異世界に勇者としてTS転生させられたから常識通りに解決していくと、混沌化していくのは何故なのでしょうか?   作:ひきがやもとまち

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第1章

「ーー助けて! 誰か、誰か助けて!」

 

 必死に叫んで助けを呼ぶけど誰も来ない。来てくれない。来られるわけがない。

 街まで遠くはないけど、声が木々に遮られて届かないんだ。

 助けてくれる力のある冒険者様の元まで声が届かなければ、いくら泣き叫んで助けを求めても救い主は現れない。

 それがこの世界の残酷な掟。人の支配する領域ではない森の中へと踏み入ってしまった私へ、神様が下した罰。

 

 人を越えた生物である魔物に勝てるのは、選ばれた存在である冒険者と騎士様たちだけ。それがこの世界の常識であり、絶対原則。

 普通の人間がどう足掻いたって、魔物には掠り傷ひとつ付けられやしない。

 

(お願いです神様! どうか、どうか私にもう一度だけ生きるチャンスを御与えてください! そうしたら今度こそちゃんと生きますから!真面目に生きますから!

 親孝行もしますし家の手伝いだっていやがりません!

 ですからどうか! どうかお願いします神様! 私を助けて!殺させないで!

 死ぬのはイヤぁぁぁぁぁぁぁっ!!!!!!」

「ぐへはははははははははははーーー!!!!

 ーーぐふっ」

 

 どさり。

 

 岩場に追いつめられて絶叫した私を前に、勝利の高笑いをしていたリーダー格のコボルトが笑いの途中で倒れ伏します。首筋の裏側からは青い血が流れ出し、未だに止まる気配はありません。

 

「い、いったい何が・・・・・・」

 

 呆然としながらも私は、自分が死の危険を回避できたことを本能的に知ってはいました。ただ、実感がないだけです。

 だってそうでしょう? 入るはずのない助けが入り、九死に一生を得るなんて物語みたいな展開、誰が本気で期待したりするのでしょうか?

 

 間違いありません。これを成した人は勇者です!

 魔王を倒して世界を救うために降臨された、伝説の勇者様です!

 

 あぁ勇者様! いったいどんな凛々しくて賢い、騎士道精神に溢れたご立派な方なのかしらーー!?

 

 

 

 

 

「ふむ。やはり人外の魔物とはいえ人型である以上、生物の基本的な器官は一致しますか。頸動脈を切れば脳の血圧が下がり、一瞬で意識を失ってくれるようです」

「・・・」

「それから意識を失っても心臓が止まっていないところから見て、体内器官は人間とほぼ同じと見て間違いではないのでしょう。少なくとも殺す際に必要となる条件は大分合致しそうです。

 ーーですがなかなかに生命力が強い。

 最初に仕止めた一匹目、群から離れていたので首を刺し貫いたあと実験のために心臓も刺しておいたのですが、未だに止まらないで動き続けている。吹き出す血の量が一向に減らないなんて、どんな化け物生命力ですか。理解に苦しみますよ本当に」

「・・・・・・」

「ですが同時に限界も理解できました。

 顔が犬でしたし、もしかしたらとは思っていたのですが・・・この方々は風下から近づかれると急激に感知能力が低下しますね。お陰で背後から接近して首裏への一撃で、楽に仕止める事ができました。

 恐らく犬と同じで優れた臭覚を持ちながら、知恵を持ったことで野生が低下した代償なのでしょう。これなら私程度の凡人でも何とかなりそうです。安心しましたよ」

「・・・・・・・・・」

「しかし彼らの死体って、何かに再利用しちゃダメなんでしょうか?

 髪は縄に紐、皮は加工して皮鎧か革製品、骨は装飾品か何かの材料にすれば好事家の貴族なんかが高値で買ってくれそうなイメージがあるんですけどねぇ。

『人も魔物も生き物は皆、捨てる所なし』『生きることは他者の命を奪うこと。物を食べることは他者の命を美味しく頂くこと』

 殺して命を奪った相手だからこそ、有効な資源としてリサイクルしてあげたいです・・・」

 

 ーー神は遙かな昔に死んでいた!

 

 

 

「なんちゅーことしとるんじゃ! この戦争狂クズ勇者がーーーっ!!!!」

 

 すぱこーーーーーっん!!!

 

「・・・痛いんですが」

「じゃかあしいわボケェ! アンタのせいで現地住民の女の子の心から信仰心が欠片も残さず消え去ってしもうたやないか! 新たに芽生える余地すら残っておらんやろが!

 こん落とし前、どうつけてくれるんじゃ! こんチビガキがぁぁぁぁぁっ!!!」

「・・・・・・貴女が小さく生まれ変わらせた癖に~・・・・・・」

 

 恨みがましい目で自分の頭をはたいた青髪の少女を睨みつける、他称勇者様の女の子。

 たいする青髪の子は、見た目はかわいくて衣装が女神様みたいにエロいのに、なんだか口調が荒っぽい。いえ、はっきり言えば柄が悪い。チンピラ臭い。小物臭がヒドい。

 

 それを見た私は改めて、この世に神は居ないんだなと確信できました。

 もう私、二度と神様を信じたりなんか致しません。ええ、もう絶対に金輪際決して信じませんよ? 神様なんて詐欺商法の偶像のことなんか。

 

「あ、おい。あれじゃないか? おーい、リュシカー。

 無事かー? 生きてるかー?」

「あ!お兄ちゃん!それに冒険者様たちまで!」

 

 良かった!助けに来てくれたのね!

 神様が死んで見捨てられた世界だからこそ、人同士の助け合いがこんなに大事だなんて思ってもみなかったわ!

 これからは私も世のため人のため、困ってる人がいれば手を差し伸べられる立派な人間になろう。

 

 だって、そうでもしないと私たち弱い人間は生きていけないのだから・・・。

 

 

「あいたたた・・・・・・ああ、助けが来てくれたのですね。良かったです。私としても聞ける人を捜す手間が省けて助かりました。

 皆さんに一つお聞きしたいのですが、この辺に死体と草土、糞尿を混ぜて埋めておける、人が立ち入らない山とかありますか?

 魔物の死体でも火薬に生まれ変わらせられる硝石丘が出来るかどうか試してみたーー」

 

 ずばばこーーーんっ!!!

 

「だから、やめいちゅうとるじゃろうがいっ!!!!!」

 

 他称勇者様がアッパーカットで宙に浮かび、地に落ちて気絶なさいました。

 聖なる者が地に落ちて堕天したので、もう勇者様ではありません。魔王様です。

 血も涙もない冷酷非常な魔王よりも魔王らしい魔王様が、人間の中から生まれてしまいました。

 

 ・・・・・・やっぱり神様、絶対に信じたりなんかしない・・・・・・。

 

 

 

つづく


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