【改正前】海外移住したら人外に好かれる件について 作:宮野花
※さらに無駄に長いです。
※途中様々な専門知識が出てきますが、作者が調べながら書いた付け焼き刃の知識になります。なので全てが正しいと鵜呑みにするのはやめてください。
矛盾点や間違っている部分があれば指摘をお願いします。
しばらく扉を見つめていた私達だが、どんなに視線を送っても開くことも電気がつくこともなかった。
私の手元のビデオカメラも反応しなくなっている。軽く本体を手で叩くも反応はない。
ユージーンさんが振り返り、懐中電灯がこちらに向けられる。眩しさに顔を手で庇うと、配慮してくれたのか懐中電灯を焦点を少し床側に向けてくれた。
「とりあえず、作業しよう。」
「この状況でですか!?」
「こうしてても仕方ないし、この部屋だけ電気が通らないのはもしかしたらヘルパーのせいかもしれない。ならとりあえず、作業を終えよう。」
「それは……その可能性もありますけど……。」
こんな真っ暗な中、懐中電灯の明かりだけで機械の整備なんて正気だろうか。
やりにくいことこの上ないだろう。手元が狂ったら大変なことになるかもしれないのに。
もしもリトルヘルパーが暴走でもしたら、こんな密室では逃げ場もない。私達は格好の餌食になる。
不安が顔に出ていたのか、ユージーンさんが安心させるように笑った。
「大丈夫だよ。さすがにずっとこのままではないと思う。ユリさんがいるんだ。会社も見捨てる訳にはいかないだろう。俺達だけだったら、分からないけどね。」
「そ、そんなこと……。」
「いえ……有り得るわね。私だけだったら見放されたかもしれないわ。」
アネッサさんがユージーンさんに同意する。
それが意外で驚いてしまう。アネッサさんが会社をあからさまに悪く言うのは珍しい。
ユージーンさんも私と同じようで、目を白黒させてアネッサさんを見ていた。
「……じゃあ、始めようか。ユリさんは灯りを持っていてくれるかな。あ、ビデオカメラって使える?」
「いえ……。ビデオカメラ反応しなくなってます……。」
「そっか。じゃあこのライト持ってて。」
ビデオカメラを床に置いて、代わりに懐中電灯を受け取る。
「ユージーンさん、なんでそんな冷静なんですか……?」
そこでずっと気になっていたことを聞いた。
私が冷静でいられるのは、ユージーンさんの落ち着きのおかげだ。もしも一人だったら不安と焦りで部屋の扉を暴れるように叩いていただろう。
ベテランと言えど、収容室に閉じ込められたこの状況でテキパキと動きすぎている気がする。まるでわかっていたように。
ユージーンさんはもう会話にだけ集中するのをやめて、リトルヘルパーのボディを触りながら私の問に答えた。
「正直何か起こるだろうとは予想してたから。タブーを犯す人間に、都合よく不幸が降りかかるのはホラー映画のお約束だろ?」
「映画って……。」
「映画はジョークにしても。停電はヘルパーが原因の可能性は十分にあるよ。ビデオカメラも都合よく使えなくなるなんておかしいし。」
言われてみればそうだった。
収容室の電気がつかないのはまだしも、手持ちのビデオカメラがつかないなんておかしい事だ。
そもそも大きな音がした時だって、ビデオカメラをリトルヘルパーに向けた瞬間だった。
そう思うと私は一気に怖くなる。それは死への恐怖というより、心霊番組を見ている時の恐怖に似ていた。
「だから早く終わらせないとね。あんまりユリさんを独占してると、静かなオーケストラが脱走しちゃうし。」
「それ、最悪ね……。」
「そしたら部屋から出た瞬間、研究所全体が阿鼻叫喚だ。逆にこの部屋から出たくないね。」
「ちょっと、洒落にならないこと言わないでよ。」
ユージーンさんが軽く笑って、アネッサさんは肩を竦めた。
冗談交えた会話は閉じ込められた緊張を和らげてくれる。私も合わせて、あははと笑った。
「オーケストラさんは優しいからそんなことしませんって。」
「……ん?」
「でもきっと、心配かけちゃいますしね。私にも何か出来ることあったら言ってください。早くここを出ましょう!」
「待って、ユリさん。優しいって誰が?」
「え?オーケストラさんが……。」
「いやいやいやいや。」
「ええっ?なんでですか?優しいですよ?」
「……アネッサ。」
「ユージーン。ユリさんこういう冗談は言わないわよ。」
「ええ……。じゃあ本当にあの害悪を良い奴とか言ってんのこの子……。」
「害悪って……!」
オーケストラさんのことを悪くいうような発言にムッとしてしまった。
言い返そうとしたのだが、何故かアネッサさんも呆れた表情で頷くものだから、なんだか私が間違ってるような気分になる。
「ユリさんって、エンサイクロペディアで静かなオーケストラの情報見たことあるかしら。」
「ちょっとだけなら……。別にわかってる事の方が多いですし、触りしかしてないですけど……。」
それは半分本当で半分嘘だ。
見る必要ないと言って文字の羅列を放棄したのは本当だが、それ以上に観測情報として他の人がオーケストラさんの作業をした報告書を見たくなかったからだったりする。
自己中心的なのはわかってるが、想像すると嫉妬してしまってあまりいい気分ではなかった。なので放り投げたのだ。
「じゃあ、静かなオーケストラが収容違反した時の情報は見てないんだ。」
「は、はい……。」
ユージーンさんはわざとらしく呆れた動作でやれやれとため息をついた。
「静かなオーケストラはね、以前まではALEPHクラスの中で収容違反常連のすごい厄介なアブノーマリティで恐れられてたんだよ。」
「ええっ?」
「しかも収容違反すると、演奏という名の攻撃で研究所全体にダメージをくれる。本体は演奏を始めた場所から動かないからただサンドバッグにすればいいだけだけど……。硬いサンドバックなんだよなぁ……。脱走した瞬間下層メンバーは舌打ちしてたよ。」
「本当……。近くにいなくても攻撃受けるから新人が集まるコントロールチームはもう悲惨だったわよ……。」
「演奏が全部終わると鎮圧しきれなくても収容室には戻ってくれる。でも追い打ちで貯めたエネルギー根こそぎ奪ってくから、ダメージ受けた状態でエネルギーの貯め直しってわけ。」
「もうね……大変なのよ本当に……。死ななくてもパニックになってるエージェントばかり。それでまた一から作業のやり直しでしょ?しかもその後のエージェントの精神ケア……。あぁ……地獄だわ……。」
「えええ……?」
過去を思い出してるのか、二人は疲れた顔で遠い場所を見ていた。
普段のオーケストラさんからは想像できない姿に首を傾げてしまう。
むしろオーケストラさんなら、演奏で全員を癒してくれそうだけどなぁ……。
けれど初対面の時、確かにオーケストラさんの周りにいたエージェントさん達は虚ろな表情をしていたり、苦しんでいたりした。
怒ると怖いアブノーマリティなんだろうか。オーケストラさんが強いのは何となく察していたし、よく脱走するというのはわからないけど、それ以外は当てはめることが出来るかもしれない。
「あ……ここ、かな。アネッサ、手伝ってくれる?多分これ、頭部が開くと思う。」
「嘘、本当に?」
私が考え込んでいるうちもユージーンさんは手を動かして、何か発見したようだった。
アネッサさんはユージーンさんの触ってる部分を覗き込んで驚いている。
二人はリトルヘルパーの上半分を抱きつくように持ち、ぐっと上へ持ち上げる。
するとボディが半分に割れて開いた。ガチャガチャのカプセルのようだ。
「うわっ……なんだこれ……。」
灯りがぶれないように懐中電灯を気にしながらリトルヘルパーを覗く。
ユージーンさんが顔を顰めるが、その理由はすぐにわかった。
それは機械に詳しくない私でも、うわっと声を上げてしまうようなものだったからだ。
黒いコードの塊が出てきた。すごい量が内部に無理やり詰められていたようで、もはやコードしか見えない。
言い方は悪いが、排水溝の髪の毛のつまりのようだ。全てが複雑に絡み合って固まっているようで、ユージーンさんが固まりを持ち上げてもそのままの形を保っていた。
「酷いな……こんな配線じゃあどこかが火を放ったら一発で全部アウトだぞ……。」
「しかも見る限り全部黒いコードね。ユージーン、貴方どれがどこに繋がってるか見てわかる?」
「ちっとも。」
「私もよ。……一つ一つ触るしかないわね。」
二人は白い手袋をするとコード一つ一つを丁寧に触っていく。
途方もない作業のように思えたが、案外すぐに何がが顔を出した。どうやらコードは表面側に見えていただけのようだ。
少し強引にアネッサさんがそれを引っ張り出す。その横でユージーンさんが苦笑いしていた。機械類に関してはユージーンさんの方がアネッサさんより慎重に扱うようだ。
「なっ、何よこれ……。」
それはいくつもの金属の箱がくっついた機械の塊だった。
それぞれ形が違うせいで凹凸のある塊になっている。形の悪いルービックキューブみたいだ。
「配線はこれに繋がってるみたいだな。箱に何か書いてる……。ユリさんもう少し灯り近くに貰ってもいい?」
「あっはい!」
二人の傍によって言われた通り近くに灯りをやる。
ユージーンさんは目を細めて機械を見つめた。確かに箱に何か文字が掘ってあり、それを指でなぞっていく。
「VI……S……I……ON、〝視覚〟……?」
「こっちにも何か書いてあるわよ。えっと……〝聴覚〟・〝言葉〟・〝知識〟。三つあるけど、そっちには一つだけなの?」
「あぁ。上の部分の箱にも書いてある。ここは……〝理解〟と〝判断〟?」
ユージーンさんは文字を凝視したまま何か考えこんでしまう。
アネッサさんはその間にも他の箱を触って確認しているようだった。
「これ、反対側の部分は文字が消されてるわ。なに書いてあったかわからないわね……。しかも、他のと違って動いてなさそう。」
「そういうこともわかるんですか?」
「簡単な話よ。機械部分に余熱があった確認しただけ。こっち側、金属の冷たさがはっきりしてる。多分長い間動いてなかったんだと思うわ。」
アネッサさんが手袋から出ている部分で機械を触ってみせる。私はへぇ、と声を出すしかなかった。
ユージーンさんは今度は箱に繋がった配線を辿っているようだった。
「このロボット、カメラレンズで捉えた情報は後ろ側の部品、音声で認識した情報は中心の部品で識別してる……。」
「この文字通りなら、それらの情報を全て合わせて、上部の機械で処理してるのかしら。」
「普通は違うんですか?」
「AIは通常一つの媒体が情報収集、処理をする場合が多いわ。その媒体に一定のアルゴリズム……、人間でいう知識をいれるの。一つで済んだほうが楽だからね。」
でも、とアネッサさんは続けた。
「恐らくリトルヘルパーは、この箱それぞれに取り入れた情報を判別する機械が入ってるのね。リトルヘルパーのボディに、何個もAIが入ってることになるのかしら。」
この箱自体は独立してるみたいだし、とアネッサさんは箱と箱を繋いでるプラグを撫でながら言った。
「それってつまり……この機械の中に複数の頭が入ってるみたいな感じですか?」
「……いや、というよりこれ……脳そのものだろ……。」
ユージーンさんが、口を重く動かす。
「え?」
「それって、どういうこと……?」
「……脳みその仕組みって、アネッサとユリさんわかる?側頭葉とか、後頭葉とか習わなかった?」
「あぁ……。理科で習ったのを、少し覚えてます。脳みその部分名称ですよね?」
「そう。」
箱のひとつを指さして、ユージーンさんは話を続ける。
「目で見た情報を処理する、後頭葉。」
「耳で聞いた情報を処理する、側頭葉。」
「得た情報を理解し、判断する頭頂葉。」
「人間の脳そのものだ……。位置も、その役割も。」
「で、でも、それを用いて作っただけなんじゃあないですか?元々題材があって、それをなぞって作ったなら、同じになるのは仕方ないんじゃ……。」
「この、起動してない部分。」
私の言葉を無視してユージーンさんは前部分を指さした。
「もし脳をなぞって作ったなら、前頭葉になる。……感情や、理性。意思、意欲を司るところだよ。」
ユージーンさんの言葉に、アネッサさんが目を見開いた。
私はなんだか頭がこんがらがってきて、必死にユージーンさんの言っていることを整理する。
「えっと……ロボットに感情があるとこが有り得ないのはともかく、意欲っていうのは存在しますよね?新しい情報を取り入れて学ぼうととするのがAIなわけだし……。なら、その前の部分はそういう役割なんじゃないですか?それなら、普通ですよね?」
「いいえ、ユリさん。AIに意欲というものはないのよ。」
「え?」
「ユリさんの言ってることはわかるわ。よく間違える人が多いんだけどね、AIは別に自分から学ぼうとして情報を取り入れる訳では無いのよ。」
「そうなんですか?」
「ええ。そうね……リバーシを例えに使いましょうか。ボードゲームにAIを使うことがあるのはわかる?」
それは確かテレビで見たことある。その時は将棋だったが、プロと機械が盤のまえで向き合っていたはずだ。
私が見ていた時は、ギリギリでAIが勝っていたはずだが。
「リバーシにAIを使う時、必要な知識はまずリバーシの〝同じ色で異なる色を挟んだら、異なる色が同じ色になる〟、〝盤に多く残った色が勝ち〟というルール。」
「はい。基本的なルールってことですよね。」
「そう。その知識を元に、AIは様々な対局の情報を得て学ぶの。ユリさんはそれを〝意欲〟と言ったわよね?」
「はい。」
「でもね、AIは別に〝勝ちたくて学ぶ〟訳では無いの。〝勝てるように学ぶ設定をされているから学ぶのよ。〟」
「人間が設定した通りに動いてるだけってことですか?」
「そうよ。だからAIは〝勝とう〟としてゲームはしていないの。〝盤のうえに自分の色を多くしよう〟としてゲームをしてるの。」
「なるほど……?」
なんとなく、わかったような気がする。
つまり私が言った〝意欲〟はただの〝設定〟ということだろうか。
「この前部分……なにが入ってると思う。」
ユージーンさんは私達を見て、そう言った。
私は単純にわからなくて首を傾げるだけだったが、アネッサさんは難しい顔をする。
「わからないわ。でも、あなたが予想しているようなものではないことは確かよ。」
「どうしてそう言いきれる?」
「感情なんて複雑なもの、人間が作れるわけないわ。」
「わからないだろ?ここはありえない事だらけだ。」
「そんなことあっていいはずがないわ!感情を持つロボットなんて、もうロボットじゃない。」
「そうだね。ホムンクルスかもしれない。」
「ユージーン!ふざけないで!」
二人はなにやら言い合っているが、まずリトルヘルパーはロボットでもホムンクルスでもなくアブノーマリティなのでは……?
そう思いはしたが、二人の言い合いに入る勇気はなく、黙っていた。
私は一人、機械の箱を見る。
ユージーンさんの言うことが正解なら、この機械には感情があるということだろうか。なんだか日本のアニメを思い出してしまう。
感情を持つロボットの話はいくつもあった。人を助けてくれるロボット、一緒に戦ってくれるロボット。逆に悪者として立ち塞がるロボット。
夢のある、ファンタジーな話だ。それが今目の前にあるかもしれないなんて。
むき出しになっている機械をそっと指で撫でる。もしかしたら、ここに感情が詰まってるかもしれない。
「もし……そうなら。」
こんな風に開けられて、中身を出されて。
「痛いよね。ごめんね……。」
その時だった。
<システム起動>
「えっ……!?」
<システム起動。>
<メンテナンスモードを終了します。直ちに部品機器を戻してください。>
「えっえっ!?」
「ユリさん!?何かしたの!?」
「わっ、わかりません!私ただちょっと触っただけで……。」
「アネッサとりあえず全部元に戻そう!」
突然動いた機械にパニックになりながらも、二人は迅速な作業でリトルヘルパーを元に戻す。
<システム起動。>
<カメラ異常なし・マイク異常なし>
<製品正式名称、オール・アラウンド・ヘルパー。起動します……。>
どうして動いたのだろう。なにかしてしまっただろうか。
真っ青になりながら、私はリトルヘルパーを見つめる。
アネッサさんとユージーンさんは銃を構えていて、部屋に緊張が走った。
<あなたのお供、ヘルパーロボットだよ!>
リトルヘルパーが捉えたのは、私の姿だった。
<君の名前を教えて欲しいな!>
「え……えっと、ユリ……。」
<ユリ?>
「そう。ユリ。」
<ユリ!ユリだね!ユリ!!>
リトルヘルパーは私の名前を繰り返す。なんだか様子がおかしい。
<ぼく、ずっと君の名前を知りたかったんだ!>
「え……?」
<君に会えて、とても嬉しいよ、ユリ!>
その日珍しく彼は酷く酔っていた。
どうしたのか訪ねると、珍しく饒舌に話してくれた。
それはある女性への愚痴で、どうやら彼は失恋したらしい。
聞いたのは私だが、ビール二杯目を飲み終える頃にはその長さにうんざりしてしまった。
『感情なんて無駄だ。』
彼はそう言った。
『こんな想いはいらなかった。』
何杯酒を飲んだのだろう。
────製品説明書裏表紙左下落書きより
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