書いてる時に気づいたのですが、人見篇ってすごく短いです。
人見が好きな身としてはちょっと寂しいような……。
そんな複雑な感情を持ちながら書きました。
「さあ、どうする? 総理を渡せばお友達は無傷で返そう。さもなくば全員死んでもらうけどね」
深夜の輝望高校の外階段。人見から藤原総理を護るために集結した大神たち。現在の状況は、人見が異能『電力』で操った大神と桜のクラスメイトを人質にとり総理との交換を要求している。彼らの手には、ハサミや包丁といった武器がそれぞれある。人見の交渉に応じなければ、操られた彼らはその武器で自ら命を絶つだろう。
「と、とりあえず作戦を立てよう。みんなを救う方法を……」
桜が大神たちに提案する。だが、それに同意するものは現れなかった。
「ムリだよ。総理は渡せない。残念だけど人質には死んでもらうしかナイ」
「刻君! なんてことを言うのだ!」
煙草の煙を吐きながら冷静に言う刻に、桜は掴みかかる勢いで反論する。
「もし人質が寧々音先輩でも同じことが言えるのか!」
「ッ……!」
桜に弱いところを突かれ、刻の表情が歪む。『コード:ブレイカー』になったことで、姉弟として接することができなくなった姉・寧々音。だが、それでも刻は彼女のことをいつも気にしていた。今日の昼だって、刻はわざわざ輝望高校の制服を着て潜り込み彼女の様子を探ろうとしていた。そんな刻にしてみれば、その質問は酷なものだった。しかし、刻は表情の歪みをすぐに消して桜に煙草の煙を吹きつけた。
「オレたちは神様じゃネェ。二つのものを同時に護るなんてことはできねぇんだヨ。このバカ『珍種』が」
「刻さん! そんな言い方しなくても!」
吹きつけられた煙で咳き込む桜。そんな桜を神田は支えて刻に意見する。彼女の立場上、あまり強くは言えないが。
すると、優が桜と刻の間に入った。
「刻の言う通りだ。オレたちが護るべきは藤原総理。誰が犠牲になっても護らなければならない。それに、こうなったのはこいつらが操られた神田からの連絡を疑いもせずにノコノコやってきたから。……自業自得だ」
「優さんまでやめてください! あの子たちは悪くありません!」
優の冷酷な言葉に、神田が声を荒げる。しかし、優はそれを無視して考え始めた。先ほど、桜に煙を吹きつけた刻も同様だ。
(……仮にだ。桜小路をあいつらのところに送り込んで『珍種』ハグ攻撃で元に戻させるとする。だが、それでは全員は救えない。せいぜい一人……多くて二人だ)
(人見に隙でもない限り、全員救うなんてのはムリな話ダ。……どうやったって)
優と刻が、それぞれ頭の中で考えて結論を出す。二人の考えは間違っていなかった。何をどうしても、彼らを救う方法はない。
「早く決めてくれないかな? 私、眠くなってきちゃったよ。このままだと、寝ぼけて殺しちゃうかもしれないよ?」
人見が穏やかに決断を急がせる。すると、一人の少女が前に出た。
「たのもー! 人見先輩殿! あおばたちの代わりに私を人質にしてくれー!」
「な、何を言ってるんですか! 桜小路さん! ダメよ!」
「止めないでください! 神田先生!」
無茶苦茶な申し出をした桜を神田が止める。しかし、桜は構わずに人見の元に向かおうとする。すると、今まで黙っていた大神が口を開いた。
「なぜ……、なぜそこまでするんですか? 彼らのためにそこまでのことをする理由は何ですか?」
大神の問いを聞くと、神田に止められて暴れていた桜はピタリと大人しくなった。そのまま俯き、両手をギュッと握った。
「……お前も知っているだろう。あおばたちが、みんながどんなにいい奴らか。いつでも、誰が相手でも親身になって気遣える優しさを持っている。転入生のお前にだってあんなに優しくしてくれたではないか……! 大事な友達なんだ……! 失いたくないんだ、絶対に……! もう二度と誰も失いたくない!」
「……くだらない」
桜の必死の思いを、大神は冷たい言葉で一蹴した。
「総理とそこのガキ共を交換? あり得ませんね。俺は
大神が左手から『青い炎』を出して人見に向かう。その顔は、悪を裁く時の冷酷な顔だった。
「そうかい。じゃあ交渉決裂。彼らには死んでもらう」
人見が『電力』をまとった右手を出した。その手は指を鳴らそうとしていた。おそらく指を鳴らすと同時に彼らは自ら命を絶つだろう。
「やめろー!!」
桜が叫んだ。しかし、人見の指は止まらない。人見の指にグッと力が込められた。そして……
「ようやく隙を見せてくれましたか」
「……!」
「平家先輩!?」
人見が指を鳴らそうとしたその瞬間だった。突然、平家がどこからか現れて人見の右手を光るムチで縛った。そのせいで、人見の右手は指一つ動かせない。
「燃え散れ。」
「とっ……!」
平家の突然の登場で人見に隙が生まれ、大神はそれを見逃さなかった。『青い炎』で人見を燃え散らすため、人見の頭を掴もうとする。人見はその攻撃を首を動かすことで避けた。だが、完全に避けることはできず頬に軽い火傷を負った。
「踊りなさい」
すると、平家が右手を縛った状態でムチを引いた。人見は逆らうことができずにその場に倒れる。ムチを引いたことで、人見の右手は自由になった。しかしそこに、大神の休むことのない追撃が来る。
「おっと」
人見は右手の指を鳴らした。その瞬間、目が眩むような光が放たれた。大神も思わず目を瞑る。その隙に、人見は大神から距離を取った。
「現役『コード:ブレイカー』の二人と戦えるとは光栄だよ。でも、残念だったね。人質は助からないよ」
人見が再び右手の指を鳴らす。すると、操られているクラスメイトたちはそれぞれが持っている武器で命を絶った……動作をした。
「残念なのはアンタだヨ、人見サン。さっきの間に、武器はオレの『磁力』で没収させてもらったヨ。だが、大神。人質救うのはオレたちの仕事じゃねぇだろうガ。そういうとこマジでウゼェわ」
「刻君!」
刻の手の上には、クラスメイトたちが持っていたそれぞれの武器が浮かんでいた。武器は全て刃物だったので『磁力』で操ることができたのだ。
「なら、私が直接殺すまでだ!」
人見が動いた。『電力』をまとった手をクラスメイトたちがいる方に向けて、手から『電力』を放出した。しかし、『電力』は誰にも当たることなく空中で消えた。
「な……! 一体どこに……!?」
「あいつらならこっちでハグされている」
優が少し前に出て言った。その後ろでは、桜がクラスメイトたちにハグをして人見の異能を打ち消していた。
「そうか……。私が平家と大神君と戦っている間に刻が『磁力』で彼らから武器を取り上げる。そして優が『脳』で脚力を上昇させて珍種……桜ちゃんのところに移動させたのか。これはやられたなぁ。……けど」
人見が困ったような笑みを浮かべながら解析していく。しかし、最後の言葉を言う頃には笑みは消えていた。それどころか、何かをやりきったような顔をしている。
「それはお互い様だよ」
「そ、総理!」
神田が叫んだ方向を見ると、総理が捕まっていた。先ほど人見の手によって焦げ死んだはずのエージェントたちによって。神田も同様で身動きが取れない。
「死んで脳機能が使えなくても私の『電力』の呪縛からは逃れられない。筋肉から直接刺激を与えれば操れるからね」
人見がこめかみをトントンと叩いた。すると、人見の声のトーンが少し低くなった。
「私が欲しいのは藤原総理の死。それこそが誰しもの忘れられない記憶になる」
操られたエージェントの死体が総理を連れて人見のそばまで移動した。そして人見は右手を挙げ、その手に『電力』をまとった。
「それじゃあ、バイバイ」
どうやら逃げるために『電力』で目くらましをするつもりらしい。
「待ちやがれ、人見! そんな奴でも必要としている家族がいるんだヨ!」
刻が人見に向かって走る。しかし、それを止める声が響いた。
「来るな!」
「ッ!」
声を出したのは藤原総理だった。その声に、刻はその場に立ち止った。そして、総理は刻に向かって微笑んだ。
「お姉ちゃんを、寧々音を頼んだよ……」
「な……!」
次の瞬間、光がその場を支配した。光が消えると、人見と総理は消えていた。逃げられたのだ。総理を奪われて。
すると、刻が苛立ち気に大神の胸ぐらをつかんだ。
「テメェが……テメェが人質に余計な情かけたりすっから……! あいつに何かあってみろ……! テメェ、ただじゃおかねえからな……!」
「それに乗ったのは自分の責任でしょう? 私も優君も。そして刻君、あなたもね」
「……チッ!」
刻が大きな舌打ちをして大神から離れる。大神はしばらく黙った後、これからのことを話し出した。
「人見がただ総理を殺すだけが目的なら、捕らえた時点で殺している。それをしないということは、人見は総理を使って何かをしようとしているということだ。……まだ時間はある。それまでに必ず、総理を助け出す」
「あの、マイ・マスター……」
大神が話し終わると、神田が小さく手を挙げた。大神は視線だけを動かしてそれに応じた。
「何だ」
「桜小路さんと『子犬』が見当たらないのですが……」
「「「……え?」」」
神田の言葉を聞いて、大神と刻、そして優はポカンとした。そして、ある考えにたどり着いた。
「まさかあいつ……。人見と総理にくっついていったんじゃ……」
「……おそらく、というよりそれしかないですね」
「おや、今頃気づいたんですか?」
「あの……バカ『珍種』がー!!」
刻の叫びが夜空に響いた。
「汚ったねービル。本当にここが人見のアジトかヨ?」
「間違いありませんよ」
人見が総理を、ついでに勝手にくっついてきた桜と『子犬』と共に消えた後、大神たちは「演劇の練習をしていてその成果を見てもらいたくて呼んだ」とクラスメイトたちに説明して何とかその場をごまかした。その後、平家が異能を使って“エデン”のメインコンピュータと通信して、神田たちが探し当てた人見のアジトの場所の情報をダウンロードした。そして彼らは、今まさにそのアジトに侵入しようとしている。
「ただの廃ビルにしては周囲の電線の量が多すぎます。さしずめここは『電力要塞』といったところでしょうか」
「人見のアジトとしては最高だな」
「関係ねーヨ。その『要塞』、このオレがぶっ壊してやるヨ」
刻が『磁力』で入口を塞ぐ鉄製の扉を引きはがし、四人は中に入った。だが、中は明かりもなく真っ暗だった。
「……んだよ。拍子抜け。『電力』使えるんだから電気ぐらい点け……」
一瞬、バチッと明かりが点いた。天井にではない。目の前にだ。四人は目を凝らした。そして、そこにいる大勢の死体を確認した。
「…………」
死体たちは言葉を発することなく銃を撃ってきた。だが、死体が撃ってきた銃弾を刻が『磁力』で送り返す。
「また死体操ってんのかヨ、芸のない奴。こんな手でオレたちを斃せるとでも……」
刻が銃弾を送り返していると、死体の一人が刻の体を後ろから抑えて動けなくした。
「オオ?」
瞬間、大勢の死体が刻に襲いかかる。
「燃え散れ。」
「邪魔だ」
それを救ったのは大神と優だった。大神が刻を抑えていた死体を燃え散らし、襲いかかってきた死体を優が『脳』でリミッターを外した状態で蹴散らした。
「下がっていろ、刻。銃弾を送り返しても体に穴が開く程度……。完全に消滅させないとこいつらは動き続ける。お前の『磁力』じゃ不利だ」
「俺の『脳』もせいぜい時間稼ぎ程度だな」
「たく、メンドくせ」
次々と襲ってくる死体を大神は燃え散らし、刻と優は殴る蹴るなどして近づくのを防いでいる。だが、このままでは危険だった。
「……人見はオレたちがロストするのを狙ってるな」
「そうだな……」
大神と優が死体を相手にしながら言葉を交わす。大勢の死体を相手にすることで大神たちの異能を消費させロストさせるのが人見の目的らしい。
「くそ……。このままじゃ本当にロストしちまうゼ」
「どうすれば……」
万事休す。そう思った時だった。
「!?」
突然、死体たちの体に光るムチが巻き付いた。そのムチの持ち主は、平家だ。
「すでに
そして、平家はムチを引いた。
「目には目を 歯には歯を 死者には
瞬間、死体たちの体はバラバラになった。光るムチによって切り裂かれたのだ。
「……死者でよかった。私は生者を殺めるのは好まないので」
平家は優しく微笑んだ。だが、そこから感じるのは優しさというよりは不気味さである。そんな平家を刻はジト目で見ていた。
「あんだけコマ切れにしといて何言ってんだ、あのヘンタイ……。あれはただのムチじゃねーな」
刻はバラバラになった死体に視線を移した。死体の切断面は、血が一滴も出ないほど滑らかだった。このように切断するのはどんなに鋭い刃物でも無理だ。
「さっきのコンピュータとの通信に今の光るムチ……。そこから考えれば、おそらく平家は『光』を操る『コード:ブレイカー』。光通信網での通信や『光』を物質化させムチのように使ったり、集束させることで切り刻むのもお手の物ってことカ」
「グレートアンサーですよ、刻君。私の異能を言い当てたご褒美として、あなたも縛ってあげましょうか?」
「いや、結構デス……」
平家の異能を見事言い当てた刻に、平家が『光』のムチを出しながら迫る。刻は後ずさりながら平家の「ご褒美」を拒否した。
すると、部屋の壁に何かが映し出された。それも一つではない。全方位に小さい何かが映し出されている。
「な、何だ……!?」
大神たちの正面に移し出せれたものに映っているのは、少しずつ小さくなっていく数字。おそらく何かのタイマーだろう。そして、そのタイマーの上にはこう書かれていた。
「『藤原総理の公開処刑まで』……だと?」
優が書かれていた文字をそのまま読み上げた。そして、別の映し出されたものを見てみると、そこにはあの人物が映っていた。
「くそ……!」
刻が眉間にしわを寄せ、拳を強く握りしめた。それもそのはずだった。
そこに映っていたのは、ロープで拘束され椅子に固定された藤原総理だった。
CODE:NOTE
Page:2 異能
一部の人間が持つ人間を越えた力のこと。『コード:ブレイカー』は全員異能を持っている。一般人の中にも異能を持っている者はいるがごく少数。しかし、異能を持っていても周囲にそれが知られれば迫害の対象となるため、基本的に彼らは異能の存在を隠している。
※作者の主観による簡略化
特殊能力(断言)。