東方ヤンデレ短編集   作:触手の朔良

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ちょっと濁してあるけど、性的な描写があるので良い子は見ちゃダメよ!


按摩屋3

 どうも。按摩屋だ。

 早速だが今日は朝から胃が重い。

 昨晩呑み過ぎただとか、体調不良だとかではない。そもそも自分は下戸だ。

 理由は明白。今日来る予定な客が、苦手な相手だからだ。

 勿論、曲りなりにも金を頂戴しているのだから提供するサービスに差をつけたりはしない。しかし人間、苦手なものは苦手なのだ。

 ややもすると気が重くなり、溜息を吐いてしまう。

 動きもどこか精細を欠き、緩慢な動作でシーツを取り替える。

「つれないなぁ。私はこんなにも心待ちにしていたというのに」

 全く予想外に声を掛けられ、○○は全力で声のした方を向いた。

「少し早かったかな?」

 その声の主は誰あろうか、今日の予約客である豊聡耳神子その人だった。

「……いつの間に入ってきたんだ? 全く気づかなかったぞ」

「あぁ。私の知人にね、そういうのが得意な人物がいてね」

 彼女の声音は常に余裕があり、ともすればこちらを見下している様にも聞こえる。

 無論神子にその様な気は一切無い。が、生来の気質故か、無自覚の傲慢が含まれていた。

 多分に非難を交えた皮肉も神子は気にした風もなく、全く悪びれる様子も見せずにあっさりと答えをバラすのだった。

 この短い遣り取りで、俺が彼女を苦手にしているのが分かっただろう?

 いや、決して嫌いではないのだ。神子の、凛と透き通った声はむしろ心地よいし、常々堂々たる態度は尊敬すら覚える。

「それにしても、待ち侘びたよ。愛しい人との逢瀬は、矢張り楽しみで仕方ないな」

 神子は朗々と、舞台女優の様に大仰に心情を語りながらその距離を詰めてきた。

 こういう時、目が見えないとは困る。音の反響から大まかな配置は分かるとはいえ、咄嗟の反応に遅れるのだ。

 神子は距離を詰め、詰め――互いの吐息が掛かる程に顔を近づけてきた。

 彼女の吐く息は俺の唇を濡らし、肌には微かながら暖かさを覚える程に、距離を詰めてきた。

 俺はというと下手に動くことも出来ず、その吐息を感じてやっと背を逸らしたくらいだった。

「――あの話は考えてくれたかな」

 神子が甘く、囁きかける。

 彼女のいう指示語が何を指しているのか、○○は直ぐに察しがついた。

「……毎度毎度、からかうのはよしてくれよ」

「うぅん。決して冗談なんかじゃないんだけどなぁ」

 あの話、というのは自分の専属にならないかという話だ。

 もし自分のものになってくれたら、と彼女はとんでもない金額を掲示してきた。それこそ、一生涯を豪遊して過ごせる額である。その為に○○が本気と取らぬのも無理からぬ事だろう。

「ふむ。嫌がる相手を力づく、とは私の性分ではないからな。仕方ない。今日はマッサージだけでも良しとしよう」

 というか、それこそがこの店本来の目的だろう。

 ○○は呆れつつ、シーツを取り替えたばかりの布団へ神子を誘導しようとする。

 しかし彼が声を発するよりも早く神子は椅子へと座ってしまった。

「おい――」

「いや、何。今日は肩を揉んで貰おうと思ってね。立場上、人前では肩肘張った態度を取らなければいけないからね」

「そういう事なら……」

 神子の行動におかしい所はない。

 しかし主導権を握っているのが店の主人たる自分ではなく彼女であること。それにちょっとした忌避感を覚えながら、俺は神子の言う通りにした。

「んっ……!」

「確かに、凝ってるな」

 肩に這わせた指先が、凝り固まった肉の感触を捉える。

 それを揉み解す様に動かすと、気持ちが良いのだろう、神子が合わせて声を上げた。

 豊聡耳神子は楽器となった。俺の指先に合わせ声を奏でる楽器へと。

 ……その声が妙に甘ったるくて男の情欲を擽るので、気を紛らわす様に声を掛けた。

「それにしても、意外だな。お前さんでも人前では取り繕ってるんだな」

「んうっ……! ふふっ、珍しいじゃないか。君から話し掛けてくるなんて」

 ほっとけ。

「意外でもないだろう? 私だって普通の女だよ。そりゃぁ能力としては優れているかもしれないが、緊張だってするさ」

「普通ねぇ……」

 彼女の言葉に耳を傾けつつも、指先は緩めない。

「お前さんはいつも自然体だと思ってたよ」

「……心外だね。しかし、君がそう思うという事は、私は君の前だけではそういられるという訳さ。――あっ……! そこ、そこをもっと強くっ……!」

 会話を交えながらも、結局は神子のペースだと。○○は思った。

 彼女の要望に応えるべく「あいよ」と短く答え、手の力を強めた。

「あっ……、あぁっ! 気持ちいぃ……」

 強く揉む度、神子は声を上げる。艷やかで甘い、脳を痺れさせる様な。

 ――もっと聞きたい。

 いつしか○○はそんな考えに囚われ、一心不乱に彼女の肩を揉んだ。

 ○○には見えぬ。神子の口角が釣り上がり、弧を描いた事を、○○は知らぬ。

「ん、くぅ……。もっと、もっと前の方を揉んでもらえないかい?」

 さしたる疑念も持たず、言われた通りにする。

 神子の甘い声が響いた。甘い、甘い声が響いた。

「もう……、もう少し、もう少し前の方もいいかな」

 言われた通りに指を滑らせる。つるりとした鎖骨の窪みに、指の腹が掛かった。

 神子の吐息は、荒い。ハァハァと、何かを期待しているかの様に熱を帯びている。

 指先に力を込めようとしたっ瞬間だった。

「もう少し前だ……」

 神子はそんな事を口走った。

「いや、これ以上は――」

「前だ」

 拒絶の意を示すと、彼女は有無を言わさず強い口調で言葉を遮った。

 そして俺の手を取り、するりと襟口から服の中へ導いた。

 おかしい。何がおかしいのだろう? 何もかもがおかしい。

 いつもの俺であれば強く振りほどく筈なのに、何故かそんな気が起こらなかった。それが、おかしい。

「ん、どうしたんだ……?」

 神子が甘く囁く。そう、この声だ。彼女の声を聞くと、脳が痺れ思考に靄が掛かるのだ。

 甘い声。甘い、甘い声。甘い匂い――匂い?

 ○○は、最早言わずもがな、盲人である。彼が尤も頼りにしているのは聴覚であるが、嗅覚と触覚もまた、周囲を把握する為の重要なファクターであった。

 故に○○は基本、無臭を保とうと努めている。今も小屋の中には、脱臭用の竹炭を置いてあるぐらいだ。

 こんな甘い、甘ったるい、理性を蕩けさせる様な匂いなぞする筈が無かった。

(どこからだ……!?)

 男の目に僅かに理性の光が灯る。

 この場には○○と神子しかいない。その神子も、ずっとマッサージを受けていたではないか。

 鈴は鳴っていない。他の誰かが入ってきた気配もないが――待てよ?

 そう言えば神子も、そんな風に侵入して来たではないか。

 急速に思考が晴れ、○○は己が現況を正しく理解した。そうして直ぐ様腕を戻そうとするも、がしりと、神子の手がそれを許さなかった。

「ぐっ!」

「女に恥を掛かせるものではないよ?」

 そう、神子が声を発すると匂いが一際濃くなった気がした。

 ○○が抵抗の意思を見せる間もなく、彼の意識は再び混濁に呑まれる。

 そうして神子の願い通り、男の腕は再び服の中へと侵入していった。

 一見して男子と見間違えてしまう慎ましやかな胸であったが、その感触は柔らかく、男のそれとは明らかに異なる。

 そしてその緩やかな頭頂部には、既に固くなったオンナがその存在を強く主張していた。

「あぁっ! そう、そうだ……! もっと君を感じさせてくれ! 私を感じてくれ!」

 らしくもなく声を張り上げる神子。

 普段の冷静さなどかなぐり捨てて、ただ愛しい男がもたらしてくれる快楽を心待ちにした一匹の女がいた。

 肌の上を男の指が撫でるだけで、神子の女ははしたなくも敏感に反応してしまうのだ。

 焦れに焦らされ、男が神子を摘むと彼女は一際甲高い声を上げた。

「あぁ……ッ!!」

 背を反らし全身を痙攣させるその様は、説明せずとも解るだろう。

 次の瞬間には、神子の四肢はだらりと垂れ下がった。

 一頻り心地よい倦怠感に身を委ね、満足したのか神子はすくりと立ち上がった。

「ふ、ふふ……。○○……」

 満足した? 冗談ではない。

「○○。これでは足りない、足りないんだ。――やはり攫ってしまうのが一番だな」

 神子は蕩けた表情のまま男へ身を預ける。見上げれば、視界一杯に愛しい人の顔が映った。

 そうして爪先を伸ばしゆっくりと唇を近づけようとする――。

 

 

 

 

「お待ちなさいっ!!」

 ドカンと、破裂音が響いた。

 

 

 

 

「な、なんだ!?」

 ○○が正気を取り戻した刹那、直ぐ真横を物凄い勢いで何かが通り抜けた。

 そして間を置かずに背後でガシャンと、嫌な音が響いた。

「やれやれ。無粋だね。コソコソと嗅ぎ回る、まるで鼠だ。」

 その神子の声がやけに近く、○○はギョッとする。

 慌てて距離を取ろうとするも、がっちりと腰に回された腕がそれを許してはくれなかった。

「お、おいっ!?」

 当然、○○は抗議の声を上げるも、神子は答えなかった。

 聞こえていない訳ではないのだろう。何故なら、腕の力が更に増したからだ。

「……何のつもりだ? 今日は私が、○○のマッサージを受ける日だと決まっていた筈だが」

「それのどこがマッサージよ!」

 この声は、幽香か? 何故彼女がここに?

 一向に状況の飲み込めぬ○○。

 盲目というのは、こういう時に不便だ。得られる情報が主に聴覚に限られているせいで、状況の把握がどうしても受け身になってしまう。

 ○○は身を安全に第一に考え、神子の腕から逃れようと試みるも、一体彼女の細腕のどこにこの様な力があるのだろうか? ○○は身を捩る事しか出来ず、脱出は叶わなかった。

 どころか増々腕の力が強くなる。下手な抵抗は逆効果のようだ。

 そして○○の意思を一切合切無視して、話は進んでゆく。

「マッサージだろう? まさか違うとは言うまい? 同じ穴の狢じゃないか」

 ギリと、大きな歯ぎしりが聞こえた。

 不穏な――不穏な空気が辺りを包む。そりゃぁそうだ。相手が幽香なら、神子の挑発を快く思う筈がないからな。

 しかし、同じ穴の狢とは。神子と幽香が? どういう意味だ?

「だとしても、貴女の行為は度が過ぎています」

 む。白蓮もいるのか。

 だとすると神子の言葉の意味が、増々分からなくなる。

「えぇ。○○を連れ去ろうとするのは、ご法度よね。あくまでそれは、彼の意思に任せると。ルールがあるじゃない」

 ルールだって?

 狢の意味を考えていた○○の耳に、更に不明な単語が追加された。

 どちらの意味もまるで分からない、分からないが、彼女らは意味が通じているらしい。

 それはつまり、俺が知らぬ水面下では何らかの遣り取りが行われている事を意味する。

 幽香の言葉を聞いて、神子は鼻で笑った。

「――ルール。ルールと来たか。誰が言い始めたか知らぬ暗黙のルールなぞ、一体何の効力がある。馬鹿馬鹿しい」

 彼女が一笑に付すと、更に空気が重くなった。あぁ、胃が痛い。

「貴女の言い分は置いておいて、一先ず○○さんを離しなさい」

「嫌だと言ったら?」

 神子が言い終わるか否かという瞬間、びゅぅんと、直ぐ横を空気が切り裂かれ悲鳴を上げた。

「……力ずくでも」

 答えたのは幽香だったろうか、それとも白蓮だったか。

「ハハッ! 実にシンプルだね!」

 何がおかしいのか。神子は笑った。

 癪に障ったのだろう。幽香の怒声が響く。

「いいからッ! ○○を離しなさいよ……っ!」

「そうだ! どうでもいいが俺を離せ!!」

 便乗し声を上げるも、ただ虚しく響き渡るだけだった。くそが!

 よく、分からないが、神子は幽香と白蓮と対峙しているらしい。そして幽香と白蓮は、何故か協力体制にある。唯我独尊の幽香と、人妖の融和を唱える白蓮じゃ絶対に反りが合わないだろうに、どうなっているんだ?

 分かる事と言えば緊張がどんどんと張り詰めていっている事か。このままではどうなるか分からない。

 やはり力ずくでも脱出せねば! そう、全力を込めるものの仙人とやらの力には叶わなかった。

「おい、豊聡耳! いい加減にしろよ!」

 状況を鑑みずに声を張り上げるも、神子ばかりか答えてくれる者は一人もいなかった。悲しい。

 空気は張り詰め、緊張は際限なく張り詰め続けてゆく。

 戦力比で言えば幽香と白蓮に軍配があがろうが、俺が捕らえられている――敢えてその表現を使おう――神子に利があった。

 故の拮抗である。危ういバランスに成り立ったソレは、切欠一つで雪崩を打って崩れるだろう。

 そしてその時は訪れた。

「太子様~? そろそろお時間ですわよ~――って、……あらぁ?」

 また新たな人物の声が聞こえた。

 場にそぐわぬ間延びした、呑気なソレは聞き覚えがなく誰かは分からなかった。

 しかし、「太子様」と口にしていた事から、神子の関係者である事は察しがついた。

 しかも声は不思議な事に、俺の直ぐ足元から聞こえたのだ。

「布都! 屠自古!」

「――うおぉっ!?」

 俺が疑念を抱く間も無く、強い横向きのGが襲った。

「っ! 待ちなさい!」

 背後からは焦りの声。

 そうして間を置かず、今度は落下する感覚が○○を襲った。

「うおおぉぉぉぉいいぃぃぃ――――っ!!??」

 矢鱈と響く己の声。遠ざかる戦闘音。

 神子の高笑いを聞いて、俺の意識は途切れた。

 


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