【改正前】海外移住したら人外に好かれる件について 作:宮野花
その時込み上げた感情を、怒りと呼ばずになんと言おう。
嫌いという言葉は、勢いで出てしまったが訂正する気もなかった。顔が、体が熱い。
腕にアイを抱き締めて、私は真っ直ぐとエミを睨む。
閉じていたエミの瞳が開いている。そこに私はいくつもの美しい色を想像していたが、何も無かった。
空洞。闇だけが、そこにある。
その異様な姿にもちろん恐怖はあったが、それはどこか遠い感情であった。それよりも、この、内側に燃える熱は。
「許さない、」
アイを床に優しく横たわらせる。
声が聞こえた。待って、と。私を止めるアイの声。
でも振り返らない。危険なのはわかっている。けれど私だって、こんなことをされて黙っていられない。
杖をエミに向ける。エミは私を見て、名前を呼んだ。ユリ、と。
それがまた私の心に火をつける。
力になってくれるかも、なんて甘い考えをした数時間前の私を殴りたい。
彼女はアブノーマリティだ。警戒するべきだった。例え魔法少女だったとしても、全てが上手く味方になってくれるわけないのだ。
杖を振る。飛んでいくビーム。その勢いで、瓦礫を巻き込んで起こる砂埃。
しかしエミは変わらず佇んでいる。思わず舌打ちをした。
どうして私は、弱いんだろう。もっと強ければ、そうすればアイだって怪我をしなかったかもしれないのに。
「ユリ、お願い、止めて……?私は貴女のために、」
「そんなの私のためじゃない。」
「ユリ、」
「貴女自身の為でしょう。」
エミ、残念ながら私は、もう貴女に優しくしないよ。
言葉なんて選ばない。
「そんな、ねぇ話を聞いて……!」
「……もしそれが、私の為になるとして。」
悲鳴のような可哀想な声を出すエミに、心底苛立った。
私の為。私の為?それってつまり、私のせいってことじゃあないか。
そうだ。私のせい。私がもっとちゃんとエミを引き離していたら。
「私は、そんな〝為〟いらない。」
真っ直ぐと言葉を投げる。目はそらさない。そらす必要は無い。
「どうして、どうしてなの。だって貴女は言ったじゃない!私に、憧れていたって。それなのにどうして……!」
「どうして?」
エミの言葉を聞いて、考える間もなく答えは出ていた。
しかしそれが酷い言葉であることを私はわかっている。
皮肉だなぁ、と思う。私を傷つけていた感情を、今度は私が誰かを傷付けるために使うのだ。
「アイは、私にとって一番の魔法少女だから。」
そうして私は、もう一度杖を振り下ろす。
ずっと前から私は知っている。
微々たる差にすら順位は生まれ、無意識に人は何かを比較するのだ。
家族だろうと。
私だろうと。
でもこの場合は、微々たる差ではないけれどね!
「なんでっ……!」
なんで、どうしてを繰り返すエミ。
駄目だ。攻撃があまり通っていない。
エミは私の言葉に錯乱している。頭を抱えてうずくまってしまった。
今がチャンスであることはわかっている。が、手段がない。
杖の攻撃だとあまり削れない。使っている私が悪いのかもしれない。
「ユリ、」
「駄目だよ。動かないでアイ。」
私を呼ぶ声がした。絞り出したような声。アイの声だ。
きっと彼女は私を助けようとしている。けれどそれはいけない。アイの血を思い出して、私は眉間にシワが寄るのを感じた。
格好をつけているけれど、内心では焦る。
煽っておいてなんだが、私に勝機なんてない。
杖を握る手が、汗に濡れてる。動悸がする。胸が痛い。それでも、立っていないといけない。
今まで私を守ってきてくれた皆を思い出す。
アイも、ダニーさんも、お兄ちゃんも、お姉ちゃんも、オーケストラさんも。こんな気持ちだったのだろうか。
わからないけれど、もし同じならば私は心の底から彼らにもう一度感謝をしないといけない。
なにがあっても、どんなに怖くても。私の為に彼らは立っていてくれた。どんなに逃げたくても、痛い思いをしても。
でも、何度でも言おう。守られるだけではもう駄目なのだ。
戦うと、ここにいると決めたから。私は今度こそ、自分のことを好きになりたい。
「……あ、」
と、そこで思い出す。
オーケストラさんから、貰ったギフト。
オーケストラさんは言った。『危険なことがあったら使ってください』と。
私は慌ててウエストバックからそれを取り出す。
強く握って。オーケストラさんのことを考えて。どうか、どうか力を貸してほしいと。願って。
エミを見る。そうして、使った。
──オーケストラさんのギフト、彼の指揮棒を!
「っ……!?ぅ、な……ユリ、なにを……!?」
「ぁっ……!?あたま……いたっ……!?」
「えっ、」
ぶわっ、と。
大きな風を感じた。しかしそれはすぐに収まり、次の瞬間、私の持っている指揮棒から、音符が出てくる。
それは次々に現れ、大きな円をつくっていく。その音符に沿って引かれる線。
指揮棒を中心に、丸い楽譜が出来上がっていく。
私がもう一振りすれば、音楽が流れ初めて。
何が起こっているのかわからない。しかしこの曲は知っている。
「セレナーデ……。」
綺麗な曲。オーケストラさんが私に何度も聞かせてくれた曲。
その美しい音色と、楽譜が出来上がっていく芸術のような景色にうっとりと魅入ってしまう。
しかし直ぐに我に返って、エミに指揮棒を構える。隙を見せるなんて、してはいけないと。
「……え?」
「ぅ……ぁ……。」
何故か、エミが倒れている。
何だか苦しそうだ。ゆっくり近づいて、様子を伺うために指揮棒の先でつついてみる。
するとつつく度にびくびくと体を震えさせるエミ。
首を傾げる。どういうことだろう。
もしかしなくても、この指揮棒のおかげだろうか。
えいっ、ともう一振り。また音符が飛び出して、今度はさらに大きな円をつくっていく。
楽譜を読むのは得意では無いので、さっきの曲の続きかはわからない。それでも音楽は次第に音色が激しくなっている気がする。
でもそれに、なんの意味があるのだろう。
エミの様子を見ると、何もない訳では無いとは思うけれど……。
よく分からないけれど、美しい光景だと。場違いにも思った。
オーケストラさんらしいギフト。
こんなに綺麗なギフトが、今まで他の人にも渡していたのかと思うと悲しくなってくる。
……嫉妬なんて駄目。私にもくれたのだ。それでいいじゃないか。
そう言い聞かせて、私はもう一度指揮棒を振ろうとする。
振る度にエミはなんだか苦しそうだったから。このまま行けば鎮圧は成功するかもしれない。
そんな願望を込めた一振であった。腕を高くあげて、やったこともないくせに、オーケストラさんの真似をして。まるで指揮者のように──、
『やめろ!!』
「うわっ!?」
が、振り下ろす前に大きな声で止められた。
あまりにも大きな声だったせいで、耳がキーンとする。痛い。
何事だ、と一瞬理解できなかったが、すぐにインカムからの声だと気がついた。
Xさんの声だ。とても慌てた声だった。どうしたのだろう。
「Xさん?どうしました……?」
『どうしたもこうしたもない!!職員を全滅させる気か!!』
「へ?なんのことです?」
『お前は今研究所全体に攻撃してるんだよ馬鹿!!』
「えぇ?」
いやいや。なんの冗談だ。
はぁ、とため息をつく。やはりXさんは変わった。前はもっと真面目な人だと思っていたのに。
最近は無茶な指示も多いし、こんな時に冗談を言うなんて。
しかし、声をかけられたことで怒りで煮立った頭は少し冷静になった。
エミを見る限り、もう抵抗はしなさそうだ。それならばアイの手当が今するべきことだろう。
私は振り返って、アイに目をやる。苦しそうにうずくまっていて、その姿が痛々しくて。
「アイ、立てる……?」
顔を覗き込む。白い肌のコントラスト、赤い血が可哀想で。
アイはパクパクと口を動かしていた。何か言いたそうだが、聞こえない。
耳を近づけて声を拾おうと努力する。とぎれとぎれに聞こえたのは……〝音、〟
「音?」
「頭……痛、……やめて、ユリ……、」
「え?」
「お願い……音楽、を、」
そこで、アイは気を失ったようだった。
…………え?
長くの更新停滞と、不安定な更新にも関わらず、今も読んでいただけている、この画面越しの貴方様に本当に感謝しております。ありがとうございます。
あとユリちゃんそれギフトじゃない。