【改正前】海外移住したら人外に好かれる件について 作:宮野花
鳥籠を手に立ち尽くす私を我に返したのは、男性の声であった。
「申し訳ありません、少し急いでもらえますか。注目が集まりすぎたので、早く立ち去りたいのです。」
その言葉に私ははっとして辺りを見渡す。
真昼の公園。遊んでいた子どもたちの足は止まりこちらを見ている。
そんな子どもを不思議に思った大人達が集まってきている。
その視線に私はいたたまれなくなり、急いで男性の後を追った。それに満足したように男性はまた歩き始めた。
暫く歩くと、人気のない道に来た。
不安は段々と大きくなり、それは男性が一台のワゴンカーに乗ると言い出したときMAX値になった。
ああもうスーツケースなんてほうって、この鳥籠を地面において逃げてしまおうか。
でもパスポートも携帯もお財布も全部あのスーツケースの中だ。横着しないでサブバッグ持ってくるんだった。
でもでも命に変えられるものなんて何もないし。
そうだ、逃げてしまおう。警察にひったくりにあいました。スーツケース失くしましたって言えばなんとかなるはず。
そこまで考えついて、いよいよ鳥籠を地面に置こうとした時、男性はスーツケースをワゴンカーに積み終えたらしく私の方に振り返った。
「そういえばご存知ですか。裏社会では戸籍って高く売れるんですよ。」
その言葉に私は鳥籠を置いてさることを断念したのであった。
重い足を動かしてワゴンカーに乗る。
驚いたのは中が救急車みたいになっていることだった。
後部座席がベッドみたいに倒されていて、簡易な医療道具が備わっている。
先ほどの女性はそこに横たわっていて、もう一人白衣を着た男性に手当されていた。
後ろがそんな感じなので私は助手席に座ることになる。
かちゃかちゃと医療道具の動く音と共に車は動き出した。
「……自己紹介がまだでしたね。失礼しました。私はLobotomy Corporationのエージェント……、社員のダニーです。」
そう言って男性はハンドル片手に名刺を渡してきた。
男性の口から出た会社名に私は驚いて、名刺を凝視した。
確かにそこにはLobotomy Corporationの文字が固く印刷されている。
けれどLobotomy Corporationといったら、世界的に有名な電力会社ではないか。
コンセプトは〝未来を造る〟という大規模なもの。
しかしこの会社なら有言実行してくれるだろうというくらいには大きな組織である。
「え、え、でもLobotomy Corporationって、この辺にないですよね?」
引っ越してくる前に付近を調べたけれど、発電所なんて無かったはずだ。それともこの鳥を追いかけてこんな遠くまできたのだろうか。
「あぁ、今向かってるのは発電所ではなく研究所ですよ。」
「研究所?」
「ええ。その鳥は研究対象なんです。普段は大人しいのですが、興奮状態になると人を襲い出すんですよ。先程のように。そして今その鳥は〝貴方から離れる〟ことで興奮状態になるようなのでこちらもやむを得ず、というわけです。 」
なにそれ怖い。
私は思わず籠の鳥を見つめる。やはり鳥は大人しく目をつぶっているだけだ。
「なんの研究なんですか……?」
「……〝未来を造る〟研究です。」
「え?」
「そういえば、お名前を伺ってなかったですね。教えていただいても?」
「あ、えっと、百合です。」
「やはり東洋の方でしたか。ユリさんですね。よろしくお願いします。ところでユリさん、東洋にはこんな言葉があると聞いたのですが?」
「?」
「好奇心は身を滅ぼす。これって、今の状況にぴったりな言葉ではありませんか?」
そうやって私を怖がらせるのやめて欲しい。この人絶対、サドだ。
※※※
車に揺られついた先はなんとまぁ立派なビルであった。
ダニーさんは傷ついた女性と私のスーツケースを玄関で違う社員の人に任せ、ずんずんと歩いていく。
私の手には鳥籠。もうどうとでもなれと諦めてその後ろをついて行く。
でも私ついて行っていいのだろうか。なんだか他の社員さんからの注目が半端ない上に、先程から玄関や廊下通路入り口の所でダニーさんはパスコードのようなものを機械に提示し前を進んでいる。
すごい厳重なセキュリティなのだけど、部外者の私が入っていいものなのか。
まぁ何か言われても責任は私にはないし、ここは大人しくしておこう。
そうしてひたすらついて行くと、あるフロアにたどり着いた。
「おかえりなさい、ダニー。……って、その方は?どうしてここにいるの?」
そこにはダニーさんや先程の女性と同じスーツを着ている人達がいた。
その中でダニーさんに挨拶してきた女性が私を見て顔を歪める。思わず肩を竦める。悪いことをしたわけではないし、むしろ被害者側なのだけれどそのあからさまな態度に少し怖くなった。
「この方は私が連れてきました。どうやら、罰鳥が懐いているようで。」
「えっ、罰鳥が。」
女性はダニーさんの言葉に驚いて、私の手の中の鳥籠を見た。信じられないと言うように私と鳥籠を交互に見る。
「アブノーマリティが、懐くなんて……。」
「銀河の子のこともあるし、異例ではないだろう。」
「でもダニー、これ以上先はその方は通せないわよ。」
「わかっている。ユリさん、ここまでありがとうございました。鳥籠を彼女に。」
「あ、はい。」
言われた通り目の前の女性に鳥籠を渡す。
すると籠の鳥はずっとつぶっていた目をパチリと開けた。その瞳が、また私を見つめる。
なので私は鳥に小さく手を振った。
正直やっと解放されると安心感が湧いてくる。
この鳥には悪いけれど、人を傷つけるような生物はやはり怖い。
でもこうして見るとやっぱり可愛い小鳥なんだけどなぁ。
「ユリさん、スーツケースお返し致しますね。応接室にご案内するのでお待ちいただけますか。」
「……わかりました。出来るだけ早くでお願いします。」
「かしこまりました。」
にっこりと笑うダニーさん。
この人の言葉信じていいのだろうか。けれど今は信じるしかないし。
小さくため息をついてダニーさんについていく。
フロアを後にする、はずだった。
「いやぁあっ!」
「罰鳥が逃げ出したぞ!!捕まえろ!!」
女性の悲鳴と他の社員さんの声に、私とダニーさんは振り返る。
すると目に映った光景は何とも信じたくないものだった。
小さな鳥が、人間を絶え間なく襲っている。
小さなくちばしでその身体をつつき、確かなダメージを与えている。
先程まで大人しかったのに、どうして。
「っ、」
そうしてまた、鳥は私を見つめる。
一瞬動きが止まって、自身を捕まえようと伸びてくる手を軽く避けてこちらに向かってきた。
「ひっ、」
私は恐ろしさに小さな悲鳴をあげた。
小さなくちばしの赤がやけに鮮明で、私の体は石のように固まってしまう。
鳥はそんな私に気が付いたのか、一直線にこちらに向かっていた動きを止め、ゆっくりと降下した。
「……え。」
そうして床に転がる鳥籠に自ら入っていったのである。
鳥が壊したのか、籠の鍵は使い物にならなくなっているけれど。
鳥はやはり私を見つめる。
私はまた助けを求めて、ダニーさんに視線をやった。のだけど、それは間違いだったように思う。
「……ユリさん、もう少しお付き合い願えますか。」
「え、なんですか。」
「罰鳥……、この研究対象を檻に戻すのを、手伝って欲しいのです。」
目の前で人を二回も襲ったこの鳥をまだ運べと。
嫌ですと動かそうとした口は、怪我をした女性の唸り声で止められた。
あたりを見渡すと他の社員さんまで私を見ている。その期待した表情、やめてほしい。
けれどもう私がこの先に進むのを止める人などいなかった。
ダニーさんの後ろについて、やはり鳥籠を手の中に私は地下の廊下を歩いていた。
薄暗い地下はとても広く、けれど空気は重く。
いくつかの扉を通り過ぎたのだがその扉の厳重さと言い中から聞こえる変な音といい何だかこれでは収容所のようだ。
沈黙が重い。いや、本当の沈黙なら良かったのだけど、廊下に響く変な音がすごく嫌なBGMになっている。
人の声ならまだしも、聞いたこともない動物のような声や、何かを引きずる音とか、木製廊下の軋むような音とか。
ここは本当にどうなっているのだろう。
「着きました。ここです。」
ある一つの部屋の前でダニーさんは足を止めた。
そして扉を開けて、私が中に入れるよう道を開ける。
少しためらったけれど、中に入らないと鳥は戻せない。恐る恐る中へと足を踏み入れた。
窓のない部屋(地下だから当たり前だろうけれど)に、私の背丈位の木が立っている。
葉も何も付いていないそれは木というよりは角張った棒のようだ。木の皮も真っ黒で、見たこともない種類の木。
「その鳥は普段その木に留まっているんです。戻していただけますか。」
ダニーさんの言葉に沿うよう、鳥籠の入口を木の近くに持っていく。けれど鳥は一向に動こうとしない。
「ほら、お家だよ。お帰り。」
「……動きませんね。手に乗せて木に近づけていただけますか。」
「えっ。」
それはなんの冗談だろうか。
さっきまで人を襲っていたこの鳥をまた手に乗せろと。あまりにも危険すぎる。
「このままだと帰れませんよ?」
ダニーさんって、やっぱりサドだと思う。日本流にいえばドS。
私はびくびく手を震わせながら籠の中に手を入れた。
最初と同じように手のひらを鳥の横に広げる。すると鳥もまた最初のようにちょん、と乗ってきた。
鳥を刺激しないように慎重に木に手を持っていく。
近付けても鳥は動いてくれない。なのでもう片手でその身体を木の方に押しやった。そうしてようやく、鳥は私の手を離れたのである。
「もう、逃げちゃダメだよ。」
そう言うと鳥はわかっているのかわかっていないのか首を傾げる。可愛いはずのその姿に私は苦笑いするしかなかった。
空の鳥籠を持って私はダニーさんと部屋を後にする。
なんだかとっても疲れてしまった。早く休みたい。スーツケース返してもらわないと。
「あの、スーツケース早く返してください。もう直ぐにでも帰りたいです……。」
「……かしこまりました。玄関に持っていかせますので、送りましょう。」
ようやく帰してくれるようだ。帰りに適当にパンでも買って、今日はさっさと休もう。
そこまで考えて生活用品のことを思い出してうんざりした。
まだ何も揃えてないのだ。とりあえず両親の用意してくれた新たな我が家が家具付き、せめてベッド付きであることを願う。
初日とはいえ雑魚寝はきつい。もし無かったらせめて毛布を買わないと。
「……?」
ふと。どこかで優しい音色が聞こえた気がした。
【警告】【警告】
「えっ、なに?!」
「っ!」
【アブノーマリティが逃げだしました。】【エージェントは管理人の指示に従い直ちに鎮圧作業を実行してください。】
「くそっ……また脱走か……!今度はどいつだ……!」
【脱走したアブノーマリティを特定しました。アブノーマリティネーム〝静かなオーケストラ〟。】
「……嘘、だろ……。」
突然鳴り出した警報音。
ダニーさんに状況を説明してもらおうとしたが、それはできなかった。
彼の顔は真っ青になっていて、絶望したように目を見開いている。
警報音は鳴り止まない。一体何が起こっているのか。
そしてまた、どこからか美しい音色が。
【エージェントは管理人の指示に従い、直ちに鎮圧作業を実行してください。】
Punishing Bird _〝鳥籠に鍵は必要か?〟
罰鳥
参考:http://ja.lobotomy-corporation.wikia.com/wiki/Punishing_Bird
【ユリちゃんのアブノーマリティメモ】
可愛い見た目と愛嬌に反して凶暴。つつかれて皆痛そうだった。もふもふ。
【ダニーさんのひと言】
小さい見た目と素早い動きで捕まえにくい。凶暴なハエを想像してもらうとわかりやすい。
攻撃で多段ヒット重ねてくる面倒臭い糞鳥。