東方ヤンデレ短編集   作:触手の朔良

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按摩屋

 突然だが、俺は按摩屋を営んでいる。本意不本意に関わらずだ。

 つまりは――そういう事である。察して欲しい。

 幻想郷とかいう訳の分からん世界に飛ばされた時はどうなるかと思ったが……。まぁ、俺のような障碍者が手に職を持っていられるだけ幸せなのだと思っておこう。

 勿論、外の世界では按摩以外の仕事をしていた。俄仕込みの素人芸に客なぞ着くのか、と当初は不安を抱いていたものだが、幸いにして客は多かった。常連になぞなってくれる輩まで出る始末だ。繁盛大いに結構。

 何? その割には随分と不満げじゃないか、だって?

 いやいやいや! これでも感謝してるんだ。最初に言ったろう? 手に職を持ち糊口を凌げるだけでも幸運だって。

 そりゃぁ不満が無いと言ったら嘘になる。

 ……金を貰ってる立場でこういうのも何だが、俺の持つ不満ってのは客に由来するんだよ。

 別に口うるさい爺様だとか、お喋りな婆さんだとかじゃぁない。皆若い女性さ。……見た目だけはな。

 そう。俺の客の大半は、人外の化物なんだよ。

 

 チリンチリン――。

 来客の有無が解るよう取り付けた、扉の鈴が軽やかな音を鳴らした。

「いらっしゃい」

 俺は愛想の良い笑みを浮かべ先んじて声を掛ける。会話を交える事によって、相手が何者か判断する為だ。

 しかし今回の来客は、声を聞かずとも誰だかの判断はついた。

 咽る程に濃い花の薫りを纏った――風見幽香だ。

「こんにちは。今日もよろしくね」

 今の幽香を、彼女を知る者が見たら「あの幽香が!」と驚く事だろう。

 人妖問わずに畏れられている彼女が、裏表の全く無い、花綻ぶ笑みを浮かべているのだから。

 満面の笑みというヤツだろう。まぁ普段からして風見幽香は笑顔な事が多いが。それはもっぱら威嚇だったら威圧だったりする訳で、決して今のように好意を表すものではなかった。

 そんな笑顔であっても彼にとってはさしたる意味は持たない。何せ盲人であるからして。

 兎にも角にも。風見幽香は常連の一人であった。

 彼女は男の指示も待たず、手慣れた様子で靴を脱ぎ、部屋の中央の敷き布団に俯せる。

 彼もそれが分かっているので咎める様な野暮はせず、幽香の横に膝立ちとなった。

「今日も腰の方か?」

「えぇ。土いじりをしているとどうしてもね、中腰の姿勢が多くなっちゃって」

 念のための短い会話を交わし、早速○○は幽香の腰に手を添える。

「ん、あっ……」

 柔肌に男の指がめり込む。まずは腰全体を優しく揉み解し、その際に見つけた、肉の凝り固まった箇所へぐいと力を入れる。

「痛いか?」

「はぁ~……。んん、もっと強くてもいいぐらいだわ……」

 幽香の要望に答え、更に力を込める。女の、折れそうな程に細い腰に深く指がめり込んでゆく。

 ……聞くところによると、風見幽香とは大変凶暴な妖怪だという。そして、大層な美女でもあると。

 尤も、そのどちらも○○の興味を惹く事象では無かった。彼女が客として来ている限り己は客として接するだけだし、如何なる美醜も自分にとっては、関係ないのだから。その凶刃が自分へと向いた時はその限りではないが。

 そんな無関心さが幽香にとって――いんや彼女に限った事ではないが――心地良かった。

 言い換えれば、○○は幻想郷の少女らが持つ背景では決して差別をしない。畏れるでも媚びるでもなくただ淡々と接するのだった。それも突き放す様にではなく、優しく。

 ――それが顧客と主人という関係であっても、少女らにとって此れほど嬉しい事は無かった。

「んんんっ……! あっあっ、そう、そこよ……! もっと、もっと揉んで頂戴っ……!」

「……分かった」

 ――参った。

 ○○は額に汗を浮かべながらそんな事を思った。

 按摩とは意外と体力仕事である。その疲労が面に現れたのだろうか? 確かに、それもあるだろうが。彼の顔面を這う、脂汗はそれだけでは無かった。

 ○○にとって美醜は物事の物差し足り得ない。ならば彼は、常人に比べ人一倍に臭気というものに敏感であった。

 花妖たる幽香の体臭は、按摩を続ける毎に益々強くなる一方であった。

 幽香もまた、ふぅふぅと息を荒げ汗を発していたのだ。好いた男の指が己の身体を這う、興奮に依ってである。

 目眩を起こしそうな程に濃い臭気に当てられ、○○は己の思考が霞がかってゆくのを感じた。

 これではいかんとばかりに頭を振るも、追い打ちを掛けるかの様に、コレだ。

「あっあっ! いいわっ! ○○、気持ちイイっ!」

 最早嬌声と呼んでも差し支えない、幽香の喘ぎ声。

 嗅覚と聴覚。○○が頼りにしている五感の内二つの、その大部分が風見幽香という女で占められてゆく。

(……そろそろかしら?)

 ○○の頭が振り子を描き始めたのを見計らい幽香はのそりと、気怠げに身体を起こす。

「ねぇ、○○?」

 幽香は鼻先ばぶつかりそうな程に顔を近付け、男の名を愛おしげに呼ぶ。

 そんな状態であるにも関わらず、聞こえているのかいないのか、男はただ虚ろな瞳を返すだけだった。

 それを確認して幽香は、凶暴と称される笑みを浮かべた。

「あぁっ、○○! だらしのない人! ダメじゃないの○○! こんな簡単に隙をみせちゃあっ。相手が私じゃなきゃ大変な事になってたわよ!」

 そう、声高に叫び女は男の唇へ貪りつく。

 譫言の様に男の名前を繰り返し、互いの舌を絡ませ粘液を交換する様は男女の情事に他ならなかった。

 そうして一頻り男の味を堪能した女は身体を離す。

 満足したのだろうか? いや、満足どころか幽香の胸に灯った情欲は益々盛んに燃え上がっていた。

 幽香はぬらぬらとナニかに煌めく下着を脱ぎ捨て、己の女を○○の前に曝け出す。

「来て、○○……っ!」

 そして男は妖花に誘われ、パクリと食われるのであった。

 

「――っ。○○っ!」

 己が名前を呼ばれ男は覚醒した。

「もうっ。ぼーっとしてないでちゃんと揉んで頂戴な。ちゃんと支払った分はきちんと揉んで貰いますからねっ」

「あ、あぁ。すまない」

 幽香の指摘に応えるものの、その返事は何処か上の空である事は否めない。

 ○○は今一度頭を振り、頭の靄を飛ばす。

 不思議な事に幽香の臭気――正しく色香とも呼ぶべきもの――は、すっかりと鳴りを潜めていた。

 男は按摩を再開する。

「ふぁ~……。気持ちいいわぁ……」

 男の指の動きに合わせ、ゴロゴロと喉を鳴らす幽香。

 ……何もおかしいところは無い。何も。

 そうしてちゃっかり、男が呆けていた分は上乗せされた時間を按摩させられた。

「今日も良かったわ。ありがとう」

 帰り際、幽香が労をねぎらってきた。

 他人への関心が薄い○○でも、悪い気はしない。

 そうして幽香は帰路へつき、その背中に常套句を投げかける。「またのお越しをお待ちしております」と。

 それで今日の仕事は終わる筈だった。

「そうそう。アナタ目が見えないから仕方ないのかもしれないけど、部屋に飾り気が無さ過ぎよ」

 しかし幽香は珍しくもそんな事を口にしてきた。

 予想外の話しに○○が答えあぐねていると、幽香は気にせず続ける。

「だから――ほら。こんなものを持ってきたのだけど」

 その言葉と共にふわりと、○○の鼻腔を微かに甘い薫りがくすぐった。

 幽香は男の返事も聞かず、取り出したる一輪の花を玄関に飾った。

「これで少しは見れるようになったわね」

 ○○には一体何の花なのか皆目検討も付かないが、飾られたる花の名はイカリソウ。

「その花、私だと思って大事に育てなさいよ」

 口を挟む間もなく、次々と勝手を云う幽香に対し文句の一つでも言ってやろうとするも、それよりも早く幽香が口を開く。

「それじゃぁね○○。また来るわ」

 云うやいなや、彼女はさっさと踵を返してしまった。

 ○○の不満は吐き所が失われてしまい、結局腑に落とし込む他無かった。

 部屋へ戻った○○の、鼻先をくすぐる薫りにふと、気づいた事があった。

 この薫りは、幽香から漂っていた香りと同じものだと。




イカリソウの花言葉は『独占欲』。
また精力増強の漢方として使われ、その時は『淫羊藿(いんようかく)』と呼ばれる事が多い。

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