汚い艦娘を見つけたので虐待することにした   作:konpeitou

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時雨と正義提督。
前に踏み出せない時雨に、提督は何と声をかけるのか。

そして、彼女達は前に進めるのか。


第三十六話 時雨と秘密の施設 後編

「そっか、じゃあ時雨は先生のことが本当に好きなんだね」

 

「うん。僕を助けてくれた……恩人なんだ」

 

 施設の廊下を歩きながら、お姉さんと話す。

 この人は提督らしいけど、僕の知ってる『提督』とは全然違う。

 

 僕の目を見て話してくれるし、優しい。

 こんな人もいるんだね……。

 

「先生って、普段はどんな人?」

 

「うーん、大人しい人だよ。それで、真面目かな」

 

 

 先生。

 壊れた僕を、ここまで治してくれた人。

 

 初めて心から信頼する事が出来た、初めての人。

 

 

 …………。

 

 

 先生と出会ったのは、大本営直轄の特殊部隊、その仮設基地だった。

 救助され、自傷行為に走る僕を憲兵さんたちが取り押さえ。

 

 拘束されている状態で、彼と邂逅を果たした。

 あの時は先生を憎んだのを覚えている。

 

 何で死なせてくれないのか。

 何で皆の所へ行かせてくれないのか。

 そんな想いで、僕の心はいっぱいだったんだ。

 

 そんな僕を見た先生は、少し哀しそうな顔をした後。

 僕を車に乗せて、此処に連れてきた。

 

 それからは、ずっと一緒だった。

 死ぬことが出来ないと分かってからは、恐怖が僕を支配した。

 どうする事も出来ない無力な僕は、ただ涙を流して怯える毎日だった。

 

 先生は毎日僕の所へやってきた。

 僕に薬を飲ませて、そしてお話をした。

 

 怖くてしょうがなかった。

 人と、男と一緒に居る事が。

 でも、彼の目の奥に湛えられた、僕が今まで向けられたことの無い感情が。

 先生の『優しさ』が、僕の心を少しずつ変えていったんだ……。

 

 日が経つにつれ、眠れない夜が減っていった。

 過去の悪夢を、見ることが減っていった。

 涙を流す事が、減っていった。

 

 今では、普通に施設内を歩けるまで回復できた。

 看護婦さんや、他の艦娘ともお話できるようになった。

 

 でも……。

 

 僕は『艦娘』として、駄目になってしまったんだ……。

 

 

 …………。

 

 

「お姉さんの鎮守府は、どんなところなんだい?」

 

「僕の鎮守府? 別に、普通なんだけど……えーとね」

 

 世の中には、色々な人がいる。

 僕が居た鎮守府の様な、提督も。

 先生みたいな人も、お姉さんみたいな人も。

 

 だから、ひとくくりにするのは間違っている。

 自分の目で見て、そして考えるんだ。

 

 そう先生に、教えられた。

 

 お姉さんが、自分の艦娘について話す時、凄く楽しそうに笑う。

 きっとこの人は、艦娘が好きで、大事にしている人なんだろう。

 そのうえで共に戦う、そんな覚悟をしているんだろう。

 

 ……こんな人が提督だったら、僕もこんな目に遭わなかったのかな。

 

「それであの馬鹿提督が……」

 

「ねぇ、お姉さん」

 

 気になった事を、聞く事にした。

 この人の考えを、知ってみたいと思ったから。

 

「ん? 何?」

 

「お姉さんは、『戦えない艦娘』という存在についてどう思う?」

 

 何も無くされ、空っぽになってしまった自分。

 先生のおかげで、ある程度はもとに戻ったけど。

 

 でも、まだ自分はマイナスだ。

 そんな自分をプラスへ向かわせてくれる『何か』。

 

 僕はその答えを、渇望している……。

 

 

ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

 

 

「お姉さんは、『戦えない艦娘』という存在についてどう思う?」

 

「……」

 

 時雨からその質問が投げかけられた時、僕はドキリとした。

 先程施設長から説明されたとき、ずっと考えていた事だったからだ。

 

 艦娘は人間だ。

 一緒に戦う、仲間だ。

 

 じゃあ、戦う能力が失われたら?

 戦えない人間は、どうなる?

 

 蝶よ花よと大切に、ずっと鎮守府に置いておくのか?

 雑業やらをやらせて、役に立っているよと声をかけるのか?

 戦場から離れて、自由に生きなさいとでも言ってやるのか?

 

 それは、艦娘の為になるのだろうか。

 

「僕は、艦娘は人間だと思っているし、そう接するべきだと思っている」

 

「……うん」

 

 存在意義。

 それは自分自身で見つけなくてはいけないものだ。

 

 誰かに言われて、それに従うのは駄目だ。

 自分で自分を持たなくてはいけない、と。

 

 そう、思っていたはずなのに……。

 

「生きている意味を探す……か」

 

「え?」

 

「時雨は、『艦娘』なんだよ。それ以上でもそれ以下でもない」

 

 僕らしくもない。

 あのアホに影響されたか?

 

 でも、僕の正義に曇りは無い!

 

「だからこそ言うよ。『戦えない艦娘』にも、価値がある!」

 

「っ」

 

「生きていく価値も、権利も、意味だって絶対ある!!」

 

 だって彼女は生きているんだ。

 今、ここに時雨は居る。

 

 だったら、存在価値がある。

 未来に向かって進むことが出来るんだ。

 

「で、でも僕、なにをすればいいのか分からない……」

 

「じゃあ探せばいい。自分の中が空っぽなら、周りを見ればいい!」

 

 時雨は迷っているんだ。

 これからの、己が行くべき道に。

 

 自分の中の確固たる信念を、見失っている。

 

「で、でも怖いよ! 何も見えないんだよ!? 先の事なんて」

 

「それでも前に突き進む勇気、覚悟を。与えてくれた人がいるんじゃないか?」

 

「……あっ」

 

 時雨は、何も持っていないわけじゃあない。

 とても優しい『先生』から、大切な物を貰ったはずだ。

 

 だから、大丈夫だ。

 

「せん、せい……」

 

「お話をしてみようよ。大切な人に、全て聞いてみよう」

 

「……っ! う、うん!」

 

 彼女を救えるのは、どうやら施設長だけらしい。

 だったら僕の役目は無い。

 

 背中を軽く押すだけで、それでいいんだ……。

 

「ぼ、僕っ! 先生とお話してみるよ!」

 

「うん、それがいい。きっとね」

 

 

 全く、何が『軽視派』を許さない、だ。

 こんな少女が居たことさえも知らずに、偉そうな事だけ言って。

 

 僕は、まだまだ知らなくてはいけない事が沢山ある。

 目を背けてはならない。

 立ち向かわなくてはならない。

 

 正義の為に、前に進まなければならない。

 艦娘と、一緒に……。

 

 

ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー 

 

 

「視察終了! お疲れっしたァ~!」

 

「お世話になりました」

 

 夕日が森に差し掛かってきた頃。

 俺と視察官は、サナトリウムを後にする事にした。

 

 元帥曰く、視察とは名ばかりの社会勉強。

 こういう所もあるんだと、知っておけってやつらしい。

 

 あの野郎、舐め腐ったマネしやがって……。

 こんどあったらガン飛ばしまくってやるぜぇ!

 

「こちらこそ、今日は有難う」

 

「あ、有難う。またね……」

 

 先生、そして時雨。

 クク、お互いなんだかいい面してんじゃねえか。

 

 こりゃあ、視察官の方でもなんかあったなァ?

 

「君たちの様な『本物の有能』な提督に会えて良かった」

 

「ククク! 褒めても何も出ねえぜ?」

 

 有能だなんて、言うねぇ!

 悪い気はしねえぜ!

 

「あばよ先生! こんどはコーヒー出してくれや!」

 

「全く……バイバイ時雨! 先生と仲良くね!」

 

 ま、もう来る用事は無さそうなんだけどなァ。

 復帰可能になる他の艦娘でも、かっさらいに来るのはいいかもしれねえがな。

 

 

 しかし、『時雨』か……。

 同型艦の時雨もうちにはいるが、雰囲気がぜんぜん違ったなぁ。

 

 環境によって同じ艦娘でも性格が変わるってことか。

 ウチのは反抗的だしな。

 

 先生ンとこのやつは、従順過ぎて面白く無さそうだな!

 ククク!

 

 

 迎えの車に乗り込む。

 ……こいつ、ずっと待ってやがったのか?

 

「お疲れ様です」

 

 それだけ言うと、車が発進した。

 無口なやつだぜ。

 

 ぐんぐん山道を下っていく。

 ああ、愛しき故郷よさらば……!

 

 今度帰省するからなァ!

 

「……ねぇキミ」

 

「あんだよ」

 

「……艦娘軽視派、についてどう思った?」

 

「あー、理解不能? 頭おかしい集団? 馬鹿?」

 

「ふふっ、よかった。僕も同じ感想だよ」

 

 今回の件で初めて知ったがな、そんな奴ら。

 そういうアホの考えは、俺には分からんなァ。

 

 もっと俺みたいにかっこよく虐待する提督になればいいのにな。

 

「しっかしあの先生、妖精さんが見えるんだな」

 

「ああ、そういえば確かに」

 

「俺の妖精さんにビビってたぜ? クックック」

 

「はいはい……」

 

 なんで頭にとまってるのかと聞かれたな。

 そんなの、相棒だからに決まってんだろ!!

 

 そういえば施設内にも結構妖精さんがいたなァ。

 あの先生も、中々の妖精マスターらしいな。

 

「……あのさ」

 

「んァ?」

 

「僕ももっと妖精と仲良くなりたいんだけど、どうすればいいのかな」

 

「あー? そりゃおめえ……」

 

 簡単だぜ?

 お菓子をあげること、あとは……。

 

「……『さん』付けで呼ぶとか」

 

「え!?」

 

「だってお前『さん』付けで呼んでねぇんだもん」

 

「あっ、そういえば……」

 

「帰ったら試してみればいいじゃねえか」

 

 敬意を払う、それが一番だぜ!

 

 

 車が止まる。

 どうやら俺の鎮守府前までついたらしい。

 ったく、なんか疲れたぜ今日は。

 

「ふぅ。ねえキミ。今日は一緒に吞まないか?」

 

「絶対ヤダ! 飲みたきゃ一人で飲め! 鳳翔貸してやるから!」

 

「なんでさ! 別にいいじゃないか!」

 

「お前覚えてねえのかよォ!? あん時酷かったんだぞ!」

 

「え!? ちょっとまって聞いてない! 何があったの?」

 

「あ、いや、何でもねぇ! 兎に角嫌だ! カエレ!」

 

「待ってよ! 教えてよ! ねぇ!?」

 

 こいつに酒だけは飲ませちゃならねえ!

 俺は天下無敵の虐待提督を自負しているが……。

 

 世の中には敵わねえモンもあるってことを知ったからな……。

 

 




先生にとっても時雨にとっても、そして提督達にとっても。
何かを見つける事の出来た視察だったようです。


次回、先生と時雨がそのあとどうなったか、後日談。

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