HSDD 転生生徒のケイオスワールド2 卒業生のアザゼルカップ   作:グレン×グレン

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港湾の激闘

 

「それで、兵夜さんはなんて?」

 

「いちゃついてる暁古城のとこに行くって。できれば首輪をつけてもらいたいんだけど」

 

 シルシは紗矢華の返しに苦笑する。

 

 あの手のタイプにツンデレは荷が重い。これではとても好意に勘付かれることもないだろう。

 

 割と普通にやきもちを焼く雪菜や、年季の長い浅葱ですら気づかれなかったのだ。どう考えても気づかれないだろう。

 

「好きなら好きってはっきり言った方がいいわよ。割と気を使える兵夜さんですら結構勘違いするんだから」

 

「だから! なんで私が暁古城が好きなことを前提としてるのよ!!」

 

「あの、それよりも今は気にするべきところが」

 

 からかい半分のシルシと、割とムキになっている紗矢華をなだめつつ、雪菜は雪霞狼を引き抜いた。

 

「それで、藍羽先輩と暁先輩の仲を無理やり取り持とうとしてるのは、貴方ですか?」

 

「……その方が面白そうだと思ったからね。おいしいご飯が食べたいなら、鳥に餌を運ぶぐらいはしないとさ」

 

 槍が向けられた先、霧が形を成しヴァトラーの姿をなす。

 

「あら、このままだんまりを決め込むと思ったのだけど、フットワークが軽いのね」

 

「気づいてたのか。あまりそそらないけど、目はいいんだね、キミ」

 

 シルシを微妙な表情で見ながら、しかしヴァトラーは少しだけ褒める。

 

 戦闘能力という点では、ヴァトラーの及第点にシルシは届かない。

 

 だが、その目の価値を軽視するほどヴァトラーも愚かではない。

 

 強力な戦闘能力を持つものと組めば、シルシの脅威度は大きく高まる。特に古城の夜摩の黒剣と併用すれば、相当離れた距離から正確に大火力砲撃を叩き込むこともできるだろう。

 

「キミ、僕の好みとは違うけど面白そうだね。気に入ったよ」

 

「それはどうも。だけど、あまり人の恋路に他人が介入しすぎるのもどうかと思うわよ」

 

 シルシは平然と対応するが、しかし問題点はそこではない。

 

「問題はそこではありません。第四真祖の覚醒を助けるなんて、貴方個人の趣味の問題で許されるような行動ではありません」

 

 雪菜が警戒するのはそこだ。

 

 第四真祖である暁古城は、世界のパワーバランスを一変させかねない存在だ。

 

 魔王クラスの破壊力をもつ力を十二体も保有する。そんな存在、単独で小国を滅ぼせるほどの存在だ。

 

 世界大国である夜の帝国を支配する第一真祖からしてみれば、つつかない方がいい爆弾であることは想定ができる。

 

 しかし、にもかかわらず第一真祖はヴァトラーの行動を見逃しているとしか思えない。彼を全権大使にしていることがその証明だ。

 

 それが気になっての発言だが、しかしヴァトラーはにやりと笑った。

 

「話は変わるけど、そもそもなんで君が古城の監視役になったのか気になったことはないかい?」

 

 その言葉に、真っ先に反応したのはシルシだった。

 

「ああ、やっぱり獅子王機関は監視役を送り込んだんじゃなくて嫁を送り込んだのね」

 

 苦笑交じりに、シルシは婚約者の慧眼を感心する。

 

 かつて、兵夜は雪菜だけが派遣された理由を、精神的な枷という意味の妾が本命だと判断していた。

 

 少なくとも、ヴァトラーもそう考えているらしい。

 

「ちょ、ちょっと待ちなさい!!? そんな話、私は聞いてないんだけど!?」

 

「……ちなみに、僕が獅子王機関に君もかいと尋ねたとき、静寂破り(ペーパーノイズ)は返答をにごしてたヨ」

 

 大慌てし始めた紗矢華に、ヴァトラーは爆弾を投下した。

 

 しかしそれが爆発するより早く、シルシは質問を返す。

 

「つまり、第四真祖を覚醒させることを目的としている……ということでいいのかしら?」

 

 少なくとも獅子王機関と戦王領域はそのつもりだということだ

 

「少なくとも、獅子王機関とうちの爺さんはそのつもりだろうね。そうじゃなきゃ、さすがに僕をここまで好き勝手にはさせないだろう?」

 

 暗に肯定するヴァトラーは、さらに言葉を重ねる。

 

「そもそも、三人しかいないはずの真祖の四人目とは、いったい何だろうね? 気になったことはないのかい?」

 

 ヴァトラーはそう聞くと、口元を喜悦にゆがめる。

 

「第四真祖が完全に覚醒すれば、それも分かるかもしれない。……その時になってから古城を喰うのも面白そうだ」

 

「「……っ」」

 

 その言葉に、雪菜も紗矢華も敵意をヴァトラーに向けることで返した。

 

 それもまた彼の思惑の内なのだろうが、しかしだからといって平然としていられることでもない。

 

 そして、それはシルシもそうだった。

 

「その時は、貴方たちと私達の全面戦争かしら? 知らないと思うけど、兵夜さんもまた領地を持つ貴族なのよ?」

 

 正真正銘戦争になるが、それでもいいのか。

 

 そう、暗に示すシルシだが、ヴァトラーは肩をすくめた。

 

「それも面白そうだけど、さすがにそれは爺さんも怒りそうだ。……それに、今夜のメインゲストは古城じゃないだろ?」

 

 そういって視線を向けた先には、二人の男がいた。

 

「………」

 

「おいおい、魔族特区じゃ攻魔師がナースやってのかぁ?」

 

 鎧を身にまとった巨躯と、小柄のドレッドヘア。

 

 間違いなく、監獄結界の囚人だった。

 

「グランソード? ……兵夜さんは一人見逃せって言ったけれど?」

 

『悪い! ちょっとこっちも面倒なことになってる!!』

 

 せめてもっと先に言えと暗に秘めた非難に、グランソードは焦り顔で答える。

 

「……どうしたの?」

 

『よく聞け! フォンフの野郎、思った以上に監獄結界にご執心だ!! ……エドワードンを量産して送り込みやがった!!』

 

 シルシはこの瞬間、絃神島の崩壊を幻視した。

 

「本当に、兵藤一誠を連れてくるべきだったわね!!」

 

 エドワードン。

 

 かつて、禍の団が開発した二足歩行の魔術礼装。

 

 宝具に匹敵する性能を秘めたそれは、まだ未熟だったとはいえグレモリー眷属とシトリー眷属を追い込んだ破格の兵器である。

 

 その戦闘能力はおそらく最上級悪魔とすら戦える。そんなものがこんなところで暴れれば、下手をすれば数ブロックが沈む。

 

 それほどまでに動いていることに、シルシは戦慄すら覚えた。

 

「いくらなんでもこれはひどいでしょうに!!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 チッ! ヴァトラーの奴、使えない!!

 

 大口たたいておいて、何をあっさりやられてるんだこいつ。

 

 割と本気で頭が痛くなってくるが、とにもかくにも俺は外に出て敵を確認する。

 

 ……いた。

 

 軽装の鎧を身にまとった大男。手には大剣を持っている。

 

 立ち振る舞いに隙は無い。おそらく能力だけでなく技量も高いタイプだろう。それも、何度も修羅場をくぐった経験豊富な類だ。

 

「暁、アイツも監獄結界の囚人か?」

 

「だろうな。確かグランソードに殴られてたんだが、ぴんぴんしてるな」

 

 なるほど、どうやら囚人の中でも強敵のようだ。

 

 グランソード。確かに俺は一人抜けさせろと入ったけど、ヴァトラーより強い奴を送り込めとは言ってないぞ?

 

 それとも、グランソードを無理やり突破してきたのか?

 

 それはそれで面倒すぎるな。あいつ、今の俺より強いんだけど。

 

 っていうか情報が足りな過ぎて、どういうやつなのかさっぱりわからん。見るからに近接戦闘タイプではあるんだが……。

 

「ブルート・ダンブルグラフ。西欧教会に雇われていた元傭兵キュン」

 

 バックアッププログラムの緊張感がなさすぎるな。

 

「ミつけたぞ、クウゲキのマジョ」

 

 うん、やっぱり南宮那月が目的だよな。これはやるしかないか。

 

「暁、南宮那月と藍羽を連れて逃げろ。適当に足止めしたら俺は逃げる」

 

 流石に船の上で暁を暴れさせるわけにもいかない。確実に沈む。

 

 これは、俺が何とかするしかないか―

 

「いや、悪いんだけど僕の獲物を取らないでくれないかな?」

 

 そんな俺たちの後ろで、蛇が現れた。

 

 その蛇はブルートに切り払われるが、しかし奴の警戒心が大幅に上昇する。

 

「なんだ、生きてたのか」

 

 俺が振り返ると、そこにはぼろぼろになったヴァトラーが、瓦礫を押しのけてすごいいい笑顔を浮かべていた。

 

 本当に、ヴァーリに匹敵するレベルの戦闘狂だ。権力まで持ってるのが実にタチ悪い。

 

「そりゃもちろん。あんないい遊び相手を堪能せずに死んだりなんてしないサ!」

 

 言うが早いか、ヴァトラーはさらに眷獣を展開して攻撃を開始する。

 

 それをブルートはそのまま受け止めながらも、大剣で反撃する。

 

 なんだあの化け物。ストラーダ猊下やサイラオーグ・バアルと生身で殴りあいしてもいい線いくんじゃないか?

 

「奴は龍殺しの一族の末裔さ。何匹もの龍を殺し、頑丈な肉体を得た猛者。滅多に会えない強敵だ。……いいね! 最高だ!!」

 

 あ、これやばい。

 

「暁、藍羽、走れ!! ヴァトラーの奴周りが見えてないぞ!!」

 

 これ、この場にいると巻き込まれる!!

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「本当に面倒なことになったわね!!」

 

 一撃で吹き飛ばされたヴァトラーをしり目に、シルシはエストックを引き抜いた。

 

 とにもかくにも、シュトラ・Dはこちらで迎撃する必要がある。

 

 あの不可視の攻撃を楽に対応できるのは、自分しかいない。

 

 単純な戦闘能力なら宮白眷属最弱の自分が、唯一まともに勝機を狙えるであろう監獄結界の囚人。

 

 ならば、ここは自分が動くのが適任だ。

 

 そう判断し、シルシ・ポイニクスは接近戦を仕掛ける。

 

「姫柊ちゃん、煌坂さん! ここは私が!!」

 

「ちょうどいい、空隙の魔女より先にてめえと決着付けようかぁ!!」

 

 シルシはシュトラ・Dの攻撃をかわしながら、彼をオシアナス・グレイヴ2から引き離していく。

 

 その不可視の攻撃を見事に避けながら、的確に挑発の攻撃を繰り返して牽制を行っていた。

 

「シルシさん!」

 

「雪菜、いまは暁古城たちと合流することを優先しなさい」

 

 慌てて追いかけようとする雪菜を、紗矢華は手で制する。

 

 そして、その視線は別の方向に向けられていた。

 

「……それに、こっちもそんな余裕はないみたいだしね」

 

 その視線の方を向いた雪菜は、あり得ない光景に目を見開く。

 

 そこにいるのは、溶岩で構成された何十頭もの猟犬。

 

 間違いなくそれは眷獣。下位の吸血鬼の眷獣であろうが、その数は見事に脅威だ。

 

 あり得ない数の眷獣の群れ。その気になれば、この眷獣の持ち主は一人で絃神島を滅ぼせるだろう。

 

 そして、そんな元凶は堂々と姿を現していた。

 

「……やあやあ。空隙の魔女を殺しに来たよ」

 

「監獄結界の囚人! まさか三人も突破してくるなんて!! グランソードとかいうのは何してたのよ!!」

 

「気を付けてください紗矢華さん! 彼が突破を許すということは、相当の実力者です!!」

 

 雪菜からしてみれば悪夢に近い。

 

 グランソードは古城の眷獣であろうと一体位なら返り討ちにしかねないほどの力を秘めた悪魔だ。その気になればヴァトラーを抑え込むことも可能だろう。

 

 それほどの人物が、直属の部下を率いて動いているのにもかかわらずに三人も突破されている。

 

 必然的に監獄結界の囚人の中でも、最高位の実力者だということだ。

 

「お初にお目にかかる。私はサリファイと申すものだ。……悪いが、生贄になってくれないかね?」

 

 その言葉とともに、眷獣の群れが一斉に襲い掛かった。

 


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