【改正前】海外移住したら人外に好かれる件について 作:宮野花
ケセドさんは私に次の作業指示を教えてくれた。
と言っても、それは既にタブレットにも送信されているもので。わざわざ彼が言う必要はないのだけれど。
「……空虚な、夢?」
「あぁ。最近来たばかりだ。恐らく対象に夢か幻覚を見させるアブノーマリティ。多くの人が犠牲になっている。」
福祉チームもと付け足されて、私は元気の無い皆の姿を思い出した。
顔色が悪かったし、フラフラしていた。病気かなにかに思えたが、もしそれが寝不足だと言われても納得がいく。
「えっと……、悪夢をみさせるってことですか?」
「それはまだ詳しくわかっていない。」
「そうなんですね。」
「……と、言うことに表はなっている。」
「え?」
ケセドさんは私を真っ直ぐに見る。とても真剣な顔で。
「現時点で、恐らくそれは悪夢ではないと予想されている。逆にいい夢の可能性が高い。本人の理想や願望を投影するようなものだ。」
そして、と人差し指を彼は立てる。
「夢なのに、意識がある可能性が高い。」
「意識?」
「〝それが夢である〟とわかるんだ。それが持続的なのか、途切れ途切れに思い出すのかはわからないが、少なくとも被害にあっているエージェントはみんな言う。」
『この会社で働いていて良かったと、その時思った。』。
「……?えっと、それはどういう……。」
「そのアブノーマリティに会えて良かったと思うらしい。それがどういう経緯でそう思うのかまではわからないが、その時点でエージェントは自分達がロボトミーコーポレーションの社員である自覚がある。」
「そういう夢なんじゃ……?」
例えば、この会社で働くことが楽しいと思う夢ならそう思って当たり前だと思う。
私がそう伝えると、ケセドさんは困ったように笑った。そしてなにか言おうとしたが、口を開いた後に諦めたようで一瞬止まる。
そのまま私の疑問を通り過ぎて、話し続けた。
「見る夢は多種多様。子どもの頃に戻ったというエージェントもいれば、全く知らない別の誰かになっていたというエージェントもいる。統一性は一切ない。……けど一つだけ、共通点があるんだ。」
「共通点……?」
「夢の世界にしかいない、〝何か〟がいる。」
「何かって……何ですか?」
「それは、わかっていない。本当にわかっていないんだ。」
ケセドさんは私から目を逸らした。言いにくそうに、もごもごと口を動かしている。
言葉を選んでいるのか、言うか悩んでいるのか。迷っているようだった。
しかし意を決したようで、再び私を真っ直ぐみる。
「……その何かに、心を許してはいけない。許したら、君は一生夢から逃げられなくなる。」
「それ、は……。」
「目覚めなかった皆、その何かに焦がれて自ら夢を見に行くんだ。そして目覚めようとしない。それをわかって彼らは寝てしまった。
……〝ずっとずっと眠っていたい〟。〝どうか起こさないでほしい〟。皆そう言って、本当に目覚めなくなってしまう。」
つまり、……目覚めなければ、そのまま死んでしまうってことだろうか。
「空虚な夢は、君の願望を映し出すだろう。それは幸せかもしれない、でもどうか囚われないでくれ……。」
「……。」
私の、願望。
ケセドさんの言葉に、目を閉じる。〝願望〟。私の。
……容易く想像できる。笑える程。
だってそれはずっと望んでいたことだ。
きっと私の夢は。……日本で、家族と同じような力で。誰かの役にたつ。そんな夢だろう。
家族を追いかけるんじゃなくて、待つんじゃなくて。一緒に立ち向かう。そんな、夢。
「……多分、大丈夫です。だって夢ってわかるんですよね。」
夢だとわかるのなら、大丈夫だと思う。
むしろそんな夢みたら、あまりにもあからさまで逆に虚しくなりそうだ。
節々でも夢だとわかるなら、冷静に対処出来そう。あとは目覚める方法を探せばいい。
「その、〝何か〟っていうのと、私話してみます。」
「そんな危険なこと、」
「目覚める方法、教えて貰えるかもしれません。わからないけど……。可能性はあります。」
この可能性は、多分私が一番あると思う。
空虚な夢が私に好意的かどうかで全てが変わるだろう。
でももし会話できるくらいに好意を持ってくれるなら、元気の無い皆を助けるヒントは得られるかもしれない。
「ユリさん、眠らないという手もあるんだ。」
「え?」
「現に何人かのエージェントは作業しても眠らず戻ってくる人もいた。その境がはっきり分からないから、管理人は中層最下部の福祉チームばかり作業に行かせる。……下層はほとんど眠らない。上層はほとんど眠る。中層だけ、半々なんだ。」
「……ケセドさん、それって、ケセドさんが言っていいことなんですか?」
なんだか敢えて悪いことを私に伝えてる風に聞こえる。
そんなこと、エージェントの私達は自分以外に誰が作業していたかなんて把握出来ないのだから、わざわざ言う必要が無い。
ケセドさんの言い方だと、Xさんは福祉チームを使ってアブノーマリティへの実験をしているように聞こえる。
けれどそれって、仕方ない面もあるのでは無いだろうか?
どの仕事もそうだと思う。誰かが一番最初をやらなければいけない。
確かに危険だし、恐ろしい話だけれど……。その中で一番安全であろう人を選んで指示を出してくれていると、私は信じている。
「でも……眠ることは決定事項みたいですね。」
指示のきたタブレットを見せる。その画面に、ケセドさんは目を見開いた。今度は私が苦笑いしてしまう。
〝〟
「他の皆も頑張ってるから、私もできることを頑張ります。行ってきますね、ケセドさん。」
そんな顔しないで欲しい。危険な思いをしているのは私だけじゃないんだから。
そんな、傷ついたみたいな顔。なんで貴方がするんだろう。ケセドさん。
※※※
タブレットのマップを辿って目当ての収容室に向かう。
なんだか今日、私元気だ。何故かやる気に満ち溢れている。
頭は痛いし寝ていたせいで少しだるいけど、心は異様に元気で意欲に溢れていた。頑張ろう!
と、その前に。
入る前に空虚な夢の情報をおさらいしようとエンサイクロペディアを開く。
そこで驚いた。殆ど情報がない。ケセドさんはあんなに教えてくれたのに。
『それはまだ詳しくわかっていない。』
『……と、言うことに表はなっている。』
ケセドさんが言っていたのって、未公開の情報だった?
何故情報が公開されてないのだろう。もしかしたらまだ仮定であって、確かな情報では無いのだろうか。それとも別の意味があるのだろうか?
逆に。何故ケセドさんは私に教えてくれたのだろう。
思い返すと、彼はだいぶ様子がおかしかった。距離が近くなっていたというか……。
確かに初対面から優しい言葉をかけてもらったが、あんなに話す程の関係ではないはず。表情も微笑みくらいしか見たことがなかったのに、今日は色んな顔を見せてくれた。
「あれ、なんか!!」
今の!!少女漫画のアレだ!!
「いやいやいやいやいやいや!!」
そうじゃない、そうじゃないと首を振る。ここには私しかいないのに誰に否定したいのか。でも絶対に違う!!
あんなイケメンが私を好きになるとかないし!!そもそもそんなに今まで関わってなかったし!!
絶っったいない!!
それに、……それに!!
「そんな感じじゃあ、なかったし……。」
そう。そんな感じではなかったのだ。
彼の瞳は確かに優しかったけれど。
けれどそれ以上に、彼は何かを恐れているように見えた。
好きな人を見る目では無いというか……。
好きな人を相手にしたのなら、もっと柔らかい目をすると思う。心配をしているような目、というか。
ケセドさんはそういうのではなく……、どちらかと言えば視線は鋭かったし、心配と言うよりは不安そうな目をしていた。
なんて表現したらいいのかわからない。そもそも何を考えていたのかもわからないのだけれど、あの感じ、どこかで覚えがあるような。
「あ、」
そうだ。似ているんだ。
あの頃の───、出会った当初のアイに。
何故そんなことを思ったのだろう。二人の見た目は全く似ていない。どちらも綺麗ではあるが、まず性別が違う。
あの頃のアイはどこか無理をしているような、不安定というか。戦っていなければ、自分ではないようなことも言っていたから。
「うーん……。」
考えて見れば見るほど、分からない。どうして私はそんなことを思ったのだろう。
「まるでごっこ遊びですよ。」
アンジェラは言う。
「戻った気でいるんでしょう。ここに来た頃に。馬鹿らしい。」
彼女はリリーの頭を撫でる。リリーは目をつむってただ話を聞いている。猫のようだ。リリーは鳴かないし、自由ではないけれど。
「黒井百合が〝生きている〟のなら。過去のエージェント達は、〝死んでいる〟。それなのに彼女と過去を重ねて。まるで自慰ですね。」
珍しく下品なことを言うアンジェラ。しかしリリーはその意味がわからないから、ただ黙っている。
アンジェラは疲れている。つい先程、一人のエージェントの頭をいじったから。
それを今更残酷だと口答えしてきたケセドがめんどくさくて仕方なかったから。
「アレは私の駒であって、貴方の玩具ではない。そしてお前は誰の味方にもなれない。」
なぜならお前もまた、私の駒でしかないのだから。
げっ、と思ったのは。収容違反の警報が鳴るのと同時か、それより前であった。
目の前に現れたその存在に私は頭を抱える。そうだ、この近くは彼女の収容室だったと。遠回りしてでも別ルートから行くべきであった。
音も立てずに現れたその人は、相変わらず美しく。けれど前ほどの会えた喜びだとか、そういった物は私の中になかった。
「ユリ、」
「……え、えっと……、どうしたの?」
風もないのに揺れる青い髪は、それだけ一本一本が繊細に出来ているからなのか。
白雪という表現がふさわしい、真っ白な肌。廊下の明かりが反射して、艶やかに輝いている。
「ユリ、ユリ、良かった、会いたかったの。」
「な、にか……用だった?」
────絶望の騎士である。
彼女は私の名前を呼びながら、一歩、また一歩と近付いてくる。
そして私もそれに比例し後ろに下がって行った。
本当は走って逃げてしまいたい。しかしそんなことをしては騎士さんの機嫌を損ねてしまうかもしれない。
「用なんてない、会いたくて……。」
「……。」
それになんて返せばいいのか。
わかっている。本当なら、嘘でいいから「私も」と返せばいい。笑えばいい。それだけで彼女は喜ぶだろう。
あの事件の後、絶望の騎士は部屋でずっと私のことを呼んでいるとXさんから聞かされた。
それは今後彼女の担当になって欲しいという話の中で言われたことだけれど。
その事実が、私は怖くて仕方なかった。
彼女に酷いことを言った自覚はある。それこそ彼女のしたことは悪いことであるが、当人からしたら原因は私。だから私は嫌われてもおかしくない筈だ。
「私、ユリのことずっと待ってるのよ。だからね、早く会いたくて。ねぇ今度はいつ、私のところに来てくれるの?」
────なのに何故、こんなにも好意を持たれているのか。
いつかペストさんが、私にはアブノーマリティを魅了する特殊な力はないと言っていたが。
ここまで不可解な行動をされると、彼女にだけは何か力を使ってしまっているのではないかと疑う。
だとしたら彼女は私の被害者で。
私は、責任を取らなければいけないけれど。
「わかんない、よ。いつ行けるかなんて……。」
いけないとわかっていながら、私は貴女を突き放す。
どうせ近いうちに会えるだろう。指示があれば私は彼女の作業をしなければいけない。
ならそれを、言えばいいのに。私は言えないのだ。
きっと怒られる。アブノーマリティに対してこんな対応。しかも相手は収容違反しているというのに。
「ユリ、私の事、嫌いになっちゃった……?」
「え、」
それは。
……なんて、答えればいいんだろう。
いや、簡単だ。好きだっていえばいい。好きだって。嫌いなんかじゃないって。
口を、動かす。言葉を用意する。
言え、私。言うんだ。これは仕事、仕事なんだから。
好きって。大切な友達だって。また会おうねって。
「…………、ご、ごめん。」
言えない。言えなかった。
私は走る。逆方向に。怖い。怖いのだ。この場から逃げたかった。すぐにでもこのアブノーマリティから離れたかった。
どうしてこんなに怖いんだろう。わからない。彼女は私に優しい。見た目だって、他の子達に比べたら普通だ。それなのに何故。
「あっ!?」
「ユリ!!」
足に何かがかかって、倒れてしまう。咄嗟に受身はとったけれど思い切り転んでしまった。
体が痛い。うったところがじんじんして、動かそうとすれば鈍い痛みが広がった。
一体何に足を取られたのか。気になって見ると───、
「ひっ、」
「ユリ、ねぇユリ、」
黒い、何か。絶望の騎士のドレスと裾から出ている、黒い影のような。しかし確かに実在している立体の何かが。蔦のように私の足に絡まって。
気配がする。私は上をみあげる。ひゅっ、息を飲んだ。
「わたしのこと、すき?」
不気味なほど美しい白い肌。整った顔立ち。しかし開いた目には目玉はなく、代わりに奈落のような闇が。
目の前に、絶望の騎士がいる。私は押し倒されている。
私の気持ちを執拗な聞いてくる彼女。「ねぇ、」「すき?」足の影が私の体を登っていき、それは首まできて。
「すきだよね?」
私は彼女に。いつか殺されるのかもしれない。