HSDD 転生生徒のケイオスワールド2 卒業生のアザゼルカップ 作:グレン×グレン
兵夜は確かに慧眼だった。
だが、同時にうっかりだった。
すでに事態は動き始めており、彼もまたその標的の一人なのだ
そのころ、ある場所で多くの者達が集まっていた。
「ファファファ。まさか我らを信仰せぬ者たちが、こうまでここに集まってくれるとはな」
そうあきれ半分で感心するのは、オリュンポスの神ハーデス。
そう、ここは冥府。死の世界の一つ。
その冥府に、本来あってはならない者達が集まっていた。
「それは仕方がありません。なにせ、貴方方だけでは彼らを倒すことなどできないのですから」
そう告げるのは、人間だった。
それも、死者ではなく生者だった。
本来、死者の世界である冥府に生者が来ることなどめったにない。
しかも、その数は数十人を超えていた。
「それは少し違うでしょう。それ以上に私達だけでも倒すことはできないでしょう」
「その通りです。だからこそ、こうして頭を下げに来たのですから」
最初の男の発言を嗜める声も、しかし剣呑な響きを宿している。
そこにいる人間達は、人種も性別もばらばらだが、共通点が二つある。
一つは年齢。成人を超え、若くて中年、老年に到達している者も数多い。
一つは職業。彼らは、いわゆる政治家と呼ばれる者か軍人と呼ばれる者達だった。
その中の1人、日本人である男が一歩前に出る。
「ハーデス神。兵藤一誠が次期魔王の後継というのは本当ですかな?」
「残念ながら本当だ。悪魔側のスパイが掴んだ情報によれば、今の四大魔王はそれを望んでいるというそうだ。……大王派は今の発言力ではそれを阻止しきれんし、むしろ奨励している者もいる始末だ」
その言葉に、全員が一斉に苦い顔をした。
特に酷いのは、日本人だ。
「あんな我が国の恥が、よりにもよって異形達の代表だと……!?」
「五大宗家も役に立たん。何故あんな人間の屑を奨励するというのだ!!」
ドン! ……と強く壁を叩くものまでいる中、その日本人達に憐憫の視線が集まっていく。
そう、それこそが三つ目の共通点。
彼らは、兵藤一誠という男を蔑んでいるということだ。
「まったく。日本も苦労しているな」
「同感だな。あんな輩が世界の主導権にかかわるなど、あってはならないことだ」
そういう人間達も、しかし残念そうにため息をついた。
基本的に、兵藤一誠は性犯罪の常習犯だ。
人間世界においてそんな人物が唾棄されるのはおかしなことでも何でもない。
例え英雄といえど、そんなものはある程度距離を置くなり隔離するなり、とにかく国政やかじ取りからある程度離れたところに置くのが基本だ。
それが、一大勢力のトップの1人になろうとしている。
黙ってみていられるようなことではない。
だが、しかし頭を抱えるしかない問題がある。
「だが、今の我々には力が足りない」
そう、全くもって力が足りない。
異形達の力に、そして異世界の力に人間は未だ対抗できない。それは第三次世界大戦でいやというほど理解した。
フィフス・エリクシルの暗躍により技術は大量に流出しているが、それでも足りない。何より彼の所為でどの国も国力は低下している。
異形達との全面戦争を起こすには、彼らの力は足りなかった。
ゆえに、彼らは考えた。
ならば、自分達も異形達の力を借りよう。
「ハーデス神。我々はあなた方に協力します」
「ですから、あの
「其の為なら、我々もできる限りの協力をさせてもらいます」
そう告げる人間たちに鷹揚に頷きながら、ハーデスもまた決意を新たにする。
そして、同時に兵藤一誠達を嘲笑する。
元々ただの人間でありながら、冥界の……多くの異形達にとっての希望の光となった兵藤一誠。
奇しくも、それを最も望まない者は彼と同じただの人間なのだから。
「ファファファ。なら、素直にその助力を受けるとしようか。それで、先ずはどうする?」
「まずは、彼らを使いましょうか」
そういうと同時に、一人の男がファイルを取り出す。
そこに乗っているのは、何人もの人間だった。
「まずは我々の手で兵藤一誠の暗殺を試しましょう。……悪魔の協力者と話は済んでいます」
東洋人の政治家の一人がそう告げる。
それに対して、西洋人の政治かは少し不満げな表情を浮かべた。
「悪魔と共闘とは、いささか不愉快ですな」
「まあよろしいではありませんか。既に天使達は融和などということをしているのです。こちらも利用ぐらいしなければ戦えません」
「そうですな。天の国が協力するというのならば、我々が利用し合うことを否定されるいわれはないでしょう」
そうフォローする者達も、不快な表情を浮かべている。
だが、彼らが不快なのはむしろ教会側である。
討伐し迫害し討ち滅ぼすべき悪魔と仲良くするなど、信徒に対する裏切りにも等しい。
むろん、そのおかげで有利になっている一面はあるが、対抗する為とはいえ悪魔やその契約者と組むのは不快なところもあった。
「……まあ仕方がないだろうがこれが。それぐらいしないと勝ち目はないだろう?」
そして、そんな中声が響いた。
全員が苛立たし気な視線を向けるその男は、フォンフシリーズ。
だが、その存在は他のフォンフとは一線を画している。
その理由を心底理解しているハーデスは、一人だけ愉快そうな声を上げた。
『ファファファ。上手くいったようじゃな』
「ああ、俺の技術でリリスはだいぶ長持ちした。まあ、一年かけてゆっくり生産していたんだから当然だがな」
そういうフォンフの体は、悪魔だった。
神滅具を利用して生み出された獣鬼を使用しているはずのフォンフが、何故か悪魔の体を持っている。
それも、そこからにじみ出る力は最上級悪魔などで収まるレベルではない。
その理由を、ハーデスは心から理解していた。
『フォンフ・リリンと名付けよう。量産型のリゼヴィムはどれぐらい生産できた?』
「要望通りに100体。まあ、戦闘能力はその分低めだが最上級悪魔クラスも用意できた。あと、一体だけ魔王クラス以上の存在を用意できたが、それは約束通り素体として使わせてもらったぜこれが」
そう告げるフォンフの言葉に、その場にいた全員が少しだけ喜ばしい表情を浮かべる。
自分達の国に大打撃を与えたフィフスの後継たるフォンフの力を借りるのは心外だ。国民が知れば間違いなく時の政権が斃れるのは確実だろう。
しかし、だからこそ彼の協力は必要だった。
彼でなければ、リリスの無茶な運用を続けることは困難だ。少なくとも、一年以上の時間をかけたとはいえ二十万体の悪魔の生産は不可能だった。
そして、これからも少しずつではあるが新たなる悪魔を生み出し続けることも可能なのは、一重に彼の功績によるものだった。
更に、人類の縁者でありながら自分達の敵になるであろう神滅具に対するにあたって、リゼヴィムの神器無効化能力は垂涎物だ。
それを生み出すには、リゼヴィムの死体を保有するフォンフの協力が必要不可欠だった。
しかし、フォンフ・シリーズはほぼ全員が神器の力を母体として作られている。素直に首を縦に振るはずがない。
ゆえに、こちらもそれ相応の代価を払うしかないのだ。
「契約通り、兵藤一誠を滅ぼすまでは俺達は不可侵条約だ。文句はないな?」
「かまわん。しかしそちらも三大勢力及びその同盟者以外に対する攻撃は控えてもらうぞ」
「異世界とやらで行う事業で忙しいのだろう? 文句はあるまい」
鋭い視線で政治家達の警告が飛ぶ。
そして、それに応えるのはフォンフ・リリンではない。
「ああ。まずは異世界から貧乳にする。地球の女を貧乳にするのはそこからさ」
「……そうだな。だがそれ以外に関しては好きにさせてもらう。そっちも文句はないな」
そういいながら現れるのは、新たなフォンフが二人
そして、彼もまた悪魔の体を保有していた。
それが、フォンフが出した条件。
量産型のリゼヴィムを生み出すという、ある意味で自分達にとっての危険分子を了承させる為に、人類は大きな譲歩をした。
すなわち、量産型のリゼヴィムに対抗できる悪魔を生み出し、それを素体にすること。
その結果生まれたのは、1人の超越者を含む三人の悪魔型フォンフ。
リゼヴィムと同じく神器無効化能力を持つ、最強の量産型リゼヴィム。名をフォンフ・リリン。
「そうだなこれが。じゃあ、俺は旧魔王派の残党を集めてくるか」
ある特例によって生まれし、強欲の悪魔。フォンフ・イーヴィル。
「まあ、とりあえずはお互いにチキンレースと行こうか。最初に全力出した方が不利だろうしな」
悪魔を滅ぼす悪魔。フォンフ・ダーク
三人の強大な悪魔が、更にこの混迷の時代を悪化させる。
フォンフ達が退席したのを見て、政治家の一人がため息をついた。
「……勝っても負けても、私達は政治家生命が終わりですな」
そう、この行動は世論が許しはしないだろう。
異形勢力との抗争を行うことそのものは問題ではない。
異形たちの性質は人間の常識と外れている。そんな存在がいきなり堂々と現れて行動するようになれば、人間はどちらにしても抵抗感を見せるだろう。
未だ、肌の色や国籍の違いで差別することをやめられないものが多い人間が、人間ですらない存在との交流で問題を起こさないわけがないのだ。
間違いなくE×Eが来る前に何度か紛争レベルの騒動は起きる。否、大戦レベルの争いが起きるだろう。
なら、敵が盤石な体制を整える前に仕掛けて自分達の力を見せつけるのは理に適っている。少なくとも、冥府の神々との連合がすめば、これが原因で地獄に落とされることはないだろう。
だが、それでも第三次世界大戦の元凶であるフィフスの後継と繋がった事実は消えはしない。何らかの形で咎を受ける必要がある。
だが、それでも納得できないのだ。
兵藤一誠。宮白兵夜。
人間の屑と言ってもいい二人が、今後の人類の未来にいちいち口出ししてくることなど納得できるわけがない。
あの手の輩は適当に持ち上げ、お飾りの地位につけるぐらいが落としどころだろうに、異形達は少なくとも兵藤一誠を正真正銘の特権階級にしようというのだ。
ふざけるな。それは断じて認められない。
あんな人類の恥部を、人間の代表として扱われてたまるものか。
それが、火薬庫に投げ込まれる火種となった。
もとより、人間世界の識者達は今の状況に不満を抱いていたのである。
魔法や陰陽術などの術式を使えば、人類はより発展する。にもかかわらず、魔法使いたちは異形たちと共謀して存在を秘匿する方向で行っている。自分たちに協力してもくれない。
神器使いを確保して有効利用できれば、国力増大に使える。にも関わらずその存在は秘匿され、差別の対象にすらなっている。
異形の力を人類に広めれば、暴走を引き起こす。
……そんな大義名分のもと、人類の発展は押さえつけられてきたのだ。
その存在を知る一般人の不満は、ここにきて限界に達していた。
それが第三次世界大戦の大敗で一気に高まったのも大きい。
各国家が保有する異形戦力を使えば、少なくともまともに戦うことができたはずだ。
しかし、異形達の監視の所為でそれを表立って使うことができなかった。
その不満もまた、彼らのストレスの元となっていたのだ。
「ファファファ。まあ、利用できるものは利用すればいいだろう。儂と貴様らがお互いに利用し合うようにな」
ハーデスはそれを見抜いて、眼球のない眼孔で皆を見渡す。
そう、ハーデスはしっかりと見抜いている。
禍の団に内通して、フィフスに強大な力を提供してしまったハーデスに対しても、人類は不信感がないわけではないということを。
だが、それでもハーデスはまだましな部類だと人類は判断したのだ。
ならばそれを利用しよう。ハーデス個人としては、人間に危害を加えるつもりはないのだ。
それよりも兵藤一誠達を滅ぼす事の方が重要だ。
勝つにしろ負けるにしろ、できるだけ早く動いて決着をつけねばならない。
戦って決着がついたとして、そのダメージを回復できなければE×Eに漁夫の利を取られてしまうのだ。当然警戒をするべきだろう。
「さて、それでそちらの方の戦力はどうなのだ?」
ゆえに話を進めるべく、ハーデスは疑問を投げかけた。
人類の力を借りるのはいい。だが、借りるに値するかどうかを調べなければ意味がない。
それゆえに当然の質問。
そして、その直後にハーデスは力を放った。
並の上級悪魔なら、塵も残さない一撃。
オリュンポスの神々の中でも最高峰のハーデスだからこそできる抜き打ちでの攻撃。
しかも放たれたのは合計三つ。
戦略爆撃機による爆撃すら圧倒する火力。抜き打ちで、しかも手加減したうえでこれだけの火力を放てるものなど、神クラスでもそうはいない。
しかし、それらは一瞬で弾き飛ばされる。
それをなしたのは、ただの人間。
一人は槌を、一人は剣を、そして最後の一人は十字架を持っていた。
そして、それを目にした瞬間ハーデスは自らの目を疑った。
それは、この場にあるわけがない存在なのだ。あってはならないと言ってもいい。
そして、すぐにハーデスはその来歴に思い至る。
「ファファファファファファファファファ!! なるほど、想像以上に戦力を確保しているとは思ったが、そういうことか!! 納得したわ!!」
「ホントに納得できたのぉ? それならそれでいいんだけどぉ?」
十字架を持つ女性が、不満げな表情を浮かべる。
「ああ。これは中々愉快なことだ。異世界に対抗する為の戦いの下準備に、まさかこんなことが起きるとはな」
一周回ってあきれの感情すら示すハーデスに、十字架を持つ女性はため息をつく。
「……言っとくけど、私達は異形を公開することを前提として同盟を組んでるのよぉ。……あの大戦で内乱を起こした貴方は、信用はできるけど信頼できないのよぉ」
敵意……というよりは嫌気を現すその視線を向けられながら、しかしハーデスはかまわない。
信頼はしなくても信用してくれるのなら十分だ。そして、彼女達がいるのならば勝算は十分にある。
それにしても、これはまた極大のイレギュラーだと断言できる。
しかし、だからこそ勝ちの目は大きくなった。
ハーデスは、来るべき決着の時を見定め、この戦力をどう活用するべきか考慮を始めた
最初はハーデス達だけを出す予定だったのですが、原作におけるイッセーとヴァーリの魔王就任における動きを見て、一ひねり加えました。……今下手に激戦が起きれば、ハーデスは時空管理局も敵に回すから強化したいというのもありました。
原作9巻のあとがきで、三大勢力の和平を一番脅威に思うのは実は人間ではないか……というものがありました。また、宗教問題や差別問題をいまだに解決できていない人類が、この急激な変化に対応しきれるかというのも疑問でした。
と、言うわけでやってみましたよ皆さん!! 宮白兵夜と兵藤一誠に立ちふさがる新たなる敵は正真正銘の人間です。
英雄派のような英雄ではなく、正真正銘人間たちが、異形社会に牙をむきます。そしてその理由は……まあ、一理ある。
急激な変化は本来流血を伴うもの。神々の出現、それもありとあらゆる神話と宗教がその頂上存在を大衆に見せるともなれば、必然的にそこからくる衝撃は大きい。兵夜が推測していましたが、何らかの形で人類と異形の争いが起きることは必然。それも、人類の歴史の流れからしてみれば数十年で起きるでしょう。
しかし、時空管理局との交流も行っている以上、時間をかけて起きれば完敗は必須。それに下手に遅くなったり長引いたりすればE×Eに蹂躙されることは間違いなし。
なら、E×Eが来る前にさっさと済ます。それが偉業を知る一般の人類の判断です。ハーデスも時空管理局を警戒して、それに乗っかった形になります。
+フォンフとの裏取引。知られれば政治家生命存続など民意が許しませんが、質の悪いことに覚悟完了済み。ここの政治家たちは全員個人の欲望よりも志を優先してしまいました。フォンフもフォンフで新型を調達して戦力増強完了。加えて共通の怨敵を倒すまでの不可侵を結んだうえにお互いに行動を予見して連携することもあるでしょう。
ちなみに、量産型リゼヴィムはリリスの情報がわかった時点でやるつもりでした。原作よりも一念時間が空いているのなら、それ位はやってのけないとだめでしょう。