【改正前】海外移住したら人外に好かれる件について   作:宮野花

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One Sin and Hundreds of Good Deeds_2

会話中出てきた〝エンサイクロペディア〟について聞いたら、ダニーさんもアネッサさんも驚いた顔をした。

 

「エンサイクロペディアを知らないって……え?けどユリさん、作業指示はメッセージで送られてくるわよね?」

「はい……そうですけど……。」

「そのメッセージに〝作業対象詳細〟ってリンクは、あるわよね?」

「なんですかそれ?」

 

そんなリンクあっただろうか。思い返すも心当たりはなく、私の頭にはクエスチョンマークが浮かぶだけである。

そんな私を見て、ダニーさんもアネッサさんも表情が険しくなる。それはそんなに重要なことなのだろうか。状況が理解できなくて、私はただ戸惑うだけであった。

 

「……ユリさん、少しタブレット借りますね。」

 

そう言うとダニーさんは、ベットの下にあったらしい荷物籠から私のであろうタブレットを取り出した。

慣れた手つきでダニーさんはタブレットの中を確認していく。しかしその目付きは段々と鋭くなっていった。

 

「やはり……ないですね。エンサイクロペディアのアイコン自体はあるみたいですが……。」

「え、でもそのアプリ使えないですよね?」

「えっ、そ、そんなはずないわ!」

「……本当に使えない……。」

 

タブレットを渡された日に、時間がある時に色々触ってみたけれど、〝Encyclopedia〟と表記されたアイコンはタップしても真っ黒な画面に〝 この機能は未実装です〟と表示されるだけだったはずだ。

ダニーさんとアネッサさんの顔を見ると、他の人はそうではないのだろうか。ついにダニーさんの眉間のシワがこれ以上ないくらいの深さになり、ちっ、と舌打ちが聞こえた。

 

「……管理人にユリさんのタブレット機能の確認をしてもらいます。とりあえず、私のタブレットでエンサイクロペディアを見てください。」

「わかりました……エンサイクロペディアって、結局なんなんですか?」

「エンサイクロペディアはアブノーマリティの電子版情報資料です。今までの管理で得た情報を管理人とサポートAIが纏めて確実な情報のみ私達に提供します。」

 

そう言ってダニーさんはタブレットを私に渡す。

私と同じ配置のアイコン。〝Encyclopedia〟をタップすると、私のとは違って正常に起動される。使えていなかったのは本当に私だけだったようだ。

ダニーさんに教えてもらいながらアプリを使っていく。検索マークをタップして、〝 たった一つの罪と何百ものの善〟について調べて見た。

 

「わっ。」

 

すると正方形の写真が表示される。髑髏が光ってるような写真に少し驚いてしまった。写真の下には〝One Sin and Hundreds of Good 〟の名前。

タップすると別のウィンドウにとんで、ずらりと対処法やら、特徴やらが載ってるページになる。なにこれ便利。

 

「すごい、これ、便利ですね!」

 

これがあれば今後の作業もかなり楽になるだろう。

思わず笑顔になってダニーさんとアネッサさんを見ると、2人はとても険しい顔をしていた。

 

「ユリさん、本当に知らなかったのね……。知らないで、大鳥と、赤い靴の管理なんて……。」

「……アプリが起動出来ないんじゃなくて、〝未実装〟。……エラーというより意図的に使えなかった可能性の方が高い。」

「そんな!じゃあ、まさか会社が……。」

「前に言ったでしょう。この会社は普通にこんなことをするんだよ。アネッサさんもあまり信じない方がいい。……私はタブレットの件を管理人に伝えてきます。ユリさんは始業時間まで、罪善の情報を確認しててください。」

「待って!私も行きます!ユリさん、ゆっくり休んでね!」

「あっ、はい。」

 

ダニーさんとアネッサさんの会話をよく理解できないまま、二人は早足に部屋を出ていってしまった。

なんだか置いてきぼりにされたようであまりいい気がしない。

かと言って二人がいない今、なにを聞くことも出来ないので仕方なく手元のタブレットを動かした。

それにしても便利だ。よく分からない単語などもあるが、そこは文字をタップするとその言葉の意味の説明が出てくるようになってる。

試しにアブノーマリティ名の横にある〝ZAYIN〟の文字をタップすると、別ウィンドウが開かれる。

どうやらこれはアブノーマリティの危険度の階級のようだった。

この安全度のクラスは5つに別れているらしく、安全度の高いものからZAYIN、TETH、HE、WAW、ALEPHの順。

罪善と呼ばれているこのアブノーマリティは比較的安全のようで、少し心が軽くなる。

そこまで調べたところでこみ上げてくる好奇心。検索ページに戻って、もう聞きなれた名前を打ち込んでいく。

 

「しずかな おーけすとら……っと。」

 

打ち込んで出てきたアイコンには指揮棒を持った手と燕尾服の胸元が見える。

影のような加工をしているのか全体的に暗いアイコンに笑ってしまう。なんだか禍々しい雰囲気を醸し出していて、普段自分に曲を披露するオーケストラには似合わない。

 

「……ん?」

 

ふと、変なことに気がついた。オーケストラの名前の横に表記されてる危険度の階級。おさらいしよう。1番安全なのが〝ZAYIN〟。逆に一番危ないのが〝ALEPH〟。

そして液晶画面に表示された文字〝静かなオーケストラ(ALEPH)〟。

 

ん??

 

 

※※※

 

 

そして始業時間になったので、いつも通り私は研究所の廊下を歩いていた。

正直まだアブノーマリティに対しての恐怖はある。けれどアネッサさんのくれた薬のおかげかそれもだいぶ落ち着いていた。

タブレットを操作して、対象アブノーマリティの部屋を確認する。この研究所は広くややこしいつくりをしていて、適当に歩くと確実に迷ってしまう。

あの後無事私のタブレットはダニーさんとアネッサの手によって戻ってきた。

戻ってきたタブレットはどうやら二人が上に掛け合ってくれたらしく、エンサイクロペディアも使えるようになっていた。

二人にお礼を言ったのだが、なんだか様子がおかしかったのが気になる。

二人とも苛立っているようで、特にアネッサさんはいつもの笑顔からは考えられないくらい、厳しい表情をしていた。

そして、アネッサさんからの一言。

 

『ユリさん、会社をあまり信じない方がいいわ。』

『え?』

『そのエンサイクロペディアだって、都合の悪い所は私達に見せないように隠されてる可能性がある。』

『可能性、ではなく確実にでしょう。アネッサさんはあれを聞いてもまだ会社に希望を持つのですか?』

『……そんなつもりないわ。でも、頭が、まだついていかないのよ……。』

『ダニーさん……?アネッサさん……?』

 

どうして。どうしてそんな顔をするのだろう。

ダニーさんはまだしも、アネッサさんがここまで会社を悪くいうのは珍しい。

理由を聞いても二人の口は開くことなく、ピリピリした空気がただ流れる。

その空気を少しでも変えようと、先程疑問に思ったオーケストラさんの危険度の話を振ってみる。

 

『あの、オーケストラさん……静かなオーケストラのエンサイクロペディア、間違ってないですか?ALEPHって、そんな危険なアブノーマリティじゃないですよね?』

 

そういった時の二人の顔を忘れられない。なにも言われなかったけど、確実に「何言ってんだこいつ」って顔だった。

ちょっと悲しかった。

 

……正直この会社をそんな嫌なものとして話されるのはいい気分ではない。

私だってこの会社を信じて働いているうちの一人なのだから。

それにダニーさんは少しこの会社に敵対心を抱きすぎだと思う。その嫌悪は会話や態度にチラチラと顔を出していて、雰囲気のいいものでは無い。

この会社が真っ白だと私も思っていない。現に今まで何も引っかかることが無いのかと言われれば答えられないだろう。

やはり一番気になるのは、〝赤い靴〟を履かされたこと。

危険とわかっていてどうしてあんな指示を出されたのかわからない。未知を知るために行動は必要だとしても、赤い靴が女性にとって危険なものとわかっている上で、何を知る必要があった?

会社は、私を、私達エージェントをどう思っているのだろう。

私達だって、生きてるのに。

そう考えたって何も変わらないのがわかっているから今まで考えないようにしていた。

答えのでない思考は嫌なループを生み出すので避けた方がいいだろう。

けれどダニーさんは、そのループがないように思える。

そのループの先、確実なる答えの〝嫌悪〟と〝憎悪〟にたどり着いているようだった。

ダニーさんになにがあったのだろう。

 

「わかんないんだよなぁ……。」

 

ダニーさんになにがあったのかも。

会社が何を考えているのかも。

私は何もわかってない。色々なことを知らなさすぎるのだ。

それぞれ事情があって、過去があってそして今があるのだから私が考えたって仕方ないのだけれど。

それでも気になってしまうのは何故だろう。なんだか人事に思えない、その渦中に巻き込まれているようなこの感覚は何なのだろう。

 

考え事をしているうちに収容室には着いてしまう。

扉を開けようと横の電子パネルを操作する。慣れているはずなのに、いつもより手が遅くなってしまうのは心の問題だろう。

よく見ると指が震えている。情けない。

一番情けないのは、その震える自分の指を見て。

妖精の祭典が私に食べさせようとした彼女の指を思い出して、よけい怖がってること。

その頼りなく情けない自己嫌悪に、自嘲した。

 

扉が開く。私はエンサイクロペディアにあった言葉を思い出す。

〝たった一つの罪と何百もの善〟

〝対象は、懺悔によって得られる人間の「罪」を糧としている。〟

人の罪なんて、そんなに美味しいものなのだろうか。そんなこと馬鹿なことを考えてしまう。

 

 

 

 

 

 


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