【改正前】海外移住したら人外に好かれる件について   作:宮野花

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Nameless Fetus_2

赤ちゃんのアブノーマリティというダニーさんの言葉にわくわくしながら収容室のロックを解除する。

アブノーマリティだし、普通の赤ちゃんと違うことくらいはわかっている。けれど小さい身体とあのつるっとしたもちもちお肌を想像するとニヤつきが止まらない。

作業内容は〝栄養〟だけれど、他のアブノーマリティと同じフレークでいいのだろうか。哺乳瓶の方がいいのでは。

胎児という名前だし、生まれたてかもしれない。それだとまだ歯も生え揃ってないのでは?フレークカリカリだけれど大丈夫かな?

食べづらいようならフレークを粉々にして粉末にしてあげよう。固形よりはましだろう。

扉が開く。赤ちゃんは警戒心が強いから、安心してもらえるように笑顔を作って中に入った。

 

「……!?」

 

ぐっろ。そう声に出なかったのは、驚きで笑顔のままかたまってしまったからである。

想像していた赤ちゃんと全く違う姿がそこにはあった。ふくふくとした手も小さな身体もミルクの匂いもそこにはなく―――、

かわりにあるのは大きい丸々とした身体。座っているのだろうか。腕はあるのに足が見当たらない。太ったこけしみたいだ。

しかもなんか濡れている。黄色と深緑が混ざった、ヘドロみたいなのを全身にまとっている。お腹のあたりには傷もあって、お世辞にも可愛いとは言えない。

グロテスクな姿は私に恐怖を与えるのに十分で、思わず一歩後ろに下がる。

私の動きに胎児は反応し、こちらを見つめる。目が合ってしまった。

顔は普通だ。目と鼻と口がある。その大きな体に似合わず全てとても小さいが。

お互いに動かずしばし見つめ合う。緊張に上がっていた心拍数が少しずつ落ち着いていく。

というのも、何もしてこないからだ。

驚く程に何もなく、静まり返った空間。なんとか仕事のことを思い出して、私はウエストバックからフレークを取り出した。

見た目程危険ではなさそうだし、さっさと作業を終えれば直ぐに帰れる。そう考えて恐る恐るアブノーマリティのそばに寄った。

フレークのせた手のひらを顔に近づける。胎児は太い首を傾げて動かない。

 

「……やっぱり食べにくい?」

 

こんな姿でもまだ赤ちゃんならば、このカリカリは食べにくいのだろう。

一旦袋にフレークを戻して、圧をかける。袋越しに塊が砕けるのを感じてから、また手のひらに出した。

細かくなったそれが散らないように気をつけながら再度胎児の顔に近づける。それでもまだ首を傾げるので、困ってしまった。

警戒されているのかと思って、無理矢理笑顔を作る。アブノーマリティだって笑顔の方が好きなはずだ。

すると姿に似合わないかわいい笑い声が聞こえた。きゃふふ、と柔らかい赤ちゃん独特の声。その声とともに、胸のあたりに生暖かい風を感じた。

 

「……ひぃっ!?」

 

なんだろうと風の方に目を向けて、悲鳴をあげてしまったのは仕方ないと思う。

丸い大きな胎児のお腹には切れ目があった。私はそれを傷だと思っていた。粘液に濡れてよく見えなかったし、位置的にもなにか怪我をしたのではないかと思っていた。

しかしその傷は裂けるようにパカッと開いている。開いたその先には空間があり、鋭く尖った歯がいくつもあった。

口だ。お腹のそれは口だったのだ。

開いたそこから感じる風は息だろう。湿り気のあるそれにゾワゾワと嫌な感覚が背中を走る。

落ち着いてきた心拍はまた激しくなり。震える手からフレークが零れていくのがわかったが、それを気にする余裕はなかった。

その落ちたフレークがお腹の口に落ちたのは偶然だ。しかし口の中に入った瞬間また可愛い声が聞こえた。喜んでいる。

その声ではっとした私は手の残りのフレークを全て口の中に放り込んだ。そうするとまた笑い声が。

これで作業は終わりだろう。早くここから離れたくて胎児に背を向けようとした瞬間、柔らかい感触が身体にあった。

その柔らかいというのは暖かくしかし器用に動いていて、舌だ。舌で舐められたのだ。

大きな口に比例して大きく長い舌がベロベロと私の体を舐め回す。

制服が涎でベタつくのを感じながら、私は恐怖の中強ばった笑みをした。そのぎこちなさを気にせずに胎児はまた笑う。

胎児の機嫌を損ねないように、刺激しないように震える足でゆっくりと後退する。機嫌を損ねたら、どうなるのだろう。腹の口から見える白い歯を見て、私はその続きを考えるのをやめた。

なんとか出口の前まで来れた私は胎児を見たまま部屋から退室する。扉がしまって完全に胎児の姿が見えなくなったところで、その場に崩れ落ちてしまった。

 

「お、お、お、終わった……。」

 

何なんだあのアブノーマリティは。恐怖の塊みたいな姿をしていたけど。

あんな大きくて恐ろしい生物、一体どこから来たのだろう。あんな生物が外にいたら目立ちまくってニュースになりそうだけど。

身体についた涎をみて、すぐさまお風呂に入りたくなる。

とりあえず着替えるくらいは許されるだろうか。そんなことを考えながら、なんとか立ち上がって私は元来た道を戻る。

ダブレットを確認するも次の指示は来ていないので、待機でいいだろう。

 

「……?」

 

ふと、視線を感じた。

あたりを見渡すも誰もいない。気の所為だろうか。

別に嫌な感じのものではなかったし、まぁいいかと足を進めた。その時。

 

ーーーーうわぁぁぁぁぁぁぁあああっ!!

 

耳を突き刺すような、赤ん坊の鳴き声がした。

 

「っ……!?」

 

大きな声は耳から頭に響いて頭痛を呼ぶ。耐えられなくて手で耳を塞ぐも気休めにしかならない。

 

【警告】【警告】

 

「嘘っ……!」

 

【アブノーマリティが逃げだしました。】【エージェントは管理人の指示に従い直ちに鎮圧作業を実行してください。】

 

赤ん坊の声に混じってぼんやりと聞こえる警報音。

泣き声を聞きながら思い浮かんだのは先ほどのアブノーマリティ〝無名の胎児〟。

この大きな声からして、あのアブノーマリティが脱走したのか。

ウエストバッグの中で、振動を感じる。この中で振動するようなものなど、タブレット端末くらいしかない。けれどいつもは音だけで振動などしないはずだが。

ここにいては耳を塞いだ手をどけることが出来ないので、とりあえず離れることにする。

きっとまた鎮圧作業の指示だろうけれど。とりあえずどこに逃げたかなどわからなければ鎮圧する術もないので、タブレットを見ることを最優先にした。

数十メートルほど離れたところでなんとか耳から手を離せた。うるさいことに代わりはないけれど、幾らかはマシだ。

タブレットを確認すると〝緊急〟と表示されていた。あの振動はそれを知らせるバイブレーションだったのか。

慌てて内容を確認する。するとそこには予想してなかった指示があった。

 

「……栄養、作業?」

 

〝対象:無名の胎児(O-01-15-H) 作業内容:栄養〟と、そこにはあった。それは先ほどしてきた作業と全く同じ内容である。

私の頭にクエスチョンマークが浮かぶ。

鎮圧作業ではなくて、通常の栄養作業?しかも、無名の胎児に?無名の胎児は脱走していない?

疑問を抱きつつもとりあえず〝緊急〟の言葉に従おうと思った、ところで気がついた。

 

あ、これ戻らないといけないやつ。

 

先程離れた場所を振り返って真顔になったのは許して欲しい。

大きくため息をついて、意を決した私は耳を手で塞いだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 







遅くなってしまい申し訳ありません……。
10月ちょっとバタバタしてまして、コメント返信も全然できてなくて申し訳なかったです。
これからも頑張りますので、よろしくお願いします。







いや本当によろしくお願いします(´;ω;`)

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