でその結果が伝えられた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 『ひゃ、ひゃ…………180ゥゥゥゥ!?』

 ──ざわ!!

 その言葉に、観客たちは歓声よりも先に動揺の言葉が走った。

 絶望的と思われた状況。だが、現実はどうだろう。その絶望的な状況は……すでに覆されてしまっていた。

 ──オ、オオ、ウオオオオオオオオオオ!!!

 「……烏丸さん」

 地響きを感じるほど圧倒的な完成の中、優は烏丸に告げる。

 そう、まだ勝負は……終わっていない。

 「オレは……勝ちます」

 

 

 

 

 

 

 

 




次回、決着です



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