【改正前】海外移住したら人外に好かれる件について   作:宮野花

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That's all for today._18

「貴方にエージェントユリの監視役を命じます。いいですね?」

 

「……かしこまりました、アンジェラ様。」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

時間は少し遡って。

 

あの騒動から数日後。

後片付けや、被害を受けたエージェントの治療に数日は休みになった。

しかしずっとそうである訳もなく。当たり前に業務は再開される。

きっと、新しいエージェントも補充されたのだろう。

多くの人数が死んでしまった為、本来非番であるはずのエージェントまで駆り出されての業務になった。

中央本部チームは大半が犠牲になったせいで朝からくらい空気に包まれる。

リナリアは肩身の狭い思いをしながら、淡々と聞かれる〝昨日何があったか〟という説明を笑って濁した。

もっと追求されるかと思ったが、さすがは中央本部チーム。言いたくない空気を察したようで、諦めてそれ以上は聞かない。

 

「あれ、君……。」

「あっ!!この間は本当にありがとうございました!!おかげでこうして、生きれていますっ……!!」

「えっ!?私別に大したことしてないよ!?」

「いえ!!本当に貴女のおかげです!!僕、ルックって言います!!今日から中央本部チームに移動になりました!!よろしくお願いします!!」

 

少し離れたところで、ユリと誰かの会話が聞こえる。

ユリの声にリナリアの肩はびくっと反応したが、穏やかな会話にリナリアは息を着いた。

周りは「またあの子か」「本当に助かる」と噂をする。

 

それでいい。

あの事件は広まらない方がいい。

 

あの事件の後、ユリは慌ててリナリアのところに会いにきた。

血濡れの床を思い出してリナリアは恐怖がこみ上げてくるも、ユリはそんなことはお構い無しにリナリアに抱きつく。

『よかった、よかった。』と。泣かれてリナリアはどうしたらいいかわからなかった。

 

『よかったです。アンジェラさんから多くの人が死んだって聞きました。……ダニーさんは!?』

『えっ、ダニーも無事、だけど。』

『本当ですか!!何があったんですか?』

『……ユリさん?』

『はい?』

『……覚えて、ないの?』

 

そうユリは、何も覚えてなかった。

 

その事実にリナリアには一瞬怒りが沸く。

多くの人を殺したというのに。何も覚えていないなんて。

あんなことをしたのに!!

真実を伝える言葉は喉元までくる。

しかしそれは、ユリのまん丸とした綺麗な瞳を見て留まった。

 

『っ……。』

『リナリアさん?』

 

目の前のその人を見て、リナリアは先程と同一人物に見ることが出来ない。

撃つのが楽しいと、もっと撃ちたいと笑っていたあの女とは。

 

……あれは。

最早、別人だったのだろうと。

 

そう思ってしまう。

 

それに酷く安心する自分がいた。

怒りよりも、それが勝る。あの悪魔はもう居ないのだと。

訪れた平和に泣きそうになった。

じわっと広がる、温かい気持ちにリナリアは苦しくなり俯く。

そんなリナリアをユリは心配して顔を覗き込む。

安心させるように笑った。もう、もう大丈夫だと。

 

終わった、終わったんだ。

 

「終わったんだね。」

 

リナリアはチームの皆を見て、そう呟いた。

仲間がかえらないことは事実だ。起こってしまった悲劇は変わらない。

それでもリナリアは自身が生きられたこと、警告のならない静かな今を。

とても有難く思っていた。奇跡だと。

 

 

 

 

※※※

 

 

 

 

業務終了後、リナリアは果物が詰まった籠を手に廊下を歩いていた。

そうして会社の特別病室の扉をあける。

ベットは複数あったが、使われているのは一つだけだった。

その光景に、リナリアは悲しく眉を下げる。先日までは他も使われていた。

全員が、生きて退院した訳では無いのだろう。

心の中で別れを告げた。名も知らない人達ばかりだったけれど。

それでも、同じ会社で同じ時間に。知らないところで一緒に働いていたのだ。

 

「お見舞いに来たよ。……元気?」

「あぁ、リナリア。」

 

奥のベットの人物に声をかけた。

彼は簡易テーブルの上にノートパソコンを広げていた。

その姿にリナリアは苦笑いする。

 

「何してるの?ゲーム?」

「馬鹿、んなわけないだろ。報告書作ってたんだよ。今回の。」

「ダニー、そんな真面目だっけ?」

 

サイドテーブルに見舞いの籠を置いてリナリアは近くの椅子に腰掛けた。

ゲームでないのは、タイピング量から明らかではあった。ジョークで聞いただけだ。

しかしこんな時にまで仕事とは。

液晶画面を覗いて、相変わらずの仕事の出来にリナリアは関心する。

パッと見ただけでもわかりやすい。どうしたらこんなに綺麗にまとまるのだろう。

 

「オレンジでも食べる?」

「そこは林檎じゃないのか?」

「さっき買ってきたんだもん。果物ナイフなんてないよ。」

 

籠の一つ、鮮やかな橙色を手に取る。

オレンジの皮にリナリアが爪をたてると、甘酸っぱい、爽やかな香りが広がった。

 

「リナリア、」

「ん?」

 

オレンジの香りの中、ダニーがポツリと呟いた。

 

「俺、異動になった。」

「え。」

 

皮を剥く手が、止まる。

ダニーを見ると彼はパソコン画面を見つめたまま、ぼんやりとどこか遠くを見ていた。

 

異動。

 

それは……今よりも下層に近くなるのだろう。

今よりも危ないアブノーマリティの集まるそこは。

ダニーの言葉にリナリアはなんて言っていいかわからない。

昇進だ、喜ぶべきである。

でも。

前進だ、死への。

皮を剥く手に、果汁が染みる。ジンジンとした小さな痛みが指に残る。

 

「……なんの、チーム?」

「福祉チーム。一気に二つ下に行くとはな。」

「そうなんだ……。」

「ユリさんも異動になる。というか、ユリさんについて行く形なんだろうな。」

「そっか……。」

 

当たり障りのない返事しかリナリアは出来ない。

ダニーのことも、ユリのこともリナリアは友人だと思っている。

特にダニーは、リナリアとほぼ同時期に研究所に入った同僚であった。

一時期はチームでアブノーマリティの作業をしていたこともある。

情が無いわけもなく。リナリアはダニーの言葉一つ一つを重く、悲しく受け止めていた。

 

「……多分さ、そのうち私もそっち行くし。」

「……。」

「えっと、それまでちゃんと、生きててよ。」

 

無理矢理に笑う。笑い話に、するしかない。

 

「リナリアは、」

「うん?」

「ユリさんのことどう思ってる?」

「え?」

 

突然変わった話題に、リナリアはパチパチと瞬きをした。

 

「ユリさん?すごい人だとは思ってるけど。」

「怖くないのか?今回の件含めて。」

「ええ……、今回の件はそりゃあ怖かったよ。私は現場に、リアルタイムでいたわけだしさ。」

 

リナリアの脳に一瞬あの時のことが過ぎった。

ぞっと鳥肌が立って、それをすぐ消すように頭を振る。

 

「でも、あれはもうユリさんに見えなかった。」

「え?」

「ただの、アブノーマリティだったよ。」

「……。」

「だから安心してる。別人みたいだったのが元に戻ってくれてて。」

「そう、か。」

「ユリさんね、記憶ないみたいなの。」

「そうなのか!?」

 

ダニーは大きな声をあげた。

大袈裟だ、とはリナリアは思わなかった。

煩いな、他に人がいなくて良かった。位しか。

 

「うん。良かったよね。あんなの覚えてたら、きっと壊れちゃうよ……。」

 

リナリアはまた、オレンジの皮を向いていく。ビリリ、と破ける度に、いい匂いが広がっていく。

 

「ずるいと思わないのか?怒らないのか?ユリさんを。」

「……ユリさんも、被害者でしょ。」

「リナリア……。」

「殺された人には悪いけど、私はユリさんを責めないよ。私だったら、私がユリさんの立場だったら。」

 

「私は、自分は被害者だと思うから。」

 

都合のいい解釈だとリナリアはわかっている。

きっとあの場にいて撃たれた者たちは、彼女を加害者だと責めるだろう。

リナリアがこんな風に思えるのは、自身が無事であり、更に比較的親しい同僚達は死ななかったからだ。

しかし許せる余裕があるのなら、偽善と言われてもリナリアはユリを許したかった。

 

「実際、こんな所に来なければユリさんは殺人なんてしないよ。」

「……。」

 

その言葉だけは、その通りであった。

 

リナリアはオレンジに目を向けながら口を動かす。

その手が震えているのを、ダニーは気がついていた。

 

あぁやはり。と。

ダニーは唇を噛んだ。

 

ダニーは自身の中にある黒いわだかまりに泣きそうになる。

自身が今からすることが、とても残酷で、とても可哀想なことだと知っているからだ。

きっと、リナリアは。

そう彼女は、優しすぎるところがあるから。

 

俺は。

それを……利用する……。

 

剥けたよ。と。

リナリアはオレンジの一欠片をダニーに差し出した。

それはとても丁寧に、白いスジすらとってある。明るく綺麗な橙色。

しかしダニーは差し出されたオレンジではなく。

リナリアの細い手を掴んだ。

 

「えっ、ダニー?」

「リナリア。」

 

ダニーは真っ直ぐと、リナリアを見た。

しかし瞳は波のように揺れている。迷いのある、情けない色をしている。

リナリアの澄んだ瞳に、ダニーは目を逸らしたい気分になりながら。

しかし背けずに、言葉を続けた。

 

「福祉チームに、一緒に来てくれないか。」

「……は?」

 

 

 

 

 

 

 

 








※恋愛なんてないから安心してください





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