【改正前】海外移住したら人外に好かれる件について 作:宮野花
その部分も今後掘り下げていくつもりですが、苦手な方はご注意ください。
オーケストラさんへの作業が終わって、一度本部に戻る。
チーム本部は人の出入りが激しく、色んな人にすれ違った。けれど何だか皆の様子がおかしい。
一言で言えば元気がない。足取りがふらついているし、顔色も悪い。
目もどこか虚ろでぶつかりそうになった。私は避けたけど、所々でぶつかっている音がする。
皆どうしたのだろう。元気な人達もいるけれど、そうでない人も多い。 心配になる。
「あ!ユリさんお疲れ様〜。」
「リナリアさん、お疲れ様です。」
チーム本部には、作業指示の待機をしているリナリアさんがいた。
リナリアさんはいつも通り笑っていて安心した。
それはリナリアさんも同じだったようで、私の顔色を見てほっと息を着く。
「良かった、ユリさんは元気だね。」
「やっぱり何だか……皆さん変ですよね。」
「ね、アブノーマリティの仕業かなぁ。」
辺りを見渡す。やはり元気がない人も多い。
よく見ると皆目の下にうっすらと隈がある。もしかして寝れていないのだろうか。
「ダニーさん……大丈夫ですかね。」
「ダニー?ダニーも元気ないの?」
「いや元気ないって言うより……。」
エレベーターで聞いた話を思い出す。話の通りいけば、元気が無いわけでは、ないと思うけれど。
「なんか、結婚するって話聞いて……。」
「は!?いや、ないない。絶対無い。」
「そういう話を聞いたんです。何でも……相手に対しては優しくて、情熱的らしくて……。」
「絶っっっったいない!!人違いだよそれ!!あいつほど結婚に向かないやついないって!!」
「でも、福祉チームのダニー、ってダニーさんしかいませんよね……?私も信じられなくて……。もしかしたらアブノーマリティのせいかもしれないって思ったんです。」
そこまで言うと、リナリアさんも少し現実味を感じたのか表情を崩す。
「……ダニーの偽物ってこと?」
「えっ、」
「それなら、納得いく。あれだよね、金の斧と銀の斧……みたいな。アブノーマリティのせいで、ダニーが優しいダニーと入れ替わったってこと?」
「そ、そこまで考えてませんでした……っ!」
そうか、そういう可能性もあるのか。
てっきり私は性格を変えるアブノーマリティでもいるのかと思った。
けれどリナリアさんの言う通り、もしかしたらそもそも別人であったら?
「……じゃあ、本物のダニーさんは、」
どこにいるの?
私とリナリアさんがタブレットを取り出すのは同時であった。
エンサイクロペディアを開いて、アブノーマリティを調べる。何か、そういった力を持つアブノーマリティがいないか。もしいたとしたら対処法は────「なにしてるんですか?」
「うわっ!?」
「ダっ、ダニーさんっ!」
後ろから聞こえた声にリナリアさんと振り返る。
そこにはダニーさんの姿。私達は様子を伺って、何も言えずにいる。
ダニーさんが不思議そうに首を傾げた。リナリアさんの喉がごくん、と動くのが分かる。
私もダニーさんを凝視する。偽物かもしれない。考えたくないけれど、もしもそうならばより早く原因を突き止めなければ。
「二人して何変な顔してるんです?」
私達が何も言わず見つめるのを怪訝に思ったようで、ダニーさんはそう言った。
そのトゲのある言い方。愛想のない表情。眉間のしわ。
「いつも通りのダニーさんだ!!」
思わず大声で喜んでしまった。
「えっ、何ですか、怖……。」
「なんだ、よかった……。心配しちゃった。」
「いやだから、何の話だよ。」
「ダニーが性格悪いいつものダニーで良かったって話!!」
バシッ
「痛った!?」
「ダニーさん!?リナリアさん大丈夫ですか!?」
「いや今のはこいつが悪いだろ。」
ダニーさんが冷たい目で私たちを見る。デコピンされたリナリアさんは痛そうに頭を抑えた。
リナリアさんの心配をしながらも、やっぱりいつものダニーさんで安心する。そうそう、このサド加減。とてもダニーさんだ。
しかしそうなると、あの噂はなんなんだろう?
やはり人違いなのだろうか?
「ねぇダニー!結婚するって本当!?」
うーんと頭を悩ませていると、私の代わりにリナリアさんがダニーさんにきいた。しかしそれは質問と言うより、問い詰めるような口調だ。
ダニーさんは目を見開く。しかし直ぐに眉間に深い皺を作る。そして頭を抱えた。はぁぁ、大きなため息。
「その噂……誰から聞いたんですか?」
「えっと、私がエレベーターで話してるのを聞いちゃって。」
「はぁぁぁぁっ、最っ悪だ……。それだと他にも広がってるだろ……くそ。」
「ダニーさん……?」
ダニーさんはガシガシと頭を掻いて項垂れる。その異様な様子にリナリアさんと私は顔を見合せた。
「……当たり前ですけど、それ、嘘ですから。」
「あ、嘘なんですか!」
「ユリさん信じてたんですか?」
「いや。アブノーマリティのせいかなーって。」
バシッ
「痛っ!酷いです!!」
「お前ら本当に俺の事なんだと思ってんの?」
結構な威力のデコピンをされて額を抑えた。
ダニーさんの敬語が崩れて、私達を睨んでくる。ジンジンと余韻の残る額を擦りながらダニーさんの話を聞いた。
結論から言うと、ダニーさんは結婚の予定はないらしい。それどころか恋人も今はいないと。
リナリアさんが「だよね!」と笑うものだから、ダニーさんのデコピンがも一発とんだ。
「問題はその噂の出どころですよ。直接問い詰めたいんですけど……。」
「出来ないんですか?」
「……。」
ダニーさんは難しそうな顔をして、考え込む。言うか悩んでいるように見えた。
しかしため息をついた後、口を開く。面倒くさそうにゆっくりと。
「その当人が……会えないんですよね。。」
「え?でも話している人達は、最近のことみたいに言ってましたけど……。」
「そう。噂自体、最近のものです。だから出勤しているはずなんだ。……でも、会えないんですよ。誰もが、出勤したあとのことを知らないって。」
しん、とそこで沈黙。
「……え、これ怖い話ですか?」
半分冗談のつもりでそう言ったのだが、ダニーさんもリナリアさんも黙ったまま。
私達三人、顔を見合わせて。微妙な空気が流れる。
「……。」
「……。」
「……。」
ぞくっと、背筋に寒いもの。嫌な予感がしたのは私だけではない。
ぴるるっ、
「あ……。」
その沈黙を破ったのは私のタブレット。
通知音だ。直ぐに内容を確認する。
「え……?」
【作業指示:セフィラ・ケセドとの合流。後に新たな指示をだす。】
この指示、どういう意味だろう。
戸惑いが表情から読み取られたのだろう。二人にタブレットを覗き込まれる。
別に隠す必要も無いので、素直に画面を見せた。すると二人の眉間にシワがよる。
「これ、どういう意味?」
「ろくな理由じゃなさそうだな。」
「普通じゃあ……ないですよね。」
しかし無視する訳にもいかないから。私はケセドさんの居場所を確認して動き出す。
ダニーさんとリナリアさんは心配そうな顔をしてくれたけど、私は笑って「行ってきます、」と伝える。
「大丈夫ですよ。割と私、こういう指示多いですから。」
それは安心させたくて言ったのだけど。逆効果だったのか二人より険しい顔になってしまった。
ケセドさんと合流する。相変わらずかっこいい人だ。目のクマが気になるけれど。
ケセドさんは、実は結構好き。異性としてという訳ではなく、彼の笑顔は優しくて安心する。
彼は笑って、私の手を引いた。連れていきたいところがあるのだと。
「あの、別に手を繋がなくてもついて行きます。」
「あ、ごめんごめん。」
結構強い力で引かれたから、何だか引きずられてるみたいな気分だった。
ケセドさんは直ぐに手を離したくれたけど、掴まれたところが少し痛い。
ケセドさんはそんな私をチラッと見た後、でも何を言うでも進みはじめた。
その背中を必死に追いかける。ついて行くとは言ったけど、足の長さが違うせいで小走りになってしまう。
「移動しながらだけど、今回の業務について話していいか?」
「あっ、はい!詳しく私も知りたかったので、」
「ありがとう。じゃあまず……、今中層を中心に起こっている異変について話そう。」
「ユリさんも気が付いてる?職員達の様子がおかしいこと。」
「!」
そう言われて、私は分かりやすく反応してしまった。
記憶を辿れば、先程もすれ違った元気の無いエージェントさん達。中層中心、ということは私達の周りだけでは無いのか。
「実は大体の検討はついている……、というよりも、確定しているんだ。最近来たアブノーマリティのせいだろう。」
「やっぱり、アブノーマリティのせいなんですね。」
まぁこの職場だと、大抵はアブノーマリティのせいなんだけれど。
そしてこの流れ。恐らくだが……、私にそのアブノーマリティへの作業を命じられるのだろう。
ダニーさん達にも言ったけれど、私は本当にこういうことが多い。新しいアブノーマリティは基本一度私の作業が入るのだ。私が対面した時の反応を見たいのだろう。
自分が他のエージェントさん達よりもアブノーマリティ達と親密になりやすいことは自覚している。だから仕方ない。
正直に言えば、そんな危険なこと出来るだけ避けたいけれど。ここで働いてる人達は毎日危険と隣り合わせなのだから、わたしも我慢しなければと思っている。
でも、気になるのは。
「……私は、そのアブノーマリティの作業をすればいいんですよね?」
「お、察しがいいね。」
「わかりますよ。いつもの事ですし……。でもなんで、ケセドさんがこの話をするんですか?」
いつも通りなら。前置きなんてなくタブレットに作業指示がくる。
そうでなくてもインカムでXさんから直接説明がある程度だ。
何故わざわざケセドさんを間に挟むようなことになっているのだろう。その理由は予想もつかない。謎だ。
私の言葉にケセドさんは一度止まる。そして振り返る。
じっと、私の顔を見た。
「……あの……?」
「……。」
ケセドさんは何も言わない。ただ私を見ている。
観察されているような。上から下までジロジロと見られて、何だか嫌な気分だ。
もう一度声をかける。「あの、」。すると今度は笑顔で反応してくれた。満面の笑み。
「ユリさんに見せたいものがあるんだ。」
「見せたいもの?」
ケセドさんは今度は横を向く。私もその視線を追って横を見る。
そこには、扉があった。
目的地にはいつの間にか着いていたようだ。真っ白な二つドア。黒のドアノブ。
錠前と鎖で閉ざされている。立ち入り禁止のようだ。
それなのにケセドさんは、なんと私に鍵を渡してきた。錠前と同じ色の鍵。
驚いてケセドさんを見ると、また笑顔。でもまた、何も言わない。
「……開けて、いいんですか?」
「……。」
何か言って欲しいのに、やはり笑うだけ。
不審に思いながらも、このままという訳にはいかない。それに無言の圧を感じる。さっさと開けろと。
かちゃん、と音をたてて簡単に開く錠。そのままでは開けられないので、鎖と錠前を外していく。
どちらもちゃんとした作りのもので、結構な重さがあった。じゃらんじゃらんと動く度に音がする鎖は、足の指に当たったらかなり痛いと思う。
全て外して鎖を束にするともう両腕で無いと持っていられない位だった。このままでは扉を開けられないので、とりあえず一度床に置く。
「鍵は預かるよ。」
「……。」
鍵をひょいっと奪われて、ケセドさんはまた笑うだけ。
説明する気はないようだともう諦めた。意を決して、ゆっくりと扉を開ける。
扉は外開き。なのでこちらに向かって引いていく。ぎぎぎ、と軋む音をたてながら開いていく。
中は暗くて、開くと廊下の電気が中に差し込む。
うすぼんやりとした中に見えたのは、いくつもの台。なにか置いてある……?
「……ぇ、」
ちがう。
これベットだ。置いてあるのって、人だ。
「っ、」
「おっと。」
驚いて後ずさる。その時バランスを崩して転びそうになるが、ケセドさんに支えられた。
ケセドさんを見る。彼は私を、見下ろしている。
「なん、な、なんですか、これ。」
「……なんだと思う?入ってよく見てくれ。」
「い、嫌ですよ!!」
ケセドさんがグイグイと私を中へ押していく。冗談じゃあないと必死に抵抗した。
人が横たわっているいくつものベット。不自然なほど静かな空間。
そう、あまりに静かだ。息の音すら聞こえない。
「死体、ですか。」
「いや?……よく見てくれ、寝ているだけだ。」
寝ているだけ?これが!?
信じられない。こんな安らかな眠りあるのか。こんなに人が集まっているのに、寝息すら聞こえないなんてこと。
「……。」
確認する為、仕方なく少しだけ中に入る。
入口に一番近いベット。そこに横たわる人。男性だ。
じっと見つめる。でもその体はぴくりとも動いていない。胸の辺り、肺があるであろうそこですら動いていないように見える。けれど。
「……本当に、息、してる……。」
そう、している。生きている。とても細く弱い呼吸が、音すらたてずにしている。
鼻の辺りに指を近づけたらようやく分かるくらい。それ程に静かな眠りだ。
異常。
そう、思った。
異常だ。正直死んでるようにしか見えない。
「気が付いてるよな?職員達の様子がおかしいこと。」
ケセドさんが急に話し出す。私は驚いて勢いよくそちらを見た。
彼の表情は逆光でよく分からない。暗い部屋に対し、廊下はとても明るいのだ。後光が指しているようにも見える。
「これはその職員達の、末路だ。」
そんなことを言われて。
私は心臓を掴まれたような気分になった。
再度、ベットを見る。末路。これが、今日すれ違った人達が最終的になる姿。
こんなに、沢山の人が既に。
体が冷えていく。寒い。ここは空調まで下げているのか?ちがう。これは恐怖によるものだ。
「なんで、私に見せたんですか。」
「はは、そんな怖い顔しないでくれ。死体を見せたわけじゃああるまいし。」
「は?」
それ、本気で言ってるのか。
今度はカッと体が熱くなる。ぶわっとわいてきたのは怒りだった。この人今の言葉、本気で言ったの?
「……不謹慎にも程がありますよ。」
「ん?あぁ、ごめんな。ここにいると、普通がわからなくなっていくんだ。怒らせるつもりはなくて、俺はただ、」
「貴方は私達のことなんだと思ってるんですか!!」
こんなの、瀕死状態じゃないか!
私は医者ではない。特別にこの人達に何かができる訳でもない。
それなのにどうして、こんな光景を私に見せるんだ。嫌がらせか。嫌がらせだ!!
この人達がこうなっているのはアブノーマリティのせいで。それはつまり、会社の為に危険を犯して作業をしてくれたわけで。
それなのに、こんな。こんな、扱い。
「待ってくれ、俺はただ、君に注意喚起をしたくて、」
「注意喚起?今まで一切なかったのに?仮にそうだったとして、こんなことする必要ありますか!?」
これからそのアブノーマリティの作業をしろと言うのに!?そんな私に対して、こんなの脅しでしかない!!
この状況を見て、断ってもいいと言うのか。言わない。この人達は、何があっても私に作業をさせるのに!!
「落ち着いてくれ、ユリさん。」
「酷い、酷いです。なんでいつもそうなんですか。まるで私達を道具みたいに。」
考えないようにしていた。でもこんなことをされては、嫌でも意識してしまう。
教えて欲しい。今までのはなんの意味があったのか。
笑う死体の山と私達が対峙した時、逃げずに鎮圧しろと言った理由は?
正体不明だった葬儀さんを捕まえろと言った理由は?
ヘルパー君の解体作業の時、なんで助けようとしてくれなかったの?
レティシアのプレゼントの時も。Xさんは助けてくれなかった。
アイが収容違反の時も、私達に立ち向かえと言ったよね。レナードさん、死んじゃったんですよ。
赤い靴は?なんで私に作業指示を出したんですか?
助けてくれたのは、いつだって管理人達ではなかった。
私を気にかけてくれたのはアネッサさんだし。
危険な目にあった時、謝ってくれたのはダニーさんだった。
私のために怒ってくれたのはリナリアさんで。
ヘルパー君の停電の時、手を掴んでくれたのはユージーンさんで……。
私を慰めてくれたのはペストさんだ。
ピンチに駆けつけてくれるのはアイ。
そして、私に笑っていて欲しいと言ったのは。オーケストラさんだった。
「……ねぇ、本当に。私達のことなんだと思ってるんですか……?」
アネッサさんは言った。
『精神安定剤位飲んでなきゃ、やってらない。』
ダニーさんは言った。
『この会社をあまり信用しない方がいいです。』
───この不信感はいつからだろう?
見ないようにしても、引っかかることはいくつもあった。
特にXさんが途中、人が変わったようになってしまってから。周りの顔ぶれは入れ替わりが激しい。
命をかけて仕事をする。それは私達が決めたこと。
でも、何してもいいと差し出したつもりは無いのに。貴方達は私達を随分雑に扱う。
「……あ、れ?」
私、そもそも。
「なんで、ここで働いてるの。」
浮き上がってきた、一つの疑問。
それはずっと頭にかかっていたモヤを晴らすような。
「俺、君はもっと温厚で流されやすいって聞いてたんだけど。」
「え、」
かけられた言葉に頭をあげる。
そこにはやはりケセドさんがいた。いつの間にか彼は私の目の前まで来ている。
逆光で見えなかった表情が、この距離ならわかった。私は驚く。そんな濁った瞳をしているなんて、思わなかったから。