【改正前】海外移住したら人外に好かれる件について 作:宮野花
※ダニーとリナリアしか出てきません。
ダニーの言葉にリナリアは目を見開く。
真っ直ぐな瞳。しかし揺れる波の眼差し。
強い意志を感じる、その願いを。
「……嫌だけど。」
リナリアは当たり前に断った。
何をそんな、嫌に決まっているだろうに。
何故自ら死に近づこうとするものか。
リナリアは半ば呆れながら、ダニーの手を振りほどこうとした。
「っ、」
しかしその腕の強いこと。
離れようとする手はギリッと掴まれて、痛みにリナリアは顔を歪める。
怒ろうと顔を上げるも、それは叶わない。
「……なんで、」
そんな、泣きそうな顔。
ダニーの表情は非常に珍しいものでリナリアは戸惑う。
思わずその顔に手を伸ばして、頬を撫でた。冷たい。冷えきっている。
「どうしたの……?ダニー、おかしいよ。そんなこと言うやつじゃ、ないじゃん。」
リナリアは不安に、ダニーを見つめた。
ダニーは元々一人でなんでも決めるタイプだ。いつだって結果誰かを巻き込んでいるだけで、人を引くことはあれど共に歩むことはない。
それなのに何故、一緒に来て欲しいなんで言うのだろうか。
「俺のためじゃない。ユリさんの為だ。」
「どういうこと……?」
その言葉にリナリアは首を傾げる。
ユリさんの為、とは。
彼女もまた、自分のために着いてきて欲しいなんて言うような人ではない。
それに加えて、仲が悪くないとは言えど、大親友と言われるほどの仲でもリナリアはなかった。
眉をひそめたリナリアにダニーは顔を悲しげに歪める。何度も口を開けては閉じ、言うのを躊躇っているようだった。
しかしリナリアの手を離すことはなく。むしろ腕の力は強まっている。
痛みは勿論増すが、リナリアは今度は離れようとしない。ただ、ダニーの言葉を待った。
「ユリさんの……監視役に、なって欲しいんだ。」
「……は?何それ?」
「そのままの意味だ。ユリさんを監視して欲しい。」
「……いやいや?ちょっと、理解できないんだけど?」
ダニーの言葉にリナリアは引きつった笑みを浮かべる。
監視とは。ジョークにしては趣味が悪い。
「言い方悪くない?目をかけてあげてって事だよね?」
「違う。……ユリさんの行動、言葉、情報を収集して管理人に提示する。」
「それは、教育係のダニーの仕事でしょ?新人の育成報告だよね?」
「……。」
「確かに監視って言える……かな?いや、でもそれは言い方悪いって。気分良くないよ。」
「……体調、昨日見たテレビ。」
「は?」
「彼女の過去。何時に寝たか。それによる気分の変化。」
「え、ちょ、ダニー?」
「……生理周期。」
「いい加減にして!?なんなの!?」
「それを報告するのが、監視役の仕事だ。」
「は……。」
ダニーの言うことにリナリアは言葉を失う。
よく頭が回らない。その代わりにぐるぐるとダニーの言葉が頭を巡る。
体調
昨日見たテレビ
過去
何時に寝たか
気分の変化
……生理周期?
「仕事に関係ないじゃん。」
「……。」
「プライベート、だよ。それ。」
「……わかってる。」
「本当に?」
「……。」
「あんた、本当にそれ私にやれって言ってんの!?」
リナリアの怒りは一気に頂点に上り詰める。
掴まれてる腕を思い切り引いてやった。すると自然に前に来るその身体の、襟足を掴んでやる。
引っ張られてダニーの喉はしまった。ぐっ、と変な声がでる。
リナリアは強くダニーを睨んだ。その瞳は怒りに燃えている。
「最低なこと言ってる自覚ある?」
「……。」
「何か言ってよ!!」
「俺だって好きで頼んでるわけじゃねぇよ!!」
ダニーは怒鳴った。
彼もまた、怒っているのだ。何かに。
「……このタイミングでの異動。」
「なんでか分かるか?ユリさんも俺も、担当するアブノーマリティは中層にいるんだぞ?なんでわざわざ異動させる?」
「それは、ユリさんの力を下層に使いたいんじゃ、」
「そんなの下層に行く指示を出せば良いだけだ。現にレティシアは下層アブノーマリティでもユリさんは作業してる。」
「それはそうだけど……。じゃあなんで?」
「……まず、入社二日目からユリさんが中層に配属された理由を知ってるか。」
「え?静かなオーケストラが理由が中層にいるからでしょ?」
「なわけねぇだろ。なら最初からそうなってる。初日ではなく、入社二日目。ここが重要なんだよ。」
「……?」
「ユリさんを監視するためだ。監視役が中央本部チーム2にいるから。だからそうなった。」
「そんな。監視って。……?、え……??なんでそんなこと知って……。」
そこまで言った時。
嫌な予感がリナリアの頭をよぎる。
まさか、とダニーを見つめた。そう出ないことを願ってリナリアはダニーを見るのだけど。
「……俺がその、監視役だからだよ。」
その願いは、簡単に破られる。
「嘘、でしょ……?ねぇ……?」
「本当だ。」
「あんた、本当にそんな、最低なことずっとしてたの……?」
しかしそれなら全て納得が行く。
ユリがいきなり中央本部チームに配属されたこと。
教育係が急遽ダニーになったこと。
ダニーの口から、〝監視役〟なんて言葉が出てきたこと。全て、全て。
目眩がする。ショックがあまりにも大きい。
「今回の異動。ユリさんがなんで、福祉チームなんかに異動になったか。」
「……。」
「恐らくそこには、また複数の監視役が用意されてる。」
「は……?ダニーみたいなのが沢山いるってこと……?」
「いいや……恐らく今度は俺も、監視の対象だ。」
「え?何?どういうこと?」
「監視役はクビになった。もういいってな。まぁ信用はされてなかったし、やったことがやった事だから、当たり前だけどな。」
「何したのあんた……。」
「今度は、なにかしないように監視される側ってわけだ。」
「いや、本当に何したの!?」
「より、ユリさんに近い監視を。俺の代わりを管理人は作る。お前がやらなくても誰かが監視役をやる。」
「……それは。」
「なら俺は、お前にやって欲しい。俺も協力するから。」
もうダニーの言うことについていけなくて、リナリアはため息をついた。
言っていることは筋は通っていてもめちゃくちゃだ。
エージェントを使って、監視なんて。この研究所のやりそうなことではあるが。
「まるでユリさんを、アブノーマリティみたいに扱うんだね。」
呆れと怒りが含んだ声に、ダニーは何も言えない。
「ダニーはなんでユリさんの監視役になったの。」
「え。」
「ダニーだってそういうの嫌いでしょ。……元々あの時から、会社自体嫌いみたいだけど。」
「それは……。」
「目的があるんだよね?教えてよ。そうしたら私も、考えてはあげるよ。」
リナリアの言葉にダニーは目を逸らした。
腕の力も弱まって、リナリアは自身を捕まえてた腕を思い切り振り払った。
ただ捕まっているだけになってやるかと。リナリアはダニーを睨む。
「……人を、」
「?」
「人を、生き返らせる方法が、知りたいんだ。」
「…………は?」
しかしダニーの口から出てきた言葉はあまりにもメルヘンな、ファンタジーな。
リナリアは巫山戯ているのかと怒りそうになるも、あまりにもダニーの目は真剣で、嘘をついていなくて。
人を生き返らせる方法。
それは例えば、王子様のキスで呪いが解けるとか。
お姫様の涙で息を吹き返すとか。
はたまた魔女の秘薬で蘇生を図るとか。
そういう次元の、話だ。
「そんなこと出来ないよ。」
「出来る。この会社なら、出来るんだ。」
「ダニー、」
「本当だ!それをこの会社は、〝記憶貯蔵〟と呼んでいる。方法は分からないが、それさえ使えばきっと、」
「スグルは死んだんだよ。」
リナリアの言葉に、ダニーの動きはカチンと止まった。
「目を覚まして。……死んだ人は、生き返らない。残された私達は前に進まなきゃいけない。だから、」
「煩いっ!!」
ダニーは怒りを顕に、思い切りリナリアを突き飛ばした。
予想してなかった衝撃にリナリアは倒れ、ガタンとサイドテーブルにぶつかってしまう。
その際にお見舞いの果物が床に落ちた。幾つかは零れ、それはリナリアの身体にぶつかる。
「あいつを生き返らせる可能性が少しでもあるなら、俺はやる!!」
「だから、そんなの無理だって、」
「お前は今の管理人を見てないからそんなことが言えるんだ!!」
ダニーはただリナリアを怒っていた。
その表情にリナリアは怒りどころか、悲しくなってくる。
あまりにも哀れで。
できるだけ優しい言葉をリナリアは探した。それはダニーを慰めるためでもある。
「……仮に出来たとして、それを触れるのは危ないことだよ。禁忌とも言える。ダニーだって、危ない目に合うかもしれないんだよ!!」
これは、リナリアの本心だ。
万が一それが出来たとして。ダニーが無事である保証などない。
リナリアにとって、先に逝ってしまった人のことはもちろん悲しい事だった。
けれど残された人がいるのなら、リナリアは生きている命こそ大切にして欲しかった。
それに引きずられて、自ら命を落とす同僚を何人も見てきている。
それこそが一番無意味で悲しいことだとリナリアは感じている。
だって、何も残らない。
人がまた一人、いなくなるだけだ。
そうして今日も、チームには穴が空いて。
それをぼんやりと悲しみにくれる暇すら与えられずに眺めて。
いつか他の人で埋められる。
寂しさすらも他で埋められるその虚しさといったら。
「俺の命なんていいんだよ!!俺は、あいつが生きてくれるなら!!」
「……は?」
バチンッ!!っと、乾いた音が。
何か思う前にリナリアの身体は動いていた。
全身全霊の力を込めて、感情に、怒りに任せて。
リナリアはダニーの頬を叩いたのだった。
その衝撃は大きく、ダニーの上半身はよろめいた。
直ぐに立て直してリナリアを睨む。しかし、言おうとした罵声は出てこない。
「せっかく助けてやったのに、簡単に死ぬとか言うな馬鹿っ!!」
リナリアの、その表情と言ったら。
リナリアはそれだけ言って、病室を走って出た。
ダニーの声が聞こえる。呼び止めているのだろうか。止まってなんか、やらない。
ただただ走って、途中院内を走るなと注意されても止めることが出来なかった。
苦しくて仕方ない。心が痛くて。
息が上手く出来なくて、走るは辛かった。酸素が入ってこない。
ようやく会社外に出た時。
外の空気を吸って、目に映った赤く燃える太陽に。
どうしようもなく悲しくてリナリアは泣いた。
「馬鹿、馬鹿。」
ボロボロと涙が零れてくる。
ダニーが撃たれた時。必死に応急処置したのはリナリアだった。
その時の最善を目指して、あるだけの材料でただひたすらに生きてと願って。
「……本当に、馬鹿……。」
どうにか、生きれたのに。