【改正前】海外移住したら人外に好かれる件について 作:宮野花
巨体がこちらに向かってくる。すかさず二人は機関銃をぶっぱなした。
トリガーを引けば連続して出てくる弾。勢いに体制が揺れないように気をつけながら打っていく。
何も無いに確かに当たってるようではあった。しかしなんの素材でその体ができているのか、何も無いは全く動じない。
「っ……。」
「躊躇うな!攻撃は通ってる!」
ノックスの言う通りだった。攻撃は通っている。
ただ、そうただ、何も無いは何も持っていないが故──、痛覚が無いだけなのだ。
それでもいくらかの時間稼ぎにはなっている。弾に押されて何も無いの体は数センチずつなら後ろに動く。
ユージーンはタイミングを見計らう。まだだ、まだだ。と。
遠距離を保てるのも、ほんの数分だ。結局接近戦になることはユージーンもノックスもわかっている。
それは危険極まりないことなのだが。
「今か。」
残念なことに、ユージーンがいちばん得意なものでもあった。
機関銃を止めて、ユージーンはそれをテーブルホッケーのように床に滑らせた。
クルクルと回転しながら床を滑るそれ。何も無いの興味は惹かない。何も無いはそれを飛び越えて、二人に向かってくる。
ユージーンは金属バットを手に取る。そうして、何も無いに向かって走り出した。
ノックスは機関銃からハンドガンに持ち直した。
流石の彼もユージーンに当てないように機関銃を撃つなんて器用なことは出来ない。
立ち向かうユージーンに、何も無いは飛びかかる。頭に生えた手を伸ばして、前かがみになってくる。
だからユージーンは、それを避けて。
何も無いの身体下をくぐり抜けた。
そうして、抜けた先。何も無いの歪で汚い後ろ姿を。振り返って見て。
そのまま思い切り、バットで殴ってやる。
ゴキッ、と耳に良くない音がした。けれど気にせずユージーンはバットを振り続ける。
ゴキン、ゴチッ、バキバキッ。殴る度に音がする。どこの何が壊れてるかなんてわからないけれど。
何も無いが後ろのユージーンを見ようと振り返った時。
今度はノックスが、銃を撃った。
それが何も無いの胴体に着いた目に当たる。
何も無いは確かに硬い。
けれど、目は?誰の目を奪ったかはわからないそれが、視力としての役目は果たしているのか知らないが。
どの生物にも共通して言えるのは、目玉は柔らかいという事だ。
ユージーンはただひたすらに殴る。何も無いの攻撃は単調で避けやすいのは救いだ。
しかし油断してはいけない。単純だからこそ読めないのはある。
「っ!」
「ユージーン!」
例えば今のように。振り下ろされたバットを掴んで、そのまま食べようとするなんてユージーンには思いつかなかった。
実質的にユージーンの腕は何も無いの口に近づけられる。瞬時に離したことで腕は無事だが。
「くっそ……。」
ユージーンが武器を失ったことに代わりはない。
ユージーンは仕方なく先程投げた機関銃を手に取った。
しかし対象にノックスがいるので撃つことは出来ない。
「食らえっ!」
「いや嘘だろお前。」
だから銃身を使ってその身体に打撃をくらわせる。
ゴキンッ!と鈍い音を聞いてノックスは思わず声を漏らした。
ユージーンのまさかの行動にノックスは笑ってしまった。
お前は本当に、殴れればなんでもいいのかと。
まぁ、だからこそユージーンは下層の中でも指折りの強さを誇っているのだ。
ノックスも引き続き目を狙う。目が潰れたところでそれがどれだけ何も無いの体力を奪っているか知れないが。
それでも少しでもいいから時間を稼がなければ。
ここまでくればお分かりだろう。二人は別に何も無いを倒すことを目的にはしていないのだ。
それが今の彼らに不可能なことなど百も承知だったから。
目的は、エネルギーが溜まるまでの時間稼ぎた。
更に言えば、エネルギーが溜まるまでの時間稼ぎという作戦の中で、自分達の役割を終えること。
だって彼らに残されているのは、役割を果たすか、死ぬかのどちらかだったから。
それがこの研究所のやり方だから。
ノックスは、考える。
自分達はなんの為に生きているのだろうと。
思春期の学生のような考えだが、ノックスは至って真剣だった。
答えはどんなに考えたってでてこない。会社は自分達の活躍が〝未来を作る〟ためにあるのだと言うが。
その未来に自分達はいなくても、それが自分の存在意義なのだろうか。
「ノックス!よそ見するな!!」
「えっ、うぁっ!?」
何も無いがノックスに飛びかかった。
いつの間に狙いをユージーンから自分に変えたのだろう。
咄嗟に頭を腕で庇った。
そのおかげか、そのせいか。
ノックスの腕は何も無いの口に。
「ぁ、」
「ノックス!!くそっ!!おい何も無いこっちだ!!」
グチッ、と音がした、
腕が、食いちぎられたのだ。
とんでもない痛みがノックスの身体を支配する。痛くて呼吸が出来なくて、不規則に肺が動く。
心臓すらも痛い。それでも肩口が、一番痛くて熱い。
焼かれているようだ。身体を焼かれた経験なんてないが、ノックスの身体はとにかく熱くて仕方なかった。
ぐるしい。いたい。やける。あつい。
ノックスの腕を何も無いが飲み込み終わると、なんと不思議なことにその背中からもう一本の腕が生えた。
それは勿論、ノックスの。
ユージーンはその光景に驚きながらも、動じることはない。そんな暇がない。
ノックスに飛びかかったせいで、ユージーンとの距離は空いてしまっている。
間に合え、とユージーンは駆け出した。間に合え、間に合え、間に合ってくれ!!
頼むからっ……!
手を伸ばす。
バギン。
「ぁ…ぁっ、ノっ……クス。」
でも、届かない。
何も無いは無防備に倒れこむノックスの頭を食った。
引きちぎられたそれは丸呑みされる。噛むことすらされない。
先程まで話していた友人が、今目の前で食われている。
何も無いの口に消えていく。
何も無いが食う度に、その腹は動き、数回に一度腕や足が針のように生えた。
何も無いの胴体は、一部半透明になっている。
しかし骨なんかは見えない。見えているのは本来そこには無いはずの肺や、胃といった臓器。
その部分に今新たに、ノックスと同じ色をした眼球が入った。
ノックスは最期に何を思ったのだろう。結局彼は自身の存在意義への答えを出せないまま死んでしまった。
──少なくとも、何も無いの餌になるために彼は生まれてきてはいないのに。
ユージーンは言葉を失う。衝撃に、目眩すらする。
込み上げてくるのは恐怖よりも悲しみだった。その強い悲しみにその場で座り込んでしまう。
そして当たり前に、何も無いはユージーンを見て。
動けないでいるユージーンに、頭の手を伸ばした。
それでもユージーンは上手く動けない。
彼は理解出来ていない。ノックスの死が起こった今についていけていない。
何も無いの頭の腕の指先が、ユージーンの髪を掠めた時。
バァンッ、と。銃声が。
「えっ……。」
「全く。これは契約外なんですがね。」
ユージーンの後ろから、声が聞こえた。
誰かが銃を撃ったのだ。その弾は何も無いの腕にヒットして、ユージーンは助かった。
ユージーンは慌てて立ち上がり、何も無いと距離をおく。
後ずさったせいで、後ろに立っていた人にぶつかってしまった。振り返って見ると。
「……エド、先生?」
「お久しぶりです。君は相変わらず、ダニーとは違う危うさがありますねぇ。」
ユージーンはその姿に目を丸くする。
昔よく世話になった人だ。しかしその人が研究所の廊下にいるところをユージーンは初めて見た。
「おい、エドモンド。一人で勝手に行くなよ。」
「すみません。見知った顔が見えたもので。」
「レ、レオ先生?」
また違う声がした。
ユージーンはまたパチパチと瞬きを繰り返す。その人もまた、昔ユージーンに戦い方を教えた教師であった。
二人はユージーンを背に隠すようにして何も無いに向き合う。
その背中の迷いのなさと言ったら。恐怖など微塵もないのだろう。
「管理人、これは別料金ですよ。」
「後で臨時ボーナス貰わなきゃだなぁ。」
「遠慮なく請求しましょうね、レオナルド。」
ニヤニヤと二人は笑って、高らかに叫んだ。
この研究所の管理人室の、モニター越しの彼に届くように。
かつての戦場で、彼らが合言葉にしていた言葉を。
「「ウサギが草を食べに来たぞ!!」」
最大出力でビームを放った憎しみの女王は疲労にフラフラと身体を揺らした。
杖を支えになんとか立っているような状態だ。
しかし床にふせた魔弾の射手を見下ろして、憎しみの胸の内は満たされている。
やった……。
これで、ユリを護れる……。
トドメをさそうと最後の力を振り絞って、杖を持ち上げる。
その杖の先で、魔弾の射手の身体を貫いてやろうと。
「……ユリ?」
その時。憎しみの女王に一つの声が届いた。
その言葉はとても小さく、弱々しく。
憎しみの女王の、背筋が冷える。神経を研ぎ澄ませて、その声がどの辺で聞こえているのかを探る。
しかし力を使い切ってしまった今、上手く特定出来ない。
「やだ……嫌よ、ユリ……。」
ついに憎しみの女王の大きな瞳から涙が零れる。
自身の無力さを呪って、彼女はそこに座り込んだ。だめ、だめと。首を振る。
「やだ!!嫌!!お願いユリ、そんな事言わないでっ……。」
憎しみの女王の耳に、なにが届いているのか。
新キャラがでてきた後にウサギフラグとか絶対バレるだろうなと思いながらここまで伸ばしてきました_(:3 」∠)_
つまらない回になるのは分かりきってたので連続投稿を次からようやくユリちゃん再び。あの子主人公のくせにどんだけ出番ないねん。