汚い艦娘を見つけたので虐待することにした   作:konpeitou

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提督達が帰った後の、先生と時雨。
二人のお話。




第三十七話 時雨と秘密の施設 後日談

「先生……? ちょっといいかな」

 

「時雨か。いいよ、座りなさい」

 

 二人の提督が帰った、その日の夜。

 時雨の元へ行こうと自室で考えていた時、彼女の方からやってきた。

 

 部屋に招き入れ、椅子に座るよう促す。

 

 だが、時雨は私の座っているソファ、そのすぐ隣に腰を下ろした。

 

「……お話したい、事があるんだ」

 

「……聞かせてもらおうかな」

 

 彼女を見る。

 唇をキュッと結び、手に力こぶしを作り。

 

 だが視線だけは、私の方を真っ直ぐに見ている。

 だから私は、黙って彼女の言葉を待った。

 

「先生……僕は、どうすればいいの?」

 

「……」

 

「教えてよ。戦えない僕は、これからどうすればいい?」

 

「時雨、それは」

 

 それは君自身で見つけるんだよ、とは言えなかった。

 今言うべき言葉は、それではない。

 

 今時雨が望んでいるのは、そんな言葉では無い。

 

「艤装も出せない、まだトラウマも残ってる……」

 

「……」

 

「こんな駄目な僕は、これからどうやって生きていけばいいの!?」

 

 私はこれまで、模範的なメンタルセラピストとして行動してきた。

 故に、これから私が時雨に言おうとしていることは、『先生』失格なのかもしれない。

 

 しかし、それでも……。

 

 それでも目の前の少女に、自分の本音を伝えたい。

 

「時雨。私がこれから言う事は『仕事』だから言ってるんじゃない」

 

「え……」

 

「私自身の想いを、君に話す。だからよく聞いておいてくれ」

 

「う、うん……!」

 

 潤んだ瞳で私を見上げる時雨。

 そんな彼女の肩に手を置き、向き合う。

 

 そして……。

 

 

「時雨。君は、私の『艦娘』になりなさい」

 

 

ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

 

 

「時雨。君は、私の『艦娘』になりなさい」

 

 先生が言った言葉を、僕は瞬時に何度も頭で巡らせた。

 先生の……?

 

「行く所が無いなら作る。帰る場所が無いなら私がそれになる」

 

「せんせい……」

 

「私が君を必要とする。時雨、君の力が必要なんだ!」

 

「そ、そんな、だって僕、もう……」

 

 先生は嘘を言ってるんじゃないか?

 こんな僕を必要だなんて……。

 

 僕を慰める為にそんな出鱈目を……。

 

「君には出来る事が沢山ある」

 

「そんなものないよ! だって僕は、僕は!」

 

「……時雨は、私とお話することが出来る」

 

 先生がいきなり良く分からないことを言い出す。

 そんなの、誰だって……!

 

「私は君と話す時、楽しい気持ちになれる」

 

「君が回復すると嬉しく思うし、初めて笑顔を見せてくれた時の事を忘れない」

 

「……」

 

 先生の真っ直ぐな視線。

 その瞳は、会った時と変わらない。

 

「確かに君は艦娘として『兵器』の面を失ってしまったかもしれない」

 

「だが、『人間』の面は、決して失われていないはずだ!」

 

「に、んげん……?」

 

 僕が、人間?

 だって、僕は艦娘で……。

 

「艦娘は人間であり、兵器。そういう考えを持つ人が私の知り合いにいてね」

 

「であれば、今の君は限りなく人間に近い存在なんじゃないかな?」

 

「そう、なのかな?」

 

 戦えない艦娘の、僕。

 そんな僕が、人間として存在する。

 

 そんな事が許されるの?

 先生の傍に、居てもいいの?

 

「じゃ、じゃあ僕は……!」

 

「私は君を必要としている。それでは時雨、君はどうする?」

 

 先生。

 僕の恩人で、大切な人。

 ずっと一緒に居たいと思った人。

 

 そんな人が、僕を必要としてくれている。

 なら、僕の答えは一つだ。

 

「……先生っ!!」

 

 思わず先生に抱き着く。

 この人の傍にいたい。

 

 この人の、『艦娘』になりたい。

 

 それが今の僕の、やりたい事。

 僕の、生きていく意味。

 

「僕っ、先生に恩返しがしたい!」

 

「時雨……」

 

「返しきれないかもしれないけど、頑張るよ! だからっ!」

 

 涙がどんどん溢れ出す。

 心と一緒に、もう止める事は出来ない。

 

 零れる想いは止められない。

 

 

「僕を、先生の艦娘にして下さい……」

 

「……ありがとう、時雨」

 

 先生に抱きしめられる。

 暖かい……。

 

 この暖かさを、ずっと大切にしたい。

 これからも、ずっと……。

 

 

ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

 

 

「というわけで時雨は今日からこの施設の職員兼、私の秘書になりましたので」

 

『はぁ……まあ落としどころとしては無難だな』

 

 電話越しの元帥からは、呆れと同時に予想していたという感情が伝わってくる。

 彼とは長い付き合いだ、ある程度予測されていたという所か。

 

『秘書『艦』、ではないのだな』

 

「ええ。まぁ形から入ってみようかと」

 

 そもそも私は一施設長であって、提督ではないからな。

 その相棒の時雨も、ただの秘書だ。

 

 まぁあの日の夜は私も『時雨を自分の艦娘にする』なんて言ってしまったが。

 なんてことはない、部下にするという意味でだ。

 

 彼女の生きていく場所を作る、それが大切だったのだ。

 私も時雨と、生きていきたいと思ったしな。

 

『ふむ、では頑張りなさい、先生』

 

「ええ、一層励みますよ、元帥」

 

 受話器を置く。

 時雨の回復は凄まじく、薬の量も大分減らせてきている。

 

 自分で言うのもあれだが、やはり精神的に成長したのだろう。

 

 

「先生?」

 

「ああ、時雨。書類を持ってきてくれたんだな、ありがとう」

 

 ファイルを抱えてきた時雨を労い、頭を撫でる。

 恥ずかしそうに、そして嬉しそうに微笑む彼女。

 

 こちらまで嬉しくなる。

 

「えへへ……ねぇ、先生?」

 

「なんだ?」

 

「先生って、お父さんみたいだね。艦娘の僕に親なんていないんだけど」

 

 ふむ?

 父親、か。

 

 艦娘といえど、彼女はまだまだ幼い年齢と言える。

 父性愛というものを、求めているのかもしれないな。

 

 しかし、私がお父さんか……。

 

「時雨みたいな娘を持って、私は幸せ者だ。なんてな」

 

「! ふふ、じゃあこれからは先生じゃなくてお父さんって呼ぼうかな?」

 

「ハハ、私は構わんが他の職員に勘繰られそうだから止めてくれ」

 

 こんなおっさんが『先生』と『お父さん』呼ばわりされるとなんか犯罪臭が凄いからな。

 まぁ、しかし……。

 

 もし私に子供がいれば、時雨くらいの年頃なのだろうな……。

 

 

「せんせっ! 散歩に行こうよ」

 

「今からか? ちょっと小雨が降っているようだが……」

 

 傘が必要かもしれないな。

 

「大丈夫だよ、少しくらい降っていても」

 

「そうか? まぁ私も雨は嫌いじゃないな」

 

 雨音は心が落ち着く。

 静かな気持ちになれるものだ。

 

 それに、時雨と一緒なら悪くない。

 

「ほら、早くいこっ、先生」

 

「分かった分かった、あまり急かすな」

 

 手を握ってくる時雨を見る。

 随分明るく、元気になった。

 

 扉を開けて、時雨が急に振り返る。

 どうした?

 

「これからもどうかよろしくね、先生」

 

「……ああ。こちらこそ宜しく、時雨」

 

 そう言う時雨の顔は。

 今までのどんな笑顔よりも、素敵に輝いて見えた。

  

 

ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

 

 

 とある山奥の、サナトリウム。

 妖精さんの力が溢れるこの土地に、かつて人間に傷つけられた少女が居た。

 

 少女はもう、二度と海に出る事はないだろう。

 しかし、彼女はかけがえのない居場所を見つける事ができたらしい。

 

 軽視派に虐待され、一度は心が壊れてしまった艦娘。

 優しい提督にも、親切な妖精さんにも出会えなかった彼女は。

 

 最後の最後で、本当に良い人間に出会えたのだ。

 

 

「ちょうど雨が止んだね」

 

「雨は、いつか止むものだからな」

 

「うん……そうだね先生」

 

 

 少女の心に、日が差した。

 花咲く笑顔を、取り戻すことが出来た。

 

 長い雨は、終わりを告げた。

 

 

 艦娘軽視派がこの世に居る限り、被害者はいなくならないだろう。

 そんな哀れな艦娘が訪れる、このサナトリウム。

 

 彼女たちが出会うのは、一人の男と一人の少女。

 人と艦娘の、ひとつの形。

 

 確かな『愛情』で結ばれた、絆の形があった。

 

 




愛するという『虐待』なのかもしれません。


時雨編終了しました。
ただ時雨に『先生』『お父さん』と言わせたいがためのお話でした。
彼女は病んだり酷い目に遭ったりしても、笑顔が似合う娘だと思っております。



そしていよいよ書き溜めが無くなりました。
キリがいいので一旦ストック期間に入ろうと思います。
不定期投稿になってしまいそうですがご容赦下さいませ。


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