汚い艦娘を見つけたので虐待することにした   作:konpeitou

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正義提督が魔境へ踏み込む!

これで提督の天下も終わりとなるか……。


第十五話 視察官と正義 前編

 

「此処か……」

 

 僕は目の前にそびえ立つ『例の鎮守府』を仰ぎ見た。

 外見だけは、普通の大型鎮守府だが……。

 

 かつて此処で悲劇が起こっていたと思うと、胸が痛む。

 幸い、一人も艦娘に死者が出なかったのが救いか。

 

 それでも、艦娘達の心は深く傷ついたはずだ。

 そんな場所に、あんな男を送り込むなんて!

 

 大本営内部は、艦娘軽視派とそうでない派閥に大きく分かれる。

 きっと、軽視派の重鎮があいつを送ったんだろう。

 

 ここの艦娘に、トドメを刺すために。

 

 そもそもあいつは声を大にして『艦娘は道具』だと言うようなやつだ。

 しかも風のうわさでは『虐待』が趣味だとか。

 

 あんな悪逆非道の腐れ提督がのさばっている事が、海軍腐敗の現れなんだろう。

 であれば、意志を持った者が行動を起こさければならない!

 

 僕は、海軍に入ってから初めて艦娘と出会った。

 そして触れ合い、関わっていき……。

 

 彼女たちと手を取り合い、戦っていきたいと思ったんだ。

 そして、少しでも非道に泣いている艦娘がいれば。

 

 出来る力の限り、救いたいと思った。

 

 これは『正義』だ。

 だから誰にも邪魔することは出来ないんだ。

 

 ここの鎮守府を皮切りに、艦娘軽視派を糾弾していくんだ!

 まずはここの皆を救わなきゃ!

 

「本日はようこそおいでくださいましたぁ、視察官様ぁ?」

 

「……キミがここの提督か?」

 

 来たな。

 提督自ら出迎えとは、これは自信の現れか?

 僕の眼を誤魔化しきれると。

 

「ええ、本日はよろしくお願いしますぅ」

 

「ああ……それと、言葉は崩してかまわないぞ」

 

 どうやら階級は同じらしい。

 こいつの本性を暴くのに、言葉使いなどどうでもいい。

 

 ……というか、さっきから取ってつけた様な敬語が気持ち悪い。

 

 顔はニヤニヤしてるし、なんなんだ!

 

「ククク、そいつぁ有難えなぁ」

 

「……それがキミの素か」

 

 怪しい笑い声に、凶悪な瞳。

 こ、こわい……。

 

 いや、負けるな!

 怖くない! 怖くないぞ!

 

「まずは応接間へ。お話でもしましょうや」

 

「ふんっ」

 

 誘われるまま、鎮守府に入っていく。

 全神経を集中させて、視察しなくては。

 

 きっとこいつのことだ、巧妙に偽装しているにちがいない。

 艦娘達も脅されて、何も問題ないように接してくるだろう。

 

 冷静に、物事に対処するんだ。

 

 確実な証拠を抑えないと。

 僕が、絶対に救わないと!

 

 ……あいつの肩にいる妖精、なんだか僕をじっと見つめてるような。

 

 

ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

 

 ククク、ついに視察が来やがった。

 まぁ俺が着任して、良い頃合いだと思ったんだろうなぁ。

 

 元帥め、よっぽど俺に脅迫された事が頭に来たとみえる。

 視察を送って圧力をかける魂胆だろうが……。

 

 いいぜぇ、視察さんよぉ。

 俺は己を偽らねぇ!

 

 ありのままの『虐待』を見てもらうぜ!

 それを報告するのも好きにしな。

 

 俺は元帥の弱みを握ってるんだ。

 虐待がバレても、手札はある。

 

 まぁ、あの元帥のことだ、今回の視察はガチではないんだろうな。

 あくまで嫌がらせ程度だろう。

 

「コーヒーをお持ちしました」

 

「あ、有難う」

 

 今日の秘書艦、鹿島が一切の音も立てずに珈琲を置いた。

 クク、流石俺の兵器。

 

 作法は完璧だなぁ!

 

「提督さんはブラック、ですよね♪」

 

「ああ、砂糖もミルクも無しだ」

 

「……僕はミルクを頼む」

 

 さぁて、楽しいお話タイムだ。

 ここに居るのは俺と視察官と鹿島。

 

 提督と艦娘の両名から話を聞くんだろうな。

 

 まぁ、この場は大したことねえはずだ。

 鹿島もここで『虐待』についてチクったりしねえだろうし。

 クク、後でこっそり密告してる所を見咎めて、叱りつけてやるぜ!

 

「まずは、キミが着任してからの海域状況報告からしてもらおうか」

 

「オーケーオーケー。鹿島、書類を頼む」

 

 さあ視察官さまぁ?

 しっかり仕事をしていけよなぁ。

 何も得るもんがなくて、ガッカリしねえようによぉ!

 

 

ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

 

「……」

 

「クックック、何か問題でも?」

 

 こ、こいつ。

 海域攻略情報を見たが、かなり良い戦果だ。

 前任が攻略した海域を維持しつつ、新たな通商ルートの開拓。

 

 大型商船団の護衛にも成功。

 また、南方海域に潜伏していた『姫級』の撃破……。

 

 艦娘が多いからって、これほどとは……。

 

 おまけに、無理な連続出撃をしているかと思えばそうではない。

 しっかりとしたローテーション。

 資材の増減を計算し、無理なく出撃している。

 

 艦隊撃破成績から、艦娘のコンディションも高いみたいだ。

 

 な、なんで?

 これが虚偽の報告だと断じるのは簡単だ。

 しかし……。

 

 資材の量なんて実際に見ればバレてしまうし。

 戦績は公式の物で、証言も証拠もあるはずだ。

 

 ここの前任は視察に金を握らせて買収していたらしい。

 だからこそ、長い間その悪事が明らかにならなかったんだ。

 

 つまりこれは、偽りのない記録?

 そ、そんな馬鹿な……。

 

 これじゃあ、まるで普通の鎮守府……。

 いや、それ以上のホワイト鎮守府じゃないか!?

 

「視察官さん? どうされました?」

 

「あ、いや、ごめん。何でもないんだ」

 

 鹿島さんが心配してくれた。

 くそ、僕としたことが。

 

 動揺を見せるな。

 まだだ、まだ終わっていないぞ。

  

「キミっ! 一つ提案があるのだが!」

 

「あ? なんだ?」

 

 戦果だけなら、兎も角。

 艦娘本人たちに実際に聞かなくちゃ分からない。

 

「少し、鎮守府内を見学させて貰えないか?」

 

「ああ、見学ね。それじゃあ……」

 

 席を立とうとする提督。

 そこだ!

 

「いや、一人で見て回りたいのだがっ!」

 

「……護衛に鹿島を連れて行くなら」

 

 やった。

 これで『提督の目がない』ところで艦娘と話ができる。

  

 これなら、真実が聞けるはずだ。

 おまけに、鎮守府内を見ていけば。

 

 必ず悪事の証拠が出て来るはずなんだ!

 

 フフ、覚悟しろよブラック提督めっ!

 これでお前の悪行三昧も終了だ。

 

 『悪』が『正義』に敵うはずがなかったんだ!

 

「では行きましょうか♪」

 

「うん。……それでは失礼する」

 

「ああ……クックック……」

 

 ふん、今更大物ぶってみても怖くないぞ。

 もうお前は袋のネズミなんだからな。

 

 もうすぐ、お前の席はここから無くなるんだ。

 

 でも油断してはいけない。

 最後まで、証拠を集めることに集中するんだ。

 僕は、偽装工作なんかに騙されないぞ。

 

 僕はっ!

 絶対にっ!

 ブラック提督なんかに負けたりしないっ!!

 

 

 …………………。

 

 

 お、おかしい。

 どこにいる艦娘も、皆普通だ。

 いや、普通どころか活気に満ちている!?

 

 演習場に居る艦娘は、誠心誠意練習し。

 食堂では艦種問わず仲よさげに同じ釜の飯をともにし。

 談話室では艦娘達が夢中でテレビゲームをしている。

 

 ぼ、僕の所にもあんな据え置きゲーム機なんて無いのに!

 

 そしてすれ違う艦娘全員が、笑顔で、元気よく挨拶をしてくれる。

 なんなんだ此処は!?

 全部演技……だとは到底思えない。

 

 傷ついた艦娘は?

 悪事を働く提督は?

 一体何処にいるっていうんだ!?

 

「か、鹿島さん、最近何か困ってる事とかないかな?」

 

「困っている事、ですか?」

 

 もう艦娘に直接尋ねるしか無い!

 しかし彼女が提督に脅されているなら、そう簡単に助けは求めないだろう。

 

 恐怖で艦娘を縛るなんて、許されない!

 

「うーん、特には無いですねぇ」

 

「……大丈夫だよ鹿島さん!」

 

 声を小さくして、鹿島さんを促す。

 僕が君を助ける。

 だから、脅迫なんかに負けないで!

 

「ここに提督はいない。本当の事を言ってもいいんだ」

 

「本当って……ほんとに何も困ってないんですけど」

 

 くっ、あいつの恐怖による支配は相当なものらしい。

 でも鹿島さん、お願いだ。

 君のために、真実を……。

 

「本当は虐待されているんだろう、あの男に!」

 

「…………ああ、そういう事ですか」

 

 つい言ってしまった瞬間、鹿島さんの雰囲気が変わった。

 やっと本当の事を言ってくれる気になったかな?

 

「ふぅ……ま、なんとなく予想はついていましたけどね」

 

「か、鹿島さん?」

 

 鹿島さんの顔から一瞬、あの人の良さそうな笑みが消えた。

 でも次の瞬間には、元の可愛らしい笑顔に戻っていた。

 

「うふふっ♪ 視察官さんには『真実』をお話しますね!」

 

「あ、ありがとうッ!」

 

 や、やったぞ!

 遂に、彼女は決心してくれたんだ。

 これで、あいつを……。

 

「しっかり聞いて下さいね。私達がされた『虐待』について♪」

 

 これで、みんな救えるんだ!!

 

 

ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

 

 

「そ、そんな馬鹿な話が……」

 

「全てが事実ですよ。これが彼の『虐待』です」

 

 私は視察官さんに、これまで提督さんが行ってきた全てをお話しました。

 ご飯、お風呂、お掃除、お金、色んな施設、娯楽……。

 

 私達が今までどれほど苦しんで、それをどうやって救ってもらったのか。

 丁寧に、しっかり教えさせていただきました。

 

「か、彼は本気でそれが『虐待』だと、そう思ってるっていうのか!?」

 

「恐らくそうですね。ふふっ、かわいい方でしょう」

 

 提督自身は、『虐待』で私達が苦しんでると勘違いしているんでしょう。

 でも結果的には全て、私達にとって『救い』になったんです。

 

 これが、今のこの鎮守府なんです。

 

「そんなアホな……彼はドアホなのか?」

 

「うふふっ♪ はい、とってもアホな、私達の提督さんですっ」

 

 私が笑いかけると、視察官さんはうつむいて黙ってしまいました。

 恐らくこの方は、私達が酷い目にあっていると思って来たんでしょう。

 

 自分が、艦娘を救うと、正義感に燃えて。

 

 でもその対象が既に救われているとは、想像もできなかったみたいです。

 

「僕の、正義は……僕は何のために……」

 

「……視察官さん」

 

 私は、練習巡洋艦です。

 どうやらこの人にも、進むべき道を教えてあげる必要があるみたいです。

 

「貴方は、何をしに此処へやってきたんですか?」

 

「僕は……君たちを救う為に」

 

「そうでしょうね。でももう私達は救われているんですよ?」

 

 視察官さんが、私の方を向く。

 私は続けます。

 

「貴方の正義は間違っていません。でも、それを向けるべき物はもう此処に無いんです」

 

「もう悲劇は過去の物になり、私達は提督さんと未来に向かって進んでいるんです」

 

「貴方には、もっと他に見るべき物が沢山あるのではないでしょうか?」

 

「……」

 

 視察官さん。

 きっと貴方も提督さんと同じ、艦娘を救う事のできる人なんです。

 その『正義』は、間違っていない。

 

 でも、ここに『悪』は居ないんです。

 

「…………鹿島さん、有難うございます。そしてすいませんでした!」

 

「いえいえ、頭を上げてくださいっ!」

 

 視察官さんは背筋を伸ばすと、私に頭を下げました。

 本当に、まっすぐな方です。

 

「僕、あの人と話してみようと思います。色々」

 

「はい♪ それが一番です」

 

 視察官さんは、提督さんのいる部屋に向かっていきました。

 これでいいんです。

 

 提督さんなら、視察官さんと上手くやれるでしょう。

 私達を救ってくれた、あの提督さんなら。

 

 




鹿島さんのお陰で、道を踏み外さなかった様です。

このお話は前編後編に分かれてお送りします。

次回、提督VS視察官。

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