【改正前】海外移住したら人外に好かれる件について   作:宮野花

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Nameless Fetus_1

アパートの隣の部屋に赤ちゃんが生まれたらしい。

ベランダで洗濯物を干していると、お母さんにだっこされながら日向ぼっこしている姿が、隣のベランダに見えた。

大きな声できゃらきゃら笑いながら椛みたいな手が宙に伸びる姿は癒し以外の何物でもない。ここからだと顔が見えないのが残念だ。

 

「あら、うるさかったかしら。ごめんなさい。」

「いえ!すいません、可愛いなって思って、見ちゃって。」

 

洗濯物にかこつけて少しベランダをのぞき込んでいたのを気付かれたようだ。

お隣さんは申し訳なさそうに謝った。慌てて否定する。うるさいなど全く思っていない。

 

「ふふ、ありがとう。ついこの間生まれたばかりなの。良かったら今度顔を見てあげて。」

「わぁ!いいんですか!私赤ちゃん好きなんです!男の子ですか?女の子ですか?」

「男の子よ。名前はダニーって言うの。」

「えっ。」

 

ダニー。まさかのダニー。数ある名前の中からダニー。

思い浮かぶのは同じ名前の先輩。一瞬走馬灯のように記憶が頭を通り過ぎていく。

 

「?どうしたの?」

「……いえ、なんでもないです。」

 

どうかサドにはならないでくれ。お隣りのダニー君。

 

 

※※※

 

 

「……?なんですか、ユリさん。最近私のことよく見てきますね。」

「いえ別に。」

 

先日の休みにそんな事があってから、ダニーさんを見るとダニー君を思い出すようになった。

それならまだいいのだけど、家に帰ってダニー君の声がお隣から聞こえてくるとダニーさんを思い出す。

仕事に行っても家に帰ってもダニーさん、ダニー君。エンドレスダニーである。

気にしすぎだと自分に言い聞かせても、ダニーさんにもダニー君にも会ってしまうのでどうしても気にしてしまう。

ダニー君は声よく聞こえてくるし、ダニーさんはこうして作業終わりの待機時間よく被るし。

 

「ダニーさんと私の指示待機時間かぶるのって、やっぱり教育係として調整してくれてるんですか?」

「調整は別にしてませんよ。私は一つのアブノーマリティの担当をすることが多いですから、結構規則的に待機時間があるんですよね。それとたまたまユリさんの待機時間が合ってるだけでしょう。」

「担当制なんてあるんですか?」

「そういうアブノーマリティもありますね。例えば先日ユリさんが作業した赤い靴は大体同じエージェントが作業します。そのアブノーマリティと相性のいいエージェントがわかってるなら、担当にした方が効率がいいでしょう。」

「なるほど……。」

 

ダニーさんの担当するアブノーマリティってどんなのだろう。

作業内容に〝暴力〟もあるし、暴力が好きなアブノーマリティなのだろうか。ダニーさん暴力飛び抜けてうまそうだし。鞭とか達人並みに上手そう。

……ダニー君、ダニーさんに似ないように、健やかに育って欲しい。

あぁまたダニー君の事に繋がってしまった。もうここまで来ると洗脳されてる気がする。

そんな事を思っていたせいか、幻聴まで聞こえはじめた。ダニー君の泣き声。私の頭わりとやばいところまできているのだろうか。

 

「……あれ?本当に泣いてる?」

と、思いきや。どうやら幻聴かと思った泣き声は、どうやら本物のようだった。

どこか遠くで赤ちゃんが泣いている。とても微かにだけれどそれは確かに聞こえた。

 

「ダニーさん、なんか、赤ちゃんの鳴き声聞こえません?」

「あぁ……無名の胎児か……。」

「無名の胎児?」

「赤ちゃんの姿のアブノーマリティですよ。」

「そんな可愛いアブノーマリティが!?」

 

思わず大きな声を出してしまった。ダニーさんはびっくりしたようで目を見開いてる。

興奮してしまったことに自分でも気が付いて慌てて声を抑えた。

 

「す、すいません。」

「いえ……子ども好きなんですか?」

「まぁ……、関わるとなると難しいですけど、やっぱり見ていて可愛いなって思います。でも赤ちゃんって言ってもアブノーマリティですし、やっぱり危険なんですよね?」

「それなりには危険ですが……、危険度で言えば静かなオーケストラの方が上ですよ。」

「そうなんですか?じゃあわりと大丈夫なのかな……?」

「……というよりユリさん、静かなオーケストラの危険度わかってます?」

「え?」

 

何故かダニーさんの眉間にシワが寄ったところで、タブレットから通知音がした。

作業指示のメッセージだ。〝対象:無名の胎児(O-01-15-H) 作業内容:栄養〟。胎児とは。これはまさか。

 

「随分タイムリーな作業指示ですね。それさっき言った赤ちゃんのアブノーマリティですよ。」

「行ってきます!」

 

すぐさま作業に向かう。後ろからダニーさんが何か言っているけれど、とりあえずそんなことはどうでもいい。

赤ちゃん独特のミルクの匂いとふくふくした小さな身体を想像して、私の気分は上がるのだった。

 

 

 

 

 

 

 

「ユリさん!……あー、行っちゃったか……。」

 

遠くなっていくユリの背中を見てダニーはため息をついた。

走り去って行ったユリの表情を思い出してダニーは苦笑いをする。あの期待を込めた瞳に無名の胎児はどんな風に映るのだろう。

しかしユリに指示された作業は特に大きな危険の心配もない内容だった。その事にダニーは安心していた。

 

「……残業したかいあったなぁ。」

 

ダニーの口から笑みが零れる。先日呼び出された時のアンジェラの顔を思い出したのだ。

 

 

 

先日のこと。ダニーは朝、管理人室に呼び出された。それは予想通りの事であり、彼は幾分緊張しながら管理人室の扉を開けたのだった。

呼び出したのはアンジェラであり、そこに管理人であるXの姿は見当たらない。きっと相変わらず馬車馬のように働かされてるのだろうと考えて、ダニーは内心舌打ちをした。

アンジェラは映像である癖してダニーを睨み、器用に嫌悪を伝えてくる。彼はAIの言葉を待った。言われるであろう事を予想しながら。

 

「エージェント・ダニー。今日貴方をここに呼び出したのは、先日の勝手な行動についてお話したかったからです。」

「勝手な行動?あぁ、AIである貴方が本来Xがするべき仕事を勝手に行ったことですか?」

「ふざけられるのも今のうちですよ。エージェント・ダニー。本日付であなたはクビです。」

 

やはりか。予想していた展開にダニーは目を細める。

そうなるとは思っていた。彼は会社のAIに逆らっただけでなく、そのプログラムに侵入したのだから。

 

「けれど、一つ貴方にもチャンスをあげましょう。……先日、私のプログラムに侵入した、そんな方法をとることが出来る人間の名前を言いなさい。」

 

だがAIのプログラムに侵入したのは彼自身の力ではない。ダニーには世界の大企業lobotomy corporationのコンピューターに侵入出来るほどのスキルはないのだ。

だからアンジェラは、会社のAIは知らなければいけない。この会社の脅威になるであろうその人物を突き止めなければいけない。

 

「何のことですか?」

 

ダニーはアンジェラの言葉ににっこり笑った。その綺麗な笑顔にアンジェラは無表情に言葉を続ける。

 

「突き止められるのは、時間の問題です。Bという人物まで私達はたどり着いています。エージェント・ダニー、どうせ暴かれるなら保身をした方が賢いと思いませんか?」

 

アンジェラがそう言った時、ダニーは大きく目を見開いた。

B。その言葉に聞き覚えがあったからである。ダニーはつい、下を向いてしまった。なんということだろうと思う。なんということだろう。

 

「ふっ、」

「……?」

「ふっ、ふっ、ふははははは!!」

 

ここまで予想通りなんて、なんということだろうと。

 

「はははっ、あー、腹痛い。失礼、笑いが我慢できませんでした。可哀想なAI、アンジェラ。同情します。」

「なんのことですか。貴方の行動が理解できません。頭がおかしくなったのですか?」

「とぼけなくていいですよ。つきとめられなかったんですよね?ハンドルネームがBであること以外は、何もわからなかったんでしょう?じゃないと、俺にこんなこと聞かない。」

 

ダニーは笑いながら、忘れてはいけないとポケットからUSBを取り出した。それをアンジェラに見せつけながら、なんとか笑いを抑えて話し続けた。

 

「これ、なんのデータが入ってると思います?」

「……なんですか。」

「流石にこんなことをしてるとは驚きでしたよ。洗脳プログラム〝Face the Fear, Build the Future.〟研究所の面接にAIである貴女の姿があるのはこの為だったんですね。」

「あなた、なんてことを!そんな、データを盗むなんて許されるとおもってるのですか!?」

「洗脳して命を差し出させる、そんな最低野郎どもに許されなくても全く怖くねぇよ。」

 

ダニーはアンジェラをきつく睨んで、ポケットにUSBを戻した。

アンジェラはその動きを目で追っていく。映像である彼女はそれを無理やり奪うことなど出来ない。ポケットに手を入れてもすり抜けてしまうだろう。

 

「俺の事をお前が上司に報告すること、またはお前が俺を殺せばこれはばらまかれる。Bがそういう風に動いてくれてるから、下手な事はしない方がいい。」

「会社を潰すつもりですか。」

「俺は別に正義の味方としてこの研究所を潰そうとか思ってねぇよ。だったら今頃もうこの情報は従業員に知れ渡ってる。洗脳だろうとなんだろうと、あの化物共を収容する誰かは必要なこと位、理解してるよ。」

「……では、何が望みですか。」

 

アンジェラの言葉にダニーは笑った。馬鹿にしたように。

 

「言ってもどうせわからねぇよ。とにかく真面目に仕事をする事と、俺の邪魔をしない事。これさえ守ってくれれば俺も何もしない。」

 

「集団洗脳解除は避けたいだろ?」と、それだけ言ってダニーは管理人室を後にした。

 

 

 

 

 

思い返しても馬鹿みたいに上手くいったとダニーは思う。

が、彼には一つ心配なことがあった。

アンジェラに言ったことは全て本当のことだ。今日のことは少なくとも報告しないだろう。

 

けれど、もう既に報告してしまった事は?

 

管理人室に呼び出される前、アンジェラが自身についての報告を、誰にどこまで話したか。それがわからないのだ。

ダニーはまたため息をつく。これは運でしかない。

 

そのため息と同時に、タブレットから通知音がした。

内容を確認して立ち上がる。それはいつも通りの指示であった。

早足で目的の収容室に向かう。一秒でも遅くなればアブノーマリティ達は何をしでかすかわからない。

収容室に到着し、慣れた手つきで鍵を解除する。中に入ると見慣れた姿がそこにあった。

アブノーマリティという存在をダニーは好きではない。と言うより彼はそれらが嫌いだ。

この危険で未知の存在を好きになれという方がおかしいというのが彼の考えだった。

 

しかしその中でも彼はこのアブノーマリティが飛び抜けて大嫌いだった。

 

何度見ても何度作業しても、ダニーはこのアブノーマリティに向ける感情を変えることが出来ない。そして皮肉にもそれをアブノーマリティは喜んでいるようだった。

それはシルエットだけなら巨大な犬のようにも見えるが、長方形の頭についた二つの口と四つの目がそうではないことを物語っている。

大きな口からベロリと舌を垂らしていて、顔と言っていいのか頭に付いているそれからは表情が掴めず、その上、脳天から伸びる水色の腕は長い爪を鋭く光らせている。

骨で出来た2本の前脚はまだいいとして、後ろ脚のそれは何だとダニーは気持ち悪くて仕方がなかった。

足のような形をした赤くてグチャグチャしたそれは、人の持つそれに似ている。臓器の一つである、腸に。

骨の前脚二本と腸の後ろ脚一本で、バランスよく立っている。

 

「よぉ、さっきぶりだな。〝何も無い〟。」

 

その不気味な姿を見て、ダニーは怖いとも恐ろしいとも思わない。ただただ「死ね。」と、それだけしか。

それを口には出さなくとも確かな殺意を向けて、彼はアブノーマリティに声をかけたのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 






次はがっつりアブノーマリティ回です。
ダニーでしゃばってすいません。

※安心してね何も無いをダニーで消化なんてしないよ!これだけはいっておかんとと思い追記しました。何も無いなんて美味しい物件ダニーにやらん。

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