ハルケギニア黄金譚   作:てんぞー

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発端

水面は風の影響も受けずに静まっていた。その様子を膝をつきながら確認し、左手で確認するメモ帳を覗き込んでから正面へと視線を受ける。5メイル程先の距離には水の上に浮かぶ足場が見え、その先には巨大な瓶を担いだ女人の石像が見える。そこから視線を外して遠くへと向ければ、室内に広がる底なしの湖の向こう側には扉が見える。壁は湿っていて良く滑り、そして水の中に片手を入れればそれに引き込まれる様な強さを感じる。やはり正攻法以外での攻略を阻もうと錬金術の力が働いているのを感じる。ものは試し、にと杖を取って錬金の魔法を唱えてみる。だがその魔法は完全にかき消された。やはり、この場ではエナジー以外の力をかき消す力が働いている。

 

「ビンゴ、かな?」

 

 メモ帳の中身を確認し、そこに記した内容をチェックする。

 

「マーキュリー一族は水のエナジスト。その力は水の生成、氷結、そして癒しに通じる。特に水のエナジーであるプライの系統は強い癒しの力を発揮するも、マーキュリー一族専用のエナジーである事から使用者は少なく、マーキュリー関連の遺跡の探索を阻んでいる―――古代、錬金術時代の技術ってのは本当に面白いもんだ」

 

「で、どうするんだアレン。飛び越えるかのか?」

 

「それとも出番か? 余の出番かここは!」

 

 メモ帳を閉ざしながら懐の中へと戻し、呆れた表情を浮かべながら振り返る。そこに立っているのは共にマーキュリー一族の遺跡を探索している仲間だ。一人目は男だ。どことなく気品を感じる絹の服装にマーキュリー一族、そして水のエナジスト特有の明るい色の青髪、中年に入った男だった。どことなくくたびれた服装をしてその正体を隠しているように思えるが、貴族特有の品の良さがその所作からにじみ出ている為、隠しきれてはいないのが解る。ただ今回の探検、その協力に名を上げてくれた水のエナジストである為に、余計な詮索はよしている。そもそも、一人称が余という時点で隠しきれていないとツッコミを入れるのは野暮なのだろう。

 

 その男と比べ、もう一人は女、流れる様な長い白髪を先端で軽く縛って装飾している。鋭い眼つきが特徴的な彼女はガリアの草原の民が纏う特有の民族衣装を着ており、袖の部分が非常にゆったりと伸びており、スカートも長く深いスリットが太ももをあらわにしている。腰部には髪と同じ白いふさふさ、尻尾を模して装飾をぶら下げており、その全体的な雰囲気から狼を連想させる、青の服装を纏った女だった。

 

 自分を含めた、この三人がマーキュリー遺跡を探索するメンバーだった。約一名に対して不安は残るが、それでもほかに頼れる水のエナジストがいないという事実に嘆くべきだろうか。ともあれ、水のエナジストのヨーゼフに頼む事にする。

 

「あの石像があるだろ? アレの前でプライを頼む」

 

「余の目が正しければあの足場の上からではないと届かないようだが」

 

「たったの5メイル距離だろ? 飛べよ」

 

 振り返りながらヨーゼフ、おそらくは偽名なのだろうが飛ぶように指示を出すと、真顔で顔を見返された。おそらく冗談のつもりだと思っているらしいが、そんなことはない。本気も本気である。5メイル程度の距離、跳躍できなくて何が探検家なのだろうか。今回は自分から志願してきたのだから、この程度できなくては困る。一応保険にベルトポーチから植物の種を取り出しつつ準備をしておく。そして再び、

 

「余裕だろ? これぐらい」

 

「……うむ、そうであるな! 余に任せよ」

 

 ヨーゼフが一瞬だけ迷ったような表情を浮かべたが、それを振り切った。身のこなしから割とぼんぼんであるのは発覚しているので、才能だけはあって腐らせていたぼんぼんの貴族が冒険に憧れて、という感じのイメージを勝手にヨーゼフには抱いている。まぁ、このマーキュリー遺跡を調べる上では必要な人材なので、多少アレなところは目をつむっている。そうやってヨーゼフを眺めていると、ヨーゼフが助走を得るために6メイル程後ろへと下がった。そこで足や体を軽く解す様に動き―――一気に走り出した。

 

「……」

 

 その姿を彼女―――シノは冷やかに眺めて、此方へと視線を向けると、目線だけでアレ、無理だぞ、と伝えてくる。やっぱりだよな、と嘆息しつつヨーゼフが飛んだのと同じタイミングで此方も手の中に転がした植物の種をヨーゼフへとひっかけるように投げた。

 

 5メイル。その距離をヨーゼフは跳んだ。それ自体は難しくはない。エナジストは体を鍛え、そして精神を鍛える。そうする事でエナジーが磨かれ、そしてその余剰分で肉体が強化される体。故にエナジストは総じて高い身体能力を発揮できる。古代錬金術の恩恵の一つになってくるのだが―――根本的に、ヨーゼフは体を動かすセンスや慣れというものがなかった。彼は跳躍し、5メイルの距離を超えて見事に水に浮かぶ足場に着地した。それはまるで水面に固定されているかのように不動で、男の体重が乗った程度では沈みも揺れもしなかった、不思議な足場だった。だがそれは()()()()()のだ。おそらくヨーゼフはそれを失念していたのかもしれない。

 

「ん? おぉぉぉ!?」

 

 着地するのと同時に足を滑らせていた。足が宙を舞い、そしてそのまま後ろへと、頭から水面に叩きつけられそうになる。このまま放置すれば強い引力が発生している水面に飲み込まれて、底の見えない遺跡の闇へと引きずりこまれるだろう。それを回避するためにもヨーゼフに引っ掛けた種へと向かって地のエナジーを送りこむ。

 

 グロウ。心の中でそう呟くのと同時に種が割れ、植物が超高速で育つ。一瞬で育った種がツタへと育ち、ヨーゼフの体と足場を固定するように身を絡ませて育った。倒れそうだったヨーゼフの姿をそのまま掴んで不動のものとし、落下する姿を水面に触れる前に救った。ヨーゼフ自身も何度か目を瞬きさせながら軽く冷や汗を流しており、動きを停止させていた。そこからゆっくりと両足を足場の上に下ろし、枯れ始めていたツタを体から引き剥がし始める。そして此方へと振り返り、

 

「うむ……今度からはしっかりと体を鍛えようかと思う」

 

「そうしろそうしろ。魔法もエナジーもできなくても蓄えた知識と鍛えられた肉体だけはどんな状況でも絶対に裏切らないからな」

 

「逆に言えば才能は裏切る」

 

「おい」

 

 シノの無情な言葉に個人的に思い至る事があるので、頭を悩ませているとヨーゼフの方もヨーゼフの方で死にそうな目をしていた。とりあえず空気を換える為にヨーゼフの方に指示を出すと、ヨーゼフが指示の通りに石像へと向かって右手を伸ばした。ヨーゼフの体の周りのエナジーが高まり、そしてそれが腕から放たれる。放たれた水のエナジーは癒しの力へと変わり、キューピッドの様なアイコンを生み出して、力を石像へと降り注いだ。ヨーゼフが最後まで癒しのエナジーを注ぎ込むと、石像の目がいきなり光った。その様子に一瞬だけヨーゼフが驚くが、次の瞬間には石像の抱える瓶から光る水が溢れだした。それが室内の水へと合流すると、水量が上昇したのでもないのに、水面が不思議な輝きに包まれた。端へと移動し、ゆっくりと水面を片手で叩いてみれば、そこには硬質な感触が返ってくる。光でコーティングされた水面は普通に足場として歩けるようになっていた。

 

 立ち上がり、メモ帳を取り出してそこにペンで素早くこのギミックの事を追記する。一族、血族専用のエナジーが仕掛けを突破するのに必要というギミックは割かし多い。特に大型の遺跡ともなってくると最終的には他の属性のエナジーも要求してくるところがある。メモを終えたところで迷う事無く水の上に立った―――立てた。

 

 問題なく立てて、そして歩けるのを確認してからヨーゼフとシノへと視線を向け、頷いた。

 

「それじゃあ奥へと行こうか。この遺跡もだいぶ深いところへと来た。おそらく深層が見えて来たはずだ」

 

 クロークを後ろへと軽く流しながら腰の剣の柄に片手をかけつつ、もう片手でメモ帳を握った。これまでの調査結果と、そしてこの遺跡のギミック。だとすればその奥で待ち受けているものは間違いなくマーキュリーの一族に関連する品であり、そしてそれは待ち望んでいたものだろう。これを持ち帰れば大きな名誉と、そして金が得られる。その未来を思い浮かべながらにやり、と笑みを零して水の上を歩き始める。

 

 

 

 

―――かつて、一人の天才が存在した。

 

 男は才能溢れるメイジだった。古代、はるか古代と呼ばれる時代のハルケギニアに男はいた。男は四系統属性魔法の全てを使えた。故に男は天賦を授かりし者として多くの待望を浴びていた―――しかし、男はその頂点に立ったからこその疑問を抱いた。

 

『何故みんなは魔法を疑問にも思わず使えるのだろうか―――?』

 

 男は天才だった。男は魔法の錬金を使って金属を生み出した時に思った―――これは明らかに法則を無視していると。風は空気の運動。炎は摩擦から熱を生み出せばよい。水は大気に溢れている―――だが、金属はおかしい。明らかにそれは法則が壊れている。油、黄金、白金、銀、鋼鉄、錬金の魔法は様々な金属を鉱山へと向かわずに生み出す事の出来る夢の様な魔法だ。それでいて簡単に使える。だけどそれはあまりにもおかしいではないか。男はそう思った。そして同時に恐れた。

 

 私達は一切理解できないものを当然のように触れている。

 

 男はそれが怖かった。そしてだからこそ、最も簡単な道を選んだ。

 

『そう、解らないなら簡単だ。解き明かせばいいんだ』

 

 疑問に思った男は法則を解き明かす事を決めた。魔法が神聖視されていた時代である為、男の行動は問題視された。魔法とは奇跡であったからだ。貴き血に宿った奇跡の力であり、奇跡の象徴。力があるからこそ貴いのであると、そういう理解さえあった。また同時に、貴き血のみが魔法を操るメイジである、という認識が平民に対する弾圧ともなっていた。それが宗教となり、権威を握るという意味でもそれは恐ろしい事であったのだ。

 

 男は天才だった。故にきっと、できるだろう、という事が想像された。故に男の命は狙われた―――無論、人間からだけではない。当時から不倶戴天の敵であるとされていた異種族・エルフからでもあった。男は研究に対して一切の容赦をしなかった。彼はメイジの使う四系統魔法を見て、これを解き明かすにはメイジの力だけではなく、エルフの使う精霊魔法を見る必要もあると理解したのだ。

 

 故に彼は異端の才人となった。メイジの力を自分自身で、そして同じように興味を持ったエルフの仲間を引き入れた実験に実験を繰り返した。一体どうやって魔法は発動するのか? 何故魔法は発動するのか? これが自然の現象を超越するのは何故だ? 我々が理解できるのはどの部分だ? 我々が理解する事から繋がるのはどこだ? 精神力とはなんだ? 何故回復する? 何故それが魔法となる?

 

魔法とはなんだ。

 

 男とその仲間は異端の悪魔としてやがて恐れられた。だがその中で、男はついに成し遂げたのだ。精霊魔法、そして四系統魔法。その謎を解き明かした。精神力が何を生み、どういう法則で世界に対して影響を与えていたのか。なぜ物質が変化するのか。

 

それは全知に()()()()近く

 

それは全能に()()()()近い

 

 彼が仲間たちと共に見出した知恵はそう言われた。無際限に生み出せる黄金。寿命の意味を覆して普通の人を数百年も生き永らえさせる力。不治の病を嘲笑うかのように治療するありえない程の医術。男たちは異端の魔法によってそれを成し遂げた。それはただ一つ、錬金というとてもシンプルな魔法から見出された疑問だった。そこから彼はエナジーと呼べる力と、世界に対する法則を見出した。

 

 故に彼は錬金から始めた研究の成果を呼ぶことにした。

 

―――錬金術、と。

 

 

 

 

「―――うーん、見事な古代錬金術最盛期時代の建築様式。既に数千年経過しているのにまるで劣化を感じさせない。そもそも数千年経過しているのにその時代からの遺物が問題なく稼働し続けていること自体がおかしいんだけどな……」

 

「なに、固定化ではないのか?」

 

「固定化なんてそんな長く持たないだろ? それにほら、シノ。ちょっと壁を本気頼む」

 

 マーキュリー遺跡の深層へと続いて行く長い、翠色の通路の中で、足を止めて横の壁を破壊するように頼む。それを受けたシノが面倒そうにしつつも壁へと体を向けてから片手を出した。爪を立てるように構え、横一線に腕を振るった。風と雷撃の入り混じった風のエナジーがそのまま爪撃となって壁へと叩きつけられた。それだけで生物のみならず固定化のかかったゴーレムさえも破壊できてしまう爪はしかし、まるで傷跡すら壁には残していなかった。

 

 なおエナジーとメイジの魔法は()()()()()である。それは精霊魔法にも言える事である。故にエナジーを使った攻撃であれば普通に固定化を削る事は出来る。そして今の一撃は一般的な固定化を消し飛ばすか、上等なものでもその部分だけ貫通するレベルの破壊力はあった。だが傷一つないという事は、

 

「見ての通り、材質というか性質というか、そのものがまるで違うんだよ。おかげで削り取って研究する事さえできないし、利用する事も壊せないから非常に難しい! まぁ、時代と共に失われた遺失技術(ブラックアート)とでも呼ぶべきもんだな。ロマリアが錬金術研究の弾圧を続けている限りはめったなことじゃ調査する事さえできないだろうし……ブリミル教がその権威を失墜させるまでは次時代が続くかなぁ……」

 

 奥へと続く通路を歩き、流れる水路を横にしながら進んで行く。此方の最後の呟きに反応したヨーゼフが確か、と言葉を放つ。

 

「ブリミル教の五代目教皇により錬金術の異端宣告が成されたのであったな?」

 

「お、詳しいなヨーゼフ。その通りだ。精霊魔法と系統魔法を解き明かして作った錬金術は本当に魔法とでも呼ぶべき奇跡の数々を生み出した。だけど怨敵エルフの使う魔法を先住魔法と蔑むブリミル教はそれを許容できない。貴き奇跡と野蛮な術の合わせ技が自分たちを超えるなんて事実を到底認める事が出来なかった。故に錬金術は異端の認定を受け、ハルケギニアから駆逐すべし、と言われた」

 

 その結果、錬金術は戦争で敗北して数々の文化や文明が滅ぼされた。錬金術が叡智の頂点として輝いた時代は本当に短かった。だけどそれは濃密な時間でもあった。一つの文明としては明らかに短すぎる数百年という時間の間に錬金術による文明―――ウェイアードは今現在でさえ超える事の出来ない超高度文明を構築する事に成功した。その遺産の数々は伝説とも呼べるものとなっている。

 

「そして現代へ、と続くか」

 

「ガリアは大国らしく比較的穏健というか使える奴は何を使えるから使えるんじゃなくて、有能だから使えるんだよぉ! って理論はしっくりくるし嫌いじゃないから住みやすいわ。ただロマリアの弾圧はいまだに酷いし、トリスタ二アはロマリアの影響をやや受けててエナジストへの風当たりが強いから隠れ里以外では見ないんだよなぁ……かくいう俺も隠れ里出身なんだが」

 

「ほうほう」

 

 ヨーゼフが話を聞いて露骨にテンションを上げている。やはりほかの国の話とかは好きなんだろうか? そんなことを考えつつ自分の金髪を軽く手櫛で後ろへと流して整え直す。そう、錬金術は衰退した。森羅万象に宿る力を解読して生み出したエナジーという概念を遺して。

 

 錬金術の技術の大半はその知識と共にロマリアによる宗教活動によって弾圧され滅んだ―――だが古代ウェイアード人の血筋はばらまかれ、その全てを殺しつくすのは不可能だった。故にエナジーの概念は残り、その子孫たちは時折、或いは訓練されてエナジーに目覚めるようになった。その数はメイジと比べれば少ないが、それでも平民、貴族、王族と関係なく広がっている為、才能と資質さえ合えばだれであろうとエナジーに覚醒する可能性が存在していた。

 

 故に現代、エナジーを操る人間―――エナジストは存在する。

 

 こればかりはどれだけ弾圧をしても無駄なことだ。血脈は広く分かれてしまったのだから。そして今でも続く弾圧を避ける様に多くのエナジスト、その子孫たちは隠れ里を形成するか、或いはメイジのフリをして生きている。エナジーはその性質上、とある手段を使わない限りはほかの属性のエナジーが使用できない為、単一属性のメイジであると偽れば、使用するエナジーを厳選すればある程度周囲を騙す事が出来るのだ。

 

 たまに異端審問に見つかるエナジストも存在するが、基本的に平民のふりをするか、熱狂的な信徒にさえ気を付けていればそこまで悪くはない。

 

 特にガリアはエナジストだと公表していても普通に生活も仕事もできる、良い国だと思う。

 

 とはいえ、トリスタ二アの隠れ里出身である以上、ガリアに長く居るという事も出来ないのだが。故にこれが終わったら数日ガリアで過ごしてから再びトリスタ二アに直行だろう。そう思うと少しだけ憂鬱だが、こればかりは仕方のない話でもある。今回の冒険に関してはスポンサーの意向もあるし、既にこの遺跡を探し、見つけ出して攻略するのに7年が経過している。向こうもそろそろ限界と言えるだろうし、タイミングとしては悪くなかったのかもしれない。

 

 そんな事を考えている間に通路の終わりへと到着した。

 

―――しかしそこは壁が存在し、その向こう側へ続く道が存在しなかった。近づき、壁に触れてから軽く拳で叩く。これが通常の建築物であればこれで向こう側に空間があるのかどうかを調べられるのだが、生憎と錬金術によって作られたこの地下遺跡にそんな常識は通用せず、音が壁に吸収されて消えた。だが明らかな終わり、そして壁に掘られた装飾を確認し、数歩後ろへと下がる。

 

「シノー、頼むわ」

 

「む、私の出番か、任せろ」

 

 そういうと入れ替わる様に前に出て来たシノが目を閉じ、エナジーを解き放った。エナジーを認識できる者たちの世界がモノクロームに染まったのが見えた。そしてわずかに光が照らすシノの周囲だけ、モノクロながら先ほどの空間には存在しなかったものが見える。

 

 それは穴だった。通路の終わり、壁があったところの壁が消え、そこにはさらに奥へと通じる穴がある。

 

「やっぱり隠してあったか」

 

「隠されしものを見つけ出すエナジーか……エナジーもそうだが、どうやって隠蔽しているのかが気になる所ではあるな」

 

「いくらでも悪用が効きそうだからある意味滅んで良かったというか……」

 

 苦笑しながらシノのイマジンが効果を発揮している間に、三人で一気に穴を抜けて通路の向こう側へと出た。その先には短い通路と扉が見え、いよいよ深層の終わりが見えて来た。いい加減太陽の光が恋しくなってきたのも事実だったので、終わりが見えて来た事に息を吐いた。イマジンが解除され、背後の穴が消えて世界が元の色を取り戻す中で、前へと向かって進んで行く。

 

 自然とここまでくると口数が減る。或いは目的地が見えていることが影響しているのかもしれない。

 

 追い求めた遺跡の奥、そこが果たしてまだちゃんと存在しているのか―――それを祈りながら短い通路を抜け、その先に広がっている空間に到達した。

 

 建築様式はウェイアード式のマーキュリー調、青に近い翡翠色の天井と床がわずかに明るく光りを放っており、それがこの地下という空間であろうと関係なく明るく照らしている。その奥に存在するのは泉であり、その中央には瓶を担ぎ、岩の上に休み女神の像があった。幾世経ても変わらぬ美貌を維持し続ける古代文明の彫刻の美しさは一切陰る事もなく存在し続けていた。

 

 瓶から水は流れておらず、立っている場所から泉の中は良く見えなかった。ただ水位は減っているのを確認できた。それを目撃した瞬間、焦りながら前に出て、走って近寄りながら泉を見て、そして安堵の息を吐いた。メモ帳を取り出し、そこに書き記した記述通りの姿、女神像の姿を確認し、そして泉の底に僅かに残った美しい色の水を見る。

 

「―――ヘルメスの泉だ。僅かにだが残っている! 残っているぞ! やった! 見つけたんだ! ついに!!」

 

 ははは、と笑いながら振り返る。走り寄ってきたヨーゼフとシノがまだ泉に残るヘルメスの水を見て、喜びながら笑い声を零し、三人で抱き合いながら喜びを確かめ合った。そのまま体を投げ出すように床に座り込んだ。ここに来るまで前回の休みから数時間が経過している。良いところだからここで休憩する事にする。

 

 持ち込んできたポーチから携帯食料を取り出して、それを泉から少し離れてかじり出す。

 

「あぁ。ここまで7年かかった……本当に長かった……」

 

「話を聞くに尋常ではない時間をかけているようだな?」

 

「そりゃあそうだ。とある不治の病のご令嬢を治療するためにこれを探し求めていたんだからな。これを献上したら大量の金、発見し持ち帰り救ったという名誉、そして彼の領内ではエナジストを庇護して貰えるって約束を取り付けているんだ。そりゃあ喜びもするわ。大手を振るって暮らすことが出来るんだよ」

 

 ふぅ、と息を吐く。

 

「ヘルメスの泉に集う水は()()()()()()なんだ。不治の病、死病の淵で死にかけている爺だってこれを飲めばたちまち癒える。……まぁ、寿命は延びないらしいけどな。それにしたって規格外のもんだ。こいつがウェイアード文明では半永久的に稼働し続けていた上に無料開放されていたんだぜ?」

 

「改めて聞くその時代は神話の様だな」

 

「神話か……確かにそうとも呼べるな」

 

 来る前に持ち込んできた少しだけ味の良い携帯食料、奮発して購入したそれはいつも食べている栄養重視の奴と比べ、少しだけ美味しく、腹を満たして活力を満たしてくれる。ヘルメスの泉を発見したら祝いにこれを食べよう、と決めていたのだ。ヨーゼフやシノの表情を見ればこの歴史的発見にやや興奮、或いは満足感を感じているようにさえ思える。

 

 これでどうにか、ラ・ヴァリエール公爵家との約束は守れそうだった。

 

「ふぅー……人生、もうちょい楽になればいいんだけどなぁ」

 

「ならばガリアへと来ると良いのではないか? それほど優秀であれば引く手数多だろうに。特にガリアでは出自など気にせず、能力のみで判断するからな。どうだ、余が一筆添えても良いぞ?」

 

 その言葉にすまん、と答える。

 

「やっぱ故郷が恋しいわ」

 

「トリスタ二アか……あちらはエナジストにあまり優しくはないと聞くぞ?」

 

「そうなんだよなぁ……」

 

 その言葉に溜息を吐いた。自分が生まれ育ったトリスタ二アは数年前から王家が少しずつ力を失いつつあり、そのせいで貴族や教会が力をつけてきている。貴族や

教会が力をつければどうなるのか? どちらも基本的にエナジストが嫌いなので、そちらへの風当たりが強くなるのだ。異端狩りとかロマリアでやっている様な事ではないが、それでも露骨に唾を吐いたり、仕事を回さなかったり、とかなり扱いは酷くなる。まぁ、権威を揺るがしかねない出来事があったからしょうがないかもしれないが、それを現代まで引きずっては欲しくない。

 

「うちの隠れ里はちょっと大きな貴族のところの領地にあってな―――」

 

 ラ・ヴァリエール領に隠れ里のハイディア村は存在する。そしてこの隠れ里は現状、ラ・ヴァリエール公爵に黙認されている状態だ。だが、ラ・ヴァリエール公爵の娘の一人が不治の病にかかった事が原因でこの関係はやや変化した。

 

 水のメイジをどれだけ呼んでも治療できないのであれば錬金術に頼るしかない。故にラ・ヴァリエール公爵は幾つかの条件と引き換えに、錬金術による治療を頼んだ―――その結果がこの7年間、そして漸く発見したヘルメスの泉である。楽しいには楽しかったが、漸く重荷を下ろせたという気分でもあった。

 

と、いつの間にか食べ終わってしまった。休憩はこれで終わりである。何とも侘しい食事ではあったが、トリスタ二アに凱旋すれば金は一気に増える。そうすればしばらくは好きに生活もできるだろう。

 

「うっし、ヘルメスの水がまだ使えるかどうかを確認しつつ採取しちまうか。んじゃ、真面目な作業をするから邪魔するなよ?」

 

「誰がするか」

 

「流石にな」

 

 苦笑するヨーゼフとジト目で睨んでくるシノの視線を受け流しつつ、ベルトポーチから三本のガラス瓶を抜いた。スターダストと呼ばれる希少な素材を使って生み出した、品質劣化を防ぐ力を持った不思議なガラス瓶になる。衝撃に対しても非常に強く、力いっぱい石畳に叩きつけたところで傷一つつかないという面白い強度を誇っている。そのため、今回のヘルメスの水を保存するための容器としてわざわざ用意してきたのだ。素材そのものがミスリル並みに希少である為、だいぶ血反吐を吐き出す思いだったが、それでもこの瞬間の為なのだから、ある意味報われたともいえる。

 

 ともあれ、泉の淵へと移動すれば、ヘルメスの泉内部の水量がかなり減っているのが見える。おそらくは相当昔から泉が機能停止していたのだろうと思う。軽く計算し、大きなバケツ一つ分程度しか残されていなかった。これなら少し無駄に使っても問題はないだろう、と指で触れないようにガラス瓶をエナジーを使って操作する。まず一つ目のガラス瓶をたっぷりと満たしてから再びキャッチのエナジーで手元へと引き寄せると、一旦他の瓶を泉の淵へと置き、手袋に包まれた手を露出させた。

 

 何度も冒険で酷使してきた手はボロボロになっている。爪は数え切れない回数剥がれて、この手も何度も切られた。決して消えない傷跡が何個もこの手には存在している。それらの思い出を感じながら手を口元へと寄せて、

 

 半分、噛み千切る勢いで指に噛みついた。

 

 根元から千切れかける指はぶらり、と皮一枚で手につながっており、今にも切れ落ちそうな様子だった。血液の溢れだす手をさらに泉から遠ざけ、血が泉に混ざらないように注意しながら傷跡にヘルメスの水をかけた。直後、まるで時間を巻き戻すかのように指がつながり、そして傷跡が消えて行く。そればかりか手についていた古い傷跡なども消え去って行き、肌の色が綺麗になって行く。

 

 そして完全に綺麗に、傷一つもないまるで新品の様な自分の手を持ち上げ、そして眺めた。

 

「……本物だ」

 

「余、最近腰痛を感じ始めているんだがこれもしかして腰に掛けたら治らない?」

 

「古傷の類まで消して……これが奇跡というものか」

 

 綺麗になった自分の手を掲げる様に眺めながら、溜息を吐いた。これで漸く長く続けて来た自分の冒険も今、一つの終わりを迎えるのを感じた。だがそれと同時に、また新たな冒険が待っている様な、厄介ごとが待ち受けている様な、そんなどうしようもない予感も感じていた。

 




 という訳でなんか某所で呟いてたゼロ魔x黄金の太陽をサラっと。裏ではデータ再作成作業で忙殺されている人だよ。そういやぁゼロ魔でキチンと続いたのを書いた事ねぇなぁ、と思いつつメインシナリオはファック&ファック、アポカリプスで破壊してやるぜといういつものスタイル。

 ヨーゼフ……いったい何者なんだ……。

 みんなも黄金の太陽遊ぼう。

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